Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

もう歌しか聞こえない

2005/10/24 10:19:05
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 一面の花である。多少の例外を除いては、どこへ行っても花、花、花。むせかえる香りを思い切り吸い込んで、彼女は口を開いた。

「花ー、花ー、どーんーなー花ー」

やたら明るい声と表情で歌っているが、妙に暗い旋律である。
並みの人間であればころりと狂ってしまいかねない幻想的な空気。
そんな歌を歌うのは、ご存知の夜雀ミスティア・ローレライ。
たとえこのような場所でなくとも、彼女の歌は人を狂わせてしまうだろう。
ただ、夜道で人を惑わすのを楽しみにしている彼女がこのような場所で堂々と歌っているのは珍しい光景ではあった。
結局のところ、彼女もこの花の異変に浮かれている妖怪の一人なのだ。

「こぼーれーるーよーうーにー咲ーきーほーこーるー」

花に浮かれた者たちは、もちろんこの桜並木にも溢れていた。
彼女の歌声に続々と妖精やら幽霊やらが集まり、彼女目掛けて突っ込んでくる者まで現れる始末。
花に浮かされた彼らにはこの歌声は少々キツすぎたのだろうか。

「花ー、花ー、どーんーなー花ー」

ミスティアは気にも留めず、目を閉じ胸に手を当てて歌い続けている。
調子が出てきたのかその声は大きくなり、突っ込んできた幽霊はあっけなく退散してしまった。

「匂ーいーきーつーいーよー」

幽霊を撃退する意図で音量を上げたのではない証拠に、ひときわ大きな幽霊が歌に逆らってミスティアに激突した。
ミスティアの歌声が突然途切れる。

「何すんのよ、人が気持ちよく歌っているのにー」
「あなたにとっては気持ちよくても、聴いてる方には気持ちよくないのよ」

そう応えたのはもちろん幽霊ではない。ミスティアが視線を上げた先に、声の主――風見幽香が微笑んでいた。

「どういう意味?」

 ミスティアはつっけんどんに訊いた。

「そういえばあんた、この前も私にいちゃもんつけてたわね。私の歌が盗作だとかどうこう」
「さっきまで気持ちよく歌って我を忘れていたでしょう?幽霊たちにとって、そんな貴方はちょうどいい拡声器なのよ」
「私は誰かのために歌ってるんじゃないわよ。一万歩譲っても、こんな無礼な幽霊なんかのためには歌ってやらないし」

そう言ってミスティアがにらみつけると、激突した幽霊は恐れをなしてかミスティアの元を離れた。

「うふふ、訂正するわね。あなたは手に負えない拡声器。歌詞だって間違っているわ、思わず突っ込みを入れたくなってしまうくらいには」

幽香がおいでおいでをすると、先ほどの幽霊は幽香の元へやってきた。幽香はそれを軽くなでてやる。

「この子、生前は芸人だったんじゃないかしら。体を張った見事な突っ込みだったもの」

幽霊は胸を張るような仕種をしたあと、ふよふよとまたどこかへ飛んでいった。

「突っ込み?素人が私の歌によくもまぁ」
「それ、本当はそんな下品な花の歌じゃあないのよ?せっかくの選曲が台無し」
「歌ってるのはわーたーしー。私が気持ちよければそれでいいじゃない」
「……私が最初に言ってたこと、もう忘れてしまったのかしら。鳥頭ねぇ」
「鳥よー、鳥よー、鳥たちよー。鳥よー、鳥よー、鳥あーたまー」
「褒めてないわよ」

終始にこにこしている幽香がミスティアにはますます気に入らない。きっ、とにらみつけると一気に舞い上がった。

「あんた、何しに来たのよ。嫌がらせ?」
「そうね、そのために来たはずだったんだけど。さっきの歌、珍しく路線は間違ってなかったから拝聴してたの」
「あ、なんだ、お客さん?だったら夜店に来てくれればいくらでも歌うのにー」
「忘却の間隔が短くなってるわよ。嫌がらせに来たんだってば」

そう言うと幽香もふわりと舞い上がる。ミスティアと同じ目線になって、傘をいたずらっぽくくるりと回す。

「やる気?」
「いいえー。貴方なんかに構ってる暇、やっぱりないかも」
「いかにも弾幕開始っぽい仕種しておいて……その気になっちゃったじゃないよ」
「ね、嫌な気分になったでしょう?」
「なるもんかっ」

 ミスティアはそう言うと素早く目を閉じて幽香を視界から追いやった。
そのまま胸に手を当てて、歌う。
たとえ世界が花に満ちていようとも、この歌の届く限り、みな花など目には入らない。
この歌を耳にしたが最後、もう歌しか聞こえない。
歌っている本人が花に浮かれているものだからどうも本末転倒ではあるが、ミスティアの十八番であるこの曲の威力は本物だった。

「ああ、歌うのは気持ちいい」
「現実逃避に見えるわ」

本物ではあったが、幽香には効かなかった。
だが、ミスティアは今度はすぐに気分を悪くはしなかった。

「現実逃避だっていい。私の歌が、本当は私の歌じゃなくたっていい。無粋な幽霊やら妖怪やらに突っ込まれたっていい」

ミスティアはそう言うと一際高く喉を震わせた。さあぁ、と桜並木に風が渡る。

「私は歌いたい。歌っていて気持ちいい。私には、もう歌しか聞こえない」
「……貴方は、それでいいのかもしれないわね」

幽香は静かに呟いた。

「貴方の歌に揺れる花たちも、貴方の妙な歌を内心では楽しんでいるかもしれないわ。
幽霊たちだって、本当に関心がなければ突っ込みなんか入れずに逃げるでしょう」

それなのに、と幽香は微笑む。
今も、歌うミスティアに妖精や幽霊たちが集まっている。
ミスティアの歌が確かに辺りを包み込んでいる。

「私だって、なんだかんだ言って聴き惚れてしまっていたようだし」

そう言って幽香は目を閉じた。
視界はまたたくまに闇に溶けて、もう歌しか聞こえない。
 音を楽しむから音楽なのでしょうね。聴く方も、奏でる方も。

 選曲が妙なのは趣味です。ご了承ください。
ひなたの猫
コメント



1.たまゆめ削除
~♪
2.割烹着が似合うかもしれない程度の能力削除
~~♪
3.bobu削除
俺の屍を越えていけ?