Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

巫女みこメイド×2 二日目(前編)

2010/02/09 22:34:17
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※この作品はプチ作品集56「巫女みこメイド×2 一日目」の続きです。


 完全であれ、と願う。
 完璧であれ、と誓う。
 完全であるものは、真なる球の如く、いかなる切り欠けも存在しない。
 故に、綻びもまた生じない。

 ──正にそれは、魂(たま)が如く。

 ギザギザにささくれ立った自己を磨く。
 ただ極める。故に、ただただ極まるのみ。
 完全であるために、完璧になるために。ただひたすらに、求め続けた。

 そんな人生だった。
 真球の美しさに、疑問を感じたことなど一度も無かった。


 ◇◆◇◆◇


「はぁ」

 レミリア・スカーレットの一日は、今日も嘆息から始まった。
 ベランダから眺める景色は雲一つ無い、爽やかな晴天。メイド達が喜ぶ絶好の洗濯日和は、その主人たる吸血鬼少女の行動を大きく制限する。現に今も、日傘からはみ出た翼の先端が、ちりちりと焦げていた。

「強過ぎる力を持つが故に、とうとう天までもが我を畏れ始めたか?
 それにしたって妙だけど。この屋敷の周りだけ晴れてるってのは」

 遠くに望む魔法の森や、妖怪の山はどんよりとした黒雲に包まれていた。ひょっとしたら既に降り始めているのかも知れない。
 吸血鬼は日光も苦手だが雨も苦手だ。真に天の神々が自分を畏れているのなら、いっそ幻想郷全体を土砂降りで覆い尽くすはず。そうではなく、館周辺だけが快晴になっているということは──。

「まさかとは思うけど、あの巫女もどき達が居る所為?」
「いいえ。断じてそれはありえませんわ」
「あー?」

 レミリアが漏らした呟きに、応える者が居た。
 十六夜咲夜。紅魔館のメイド長にして、レミリアの世話係でもある少女だ。

「いいですか、お嬢様。あの二人は私達にとって害悪そのものと言える存在なのです。百害あって一利無し。
 あいつらのおかげでお洗濯がはかどるだなんて、そんな馬鹿な話ありませんわ。ええ、ありえませんとも!」
「……咲夜。どうでも良いけど、その怪我どうしたの?」

 咲夜の身体には、まだ塞がっていない生傷があちこちに出来ていた。また上着にも破れやほつれが目立ち、明らかに着崩れている。それは、完璧で瀟洒であることを誇りとする普段の咲夜からすれば、到底ありえない有様だった。

「怪我、ですか? ──あっ」

 恐らくは指摘されるまで気づいていなかったのだろう。咲夜の表情が一瞬強張った。
 が、すぐに微笑みを浮かべ直す。その時には全身に包帯が巻かれ、メイド服もほつれ一つ無い、新しいものに替わっていた。

 さては、また時を止めたな。全く、こそこそしやがって。
 レミリアは胸中で舌打ちし、紅茶を一口含んだ。
 口一杯に鉄錆の香りが広がっていく。ああ、今日も人間は美味しい。人間は愚かな生き物だが、味だけは認めよう。

「いえ、大したことではありませんわ。
 実はその、昨日飼い犬に噛まれまして」
「飼い犬って。犬なんて飼ってたの?」
「ええ。実は昨日から飼い始めたばかりで、お嬢様にはまだお見せしておりませんでしたが二匹程。これがまたとんでもない駄犬でして、躾に少々時間が掛かりそうですわ」
「ふん。駄犬が二匹、ねぇ? そう言えば思い出したんだけど、お前も私が拾った頃は犬みたいだったわねぇ。あの頃のお前は面白かったわ。良くも悪くも、人間らしくて」
「…………」

 皮肉を込めてレミリアが軽口を叩くと、咲夜の顔から笑みが消えた。
 しかしそれも刹那のこと。再び笑顔になった咲夜は、レミリアがテーブルに零した「かつて人間だった紅い液体」を拭き取った。
 咲夜は日常的に時を止める。その間、彼女は世界で唯一つの存在となる。独りぼっちの彼女が、一体何を考え何を悩んでいるのか、レミリアには知る由も無い。
 もっとも、従者が何を考えていようと知ったことではないのだが──ただ。

「そんなに嫌なら、捨てちゃえば?」
「……はい?」

 ふと、疑問に思ったことを口にする。
 別段大した疑問でもなかったが、世間話の延長程度の感覚で訊いてみた。

「だから、その駄犬二匹。邪魔なら捨てれば良いじゃない。何で置いてやってるの?」
「それは──」

 大した質問でもないはずなのに、咲夜は何故か口をつぐんだ。
 何年か振りに見る、メイドの仮面を取り去った咲夜の素の反応。レミリアにとっては、愉しい紅茶の肴となった。そうだ、人間はこうでなくてはいけない。

「ああ、答えなくても良いわ。今の反応で、何となく分かったから。
 一つ言えることは、お前は完全には程遠い存在だということね」
「お嬢様、私は」

 自尊心を傷付けられたのか、咲夜は何かを言いかけるがそれを制し。
 レミリアはぐい、と一気に紅茶を飲み干した。

「それで、その駄犬どもはどうしているのかしら? ここは一つ、主人の主人たるこの私が、直々に調教してやろうと思うのだけれど」
「そ、それが。その」
「何?」
「パチュリー様が、あの二人を連れて行ってしまいまして。今頃何をしているのか、実は私にも分からないのです」
「へぇ、パチェがねぇ? これはますます面白いことになりそうね」

 外は相変わらずの酷い快晴だったが、レミリアの気分は徐々に高揚し始めていた。
 恐らくは一気に飲み干した所為だろう。盛大に零したお茶が、着衣を鮮血色に染め上げていく。何者よりも赤く、紅く、そして──煮えたぎったマグマのように熱く。
 純粋な紅は、他のいかなる色にも侵されることは無い。純粋な悪魔が、いかなる善良意識にも決して屈しないように。
 例えてそれを、「スカーレット・デビル(悪魔の紅色)」という。

「今日はすこぶる調子が良い。出かけるわよ咲夜」
「はい。しかし、どちらへ参られますか?」
「そうね。弾幕戦が出来ればどこでも良いんだけど、とりあえずは」

 巫女を預かっていることだし。守矢神社にでも、挨拶回りに行こうかしら?
 彼方にそびえる妖怪の山へと目を遣り、吸血鬼は不敵に笑ってみせたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 広大な紅魔館の床下に在る大図書館には、膨大な数の書籍が眠っている。
 蔵書は雑誌や新聞の切り抜きのような薄いものから、何千ページにも及ぶ分厚い歴史書に至るまで幅広く揃えられており。「本」という形式さえ取っていればどんな種類のものでも受け入れようとする、図書館の主の蒐集家魂が如何無く発揮されていた。
 そしてその中には、貴重な魔導書の類も含まれていた。地下図書館を訪れる客人の中に、何割かの割合で泥棒が紛れ込んでいるのはそのためである。

「よう。今日も借りに来たぜ」

 中でも性質(タチ)が悪いのは、泥棒であることを隠そうともせず、堂々と正面から突入して来る黒白魔法使いだ。本人に一切の悪気が無いため、ごく当たり前のように盗まれてしまう。一生借りていく、成る程上手い方便だ。借用する感覚で盗めば、確かに罪の意識はほとんど無いだろう。

「生憎だけど、今日は全部借りられちゃっててね。貴女に貸し出せる本は、ここには一冊たりとも存在しないわ」

 だが、いつまでもその詭弁が通用すると思ったら大間違いだ。いい加減、魔理沙には思い知らせてやらなければならない。魔導書を失うことが、魔法使いにとってどれ程の痛手となるのかを。その全身に、痛みとして刻み込ませなければならない。どのみち、口で言って分かってくれる相手ではないのだから。
 パチュリー・ノーレッジは、閉じていた瞳を開いた。紫色の双眼が、虚空に浮かぶ黒白の姿を捉える。不敵な笑みを浮かべて、魔理沙はミニ八卦炉を翳していた。

「ほう、面白いことを言うじゃないか。これだけ沢山の本があるのに、全部貸し出し中だと? 冗談きついぜパチュリー。そんなに私と弾幕ごっこがしたいのか?」
「ふふ。そうだと言ったら、貴女は受けてくれるかしら。貴女にそんな勇気があるとは思えないけど。ねぇ、コソ泥の魔理沙さん?」
「ハッ! 面白いじゃないか。その勝負乗った!
 早速いくぜ──恋符『マスタースパーク』!」
「あら。随分とせっかちなのね」

 閃光が視界を覆い尽くす前に、パチュリーはふわふわと浮かび上がる。
 直後。天地を揺るがす大爆音と共に、本棚が次々と薙ぎ倒されていった。その様子を溜息混じりに見下ろしてから、彼女は魔理沙の方へと向き直る。

「なっ」

 ……見て、愕然とした。第二の魔砲が、既にこちらへとセットされていたからだ。スペルカード名・恋心「ダブルスパーク」。
 慌てて回避行動を取ろうとするも、パチュリーの緩やかな飛行速度では、全速力をもってしても到底間に合わず──。
 凄まじい閃光の渦が、衝撃波となって彼女の身体に襲い掛かる。まともに食らうのはいつぞやの紅霧異変の時以来だが、以前よりも遥かに光量が増している気がした。直撃は致命的だと判断し、パチュリーは咄嗟に前面に障壁を張り巡らせた。が。

「う、そ」

 障壁ごと、パチュリーの身体は吹き飛ばされていた。余りにも出鱈目な、力任せの大魔法。直撃がどうとか、そういう次元の問題ではなかったのだ。魔理沙に魔砲を撃たせてしまった時点で、勝敗は決していた。そう理解した時には、豪快に床に叩き付けられていた。全身の骨がボキボキと悲鳴を上げる。何本かは折れてしまったかも知れない。立ち上がろうとするも、体が上手く動かない。

「どうやら勝負あったようだな」
「ま、り、さ」
「やれやれだぜ、パチュリー。お前ならもっと賢明な戦い方をすると思ったんだがな。ははっ、警戒して損したぜ」
「…………」

 上空に浮かんだままで、肩を竦めて魔理沙は笑う。その瞳に失望の色が浮かんでいることに、パチュリーは気づいた。そうだ、魔理沙は自分に失望した。自分に「これ以上」は無いと、勝手に決め込んだのだ。
 そう、その通り。確かにこの状況は絶望的だ──自分一人の力だけでは。

「……スペル宣言。日符『ロイヤルフレア』」
「お、おいおい。まだやろうってのか? そんだけズタボロになって、今更何が出来るって」
「奇跡『神の風』!」
「──んだと──!?」

 パチュリーの右手に炎が宿る。動かない身体を、猛烈に巻き起こった突風が舞い上げる。呆然と見下ろす魔理沙の視界に映ったのは、この場に居るはずの無い守矢の巫女の姿だった。いつもの巫女装束の代わりにメイド服を身に着けた彼女は、魔理沙に向かってあかんべーをしてみせた。

「ちぃっ! そういうことかい!」
「そういうことよ!」
「うっ!?」

 離れていた距離が、一瞬で縮まった。その気になれば唇を合わせることもできそうな超至近距離。パチュリーは拳を振り上げる。太陽の炎を、眼前の魔法使いに叩き付けるために。

「終わりよ、魔理沙!」
「はは、私もヤキが回ったか?
 ……なんて、な」
「えっ?」

 スペルカード宣言。
 恋符「零距離マスタースパーク」。

 ミニ八卦炉をパチュリーの腹部に押し当て、魔理沙は確かにそう宣言した。
 パチュリーが魔炎を放つよりも数段早いタイミング。そういえばマスパはその威力もさることながら、相手のスペルを完全に無効化できる程の出の早さ、持続時間の長さを誇っていたんだっけ。
 駄目だ、これは問答無用で死ぬ。回避も防御も、ましてや反撃など間に合うはずも無い。この超々至近距離ではどうしようも──。
 パチュリーが諦めかけた、その時だった。

「あら魔理沙。あんた、背中ががら空きよ?」
「がっ……!?」

 突如空中に出現した気配が、魔理沙を後ろから羽交い絞めにする。ミニ八卦炉が宙を舞い、放たれかけた魔砲は虚空へと消えていった。
 ──どうやら、ようやく協力してくれる気になったらしい。

「その声! お前、霊夢か!?」
「ご名答。今は通りすがりのスーパーメイド巫女、博麗霊夢ちゃんだけどね。とにかくあんたにはここで死んで貰うわ。我らが紅魔館の平和のためにね!」
「ぐっ……早苗といいお前といいっ……お前ら何か私に恨みでもあるのかよ!?」
「正直、有り過ぎて困る」

 実の所、霊夢が協力してくれるかどうかは最後まで不確定のままだった。博麗の巫女は何物にも縛られない、本質的に自由な存在だ。それはまるで、大空を気ままに漂う雲の様に掴みどころが無く。ある意味その自由気ままさこそが、狡賢い魔理沙を倒すのに必要不可欠な要素なのかも知れない。いつの時代だって神出鬼没な存在が、綿密に組み上げられた計略を狂わせて来たのだ。

「さあパチュリー! 今こそロイヤルフレアを放ちなさい!」
「だ、だけど霊夢。その位置だと、貴女も炎に巻き込まれてしまうわよ?」
「大丈夫! 私は魔理沙より当たり判定が狭いから、こいつの影に隠れていれば直撃を食らわずに済むわ!」
「け、けどっ」
「ふっ。何を迷っているの? あんたらしくない」

 少しは私に、グレイズ点を稼がせてよね?
 そう言って霊夢は、穏やかな微笑みを見せた。実に清々しい笑顔だった。この巫女に、この世への未練は残っていないのだろうか。

「……分かったわ」
「お、おいやめろ! 幾ら何でも洒落にならんだろソレは!」
「己が悪行、あの世で悔い改めなさい! 滅せよ魔理沙──ロイヤルフレア!」
「ウ……ギャアアアアアアアッ……!!!」

 渾身の魔力で解き放たれた極炎が、霊夢ごと魔理沙を焼き尽くしていく。後には、塵一つ残らない。当たり判定の大小とか、そういう問題ではなかった。何よりも重要なのは、安置を探すことだったのだ。
 空しい。余りにも空しい勝利だった。

「さようなら、魔理沙。そして、霊夢」
「パチュリーさーん!」

 ぐらりと崩れ落ちかけた身体を、駆けつけた早苗に抱き留められる。
 もはや飛ぶことも立つことも叶わず、パチュリーは天を仰ぎ見た。

「あら、おかしいわ。天井の照明、壊れちゃったのかしら」
「っ!? まさかパチュリーさん、目が」
「ふふ……霊夢、魔理沙。私もすぐに、貴女達の所に逝くから。だからそんなに、寂しそうな顔をしないで頂戴」
「ぱ、パチュリーさん……? そんな、いやああああああっ」

 愛した女性の腕の中で、パチュリーは静かに瞼を閉ざす。
 透明な雫が一筋、彼女の頬を伝い落ちた。


 パチュリー・ノーレッジ、暁に死す

 ~終劇~


 ◇◆◇◆◇


「──とまあ、こんな感じにやりたかったんだけど」
「思いっきりバッドエンドじゃん。何その三文芝居」

 現実の大図書館。
 そこには両手を広げてノリノリで解説するパチュリー・ノーレッジと、その様子に呆れながらお茶を飲む博麗霊夢、そして、

「やだっ。もしかして私、ヒロインポジションですか? きゃーどうしましょー」

 漫画本を読みながら頬を赤らめる、東風谷早苗の姿が在った。
 例によって巫女二人はメイド服を着ている。何故なら彼女達はメイドだからだ。まるで仕事をしていないように見えるが、それはパチュリーの妄想劇に付き合わされていたから。メイドたるもの、主人の友人にも気を遣わなければならないのである。

「むきゅー。何で今日に限って魔理沙来ないのよぅ!? 今日こそぎゃふんと言わせられると思ったのに!」
「ちょっと。今時ぎゃふんは無いでしょう、ぎゃふんは。つーかあんた、三対一で勝って嬉しいのか?」
(後、魔理沙は馬鹿みたいにマスパばっか撃ち過ぎ。マスパのバーゲンセールじゃないんだから)
「パチュリーさんて意外とお茶目さんなんですねぇ。まるでウチの神様方を見ているようで微笑ましいです」

 地団駄を踏んで悔しがる魔女の姿は、お茶のアテとしては悪くないものだった。
 本当は緑茶の方が好きなんだけどねーと文句を言いながら、霊夢はずずずと紅茶を啜る。彼女の後ろでは、引き攣った笑みを浮かべた小悪魔が突っ立っていた。

「……てゆか、あんた達メイドならお茶くらい自分で淹れなさいよ。人の使い魔を勝手に使わないで頂戴」
「あー? だって私ら魔理沙を迎撃しなきゃなんないじゃん。待機してないとまずいんじゃないのー?」
「むぅー。それはそうなんだけどぉ」

 釈然としない様子で、パチュリーは椅子に腰掛ける。膝がガクガクと笑っているのは、年甲斐も無くはしゃぎ過ぎた代償だろう。

「いやーそれにしても、メイドの仕事って大変よねー。いつ来るか分からない相手をじっと待ってなきゃならないなんて。お茶でも飲まなきゃやってられないわー。
 昨日だってそうよ。咲夜にプッツンされちゃってさぁ、夜まで追い回されてたのよ。いやーあの時は死ぬかと思ったわねー。死ななかったけど」
「咲夜がプッツン? それは珍しいわね。一体何をしでかしたの?」
「大したことじゃないわ。そこのドジッ娘が、レミリアの像を壊しちゃったのよ」

 応えて霊夢が早苗を指差すと。
 何を勘違いしたのか、早苗は「えへへ」と照れ臭そうに笑ってみせた。

「壊した? レミィの像を?」
「そ。帽子だけもぎ取ってみせたのよ。ハゲレミリアうーってね。ある意味器用でしょ?」
「帽子だけ……ああ、成る程」
「?」

 パチュリーはポンと手を打ち、納得したように頷いた。
 意味が分からず、霊夢が小首を傾げると。

「それ、私の仕業」

 表情一つ変えること無く、魔女はしれっとそう答えたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 パチュリー曰く、あの悪趣味極まりない銅像を製作したのは彼女だという。
 無駄に拡張された空間があまりに殺風景なため、レミリアから依頼されて急遽造ったものらしい。パチュリー的には、土人形を造るのと然程変わらなかったそうだ。
 とはいえ、百体以上にも及ぶレミリア像の製造はパチュリーをもってしてもなかなかに面倒で、造り進めていく内に次第に飽きて来た。

「だからまあ。少しでもモチベーションを上げるために、ちょっとした『ギミック』を仕掛けてみたって訳。所謂一つの、遊び心って奴よ」

 その一つがあの、ハゲリア像。

 もっとも、ギミックを施したのは百体中僅か数体で、しかもスイッチは普通に磨いているだけでは絶対に押せない位置(例:スカートの中)にあるため、今まで発見されたことは無かったらしい。それを一発で引き当てた早苗は、流石奇跡を起こす現人神と評されるべきなのかも知れないが。

「その遊び心とやらの所為で、こっちは死ぬ思いをしたのよ! 全く、余計なことをしてくれたもんだわー」

 憤懣遣る方無い様子で、霊夢は手にした本の背表紙を叩いた。
 積もり積もった埃が舞い上がるが気にしない。ばんばんと数度叩いてから、本棚にしまい直した。もとい、無理矢理詰め込んだ。霊夢なりの本の整理方法である。

 結局あの後、待てども待てども魔理沙が来襲することは無かった。
 まあたまにはそんな日もあるのだろう。ここは一つ、まったりとお茶でも飲んで時間を潰すとしよう。幸いなことに、ここには暇潰しにもってこいの古本が沢山在るのだから──霊夢のそんなささやかな提案は、パチュリーによってあっさりと却下された。
 お前らメイドだろ仕事しろ。悲しいかな、そう言われてしまってはやらない訳にもいかないのが巫女メイドの性分だ。仕方ない、蔵書の整理でもしようかと、霊夢と早苗は散らかっていそうな場所を求めて飛び立ったのだが。

「……これなら、廊下の掃除の方がまだ楽だったかも」

 いかんせん、大図書館は広過ぎた。
 一体何百万冊の蔵書が眠っているのだろう。考えるだけで頭が痛くなって来る。本当にあの魔女は、ここに存在する本全てに目を通しているのか? 怪しいものだと思いながら、霊夢は次の本を手に取った。

「あはは。でも外の世界の本とかあって面白いですよ、ここ。さっき読んでた漫画も子供の頃に連載されていたもので、何だか懐かしくなっちゃいました」
「ふぅん? 外の世界が懐かしい? 未練たらたらなんじゃないの、実は」
「いえ、そういうわけでもないんですけどね。ただ」

 現在の外の世界がどうなっているのか、興味はありますね。
 そう言って早苗は笑った。霊夢はふん、と鼻を鳴らす。

「私は最初から外の世界なんて知らないし、特に興味を持ったことも無いけどね。
 だって、妖怪も巫女も弾幕戦も無い世界なんてつまらないじゃない?」
「いえ巫女は居ますけどー。
 確かにそういう類の幻想は無いかも知れませんが、その代わりに幻想郷に無いモノが色々ありますよ。例えばアニメとかー、特撮とかー」
「はん。リアリティの無い幻想に興味は無いわ」

 霊夢が辞書のように分厚い本を数冊重ねて持つと、そこに早苗が風を吹き付けた。あっという間に埃は取れ、死んでいた紙が息吹を吹き返す。勢いが良過ぎたのか、何ページか風に乗って飛んでいったが気にしない。余分なページが抜けたことで、その本は更に洗練された内容へと変わったのだと、霊夢は前向きに思うことにした。

「ぐだぐだ言っててもしょうがない。さっさと適当な所までやって、適当に終わらせるわよ。どうせパチュリーは今頃読書モードに入ってるでしょうから、こっそり抜け出してもバレやしないわ」
「はいはい。……ところで霊夢さん」
「何よ?」
「あれ」

 早苗が指差した先は、今まで見ていた本棚よりもずっと上の空間だった。天井と本棚の間、丁度弾幕戦が出来そうな奥行きと幅のあるそのスペースは、普段妖精メイド達がせわしなく飛び回っているのだが──飛び回っている割には、不思議と仕事は遅々として進まないのだが。
 今は、メイド達の代わりに別のモノが飛んでいた。バタバタと、騒々しい音を立てて。

「本、ですよね。あれ」
「本ねー」
「飛んでますよね、あれ」
「飛んでるわねー」
「本って飛ぶんですか?」
「さあねー」

 早苗に言われるまでもなく、それは本だった。誰が見ても分かる。
 ただ、本が飛ぶかどうかと訊かれても霊夢には分からなかった。何しろ飛んでいる所を見るのは初めてだったものだから。まあ、そういうこともあるのかも知れない。
 よく分からないものについてくどくど考えても時間の無駄。そう割り切って、霊夢は飛行する本を見なかったことにしていたのだが、どうやら早苗は割り切れなかったらしい。

「霊夢さん! これは異変ではないでしょうか!?」
「んなショボい異変があるかっての。いいじゃん別に本くらい飛んでも。そりゃここに在る本全部飛んだら壮観だろうけど、飛んでるの一冊だけだしさ」
「でもでも! 巫女としてアレを見過ごす訳にはっ」
「今は巫女じゃなくてメイド」
「メイドとしてもです! アレを片付けないことには、ご本のお片づけを完了したことにならないのではないでしょーか!?」
「んー、じゃあ」
「はいっ」
「アレは見た目は本だけど、実は本じゃないってことにしよう」

 実際、妖怪が化けている可能性はあった。
 でも多分本なんだろうなーと思いながら、霊夢は飛行する本らしき未確認物体へと目を遣った。飛ぶ意思はある癖に目的地は特に想定していないのか、それは出鱈目に飛び回っている。バタバタとよく疲れないなー、とぼんやり眺めている内に。
 博麗の巫女は、ある可能性に思い当たった。

「ひょっとして」
「はいっ、今度は何ですか?」
「探してるのかも」
「は?」
「だから、あの本よ。頑張って飛んではみたけど、どこに行けば良いのか分かってない感じなのよね。もしかしたら、辿り着くべき場所を探しているのかも知れないわ」
「えー? それって、つまり」

 ……迷子ってことですか?

 早苗の問いに、霊夢は大真面目な顔で頷いてみせたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 完全であれ、と願う。
 完璧であれ、と誓う。
 完全であるものは、真なる球の如く、いかなる切り欠けも存在しない。
 故に、綻びもまた生じない。

 ──正にそれは、魂が如く。

 ギザギザにささくれ立った自己を磨く。
 ただ極める。故に、ただただ極まるのみ。
 完全であるために、完璧になるために。ただひたすらに、求め続けた。

 そんな人生だった。
 真球の美しさに、疑問を感じたことなど一度も無かった。


 はず、だった。


 後編に続く
・おまけテキスト(2)~門番と嘘~


 昼間の紅魔館には、そこそこの来客がある。
 といってもそのほとんどは「招かれざる客人」なのだが。
 しかしどんな来客であれ、門番にとっては格好の話し相手だった。
 紅美鈴は、基本的に暇だった。

 しかしどんなに暇であっても、サボる訳にはいかない。
 託されたからだ。

「お嬢様と、少し出かけて来るわ。留守は頼むわよ、美鈴」

 先程のメイド長の台詞を思い出し、美鈴は頬を緩めた。
 頼まれたということは、それだけ頼りにされているということだ。
 ならば自分は、全力を賭してその期待に応えなければなるまい。矢でも鉄砲でもどんと来い、蟻一匹たりともこの先には入れさせんぞ。
 ──と、気合を入れたところで。
 今度はパチュリーに言われたことを思い出し、美鈴は「はぁ」と溜息をついた。

「すみません咲夜さん、何事も例外はあるのです……」
「あん? 例外が何だって?」
「うわぁ例外来たー!?」

 いきなり「例外」から声を掛けられ、美鈴は慌ててその場を飛び退いた。慎重に、「例外」との距離を取る。何しろ相手は「例外」だ。いかなる常識も通用しない。

「おいおい、何だってんだ?」
「ま、まり、まりさ、さん」
「だから、何だよ? 私はいつものように、本でも借りて帰ろうとしてるだけなんだが」
「こ──」
「こ?」
「紅魔館へようこそ!」

 常識が通用しない相手ならば、それに相応しい対応をしてやらねばなるまい。
 美鈴が精一杯の笑顔で歓迎の意を伝えると、魔理沙は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、

「……やっぱ帰る」

 などと言い出した。
 完全に想定外の反応である。

「ちょ、何でですか!? 折角こうして歓迎してるのに帰るなんて酷くない!?」
「お前が私を歓迎するなんてどうかしてるぜ。いつもの弾幕勝負はどうした?」
「そ、それは」
「うん、それは?」
「実はパチュリー様から、魔理沙さんが来たら図書館まで丁重にご案内するようにと仰せつかってまして」
「うん。あからさまに罠だな、それは」
「うう。私もそう思いますがー。でもこのまま貴女に帰られると困るんですよー。私がパチュリー様に怒られちゃいます」
「んなこた私の知ったことか。
 ──つーか、黙ってりゃ問題無いだろ」
「へ?」

 箒に跨り、魔理沙はにやりと笑ってみせる。

「嘘をつくのさ。『今日は魔理沙は来なかった』ってな。どうせ私が来たことを知ってるのはお前さんだけなんだし、バレやしない」
「そ、それはそうかも知れませんが」
「何だよ?」
「お嬢様のご友人の方に嘘をつくのは……少々、気が引けます」
「はぁ? 馬鹿かお前は」

 いいか? と言って、魔理沙は低空飛行で美鈴の周りを旋回してみせた。

「世の中、ついて良い嘘と悪い嘘がある。今のは、ついて良い嘘だ。
 人間関係を円満にする為の嘘は、幾らついても問題無いんだよ。だから私はつきまくってる。おかげで私の周りは、幸せな連中ばかりだぜ」
「ついて良い嘘、ですか」
「ああ。まあ、つくかどうかはお前次第だがな。
 とにかく私は帰るぜ。じゃあな門番!」
「あっ、ちょっと!」

 止める間も無かった。
 風のように現れた黒白魔法使いは、またまた風のように去って行ってしまったのである。

「ああ、行っちゃった」

 独り残され、美鈴はぼんやりと、小さくなっていく魔理沙の背中を見送っていたが。
 やがて何も見えなくなって、溜息混じりに視線を下げた。

「あれ?」

 魔理沙の立っていた地面に、何か袋のようなものが落ちている。
 試しに拾い上げてみると、袋の口を縛っているリボンに、文字が書かれているのが見えた。汚い殴り書きだったが、何と書かれているかは読み取れる。
 それは、美鈴のよく知る人物の名前だった。

「……成る程。
 人間関係を円満にする為の嘘、ですか」

 何が、本を借りに来た、だ。真実は逆じゃないか。
 くすりと笑って、美鈴は彼方の森を見つめた。


 霧雨の魔法使いが帰った所為か、魔法の森には白い霧が深く掛かっている。
 まるで、全ての真実と嘘を包み隠すかのように。
すだチ
http://kansuda.blog11.fc2.com/
コメント



1.ずわいがに削除
>「ぐっ……早苗といいお前といいっ……お前ら何か私に恨みでもあるのかよ!?」
>「正直、有り過ぎて困る」
吹いたww

いやぁ、やっぱパッチェさんのあれですか、アレww
おまけも良い話でした。
2.名前が無い程度の能力削除
これは面白い。そして続きに期待。
3.ぺ・四潤削除
いやあ、面白くなってきた。
あの銅像はそういうことだったのか。でもそのスイッチの位置は逆に即日発動する可能性があるんじゃないのか?
おまけテキストで暖まりました。