月に異変のあった夜が明けて四日後。
永遠亭に永琳を尋ね来訪した者がいる。
「いらっしゃい。地獄の閻魔様が私になんの御用かしら?」
椅子に座り、そばにうどんげを待機させて聞く。
対する四季映姫は真剣でかつ深刻な顔だ。
ちらりと動いた視線が永琳のある部分で止まり、一瞬だけ悔しそうで羨む表情を見せる。
それだけで永琳には四季映姫が何を望むかわかった。
それでも四季映姫が口を開くのを待つ。予想が外れていることを望みながら。
「あなたはありとあらゆる薬を作ることができるとうかがいました」
「ええ」
「……実は作ってもらいたい薬があるのです」
「どのような薬ですか?」
永琳の問いにややためらったが、意を決して口を開く。
「私たちの夢の薬、胸の大きくなる薬を!」
ありったけの思いを込めて、むしろ血を吐く勢いで四季映姫が懇願する。
やっぱり、なんて心の中で思いながら永琳は、ウドンゲに棚から一つの試験管を取るように指示を出す。
「師匠これでいいんですか?」
「ええ、ありがとう」
ウドンゲから試験管を受け取って、四季映姫の目の前に持っていく。
「これがあなたが望む薬です」
あっさりと言うものだから四季映姫はぽかんとした表情を見せる。
そして、ふるふると震える手で試験管に触れようとしたところ、永琳に止められた。
「なぜ止めるのですか!? それさえあれば私は夢の80台に!」
「使う前に言っておかなければいけないことがありまして」
「早く言ってください!」
「これを使えば確かに胸は膨らみます。その効果が無くなることもありません。
それは実験済みで、確証を得てます」
四季映姫がちらりと永琳の胸を見る。
永琳も薬を使ったのかと思ったのだろう。
それに永琳は気づいた。
「これは自前です」
「すみません」
「この薬には副作用があります」
「副作用ですか? 例えば寿命が縮むとか? 胸が膨らむならば百年二百年はどんとこいっですよ!」
「違います」
「ならば力が削られるとか? 仕事に支障の無い程度なら大丈夫ですが」
「それも違います」
「ならば……部下のサボり癖がさらに酷くなる?」
なんでだ。
「違います」
「んー……わかりません。教えてもらえませんか?」
「胸が膨らむかわりに身長が縮みます」
「なっ!?」
「正確にいうと胸が膨らんだ大きさの二倍の身長が縮みます。
例えば10cmのバストアップに成功すれば、20cm身長が縮みます」
四季映姫にとってそれは深刻な問題。身長をとるか胸をとるか、どちらも自身の悩みであるがゆえに苦悩は深い。
「……その副作用をなくすことは」
「無理です」
すがるように言った四季映姫の言葉を永琳はばっさり斬り捨てた。
悩んで悩んで悩み抜いた四季映姫はとぼとぼと帰っていった。身長をとったのだ。
胸にはかすかにだが未来がある、しかし身長はこれ以上伸びることはないと判断したのだった。
「師匠、それってほんとに胸の大きくなる薬なんですか?」
四季映姫が帰ったすぐあと、ウドンゲは永琳に疑問をぶつけた。
いままでそんな薬があるとは知らなかったからだ。
「ただの砂糖水よ」
「えっとそれじゃあ胸が大きくなる薬なんて存在しないんですか?」
「今はね。以前はあったわ。作ったことあるから。しかも副作用なんてなかったわよ」
「え? それじゃあどうしてあんなことを?」
四季映姫に言ったことだろう。
四季映姫が真剣に悩んでいる姿を見たのだから、無理もないのかもしれない。
「この四日で何人同じことを聞きに来たと思う?
二十人は楽に越えているわ。
始めは真面目に薬は作れないと説明していたのだけど、いい加減対応が面倒になってきたのよ。
始めは反応が面白かったけど、同じような反応が続いて飽きてきて、ちょっと違う反応みたくてね」
「それであんな嘘を言ったんですね。
ん? 作れないんですか?」
「作れないというか作りたくないわ。
すごく時間がかかるの。費用もかかりすぎだし」
「いくらくらいかかったんです?」
「永遠亭の維持費で五年分といったところかしら。
おかげでへそくりの三分の一がいっきになくなったわ」
もう二度と作らないと断言する永琳を見て、苦労したんだなとウドンゲは思う。
「ちなみにどうして作ったのか聞いてもいいですか?
ただの好奇心?」
「違うわよ。
てゐがね、私の胸を見ては溜息を吐くなんて時期があってね。
聞いてもなんでもないですって言って、また溜息吐くのよ。
うっとうしくてねぇ。胸が大きくなれば、そんなことはなくなると思って作ったの」
「てゐがそんなことを。でもてゐの胸ってそんなに大きくないですよ?」
「昔はぺったんこだったの。
でも作ったはいいけど、飲ませるときになってちょっと問題が起きてね。
その当時って薬の実験台によくてゐを選んでたのよ。てゐ>イナバ>姫の順ね」
師匠って姫の従者ですよね? それなのに実験台に使っていいんですか? なんていう突っ込みを心の中だけでするウドンゲ。
口に出さないのは、言うと実験台にされるのが目に見えていたからだ。
「それで飲んでって言っても警戒するのは目に見えていたから、ご飯に混ぜることにしたわ」
「てゐは気づかず食べました?」
「ええ。効果は次の日に現れて、そのときのてゐのはしゃぎようはすごかったわ。
たった1cm膨らんだだけなのにね」
永琳から見ればたったの1cm。だがてゐから見れば偉大なる1cmだったのだろう。
きっと四季映姫たちにとっても同じことだろう。
「結局、姫のブリリアントドラゴンバレッタで気絶させられるまではしゃぎ続けたのよ」
「もうちょっと穏便にしてあげても」
「もうすんだことよ」
「そうなんですけど」
「それとはしゃいだのにはもう一つ理由があってね」
少しだけ面白そうに永琳は笑みを浮かべる。
「少しだけでも成長したのだから、これからも望みはあると思ってたみたい」
「それは……」
ウドンゲは今のてゐの体型を思い出す。
「あれから少しも成長はないわ」
永琳は笑みを、ウドンゲは憐れむ表情を浮かべる。
複雑な感情が渦巻く診療室。
この場にてゐがいないことだけが救いの暖かな午後だった。
永遠亭に永琳を尋ね来訪した者がいる。
「いらっしゃい。地獄の閻魔様が私になんの御用かしら?」
椅子に座り、そばにうどんげを待機させて聞く。
対する四季映姫は真剣でかつ深刻な顔だ。
ちらりと動いた視線が永琳のある部分で止まり、一瞬だけ悔しそうで羨む表情を見せる。
それだけで永琳には四季映姫が何を望むかわかった。
それでも四季映姫が口を開くのを待つ。予想が外れていることを望みながら。
「あなたはありとあらゆる薬を作ることができるとうかがいました」
「ええ」
「……実は作ってもらいたい薬があるのです」
「どのような薬ですか?」
永琳の問いにややためらったが、意を決して口を開く。
「私たちの夢の薬、胸の大きくなる薬を!」
ありったけの思いを込めて、むしろ血を吐く勢いで四季映姫が懇願する。
やっぱり、なんて心の中で思いながら永琳は、ウドンゲに棚から一つの試験管を取るように指示を出す。
「師匠これでいいんですか?」
「ええ、ありがとう」
ウドンゲから試験管を受け取って、四季映姫の目の前に持っていく。
「これがあなたが望む薬です」
あっさりと言うものだから四季映姫はぽかんとした表情を見せる。
そして、ふるふると震える手で試験管に触れようとしたところ、永琳に止められた。
「なぜ止めるのですか!? それさえあれば私は夢の80台に!」
「使う前に言っておかなければいけないことがありまして」
「早く言ってください!」
「これを使えば確かに胸は膨らみます。その効果が無くなることもありません。
それは実験済みで、確証を得てます」
四季映姫がちらりと永琳の胸を見る。
永琳も薬を使ったのかと思ったのだろう。
それに永琳は気づいた。
「これは自前です」
「すみません」
「この薬には副作用があります」
「副作用ですか? 例えば寿命が縮むとか? 胸が膨らむならば百年二百年はどんとこいっですよ!」
「違います」
「ならば力が削られるとか? 仕事に支障の無い程度なら大丈夫ですが」
「それも違います」
「ならば……部下のサボり癖がさらに酷くなる?」
なんでだ。
「違います」
「んー……わかりません。教えてもらえませんか?」
「胸が膨らむかわりに身長が縮みます」
「なっ!?」
「正確にいうと胸が膨らんだ大きさの二倍の身長が縮みます。
例えば10cmのバストアップに成功すれば、20cm身長が縮みます」
四季映姫にとってそれは深刻な問題。身長をとるか胸をとるか、どちらも自身の悩みであるがゆえに苦悩は深い。
「……その副作用をなくすことは」
「無理です」
すがるように言った四季映姫の言葉を永琳はばっさり斬り捨てた。
悩んで悩んで悩み抜いた四季映姫はとぼとぼと帰っていった。身長をとったのだ。
胸にはかすかにだが未来がある、しかし身長はこれ以上伸びることはないと判断したのだった。
「師匠、それってほんとに胸の大きくなる薬なんですか?」
四季映姫が帰ったすぐあと、ウドンゲは永琳に疑問をぶつけた。
いままでそんな薬があるとは知らなかったからだ。
「ただの砂糖水よ」
「えっとそれじゃあ胸が大きくなる薬なんて存在しないんですか?」
「今はね。以前はあったわ。作ったことあるから。しかも副作用なんてなかったわよ」
「え? それじゃあどうしてあんなことを?」
四季映姫に言ったことだろう。
四季映姫が真剣に悩んでいる姿を見たのだから、無理もないのかもしれない。
「この四日で何人同じことを聞きに来たと思う?
二十人は楽に越えているわ。
始めは真面目に薬は作れないと説明していたのだけど、いい加減対応が面倒になってきたのよ。
始めは反応が面白かったけど、同じような反応が続いて飽きてきて、ちょっと違う反応みたくてね」
「それであんな嘘を言ったんですね。
ん? 作れないんですか?」
「作れないというか作りたくないわ。
すごく時間がかかるの。費用もかかりすぎだし」
「いくらくらいかかったんです?」
「永遠亭の維持費で五年分といったところかしら。
おかげでへそくりの三分の一がいっきになくなったわ」
もう二度と作らないと断言する永琳を見て、苦労したんだなとウドンゲは思う。
「ちなみにどうして作ったのか聞いてもいいですか?
ただの好奇心?」
「違うわよ。
てゐがね、私の胸を見ては溜息を吐くなんて時期があってね。
聞いてもなんでもないですって言って、また溜息吐くのよ。
うっとうしくてねぇ。胸が大きくなれば、そんなことはなくなると思って作ったの」
「てゐがそんなことを。でもてゐの胸ってそんなに大きくないですよ?」
「昔はぺったんこだったの。
でも作ったはいいけど、飲ませるときになってちょっと問題が起きてね。
その当時って薬の実験台によくてゐを選んでたのよ。てゐ>イナバ>姫の順ね」
師匠って姫の従者ですよね? それなのに実験台に使っていいんですか? なんていう突っ込みを心の中だけでするウドンゲ。
口に出さないのは、言うと実験台にされるのが目に見えていたからだ。
「それで飲んでって言っても警戒するのは目に見えていたから、ご飯に混ぜることにしたわ」
「てゐは気づかず食べました?」
「ええ。効果は次の日に現れて、そのときのてゐのはしゃぎようはすごかったわ。
たった1cm膨らんだだけなのにね」
永琳から見ればたったの1cm。だがてゐから見れば偉大なる1cmだったのだろう。
きっと四季映姫たちにとっても同じことだろう。
「結局、姫のブリリアントドラゴンバレッタで気絶させられるまではしゃぎ続けたのよ」
「もうちょっと穏便にしてあげても」
「もうすんだことよ」
「そうなんですけど」
「それとはしゃいだのにはもう一つ理由があってね」
少しだけ面白そうに永琳は笑みを浮かべる。
「少しだけでも成長したのだから、これからも望みはあると思ってたみたい」
「それは……」
ウドンゲは今のてゐの体型を思い出す。
「あれから少しも成長はないわ」
永琳は笑みを、ウドンゲは憐れむ表情を浮かべる。
複雑な感情が渦巻く診療室。
この場にてゐがいないことだけが救いの暖かな午後だった。
そして、閻魔をも騙す永琳はすげぇ…
>閻魔をも騙す永琳
っていうか、能力で分かるのでは?オートで分かる訳ではないんでしたっけ?