バレンタイン、ねぇ。
まったく、バカな行事があったものよ。
私の時代にそんなもの無かったから最近知ったのだけれど、
聞くところによると、想い人にチョコレートを渡して気持ちを伝える行事らしいじゃない。
いい?
気持ちを伝えるなんて事は勢いなのよ。昔から言うじゃない「思い立ったが吉日」って。
子供じゃあるまいし、
告白のタイミングくらい自分で決めなさいってのが私のポリシー。
まぁ、何かしらのきっかけに背中を押してもらいたいって気持ちはわからんでもないわ。
実際、私だってアイツを殺るために鬼になったわけだから。
でも、それとこれとは話が別だと思うのよ。
ようするに甘ったるいのよ、今日のこの空気。
甘すぎて耐えられないわ。
あっちこっちで顔真っ赤にしてさ、「これ……」って。
なに? 見せつけてんの? 嫌がらせ?
あぁでもね、それを妬む必要ってないのよね。
あ、なに? その顔。
信じられないって?
だってそうでしょ? 私が入り込む隙間なんて無いくらいに空気が嫉妬まみれなんだから。
ひとつの想いの影にはいくつもの怨念が渦巻く。
愛情なんてそんなもんよ。
そう、そんなもの。
そうそう、告白する勇気といえば勇儀よ勇儀。
朝っぱらからあいつ両手いっぱいにチョコ抱えて歩いてたわ。
女なのにね。
友チョコってやつ?
それにしては随分手の込んだ物が多かったみたいだから、
まぁ、そういうことなのかしら。
と、そういえばあんたも人気上がったそうじゃない。そっちは妬ましいわ。 そっちはね。
それはそれとして。
貰う側も貰う側よね。勇儀のやつ、ニヤニヤしちゃってさ。
さっきも言ったけど、ひとつの想いには怨念がいくつもおまけで付いてくるのよ。
それすら全部背負えそうなやつだけどさ。あいつは。
とにかく、チョコを貰うっていろいろと罪作りなわけ。
嬉しそうにチョコを眺めてるのを見てたら、なんだかイライラしてきたわ。
だからさ、言ってやったのよ。
「お前の罪を数えろ」
ってね。
そしたら勇儀のやつ不思議そうな顔したと思ったら「どれどれ」なんて言ってほんとに数え始めたわ。
それも杯片手に。
驚いたわよ、もう。
でも、いい気味ね。
あの量ならもしかしたら半日くらいかかるんじゃないかしら。
ちくしょう。
……第一、なんでチョコなのかしら。
想いを形にして渡すって言うけどさぁ、チョコって溶けるじゃない?簡単に。
まさか「すぐ無くなるけどあなたに想いを~」なんていうわけじゃないんでしょ?
たとえばほら、このちっさなチョコ。
これだってこうして指でつまむだけで……
ほら、簡単に……
簡単に……
かん、たん、に……
ほ、ほら「簡単に」砕けちゃったわ。
ね? 無くなるのよ愛情なんて。
あぁチョコが落ちて私のコーヒーに入っちゃったわ。
まったく、酸いも甘いも噛み締めた大人でビターな私にこんな甘いコーヒー似合わないっていうのに。
……ま、もったいないお化けのお世話になりたくないし、飲むけど。
………ん?
ってこれココアじゃないの。
あぁでもいいの! いいのよ、誰もあげるなんて言ってないでしょう?
ココアなら良いのよ。溶けきってるから。
ほ、ほら、バレンタインに形の無い溶け切った愛情を飲むなんて、なかなか皮肉が効いていると思わない?
なによその顔。ニヤニヤして。
いいでしょ! もったいないお化けよ。もったいないお化け。
あとで紅茶かコーヒーで口直しするんだからいいのよ。
まったく……
あー、甘ったるかった。
やっぱり私にはこんな甘いのは合わないわ。
ほら、わたしってば橋姫じゃない?
もう甘い恋なんて出来ないわけよ。
だから……よし決めたわ。もうバレンタインなんて知らない。
知らないったら知らない。
気にしないで過ごしてればあっという間よ、こんなの。
ってなによその顔。変な含み笑いまでして。
なにが面白いのよ。
別に妨害してやろうってのじゃないんだから。
ただ、私は関係ないってだけ。勝手にしなさいってね。
橋姫には苦いブラックコーヒーとかがお似合いなのよ。
……ぅえ、にが……美味しいわよ!? うん、美味しい。
……オイシイ。
俺からパルスィにチョコをプレゼントだ!
つ【チョコ】
つ【外箱だけカカオ99%】
つ【包み紙だけカカオ99%】
いいね、この感じ。