Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

それでは、これにて

2010/01/28 18:55:10
最終更新
サイズ
17.35KB
ページ数
1

分類タグ


拝啓

稗田阿求様。

ご機嫌、およろしゅう御座います。
爾来、変わらずにおられますでしょうか。
と、いっても、変わりようがございません、と、仰っている顔が、この筆の向こうに、透けて見えるようですけれど。
あなた様は、そういう、たいそう、ひねくれた御方でございましたものね。
私の、空っぽのような頭も、だいぶ衰えましたけれど、あなた様の、日々のそういう御言動の数々は、今でもしっかりと覚えております。ええ、本当に、しっかりとね。
あなた様が、そちらへと旅立って、もう数年が経ちます。
そちらのお加減は、一体いかがなものでしょう?
こう言うと、まるで皮肉のようになってしまいますけど、でも、仕方がありませんね。
そちらの方々に、私ども生き人が、居心地はいかが、なんて、そんなの、それ自体がまるで、落語の文句のような話なんですもの。
書いていて、妙な気分になってくるのは、他ならぬ、私自身ですわ。
まあ、元もと、それが普通のことなのでしょうけれどね。
一度、死んでしまった者には、けして会えぬもの。
それが、この世の摂理であると、あの、地獄のお偉い御方様なども、言っておられます。
この、幽霊や、亡霊が、人の目にくっきりと映るような、この里では、それが例外のように思えるが、それは違うのです。一度死んだ者が、時を経ても目に見えるのは、この世の、本来の道理に逆らった姿。それはもう、人間とは呼べないのよ、と。
私も、頭が少々足りない方ですから、あの方の言うことは、少しばかり難しいことがごあいますが、きっと間違いではないのだ、と思って、一生懸命に聞いております。
阿求様、なにか失礼な事を言って、また、あの怖い御方を怒らせてはいませんか?
こっそりべろなんか出して、にらまれたりしてはおりませんか?
あなた様と来たら、ほんに、そういうところはいたずら好きで――昔からですものね。
ずっとそばにおりました私などは、なんどそれで煮え湯を飲まされましたか、わかりませんもの。
ほんとに。
あなた様ときましたら、へんに恐いもの知らずなところがございますから、あの恐ろしい、妖怪の賢者様や、あの変人の天狗などとも、平気でお話しをなさるようですものね。
私ときましたらば、気が気ではありませんわ。
駄目ですよ?
あの方を怒らすようなことを言ったりしては!
閻魔様は、たいそう恐ろしいお方なんですからね。
いいですか?
ちゃんと聞こえておりますね?
また都合良く聞きながしていては、駄目ですよ。
あなた様の変わったお体のことは、わたくし、ちゃんと知っているんですから。
いいですか?
ちゃんと見ましたね?
覚えていない、と言ったら嘘ですからね!









「うーん」
阿求は、うなり声を上げた。
ちょっと幼い感じのする、女性のそれだ。
今の見た目は、もう、少女のそれではないから、あまり似合ってはいない。
手には、筆を握っている。
筆の柄は、ぷらぷらと、揺れている。
握った手で、拍子のようなものをとっているためだ。
なんの歌かは、分からない。
阿求自身にも、あまり分かっていないようだった。
ぷら、ぷら、ぷら、と筆を揺らす。
眉をひそめて、その先っぽを動かしかねていた。
「うーん」
(どうしよ)
阿求は、心の中で言った。
どうも、筆が進まない。
物を書いていると、よくあることではある。
問題は、どれだけ厄介なところに、ひっかかったか、ということだ。
魚の骨みたいな物か。
稗田は、ぶつぶつと、反芻した。
そう。魚の骨みたいな物だ。
引っかかりどころが悪いと、気になって仕方ない。
気になって気になってしかたない。
気になって気になって、
「ほう」
稗田は、ふっと気がついた。
後ろをふり向く。
ふり向くと、人が立っている。
なにやら、見覚えのある人物だ。
(誰だったかしら)
どなたですか、と言いそうになって、稗田は正気に返った。
ああ、そうそう。
是非曲直庁の閻魔様、四季映姫様だ。
なにやら怒っているようだが。
なんで怒っているのだろう。
稗田は、内心で首をかしげた。
自分の手元を見る。
見るが、どこもおかしいところはない。
向こうで出来なかった縁起の編纂を、今のうちに仕上げているだけだ。
たしかに今は仕事中だが。
稗田は、そういう風に思い、しれっとした顔を返した。
「何をやっているのかしら、稗田?」
半眼で、こちらを見下ろして、閻魔は口を開いた。
なにやら怒っている。
笑うと、なかなか、清楚で可愛らしい御方なのだが、今は怒っているせいで、表情が白い。まあ、怒ると、閻魔だけに、これがかなり怖い。
しかも粘着質なところがある。
きっちりしているというのか。
自分の正しさを相手に主張しきるまで、けして舌を緩めない。
そして、認めない者には、実力を持ってしても、分からせようとする。
けっこう、理不尽な御方だ。
閻魔が理不尽、なんていうのも、なにかヘンな言い方だが。
(そういうのだから、幻想郷の担当になったのね、きっと)
稗田は、こっそりと思った。
とはいえ、言っている場合でも無さそうだ。
目の前の閻魔は、まだ怒っている。
こちらに注がれる視線が痛い。
稗田は、彼女が何を求めているのか、推し量った。
状況から推察してみる。
ふむ。
自分の目の前には、書きかけの縁起。
次に、時計をちらりと見上げてみる。
今は昼の一時間ほど前。
やはり、完全に仕事中だ。
(なるほど)
稗田は、納得した。
どうも、映姫は、弁解を求めているようだ。
稗田はしんなりと微笑んで、言った。
「申しわけありません。どうしても気になってしまって」
「ほう……それは弁解をしているつもりなのね」
とん、とん、と映姫は、手の棒を叩いた。
稗田は、ちょっと困ったように、眉根を寄せた。
「嘘はついておりませんよ?」
「では、教えてあげるけどね、稗田」
閻魔は、静かに言った。
宣教師のように、優しい口調で。
「弁解、というのは、相手に許しを請うためにするものなのよ。誠意をこめてね。さしあたって言うと、今の貴女には、そういうところが感じられないわね。それとも、私の見間違いかしら? だったら謝るけれどね。あなたは・私に・弁解をしてほしいのですか・稗田?」
一言一言、区切って言ってくる。
「めっそうもございません」
稗田は、素直に言って、頭を下げた。
また説教が飛ぶかな、と、思ったが、予想に反して、無かった。
「……いくらヒマだからと言って、仕事中は、私事は慎みなさい。さぼるのは一人で十分よ」
「はい、申しわけありません」
稗田は、謝った。
まあ、内心では。
(花占いは、私事じゃないのかしらね)
などと、思っていたが。
映姫は、そのまま、ブツブツ言いながら、自分の席に着いた。
不機嫌そうな表情は、変わっていない。
また、部下の死神のせいで、いらいらしているらしい。
ほどほどにしてはくれないだろうか。
一緒の部屋で仕事している身にもなってほしいものだが。
仕事がないのは、仕事をしない、どこぞの死神のせいである。
閻魔の仕事は、死後の魂を裁くこと。
死後の魂を運んでくるのは、死神の仕事である。
裁かれる魂が運ばれてこないと、閻魔も仕事がない。
閻魔の映姫が、こうして、法廷から、部署に引き籠もっているのは、そのせいだ。
すると、魂の選別というのは、実は単調な流れ作業なのか。
稗田は、そんなことを考えつつ、机に広げていた縁起の資料をとんとん、と、まとめる。
まあ、自分には、縁のない話だ。
少なくとも、自分の魂がそこに乗ることはない稗田にとっては、どうというものでもない。





閑話休題。



阿求様。
戯れ言はさておき、爾来、変わらずにおられますでしょうか?
生前に、あのようなことは申し上げておりましたが、私は、自分でも、いまだに半信半疑の心地でおります。
月並みなことを言いますれば、いまだに信じられぬのです。
年を取ったせいなのかもしれませんけれど。
もっとも、こんなことを言っていると、また、あなた様が、そのお可愛らしい顔をほころばせて、ちくちくとからかっているのが、聞こえてきそうです。
でも、仕方がありませんわ。
ついこのあいだまでは、あの稗田のおのこ女さまが、そこにちょこんと座り、筆を動かしながら、ときおりむつかしい顔で、私たちには、分からぬようなことを、なにやら、しきりに、練ったり話したりしていたんですもの。
それがいなくなってしまったなんて、嘘のよう。
わたくし、まだあなた様の書室を、片づけていないんですよ。
あんなにも、こちゃっと取り散らかしていたお部屋を、そちらにいかれる間際に、ご自分で綺麗にお片付けになって以来、それ以来の、そのままです。
私がどんなにご無理をなさらぬように、といっても、あなた様は一度も聞きいれてはくれませんでしたものね。
風邪を引かれて、熱があるのだから寝てろ、といえば、ちょっと目をはなしたすきに、机に向かっておられる。
こん、こん、と、咳をして、鼻水を垂らしていながら、袖でずりずりとやりながら、一生懸命、筆を動かしておられる。
まったく。
一度くらい、聞き入れてくださっても、よかったじゃありませんか。
そうすれば、もう一月、二月ばかりは、死神様も、大目に見てくださったに違いありませんわ。
ほんとに。
まったく!
あなた様には、まだまだ、言っても言っても、いい足りないんですよ。
もっと、ご自愛なさることを、覚えてくださいまし、まったく、あなた様ときましたら、十の昔のころから、それはもう、たいそうなやんちゃでございましたわ。
ほんに、いったん、夢中になったら、すぐに明け暮れまして、引っ張り出した物もろくに片づけず、平気で眠ったり、食べたりして過ごされてしまいますのですから。
お召し物もろくに着替えないで。
それを、私が、どんなにか、苦々しく思っていたのかは、普段も口を酸っぱくして申し上げていたとおりですけれども。
阿求様。
この際だから、言わしていただきますけど、そちらでは、どうか人に言われずとも、着替えくらいなさるようにしてくださいね。
稗田家の、ご令嬢としての体面に関わります。
それだけではありませんよ。
妙齢になってまでそのようでは、あなた様の、おなごとしての恥にすら、関わります。
そうそう、思い出しましたわ。
私が、そんなのではお嫁にいけませんよ、と言っていたのも、あなたは笑ってごまかしておられましたね。
お忘れになりましたか?
私は、ちゃんと覚えておりますよ。
あなた様ときたら、そのとき、なんとおっしゃいましたか?
ええ、私は、ちゃんと覚えておりますとも。
「どうせ、お嫁になんか行かないんだから、平気ですよ」?
まったく。
ほんとに!
ああ、もう!
あなた様には、まだまだ、言ってさしあげたいことが、山ほどありましたよ。
ほんとに。
またいつかの代で、こちらに来られるときは、ちゃあんとなさってくださいね。
私、書物にまとめて残しておりますからね。
このまま、先祖代々、語り継ぎます。
我が家の言い伝えにいたしますからね。
いまわの際に、一族を集めて、遺言いたします。
よろしいですか。
忘れたらいけませんよ。

よろしいですか?










稗田は、昼食を終えて、箸を置いた。
空っぽになった弁当箱に蓋をして、包みにくるむ。
しゅ、しゅっと、適当に、結び目を作り、整える。
稗田は、部屋の時計を見上げた。
昼休みは、あと四半刻ほどだ。
別に、定時に出ていかなくてもいいのだが。
どこぞの渡し番も、昼飯をとっているころだ。
あの死神が、時間きっかりに運んでくるなんて真似を、するはずがない。
五分五分ほどの確率で、さぼるか、寝過ごすかするだろう。
そして、午までの状況を見るに、十中八九、閻魔が出向いて、尻を叩いてくるはずである。
暢気よね。
稗田は、のんびりと茶を啜った。
茶は、自分で入れたものだ。
部屋には、自分の他、誰もいない。
映姫は、今日は、弁当を持参しなかったそうで、外に出ている。
一人のほうが、気が楽ではあった。
堅苦しいのは苦手だし。
稗田は、ふ、と息を吐いて、茶の味の品評をした。
ほどよいくらいだが、やや味気ない。
好みもあるから、一概には言えないのだが。
特別、気を遣う、というわけではない。
稗田は、多少まずくても、文句は言わないほうだ。
(まあ、まずまず。美味いというほどじゃないわね)
稗田は、心の中で呟いた。
やはり、茶というのは、誰かに煎れてもらうにかぎる。
自分で煎れるよりは、格段に美味く感じる。
あれも不思議なものだと思うが。
料理なら、自分で作っても、問題はないのだが。
生前、屋敷に住んでいたときには、ろくに包丁も振るわなかった。
当主という立場上、仕方のないことではあった。
が、手料理の一つくらいは覚えないといけませんよ、と、どこぞのなにかと世話焼きな人に言われたのを思い出す。
稗田は、思いだし笑いをした。
失敬な、と、ちょっと怒って返したものだ。
料理くらい出来ますよ。
そう言って、じゃあわかりました、私の腕をお見せしましょう、といって、即日、台所に立ってやった。
実際は、半分ほどはったりだった。
できる、というのは、本当だった。
ちゃんとした包丁の持ち方も、料理のやり方、というのも、自分は、年端もいかないころからわかっていた。
その記憶のとおりにやれば、出来る、と言うことも分かっていた。
予想ではなく、確証である。
自分がやっていないことであっても、稗田は、自分のやったこととして、それを覚えていた。
ただし、試してみよう、と思ったことはなかった。
実際にやってみると、巧くいった。
内心では、ほっとした。
それを言い出したきっかけの本人に食べさせてやると、あら、と目を丸くされた。
美味しいですね。
当たり前ですよ。
などと、胸を張って言ってやった。
私は天才ですから。
まあ、と、ちょっと呆れられたが、構わなかった。
怒っているようでも、笑っているのが分かったからだ。
本音を言うと、少し舞いあがっていた。
本当は。
褒められたことが嬉しかったのだ。
とても。
そう言うのも悔しいので、表には出さなかったけれど。
懐かしい。
稗田は思った。
茶をすすって、湯飲みを置く。
ふと、時計の鐘が鳴った。
稗田は、時計を見上げた。
時計の針が、昼休みの終わりを知らせている。
いつのまにか、時間が過ぎていた。
もの思いにふけっている間に、思いの外、ぼうっとしていたようだ。
あら、と弁当の包みを仕舞う。
「稗田」
ふと、外から呼ぶ声がかかった。
稗田は、入り口のほうを見た。
映姫が顔を出しているのが見える。
「はい」
答えると、映姫は言った。
「ちょっと外へ出てくるわ。少し待っていてちょうだい」
「はい。わかりました」
稗田は答えた。
映姫は、それを聞くと、入り口からはなれた。
稗田は、湯飲みを持って、立ち上がった。
たぶん、少しかかるだろう。
どこぞの死神を起こしにいったに違いない。
暢気よね。
稗田は、湯飲みを洗った。
水を切って、流しのわきに敷いた、手布の上に置く。
湯飲みを片づけると、稗田は席に戻った。
机の上、隅っこのほうによせていた手紙の束を、元の通り折りたたんで、机に仕舞う。
そのまま、机の上に整理してある、冊帳を手にとってめくる。
本日やってくる予定の、死者の名前が並んでいる。
あらかじめ決めた寿命に頼っているので、いくら死者の予定であっても、ときにずれこんだり、早まったりすることがある。
午後にやってくる死者の欄に、とても見覚えのある名前があった。










閑話休題。

なんだか、思うよりも、ながながとなってしまいましたけど。
このままでは、書いても書いても、書き足りることがございません。
足りることがない、なんていうのも、なんだか、ヘンな表現ですれけど。
とにかく。
この調子で、小言を述べていったら、そのあいだに、私の寿命が来てしまいかねません。
ですから、今回は、ここで止めにいたします。
今回は、ですよ。
よろしいですか?
阿求様。
今回は、ですよ。
よろしいですか?
今回のところは、です!
一度では、とても言い尽くすことができません。
よって、続きは、次回に持ち越しいたします。
お覚悟なさっていてくださいね。           
それでは、これにて。
                      


かしこ





追伸

雑言ばかりで終わってしまいましたので、次回からは、近況なども報告をいたします。
その節は、どうぞおよろしゅう。








午後。
映姫が戻ってきた。
小一時間ほどして、戻ってきた。
たぶん、仕置きと、説教に費やした時間なのだろう。
今日は、思いの外、短かったようだ。
映姫は、すっきりした顔で戻ってきた。
その映姫の顔を見て、稗田は、書類の用意を進めた。
稗田は、先に法廷の方へ入っていた。
おおむね、こうなることが分かっていたからだ。
ぼちぼち、最初の霊魂がやってくることだろう。
やれやれ。
映姫が席に着く。
「稗田」
稗田は、顔を上げた。
見上げると閻魔がこちらを見下ろしている。
なんだろう。
怪訝に思う。
呼ばれたわよね。
閻魔は、何も言わない。
稗田は閻魔と目を合わせた。
閻魔は、なにかこちらをしげしげと眺めている。
稗田は、聞きかえした。
「……。あの……?」
閻魔は何も言わない。
ただ一方的に、表情のない目で、こっちを観察している。
そして、やがて気が済んだらしい。
じと目になっていた顔を上げる。
ふむ、と眉を片方上げる。
なにか考えているようだ。
なにか考えているのは分かる。
「ねえ、稗田」
やがて、口を開く。
稗田は答えた。
「はい」
「あなたは、少し長く生きすぎたようね」
「……。え?」
稗田は聞きかえした。
閻魔は、それ以上、何も言わない。
何か言うかと思ったのだが。
やがて、口を開く。
「長く生きすぎると、人も妖怪も、どこかがおかしくなる。特に、貴女の場合は、妖怪でもなんでもない。私たちのように、仏神であるわけでもない。ただ、魂が延々と受けつがれていくだけの、とても稀少で、そして、一人きりの人間よ。私も、少しばかり長いこと、閻魔をやっているけれど、あなたのような人間を見たのは、あなた一人きりです」
「……」
稗田は、黙って聞いた。
何を言いたいのだろう。
いまいち分からないけど。
閻魔はさらに、続けて言った。
「あなたは、自分でわかっていないのかもしれない。たとえおかしくなったとしてもね。そして、私たちも、もしあなたがおかしくなっていたとしても、おそらくわからないでしょう。あなたは、あなたが思うよりも、ずっと、特別な人間なのです」
「……。……はい」
稗田は答えた。
閻魔は、さらに続けた。
そのさまは、なんとなく、いつもより、歯切れが悪かった。
物事を、自分ですべて断じるような、そういう高圧的な口調は、変わらないのだが。
閻魔は言った。
「あなたは、人間らしい幸せなどつかめないかもしれない。いえ、つかむのは、きっと難しいでしょう。人より寿命は制限され、役割を負い、身体にも、負担を負っている。あなたは、人より持っているものが、重いのだと思う。それを背負って歩くのは、大変でしょう。だから、背負っていることを、忘れてしまえばいいと思うかも知れない」
閻魔は、さらに続けた。
「でも、それでは駄目なのよ。そんなように生きていると、いずれ、どこかで無理が出るんです。いつか、どこかで、おかしくなってしまう。一度おかしくなってしまうと、元には戻れなくなってしまう。どんどん歪んでいってしまう。
 あなたは、人の身で、これからもっと長い時を生きるでしょう。
 そのなかで、狂ってしまわないためには、人間らしい心を失ってはならない。人間らしい喜びを味わわなければならない。人間らしい悲しみを、人間らしい怒りを。人間らしい楽しみを、味わわなければいけないのです。
 あなたは、自分で思っているよりも、自分を制御することはできてはいないのかも知れない。長いときの中ですり減っていることが、仕方ないと思うのかも知れない。だから、常に、自然に心がけられるようにしないといけない。それは、とても辛いことだけれどね。
 でも、真っ当に生きるのなら、人は、苦しみ抜かなければいけない。
 あなたは、それを、重々わきまえるようになさい」
稗田は、しばし、沈黙した。
「……。はい」
稗田は、返事をした。
閻魔に向かって、ふかぶかと頭を下げる。
何を言われたのかは、実のところ、完全にわかったわけではなかった。
なんでこう、唐突なのかしらね。

唐突にやってきて、唐突に説教なんかをしていく。
本当にはた迷惑な御方だ。
本当に。
まったく。

しようのない。

「阿求」は、顔を上げた。
指で、目元を拭った。
胸を張らないと。
みっともない顔で、みっともない声で、今日は、いたくはない。
同席している閻魔には、なぜか、ばれてしまっているようだし。
すっかりわかってしまっているようだし。
こうして、説教までしてくれているようだし。
幸いにも、それでも知らないふりをしてくれているようだし。
いいだろう。
包み隠さずとも。
それなら、いいだろう。
いいでしょう?
阿求は、思った。
ちりん、と机の鈴が鳴った。
法廷の開始を告げる、呼び鈴だ。
霊魂がやってくる。
あの、黒檀の扉を抜けて。
(それでは、これにて)





「この者、生まれてより、長きにわたってを、里の稗田の家に仕え――」
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
ちょっぴり切なくなりました。

『年端もいかない』のところに誤字です。
2.無言坂削除
>『年端もいかない』のところに誤字です。

修正しておきました。
ご指摘有り難うございます。
3.名前が無い程度の能力削除
今回も素晴らしい作品だと思います。
いま一番新作が楽しみな作者さんです。
4.名前が無い程度の能力削除
色々と想像できて面白かったです。
あっさりとしてして読みやすく、でもとても温かい作品でした。
5.名前が無い程度の能力削除
阿求の周りには説教好きが多いんだねえ。
それはなんと幸せなことなのでしょう。
6.名前が無い程度の能力削除
いくら褒めてもあなたの文章の前には
陳腐にしか思えないので一言だけ。
あなた本当に上手いな。
7.名前がない程度の能力削除
読み終わったときにタイトルの言葉をつぶやきたくなってしまうのがあなたの作品の特徴だ。
8.奇声を発する程度の能力削除
本当に、本当に貴方は凄いな!!!
9.名前が無い程度の能力削除
転生してもやっぱり人生に飽きちゃうんだろうか?
10.ずわいがに削除
俺の涙は海水に溶けたぜ。