Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

春宵一刻

2010/01/13 02:30:24
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「上を向いてみて、蓮子」
そして首の皮が突っ張った。私の視界には両手ほどの大きさの扇風機が二つ、店内の空気をかき混ぜるために無音で回っている。
「月を地表から見ると、月の移動する速度は地球の公転によってとても遅く見えるわ。私たち人間にはね」
意外な言葉から始まった彼女の言葉に、私は上に向けていた顔を彼女へと戻す。このとき既に彼女の手が支えるスプーンには、グラスの底に取り残されていたパフェの欠片のバニラアイスが乗っていた。私が彼女へ意見を口にするよりも先に、彼女がバニラアイスを口にしてしまったため、私はやむをえず彼女の口からそれがなくなるのを待った。

彼女の目を見る。彼女は私の目を視る。
スプーンが彼女の手から離れ、グラスの縁に寄り掛かる。私はここで一呼吸置く。このワンクッションは重要だ。
そしてようやく私は口を開く。

「上を向いてみて、メリー」
「あら、この上に何があるかはあなたが見てくれたじゃない」
眠そうな目をして、彼女は応えた。眠そうな目をする彼女の微笑み方は、いつも私をそれなりに緊張させている。
「この上に月はない。月を見るには、屋根が邪魔よ」
「そんなこと見なくても分かるわ」
「じゃあなんで月の話が出てくるのよ。それに、速度の話をしていたわけでもない」
「月が丁度いいからに決まってるわ。春を例えることによ。それに……」
私は彼女が言葉を選んでいるのを感じ取り、この会話のラリーを中断することを決めた。そろそろ彼女の思考のリンクを辿れなくなったのだとも思う。
こういった判断と自己分析も、彼女と二人で話すときには重要だ。
そして彼女は、閉じかけた口で言い放った。
「……速度の話も同じよ」


              ☆


「春は今年も来るのか、っていう、問題よね?」
喋りつつ、考えつつ、彼女は自分の言っていることを確認しつつ、やはり喋る。私は肯定の姿勢も否定の姿勢も取らずに、彼女の考えを聞く。
「月がここにある。地球は、こっちにある」
彼女は、テーブルの上に肘をついてこぶしで月と地球を模した。右手が月で、左手は地球。
「こっちから、こっちへ。一本の直線で結ぶことはできる?」
彼女は左手を軽く振って、次に右手も軽く振った。何でそんなことを尋ねるのか、私にはまだ理解できない。彼女の言うことには、地球から月へ一本の直線を引けるかどうかということらしい。私には月の話題から春の話題へ線を引けるのかのほうが気になった。
「できるか、って。……できるわ。ねえメリー、これが本当に春の話題なの?」
「いま話しているのは月の話題よ、蓮子。あなたならその直線をどうやって引く?」
私はしぶしぶ、彼女の左手から右手へ、人差し指でできる限りまっすぐな線を引いた。手首のスナップだけでは人差し指の軌跡が円弧になってしまうのを知っていたので、腕をスライドするように動かした。
しかし、このことに彼女は特別な反応を示さなかった。そもそも直線を引くという最低限の行為だけが彼女に必要だったようで、彼女は続きの言葉を話しはじめた。
「蓮子のやったことは、いま実現していないわ。未来でも実現しないかもしれない」
「……さあ」
この”さあ”は、さあ早く話を続けてという意味と、もうメリーの言っている言葉が分からないという意味がある。両方とも同じ意味かもしれない。
「蓮子はさっき、高速で移動する月に向けて直線を描いたわ。私たちの目が捉える月に直線を描いても、実際の月は既にそこに存在していない。直線を引くことはできないのよ。移動している人に物をなげても、それがその人のいた位置に届くころには、その人はさらに先へ移動してしまってるわ」
なるほど、とは思うが言葉にはしない。まだ話は終わっていないようだ。
「それならば、月の移動する速度と直線を引く速度から月と直線がちょうど交わる点を探して、そこへタイミングよく直線を引けばいいと思うけど、これもダメね。なんと言っても月まで伸ばせられるような線がないわ。強度が足りない」
ただ、こちらはいけない。よろしくはない。
「それは反則よ、メリー。直線の強度は理想的であるべきよ。実現可能かは別としても、命題はそこに触れてないわ。見るべき関数が違う」
「そうかしら。蓮子はこの議論を机上のものと考えているけれど、その昔は大まじめになされていた議論なのよ。蓮子は、この月と地球を自分の頭の中にある想像で代替しているわ。地球と月というスケールの大きさを前にして、それが現実にあるものにもかかわらず自分の知っている情報を放棄して、脳の原始的なイメージだけを対象に考えてしまったのよ。だから、地球から月へ直線を引くことはできないという簡単な解を見逃してしまったのよ」
そこまで彼女は言って、自分の両こぶしを解放した。地球と月が破裂してしまった。彼女の目は既に眠さを感じさせなかった。
私は彼女の言葉をよく思い出し、考えて、紡ぎ繋いで、ひとつの結論を見出した。
彼女の目は、私を見ている。私の目を視ている。
「はじめにメリーはこう言ったわ。『こちらからこちらへ直線を結べるか』って……。あのときメリーは確かに自分の手を地球と月に見立てていたわ。それは私から実際の地球と月のイメージを奪う行為だわ。これは誘導よ」
メリーの目は眠そうな目に戻っていた。
緊張はしなかった。


              ☆


「それで結局、月と春には何の関係があるの?」
「春だって月と同じよ……。スケールの大きい話題を前にしても、私たちは蓄えてきた自らの知識を放棄して空木のイメージに走ってしまうわ。だから、ここでどんなに議論を交わしてもまず意味はないのよ」
「メリーはそう思うの? 毎年変わらず春が来るかを考えることは、無益だって?」
「無益であるかというよりも、考える必要性がないのよ。いままで必ず春が来たから今年もまた春が来るとか、そういう帰納法云々よりも、前面にある事実を受け入れるべきよ。春は暦の上でも、私たちの生活の中にも巡ってきたわ」
「それは、私たちが春を定義したからよ。本当に春が来ていたのかは誰にも分からない」
「それもそうね。だけどね、蓮子」
彼女は言葉を切った。
彼女は私を見る。
私は彼女を視た。
「定義されていないものは、存在していないことと同じなのよ」


              ★


無益であるか。考える必要性とは。空木のイメージ……。
知識は周回軌道を離れ、電子は境界を突破する。
考えることをせず、巡る春に知識を溶かされていく。メリーはこの現状を把握しているのだろうか。
メリーの話は最初と最後で繋がっていない。月と春になんの関係がある? 考える必要性という、双方に全く関係のないものを因数とすることは許されない。そしてなおかつ、「1」という最小の公約数を、メリーは使ってしまっているのだ。
メリーは夢と現実の間に揺れている。夢から離れる術を覚えている。無限に帰納することへの諦めを身につけている。
定義されていないものは存在していないことと同じと言った。
メリーが夢から持ちだしたものは確かに存在している。これをメリー風に言うのであれば、これらは定義されたものだということだ。
一体、これらはいつ、どこで、誰が、どのように定義したものなのだろうか。メリーの夢から現れたものなのだから、メリーが自分の夢の中で定義したのか……。それとも、メリーとは一切関係のない誰かが……?

月と春……。
巡る月、巡る春……。
私の思考はメリーから離れられずにいる。
なんか
最初に考えていたのと270度くらい違う
4時間前のひらめきを返してくれー

ちなみに
4時間前のひらめき = ちゅっちゅ
えだまめ
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
蓮子の記憶の一片を覗いてるような雰囲気が素敵
ごちそうさまです。ちゅっちゅ!
2.名前が無い程度の能力削除
ちゅっちゅを読みにきてたつもりだったけどなんか違った
でも面白かったです
3.奇声を発する程度の能力削除
不思議な空間でした。

4時間前のひらめきを如何にかして取り戻してくれませんか?
誰かタイムマシーン造ってくれw