Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

魔女二人

2009/08/02 04:14:36
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 季節は秋、紅葉真っ盛り。
 辺りの樹木も一部は紅葉を見せ、上空から見れば燃えている様な錯覚にも陥る事がある。

 魔法の森の中にぽつりと佇む洋館に、一人の女性が住んでいる。
 彼女の名前はアリス。辺鄙な所に住んでいる割には、割と辺りに知れている人形遣いである。


 時刻は正午前という頃、アリスはキッチンでお菓子用の生地を練っていた。
 チョコレートやココアが手に入りにくいのでその系統のレシピは控えめにしか作らないのだが、今日はパチュリーに差し入れする為チョコレートをたっぷり使ったガトーショコラを作っていた。
 いつも通り人形に手伝いを頼みながら手際良く生地を作り、それを四十分程かけてオーブンで焼き上げる。




「──うん、良くできてるわね」

 オーブンから取り出して香りを確認しながら独り言を呟いた。
 包丁で適当な大きさに切り、粉砂糖を振って完成。
 早速バスケットに入れる。
 後は紅魔館へ向かうだけだが、一応ポケットにハッカ飴を一つ入れておくのも忘れない。

 バスケットを持って玄関に向かい、靴を履いて扉を開くと、季節の割には妙に冷たい空気が襲い掛かってきた。一旦家の中に戻って上海に厚めのケープを持ってこさせる。今付けているケープを外して、厚めで腰の少し上まで覆う長めのケープを付け直した。
 気を取り直してもう一度外に出てみると、先程よりは幾分寒くなくなった。外で会う訳でもないしこれで良いだろう。
 さあ、早く行こう。





 結構な時間魔法の森の上空を飛び続け、紅魔館が見えてきた。そのまま進み続けて、門の手前で静かに降りる。

「美鈴」

 門番の名前を呼ぶが、反応が無い。相変わらず器用と言うべきかそうではないのか──立ったまま目を閉じて、両手を前に揃えて気持ち良さそうに寝息を立てていた。

「図書館に入りたいの。良いかしら」

 無反応。

「美鈴、寝てるの?」

 無反応。

「また咲夜に刺されるわよ」
「咲夜さぁん……」

 反応があったと思いきや、ただの寝言だった。
 考えてみたら図書館に入りたいと言って追い返された事は片手で数える程しかない。大丈夫だろうと高を括って門をひょいっと飛び越え、大きな玄関扉のノブに手をかけて引く。相変わらず良く手入れされているのか重たい扉の癖に蝶番のきしみ音は全く聞こえてこない。
 扉を閉じつつ中に入って赤い絨毯の敷かれた広いロビーを見渡すが誰も居ない。あの門番を通れば誰一人監視が居ない現状、門番の意味が無いんじゃないかと思う。
 ともあれ、図書館に続く廊下へ赴いた。

 図書館方面の赤い廊下を歩き続けても誰一人すれ違わない。相変わらず人がいるのか居ないのか良く判らない館だ。メイドは結構な数居る筈なのだが。
 結局、誰とも遭わないまま扉が開かれっぱなしの図書館に到着した。中を見ると小悪魔だけがテーブルに座っていて、その主人が見当たらない。

「こんにちは」
「あれ?」

 小悪魔は目を丸くして此方を見つめている。

「私の顔に何か付いてるかしら」
「あ、いえ。特には」
「ところで、パチュリーは何処に?」
「パチュリー様ですか? 研究室に篭ってますよ」

 普段の愛想良さそうな表情に戻った小悪魔は図書館の端を指差した。
 昼間は常に図書館で本を読んでいるパチュリーがこの時間から研究とは珍しい。

「じゃあ、そこに行けば会える訳ね」

 早速、研究室側に心持ち急ぎ足で向かう。

「会えますけど、今は誰も通すなって……え、ちょっと、アリスさん困りますよう」

 咄嗟に立ち上がって纏わりついて制止してくる小悪魔を引きずりながらそこまで歩いて、研究室のドアノブを捻る。キィ、と僅かな軋み音が鳴った扉の先は薄暗い部屋だった。窓側を見ると僅かに外の光が漏れてきている。どうやら分厚い暗幕が引いてあるらしい。
 何か燃やしているのか少し煙っぽく、生暖かくて血生臭い。
 慣れない空気に少し咽そうになりながらも中に入って辺りを見回すと、ランプの灯りがある奥の方でパチュリーは机に向かって椅子に座っていた。

「門番もメイドも小悪魔も本当に役に立たないわね。あれだけきつく言ったのにネズミが入ってくるなんて」

 背もたれに寄りかかって振り向きもせず放たれたパチュリーの声は非常に不機嫌そうだった。

「ネズミ扱いだなんて随分酷いわね」
「忙しいから追い返してるのにー」

 大儀そうに振り向いたパチュリーは心底だるそうな表情を浮かべていたが、アリスの顔を見るなり「って、アリス? 久しぶりね、会えて嬉しいわ」頬を緩ませて、身体ごと此方に向けた。
 だが不機嫌だったという事はよっぽど忙しいのだろう。邪魔をするのは気が引ける。

「大した用じゃないわ。それが終わるまで待つわよ」
「終わるまでって……相当かかるわよ?」
「ええ、待つわよ」

 頷きながらそう答えると、パチュリーはがっくしと肩を落としてうなだれた。

「待たないで。実は少し人手が欲しくて、途方に暮れてたの」

 人手が必要になるような研究をしているとでも言うのだろうか。

「人手? 手伝うわよ?」
「お願い、そこ鍵閉めてこっちきて」

 きょとんとしている小悪魔を一瞥したアリスは指示された通り扉を閉じて鍵を掛け、パチュリーが向かっていた机に歩み寄った。
 近くで見ると薄暗くて見えなかったものが見えてくる。
 簡素な机の上に俎板。
 その上に拳二つ大の肉塊と包丁。
 その手前には一口サイズ程度の肉が残った大皿と、ミートナイフ。
 左側には火鉢と、鉄板、黒い液体の入ったソース瓶。
 左肘を付いているパチュリーの右手にはフォーク、その近くに黒い液体が入った小皿。
 机に向きなおして皿上の肉にフォークをぶすりと突き刺したパチュリーは、それを黒い液体に浸してから口に放り込んで、詰まらなさそうにもぐもぐと頬を動かす。
 そもそもパチュリーが軽食以外の食事をしている事自体が珍しいが、この肉はそんな顔をする程おいしくないのだろうか。

「……何の肉?」
「牛肉」

 正直驚いた。飼育されている数も大したことがなく、安い部位でもそれなりに値段が張る牛肉。金に困ってないアリスでも滅多に手は出さない。

「幾らで買ったの?」
「たまたま牧場を通りかかったら牧場主が牛に追われてたのよ。放っといたらそのうち死ぬかって見てたんだけど、アレが死んだら咲夜が困るかもと思ってね、その牛を殺したのよ。そしたら、その牛のリブを半分、タダでくれたのよ。命の恩人だってね」

 牛リブロースは卒倒するような値段の筈。牧場主も随分気前がいいなと感心してしまう。

「それ、いつの話?」
「一週間前」
「一人でずっと食べてたの?」
「最初は一人じゃ無理だと思って、料理しちゃえばって咲夜に頼んだわよ。でも……勿体無いとか言って少ししか使ってくれなかったのよ。レミィは血が飲めなくなるって食べたがらないし、小悪魔も食べたがらないし。かといってネズミに食わせるのは癪に障るし」

 牛一頭から取れるリブロースは半分でも十キログラム近くはある。パチュリー以外が殆ど食べていないとなれば、相当な量を一人で食べている事になる訳で、先程の詰まらなさそうな表情も納得がいく。

「手伝えって、これを食べろって事?」
「そうよ」
「ネズミに食わせるのは癪に障るんじゃ?」

 パチュリーは肩身狭そうに首を横に振る。

「もう、まだ気にしてたの? いつもの捻た挨拶だと思って忘れてよ。それにアリスだと思わなかったんだもの。勝手に入ってくるのって、あいつぐらいしか……」

 確かに小悪魔の警告を無視して勝手に入ったのは事実だし、パチュリーの言う事は尤もだ。

「そうね、勝手に入ったことは謝るわ。ごめんなさい」
「別に謝る必要なんて無いわ。冷蔵してるとはいっても、肉なんて長く持たないのは判るでしょ。今日には使い切りたいの」
「成程ね。それなら貰おうかしら」

 肉を食べにきた訳ではないが、ガトーショコラを押し付けにきた辺りやっている事はパチュリーと然程変わらない。
 パチュリーは立ち上がって、反対側にある作業台の横にあった丸椅子を引きずりながら机の前に運んだ。その作業台の上には、ポットやら花紙の箱やらタオルやらクシやら色々と載っている。研究室というぐらいだからもっと色々、醜悪な素材や機材が並んでいると思っていたのだが。

「こんな椅子で悪いけど、座って頂戴」

 パチュリーに言われるまま、丸椅子に座ってバスケットを机の上に置く。

「ここ研究室よね?」
「そうよ」
「随分生活感溢れてない?」
「今は何もしていないからね。自室が臭くなったら嫌だから、ここに色々持ってきたのよ」パチュリーはそう答えた後、消え入りそうな声で「何冊か本が臭くなったけど」と付け足した。
「気持ちは判らなくも無いわね」
「あー、折角だし」思い出したかのように急に屈んだパチュリーは、傍にある引戸の中から黒い瓶と二つのグラスを取り出した。

「一緒に飲みましょ」

 ラベルの貼られた黒い瓶が机の上に置かれた。どうやらお酒らしい。ラベルには"CHATEAU LATOUR"ってちょっと待て。

「何でこんな高いの持ってるの」
「あら、一応お酒の知識はあるのね」
「まあそれなりに」
「大切な人と一緒に飲もうと思って用意したのよ。アリスが飲まなかったら永久になくならないわ」

 楽しそうな表情を惜しみなく見せ付けてくる。
 大切な人、か。
 と、考えているうちに瓶のコルク栓は既に抜かれていた。パチュリーがそのワインをグラスに注いでいくと、葡萄とアルコールの匂いがほんのりと鼻を突付き始める。

「何だか悪いわね……」

 としか言いようが無かった。有り金はたいても買えないようなワインを目の前で注がれて、無神経に飲める奴がどれだけいると──いや、幾らでも思いつくが、少なくとも自分には無理だ。

「何言ってるの? 悪くないわよ。アリスになら幾ら積んでも惜しくない」
「……私も似たようなものよ」

 少し悔しいが、パチュリーの為なら一部を除いて何でもしてあげられる気がして、人の事を言えない同じ穴の狢なんだなと自嘲した。

「ふふん」パチュリーは憎たらしい微笑を浮かべながら慣れない手つきで肉塊を厚くスライスして、それを鉄板の上に落とすかのように載せた。肉の焼ける心地良い音が部屋に響き始める。焼けるまでどれ位かかるのだろう。
 そして、気付く。

「私の皿は?」
「無いわよ」

 不覚にも、何を言われたのか理解するまでにニ三秒の時間を要してしまった。

「え、何で?」
「一緒の皿で良いでしょ? まぁ、フォークとナイフはあるわよ」

 パチュリーは先程のワインが入っていたところとは別の引戸を開き、そこからフォークとナイフを取り出して皿の端に先端を載せて置いた。
 とりあえずそれは良いとして、皿一枚は少し気が引ける。

「まさか、間接キスとか下らない事考えた?」

 思っていた事を的確に指摘された。パチュリーは一々こうやって下らないとか嫌味を混ぜるからタチが悪い。
 確かにもう数えられない程パチュリーとは唇を重ねたけど──って、そうじゃなくて。

「下らなくは無いでしょ、考えたら悪い?」
「考えてくれて嬉しいわ」

 言葉通りに微笑むパチュリーはフォークとナイフをぎこちなく持って、肉をフォークで突付く。

「ミディアム位で良いわよね」
「そうねぇ」

 肉がひっくり返された。
 焼けるまで後半分。

「もしアリスが他の奴と間接キスなんてしたら、怒るんだから」

 パチュリーに真顔で言われて、身体が少し強張る。ちょっとしたきっかけで有り得なくも無いから怖い。

「しないわよ。そうならないように気をつけるわ」

 ──コンコン

 扉が叩かれて非常に迷惑そうな顔をしたパチュリーはナイフとフォークを皿に掛け置いて、面倒そうに扉に向かって、嫌そうに鍵を開けて扉を開く。
 顔を覗かせたのは小悪魔だった。

「パチュリー様、報告が」
「忙しいって言ったでしょ」
「外、雪降ってます」
「は?」

 信じられないといった表情でパチュリーは目をぱちくりさせ、窓際に小走りして暗幕を少し捲って外の様子を見る。
 雪が降っている? 確かに外は肌寒かったが。
 アリスも便乗して立ち上がり、パチュリーの横に歩み寄って外を見た。確かに、雪がパラパラと降っている。

「ふうん……」

 パチュリーの呟きを確認した小悪魔は「それだけです、お忙しい中すみません」扉を閉めた。
 紅葉を背景にした季節外れの雪は、二人きりに戻った状況も相まって煩悩を掻き立てる。

「こんな時期に降るなんむきゅっ……」小声で感想を言うパチュリーを、煩悩に身を任せて横からぎゅっと抱き締める。
 パチュリーは照れたのか頬を少し赤くして、顔を向けてきた。

「びっくりした。どうしたの急に」
「やけに寒いとは思ったけど……雪降る程じゃなかったのに」
「寒かったの?」

 引き篭もって外に出なければ外気の変化には殆ど気付かないだろうと思って自分のケープを指差すと、パチュリーはそのケープを右手の指で摘みながら「成程」と頷いて、
「暫く様子見ね」

 異変のような気もするが、まだ決め付けるのは早計だろう。

「自然現象ならそのうち止むわよね」
「っと、そろそろ焼けるわ」

 パチュリーは少し勿体ぶりながらアリスの腕をゆっくり解いて扉に鍵を掛け、いそいそと机の前に戻ってナイフとフォークを持ち、焼けた肉を皿に移した。
 アリスも机の前に戻って丸椅子に座り、焼けた肉の様子を見たが、薄暗くてどれぐらい焼けているのか今ひとつ判らない。まあ、ミディアム位なのだろう。
 ソース瓶を持ったパチュリーが小皿に黒い液体を継ぎ足した。
 そのソースの少し匂いをアリスは嗅いでみたが、醤油と山葵──それぐらいしか判らない。

「これは?」
「咲夜に和風ソース作ってもらったの。食べてみて」

 へぇ、と思いつつフォークとナイフを持って肉を一口サイズに切り、「頂きます」パチュリーが使っていた小皿のソースに肉を浸して、口にした。噛んでみると、柔らかくておいしい。ましてリブロースなんて早々食べられないし。ほんのり山葵風味が広がるソースも合っている。

「おいしいわね」
「でしょう?」

 得意気に言うパチュリーも椅子に座って、アリスと同じようにして肉を口にする。

「ワインも忘れないでよね」

 パチュリーがナイフでグラスを差した。
 注がれた以上飲むしかないのだが、高いという先入観のせいか今ひとつ飲む勇気が沸かない。

「本当に飲んでも良いか迷うわ」
「……何言ってるのよ」

 不服そうな顔をしたパチュリーはグラスを持って一口飲んで、「やっぱり、おいしいわ」満足気に微笑む。
 しかし、やっぱり飲む勇気が沸かないアリスは、肉とお菓子じゃ食べ合わせ悪いなと思いながらも一旦フォークとナイフを置いて、持ってきたバスケットからガトーショコラを取り出して机の上に置いた。

「パチュリーに食べてもらおうと思って、焼いてきたの」
「ガトーショコラ? おいしそうね」
「でも、おなかきついわよね?」
「食べたの全部魔力にしちゃうから大丈夫よ?」
「ん? それもそうねぇ……」

 そういえば、パチュリーは人間じゃなくて魔法使いだ。良く来る奴が人間だからついつい忘れてしまう。

「アリス、ちょっと」
「ん? んんっ」

 振り向いた途端、唇と唇が重なった。そして、何か甘い──ワインが、流れ込んでくる。そのまま舌を絡められて、無理矢理ワインを味わわされて頭の中がフワフワしてくる。
 口に含んだワインを全部流し込んだパチュリーはアリスの舌と唇を舐め取るかのように這わせて、ゆっくり舌を引き抜いて恍惚とした表情を見せた。
 不意打ちとか卑怯だぞこの野郎とか思いながら、ワインの味とフレンチキスの余韻を楽しむ。酒の味をまともに評価できるような舌なんて持っていないが、果実感がとても強くて辛味も苦味も殆ど無い。甘くて、コクがある。

「……苦くないのね。甘い」
「気に入ってもらえた?」
「うん。おいしいワインね」
「良かったわ」

 パチュリーはガトーショコラを一切れ手にとって、頬張った。

「んむ……やっぱりアリスが作るお菓子にハズレは無いわね。凄くおいしいわ」

 味わって食えよと思ったりもするが、おいしいと言ってくれればそれで良いかと思いつつナイフとフォークを持ち直して、
「ありがと」
 切った肉をソースに浸けて、また口にする。やっぱり、おいしい。

「じゃあ、ベタだけど」

 横目で見ると、パチュリーはワインを一口飲んでから、何かを我慢するかのように肩を震わせながらフォークを肉に刺した。ニヤニヤしながらそれをソースに浸けて、アリスの口元に突きつけてきた。

「ふ、ふ。はい、あーんして」
「…………」

 絶句。

「ほらほら。食べてよ。あーんしてよ」
「……仕方ないわねぇ」

 頭が熱くなるような恥ずかしさを覚えながらも突き出された肉を口にすると「へっへ」ムカつく嘲笑が向けられた。

「んぐ……何よ」
「アリスに餌付け、楽しい」
「餌付けぇ?」

 聞き返して肉を噛み締めながらアリスも負けじとナイフで肉を切って、それをフォークで刺して同じようにソースに浸けて、パチュリーに突き出した。

「ほら、食べなさいよ」

 パチュリーも恥ずかしい思いすればいい、と思ったのだが──パチュリーは躊躇い無くそれを口にして、楽しそうに頬をむぐむぐさせる。

「んきゅぅー、食べさせてもらえるなんて幸せ」

 凄く幸せそうな顔が向けられてどう突っ込めばいいか判らなくなり唖然としていると、パチュリーはアリスの鼻を人差し指で突付いてきた。

「突付かないでよ」
「アリスのお陰で、良い気分転換になるわ。肉ばっかりで本当にもう飽き飽きで」
「……食事を理由に人を追っ払うなんて、酷くない?」
「だって、こんな肉臭いところ、本当なら見せたくないわよ」

 確かに、一理ある。
 時々ワインを口にしながら肉を適当に食べていると、パチュリーが何かを思いついたのか、「えっと、次はね」先程よりも更に挙動不審な表情を浮かべてフォークで肉を刺す。

「次は口移しで」
「はぁ?」

 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

「ほはほは、ははふ」

 肉を咥えて恥ずかしそうに頬を赤くしながら薄目で迫ってくるパチュリー。
 煩悩と理性が脳内で抗って危うく理性が崩壊しそうになるが何とか抑え込む。

「あんた、恥ずかしくないの?」

 内心大喜びしながら肉を口で受け取って、唇を軽く押し付ける自分も大概だった。
 パチュリーは頬を赤くしたまま、アリスの頬をぷにぷにと人差し指で突付く。

「頭が沸騰するぐらい恥ずかしいわよ。でも、アリスの前なら恥ずかしくても良いの」
「……私も沸騰しそう」

 バカみたいに食べさせ合って桃色の空間とでも言うような特甘の雰囲気を作り続けていると、意外と良いペースで肉の塊は減っていった。





「おいしかったわ。ご馳走様」

 少々多かったが、食べた物を強制的に消化して熱量から魔力に変換すれば適当な媒体(アリスの場合は人形)に移せてしまうので然程問題ではない。
 ワインを二杯飲んだせいか、少しだけ酔いを感じる。

「むきゅう。どういたしまして」

 大分酔っているのか、パチュリーは顔を赤く染めて背もたれを右脇で挟み込むようにだらしなくよりかかっている。
 パチュリーの酔いが大丈夫か若干気になるが、外の様子も気になる。

「雪、調べなくても大丈夫かしら」
「気になるのは判るけど、まだ自然現象と考えた方が良い。異変かも判らない調査なんて、やるだけ無駄。このままアリスと倒れこむ方が、よっぽど有益」
「だめよ。雪が何メートルも積もったら困るんだから」
「季節外れには違いないけど、まだ降り始めたばかり。明日には止んでるかもしれないわ」
「……まぁ、それもそうね」

 パチュリーがふらふらと立ち上がったと思いきや「んぎゅっ!」自分の足に躓いて地面に崩れた。

「ちょっと、大丈夫?」
「痛た……これぐらい、大丈夫」
「無理しないで」

 両腕で身体を支えながらふらふらと起き上がるので、アリスも立ち上がりパチュリーの腕を持って自分の肩に回した。

「まさか昼間から酔っ払いに肩貸すなんて思わなかったわ」
「そう言う事もあるわよ」
「普通無いわよ」
「むきゅう。屋上、行こう」
「雪降ってるのに?」
「雪降ってるからこそ行くのよ、判らないの?」
「寒いでしょ」
「酔い覚まし」
「はぁ……判ったわよ付き合ったげる」
「私の勝ちね」

 なんだかイラっとして手を離すと「ふぎゅっ」支えを失ったパチュリーは再び床に崩れた。

「酷い、急に離さないでよ」
「勝負なら今から勝とうと思って」
「いつもの減らず口だと思って、軽く流してよ」
「それなら、介抱されてる時ぐらい大人しくしてよ」
「むぅー」

 パチュリーの手を握って、再び引っ張り起こす。

「悪いわね……」

 どうやらパチュリーは本当に落ち込んだのか、少ししおらしくなった。
 少し後ろめたくなってきたアリスは、パチュリーの顔を覗き込んで、

「ん……」

 パチュリーの柔らかな唇に口付けして、すぐに唇を離した。

「これだけ?」

 パチュリーは呟いて、不満そうに口をへの字に曲げた。
 フレンチキスしないだけでそこまで不満かと内心で思いながら、

「屋上行くんでしょ?」

 先程の提案を復唱したら、何故だかパチュリーは悲しそうな顔をして黙ってしまった。

「……パチュリー?」
「ねえ」
「ん?」
「アリスって、私の事愛してくれてるのよね」

 言葉に力が無かった。一体どうしたというのだろう。愛していない訳が無い、今日だってパチュリーに会いたくてきたのだから。

「愛してるわよ……じゃなきゃワイン口移しされた時点で串刺しにしてるわ」
「私の方が愛してるんだから。ほら、連れてって」
「なら、しっかり捕まって」

 いつも通りの少しズレている会話をした後、パチュリーの左腕を自分の肩に回してその手を左手で握り、「あ、ガトーショコラも持って行きましょ」パチュリーの要望に応えてバスケットにガトーショコラを右手で入れてそれを持ってから、一歩一歩ゆっくり歩いて研究室の扉を開錠して図書館に出た。
 図書館の中を少しずつ歩いて小悪魔の座るテーブル前まで行くと、小悪魔はぎょっとした目でパチュリーを見つめながら「パチュリー様大丈夫ですか」「ちょっと屋上行ってくるから」パチュリーが被せるように言いながら、ひらひらと右手を振る。

「本当に大丈夫ですか? 顔真っ赤ですよ」
「酔ってるだけ……大丈夫」

 パチュリーと小悪魔が会話をした後、アリスはパチュリーに肩を貸したまま図書館を出て、長い赤色の廊下を数分程歩き、屋上に続く階段を慎重に上る。肩に加重が掛かっているせいか、歩くのが結構つらい。
 パチュリーも迷惑をかけている自覚があるのか、「私、重い?」少し後ろめたそうな表情で体重を預けてくる。

「別に重くないわよ。それに、こうしてるとなんか……落ち着くから構わないわ」
「落ち着く?」
「うん」

 酒のせいか判らないが、自分より少し暖かいパチュリーの体温が心地良い。
 やがて屋上に続く扉に辿り着いて、そのノブを回して引く。急に強い冷風が吹き込んできて、「っと……」少しバランスを崩しそうになる。

「涼しい」

 暢気に目を細めているパチュリーをしっかり支えて、ゆっくり外に出た。少し肌寒い、いや、少し肌寒い程度なのに雪が降る──やはり人為的なのではと思う。
 屋上には若干だけ雪が積もっているが、一センチにも満たず気にする程でもない。

「まだあんまり積もってないわね。このまま止めば良いけど」

 止まなかったらそれはそれで被害が出るだろうし、解決の糸口を探さなければならないだろう。

「んー」右手でバスケットからガトーショコラを一切れとったパチュリーはそれを口に放り込み、頬をむぐむぐさせながら少考して「ほうね。んぐ、積もってはら雪の上に、んぐ、転がろうと思ってはのに」
 口の中に物を含んだまま喋るもんだから発音が判りにくいが、それ以上に意味が判らない事を言う辺り、やっぱり相当酔ってるんじゃないかと思う。

「そんな事したら体調崩すわよ」
「アリスが看病してくれるから大丈夫」
「アンタねぇ……面倒な真似しないでよ」
「突っぱねても、最後には面倒見てくれる」

 悔しいが図星だ。大切な人が病気になって放っておける訳が無い。段々苛々してくるが、怒る気力が湧いてこない。

「バカ」
「アリスの前でぐらい、バカでも良いじゃない」
「やっぱり、バカよ」
「そのバカと愛し合ってるのは何処の誰?」
「…………」

 再び、肩に回しているパチュリーの腕を離した。が、パチュリーはアリスの肩をしっかり握って、難を逃れた。

「ふん、同じ手に二回も引っかからないわよ」

 むかつく嘲笑を浮かべたパチュリーがアリスの顔を覗き込んできて唇が重なった。そのまま舌を絡めて──主にワインと牛肉と醤油と山葵とチョコレートの後味が混ざって、口の中が酷い事になったせいで思わず顔を顰めそうになる。食べ終わった後にワインで口を漱いでおけばよかったと後悔しても後の祭りだった。
 三秒もせず、パチュリーから唇を離して、

「おぇ……ごめん、口漱げば良かった」

 心底嫌そうに眉を顰めて唾を地面に吐き捨てた。どうやらパチュリーも同じ思いをしたらしい。
 パチュリーが手の平を窄めながら上に向けて短く詠唱すると、その手の平に水が湧いた。その水を口に含んで「ほひゃ、はひふほ」手の平を此方に差し出す。水が入ったまま喋るせいで何を言っているか判らないが、恐らく漱いでくれと言っているのだろう。アリスもその手に顔を近づけて水を口に吸い込み、もごもごと音を鳴らして口を漱ぐ。
 適当に漱いだ後二人とも水をその辺に吐き捨てて、口の中もさっぱりしたところでアリスはポケットから飴を取り出し、それを口に放り込んだ。
 飴を舐めたままもう一度、今度はアリスからパチュリーに唇を重ねる。

「んん……」

 舌を絡めていると幸せな気分になるのが悔しい。口付けしながらぎゅっと抱き合ってお互いの体温を感じながら、二人の口の中で飴をいったりきたりさせて、ハッカの味を広げる。
 周りの雪が燃える想いに油を注いでくるせいで、寒いのに心の中が熱く燃え上がる。

「……ぷぁ……飴なんて持ってたのね」

 唇を離して額をくっつけ合い、暫くじっと見つめ合う。
 パチュリーは微笑を浮かべて「この雪、やっぱりおかしいわね。大して寒くないし」言いながら額を放して、今度は真剣な面持ちで近くの湖に視線を投げた。
 やはり気になるなら、どうなっているか確認しておいた方が良いような気がして、湖を一瞥してから「様子見に行く?」と訊いたが、パチュリーは首を横に振る。

「放っておけば? どうせ二三日もすれば飽きて止めるでしょ。この時期なら被害も殆ど無いだろうし。それに……」

 言いかけて、黙ってしまった。

「それに?」
「この雪、アリスと私を祝福してくれてるように思えない?」

 雪が何かを祝福する、か。確かに行事によってはそういう事もあるかもしれないが、

「……寒いだけよ」

 思った事を率直に言うと、パチュリーは苦笑いしてアリスの胸元に顔を埋めた。

「つまらない反応ね、こういう時に限って気が利かないんだから」
「恥ずかしいのよ」
「どうせ私以外見てないわよ」

 もう一度遠くの湖を見ると、先程は気付かなかったが景色の反射が殆ど無い。恐らく凍り付いているのだろう。雪は強さを増さず、パラパラと降り続いている。

「パチュリー」
「ん?」
「酔い醒めた?」
「いまいち」
「私、もう醒めちゃった」
「醒めるの早過ぎよ」

 ワインは二杯しか飲んでいないから然程酔わなかったのだが、パチュリーも同じぐらいだった筈。案外パチュリーは酒に弱いのかもしれない。
 いずれにしてもこれだけ急に冷え込めば風邪を引く人間も出てくるかもしれないし、放っておくのも気が引けたアリスは、

「まぁ、どうせあのバカ妖精が悪戯してるんだろうし、ちょっと始末してくる」

 パチュリーを引き剥がそうと肩を軽く掴むと「待ちなさいよ」急に鋭くなった声で止められた。
 胸元に埋まっていたパチュリーは顔を持ち上げるなり此方を睨んでくる。

「私を置いて勝手な事しないで欲しいわ」

 勝手とかそういう問題じゃない。原因が判っているなら芽は早い内に摘んでおいた方が良いだろう。

「このまま放っておきっぱなしは拙いでしょ」
「まぁ、それは否定しないけどね。酔いが醒めたばっかりで行ったら返り討ちに遭うかもしれないわよ」
「あら、大丈夫よ。妖精如きに負けたりしないわ」

 信用されていないのかと思って少し口を尖らしながら反論すると、

「腐っても最強クラスの妖精なのは判ってるでしょう?」

 パチュリーはアリスの背中を放して、今度は肩に手を載せてきて体重をぐいっとかけてくる。

「アリスがその妖精如きにやられたら私が嫌なの」
「信用してくれないのね」
「そういう訳じゃないけど、今はアリスと一緒に居たいの。どうせ放っておけば紅白が潰すわよ、あの程度手出しする必要も無い」
「でも」
「私達がアレを潰した後に紅白が来たら、弾幕ごっこじゃなくて"異変解決の矛先"が私達に向くのよ?」

 "異変解決の矛先"を強調したパチュリーは、アリスの肩から手を下ろして俯いた。
 アリスは気付けなかった自分に少し呆れて肩を落とす。

「……そうね。放っておく」
「そう、それで良いのよ」

 再び顔を持ち上げたパチュリーはいつもの顔に戻っていた。
 また負けた気がしたアリスは悔しくなって、口元が僅かに歪む。

「いまいちすっきりしないわ」
「まだ言うの? 仕方ないわね……ワイン飲んでベッドの上で忘れると良いわ」
「酔わせてベッドの上で何する気よ」
「さあ、何かしら」言いながらパチュリーは頬を染めながら下心丸出しの微笑を見せつつアリスの左手を右手で握り、

「さ、研究室に戻りましょ」
「……バカ」
「そのバカと一緒に居たがってるのは、何処の誰かしら」
「そうですよ、私ですよ。ふん」

 さっきも同じように煽られたなぁと思いながらついつい不貞腐れると、パチュリーはくすくす嘲笑いながら蔑みの目を向けてくる。

「ふふ、そうやって拗ねてくれると本当に嬉しいわ。愛されてるって感じが、ひしひしと伝わってくる」
「…………」
「そんなに怖い顔しないでよ、私はアリスの事大好きよ? ほら」

 パチュリーは握っているアリスの手の平を自分の胸の間に押し付けた。

「ドキドキしてるの、判るかしら」

 ふにゅっとした胸の感触と、奥からの鼓動が手に伝わってくる。

「……うん」
「アリスの前だけよ? こんなにドキドキするのはね」

 それなら皮肉言わなきゃ良いのにとか思いつつバカバカ言う自分の言動を考えてどう切り返せば良いか良く判らなくなったアリスは、

「私だって、負けないぐらいパチュリーの事好きよ」

 素直に言うとパチュリーはくすくす笑って、「判ってるわ、さっき顔で鼓動を感じたから。行きましょ」嬉しそうに手をぐいぐいと引いてくるので、アリスは引かれるまま屋内に続く扉に赴いた。
 扉をくぐる時に丁度、湖の方から聞き慣れた霊力弾の爆発音が木霊して、パチュリーが得意気な表情になる。
 
「ほらね」
「そうね。行かなくて良かったわ」
この後、二人とも泥酔してベッドの上で(以下検閲)
estine
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
なんだろうこの違和感。
2.名前が無い程度の能力削除
悪くはないと思うんだけど。
3.名前が無い程度の能力削除
このバカップルめwww
4.名前が無い程度の能力削除
ニヤニヤを通り越して鼻血が出た
5.名前が無い程度の能力削除
アリパチュ最高です!
6.奇声を発する程度の能力削除
甘すぎて色々と大変な事になりました!
7.名前が無い程度の能力削除
おいおい…冗談だろ。一瞬で高血圧・糖尿病になって鼻血が噴き出しやがった
8.名前が無い程度の能力削除
やっぱりパチュアリはいい
9.名前が無い程度の能力削除
甘い。肉を食いたくなった。
10.名前が無い程度の能力削除
おっきし……ふぅ。良かったです。
11.名前が無い程度の能力削除
えろかったです。
12.名前が無い程度の能力削除
普段奥ゆかしかったりもどかしい関係で描かれる分
時にはこういう完全イチャイチャ状態もいいものだ
13.chelily削除
人肌寂しいお年頃な自分が、しかも時間は深夜の凄まじくお腹減っているときにこれを見てしまい、言葉では言い表せない気分になりましたとさ…(遠い目)

しかしこの甘甘な感じいいですねぇ…。

とても良かったです。

例えるならば、クリスマスの夜にリア充な友人に飯テロをされたような気分になりましたがwww