※ カリスマや真面目さは途中までです。予め告知させていただきます。
『ねぇ。』
彼女はテーブルの上のワイングラスを手に取り唐突に切り出した。
テラスのテーブルに面した椅子に2人が座っていた。
片方は小さな吸血鬼。
美しい月夜だった。
満月とまでは言わないが、丸く大きな月が霞がかって見えている。
きっと湖の影響なのだろう。
その月に照らされて彼女が語り出している。
けらけらと無邪気な笑い声をたてながら。
軽やかにワインを飲み干しながら。
『何故、吸血鬼が血を飲むのか、知ってる?』
空になった彼女のワイングラスは、大きな音をたてて強引に机へ叩き落された。
割れるのではないかとも思ったが、別段ヒビも入っていない。
「吸血鬼だから、という回答では不満かな?」
冷えた秋風が薄着の服に突き刺さる。
寒さを紛らわすように、あのメイドに出された紅い紅いワインに手を伸ばす。
眼鏡の奥で真意を窺いながら尋ねた。
彼女の事だ、きっと気紛れなのだろうが・・・と一抹の不安を隠せない自分が居た。
不安を見せないようにも少しずつワインを飲む。
『不満も不満。私たち夜の王が虫けらと同じ扱いとは巫山戯てるわ。』
不意にあのメイドが現れ、彼女のグラスにワインを注ぐ。
心なしか自分に出されたワインより紅く見えた。
彼女は変わらず無邪気な笑いを保っていた。
吸血鬼は何時もこう傲慢なのかと思うと頭が痛くなる。
「だったら・・・どう答えれば満足なのかい?」
空になったワイングラスを手持ち無沙汰にしていた自分に、彼女はこう答えた。
『そうね、吸血鬼だからと答えてくれれば満足よ。』
巫山戯ているのはどっちだと言いたくなる。
しかし現に彼女は満足しているようだった。
事実、苛々するように乱暴に飲んでいた葡萄酒に手を出していなかった。
『私達が人の血を欲するのは本能。』
彼女は足を組み替えて語り出した。
辟易しながらグラスを手元に置く。
どちらかというと自分は日本酒派なのだが。
「だとしたら、あの虫となんら変わらないな。」
軽くあざ笑った自分に彼女も笑い返す。
すでに自分のワイングラスにはなみなみと葡萄酒が注がれていた。
あのメイドの姿は見えなかったが、代わりにトランプが1枚落ちていた。
『だから私は蚊が嫌いなの。』
椅子にもたれかかっていた彼女は身を乗り出すようにして笑った。
最良の遊び相手を見つけたように、片頬を吊り上げた笑い方を彼女はした。
長い夜になりそうだ。
『ねぇ』
霞がかっていた月が紅く染まる。
肩肘をついて、頬に手を当て、ワインで微かに塗れた唇で、彼女は問いかけた。
『あなたは、昼と夜で感覚が違う事って無い?』
威圧感で息が詰まるような感触を覚えた。
なんとも形容しがたい存在が目の前に居た。
彼女は500年生き続けた吸血鬼だという。
容姿や素っ頓狂な行動からは想像がつかないが、やはり吸血鬼なのだ。
「昼は退屈で、夜は眠くなる。」
あくまで平静を装う。
彼女は退屈を紛らわすための相手が欲しいだけなはずだ。
こんな簡潔な回答でよかったのだろうかと、一瞬脳裏を不安がよぎったが、それもすぐ解消された。
『そう、その通り。』
紅く染まっていた月が元通りになっていた。
若しかしたら気のせいだったのかもしれない。
少し拍子抜けしたのが顔に出たのだろうか、至極愉快そうに微笑み、続けた。
『昼は退屈でつまらないのに、夜は退屈を欲しがる。何故だか分かる?』
テーブルから肘を話し、子供に問いかけるようにして彼女は問う。
少しずつ彼女の真意が見えてきたような気がした。
「さぁ、皆目見当もつかないね。」
憎たらしい微笑みで嫌味のように答えた。
自分には彼女は本当に話がしたいだけに思えた。
もう恐れる必要など無いだろう。
『それは太陽の力。大きく、紅く燃える太陽の力。』
そうなれば聞き手に徹するだけだ。
彼女が不満を覚えないように、最小限の相槌を打つように心がける。
『私達吸血鬼は力を求めた。体力、魔力、能力。果ては権力まで。』
違和感の有る文字が混ざっていた。
この際だ。問いかけてみるのも一興かもしれない。
「権力?」
そんな事を考えている間に思わず口に出てしまっていた。
まだ威圧感を感じていたのかもしれないな、と自嘲する。
『ええ。昔には権力を求めたヴァンパイアも居たわ。もう消えてしまっているでしょうけど。』
あまり満足のいく回答が得られなかったが、彼女は満足しているようだった。
暇つぶしの時間が延びたから。
『そこで吸血鬼は求めるようになった。
人や妖を活動的にさせる圧倒的な太陽の力を最大限に。
しかし、イカロスのように、吸血鬼自身も羽をもがれてしまった。』
彼女はすっとワイングラスへ手を伸ばした。
場に張り詰めた緊張の糸がふいに切れたように感じた。
机の傍を見やるとトランプが消えていた。
そしていつのまにか彼女の目の前にはチーズと納豆が置かれている。
チーズは、ワインのあてなのだろうか。
しかし、納豆に関しては単に食べたいだけなのだろう。
発酵食品フリークスの吸血鬼・・・正直言ってあまり良い物には思えない。
しかしあのメイドの能力はこの吸血鬼に、最大限生かされているのだろう。
チーズを一切れ手に取った彼女に問いかける。
「有るじゃないか」
チーズを租借していた彼女はそっとワインを口に含んでから答える。
最初の粗暴だったあの態度が嘘のような、紳士的な振る舞いをしていた。
『例え話よ。実際にもがれたわけじゃない。
私達が失ったのは蝋の羽じゃなく、日光の下に居られる権利。』
不意に椅子から立ち上がり、指を鳴らし、空を仰いだ彼女はこう付け加える。
『そう、吸血鬼は光を力に変える呪いを血に刻んだ。
しかし、呪いは生まれた自らの力で身を焦がすようなものだった。』
片手をテラスの柵に乗せ、湖を見やる吸血鬼の姿は見とれるほど美しかった。
絵になるのではないだろうかとも思える光景だった。
後方であのメイドが納豆を混ぜてなければ。
『私達は月のほどよい光の加護が無ければ生きていけない。』
お構いなしに続ける吸血鬼とメイド。
メイドの方を見ていた自分に、メイドは小声で問いかけてきた。
『いりますか?』と。小声で丁重に断った。
『だから、私達はこの呪われた血を清めるため、人の血を欲しがるのよ。』
吸血鬼自身は決めたつもりなのだろうが、メイドで台無しだった。
これがこの吸血鬼のやり方なのだろう、と痛くなる頭を必死に納得させた。
そういえば、立ち上がるときに指を鳴らしていたが、あれが合図なのだろうか。
『さて』
そう考えていた自分に声がかかった。
柵から手、湖から目を離し、音も無く椅子に座った彼女は私の方を見やると、話しかけた。
彼女の目の前には良くかき混ぜられた納豆が置かれていた。
『貴方はどんな面白い話を聞かせてくれるの?』
「そうだな・・・こんな話はどうかな?」
彼女は話し始めた自分を、先ほどの威圧の表情で見つめていた。
「僕の知り合いの話になってしまうが、構わないな。」
問いかけは、複数の回答があってこそ成り立つものだという。
だとしたらこの問いかけは問いかけですらなかったのだろう。
『ええ。』
予想通り、彼女はさも嬉しそうに答えた。
「僕の知り合いの、金髪の少女の話だ。」
彼女は静かに、ワインを口に含みながら話を聞いていた。
豪華な机には気ままに齧られたチーズと、依然として佇む納豆があった。
月はいつの間にか傾いていた。
不思議なものだ、最初あれだけ肌寒く感じていた秋風が身にしみなくなっていた。
きっとあのワインは特別なものだったのだろう。
「彼女は魔法使いを自称する人間だ。」
「黒い服を着て、魔法の森に一軒家を構え、そこに住んでいる。」
彼女はもうその少女の検討がついたのだろう。
少し残ったワイングラスをかすかに揺らしながら目をつむり、話を聞いていた。
「そんな少女の話だ。」
そこで一端間を置いて、自分は少しだけワインをすすった。
クスクス、と笑うのが聞こえた。
『それは、あの黒鼠の事かしら?』
はっきりと目を見開いて彼女は尋ねてきた。
困ったような顔をして自分は答えた。
「さぁ? ご想像にお任せするよ。」
わざとらしい演技に満足したのか、彼女は再び黙り込んだ。
手元にワインが少し残ったワイングラスを置いて。
「その彼女がレズだ。」
パリンというガラスが割れる音が響いた。
見やると彼女が手元に置いていたワイングラスが、机から零れ落ちていた。
テーブルクロスはかすかに紅色で染まり、彼女は帽子が取れそうなくらいうつむいていた。
刹那、メイドが飛んできて硝子の片付けとクロスの張替えを行った。
さらにワングラスを新たに準備し、ワインを新たに注いだ。
勿論、これらは気付けばそうなっていたということで、実際に見たわけではない。
しかし、ワインの染みや破片の消滅。
新たなワイングラスの出現や、さらにそこに注がれているワインから見て間違いないだろう。
さて、当の吸血鬼はうつむいたまま微かに肩を震わせていた。
随分とこの話が御気に召したらしい。
震いが止まったと思ったその時、平常を装った顔つきで此方を睨んだ。
『もう一度だけ、話をする機会を与えるわ』
しかし、その短い言葉と仕草が限界だったのだろう、再び吸血鬼はうつむいた。
先程の威圧感とは違い、そこには見た目相応の少女が居る気がした。
「こんな話はどうだろうか。」
平常を装った幼い吸血鬼は話を聞きながら、再び注がれたワインに手を伸ばす。
そして、少し混乱しているのか納豆にも手を伸ばした。
上手に箸を使って食べているが、間違いなくあれでは葡萄の芳醇な香りを楽しめないだろう。
しかし彼女には毛頭そのような考えは頭に無かったのだろう。
彼女は平常を装って、いじらしく咀嚼を続け、ワインを口に運んだ。
そこに私は話を続けた。
「知り合いがレズだ。」
吸血鬼は盛大に納豆と葡萄酒を噴出した。
『ねぇ。』
彼女はテーブルの上のワイングラスを手に取り唐突に切り出した。
テラスのテーブルに面した椅子に2人が座っていた。
片方は小さな吸血鬼。
美しい月夜だった。
満月とまでは言わないが、丸く大きな月が霞がかって見えている。
きっと湖の影響なのだろう。
その月に照らされて彼女が語り出している。
けらけらと無邪気な笑い声をたてながら。
軽やかにワインを飲み干しながら。
『何故、吸血鬼が血を飲むのか、知ってる?』
空になった彼女のワイングラスは、大きな音をたてて強引に机へ叩き落された。
割れるのではないかとも思ったが、別段ヒビも入っていない。
「吸血鬼だから、という回答では不満かな?」
冷えた秋風が薄着の服に突き刺さる。
寒さを紛らわすように、あのメイドに出された紅い紅いワインに手を伸ばす。
眼鏡の奥で真意を窺いながら尋ねた。
彼女の事だ、きっと気紛れなのだろうが・・・と一抹の不安を隠せない自分が居た。
不安を見せないようにも少しずつワインを飲む。
『不満も不満。私たち夜の王が虫けらと同じ扱いとは巫山戯てるわ。』
不意にあのメイドが現れ、彼女のグラスにワインを注ぐ。
心なしか自分に出されたワインより紅く見えた。
彼女は変わらず無邪気な笑いを保っていた。
吸血鬼は何時もこう傲慢なのかと思うと頭が痛くなる。
「だったら・・・どう答えれば満足なのかい?」
空になったワイングラスを手持ち無沙汰にしていた自分に、彼女はこう答えた。
『そうね、吸血鬼だからと答えてくれれば満足よ。』
巫山戯ているのはどっちだと言いたくなる。
しかし現に彼女は満足しているようだった。
事実、苛々するように乱暴に飲んでいた葡萄酒に手を出していなかった。
『私達が人の血を欲するのは本能。』
彼女は足を組み替えて語り出した。
辟易しながらグラスを手元に置く。
どちらかというと自分は日本酒派なのだが。
「だとしたら、あの虫となんら変わらないな。」
軽くあざ笑った自分に彼女も笑い返す。
すでに自分のワイングラスにはなみなみと葡萄酒が注がれていた。
あのメイドの姿は見えなかったが、代わりにトランプが1枚落ちていた。
『だから私は蚊が嫌いなの。』
椅子にもたれかかっていた彼女は身を乗り出すようにして笑った。
最良の遊び相手を見つけたように、片頬を吊り上げた笑い方を彼女はした。
長い夜になりそうだ。
『ねぇ』
霞がかっていた月が紅く染まる。
肩肘をついて、頬に手を当て、ワインで微かに塗れた唇で、彼女は問いかけた。
『あなたは、昼と夜で感覚が違う事って無い?』
威圧感で息が詰まるような感触を覚えた。
なんとも形容しがたい存在が目の前に居た。
彼女は500年生き続けた吸血鬼だという。
容姿や素っ頓狂な行動からは想像がつかないが、やはり吸血鬼なのだ。
「昼は退屈で、夜は眠くなる。」
あくまで平静を装う。
彼女は退屈を紛らわすための相手が欲しいだけなはずだ。
こんな簡潔な回答でよかったのだろうかと、一瞬脳裏を不安がよぎったが、それもすぐ解消された。
『そう、その通り。』
紅く染まっていた月が元通りになっていた。
若しかしたら気のせいだったのかもしれない。
少し拍子抜けしたのが顔に出たのだろうか、至極愉快そうに微笑み、続けた。
『昼は退屈でつまらないのに、夜は退屈を欲しがる。何故だか分かる?』
テーブルから肘を話し、子供に問いかけるようにして彼女は問う。
少しずつ彼女の真意が見えてきたような気がした。
「さぁ、皆目見当もつかないね。」
憎たらしい微笑みで嫌味のように答えた。
自分には彼女は本当に話がしたいだけに思えた。
もう恐れる必要など無いだろう。
『それは太陽の力。大きく、紅く燃える太陽の力。』
そうなれば聞き手に徹するだけだ。
彼女が不満を覚えないように、最小限の相槌を打つように心がける。
『私達吸血鬼は力を求めた。体力、魔力、能力。果ては権力まで。』
違和感の有る文字が混ざっていた。
この際だ。問いかけてみるのも一興かもしれない。
「権力?」
そんな事を考えている間に思わず口に出てしまっていた。
まだ威圧感を感じていたのかもしれないな、と自嘲する。
『ええ。昔には権力を求めたヴァンパイアも居たわ。もう消えてしまっているでしょうけど。』
あまり満足のいく回答が得られなかったが、彼女は満足しているようだった。
暇つぶしの時間が延びたから。
『そこで吸血鬼は求めるようになった。
人や妖を活動的にさせる圧倒的な太陽の力を最大限に。
しかし、イカロスのように、吸血鬼自身も羽をもがれてしまった。』
彼女はすっとワイングラスへ手を伸ばした。
場に張り詰めた緊張の糸がふいに切れたように感じた。
机の傍を見やるとトランプが消えていた。
そしていつのまにか彼女の目の前にはチーズと納豆が置かれている。
チーズは、ワインのあてなのだろうか。
しかし、納豆に関しては単に食べたいだけなのだろう。
発酵食品フリークスの吸血鬼・・・正直言ってあまり良い物には思えない。
しかしあのメイドの能力はこの吸血鬼に、最大限生かされているのだろう。
チーズを一切れ手に取った彼女に問いかける。
「有るじゃないか」
チーズを租借していた彼女はそっとワインを口に含んでから答える。
最初の粗暴だったあの態度が嘘のような、紳士的な振る舞いをしていた。
『例え話よ。実際にもがれたわけじゃない。
私達が失ったのは蝋の羽じゃなく、日光の下に居られる権利。』
不意に椅子から立ち上がり、指を鳴らし、空を仰いだ彼女はこう付け加える。
『そう、吸血鬼は光を力に変える呪いを血に刻んだ。
しかし、呪いは生まれた自らの力で身を焦がすようなものだった。』
片手をテラスの柵に乗せ、湖を見やる吸血鬼の姿は見とれるほど美しかった。
絵になるのではないだろうかとも思える光景だった。
後方であのメイドが納豆を混ぜてなければ。
『私達は月のほどよい光の加護が無ければ生きていけない。』
お構いなしに続ける吸血鬼とメイド。
メイドの方を見ていた自分に、メイドは小声で問いかけてきた。
『いりますか?』と。小声で丁重に断った。
『だから、私達はこの呪われた血を清めるため、人の血を欲しがるのよ。』
吸血鬼自身は決めたつもりなのだろうが、メイドで台無しだった。
これがこの吸血鬼のやり方なのだろう、と痛くなる頭を必死に納得させた。
そういえば、立ち上がるときに指を鳴らしていたが、あれが合図なのだろうか。
『さて』
そう考えていた自分に声がかかった。
柵から手、湖から目を離し、音も無く椅子に座った彼女は私の方を見やると、話しかけた。
彼女の目の前には良くかき混ぜられた納豆が置かれていた。
『貴方はどんな面白い話を聞かせてくれるの?』
「そうだな・・・こんな話はどうかな?」
彼女は話し始めた自分を、先ほどの威圧の表情で見つめていた。
「僕の知り合いの話になってしまうが、構わないな。」
問いかけは、複数の回答があってこそ成り立つものだという。
だとしたらこの問いかけは問いかけですらなかったのだろう。
『ええ。』
予想通り、彼女はさも嬉しそうに答えた。
「僕の知り合いの、金髪の少女の話だ。」
彼女は静かに、ワインを口に含みながら話を聞いていた。
豪華な机には気ままに齧られたチーズと、依然として佇む納豆があった。
月はいつの間にか傾いていた。
不思議なものだ、最初あれだけ肌寒く感じていた秋風が身にしみなくなっていた。
きっとあのワインは特別なものだったのだろう。
「彼女は魔法使いを自称する人間だ。」
「黒い服を着て、魔法の森に一軒家を構え、そこに住んでいる。」
彼女はもうその少女の検討がついたのだろう。
少し残ったワイングラスをかすかに揺らしながら目をつむり、話を聞いていた。
「そんな少女の話だ。」
そこで一端間を置いて、自分は少しだけワインをすすった。
クスクス、と笑うのが聞こえた。
『それは、あの黒鼠の事かしら?』
はっきりと目を見開いて彼女は尋ねてきた。
困ったような顔をして自分は答えた。
「さぁ? ご想像にお任せするよ。」
わざとらしい演技に満足したのか、彼女は再び黙り込んだ。
手元にワインが少し残ったワイングラスを置いて。
「その彼女がレズだ。」
パリンというガラスが割れる音が響いた。
見やると彼女が手元に置いていたワイングラスが、机から零れ落ちていた。
テーブルクロスはかすかに紅色で染まり、彼女は帽子が取れそうなくらいうつむいていた。
刹那、メイドが飛んできて硝子の片付けとクロスの張替えを行った。
さらにワングラスを新たに準備し、ワインを新たに注いだ。
勿論、これらは気付けばそうなっていたということで、実際に見たわけではない。
しかし、ワインの染みや破片の消滅。
新たなワイングラスの出現や、さらにそこに注がれているワインから見て間違いないだろう。
さて、当の吸血鬼はうつむいたまま微かに肩を震わせていた。
随分とこの話が御気に召したらしい。
震いが止まったと思ったその時、平常を装った顔つきで此方を睨んだ。
『もう一度だけ、話をする機会を与えるわ』
しかし、その短い言葉と仕草が限界だったのだろう、再び吸血鬼はうつむいた。
先程の威圧感とは違い、そこには見た目相応の少女が居る気がした。
「こんな話はどうだろうか。」
平常を装った幼い吸血鬼は話を聞きながら、再び注がれたワインに手を伸ばす。
そして、少し混乱しているのか納豆にも手を伸ばした。
上手に箸を使って食べているが、間違いなくあれでは葡萄の芳醇な香りを楽しめないだろう。
しかし彼女には毛頭そのような考えは頭に無かったのだろう。
彼女は平常を装って、いじらしく咀嚼を続け、ワインを口に運んだ。
そこに私は話を続けた。
「知り合いがレズだ。」
吸血鬼は盛大に納豆と葡萄酒を噴出した。
わかります!!!
スベリまくってますね。
貰います。貴女をテイクアウトで
中身は淡々とした会話なのに破壊力が!そして何故この二人?
盛大に笑いましたが