Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

そんな日のこと

2006/01/30 08:06:54
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目をあけるとそこは……
ん?ここはどこだろう。
見渡す限りの桜、彼岸花。
それにあの、あの紫の花は何だろうか…

「ここの花たちは外の人々の名残
 そしてあなたは、外と中、あの世とこの世、世界の境界に居るのです」

声の主はボクの目の前、大きな木の後ろから現れた。
それにしても、なんて見事な桜の木だろう。
透き通るような白さが、この世のものとは思えない気品を漂わせている。
いや、ここは“この世”ではないのか。

「あなたは迷い込んでしまったのです」

彼女の声も、この桜のように透き通った綺麗な声だったが、
決して弱々しいものでなく、凛とした雰囲気をかもちだしていた。

「あの…あなたはいったい……」

見た目はボクと同い年くらいだろうか。
しかし、なぜか、敬語で話さなければならない気がした。
もっと言うと、彼女の前では礼儀正しく振舞わなければならないような、
そんな緊張感をボクは覚えた。

彼女はちょっと顔を伏せてから、
ボクのほうを見て言った。

「私は実はこの近くで仕事をしているのですが、
 ちょっと休憩にと散歩に来たのです」

彼女の後ろの白い桜が、さわさわ…とざわめく。
と同時に、彼女から感じていた強い緊張感と畏怖の念も和らいだ気がした。

「あなたはこの世界に迷い込んだだけ。
 あと1時間もすればもとの世界にもどれますよ」

「わかるんですか?」

「ええ。仕事柄」

「よかったぁ」

ボクはおおきく文字通り胸をなでおろした。

なぜだろう。
なんの証拠もないのに彼女のことを信じてしまう。
不思議な女の子だな。と思った。

――

「へぇ、大変なんですね」

「そうなんですよ。
 一人困った部下がいまして、
 この間も諭したんですけど、わかってくれてるのかどうか……」

ボクがこの世界に迷い込んでからもうすぐ1時間になろうとしている。

ボクたちは、あれから桜の木の下に座って、ずっと話していた。
というか、主に彼女の愚痴にボクが付き合っている、という感じだったが。

仕事の量が多くて寝る暇もない、とか。
その割りに部下がのんびり屋でぜんぜんはかどらない、とか。
具体的に何をやっているかは聞かなかったが、
どうやらエリート上司のようだ。
もしかしたら社長とか会長クラスなのかもしれない。

それにしても此処は独特の雰囲気があった。
空気はひんやりと冷たく。それでいて重くは無く。
どこまでもどこまでも見えそうなくらい透き通っていて。
風は吹いていないのに、なぜかあたりの花たちは揺れている。
いつかこんな風景を夢で見たような。そんな既視感さえ覚えた。

ボクが彼女の話に相槌をうちながら、そんなことを考えていると、
突然彼女が立ち上がった。

ボクも、なんとなく立ち上がる。

「……もうそろそろ時間ですよ」

白桜の幹に手を付いて、彼女が言う。

「え、あ、そうか」

彼女が言った「1時間でもどれる」という言葉。
それの通りなら、もうすぐボクはもとの世界に戻るはずである。

「……実は」

しばしの静寂の後、彼女が言った。

「実は、あなたがこの世界に来たのは、私のせいなのです」

「え?」

「私が、あなたをこの世界に呼んだのです」

「どうして」

「どうしてでしょう。自分でもよく分かりません。
 話し相手がほしかったのかもしれません。
 気が付いたら、あなたが居ました」

よくわからなかったが、彼女を責める気は無かった。
彼女はそういっている間、ずっと下をむいている。

「でも、よかったよ」

自分でも、なにがいいのかわからなかったが、不意に言葉がついてでた。
彼女も「えっ」という顔でボクを見る。

「君と話せて、すごくよかった気がする。
 なぜだかわからないけど、
 ボクはこの世界にこれてよかった」

彼女は少し驚いた顔をしてそれから
「私も…楽しかったわ」
と言った。

その瞬間。
彼女が、すごくかわいい顔で笑ったような気がしたけれど、
すぐに後ろを向いてしまったので、じっくり見ることは出来なかった。


「あ」
気づくと、ボクの体がすこしずつ透き通っていく。

「お別れです。さようなら」

彼女が言う。

「それじゃ……あっ」

ボクも別れの挨拶を、と思ったときに、ふと気づく。
彼女の名前を聞いてなかった。
なんていうんだろう。
覚えておきたい。

「名前は、名前はなんていうの?」

「四季映姫・ヤ…」
彼女は何か言いかけたが、もう一度、今度ははっきりと
「四季映姫」と言った。

四季映姫…
その名前を、ボクはもう一度頭の中で繰り返す。


もう一度彼女を見た。
彼女の姿がだいぶ薄れてきている。
いや、これはボクの姿が薄くなってきているからか。

ボクはもうこの世界から消える。彼女ともお別れだ。
悲しくは無かった。
むしろ、ココロのどこかが満たされたような感じだった。


彼女はボクのほうを見ている。
もう表情は分からない。

ただ、
彼女の後ろの大きな白桜。
その花びらの一枚が、
白から薄い紫色に変わっていくのがはっきりと見えただけだった。



――END
騒がしい幻想郷の中でも、きっとココはいつも静か。
「74」
コメント



1.床間たろひ削除
貴公の挑戦、確かに承った。
校舎裏で肉体言語で語り合おうではないか。

映姫への愛なら負けないぞー