Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ふたりだけの「世界」

2008/11/03 00:38:36
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いい天気の、なんでもないお昼。
咲夜は本当にいつもどおりのお昼を過ごしていた。


「プライベートスクエア!時よ止まれ!」

咲夜がそう宣言すると、咲夜の目に見える世界が変わる。
鳥のさえずる声も、風が木の葉をかき鳴らす音も、
妖精メイドの騒ぐ声も聞こえない。

何気なく右のほうに目をやると、小さな虫が静止していた。
屋敷の中に入っているのを放置するわけにもいかないし、
かといって殺すのも咲夜は良しとしなかったので、運よく近くにあった数少ない窓から押し出した。

「さて、お掃除お掃除……」

時の止まった、咲夜だけの世界。
この世界は、咲夜以外の誰にも干渉されない。
強大な力を持つ主人にさえも、この世界は破ることはできないのだ。

咲夜は、そんなすばらしい力を、もっぱら掃除や調理などに利用している。
時を止めてほこりが舞わないように掃除したり、
時を進めて酒を造ったりすることができるのだ。


さて、咲夜は時が動いているときでいって三十分ほどで掃除を完了させられる。
邪魔も入らないので、本当に楽だ。
手間となるのは、せいぜい道をふさいだままとまった他者をどけなければならないくらいだろう。

「……ふぅ。『そして時は動き出す』」

咲夜がそう宣言すると、咲夜の目に見える世界が元に戻る。
鳥は外で騒ぎ出し、風はゆっくりと木の葉を揺らす。
妖精メイドはあっちでおしゃべり、こっちで転びと騒がしい。

動き出した時を見て、咲夜はふと、自分はどれぐらい時を止められるのだろうか、と思った。
今までは最長で一時間半ほどだ。
それ以上は止める必要がなかった。
掃除ならば三十分で終わるし、トラブルの始末でも咲夜の時止めが必要なものでそこまで時間を要するものは多くなかった。

世の中には五秒や十秒止められるだけで勝ち誇る吸血鬼がいるらしいが、その吸血鬼がこの時間を聞いたらどう思うだろうか。
もっとも、その吸血鬼は朝日で消滅してもうこの世にはいないそうだが。

自分なら、止めようと思えばもっと止められる。
二時間か、三時間か。一日中止められるかもしれない。

そんなことをかんがえながら、咲夜は歩いていた。

「咲夜さーん!」

すると、前方から騒がしいのが一人。

「あら、美鈴」
「探しましたよー……一緒に、お昼食べましょ……あっ!?」

駆け寄ってきた美鈴が、足をもつれさせて転ぶ。
ちょうど咲夜の目の前で転ぶものだから、美鈴はだんだんと咲夜に迫ってくる。

「危ない!『ザ・ワールド』!!」

咲夜はあわてて宣言をする。
しかし間に合わなかったか、美鈴はそのまま倒れこむ。

「きゃっ!?……あいたたた……」
「うぅ……って、あ、ご、ごめんなさい!」

思いっきり、美鈴は咲夜に圧し掛かっていた。
その状況に驚き怯えて、美鈴は飛び退って頭を抱えて震える。

「いや、おびえすぎだから……落ち着きなさい、美鈴」
「へっ!?あ、ああ、失礼しました!」

今度はいきなり立ち上がり、美鈴は頭を下げた。

「あー、頭を上げなさい。……以前ちょっと厳しくしすぎたのね、改めて反省するわ」
「い、いえ、その、別に咲夜さんのせいじゃ……」

そこまで言って、美鈴の動きが止まる。
いまさら時が止まったか、と咲夜は思ったが、多少は動いているので別にそういうわけではないらしい。

「えっと、咲夜さん……?」
「なに?」
「いま、咲夜さんの時間停止は失敗しましたよね……?」
「ええ、実際今あなたは動いてるし……」
「じゃあ、なんで……これ……」

美鈴が何かを指差すので、咲夜は何事かと思い見てみると、美鈴の帽子が宙に浮いていた。
つついてみると、確かに布の感触がするし、
強く押すと少し抵抗がある。
しかし掴んでみると、普通に動かすことができた。

「……え?」
「ってことは、時が止まってるんですよね……でも、私は動いてる……え、えーと?」
「落ち着きなさい、美鈴」

美鈴は、頭が混乱してどうにかなりそうな様子であった。
咲夜はそれをなだめようとする。

「多分、あなたも一緒に時の止まった世界に入ってきたって事じゃない?」
「え、な、なんで?」
「さあ、まああなたが私の体に触れていたからとかそんな理由でしょ?」
「え、そんな簡単にこの世界に入門できるものなんですか?」
「さあね。でも、そう考えると納得いくわ。
 そうでなきゃ、私の着ているこの服や持ってるナイフが一緒に動くのも解せないもの」
「な、なるほど……」

美鈴の疑問は氷解したらしく、安堵の表情を見せる。

「じゃあ、別に異常な事態じゃないんですね……
 咲夜さんが解除すれば。元に戻るんですね」
「ええ……」

咲夜は美鈴から目をそらし、少しだけ間を空ける。

「じゃあ、もう動かします?」
「……でも、あなたさえ良ければ、時の止まった世界をもう少し体験させてあげるわよ?」
「えっ、いいんですか?」
「ええ」

そういって肯定する咲夜の表情は何故か、少しだけ赤かった。

「わーい、やったー」

しかしそんな咲夜の様子にも気づかず、美鈴は喜んでいた。

「あ、ってことは二人っきりですね!」
「……っ、くだらないこといってないで、いきましょう。
 じっとしてたって、つまんないわ」
「はーい」

咲夜はすぐにきびすを返し、早足で歩き始めた。
美鈴はそのあとからついてゆく。


  ★★★


屋敷の中央、一番高いところ。
非常に館の主人、レミリアらしいところに、彼女の部屋はある。

強大な力を持つ吸血鬼であるが、同時にカリスマ不足に悩まされている。
カリスマ回復のために良かれと思ってのぎゃおーたーべちゃうぞー発言が、
なおさらカリスマ暴落に拍車をかけているのだから困りものだ。

さて、そんなレミリアも時が止まってしまえばカリスマ回復も何もあったものではない。
ただ静止した吸血鬼がそこにいるだけだ。

「わあ、本当に止まってるんですねぇ……」

美鈴は、面白がってレミリアの前で手を振ったり、
ほほをぷにぷにとつついたりしている。

咲夜は、自分が時を止められるようになったばかりのころを思い出して、
思わずほほを緩めていた。

「えっと……お嬢様のケチ!シスコン!給金ください!……えっと、それから……」
「……美鈴」

時が止まっているのをいいことに、レミリアを罵っていた美鈴は、
振り向くと咲夜にあきれたような目線を向けられていることに気がつく。

「……え、あ!ごめんなさい!その……」
「そうじゃないわ、美鈴。甘いのよ」
「へ?」

おびえていた美鈴を尻目に、咲夜は前に出る。

「我侭!傲慢!怠け者!妹萌え!変態!
 カリスマなし!幼女!モケーレムベンベ!
 ロリコン!シスコン!涙目のレミィ!
 ド低能!クサレ脳ミソ!ドチ××野郎!」

咲夜は次々と侮蔑の言葉を叫び続ける。
そのあまりの剣幕に、美鈴はあっけに取られていた。

しかし一通りそれが終わるとその激しさはどこへやら、
すぐにいつもの瀟洒な咲夜に戻って振り返った。

「……とまあ、人を罵るときはこれぐらいやるものよ」

涼しい顔で、さらりと咲夜は言う。

「……咲夜さん、実は相当お嬢様への不満たまってました?」
「さあね」
「もしかして、いつもやってるんですかそれ?」
「いいえ。ただ今日はあなたがハメをはずしたから、便乗させてもらったまでよ」

そう言う咲夜の笑顔は、非常に爽やかであった。


  ★★★


レミリアの部屋から出て、紅魔館を二人で歩き回る。
いつもと同じ、しかし決定的に一点だけ違う景色を美鈴は楽しんでいた。

そのうち、二人はある場所に到着する。
紅魔館の隅のほう、そこにある図書館。
もともと窓などないため、日陰になりやすい北のほうにあるのことには深い意味はないのだろう。

ここには、普段はレミリアの友人であるパチュリーと、その使い魔の小悪魔以外居ない。
しかしたまに盗みに入る魔理沙はこの時は図書館へ続く階段から脱出するところだったので、、
時が止まっている間に階段の下に引き摺り下ろしておいた。
ついでに本は奪い返しておいた。


「パチュリー様って、普段は何をしていらっしゃるんでしょうね?」

そうつぶやいたのは美鈴である。
図書館の赤い絨毯の上、二人は本の巣の間を突き進む。

「そりゃあ、本を読んでいるんじゃない?」
「でも、流石のパチュリー様も四六時中本を読んでいるというわけじゃないですよね?
 だとしたら何をしているんでしょう?」
「さあね……気になるんだったら確かめてみたら?」

二人でそんなことを話しているうちに、パチュリーがいつも座っている椅子と机のある場所へ出た。
そこでは、パチュリーが一人で座っていた。

「あれ、また一人ですか?」
「ん、どういうこと?」

咲夜は、また、という言葉に引っかかりを感じて、不思議そうに問うた。

「ええと……前はパチュリー様と小悪魔さんはとても仲がよくって、
 よく一緒にいたと思うんですが……最近そうでもないみたいですよね」
「そうね……私も、最近二人でいるのを見たことがないわ」

咲夜と美鈴の二人は、パチュリーの机へと歩み寄る。
近くに寄ると、なにやら見えない壁にぶつかる。
どうやら結界を張っているようだが、咲夜に破れないほどの物ではなかった。
修復も大して難しくはなさそうである。

「今なんか、結界まで……お二人の間に、何かあったんでしょうか?」
「研究で忙しいだけじゃない?結界は、邪魔されたくないからで」
「でも、そのせいで仲がこじれたってのもありえますよ?」

そんな会話をしている間にも、咲夜はどんどん机へと歩く。
しまいには、机に向かったまま静止しているパチュリーの隣まで進んだ。

「……もしかして咲夜さん、覗くつもりですか?」
「いいじゃない、時が止まってるんだから。
 何をしたって、わかりっこないわ」
「そ、そうですけど……
 そういう問題じゃあ……」
「うーん、美鈴がそういうんなら……」

咲夜の言葉に、ふぅ、と息をついて美鈴は安堵する。

しかし、その美鈴の目に突然何か白いものが映った。
咲夜が、素早い動きでパチュリーの机から何かを抜き取って、美鈴の目の前に突き出したのだった。

「うわっ!?」

美鈴は驚いて飛び退り、眼をつぶった。

「……そんなに怖がらなくてもいいじゃない美鈴。
 落ち着いて、よく見て。ただの紙でしょ?」
「へ……?あ、本当だ……」

再び、美鈴の表情に安堵の色が戻る。

「なんだ、ただのパチュリー様のレポートじゃないですか……
 おどかさないでくださいよ、てっきりそれを見たら本か何かに変えられちゃうのかと……」
「そう、『見た』のね……」
「え、さ、咲夜さん……?」

咲夜は物凄く意地の悪い笑みを浮かべて美鈴を見ていた。

「ふふふふふふふふふ…………」
「あ、あの……さく、や、さん……怖いです……」

その目は、気でも違ったかと思うような咲夜の様子に本気で怯えていた。
しかししばらくすると咲夜の笑い声が止まる。

「…………」
「……えーと、咲夜さん?」
「……これで、貴女も共犯というわけね……」
「え……?……あっ!」

美鈴は、ようやく自分のおかれている状況に気がついた。
その様子を見て、また咲夜は笑う。
今度は狂気の演技をした先ほどのような笑みでなく、素の笑い方であった。

「うう、咲夜さんのいじわる……
 いいですよもう、据え膳食わぬはなんとやらです!」
「……『毒を食らわばなんとやら』と言いたいのかしら?」
「…………き、気にしないでくださいよ!
 国語の先生じゃあないんだから!」

そんなやり取りのあと、、二人はパチュリーのレポートに目を通してみる。
なにやら、魔法の理論らしいことだけはすぐに解るものであったが、
難解すぎて二人には理解できない物だった。

「……あの、咲夜さん、これってどういう研究なんでしょう?」
「んー、私も詳しくは分からないけど……
 要するに、新しいスペルカードの開発みたい。三つの元素を合成するスペルカード」
「うーん、てことは小悪魔さんは関係なさそうですね……」

レポートを覗き込みながら、残念そうに美鈴はつぶやいた。

「さっきから、えらく小悪魔のことを気にするわね?」
「そりゃそうですよ、あれだけ仲の良かった二人に何かあったんだったら、私だってあまり気分は良くないですよ」

会話を続けながらレポートをめくっていくと、明らかに異質な紙がその下にあった。
それに先に気がついたのは美鈴であった。

「あれ?何でしょう、これ……便箋?」

レポートの下に隠すようにおいてあった、色のついたその紙は明らかに便箋であったのだが、
何の躊躇もなく美鈴はそれを拾い上げて覗き込む。

「……!
 咲夜さん、見てくださいよ、これ」
「え?……あぁ、なるほど」

その便箋を覗き込んだ二人は、自然にほほを緩ませていた。

そこには、こんな書き出しの文章があった。

『小悪魔へ
 三日ぶりだけど、どう?
 私は元気よ。でも、少し寂しいかも。……』

どうやら、パチュリーは小悪魔と文通していたようだ。
少しだけ読んでみると、パチュリーは研究のために図書館で寝泊りしているらしい。

「……でも、何でわざわざ手紙を書いているのかしら?」
「え、文通ってなんか素敵じゃありませんか?私はやったことありませんけど。
 面と向かって言いづらいことも、文字でなら伝えられるでしょうし」

さらに読み進めると、まさに美鈴の言うとおりだった。

美鈴、咲夜ともに、パチュリーは好きな人が出来てもあまり好きなどとは言わないタイプだという認識があり、
実際、多分そういうことは口頭では言わないのだろう。

しかしそこに書かれていたのは紛れもない愛の言葉、それも相当熱烈なものであった。

『……会えなくて辛いのは私も同じよ。
 このままだと無事に研究が終わるのが先か、
 それとも耐えきれずにリタイヤするのが先かっていう状態だもの。
 遠距離恋愛なんてものが成立するなんて、以前は信じられなかったけど、
 今ならよく解るわ。会えないとかえって燃え上がるみたい。……』

「……なるほど。遠距離恋愛ってのをしてみたかったんでしょうね。
 たしかに、あこがれちゃいますよね」
「そうかしら……私なら、好きな人の顔は毎日でも見たいだろうけどね」

咲夜の視線は一瞬だけ美鈴に向き、その後宙を泳いだ。

(というより、すでにそれは実践しているんだけどね)

そう心の中で小さくつぶやいたが、さすがに口には出さなかった。

「え、咲夜さんって好きな人いるんですか?」
「いたら、の話よ。……そ、それより、美鈴はどうなの?」
「え、あ、あはは……さあ、ご想像にお任せします」

美鈴は苦笑いをしながら、否定も肯定もしない。
しかし態度が物を言っていた。

「……いるのね?」
「…………はい」

短い沈黙の後、美鈴はようやく首を小さく縦に振って肯定した。

「そう……わたしでよければ相談に乗るけど?」
「え、いや、あの……」

語調こそ柔らかかったものの、咲夜の声には何か有無を言わさぬ物があった。
咲夜は、なんとしてでも美鈴の好きな人を聞き出したかったのである。
そして咲夜はさらに詰め寄る。

「大丈夫よ、いまは時が止まってるし、二人っきりなんだから」
「あ、いえ、そうじゃなくて……」


少しだけ口を開けて、美鈴の動きは止まる。
えと、だとか、うー、だとか、そんな言葉にならない音が出てくるだけで、
一向に喋り出す気配がない。
美鈴はいつも言い訳をするときはこうなのであるが、
今の態度はいつものそれとどこか違っていた。

そうしてしばらく口ごもっていても、そのうち喋り出す。
咲夜はそれを知っていたので、しばらく美鈴の目の前で待った。

そうしていると、美鈴の態度にようやく変化が現れる。
少しだけ動いていた口が、大きく動いた。

「……あの、相談するも何も、私が好きなのは咲夜さん……あ、あなたなんです」

時が止まっているのに、時が止まった。
そう表現するしかない状況であった。

咲夜は動けない。美鈴も動けない。

―ーどんな気分だ?
  動きたくても動けねえ気分はよ……

そんな言葉が、咲夜には聞こえた気がした。



  ★★★


相変わらず、時の止まった世界。
おそらく談笑をしていたのだろうと思われる、
笑顔のまま固まっている妖精メイドのとなりを、二人は通り過ぎた。

二人の時間だけが、唯一動き出している。
しかし、いっそ自分たちの時間も止まってしまえばいいのにと、咲夜は思っていた。
二通りの意味で。



『…………』
『あ……えっと、さくや、さん……?』

先ほどの会話が、また脳裏によみがえってくる。

自分かもしれない、などという淡い期待がまったくないでもなかった。
でも、いざいわれてみるとやはり取り乱してしまう。

『っと、ちょっと待ってくれる?
 2、3、5、7……
 いや……やっぱり……1、4、9、16、25、36、49……
 えっと、64、81、100……』
『……咲夜さん?』
『ああ、ごめんなさい、素数を数えて落ち着こうと思ったんだけど、
 素数は孤独な数だから平方数にしてみたの』
『はあ……』

美鈴は少々困惑していたが、咲夜はなんとか落ち着きを取り戻す。

『……それはともかく美鈴、その……私も、す、好き、よ』

咲夜の脳内イメージとしては、落ち着ききってすました顔でさらりと言ってのけてみたかったのだが、
やはり無理だった。相当に恥ずかしい。

『は……はい!』

美鈴は返事を返した。

しかし二人が会話を交わしたのはそれきりだった。



そうして一言も話すことなく、今に至る。

もちろん、思いが通じたのはうれしかった。
しかし実際その状況になってみるとどう反応していいか解らない。
展開が急すぎて、喜びより驚きの方が大きかったのだ。

咲夜もそれは同じだった。
何を言っていいか解らず、別に振ったわけでも振られたわけでもないのになんだか気まずい。

時が止まった世界は、あいかわらず静かであった。

(15376……15625……15……えーと、15876……)

咲夜はまだ平方数を数えていた。

平方数は同じ数字が掛け合わされて出来る数。
同性である美鈴を愛する咲夜に、愛と勇気をくれる。

(そうよ……発想を逆転させるのよ、考え方を変えるのよ……16129……
 『たとえ一言も話せなくっても美鈴と完全無欠な二人っきり』……
 『しかも、互いに好きあってるのが解った状態』……16384……
 これだけ幸せな状態ってそうそうないわよね……16641……16900……
 落ち込む必要なんて、まったくないじゃない……)

自らに、ひたすら言い聞かせながら、咲夜は歩く。
その耳には、相変わらず足音以外の音は聞こえていない。

「……あの、咲夜さん?」
「ふぁ!?な、何かしら?」

しかし、そこに美鈴の愛らしい声が飛び込んでくる。



「……全部、聞こえてますよ」

遠慮がちに言った美鈴の言葉だったが、それはしっかりと咲夜の心に染み渡った。
それはもう、顔が真っ赤になるほどに。

「……あ……あはは……」

告白された先ほどより、よっぽどリアクションに困る状況になってしまった。
恥ずかしくて、美鈴に愛されていなかったら穴があったら飛び込んで死にたくなってきた。
でも美鈴はちゃんと咲夜を愛してくれているから、もう笑うしかない。

「……でも、咲夜さんの言うとおりですね……
 二人っきり、なんですよね、今……」

小さな声でそうつぶやいて、美鈴は咲夜との距離を詰める。

「美……鈴……?」
「もう、我慢できません……告白する前から、ずっと……」

顔が近づく。
咲夜はわずかに美鈴の吐息を感じていた。

視界には、美鈴しか入らなかった。


しかし、咲夜の普段からとぎすまされた感覚は、本来あり得ないはずの気配をとらえていた。


まさか。
そんなはずは。
これは夢か……?


「違う!これは現実だ時よ止まれェェェ――――!」


咲夜と、咲夜に触れていた美鈴以外の全ての時は止まる。
振り向いた咲夜の視界には、蠅が一匹、空中で静止していた。

「さ、咲夜さん!?」


突然のことに驚く美鈴を尻目にその奥に目をやると、
何人もの妖精メイドと、吸血鬼(姉)が曲がり角から顔を覗かせていた。
しかも何故かスキマまで開いていた。

「あ、あのスキマ……!それにお嬢様達まで……!」

内心で舌打ちしつつ、咲夜はナイフを何本も投げる。
出歯亀集団の目前でナイフが停止したところで、
咲夜は美鈴の手をつかんで走り出した。

「美鈴!とりあえず今はここを離れるわよ!」
「はっ、はいっ!」

しばらく走ったところで、咲夜は時間を動かしたらしく、
後ろからメイド達と吸血鬼の悲鳴が聞こえた。
どうやらスキマはちゃっかり逃れたらしい。


  ★★★


咲夜は、今日初めて自分の限界について知った。
咲夜の懐中時計は、時を止めている間もしっかり動き続けて、止まった時間がどれほどだったかを示していた。

その経過時間、約三時間。

「……三時間!?」

咲夜は驚愕した。
まさか美鈴と過ごしていただけでもう三時間も経過していたとは。

「え、どうしたんです?」
「見てよ美鈴……あのときから、もう三時間よ」
「え……えと?」

美鈴はなにやらわからない様子で首をかしげる。

「ああ、時を止めたのは一時半頃、そして今の時計の表示は四時半……
 もちろん時を止めていた分ずれてるわ、この時計は」
「あ、なるほど……って三時間!?」

美鈴も同様に驚く。

「うーん……やっぱり楽しい時って早く過ぎるんですね……」
「ふふ、そうね……じゃ、そろそろ仕事に戻りましょ」
「えー……もうですか?」

美鈴は不満そうに頬をふくらます。

「あんまり時止めて余計に動いたら、早く眠くなっちゃうわよ?」
「うぅ……確かに……」
「その代わり……今夜、私の部屋に来て」
「ええっ!?」

咲夜の思わぬ大胆な発言に、美鈴は少々面食らう。

「いやかしら?」
「そっそんな!うれしいに決まってるじゃないですか!」
「そう?なら、またあとでね」

美鈴に、しばしの別れを告げた後、咲夜は小さく何かをつぶやく。

その直後、美鈴は何か柔らかいものが頬に触れたことだけを感じた。

「……ふぇっ!?い、今のは?」
「ふふ、さあね」

美鈴は頬をに手を当てて、何をされたのかわからないと驚いていたが、
咲夜は、すまして微笑んで、踵を返して歩いていった。


「……えへへ」

時間差で、美鈴はえらく大胆になった咲夜の行動に頬を染めていた。
あれだけ照れていた咲夜が、こんなに大胆になったことが、美鈴はうれしかった。

少し後ろの方では、メイド達と主人がなにやら騒いでいる。
他の、おそらく咲夜たちのことは知らないのであろう妖精メイドは、何事もなく遊んでいた。
小悪魔の「侵入者だーっ!」という叫びも聞こえる。あの魔理沙を、今になって見つけたのだろう。

またいつものように騒がしくなった中、美鈴は軽い足取りで自分の持ち場へと戻っていった。
コメディ調のちょっと軽いノリでさくめー。
咲夜さんがちょっとはっちゃけてましたが。ごめんなさい。

※追記っつかつっこみへの返答
咲夜さんだって……鬱憤がたまるときぐらい、ある……と思う。
まあぶっちゃけネタなので深く考えないでください。
卯月由羽
http://park.geocities.jp/y0uy0u2003/
コメント



1.喉飴と嶺上開花削除
ごっつ楽しかったですww

ジョ○ョの名言までネタにする!
さすが卯月由羽様!俺にできないことを平然とやってのけるぅ!そこにシビれるぅ!あこがれるぅ!
卯月由羽様の作品は全て大好きです。久し振りに読めて嬉しかったですw
2.名前が無い程度の能力削除
咲夜さんお嬢様に対して言い過ぎだろ
3.nama-hane削除
卯月由羽様がさくめー派だということを知りました!w
二人っきりの邪魔者がいない空間・・・ドキドキしますねぇ。
頬を赤く染めた二人が紅魔館の中を歩く光景を想像してニヤニヤしました。w
4.欠片の屑削除
いやぁ面白かったww こういう咲夜さんは本当にいいなぁ~w
しかし……溜まってるのねぇ(色んな意味で)分かるわぁ……ww
5.名前が無い程度の能力削除
頬を染める美鈴だと?!
最高に「萌!!」ってヤツだアアアアハハハハハハーッ!!                     
6.謳魚削除
もう大好き。
さくめーGJ。
さくぽっぽはもちょっとれみゅんお嬢様に罵詈雑言言っても良いんじゃないかと。
時止めて、ね。
7.名前が無い程度の能力削除
面白かった!
時間の止まった世界でふたりだけってのがなんとも良かったです。
さくめーいいねさくめー。
8.名前が無い程度の能力削除
なにこの桃色プライベートスクエアww
9.名前が無い程度の能力削除
ニヤニヤしすぎて頬が・・・