Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

スロウ・ライフのすゝめ

2010/02/05 12:17:19
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 サテ、これは幻想郷に何時からか流布した、ちょッとした奇譚きたん怪談くわいだんの類である。話のタネになッたのは、何処ぞのなにがしの見た悪夢だとも、実際あッた話を面白オカシク改変して、婉曲にしたオハナシだとも云はれてゐる。どちらにしてもその真偽に意味はなく、ちょッとした、幻想郷の夜伽のお話となッてゐる、とお思ひ頂ければ結構至極である。前置きはこのくらゐにして、その御話と云ふのが、かうである。
 白黒の魔法使ひがゐた。彼女は幻想郷を駆け巡ッては窃盗を働くこと甚だしく、つひにはその罪状の高々と積み重なること、閻魔の堪忍袋をも切らむばかりとなッた。これはもはや彼女の友人たち、人間の守護者、寺の上人、博麗の巫女でさへも弁護の余地無く、処刑判決が下るに至ッた。刑の執行方法は斬首に決定せられた。青天せいてんもとに、刑は厳かに執り行はれた。大上段からマサキリが振り下ろされ、首がポンと飛び、スッテンコロコロと転がッた。これによッてさすがの魔法使ひも反省したと見え、その首はヨイショと起き上がると、人目をはばかるやうにソソクサとその場を後にしたと云ふ。
 サテ、翌朝である。博麗の巫女が平生へいぜいのやうに、朝の掃除をせむとて母屋を出たところ、神社の縁側に例の魔法使ひがゐた。首だけのなりとなッてゐた彼女は、しかし、かへッてせいせいしたやうな表情をして、座布団のうへにその身体を預けてをり、巫女の出てきたのに気付くと、ヤア、と挨拶した。あまつさへ、茶はどうした、と催促までしたのである。
「随分な形をして、結構なことね」
 と巫女。魔法使ひはハゝゝと笑ッて、座布団の上でユラゝゝと身を揺らした。
「なァに、余ッ程のことがない限り、裸一貫でさへ、人間は幾らでも生きていかれるさ」
「不便じゃないの」
むしろ、文字通り身が軽くなッたゆゑ、気分がフハゝゝして実に愉快だ」
「さうなの」
 博麗の巫女、これを見て、アア、こやつの反省も三日坊主にさへ満たなかッたか、仕様の無い、阿呆は死んでも治らぬ、と呆れつつ、不図フト、カラゝゝと笑ふ魔法使ひの横顔に、妙に見惚れてゐる自分を発見した。彼女の顔に、一種、悟りを開けし聖人のごとき、爽やかな輝きを見出したのである。巫女は狼狽うろたへた。我が心を、かの生首を羨望の眼差して眺めてゐる心を、信じられぬやうな気持がしたのである。知らず、巫女は固唾を呑んだ。
「それ程に、気分が好ひのか知らん」
「ウム、茶をれないのか」
「淹れるわ。首だけと云ふのは、気分の好ひものなのか知らん」
「さうだな。身体のあッた時は諸々のことに如何にわずらはされてゐたか、この身になッてやうやく気付かされたやうな格好だ。人間の暮らしは兎角とかくせはしくてかなはぬ。それが見ろ、今となッては重荷を下ろして軽がると、ゆッくり時間を過ごすだけだ。人生に余裕を見出さむと云ふならば、身体などは余計の筆頭なのだ。ものを見る目があり、ものを云ふ口があり、ものを考へる脳髄がある。このうへ、何をか望むべき。それよりも、茶だ。一番茶の好いのを熱々で、宜しく頼む」
 巫女はつひに、手に持ッてゐたはふきを取り落とした。全身をブルリと震はせ、一種感極まッたやうな、恍惚こうこつの表情を浮かべてゐた。魔法使ひがいぶかりつつ眺めてゐると、突然、巫女の首が、風も吹かぬのにポロリともげた。かと思ふと、胴からサーッと落ち、スッテンコロコロカラカラカラと金属性の音を鳴らしつつ、境内を転がッたのである。さうして、雀の子がふたつ、みッつと鳴く間を置いて、巫女の首はムクリと起き上がッたのである。巫女は、フウ、とひとつ息を吐き、笑ッた。その表情には、世捨人、はたまた大僧正のごとき、則天去私そくてんきょしの爽やかさをたたへた輝きが宿ッてゐた。魔法使ひはアハゝと笑ッた。
「どうだ、気分が好からう」
「アア、あなたの云ふ通りだわ」
「さうだらう、さうだらう」
「人生の煩事はかやうに捨てて、ゆッくり過ごすべきだわ」
「さうとも。ゆッくりこそ人生だぜ」
 かうして、二人の生首は縁側で寄り添うようにして時を過ごし、無為自然、時の流れに身を任せてゆッくりと人生を楽しんだと云ふ。なほ、巫女の余ッた胴体であるが、アア勿体無い、とスキマから現れた妖怪がペロリと平らげた。以上が、幻想郷に「ゆッくり」なるものの流行せらるることの始まりを云ッた顛末てんまつである。それ以降、この話のやうな生首を見かけたときには「ゆッくりしていッてね」と云ふことが礼儀だとか、はたまた、生首が通行人に「ゆッくりしていッてね」と云ふとか、定説のあるではないが、俗説の流布に至るやうである。



   _,,....,,_  _人人人人人人人人人人人人人人人_
-''":::::::::::::`''>   ゆッくりしていッてね!!!   <
ヽ::::::::::::::::::::: ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
 |::::::;ノ´ ̄\:::::::::::\_,. -‐ァ     __   _____   ______
 |::::ノ   ヽ、ヽr-r'"´  (.__    ,´ _,, '-´ ̄ ̄`-ゝ 、_ イ、
_,.!イ_  _,.ヘーァ'二ハ二ヽ、へ,_7   'r ´          ヽ、ン、
::::::rー''7コ-‐'"´    ;  ', `ヽ/`7 ,'==─-      -─==', i
r-'ァ'"´/  /! ハ  ハ  !  iヾ_ノ i イ iゝ、イ人レ/_ルヽイ i |
!イ´ ,' | /__,.!/ V 、!__ハ  ,' ,ゝ レリイi (ヒ_]     ヒ_ン ).| .|、i .||
`!  !/レi' (ヒ_]     ヒ_ン レ'i ノ   !Y!""  ,___,   "" 「 !ノ i |
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※ 一部、深沢七郎「風流夢譚」より着想を得ました。
つくし
http://www.tcn.zaq.ne.jp/tsukushi/
コメント



1.みずあめ。削除
なにこの……なんだこれは!
得も言われぬまったり感とシュールさが組み合わさっていてなんというか
ごちさうさま!
2.名前が無い程度の能力削除
普通に読みにくい。
3.名前が無い程度の能力削除
読みにくい、だがそれがいい
ゆっくりの誕生にこんな解釈があったとは
4.名前が無い程度の能力削除
10回。10回です旦那、10回。
何が10回って?きまってゐるじゃあないですか、あとがき含めて作品中にてゐって出てきた回数ですよ。
しっかしおかしいですねぇ、これだけ名前が出てきてゐるのに彼女の姿が何処にも見られない。
ねぇ旦那、彼女が何処にいるのかご存じありません?

不思議な味わいを堪能させていただきました。
歴史的仮名遣いでもさっくり読めたあたり、お話としてのレベルの高さがうかがえる気がします。
ごちそうさまでした。
5.名前が無い程度の能力削除
書き出しでもう目がひきつけられて、気付けば最後まで読んでいた。
ほうゆっくりにこんな秘話が…と思うより何より、読んでいて気持ちがよかった。
字を追うことが楽しい、なんて稀有な経験だと思うのです。ありがとう。
6.Ninja削除
なぜかヤジさんキタさん思い出したw
7.ずわいがに削除
うん、ゆっくりは良いもんだ
あぁ、ゆっくりもちもち霊夢が食べ……うん
8.名前が無い程度の能力削除
なにかすごいものをみてしまった
9.i0-0i削除
ゆつくりしていつてね!
おもしろかったです。