Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

或る人を送る言葉

2008/10/08 00:25:02
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 お前が生まれてくる時は、お前が泣いて周りは笑った。
 お前が死ぬ時は、お前が笑って周りを泣かせるようになれ。

 ――そのような言葉を聞いた事があります。
 私はその言葉を、見事に体現して見せた彼女に敬服せざるを得ません。今、この式場にて涙を流していない者が一人として居ましょうか? ……いえ、私を除いて、です。居ないでしょう。しかし彼女は笑いました。まだ彼女がこの狭い棺桶に入る前、彼女は始終笑っていました。最早視界すら朧げだったろうに、それでも心よりの笑みを見せてくれたのです。

 ですから、私は彼女に敬服しました。生まれ持った柔らかさのような物が、彼女を強くしたのかも知れません。死ぬという絶対の孤独に於いて、その恐怖に挫ける素振りすら見せず、笑いかけて見せた彼女は真に強かったのです。
 生前の彼女は強く在りました。どんな困難にも立ち向かい、そうして最終的には取り込んでしまうような柔らかな強さがあったように思います。そしてそれ故に、この式場にはあらゆる種族がこの場にて共存を成し、皆同様の理由によって涙を流しているのでございます。

 見て下さい。彼女はこうして形を残さずに、逝きました。彼女なりに此の世への未練を無くしたかったのかも知れません。本来なら皆様により送られた花々が成す、一種花畑のような趣向を凝らした中心には、満面の笑みを浮かべた彼女がその表情を寸毫も変える事なく佇んでいるはずなのです。
 しかし、幾らこの花畑の中に目を凝らして見ても、彼女の姿を見付けられる者は居ないでしょう。それも道理なのです。彼女は自ら願いました。自らの痕跡を一切残さず、私を葬ってくれと。だから彼女に関する写真はこの場にありません。それどころか、この世界中に彼女が生きたという証拠はもう残っていないのです。彼女が死んだ日、最後に目にした彼女の姿の記憶意外に、彼女を彷彿とさせる物はないのです。

 想像してみて下さい。彼女の姿、声、素振り、果てには目や鼻、唇の形、肌の色、腕の細さ。想像出来たでしょうか。彼女が逝って間もない今、それらはきっと鮮明に頭の中に映し出された事でしょう。事実、私の頭の中には今も満面の笑みを浮かべて、泣いている皆さんを茶化す彼女がありありと浮かび上がっています。しかもその頭の中の彼女は、ご丁寧に皮肉まで付け加えているのです。皆さんの中ではどうだったでしょうか? 私の中で彼女はこう云いました。あんたの涙ほど空恐ろしい物はそうそうないわよと。

 どうかご静粛に。
 皆さんの表情を幾分和らげられたのは光栄ですが、私の勝手な妄想を撒き散らす為の式ではないのですから。
 とにかく、私だけでなく、皆さんも想像出来ただろうと思います。貴方はどうでしたか。はは、そんなに泣いていたら涸れて灰になると。全く彼女らしい冗談ではありませんか。私達の中に存在する、同じ存在であって同じ存在でない彼女は、紛れもなく彼女が残した財産なのです。自らの中に生まれた彼女を大切におもって下さい。きっと彼女は歯痒く思うのでしょうが、それでもあの呑気な笑顔を湛えているはずですから。

 話が随分とずれてしまいましたね。
 私が云いたかったのは、今この時点で、皆さんの頭の中に判然と彼女が作り出される事実ではないのです。むしろそれよりもずっと先、何十年、何百年、何千年と過ぎた時、それでも彼女の姿が思い出せるかという話なのです。
 正直に云えば、私にはその自信がありません。殊に妖怪と呼ばれる種族である私には多くの時間が残っています。その多くの時間が経って行く中で、彼女を忘れずにいる事など出来るでしょうか。彼女を記録する全ての物が失われた今、それが可能だと断言出来るでしょうか。日々摩耗して行く記憶の一塊りを、同じ輝きのまま、同じ大きさのまま、維持し続けられるでしょうか。考えてみて下さい。私達には多くの時間が残っています。新たな思い出がその塊を削ると自覚していながら、それでも覚え続けられるという方は一人を除いて居ないでしょう。

 しかし、だからと云って気を落とさないで下さい。
 何も私は皆さんに追い打ちをかける所存でこんな事を云ったのではありません。
 単純に、過ぎて行く日々の中、それこそ先に云った通り膨大な時間が経過しようとも、彼女が確かに存在していたと思いだせれば充分だと思うのです。彼女が笑った一瞬間、彼女が泣いた一瞬間、それらを少しだけ思いだせればいいと思うのです。何も彼女の唇が象った形、彼女の瞳から流れ出た涙の数を、思い出さなければいけない訳ではないのです。また彼女もそれを願わないでしょう。それでもまだ覚えていたら、きっと軽く笑ってそんなに思い出されると恥ずかしいじゃないとでも云うでしょう。だから私達は、彼女が存在したという記憶を少しだけ、この胸に残しておくだけでいいのです。最早彼女を写した全てが消えた今、それが一番現実的で、それが一番彼女にとってよいことなのでしょうから。

 しかし何故、彼女は遺言にあんな事を記したのでしょうか。
 私は私なりに、考えてまとめてみました。種々様々な解釈を、此処に居る皆さん全員が持っているのでしょうが、敢えて私の見解を語らせて下さい。――そう茶化さずに。私とて、この式場に相応しい話をしたくて此処に立っているつもりなのです。尤も、そんな大仰な構え方をしても彼女は相変わらず軽く笑っているのでしょうけど。

 彼女は表面上では誰とでも分け隔てなく接していた人間でした。実際彼女が差別をしている所など私は見た事が一度たりともありません。しかし、それ故に彼女が懸け隔てた壁は、厚く高かったのです。
 誰も代りを務められない使命を生まれながらにして背負った彼女は、その使命を果たす為に自己を贄にしたも同義です。普通の少女がするような色恋沙汰はその使命に泥を塗ります。誰か一人に入れ込んでしまえば、彼女の使命はそれを拒みます。彼女は望まずして――いえ或いは望んでいたのかも判りません。ですが、少なくともその壁が成した距離は、誰にとっても越える事の出来ない、結界のような役割を果たしていました。

 え、そんな距離は縮めてやるさ?
 御冗談を。実質的な距離ではないのですから、それは叶いません。それよりも、貴方は彼女を送る為にきちんと仕事をこなした方がいいと思われます。この式に同席していない貴方の上司も、さぞ怒るでしょう。彼女ほど幻想郷を守ってきた存在は他にないのです。そんな偉大な人間を無事に彼の世に送る為にも、貴方は此処に居るべきではないのですから。

 さて、その刻薄な境界を生まれながらにして持つ事になってしまった彼女が不憫でならないと思いませんか。無論、私の勝手な自己解釈ですから、事の是非は図り兼ねます。ですが、もしも私の見解が合っていたらという前提を念頭に置いて話を進めると、どうでしょう。まるで彼女があんな遺言を残した意味が判るような心持ちになっては来ませんか。
 ――判らない? それは貴方、最後まで話を聞けばとりあえず判ります。

 つまり彼女は生まれながらにして残酷な運命を持ったからこそ、それに拠って死にたいと思ったのではないでしょうか。もしも彼女が自らの内情を吐露したとして、周りはどう思うでしょう。彼女の深層を解している者ならば、相応のやり方があったのでしょうが、殆どの者が彼女に対して憐憫の眼差しを向ける事になるとは思いませんか。そしてそれを彼女が望むでしょうか。私はそうは思いません。自分の矜持を打ち崩してまで他人の同情を得たいと思うほど、彼女は弱くないのです。先に私は云いました。彼女は強い人間でしたと。

 此処まで云えば判りますね。
 ――判らない? なら最後まで話を聞きましょう。そう云ったばかりではありませんか。
 つまり彼女は生まれ持った使命を、自分の死と引き換えに闇に葬りたかったのではないのかと私は推測したのです。他人の不幸は蜜の味、他人の幸福は砒素の味とでも云いましょうか。そして彼女はそんな論理を持っていた人間だったでしょうか。私はどちらかと云うと、他人の不幸を砒素の味に捉える人間だったと思います。そうして他人の幸福も砒素の味に捉える人間だったと思います。言葉の意味は感じて下さい。理解しようとするよりも、感じた方が早いでしょう。

 そしてそんな彼女の立ち回りがあったからこそ、皆さんは純粋な涙を流しているのではありませんか。
 もしも彼女の内情を察していたのなら、その同情が涙を流し、彼女が最も望まない想いが胸に遍満してしまうと思いませんか。ですが、幸いな事に皆さんの流している涙は悲しみからくる物でしょう。何を知ったようにと思われる方も居ると思います。それでも私は知ったように物を云います。元来私はそういう性質の妖怪ですから。

 ああ、随分と長い時間が過ぎてしまいました。
 私のような者の長話を疎む人もいるかも判りませんので、この辺りにて締め括りたいと思います。
 一般の方法とは違うのかも知れませんが、この蝋燭の焔が消えたのを以て、この式の終焉を飾ります。

 それでは皆さん、目を瞑って下さい。そうして心中に彼女に贈りたい言葉を呟いて下さい。それが彼女を送るでしょう。何しろ死神様のお墨付きです。例え届かなくとも、彼女が届けてくれます。丁度先刻、死神様の怖い上司様が訪れて襟を引っ張って行った所ですから。

 最後にこの式にて、このような役割を務めさせて頂きまして、真にありがとうございます。
 結局泣いている? それは此処では無粋な発言ですよ。
 それでは焔を消しましょう。今は亡き、博麗霊夢に宛てる言葉を以て。





――了
辺り一面に広がる暗い闇。
twin
http://touhoudream.blog.shinobi.jp/Entry/37/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
俺こういう雰囲気の話すきだな。おもしろい。
でも誰が話をしていたんだ?気になる。
2.名前が無い程度の能力削除
こういうの好きかも、すごく引き込まれた。
話してるのは文っぽいなぁ