春雪異変。
春なのに雪が降り続け、冬が終わらなかったこの異変は、博麗の巫女が冥界の嬢である西行寺幽々子を倒すことで解決した。
この異変では博麗の巫女の他に、ある二人の人間も関わっていた。
今回は、求聞史紀でも語られなかった春雪異変を舞台にしたもう一つの物語を紐解いていこう。
恋符「マスタースパーク」
雪が舞い降りる辺り一面が白銀の世界に大きな閃光が放たれた。
「ふぅ・・・こんな奴でも、倒せば、少しは春度が増えたかな?」
そう言って魔理沙は自分が魔砲を撃った方へと視線を向けた。
「痛たた・・・もう、随分と乱暴なのね」
そう嘆きながらボロボロになったレティが起き上がった。
「別にこのくらい普通だぜ」
「まぁいいわ、私に勝った貴女には特別にいい助言をあげる。これ以上先に進んじゃ駄目。今日はもう帰りなさい」
レティがそう言うと、魔理沙は首をかしげた。
「何馬鹿なこと言ってるんだ?どう考えてもこの先に異変の元凶がいるのに帰れるわけないだろう」
「えぇ、そうね、このまま進んだら間違いなく元凶にたどり着くわね・・・あっという間に」
「やっぱりそうか!だったらもうお前には用はないぜ。じゃあな!」
そう言うが早いか、魔理沙はすごい速さで飛んでいってしまった。
「やれやれ、折角私が忠告してあげたのに・・・馬鹿な人間」
レティはそう苦笑したかと思うと次の瞬間―――
「・・・せいぜい大自然の恐怖の中で後悔しながら死ねばいいわ」
と、睨みつけるような鋭い眼差しで魔理沙の飛んでいった方を向いた。
「畜生・・・ついてないぜ・・・」
レティの忠告を無視して進んでから間もなく、静かに舞い散っていた雪は突如、猛吹雪となり魔理沙を襲ったのだ。
あまりの激しさに飛行は困難となり、仕方なく魔理沙は自分の腰ほどまで積もっている雪の上を歩いて進んでいた。
「こんなことなら、さっきの妖怪の話をちゃんと聞いとくべきだったかな」
苦笑しながら一歩、また一歩と足を動かす。その進んでいる方向が帰路ではなくあくまで元凶へと向かっているのが彼女らしいところだ。
「・・・もう手足の感覚がなくなってきた・・・それに・・・視界が霞んで・・・」
と、そこで魔理沙は意識を失い、雪上に倒れてしまった。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
それから、どのくらい時間がたったのだろうか。雪原にはもう魔理沙の姿はなかった。
その所在は、そこから少し離れた少し寂びれた小屋にあった。
「(・・・温かい・・・それに何か柔らかい・・・)」
朦朧とする意識の中、魔理沙はぼんやりと目を覚ました。うっすらと目に映ったのは誰かの胸。
魔理沙はそこに顔を埋めると、その誰かは彼女の背中に手をまわし、優しく抱きしめてきた。
「お母さん・・・」
魔理沙はそう呟くと、またそのまま心地よい眠気に重い瞼を閉じようとした・・・
「悪いけど、私は貴女のような大きな子供がいるほど老けちゃいないわよ」
「!?」
聞きなれた声に一瞬で眠気が吹き飛ぶ。それと同時に魔理沙はすぐに起き上がり、声の主と距離をとった。
「な、なんで咲夜がここにいるんだよ!?いや、この際それはどうでもいい。それより・・・」
魔理沙は驚いたような怒ったような複雑な様子で怒鳴った。
「なんで服着てないんだよ!」
そう、魔理沙が言うように今の彼女は何も服を身に着けていなかった。
「あら、貴女だって裸じゃない。全部見えてるわよ?」
咲夜の言う通り、急に飛び起きて立ち上がったのだ、咲夜の位置から魔理沙の身体は全部丸見えである。
そのことに気づくと、魔理沙はみるみる真っ赤になって手で隠しながら床にしゃがみこんだ。
「お前・・・私の服はどこにやった!」
「そこにあるじゃない。でもまだ着ちゃ駄目よ。きちんと乾いてないんだから」
咲夜が指差す方を見ると、囲炉裏の傍に二人の衣服が干されていた。
「ほら、そんなところにいたら寒いでしょ。こっちに来なさい」
「だ、誰が行くか!」
「まったく、別に女同士なのに。一丁前に恥ずかしがっちゃって」
「女同士だから問題なんだろうが!」
「あら?貴女は異性と肌を重ねる方がいいのかしら?随分ませてるわね」
「あぁ、もう、違うって!!」
魔理沙が何を言っても上手いこと咲夜に言い返され、逆に墓穴を掘ってしまっている。
しばらくそんな口論をしていたが、結局咲夜に言われるがまま、一緒の毛布に入った。
「・・・なんでここにいるんだ?」
しばらく続いた沈黙を破って、魔理沙が咲夜にそう尋ねてきた。
「目的は貴女と同じ。春を奪い返しにね」
「じゃあ・・・なんで私を助けた?」
「助けちゃいけなかったかしら?普通、人が困っていたら助けるのが人間でしょう」
「お前は普通の人間じゃないだろ」
「あら酷い。まぁ、そのまま放っておいてもよかったんだけどね。貴女にもしものことがあったら
パチュリー様やフランお嬢様が悲しむと思って。折角知り合った魔法使い仲間と・・・楽しい玩具?」
「玩具扱いかよ!・・・まぁ、あのまま放置されてたら結構やばかったからな・・・素直に感謝しておくぜ」
「・・・正直言うと私も少しそう思ったわよ。折角できた人間の知り合いだもの。死んじゃったら悲しいわ」
そう、魔理沙の耳元でボソッと囁いた。
「・・・近づきすぎ」
照れ隠しだろうか、そう言って魔理沙は咲夜に背を向けた。
「あら、ちゃんとくっつかなきゃ意味ないわよ?寒いときは人肌で暖めあうのが一番だもの」
そう言ってわざとらしく魔理沙の背中にぴったりとくっついてきた
「だからってそんなにくっつくなって・・・背中に当たってるんだよ、いろいろと」
「フフッ、わざと当ててんのよ」
「たいして私と変わらな・・・痛だだだだ!!」
「ほーら、もっとしっかりくっつきましょうね」
何やら関節技が決まっているような気がしないでもないが、これ以上は触れないでおく。
しばらくそんなやりとりをしていると、今度は咲夜が魔理沙に尋ねてきた。
「魔理沙はどうして異変に首を突っ込もうとするの?下手をすると命の危険だってある。今回がまさにそれでしょ」
「そりゃもちろん面白いからだ。普段起きないことが起きたらそれを確かめたいのが人間の性だろ?今回はまぁ運が悪かったが・・・いや、こうして無事だったし運はいいのか?」
「好奇心は猫を殺す・・・貴女そんなんじゃ長生きできないわよ」
「つまらない人生を長く生きるよりいいだろ。大体、私は以前お前に勝ってるんだぞ?心配するのは御門違いだぜ」
「確かにあの時私は負けたわ。でも、それは貴女のことを知らなかったから。・・・今なら貴女の手の内もわかっているから勝つことも難しくないわよ」
「へぇ、随分と言ってくれるじゃないか。私の魔砲はちょっとやそっとじゃ防ぎきれないぜ?」
「えぇ、そうね。貴女の魔砲の恐ろしさは本物。レミリアお嬢様やフランお嬢様のそれに匹敵する威力だと思うわ。ただ、貴女は防ぐ術はないんじゃない?」
「防ぐ術・・・?」
「お嬢様達のように人外の丈夫さがあるわけでも、霊夢のように結界を操って防ぐことも、私のように時を止めて避けることもできない。貴女の魔法にそういう類のものがあれば話は別だけど・・・」
と、咲夜がスッと魔理沙の首筋に手を伸ばした。そして次の瞬間、その手に銀のナイフが出現し、魔理沙の首筋に突き付けられた。
「守ることや退くことも覚えなければ、いつか取り返しのつかないことになるわよ」
そんな咲夜に、魔理沙は憎たらしいような顔で笑ってみせた。
「私の防ぐ術・・・それは圧倒的な火力で相手に攻めさせないことだぜ」
それを聞いた咲夜は「やれやれ・・・」とため息をついてナイフをしまった。
「貴女らしいわね」
咲夜は毛布から出て起き上がった。そして一瞬でいつものメイド服に着替えると、魔理沙にも服を渡した。
「吹雪もおさまったみたいね。ここで提案なんだけど・・・よかったら一緒に異変の元凶を倒しにいかない?」
「私は誰の手も借りるつもりはないぜ」
「いやいや、私が貴女の力を借りたいのよ。ずいぶんとタイムロスしちゃったしね。さっさと異変解決して戻らないと仕事が山積みなのよ」
「だったらもう帰ればいいだろ?異変は私が解決しておくから――」
「まぁ酷いっ!こんなか弱いメイドに一人で帰れって言うの!?あぁ、きっと途中で凶暴な妖怪に捕まって、散々辱められた末に餌にされてしまうんだわっ!」
と、ものすごく胡散臭い台詞を吐いて咲夜は床に座り込んだ。
「ああもう、どこから突っ込んだらいいのかわからん。・・・わかったよ、一緒に行けばいいんだろ」
「さあ、さっさと行くわよ。私は忙しいんだから」
つい先ほどまで床に座り込んで泣いたふりをしていたと思ったら、いつの間にかさっさと飛んでいってしまった。
「ホントにわけがわからん奴だ・・・」
そう嘆いて渋々咲夜の後を飛んでいった。
それから先の道中、猫の妖獣や人形を操る魔法使い、騒霊の三姉妹などが彼女達の行く手を阻んだが、割とすんなり倒すことができた。
そしてついに、二人は冥界へと足を踏み入れた。
「さて、いよいよ敵さんの本拠地よ。気を引き締めていくわよ」
「あぁ。・・・どうやらまだ霊夢は来てないみたいだな」
「やけに気にしてるのね、霊夢のこと」
「あー?別にそんなんじゃない。ただ、あいつより先に異変解決してあいつの悔しがる顔を見たいだけだぜ」
そういうのは気にしていることになるのでは・・・?咲夜はそう思ったが、あえて口には出さなかった。
「あいつとは付き合いが長いけど、いつも負けてばかりだからな。弾幕勝負にせよ、異変解決にせよ。だけど今回こそ、私が先を越してやるぜ」
「そう・・・それじゃ早く先に進みなさい。きっとこの先に黒幕がいるはずよ」
「・・・咲夜は来ないのか?」
「私はちょっとお花を摘んでいくわね。・・・それとも私が一緒じゃないと不安?」
咲夜がそう言うと、魔理沙はムッとして怒鳴った。
「馬鹿にすんな!咲夜が来るまでにさっさと倒してやるよ!お前の出番なんか残してやらないからなっ!」
そう言って魔理沙は先へ進んでいった。それを見送ると咲夜は振り返って誰もいないはずの方向を睨みつけた。
「出てきな」
咲夜がそう言うと、まだ少し幼さの残る少女が現れた。その手には、その容姿には似合わない物騒な刃物を持っている。
「みんなが騒がしいと思ったら生きた人間だったのね」
「戦う前に一つだけ聞かせてもらおうかしら。貴女はここにきたときからすでに私達を捕捉していた。なのに何故あの子をすんなり通したのかしら?」
「・・・貴女の方が脅威に見えたから。私が貴女を倒せば後はお嬢様にあいつを倒してもらえばいい」
「従者としては三流ね。私だったら自分の主人の手を煩わせるまでもなく、全て追い払うわよ」
そう咲夜が言うと、妖夢は苦笑して言葉を返した。
「えぇ、普段ならそうしている。でも、うちのお嬢様は意外と好戦的でね。特に今は西行妖の満開を目前にして気分も高まっているのでしょう。だからアレは丁度いい相手になると思ったの」
「アレじゃなくて魔理沙よ。それに貴女はあの子を過小評価している。きっと痛い目を見るわ。貴女も、そのお嬢様も」
「そんなことどうでもいいわ。どうせやられてしまう者のことなど」
「・・・まぁいいわ。死人に口無しよ」
「死人に口無しだわ。その春を全て戴くまでよ」
「この私のナイフは、幽霊も斬れるのか?」
「妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、少ししか無い!」
こうして二人の放つ弾幕が激しくぶつかりあった。
一方、こちらは先に進んだ魔理沙。
「どこに行っても満開だな」
「まだまだ・・・あと少しなのよ」
「!」
何やらのんびりとした様子の女性が目の前に現れた。その立ち振る舞いは見ただけで育ちの良さがわかる。
「もう少し春があれば西行妖(さいぎょうあやかし)も完全に咲くわ」
「持ってきたぜ。その、なけなしの春を」
「あらまぁ、それはご丁寧に。お礼に花見なんてどうかしら。うちの花見は賑やかで楽しいわよ」
そう言って幽々子は無邪気な笑顔を見せた。
「残念だな。生憎そんな暇はないんだ。さっさと春を取り戻さなくちゃいけないからな」
「なんにしても、冥界の桜は人間には目の毒かしら?」
「ああ、この辺は死臭でいっぱいだな」
「あら、あなたは目で臭いを嗅ぐのね」
「ああ、匂うな。こんな辛気臭い春も初めてだぜ」
「失礼ね。そんなここ春は、あなた達の住む幻想郷の春よ」
「失礼な。誰が、目で匂いを嗅ぐ!」
「会話がずれてるずれてる」
脱線していった会話を幽々子が元に戻してくれたようだ。
「まぁ、早くしないと連れが花を摘み終えてやって来るからな」
「あら?何の花かしら。彼岸花?」
「縁起でもない」
「いやいや、ここは冥界よ?縁起も何もないじゃない」
「とにかく、さっさと倒させもらうぜ。あぁそうだ、ついでで良いが・・・」
「どうやら私の歓迎は喜んで貰えなかったようね。・・・でも、折角だし」
「辛気臭い春を返して貰うぜ、死人嬢!」
「なけなしの春をいただくわ、黒い魔!」
かくして最終決戦の幕があがった。
場面は戻り、咲夜と妖夢。
もう勝負は大詰めとなっていた。
傍から見ると明らかに妖夢の方が劣勢。しかし、咲夜もそうとう手傷を負っているところを見ると妖夢の実力もかなりのものだとわかる。
「クッ・・・まさか、人間がここまでやるとは・・・」
「お生憎様、普通の人間とはちょっと違うのよね。ちょっとだけ」
「ならば・・・私はこの技に全てをかける!」
天神剣「三魂七魄」
妖夢の最後の力を振り絞った大技が放たれた。
その弾幕は見事に咲夜を捕らえ、直撃し、轟音と共に煙が舞い上がった。
「やった・・・!」
妖夢が勝利を確信し、気を緩めた次の瞬間――
「惜しかったわね」
背後で聞こえたその声に妖夢が振り返ると、そこにはスペルカードを構えた咲夜の姿があった。
「・・・チェックメイト」
幻符「殺人ドール」
咲夜の放った数多にナイフが妖夢に直撃した。
「も、申し訳ありません・・・西行寺・・・お嬢様・・・」
そのまま妖夢は気を失って地面に倒れた。
「ふぅ・・・ずいぶんと時間がかかってしまったわね。・・・それにあまり快勝とは呼べないし」
勝ったとは言え、かなりのダメージを与えられ、スペルカードもほとんど使い切ってしまった。
「まぁ過ぎたことは仕方ないわ。早く魔理沙のところに向かわないと」
こうして咲夜は魔理沙の元へと向かった。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
こっちでは魔理沙と幽々子の弾幕勝負が繰り広げられていた。
意外にも魔理沙の方が若干優勢を保っている。
「あらあら、思ったよりずいぶんやるのねぇ。人間のくせに」
「そりゃそうだ、なんたって異変解決のプロだからな」
幽曲「リポジトリ・オブ・ヒロカワ -神霊-」
幽々子のスペルカード発動と共に蝶の形をした弾幕が魔理沙を襲った。
「もうその蝶は見飽きたぜ!!」
そう言って右へ左へと大きく動き全て避けきった。
「フフッ、おもしろいわ。こんなに楽しいのは久しぶりよ。それじゃこれはどうかしら?」
桜符「完全なる墨染の桜 -開花-」
さらに密集した弾幕が魔理沙へと降り注いだ。
なんとか避けているが、避けるだけで精一杯でなかなか反撃ができない。
「くそっ!これじゃキリがないぜ」
「ほら、もう後がないわよー?」
「だったら、こうするまでだっ!」
恋符「マスタースパーク」
魔理沙の放ったマスタースパークは幽々子の弾幕をまとめて吹き飛ばした。
「フンッ、邪魔なら全部吹き飛ばせばいいんだ。それじゃ今度はこっちの番だぜ!」
「こんな切り札を持っていたのねすごいわー」
幽々子がパチパチと拍手をして喜んだ。
「でも・・・詰めが甘かったわね」
魔理沙が幽々子の方へ向かって弾幕を放とうとした瞬間、突如魔理沙の目の前に弾幕が現れた。どうやらマスタースパークで吹き飛ばしきれなかった弾幕が残っていたようだ。
「(駄目だ・・・避けきれない・・・!?)」
魔理沙は目をギュッと瞑って弾幕が自分に直撃するのを覚悟した
「・・・え・・・?」
いつまで経っても来ないその弾幕の衝撃に不思議に思い、恐る恐る目を開けた。すると目の前には咲夜の姿があった。
「まったく・・・だから言ったじゃない。ちゃんと防ぐ術を考えなさい・・・って」
「咲・・・夜・・・?」
魔理沙がその名を呼ぼうとしたのとほぼ同時に、咲夜の体勢が崩れ、魔理沙の方へ倒れてきた。
魔理沙は慌てて咲夜を支えた。
「お前・・・それ・・・」
咲夜の背に弾幕が被弾した痕があった。出血こそ少ないがもしかしたら骨や臓に深刻なダメージを受けたかもしれない。
「らしくないわね・・・何やってるのかしら私・・・」
普段の状態ならスペルカードなり時間を止めるなりして助けることができただろう。だが、妖夢戦で力を消費していた咲夜には、自分の身体で庇うのが精一杯だったようだ。
「フフッ、ごめんなさい・・・最後の最後で足引っ張っちゃったわ・・・ね」
そう消え入るような声で呟くと、そのまま咲夜は意識を失った。
「・・・どうするの?もう私も余力はないわ。次が最後になるけど・・・貴女の方も到底戦えそうにないように見えるわ」
幽々子の言葉に魔理沙の心は揺れ動いた。
次の弾幕さえ攻略すれば幽々子を倒し異変を解決することができる。今の自分の余力なら咲夜を庇いながらも戦えると思う。
だが、咲夜の傷も気になる。もしかすると大事に至るものなのかもしれない。だとするとすぐにでも然るべき処置を行わなくてはいけないし、そもそもその傷は自分を庇って負ったものである。
そんな思考が魔理沙の中で葛藤していると、ある言葉が魔理沙の脳裏に過った。
――守ることや退くことも覚えなければ、いつか取り返しのつかないことになるわよ――
それは咲夜が教えてくれた言葉だった。
「・・・私達の負けだ」
魔理沙は搾り出すようにそう告げた。負けず嫌いな彼女にとって、自分の負けを認めるのはどれだけ悔しかっただろうか。
「そう・・・気をつけて帰るのね」
結局、今まで集めた春度を渡すことで、幽々子は二人を無事に帰すことを承諾した。
それから数日・・・
「まったく、咲夜は本当に馬鹿ね」
「レミィ、その台詞、今日だけでもう27回目よ」
紅魔館の一室、咲夜の部屋にレミリアとパチュリーが見舞いにきていた。
幽々子との戦いでの負傷は命に関わるようなものではなかったが、それでも随分と重症だったようだ。
「面目ありませんわ、お嬢様にもパチュリー様にもご迷惑をお掛けして・・・」
パチュリーの回復魔法や自身の時を操る能力で自然治癒力を最大限に高めているものの、まだ数日は安静が必要だった。
「私達は別にいつもと変わらないわ。むしろ門番を心配することね。あなたの仕事もこなしているから、いつか過労で倒れるんじゃないかしら」
「えぇ、後で謝っておきます」
「それじゃ、私は戻るわね。何かあったら呼んで頂戴」
そう言ってパチュリーは部屋から出て行った。
「いい?咲夜。怪我が治ったらたくさんやってもらうことがあるんだから」
「はい、心得ていますわ」
「まずはおいしい紅茶とオムライスを作ってもらうからね」
「ケチャップで似顔絵をお描きしますね」
「わかってるじゃない。それじゃおやすみ」
まだ昼なのだが、吸血鬼的にはおやすみで正しい。むしろ、咲夜を見舞うために随分と夜更かし・・・ならぬ昼更かしをしてくれていたようだ。
レミリアも部屋を出て行った。すると、窓の方からこそこそと侵入してくる一つの影があった。
「あら、また来たの?泥棒ネズミさん」
「・・・ネズミ捕りの猫が負傷してるから入りやすいぜ。・・・猫じゃなくて犬だったか?」
「たぶん人間よ。それよりも、きちんと正面から入ってきなさいって言ってるでしょ。毎日そうやってこっそり窓から入ってくるんだから」
「お前の怪我の原因は私だからな。レミリアに会ったら殺される」
そう言って苦笑していると、咲夜が少し申し訳なさそうに魔理沙に言った。
「・・・異変、残念だったわね」
今はもう雪は降っていない。少しずつ幻想郷に春が戻っているのだ。
解決したのは咲夜でも魔理沙でもない、霊夢である。
「仕方ないさ、悔しくないといえば嘘になるけど、どうせ異変なんてまたすぐ起きるだろうし、いつでも弾幕勝負を挑めばいいだけだ」
「フフッ、もっと落ち込んでいると思ったら・・・本当に貴女って気持ちがいいくらいまっすぐなのね。羨ましいわ」
「それが私だからな。いつまでもくよくよしたってしょうがないだろ?そんな暇があったら魔法の研究でも本の一冊でも読んでいた方が有意義だぜ」
「えぇ、そうね」
そう言って二人は互いに笑いあった。
~END~
春なのに雪が降り続け、冬が終わらなかったこの異変は、博麗の巫女が冥界の嬢である西行寺幽々子を倒すことで解決した。
この異変では博麗の巫女の他に、ある二人の人間も関わっていた。
今回は、求聞史紀でも語られなかった春雪異変を舞台にしたもう一つの物語を紐解いていこう。
恋符「マスタースパーク」
雪が舞い降りる辺り一面が白銀の世界に大きな閃光が放たれた。
「ふぅ・・・こんな奴でも、倒せば、少しは春度が増えたかな?」
そう言って魔理沙は自分が魔砲を撃った方へと視線を向けた。
「痛たた・・・もう、随分と乱暴なのね」
そう嘆きながらボロボロになったレティが起き上がった。
「別にこのくらい普通だぜ」
「まぁいいわ、私に勝った貴女には特別にいい助言をあげる。これ以上先に進んじゃ駄目。今日はもう帰りなさい」
レティがそう言うと、魔理沙は首をかしげた。
「何馬鹿なこと言ってるんだ?どう考えてもこの先に異変の元凶がいるのに帰れるわけないだろう」
「えぇ、そうね、このまま進んだら間違いなく元凶にたどり着くわね・・・あっという間に」
「やっぱりそうか!だったらもうお前には用はないぜ。じゃあな!」
そう言うが早いか、魔理沙はすごい速さで飛んでいってしまった。
「やれやれ、折角私が忠告してあげたのに・・・馬鹿な人間」
レティはそう苦笑したかと思うと次の瞬間―――
「・・・せいぜい大自然の恐怖の中で後悔しながら死ねばいいわ」
と、睨みつけるような鋭い眼差しで魔理沙の飛んでいった方を向いた。
「畜生・・・ついてないぜ・・・」
レティの忠告を無視して進んでから間もなく、静かに舞い散っていた雪は突如、猛吹雪となり魔理沙を襲ったのだ。
あまりの激しさに飛行は困難となり、仕方なく魔理沙は自分の腰ほどまで積もっている雪の上を歩いて進んでいた。
「こんなことなら、さっきの妖怪の話をちゃんと聞いとくべきだったかな」
苦笑しながら一歩、また一歩と足を動かす。その進んでいる方向が帰路ではなくあくまで元凶へと向かっているのが彼女らしいところだ。
「・・・もう手足の感覚がなくなってきた・・・それに・・・視界が霞んで・・・」
と、そこで魔理沙は意識を失い、雪上に倒れてしまった。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
それから、どのくらい時間がたったのだろうか。雪原にはもう魔理沙の姿はなかった。
その所在は、そこから少し離れた少し寂びれた小屋にあった。
「(・・・温かい・・・それに何か柔らかい・・・)」
朦朧とする意識の中、魔理沙はぼんやりと目を覚ました。うっすらと目に映ったのは誰かの胸。
魔理沙はそこに顔を埋めると、その誰かは彼女の背中に手をまわし、優しく抱きしめてきた。
「お母さん・・・」
魔理沙はそう呟くと、またそのまま心地よい眠気に重い瞼を閉じようとした・・・
「悪いけど、私は貴女のような大きな子供がいるほど老けちゃいないわよ」
「!?」
聞きなれた声に一瞬で眠気が吹き飛ぶ。それと同時に魔理沙はすぐに起き上がり、声の主と距離をとった。
「な、なんで咲夜がここにいるんだよ!?いや、この際それはどうでもいい。それより・・・」
魔理沙は驚いたような怒ったような複雑な様子で怒鳴った。
「なんで服着てないんだよ!」
そう、魔理沙が言うように今の彼女は何も服を身に着けていなかった。
「あら、貴女だって裸じゃない。全部見えてるわよ?」
咲夜の言う通り、急に飛び起きて立ち上がったのだ、咲夜の位置から魔理沙の身体は全部丸見えである。
そのことに気づくと、魔理沙はみるみる真っ赤になって手で隠しながら床にしゃがみこんだ。
「お前・・・私の服はどこにやった!」
「そこにあるじゃない。でもまだ着ちゃ駄目よ。きちんと乾いてないんだから」
咲夜が指差す方を見ると、囲炉裏の傍に二人の衣服が干されていた。
「ほら、そんなところにいたら寒いでしょ。こっちに来なさい」
「だ、誰が行くか!」
「まったく、別に女同士なのに。一丁前に恥ずかしがっちゃって」
「女同士だから問題なんだろうが!」
「あら?貴女は異性と肌を重ねる方がいいのかしら?随分ませてるわね」
「あぁ、もう、違うって!!」
魔理沙が何を言っても上手いこと咲夜に言い返され、逆に墓穴を掘ってしまっている。
しばらくそんな口論をしていたが、結局咲夜に言われるがまま、一緒の毛布に入った。
「・・・なんでここにいるんだ?」
しばらく続いた沈黙を破って、魔理沙が咲夜にそう尋ねてきた。
「目的は貴女と同じ。春を奪い返しにね」
「じゃあ・・・なんで私を助けた?」
「助けちゃいけなかったかしら?普通、人が困っていたら助けるのが人間でしょう」
「お前は普通の人間じゃないだろ」
「あら酷い。まぁ、そのまま放っておいてもよかったんだけどね。貴女にもしものことがあったら
パチュリー様やフランお嬢様が悲しむと思って。折角知り合った魔法使い仲間と・・・楽しい玩具?」
「玩具扱いかよ!・・・まぁ、あのまま放置されてたら結構やばかったからな・・・素直に感謝しておくぜ」
「・・・正直言うと私も少しそう思ったわよ。折角できた人間の知り合いだもの。死んじゃったら悲しいわ」
そう、魔理沙の耳元でボソッと囁いた。
「・・・近づきすぎ」
照れ隠しだろうか、そう言って魔理沙は咲夜に背を向けた。
「あら、ちゃんとくっつかなきゃ意味ないわよ?寒いときは人肌で暖めあうのが一番だもの」
そう言ってわざとらしく魔理沙の背中にぴったりとくっついてきた
「だからってそんなにくっつくなって・・・背中に当たってるんだよ、いろいろと」
「フフッ、わざと当ててんのよ」
「たいして私と変わらな・・・痛だだだだ!!」
「ほーら、もっとしっかりくっつきましょうね」
何やら関節技が決まっているような気がしないでもないが、これ以上は触れないでおく。
しばらくそんなやりとりをしていると、今度は咲夜が魔理沙に尋ねてきた。
「魔理沙はどうして異変に首を突っ込もうとするの?下手をすると命の危険だってある。今回がまさにそれでしょ」
「そりゃもちろん面白いからだ。普段起きないことが起きたらそれを確かめたいのが人間の性だろ?今回はまぁ運が悪かったが・・・いや、こうして無事だったし運はいいのか?」
「好奇心は猫を殺す・・・貴女そんなんじゃ長生きできないわよ」
「つまらない人生を長く生きるよりいいだろ。大体、私は以前お前に勝ってるんだぞ?心配するのは御門違いだぜ」
「確かにあの時私は負けたわ。でも、それは貴女のことを知らなかったから。・・・今なら貴女の手の内もわかっているから勝つことも難しくないわよ」
「へぇ、随分と言ってくれるじゃないか。私の魔砲はちょっとやそっとじゃ防ぎきれないぜ?」
「えぇ、そうね。貴女の魔砲の恐ろしさは本物。レミリアお嬢様やフランお嬢様のそれに匹敵する威力だと思うわ。ただ、貴女は防ぐ術はないんじゃない?」
「防ぐ術・・・?」
「お嬢様達のように人外の丈夫さがあるわけでも、霊夢のように結界を操って防ぐことも、私のように時を止めて避けることもできない。貴女の魔法にそういう類のものがあれば話は別だけど・・・」
と、咲夜がスッと魔理沙の首筋に手を伸ばした。そして次の瞬間、その手に銀のナイフが出現し、魔理沙の首筋に突き付けられた。
「守ることや退くことも覚えなければ、いつか取り返しのつかないことになるわよ」
そんな咲夜に、魔理沙は憎たらしいような顔で笑ってみせた。
「私の防ぐ術・・・それは圧倒的な火力で相手に攻めさせないことだぜ」
それを聞いた咲夜は「やれやれ・・・」とため息をついてナイフをしまった。
「貴女らしいわね」
咲夜は毛布から出て起き上がった。そして一瞬でいつものメイド服に着替えると、魔理沙にも服を渡した。
「吹雪もおさまったみたいね。ここで提案なんだけど・・・よかったら一緒に異変の元凶を倒しにいかない?」
「私は誰の手も借りるつもりはないぜ」
「いやいや、私が貴女の力を借りたいのよ。ずいぶんとタイムロスしちゃったしね。さっさと異変解決して戻らないと仕事が山積みなのよ」
「だったらもう帰ればいいだろ?異変は私が解決しておくから――」
「まぁ酷いっ!こんなか弱いメイドに一人で帰れって言うの!?あぁ、きっと途中で凶暴な妖怪に捕まって、散々辱められた末に餌にされてしまうんだわっ!」
と、ものすごく胡散臭い台詞を吐いて咲夜は床に座り込んだ。
「ああもう、どこから突っ込んだらいいのかわからん。・・・わかったよ、一緒に行けばいいんだろ」
「さあ、さっさと行くわよ。私は忙しいんだから」
つい先ほどまで床に座り込んで泣いたふりをしていたと思ったら、いつの間にかさっさと飛んでいってしまった。
「ホントにわけがわからん奴だ・・・」
そう嘆いて渋々咲夜の後を飛んでいった。
それから先の道中、猫の妖獣や人形を操る魔法使い、騒霊の三姉妹などが彼女達の行く手を阻んだが、割とすんなり倒すことができた。
そしてついに、二人は冥界へと足を踏み入れた。
「さて、いよいよ敵さんの本拠地よ。気を引き締めていくわよ」
「あぁ。・・・どうやらまだ霊夢は来てないみたいだな」
「やけに気にしてるのね、霊夢のこと」
「あー?別にそんなんじゃない。ただ、あいつより先に異変解決してあいつの悔しがる顔を見たいだけだぜ」
そういうのは気にしていることになるのでは・・・?咲夜はそう思ったが、あえて口には出さなかった。
「あいつとは付き合いが長いけど、いつも負けてばかりだからな。弾幕勝負にせよ、異変解決にせよ。だけど今回こそ、私が先を越してやるぜ」
「そう・・・それじゃ早く先に進みなさい。きっとこの先に黒幕がいるはずよ」
「・・・咲夜は来ないのか?」
「私はちょっとお花を摘んでいくわね。・・・それとも私が一緒じゃないと不安?」
咲夜がそう言うと、魔理沙はムッとして怒鳴った。
「馬鹿にすんな!咲夜が来るまでにさっさと倒してやるよ!お前の出番なんか残してやらないからなっ!」
そう言って魔理沙は先へ進んでいった。それを見送ると咲夜は振り返って誰もいないはずの方向を睨みつけた。
「出てきな」
咲夜がそう言うと、まだ少し幼さの残る少女が現れた。その手には、その容姿には似合わない物騒な刃物を持っている。
「みんなが騒がしいと思ったら生きた人間だったのね」
「戦う前に一つだけ聞かせてもらおうかしら。貴女はここにきたときからすでに私達を捕捉していた。なのに何故あの子をすんなり通したのかしら?」
「・・・貴女の方が脅威に見えたから。私が貴女を倒せば後はお嬢様にあいつを倒してもらえばいい」
「従者としては三流ね。私だったら自分の主人の手を煩わせるまでもなく、全て追い払うわよ」
そう咲夜が言うと、妖夢は苦笑して言葉を返した。
「えぇ、普段ならそうしている。でも、うちのお嬢様は意外と好戦的でね。特に今は西行妖の満開を目前にして気分も高まっているのでしょう。だからアレは丁度いい相手になると思ったの」
「アレじゃなくて魔理沙よ。それに貴女はあの子を過小評価している。きっと痛い目を見るわ。貴女も、そのお嬢様も」
「そんなことどうでもいいわ。どうせやられてしまう者のことなど」
「・・・まぁいいわ。死人に口無しよ」
「死人に口無しだわ。その春を全て戴くまでよ」
「この私のナイフは、幽霊も斬れるのか?」
「妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、少ししか無い!」
こうして二人の放つ弾幕が激しくぶつかりあった。
一方、こちらは先に進んだ魔理沙。
「どこに行っても満開だな」
「まだまだ・・・あと少しなのよ」
「!」
何やらのんびりとした様子の女性が目の前に現れた。その立ち振る舞いは見ただけで育ちの良さがわかる。
「もう少し春があれば西行妖(さいぎょうあやかし)も完全に咲くわ」
「持ってきたぜ。その、なけなしの春を」
「あらまぁ、それはご丁寧に。お礼に花見なんてどうかしら。うちの花見は賑やかで楽しいわよ」
そう言って幽々子は無邪気な笑顔を見せた。
「残念だな。生憎そんな暇はないんだ。さっさと春を取り戻さなくちゃいけないからな」
「なんにしても、冥界の桜は人間には目の毒かしら?」
「ああ、この辺は死臭でいっぱいだな」
「あら、あなたは目で臭いを嗅ぐのね」
「ああ、匂うな。こんな辛気臭い春も初めてだぜ」
「失礼ね。そんなここ春は、あなた達の住む幻想郷の春よ」
「失礼な。誰が、目で匂いを嗅ぐ!」
「会話がずれてるずれてる」
脱線していった会話を幽々子が元に戻してくれたようだ。
「まぁ、早くしないと連れが花を摘み終えてやって来るからな」
「あら?何の花かしら。彼岸花?」
「縁起でもない」
「いやいや、ここは冥界よ?縁起も何もないじゃない」
「とにかく、さっさと倒させもらうぜ。あぁそうだ、ついでで良いが・・・」
「どうやら私の歓迎は喜んで貰えなかったようね。・・・でも、折角だし」
「辛気臭い春を返して貰うぜ、死人嬢!」
「なけなしの春をいただくわ、黒い魔!」
かくして最終決戦の幕があがった。
場面は戻り、咲夜と妖夢。
もう勝負は大詰めとなっていた。
傍から見ると明らかに妖夢の方が劣勢。しかし、咲夜もそうとう手傷を負っているところを見ると妖夢の実力もかなりのものだとわかる。
「クッ・・・まさか、人間がここまでやるとは・・・」
「お生憎様、普通の人間とはちょっと違うのよね。ちょっとだけ」
「ならば・・・私はこの技に全てをかける!」
天神剣「三魂七魄」
妖夢の最後の力を振り絞った大技が放たれた。
その弾幕は見事に咲夜を捕らえ、直撃し、轟音と共に煙が舞い上がった。
「やった・・・!」
妖夢が勝利を確信し、気を緩めた次の瞬間――
「惜しかったわね」
背後で聞こえたその声に妖夢が振り返ると、そこにはスペルカードを構えた咲夜の姿があった。
「・・・チェックメイト」
幻符「殺人ドール」
咲夜の放った数多にナイフが妖夢に直撃した。
「も、申し訳ありません・・・西行寺・・・お嬢様・・・」
そのまま妖夢は気を失って地面に倒れた。
「ふぅ・・・ずいぶんと時間がかかってしまったわね。・・・それにあまり快勝とは呼べないし」
勝ったとは言え、かなりのダメージを与えられ、スペルカードもほとんど使い切ってしまった。
「まぁ過ぎたことは仕方ないわ。早く魔理沙のところに向かわないと」
こうして咲夜は魔理沙の元へと向かった。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
こっちでは魔理沙と幽々子の弾幕勝負が繰り広げられていた。
意外にも魔理沙の方が若干優勢を保っている。
「あらあら、思ったよりずいぶんやるのねぇ。人間のくせに」
「そりゃそうだ、なんたって異変解決のプロだからな」
幽曲「リポジトリ・オブ・ヒロカワ -神霊-」
幽々子のスペルカード発動と共に蝶の形をした弾幕が魔理沙を襲った。
「もうその蝶は見飽きたぜ!!」
そう言って右へ左へと大きく動き全て避けきった。
「フフッ、おもしろいわ。こんなに楽しいのは久しぶりよ。それじゃこれはどうかしら?」
桜符「完全なる墨染の桜 -開花-」
さらに密集した弾幕が魔理沙へと降り注いだ。
なんとか避けているが、避けるだけで精一杯でなかなか反撃ができない。
「くそっ!これじゃキリがないぜ」
「ほら、もう後がないわよー?」
「だったら、こうするまでだっ!」
恋符「マスタースパーク」
魔理沙の放ったマスタースパークは幽々子の弾幕をまとめて吹き飛ばした。
「フンッ、邪魔なら全部吹き飛ばせばいいんだ。それじゃ今度はこっちの番だぜ!」
「こんな切り札を持っていたのねすごいわー」
幽々子がパチパチと拍手をして喜んだ。
「でも・・・詰めが甘かったわね」
魔理沙が幽々子の方へ向かって弾幕を放とうとした瞬間、突如魔理沙の目の前に弾幕が現れた。どうやらマスタースパークで吹き飛ばしきれなかった弾幕が残っていたようだ。
「(駄目だ・・・避けきれない・・・!?)」
魔理沙は目をギュッと瞑って弾幕が自分に直撃するのを覚悟した
「・・・え・・・?」
いつまで経っても来ないその弾幕の衝撃に不思議に思い、恐る恐る目を開けた。すると目の前には咲夜の姿があった。
「まったく・・・だから言ったじゃない。ちゃんと防ぐ術を考えなさい・・・って」
「咲・・・夜・・・?」
魔理沙がその名を呼ぼうとしたのとほぼ同時に、咲夜の体勢が崩れ、魔理沙の方へ倒れてきた。
魔理沙は慌てて咲夜を支えた。
「お前・・・それ・・・」
咲夜の背に弾幕が被弾した痕があった。出血こそ少ないがもしかしたら骨や臓に深刻なダメージを受けたかもしれない。
「らしくないわね・・・何やってるのかしら私・・・」
普段の状態ならスペルカードなり時間を止めるなりして助けることができただろう。だが、妖夢戦で力を消費していた咲夜には、自分の身体で庇うのが精一杯だったようだ。
「フフッ、ごめんなさい・・・最後の最後で足引っ張っちゃったわ・・・ね」
そう消え入るような声で呟くと、そのまま咲夜は意識を失った。
「・・・どうするの?もう私も余力はないわ。次が最後になるけど・・・貴女の方も到底戦えそうにないように見えるわ」
幽々子の言葉に魔理沙の心は揺れ動いた。
次の弾幕さえ攻略すれば幽々子を倒し異変を解決することができる。今の自分の余力なら咲夜を庇いながらも戦えると思う。
だが、咲夜の傷も気になる。もしかすると大事に至るものなのかもしれない。だとするとすぐにでも然るべき処置を行わなくてはいけないし、そもそもその傷は自分を庇って負ったものである。
そんな思考が魔理沙の中で葛藤していると、ある言葉が魔理沙の脳裏に過った。
――守ることや退くことも覚えなければ、いつか取り返しのつかないことになるわよ――
それは咲夜が教えてくれた言葉だった。
「・・・私達の負けだ」
魔理沙は搾り出すようにそう告げた。負けず嫌いな彼女にとって、自分の負けを認めるのはどれだけ悔しかっただろうか。
「そう・・・気をつけて帰るのね」
結局、今まで集めた春度を渡すことで、幽々子は二人を無事に帰すことを承諾した。
それから数日・・・
「まったく、咲夜は本当に馬鹿ね」
「レミィ、その台詞、今日だけでもう27回目よ」
紅魔館の一室、咲夜の部屋にレミリアとパチュリーが見舞いにきていた。
幽々子との戦いでの負傷は命に関わるようなものではなかったが、それでも随分と重症だったようだ。
「面目ありませんわ、お嬢様にもパチュリー様にもご迷惑をお掛けして・・・」
パチュリーの回復魔法や自身の時を操る能力で自然治癒力を最大限に高めているものの、まだ数日は安静が必要だった。
「私達は別にいつもと変わらないわ。むしろ門番を心配することね。あなたの仕事もこなしているから、いつか過労で倒れるんじゃないかしら」
「えぇ、後で謝っておきます」
「それじゃ、私は戻るわね。何かあったら呼んで頂戴」
そう言ってパチュリーは部屋から出て行った。
「いい?咲夜。怪我が治ったらたくさんやってもらうことがあるんだから」
「はい、心得ていますわ」
「まずはおいしい紅茶とオムライスを作ってもらうからね」
「ケチャップで似顔絵をお描きしますね」
「わかってるじゃない。それじゃおやすみ」
まだ昼なのだが、吸血鬼的にはおやすみで正しい。むしろ、咲夜を見舞うために随分と夜更かし・・・ならぬ昼更かしをしてくれていたようだ。
レミリアも部屋を出て行った。すると、窓の方からこそこそと侵入してくる一つの影があった。
「あら、また来たの?泥棒ネズミさん」
「・・・ネズミ捕りの猫が負傷してるから入りやすいぜ。・・・猫じゃなくて犬だったか?」
「たぶん人間よ。それよりも、きちんと正面から入ってきなさいって言ってるでしょ。毎日そうやってこっそり窓から入ってくるんだから」
「お前の怪我の原因は私だからな。レミリアに会ったら殺される」
そう言って苦笑していると、咲夜が少し申し訳なさそうに魔理沙に言った。
「・・・異変、残念だったわね」
今はもう雪は降っていない。少しずつ幻想郷に春が戻っているのだ。
解決したのは咲夜でも魔理沙でもない、霊夢である。
「仕方ないさ、悔しくないといえば嘘になるけど、どうせ異変なんてまたすぐ起きるだろうし、いつでも弾幕勝負を挑めばいいだけだ」
「フフッ、もっと落ち込んでいると思ったら・・・本当に貴女って気持ちがいいくらいまっすぐなのね。羨ましいわ」
「それが私だからな。いつまでもくよくよしたってしょうがないだろ?そんな暇があったら魔法の研究でも本の一冊でも読んでいた方が有意義だぜ」
「えぇ、そうね」
そう言って二人は互いに笑いあった。
~END~
キャラの掘り下げ方もなんだかなぁといった感じ。
よくまとまってたのでは。
もう少し魔理沙の感情の動きについて欲しいかもです。
>>1 言われてみると確かにテンポが悪かったように思いました。次回からはあまり「・・・」は多用せずに読みやすくなるように頑張ります。また、キャラの掘り下げ方というとキャラの性格や特徴が掴みきれていないということでしょうか?もしそうであれば、もう一度きちんとキャラの設定を調べなおしたいと思います。
>>2 なるほど、魔理沙の感情の動きが足りなかったんですね。次回からはキャラそれぞれの感情の表現をもっと多く書いていくように気をつけます。
>>3 そういえばスペルカードは宣言をするためだけであって。やろうと思えば他人のスペルカードも使用することができるというのを何かで読んだような気がします。(公式設定だったか二次設定だったかは曖昧ですが)