Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

あさゆめ

2010/02/04 10:17:03
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命蓮寺。

「ふう」
白蓮がため息をついた。
ちょうど隣にいた村紗は、気にして話しかけた。
「聖?」
「ん? なに? ムラサ」
「いえ、なんだか顔色が悪いというか……」
「……そうかしら?」
白蓮はちょっと首をかしげた。
「身体の調子でも悪いんですか? 駄目ですよ、ちゃんと言わなきゃ」
村紗は気遣わしげに言ってくる。
白蓮は苦笑して答えた。
「いえ、大丈夫よ。ちょっと昨夜の寝付きが悪かっただけ。まだ封印から醒めたばかりだからかしらね」
「そうですか? でも、最近ため息が多いようですけど……」
「そうねえ……まあ、たいしたことではないんだけれど……たしかにまだちょっと身体の調子が上がっていない気がするわね……」
「一度、医者にかかってみたらいいんじゃないですか?」
村紗は、真面目な顔で言う。
白蓮は、ふむ、と思案げな顔をした。
「……そうね。あまり内憂なんか抱えていてもよろしくないものね」



数日後。

里で話を聞いてきた一輪のすすめで、白蓮は竹林の医者の元に向かった。
こんな里の外れに? と、白蓮は最初いぶかしんだ。
しかし、一輪の話によると、変わり者だがたいそう腕は切れる医者なのだという。
案内人だという娘に話は通っていたらしく、白蓮は、その医者の元にすんなり着くことが出来た。


「ふむ」
診察室で、八意、と名のった女は、ちょっとうなって椅子を鳴らした。
診察票になにか記入する。
それから、こちらに向きなおって言った。
「身体には、問題は見うけられません。まったくの健康体ですね。寝不足、というお話しでしたか」
「ええ」
「なにか、気持ちが落ちつかないということはありますか?」
八意は言った。
白蓮は、少し考える顔で言った。
「そうですね……落ち着かないというか、頭の方が眠りたがっていないような感覚はします。なんとも説明しづらいのですけれど……」
「眠ろうとしているのに眠れない、といったことですか?」
「いえ、そこまで深刻ではないんです。なんといいますか……眠る必要を感じない、と言うか」
「……ふむ」
八意は、考えてから言った。
「もしかすると、精神的なものがあるかも知れませんね。お聞きするところだと、ながらく異界に封印されていたということですが……」
「ええ」
「私も、あまりそういった症例は経験がありませんが、あまりに長い間、意識のない状態を経験していると、肉体でなく、精神の方が睡眠を忘れてしまう、ということはあるかもしれませんね。睡眠に近い意識状態に精神の方が慣れてしまい、起きていても、常に眠っているのと同じような状態を保ってしまうようになるのです。分かりやすく言うと、起きているのに眠ってると言う状態かしらね。常に睡眠を取り続けているから、あなたは人のような睡眠を必要としないわけです」
「はあ」
白蓮は、冴えない返事を返した。
実はよく分かっていない。
八意は、少し表情を緩めて続けた。
「時間の経過で改善するとは思いますけれど、おそらく個人差が出るだろうと思います。こういったことは、なかなか服薬でも解決しない場合がありますからね。長く放置しておくと、精神の方に負担が出てくる場合もありますし。薬をお出ししておきましょう」
八意は言うと、診察票を書いて、筆を置いた。


命蓮寺。

帰ってきてから、白蓮は、貰ってきた薬を、こっそりためつすがめつした。
いい夢が見られる薬、とは、説明を受けていた。
普通に分量を守っていれば、副作用などの危険はない、とのことなので、とにかく飲みすぎないように、とだけは厳重に注意を受けていた。
(これが薬ねえ。なんだか乾菓子みたいだけれど……)
白い錠剤型の薬を見たことがない白蓮には、やや物珍しくうつった。
そもそも薬という概念が薄いので、わりと抵抗はあった。
しかし、あまり周りに気遣いをかけるのも、よろしくない。
白蓮は、夜になると、言われたとおりに薬を飲んだ。
そして、その日は床に入って、すぐに目を閉じてみた。




「……んお?」
白蓮は、そんな声をあげて、身を起こした。

なにか節々が痛い。
当たりの様子を見ると、徳利と猪口が転がっている。
向こうには、白蓮が空にしたらしい徳利も並んでいた。
「ふわ……」
どうやら、酔いつぶれて、そのまま寝てしまったらしい。
布団もろくに敷いていない。
体を見下ろすと、申しわけ程度の掛布がひっかかっていた。
「やれやれ……」
白蓮は、涙のにじんだ目をこすった。
襖の向こうからは、柔らかな秋色の陽気がさしこんでいる。
あたたかい朝の光だ。
寺のあちこちからは、人の動く気配がしている。
ふむ、と白蓮は思いだした。
昨夜は、夜半近くに弟の寺にやってきて、そのまま泊まったのだった。
立ち上がるのもなんとなくだるく、白蓮はもう一度欠伸をした。
「姉上」
がら、と無遠慮に襖を開け、弟のいかめしい仏頂面がのぞいた。
白蓮はそちらを見つつ、暢気に手足を伸ばした。
「ふァ……ああ。お早う、命蓮」
「もう昼でございますよ。そろそろ起きて下さいませ」
「ああ、なんだ、もうそんなか……」
白蓮は言って、ふと腹がきゅう、と捻られる感覚を覚えた。
腹をさする。
「腹が減った。命蓮、食事を頼む」
「もう用意してございますよ。はよう起きてきてください」
「はいよ」
白蓮は生返事を返して、弟を見送った。
よっこいせ、と起き上がって、顔を洗いに行く。
水場に行くときに、顔見知りの小僧とすれ違い、礼をされる。
「あ、お早うございます」
「ああ。お早う」
白蓮は、かるく挨拶を返した。
実の弟の寺にたびたび入り浸っては、酒をかっくらって居候していく、この風変わりな女生に、最初は辟易していたようだが、最近ではすっかり慣れられたらしい。
くあ、と欠伸して、白蓮は腕を伸ばした。
井戸から水を引き上げる。
釣瓶を巻いていると、井戸の脇に珍しいものが咲いていた。
「お」
白蓮は、桶を取りながら、片手間にそれを眺めた。
黄色の曼珠沙華。
ふむ、と白蓮は思いつつ、顔を洗った。
懐にしてきた手ぬぐいで、ごしごしと顔を拭く。
かるい身繕いを済ませると、白蓮はかがみこんで、花をながめた。
「うーん」
(好いな)
なにかの気まぐれなのか。
秋頃にここに出入りするのは初めてでないが、今まで気がつかなかった。
珍しい曼珠沙華は、五、六本でかたまって、ひっそりと咲いていた。
白蓮はそのうちの一本に手をのばして、ぽきり、とつみ取った。
こっそりと懐にしまう。
飯を食べた後にでも、生けておくとしよう。
白蓮は、寺に戻って、遅い朝餉を取った。
「ほう」
と、弟は、もの珍しげに言った。
「黄色ですか。どちらで?」
「井戸の裏だ。あと四、五本ほど咲いていたよ」
白蓮は言った。
飯の後、生けられた花を見て、弟はあごをさすっている。
「縁起が良いのだかなんだか、分かりませんな。ちょうど仏花も足りないところでしたし、つみ取らせておきますか」
「なんだ、無粋なことを言うのね」
「水場の近くに生えていては、良い気分はしないでしょう。あれは強い花ですからな。その程度にも生えそろってしまえば、あっという間に増えるでしょうし」
弟は、厳めしい面に眉を上げた顔で言った。
白蓮は、特に拘るでもなく返した。
「まあ、咲いたら摘まれるのが、あの花の定めかね。そういや、今日は下の様子が騒がしいようだね」
「ええ、縁日ですのでね」
「ああ。そんな時節か。そういや」
「そろそろ落ちつかれてはいかがですか。あまりふらふらとしていて、時節の目にも疎くなってはいけませんぞ」
「ふむ。そうさね」
白蓮は曖昧に答えた。
もう耳にたこができるほど言われていることだが、どうにも、その気が起きないのだから、仕方がない、くらいにしか今のところは考えていなかった。
季節柄の乾いた空気が、秋晴れの空に足を誘っている。
今は骨休めの最中だ。
生来、腰を落ち着けるとか、馴染むと言ったことが不得意で、あちこちを転々としている。
とはいえ、どれだけふらふらとしていても、彼女が気の休まるところは、この弟の寺である。
縁側でのんびりしていると、昼の鐘がごーん、と、聞こえてきた。
それを聞きつつ、白蓮は茶を啜った。




夕刻になると、人の出入りが忙しくなったようだ。
白蓮は裏に引っ込んで、縁側で昼寝をしていた。
暗くなると、さすがにさむけがくる。
外歩きで鍛えてあるから、多少のものなら、白蓮は薄衣でもよかった。
しかし人間の身体は、意外と軟弱で、寒くなくとも風邪を引くと言うことがある。
「冷えてきましたな」
「ああ、そのようだ。飲もう、命蓮」
「もうしばしお待ち下されよ。応対がありますので」
「ちぇ。冷たい奴だ」
白蓮は、頬杖をついてすねた。
弟は、苦笑じみた顔で言った。
「酒が飲みたいのでしたら、表に出てきたらよろしいではありませんか」
「この歳で、祭りを愉しむような神経はしてないわよ」
「ほう。ご自覚はあるのですな」
白蓮は拗ねた眼差しで、弟を見た。
「それに、私のような者がひょこひょこ出入りしているなんて、里の衆に知られてみなさい。仏閣の評判に関わるでしょう」
「ふむ。まあそれはそのとおりでしょうがな」
「お前も、知っていてわざと言うんだね」
「では一寸失礼。顔を出して参ります。大丈夫、ちゃんと酒はくすねて参りますよ」
「いらん」
白蓮はぶっきらぼうに言って、弟を見送った。
祭りの囃子が遠くから聞こえている。
白蓮は小さくため息をついた。
ごろんと横になって、暗くなった外の様子を眺める。
知らず、うとうととした。
遠い喧噪が、心地よく聞こえる。
さっき眠ったばかりだったが、今日はやけに眠いな、と思った。
(海鳴りのようね……)
海鳴りのようだ。
白蓮は、うつら、うつら、となる意識の中で、どこかの波打ち際を歩いた時のことを思いだしていた。




「んお?」
白蓮は、目を開いた。
どん、と、頭に響くような太鼓の音だ。
んん?
と、頭を動かそうとして、気がつく。
枕のような硬いものが頭に当たっている。
見上げると、弟の顔がある。
(ああ……なんだ)
白蓮は、彷徨わせていた目をしばたき、欠伸をした。
「どうも。起きられましたかな」
「ああ」
白蓮は、答えて力を抜いた。
弟のがっしりとした膝に、頭を乗せる。
どん。と、また太鼓の音がした。
ぱら、ぱらら、と拍子の音が続く。
(いや、違うか……)
これは花火だ。
縁側を見ると、ぱらぱらと光っているのが見える。
ここでは、まるきり寺の裏手だ。
墓地ぐらいしか見えない。
花火のほうを見に行かなくて良いのか、などと、言おうとしたが、止めた。
弟は、黙って盃に口をつけているようだ。
ときおり、表から発される光が、弟の顔の陰影を、照らし出している。
白蓮は黙って、外を眺めた。
なにか含みのある沈黙だと思った。
が、そのなにかが、なにかはわからない。
どん、と太鼓の音が鳴った。
白蓮は、ぼそりと言った。
「花火というのは見事だな。でもすぐに終わる」
「左様ですな」
弟は律儀に答えてきた。
白蓮は言った。
「花も綺麗だ。だがすぐに散る」
「左様ですな。この世は無常でございます」
「人も綺麗だ。だがすぐに死ぬ」
「左様ですな。それがこの世の理でございます」
「私はまだ死にたくないな」
白蓮は言った。
弟はかすかに笑った。
「はは。姉上はまだ、悟りが足りておりませんようですな。人は死ぬもの。それが道理でございます」
「死にたくないと思っちゃいかんのか?」
「思うのは構わぬのです。そう思う自分を知らなくては、悟りの道など開けますまい」
弟が言う。
白蓮は言った。
「そういうお前はどうなんだい?」
「さて、どうでございましょう。まあ、お答えするならば、そう言い切れるほどに、私は歩んでおりませぬ、となりましょうか」
「狡い答えね。お前だっていい歳のくせに」
「そのようで。しかしながら、人の死とは、いつか来るものです。今は来なくとも、いずれ、定められた寿命がありまする。まだ若い、まだ若い、と言いながら、知らぬうちに老いているのが道理です。ならば、せめて、のちのち悔いの無いように歩むことぐらいしか、答えは見つからぬでしょう。いつかこの苦しみは煩悩や恐怖を振り払うものとなるはずだと信じ、涙を流して苦しみ、歯を喰いしばってこの世をのたうち回るように、歩むのです」
「結局、常に死の恐怖には怯え続けていろってことか。ふん」
なんの答えにもなっていないな、と白蓮は思った。
弟は静かに笑っている。
面白くはなかった。
不満ではあったが、白蓮はまた、意識がうつらうつらとしてくるのを感じた。
また花火の音が鳴った。
「冗談じゃあないよ。ほんとに、冗談じゃない……」
酩酊のような状態に、夢うつつのような言葉が口から漏れる。
「……こんなものに、生涯悩まされ続けるなんて、ほんとに冗談じゃあない。なあ、命蓮。私はどうして、こんなに死が怖いんだろうね。お前のように仏法でもやれば、少しはわかるのかな……」
夢の向こうから弟の声は聞こえてきた。
「さあ。どうでしょうな」
弟の声は笑っていた。

「それは、御仏様におたずねくださいませ。私は一足先にまいりますゆえ。いつか語らえましたら、その折には、般若水でも交えましょうや。では、姉上。お先に」




白蓮は、目を醒ました。

「……んん」
気がつくと、襖の向こうから朝の光が漏れている。
ずいぶんと日が高い。
どうやら、寝過ごしてしまったようだ。
「嫌だ……」
いけない、と、あわてて白蓮は起き上がった。
衣擦れの音を立てて、布団からはい出す。
と、ちょうど、襖の向こうで通りがかった人影が、からり、と襖を開けた。
「ああ、聖? 起きました?」
村紗が顔を覗かせた。
「ええ、お早う……参ったわね、もう」
「はは。いや、すみません。あんまり気持ちよさそうに寝ていたもんですから。放っておくように言ったんです」
「気持ちは有り難いけどね……」
悪気もなく笑う村紗に、白蓮は複雑な顔を返した。
村紗は気にせず言ってきた。
「朝ご飯、用意できますから。のんびり起きてきて下さい」
「ええ、ありがとう」
白蓮は、笑い返して言った。
村紗は、襖を閉めて、足音を鳴らしていく。
白蓮は、寝間着を着替えるために、立ち上がった。
帯に手をかけて――ふと、思いなおす。
白蓮は、帯を締め直すと、襖のほうに行った。
すっと静かに開ける。
部屋の中に、朝の光が漏れてくる。
昇りきった日は、白蓮の身体も照らした。
「……」
白蓮は太陽の方角を見て、静かに手を合わせた。
瞳を閉じて、黙想する。
「……」
やがて、手を下ろすと、白蓮は襖を閉めた。
閉めた襖の向こうから、衣を解く音が聞こえ出す。
命蓮寺の庭には、柔らかい光が差していた。
季節はもう春の匂いだ。

それからしばらくして、白蓮の悩みは解消されたらしい。
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
いつもながら氏の作品は独特な空気感がありますね

ただ若干淡々とし過ぎていたかな、悪くはないんですけどね

また次回も期待しています
2.名前が無い程度の能力削除
彼女が弟と再び語り合うのはもう少し先になりそうですね
(無粋な事を言ってしまうと罪の程度が違う彼等が再会できるか分かりませんが)
3.名前が無い程度の能力削除
いい
4.名前が無い程度の能力削除
淡々とした、何でもない過去の日常から漂う無常観
素敵な空気ですね
5.奇声を発する程度の能力削除
鳥肌が立ちました。(良い意味で
いや、本当に素晴らしい!
6.名前が無い程度の能力削除
作風好きすぎる
7.名前が無い程度の能力削除
言葉にできない淡々とした空気がたまらない
今弟に会ったらどんな会話をするんだろう
8.ずわいがに削除
ゆっくり寝ておくんなせぇ
9.名前が無い程度の能力削除
うぉ…
10.名前が無い程度の能力削除
なんか>>2を見るとぞっとしてしまう自分がいる