私、大ちゃんこと大妖精はレティさんにベタ惚れだ。
彼女のどこが素晴らしいのかと問われたら、それはもう全てと答えるけれど、あえて具体的に挙げよ、というのであれば、
たくましさ、美しさ、繊細さ、賢さ、などなど枚挙に暇がない。
最近になってようやくレティさんも、私の熱烈なアタックを受け入れてくれるようになった。
積もり積もった小さな、されど貴重なエピソードはたくさんあるけれど、まぁその辺はすっ飛ばして、
こうして今、同じベッドで眠るほどの仲になっているというわけだ。私は一晩中眠らずに寝顔を眺めていたわけなのだが。
「おはよう、大ちゃん」
シャキっと体を起こした、レティさんの朝は早い。幻想郷を三周するロードワークが、彼女の朝の日課である。
ゆえに、まずはトレーニングウェアに着替えることから私たちの一日が始まるのだ
――ああやめてレティさん。そんなおもむろに脱がないで下さい。指の隙間から覗いてしまうじゃないですか。
「それじゃ、今日もよろしくね」
家の外に出て、二人そろって準備体操。マネージャー兼(自称)愛人である私の役目はペースメーカーだ。
「はっ! はっ! はっ!」
レティさんは今日も快速で、100メートルを3秒台で走りぬくペースを維持している。
私など楽をして空を飛んでいるというのに、気を抜くと置いていかれそうになる。本当に、レティさんはすごいのだ。
汗一つかかず、息も乱さず、レティさんは三周に少し満たない場所、見晴らしの良い丘をゴールとした。いつものことである。
「あー、気分爽快」
お疲れ様です、と声をかけてから、私はビニールシートを広げた。
「大ちゃんのお弁当はおいしいわあ」
ロードワーク後は昼食の時間だ。レティさんは私の料理を喜んでくれている。
すっぽんのミンチに、ニンニクをふんだんに絡めて山芋でとじたハンバーグがとくに美味だという。
六時間かけて仕込みをした甲斐があったというものだ。あっという間に、重箱を四つたいらげてしまった。
「ごちそうさま」
と箸を置きつつも、どこか物足りなさそうな顔のレティさん。しかし、体調管理もマネージャーの務め。これ以上は暴飲暴食の領域である。
涙をのんで黙殺する。黙殺……、黙殺。
だっ、だめですよそんな顔して指くわえたって。涙目になったって……。
やめてください。膝を抱えて人差し指で土をいじるのはやめてください。
ちらっとこっち見んな! 私に何の恨みがあるというんです。
「おなか、すいたのぉ……」
ま、まぁバナナ一房ぐらいでしたらいいでしょう。おやつに出すつもりだったのをあげましょう。
考えてみれば今食べるのもあとで食べるのも同じことですね――ってごまかす私。
わっ。
抱きしめてくれた。頭まで撫でてくれた。私、しあわせ。ありがとうバナナさん。
食休み後は、ウェイトトレーニングの時間である。
「食べる、鍛える。それが強い肉体を作る鉄則よ」
とはレティさんの言だ。700キロの枷を両手にはめ、重さ4トンの特注バットで素振りを繰り返す。
効率よく腰周りの筋肉を鍛えるにはこれが一番だと、彼女は語る。
ひとたび振れば珠のような汗が地面に飛び、染みをつくる。
私はレティさんの汗が付着した砂を丹念に集めて袋詰めにしていく。
家に帰れば一部屋埋め尽くすほどの袋があるけれど、万金を積まれたところで手放すつもりはない。
――ああ、一時たりともレティさんから離れたくないのだけれど……。
氷室はもうからっぽだ。夕食の買い出しに行かなければならない。
素振りを終えて、スクワットを繰り返すレティさんに、私はその旨を告げた。
「気をつけてね。近頃は里の周りにタチの悪い妖怪がたむろしているらしいから」
レティさんは心配して、愛用のバットを渡してくれた。でも、どう頑張っても持てないので丁重にお断りした。
なんてお優しい方なのだろう。
全速力で里に飛び、超特急で買い物を終えた。その最中、私は、レティさんと出会って間もない頃、
どうしてそんなに身体を鍛えるのですか? と訊いたときのことを思い出していた。
『妖精と妖怪の違いはわかる?』
強さですか? と私は言った気がする。
『違うわ。最も大きな違いは、今、ここにある肉体の確かさ。
あなたたちは、現象として、ただそこにあるだけだけれど、私たち妖怪の身体は、確かにここにある。
周りの人間や妖怪はそれがどれだけ貴重で、幸運なことかわかっていないの。
べつにあなたたち妖精を不幸だなんていうつもりはないわよ? あなたたちはそれで完成した存在なのだから。
ただ私は、せっかく与えられたこの器を、どれだけのものに昇華できるのか、その可能性に挑んでみたいの』
彼女はこうも言った。
『確かめてみたいのよ。自分の、限界を。
どうしてって? 考えたこともなかったわ。鳥はさえずるときに理由を考えるのかしら? 馬は走るときに目的地を考えるのかしら?
まぁ確かに、鳥のさえずりは誰かの心を癒してくれるし、馬は人を背に乗せて運ぶこともある。
そんな風に、私の鋼鉄の肉体が誰かの役に立つときがきたなら、嬉しい、と思うのかもしれないわね』
私はあのとき震えた。そして憧れた。
ああ、この方は自分と周りを照らし合わせて考えることができる。大きな視野を持っている。
さらに、そこから得た自分のスタンスを、ためらいなく実行できる強さ、信念を持っている。
彼女のそばにいたいと思った。支えてあげたいと思った。そうすれば、私も何か変わることができるのかもしれない、と。
――のんびり思い出にひたっている暇はなかった。
今頃レティさんはシャワーを浴びていることだろう。そのあとは全身マッサージの時間だ。こり固まった筋肉をほぐしてあげるのは自分の役目である。
私は両手にプロテインと炭水化物が大量に入った買い物袋を抱え、家路を急いだ。
だが、里から出てしばらくした後、荷物の重さに耐えかね、森に降り立った刹那――。
「お嬢ちゃん、妖精かい?」
「めんこいツラしてるじゃないの」
「妖精がお買い物たあ、どうしたことだい」
凶悪さと、歪さがそのまま形を持ったような面体の妖怪が三匹、私の前に立ちふさがった。すぐに膝が震えた。
いくら私が妖精のなかで強い力を持っているとはいえ、太刀打ちできる相手ではないと一目でわかった。
辺りを見渡す。夕日はまだ落ちていないが、人影はない。
「なあ、ちょっとオレたちと遊んでいかねえかい」
喉の奥で何かをすり潰すような声。目の前の妖怪は笑っていたが、瞳はどこか暗く、紛れもない悪意が宿っている。
私は、え、え、と途惑うことしかできない。
「なに、悪いようにはしねえよ。時間はとらせねえ」
いつの間にか背後にも妖怪がまわっていた。強く肩を握られて――痛い。
目に涙がにじむ。気が遠くなる。どうして、こんなことになっているのだろう。
なぜ、まっすぐ家に帰らなかったのだろう。待ち伏せされていたのか、それともつけられていたのか。色々なことが呪わしく思われた。
「大人しくしてたら、おウチにも帰してやるさ」
下卑た笑いが私の耳に絡みつく。私はどうなってしまうの――怖い。
たとえ殺されたって妖精はすぐに復活する。それでも、怖いものは怖い。自分が消えてなくなるあの感覚は、出来ることなら味わいたくない。
再び同じ姿になれる保障なんて、どこにもないのだ。妖精以外のまったく別の存在になる可能性だってある。
それに、死ぬよりもつらいことだって、世の中にはあるのだろう。嫌です、そんなの……。
「誰かぁ……」
「あん? 何か言ったか?」
「誰かあああ! 助けてえええ!」
精一杯の勇気を振り絞って声をあげる。ほとんど悲鳴。ほとんど咆哮。みっともなく身体を折り曲げて叫ぶ。
誰か……レティさん……、レティさん……っ!
「このガキ――なにをわめいてやがるっ!」
「う――っ!?」
肩が木にぶつかった。痛い……、突き飛ばされたんだ……。痛いよぅ……。怖いよぅ……。
「レティさん! レティさあああん!」
「黙れっつってんだろ!」
「おい! かまわねえ! 脱がしちまえ!」
三匹がかりで押さえつけられる。乱暴な手が私の心を揺さぶる。
必死で名を呼んだ。それしかできない。考えられない。
足がすくんで逃げ出すこともできない。だから私は名を呼ぶ。壊れたブリキのおもちゃみたいに叫び続ける。
「レティさん! レティさーん! レティさぁぁん!」
「へっ、そいつぁお嬢ちゃんのいい人かい? 残念だが、この薄暗え森のなかだ。泣こうがわめこうが助けなんて来やしねえよ」
レティさん……っ! お願い、風よ、私の声を彼女に届けて。
祈る神など持たない私だけれど、――来て!
「レティさん! レティさぁん!?」
あれ……、おかしいな。
「レティさん? あの、そろそろ出てきてもらえません? レ~ティ~さぁ~ん?
レティさんってば! えー、ちょっと、あんまりタイミング外すと気まずいですよ?」
あれ、あれれ? そろそろ出てきてもらわないと、いわゆる手遅れって事態になりそうなんですけど。
「呼び方が間違ってるのかな……。ヘイ! 精強の白石さん! ……出てこないし。
おいコラ! 出てこい! 白石! オラ! 出てこいっつの! レティ!
レティーーーーーーーーイイイイ!!!」
レティさんは来ない。マジで来ない。
このままじゃ、
『顔が濡れて力が出ない~』→『君は少し人を信用し過ぎたんだよ、アンパン○ン』→『正義は、この世に正義はないのか!』→BADEND。
そんな流れ。
「なあ、この娘、何を叫んでるんだ?」
「さあ、ちょっとココがかわいそうな娘なんじゃね?」
「お前それちょっと言い方が悪いよ。失礼だよ」
おいおい、冗談でしょう。この流れで出てこないって、そんな話がありますか。
「レティさーん! お願い、お願いだから出てきて! よっちゃんイカありますよ!?
味ごのみもあります! 奮発してまるごとバナナも買ってきました! だから、だからお願い!」
あーもう助けてくれなくていいから出てきて! せめて虫の知らせでハッとするとかそれぐらいのことはして!
「なんだか気の毒になってきたな……」
「うん……」
「すごい泣いてるし……」
ちょっと、やめてよ……。お話しが終わっちゃうじゃないですか……。
「はぁ、このメイド服、着てもらいたかったんだけどなあ」
「オレのチャイナ服だって」
「白スク、すごい似合いそうなのになあ」
やめて……、オチつけないで下さい……。
「まぁしかたねえ、行くべ行くべ。湖のメイド喫茶にでも行くべ」
「またお前、小悪魔ちゃん指名すんだろ、ほんとマニアックだよなー」
「お嬢ちゃん、突き飛ばしちゃってゴメンな。最近オレさ、彼女に振られてイライラしてたんだよ。
じゃあな、暗くなってきたし気ぃつけて帰れよー」
妖怪たちはさわやかに笑って去っていった。
「レティィイイイイイイイイ!!」
日が暮れても、朝日が昇るまでずっと、私は叫び続けていた。こぶしの皮が破れて血がにじむぐらい、木を殴り続けた。
それでもレティさんは来なかった。
私はもう、彼女の家に戻ることはなかった。
<完>
大ちゃんには『白スク』が似合うと思いますぜ♪
大丈夫、また冬が来れば出て来るさ。
ここから物語の急転換
でもこれはこれで。
なるほど、もう3月も後半ですしね~ ^^;
ここらへんでじわじわ来たw
ビッグフェアリーさんマジパネェっす!
しかし100メートルを3秒台の速度で走っても息を乱さない上に計1.4トンの重りと4トンのバットで素振り……、
このレティはもう妖怪じゃない、化物だwwww
>もう春
俺も悲しいよ、レティ…
ちょっと憧れたのになんてぇ落とし方だ!!www
「レティィイイイイイイイイ!!」