Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

改善の夏とその影響

2007/08/14 06:19:12
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 ※ プチ12集の拙作「美味しい秋とその影響」から続くダイエットの季節シリーズでございます。




 焼け付くような日差しが照りつける夏の盛りの永遠亭の縁側に、しゃくしゃくと氷を削る小気味のいい音が響いていた。
 豚の瀬戸物に蚊取り線香をつけて、てゐは永遠亭特製のにんじんシロップをかけたカキ氷を口に運びながら、大きな白い雲がむくむくと頭をもたげてくる空を見上げていた。今はまだまだ雨の気配はないけれど、夕立には気をつけておかないと庭の洗濯物が酷いことになってしまうだろう。
 鈴仙ちゃんに言っておいてあげないと。ああ、もう洗濯物が乾いてるんなら取り込んでおいてもいいかな。
 そう思って庭に視線を向けたてゐは、意図的に視界に入れないようにしていたものを目にしてしまって、ちょっと後悔。
 てゐはうんざりとため息をついて、
「えーりんさぁ……
 もうちょっと加減してダイエットしようよ」
 汗だくでぐったりと庭に転がっている永琳に声をかけた。
「か、加減していたらウドンゲの作る料理を上回る消費量にならないのよ……」
 永琳が着ているジャージは汗を吸って色が変わってしまっている。というよりも、本人から蒸気が上がっていて周囲の風景が歪んで見える。いったいどれほど走ってきたのやら。最近では鈴仙の目がない場所では四六時中ダンベルを振り回していたりもして、永琳の体力や筋力も洒落にならなくなってきた。
「そういえば、おやつの時間にウサギたちの目の前でりんごジュース作ったでしょ。
 怖がった子たちに泣きつかれて苦労したんだからね」
「何よ、いちいち絞り機を持ち出そうとしていたから手間を省いてあげただけじゃないの」
 機材を使わない生絞りを目の前でやられて恐慌に陥ったウサギたちを宥めるのは本当に苦労したのだ。半泣きで逃げてきたウサギたちに混じっていた黒い髪の着物娘は蹴りだしたが。
「で、ちょっとは痩せたの?
 ……ああ、言わなくていいわ」
 てゐは言いながら虚ろな目で薄く笑って見せた永琳の体に目を向けた。食い過ぎの直後にはジャージの上からでもわかるほど無残なことになっていた体形が、運動が十分に足りている今はすらりとしたものに変わっている。以前と比べて肩の辺りががっちりしたような気もするが、それは許容範囲だろう。
「そのくらいであきらめたら?
 十分じゃない?」
「駄目よ!
 六つに割れたお腹なんて、ウドンゲに見せることはできないわ!」
 どこまで鍛えてるんだあんたは、という突っ込みを飲み込んで、てゐは思案する。
 以前、てゐは永琳に正しいダイエット方法を教えてやったのだが、結局それは運動量が足りず、体重を減らすことはできなかった。仕方なくハードな運動を中心に組みなおしたダイエット計画の結果は永琳の体重を落とすことはできずに、無駄な腕力をつけることになってしまっている。輝夜のおしおきや医療器具の運搬には便利なようだが、体重を減らすという目的からするとこのダイエットは失敗だろう。
 てゐはため息をついた。
「仕方ないなぁ。
 ちょっとだけ協力してあげ……ちょっと、抱きつかないで!
 汗が! 汗が!!」


「れーせんちゃーん」
 台所でフライパンを振って食材を躍らせていた鈴仙はてゐの声に振り返った。
「うん?
 どうかした?」
 てゐは手に持っていた空の器を示してみせた。
 おやつの器を洗いにきたのだという訴えに、鈴仙は流しのスペースを譲る。
「それ、今日のお昼?」
 汲み置きの水で器を軽く洗い流したてゐは、鈴仙の振っているフライパンを覗き込んだ。
「そうよ。確かてゐもこれ好きだったよね?」
 苦瓜とにんじん、それに小さく切った豚肉が素麺と一緒に舞っている。ほかにも昨日の夕食に食べたいくつかの野菜が一緒にいためられていた。素麺入り残り物野菜のゴーヤーチャンプルーだ。紅魔館の美鈴から習ってきたと言っていたか。夏になると喉の通りがいいからと素麺ばかりになる食卓に、彩と共にいろんな栄養素を取り入れることができる一品で、鈴仙が言うようにてゐも結構気に入っている。味もいいが健康にもいい辺りが評価が高い。
 とは言え。
「うん、私は好きなんだけどねー」
「あれ、誰か嫌いな人いる?」
「永琳は素麺よりお蕎麦が好きらしいよ?」
「……そうなんだ」
 夏バテ対策の豚肉に加えて、ご飯の代わりの素麺がこの料理にすでに入っている。場合によっては鈴仙にこの料理を教えた美鈴からキムチが届けられて程よい辛味が加わったりもする。そしてたいていはこれで食欲を掻き立てられて、一緒に出されたおむすびに手が伸びる。つまり炭水化物たっぷりの、腹回りを測るメジャーが怖い食生活になってしまうわけだ。
 困った顔をしてフライパンを見ている鈴仙に心中で密かに謝りつつ、
「ね、夏蕎麦の実だったら手に入るんじゃないかな。
 私も食べてみたいし、どうだろ?」
 永琳のダイエットは本人の努力もあってそれなりの効果を発揮してはいるのだが、食べる料理が半端ではないためにその努力が無駄になっている部分が大きい。流石に哀れに感じたてゐは鈴仙の作る料理を変えることで協力してやろうと考えたのだ。
 蕎麦なら素麺よりも栄養のバランスはいいし、何よりそんなに太るような料理に化けることもないだろう。
「そうね。
 それなら今度里に行ったときに分けてもらってこようかな」
 今日のところは仕方がないが、これで鈴仙はしばらく蕎麦料理に凝るはずだ。
「みっしょんこんぷりーと」
「うん?」
「なんでもない。それじゃ、私も期待してるね」
「あはは、お蕎麦の料理なんて作ったことなかったから、しばらくは失敗もすると思うけどね。
 妖夢ちゃんに教えてもらってこよう」
 てゐは口元に浮かべた笑みを隠して、台所から引き上げる。
 口元を隠すために鈴仙に背をむけていたてゐは、その背を見送る鈴仙が羨ましそうな視線を向けていたことに気づけなかった。


「てーゐー!!!」
「ご、ごめんってば!
 お蕎麦だったら大丈夫だと思ったのに、
 鈴仙ちゃんがよりにもよって白玉楼にお料理習いになんていったからー!」
 てゐの想定どおり蕎麦はそんなに太る料理には化けなかったのだが、一緒に出てきたものがまずかった。
「あんな油物食べたらまた走る距離を伸ばさないといけないでしょうがー!?」
 天ぷら蕎麦が出てきてしまったのである。妖夢が仕込んだ鈴仙の腕は中々のもので、天ぷら自体は非常に美味しかったのだが。
 ちなみに、今日のお昼に用意されているのはおろし蕎麦だった。これもサイドメニューに天むすと蕎麦掻がついている。川えびの天ぷらで作ってある天むすが実に旨く、実にまずい。
「ごめんごめん!
 私も一緒に食べてあげるから、勘弁してよー!」
 ということで、てゐも永琳にと出された料理を摘むようになったのだが、
「……てゐ?」
「うっさい。言うな。わかってる」
 永琳や輝夜がふくよかになってしまったような料理を一緒に食べて、三食昼寝、おやつ付きのぐうたらな生活をしていたてゐだけが例外でいられるはずもなく。
「……明日から一緒に早朝ジョギング始めましょうね」
「うう、なんでこんなことに……」
 全体的な食事の量が減ってようやく体重が減り始めた永琳と一緒に、てゐもジョギングに付き合う羽目になったのだった。


 とは言え、自分の身体の変化に気づくのが早かったてゐは、永琳ほど致命的なことにはならなかった。永琳と一緒にジョギングを始めると、すぐに元通りの体重に戻すことができた。ただ、永琳に出される料理を摘んでいるかぎり、油断すると酷いことになるのは間違いないのでまだしばらくはジョギングは続けることになりそうだが。
「あっつー……。
 でも、適度な運動は健康にもいいんだし、まあ我慢するかなぁ……」
 永琳よりジョギングの距離が短いてゐは、一足先に竹林から戻ってくると庭の池に手を突っ込んで水を掬い、汗が流れる火照った顔にたたきつけた。ついでに水を口に含みながら何度か繰り返していると、ようやく少し熱が冷めてくる。雑に水を掬っていたせいで顔といわず、頭も身体もぐしょぐしょに濡れてしまっているが、どうせすぐに乾くだろうと、てゐは気にせず庭の芝生に座り込んで一息つく。
 身体にぺったりとくっつく体操服――永琳曰く、ジャージはサイズがなかったらしい。ちょっと作為を感じる――の胸の辺りを摘んでぱたぱたとやって風を服の中に入れて涼んでいると、洗濯物の籠を手にした鈴仙が屋敷から顔を出した。
「あ、帰ってたんだ。
 師匠は?」
「んー、私と同じペースで走ってたから、もう半分くらい残ってるんじゃないかな。
 まだしばらくかかると思うよ」
「そっか。それなら先に洗濯物干しちゃおう」
 鈴仙が縁側のサンダルを履きながら、庭に下りてくる。庭に作ってある物干し台までくると籠を下ろして洗濯物を干し始めた。
 足を投げ出し手で身体を支えて座り、てゐはぼんやりとその様子を見上げていた。
 特に疲れた様子のない鈴仙だが、実は永琳の倍くらいは走った後だ。妙に涼しげなのは水浴びも済ませているからだろう。鈴仙は持久力が半端じゃない上に、足の速さも尋常ではない。てゐや永琳がほぼ全力と言っていい速度を最初から最後まで維持したままで普通に走ってのける。鈴仙曰く「兵隊は走るのが仕事」なんだとか。単純な力も最も筋力が強かったときの永琳より強いと聞いた。悪戯するのが怖くなったのは生存本能の警告で間違いない。
 洗濯物を干し終えて、鈴仙はてゐを振り返った。
「まだ涼んでる?
 今ならお風呂空いてるけど」
「どうしようかなー。
 もうしばらくしたら永琳も戻ってくるだろうし、一緒に入ろうかなー」
 鈴仙はてゐの言葉に困ったように笑った。
「てゐと師匠、最近仲良いよね」
「そうかな……。
 そうかもね」
 眉を顰めたてゐは、少し考えてから頷いた。
 風呂上りの体重計悲喜こもごもは二人でしか共有できない時間だ。
 不本意極まりないが。
「羨ましいなぁ」
「へ?」
「最近、私と一緒にいてくれる時間って、薬学講義の時間以外はあんまりなくって。
 逆にてゐは最近になってずっと師匠と一緒にいるでしょ?
 それに、なんだか師匠がてゐにだけ言いたいことを言ってるような気がして。
 この前のお蕎麦が好きっていうのも、お素麺の料理を作ってた私に気兼ねしててゐを通じて言ってくれたんだろうし」
 まだまだ言い募る鈴仙に呆然としていたてゐは気を取り直してスペルカードを手に取った。
 誰のせいでしなくてもいいダイエットする羽目になったと思ってるんだとか、永琳が必死でダイエットやってるのは誰のためだと思ってるんだとか、言いたいことはいろいろあったのだがとりあえず。
「あれ?
 て、てゐ、なんでそんなに笑顔なの? なんか怖いんだけど……
 ってそれっててゐの一番強力なスペルカードきゃー!?」
 至近距離でスペルカードをぶっ放して鈴仙を吹っ飛ばしておいて、てゐはため息をついて己のスペルカードに目をやる。
「ああ、お懐かしい大穴牟遅様……。
 哀れな嘘つき兎を救ってくださった貴方様のお薬は、
 天然とか鈍感とか朴念仁とかにも効きませんでしょうか」
 たぶん効かないんだろうなぁ。あの方も優しかったけど、どっちかというと天然だったもんなぁ。
 もう一度うんざりとため息をついたてゐは、そのまま芝生に寝転がった。
 
お読みいただきありがとうございました。

最後くらいえーりん救済な話にしないとね!
……アレェ?

てゐの身体のサイズだとジャージじゃないよなーと思ったら、
やたらフェチい光景になってしまったのは秘密です。
FELE
コメント



1.名無し妖怪削除
なんという天然…!
2.名無し妖怪削除
なんというか………天然は最強というわけですなw
3.名無し妖怪削除
すごい!不思議と皆が損をしている!w
4.名無し妖怪削除
なんという天然w
5.名無し妖怪削除
ちょっと天ざる大盛りを頼んでくる
6.名無し妖怪削除
いや、ちょっとまって。
最後くらいって、これでシリーズ終了?
がーん
7.名無し妖怪削除
天然料理うまそうw かなり和んだ。
大国主を懐かしむてゐにもなぜかかなり和んだw
8.蝦蟇口咬平削除
天ぷらそば・・・暑い夏だからざるそばかと思えばw
そしててゐの体操着・・・グッジョブ!!