Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

eclair

2009/01/09 08:17:44
最終更新
サイズ
7.22KB
ページ数
1

分類タグ

永江衣玖は、仕事ができる。
少なくとも、落ち零れやサボタージュではない。
そして、竜宮に休みはない。
異変や天変地異は、正月も盆も関係ない。
容赦なく、配慮なく、せわしなく。
竜宮の使いたちには、年末年始など関係ないのである。
表向きでは。







「そんなわけで、新年のご挨拶に参りました。あけましておめでとうございます」
「……もう九日よ?」
「暇がなかったものなので。その代わり、羽衣を丑柄にして見ました」
「そういうのはいいから」
「……間違えましたか」
「未だに正月気分なのは、何処かの神と霊夢と寝太郎くらいのものよ」

紅魔館。
朝日に照らされても、相変わらず深い血の色のままの禍々しさ。
まだ、起き出す農夫も確認できません。

「で、何でこんな時間なのよ」
「朝まで天人どもが五月蝿かったので、眠れなかったのです」
「……お気の毒に」
「慣れてるので」
「立ち話もなんだし、中に入る?」
「そうさせてくださ……くしゅん」

冬の朝は冷えます。
湖の近くであれば、尚更。
雲の中とはまた違う、芯から来る寒さがあります。
久々に冬の地上に来る私は、いろいろと耐え切れなかった。
鼻がひりひり痛いです。
逆に、顔が火照っているような気もします。
酔ってはいません。

「竜宮の使いって風邪ひくの?」
「さぁ……でも、寒いものは寒いです」
「でしょうねぇ」

ともあれ私は、吸血鬼の館に侵入することに成功した!
いえ、決して酔ってはいません。
でも、楽しいことは否定しません。
上には、こんな大きな建物は竜宮くらいしかありませんので。
とっても新鮮なのです。
かくして、吸血鬼の根城へと侵入。
……中で酒盛りが行われてないことを祈ります。
もう、飲めません。

「? どうかしたの?」
「いえ、何も」



 †



「はい、どうぞ」
「あ、おかまいなく」
「じゃあ下げましょうか」
「ごめんなさい。いただきます」

咲夜さんは、ハーブのお茶を入れてくださいました。
落ち着きます。
それでいて美味しい……。

「新年の挨拶といっても、お嬢様はたった今お休みになられたとこよ」
「おや、それは残念」
「伝えておくわ」
「では、私はお暇しましょうか」

席を立とうとする私。
でも、紅茶も残している私を咲夜さんが手で制した。
およよ?

「ちゃんとした来客を、もてなしもしないで帰すことなんかできないわ」

それは、最終的に食われるということでしょうか?
場所とか、物語のオチ的に……。
そんなことを考えていると、咲夜さんは台所へ。
そのまま放置されました。
振り子時計の振り子を眺めながら、待つことにしました。
カチコチ
コチコチ
湖に浮かんでいた妖精は、どうなったでしょうか。
コチカチ
チチチチ
あのまま、流れていくと最後にはどこに行き着くのでしょうね。
台所からは、何か物音がします。
肉切り包丁でも出しているのでしょうか?

ガチャ

「あれ?」
「お邪魔してます」
「だぁれ?」

咲夜さんが戻ってきたかと思いきや、可愛らしいお嬢様が一人。
虹色の羽は、以前の吸血鬼とは違い正体が掴めません。
どなたでしょうか。

「あ、失礼しました。永江衣玖と申します」
「フランドールですわー」

誰かの真似でしょうか。
似合わぬ言葉遣いをして、私のお向かいに腰掛けました。
可愛い笑顔ではありますが、底知れないモノを感じます。
さすが、館の住人。
安心できるのは、誰一人としていません。

「咲夜は?」
「待ってるように言って、台所へ行きました」
「ふーん」

そう言うと、ポットから紅茶を注いで飲み始めた。
……もう冷めちゃってるのでは。

「まずい」

やっぱり。
でも、まずいまずいと言いながら全部飲み干した。
教育がいいのでしょう。
総領娘様では、こうはいかない。
まぁ、天界にはこんなに美味しいお茶もありませんが。

「ねぇ、お姉さん私と遊ばない?」
「ふむ、咲夜さんが来るまでなら構いませんが」
「じゃあ、私のお部屋で弾幕ごっこしましょ?」

勘弁願いたい。
こちらとしては、過度の接触はあまり好ましいことじゃないから。

「咲夜さんに、ここで待つように言われちゃいましたから」
「むぅ。しょうがないか」

ああ、聞き分けが良い子で助かりました。

「じゃあ、トランプなら?」
「それなら、お相手しましょう」

仕事が暇で暇でしょうがなかった時に身につけた、トランプテクをとくと味わうといいです。
はっはっは。







「あーがり!」
「うぅ……」

ありえません。
十連敗です。
雷鳴のシャッフルと呼ばれた、この私が……!

「お待たせしま……フランドール様?」
「あ、咲夜だ」
「お待たされました……」
「……一体何が?」

咲夜さんでなくとも、机に突っ伏す姿を見たらそう思うことでしょう。

「今日のおやつは?」
「これですわ」
「おぉー……」

私は、顔を上げた。
フランドールちゃんは、皿をもらって去っていった。
自分の部屋で、何かを食べるのだろう。
私も、咲夜さんが戻ってきたので居住まいを正す。
通された身で、変な格好をするわけにはいかない。
さっきの失態は、無視の方向で。

「さ、これをどうぞ」
「……何ですか? これ」

私の前には、黄色いお菓子であろう何かがあった。
上品に皿に載せられ、中央に鎮座している。
甘い匂いがする。
天界にもない、これの正体は一体?

「エクレアという菓子ですが」
「……えくれあ」
「はい」

私は、恐る恐る手にとってみる。
見た目に反して、案外重い。
強く持つと砕けそうで怖い。

「食べ物ですよね?」
「少なくとも、そのつもりで作ったけど」
「……いただきます」

神妙に、一口。
さくっと、小気味良い音を立てて噛み切れた。
そして―――
口の中に、冷たいトロリとした何かが流れ込んだ。



私に雷鳴、来たる。



甘い。
とろけるように甘い!
こんな味は、初めて味わう。
甘雲も、桃であってもこんな味はない。
大晦日の宴会でも、ここまでの美味はありませんでした。
あの時は、酒しかなかったような気もしますが。
天界に調理人がほとんどおらず、食材の幅もあまりない。


嗚呼、龍神様。
こんな美味がこの世にあったのですね……!
私は、どんな食べ物よりもゆっくりとソレを嚥下する。
喉越しさえも鮮やか。
素晴らしい。
残る半分も、ゆっくりと万力のように咀嚼した。
食に関して、これほど一口に時間をかけたことがあったでしょうか。
いや、ありません。

「ちょ、ちょっといきなり泣いてどうしたのよ」
「私は、泣いているのですか?」

頬を伝う雫は、間違いなく私のです。
そりゃあ、泣きもします。
こんなに美味しいものは、初めてですから。
はらはらと、涙が零れるのを感じます。
桃と酒だけで慣らされた舌は、今猛烈に感動しているのです!
ああ……嬉しいときも涙って出るのですね。
一つ、賢くなりました。

「これは、何ですか。トロっとした甘いものは」
「カスタード……」
「作るのには、魔法でも?」
「いいえ、百パーセント私の手作り」
「そうですか……」

ニンゲンって、偉大ですね……。
彼らが生まれたのも、コレを作りだすためにあったのでしょう。
私は、この瞬間だけは過言ではないと思います。
美味しい……。

「よろしければ、お土産にいただけないでしょうか」
「それは構わないけど……」
「ありがとうございます! すっごく大事に食べます!」
「ど、どうも……」

五つほど、包んでもらいました。
家宝かと思うくらい大事にしようと思います。
……龍神様には、さすがにおすそわけしますが。
同僚に見つかるのは、勘弁願いたい。
私たちは、基本的に嗜好が似ているので大いに受けることでしょう。

「あ、よければレシピも教えていただけると……」
「それくらいなら……はいどうぞ」

ポケットから、なんでもないようにレシピが出てきたのは偶然入っていたからでしょうか。

「従者ですから」

よくわからないフォローを頂きました。
ついでに、お茶の葉も少々。
貰えるものは、貰っておくのが礼儀です。
今年一番の感動を覚えました。
もう、来年が来ても後悔はないでしょう。
もはや、用はありません。
簡単に礼を済ますと、私は意気揚々と大空へと飛び立ちます。
初日の出よりも、空が綺麗に見えました。
希望って素晴らしいものですね……。







……はて、私は何をしに地上に降りたのでしたっけ?
まぁ、たいした事ではないのでしょう。
忘れるくらいですから。
そして、今はこの至宝をどう守り抜くかが大事です。
常に泳ぐ私たちですから、一箇所に隠すことは無意味。
敏感な先達から、私は逃げ切ることができるのでしょうか……?


私の戦いは、ここから始まるのです。
この、かわいい子どもたちを守りきれると信じて……!





衣玖さんの初夢が見れなかったことが、今年の心残りです。
感情の赴くままに書くことが、こんなに楽しいだなんて!

ちなみに、エクレアには雷と言う意味があるようです。
当初はシュークリーム案でした。
小宵
http://www.geocities.jp/snowtic_road/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
この二人の話はもっとあってもいいんじゃないかと思っている

それはともかく、衣玖さんかわいいよ衣玖さん
2.名前が無い程度の能力削除
>雷鳴のシャッフル
大層なあだ名持ってるなぁ衣玖さん

それにしてもエクレアでここまで感動できる衣玖さんが微笑ましすぎる
3.名前が無い程度の能力削除
さあ早く衣玖さんが生クリームまみれになる話を書く作業に戻るんだ。
4.名前が無い程度の能力削除
さっくり食せてほんわりと甘い。
エクレアのようなSSでよかった。
5.小宵削除
>名無しさん1
実は衣玖咲は難産でした
衣玖さんは自分で作っちゃいそうでもう

>名無しさん2
シャッフルの技術だけは最強
ただし勝負弱い

>名無しさん3
ネチョは勘弁願いたい次第です

>名無しさん4
次はビターで(謎
6.名前が無い程度の能力削除
クールにみえてどこか天然な、デキる女が二人も揃っていると言うのに…なんなんだこのかわいらしさ!ほんわかさ!
特別な関係になくとも、甘い日常って描けるものなんですね。よかったです。