Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

無言の恋

2010/01/30 05:09:41
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 目を覚ますと、彼女の微笑みがすぐそばにあった。
 小さく呻いて持ち上げた手は、優しく握り返される。彼女の柔らかな細い指が、そっと自分の手を包み込んで、その温もりに私の意識は輪郭を取り戻す。
 確かめるように、彼女の名前を口にした。それが幻想でないと信じるために。
 彼女は微笑んで、かがみこんで囁いた。目覚めの言葉。耳元をくすぐる、彼女の吐息。
 あきゅう、と、泣きたくなるほど優しい響きを、彼女の唇が紡ぐ。
 ゆうか、と私が呼び返した声に、彼女は目を細めた。
 吐息の触れる距離で、けれどあとほんの僅かの距離は詰まらない。
 すっと彼女が身を引く。彼女の吐息が、温もりが離れて、私はそれを引き留めようとするように身体を起こす。自分の布団の上。寝間着が僅かに着崩れて、寝汗が少し冷たかった。
 顔を上げると、彼女は立ち上がるところだった。
 もう一度、私は彼女の名前を呼ぶ。彼女は微笑んで、私を覗きこんだ。
 触れて欲しい、と私は思った。
 抱きしめて欲しい、と――私は願った。
 唇に、頬に、耳元に残る彼女の吐息の感触が、まだくすぐったかった。
 そのもやもやを、強く抱きしめる腕でかき消して欲しかったのに。
 彼女はただ、微笑むだけで、私にそれ以上触れてはくれなかった。
 踵を返した彼女の姿が、襖の向こうに消える。布団の上、自分の両手を見下ろして、私は息を吐き出し――自分の身体を抱いて、首を振った。
 名前を呼ばれて、朝の挨拶を囁かれた。
 ただそれだけの、触れ合いもしない刹那の逢瀬。
 ほんの僅かなその感触さえも――どうしようもなく、愛おしい。
 彼女の名前を呟く。ゆうか、ゆうか――幽香、と、繰り返し呟く。
 その度にこみ上げる、痛いほどの胸の疼きを、私はしばらく噛み締めていた。







 お膳の上、慎ましい朝食が並んでいる。
 それを挟んで、私と彼女は向き合っていた。
 彼女は黙々と箸を動かす。和室で膳を食す習慣がこれまでの彼女にあったとも思えないが、その仕草は優雅で、礼節をきちんと弁えていた。それも彼女が永く生きるが故なのだろうか。
 ぼんやりと私がそれを見つめていると、彼女が不意に箸を止める。
 小さく小首を傾げて、彼女が私に微笑みかけた。
 それだけで顔に血液が集まって、私は顔を伏せて慌てて箸を動かし、そして噎せた。
 咳をする私に、彼女が立ち上がって歩み寄る気配がする。彼女の手が、私の背を優しくさする。顔を上げれば、彼女の慈しむような笑みがあり、私は目を伏せた。
 彼女の笑みにあるのは、こちらへの愛情なのだということは解る。
 けれど、それは慈愛でしかないのだろうか。
 吸い物を含んで落ち着いた私は、焼き魚を切り分けながら、自分の膳の前に戻った彼女の姿を再び伺う。彼女は何も顔色を変えることなく、ゆっくりと朝食を味わっている。
 愛情という言葉は、あまりに包括的に過ぎると思う。
 家族のそれも、友人のそれも、主従のそれも――恋人同士のそれも、全て含んでしまう。
 彼女が私に向けるその二文字は、果たしてどれなのだろうか。
 どの意味に、彼女は私を定義しているのだろうか。
 私の視線に、彼女がまた不思議そうに首を傾げる。
 食の進んでいない私に、彼女が少し心配そうな視線を向ける。
 その視線は優しいけれど、やはり、少しの痛みを、胸に伝えてくるのだ。








 筆は今日も進まなかった。
 ため息をついて、私は無駄にした半紙を見下ろし、そして立ち上がる。
 膝の上に丸まっていた猫が、驚いて飛び退いた。それに構わず、私は障子を開け放つ。
 縁側から見える庭に、彼女の白い日傘が揺れていた。
 庭に花壇を作ると、彼女は言っていた。今日もその作業をしているのだろう。
 私は縁側に出て、庭に降り立った。その音に気付いてか、彼女がゆっくりと振り返る。
 陽射しが強い。彼女はこちらに歩み寄ると、その手の日傘をこちらに差し出した。
 受け取って、私は彼女の顔を見上げる。並んで立つと、彼女の方が背が高い。私はいつも見下ろされている。それはそのまま、私の立場そのもののようだ。
 日傘が陽射しから私を守るように。
 私は彼女に庇護されているだけなのかもしれない。
 私が弱々しい人間だから、永く生きる強き妖怪の彼女にとっては、私は――。
 日傘の向こう、眩い青空に、彼女の微笑みが映えている。
 その明るさに、私は目を細めるしかない。
 照りつける太陽のように、彼女の笑みはあたたかく、眩しいのだ。
 凛と立つその姿が向日葵なら、私はその足元に隠れて夜を待つ月見草だ。
 その姿は大きく力強く、私は黙ってそれを見上げているだけ。
 何か言葉をかけたいと思っても、どんな気持ちも言葉にした瞬間に上滑りしてしまう。
 どれだけ言葉を尽くして、この幻想郷を記録していっても。
 自分の心の中だけは、どうしても言語化することができないまま。
 私が彼女の前で口にできる言葉は、いつだってあまりにも限られていて――。

 私が視線を落とすと、不意に彼女の手が、別の何かを差し出した。
 一輪の花。白く小さなその花は、昼前のこの時間には咲いていないはずの月見草。
 心を読まれた気がして、私は顔を上げた。
 目を細めた彼女の顔が、すぐ近くにあった。
 ――幽香、と名前を呼ぼうとした唇に、柔らかな感触が重なった。

 重ねられた唇から、阿求、と囁かれた気がした。
 日傘を持たない左手で、私は彼女の手を握った。
 きつく握り返された指の優しさに身を任せて、私は力を抜いた。
 彼女の腕が、背中に回された。
 鼓動が、とくん、とくんと――同じリズムを、刻んでいた。




 夜に月を見上げる花は、太陽を追いかける眩しい花に恋い焦がれた。
 昼に光を見上げる花は、月を追いかけるひそやかな花に恋い焦がれた。
 ――花と花の恋に、言葉ははじめから、いらなかった。
 ちゅっちゅ話で台詞回しに頼りすぎな気がしたので台詞抜きで書いてみただけの掌編。
 あっきゅんはゆうかりんの嫁。
浅木原忍
[email protected]
http://r-f21.jugem.jp/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
ゆうかりんはほんま淑女の鏡やでえ。
お互いに恋い焦がれてるって、素晴らしいですね。 あっきゅんはゆうかりんの嫁
2.名前が無い程度の能力削除
なんて美しい二人なんだ。
どきどきしちゃったぜ。あっきゅんはゆうかりんの嫁。
3.名前が無い程度の能力削除
無言ちゅっちゅ!
あっきゅんはゆうかりんの嫁。
4.名前が無い程度の能力削除
言葉が無くても伝える想い、いいねぇ、素敵だ
だが、おじさんの俺には少々甘過ぎるw
ちょっと胸焼けしちゃうぜw
5.名前が無い程度の能力削除
台詞抜きもいいものだ。
あっきゅんはゆうかりんの嫁。
6.名前が無い程度の能力削除
なんという……良い婦婦だ……
ごちそうさん
7.名前が無い程度の能力削除
大変美味しゅうございました
8.奇声を発する程度の能力削除
とても美味でした
9.名前が無い程度の能力削除
いい百合だ