Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ある女神の物語

2007/08/03 09:39:29
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 ――昔々。気が遠くなって眠ってしまうくらいの昔のこと、一人の女の子がいました。
 その子がいたのは、真っ暗な世界。女の子はそんな世界にたった一人きりでした。
 ずっとずっと、女の子は泣いていました。暗くて広い世界に、一人ぼっちというのは、彼女には寂し過ぎたのです。
 いつしか流した涙は世界を覆い、女の子は溺れてしまいそうな不安に駆られました。

 ――ついに女の子は、泣くのを止めました。

「……作ろう」

 言葉にしたのは確固たる決意。女の子は泣き続けた時間の分だけ、素敵な女性へと成長していました。

「私の世界を……!」


 寂しさからの脱却のため、彼女の創造が始まりました。
 大きくなった自らの身体を最低限必要なサイズに小さくし、余った分を涙の海に浮かべて大地としました。
 彼女がいる世界には、材料は何処にもなかったからです。


「天には光を」

 次に大地の一部をすくい取り、彼女は願いを込めて空に放りました。
 最初の一投は固め方が不十分だったためか、多くが散ってしまいました。
 しかし、真っ暗な世界を照らす優しい光が、空に灯りました。
 彼女は世界をもっと明るくしようと、もう一度大地をすくい取りました。
 今度はさっきよりもずっとずっと強く固め、もっともっと多くの願いを込めました。

 そこで、彼女は驚きました。
 先程空に投げた光が、何処にも見当たらなかったのです。
 ――もしかしたら、どんどん大地を削らなければならないのか。
 彼女はそんな不安に駆られましたが、それでも勇気を出して再び空へと光を投げました。

 今度は全く散ることなく、空には暖かく優しい光が灯りました。
 世界は大分明るくなりましたが、彼女は安心出来ませんでした。この光が消えてしまうかもしれないからです。

 ――やがて、空の光は地平線の彼方に沈んでしまいました。
 世界は再び暗くなり、それを恐れた彼女は泣きそうになりました。
 一度光を知ってしまったがために、これまでずっと過ごして来た闇が怖くなってしまったのです。

 ですが、そんな不安も杞憂に終わりました。涙を堪える彼女の後ろから、最初に投げた光達が昇って来たのです。
 ちょっとだけ、彼女は泣きました。
 初めて流す、嬉し涙でした。

 こうして太陽と月と星、朝と夜が作られました。
 そして嬉し涙は湖になり、いずれそこから多くの命が生まれることになるのです。


「地には実りを」

 再び世界が暖かな光に満ちた頃、彼女は新たな作業に取り掛かりました。
 自らの髪をいくらか引き抜くと、そっと足元の大地に落とします。
 全てがそうなった訳ではありませんでしたが、彼女の髪は地に根付き、小さな芽になりました。
 その力強さとたくましさは、自らが創造したものとはいえ、彼女に希望を与えました。
 この芽が、いずれ世界を覆う植物の祖先になるのはいうまでもありません。

「……うぅ」

 ちょっとだけ、彼女が痛みに顔をしかめたのは秘密の話ですが。


 翌日、彼女はいよいよ生命の創造に取り掛かりました。
 これまでだって多くのものを創れたのです。頑張ればきっと出来るに違いありません。
 悲しみの海に浮かぶ、希望の大地の土を材料にして、嬉し涙の湖の水を加えて泥を作ります。
 泥まみれになりながらも、今まで以上の希望を胸に、彼女は作業を進めていきます。
 それをこねて彼女は自分に似せた、人の形を創りました。


 多くの願いを込めました。
 悲願を前に、手を抜く彼女ではありません。一切の妥協なく、創り上げた人は完璧なはずでした。


 しかし、何故か彼女が創り上げたその人形は、動いてはくれませんでした。
 彼女は悩みました。ほんのちょっぴり泣きそうにもなりました。
 一体どうすればこの寂しさを埋められるのか、必死になって考えました。

「ああ――そうなんだ」

 やがて夜が訪れるころ、彼女はようやく気付きました。
 自らを材料にして世界を創ったのですから、自分に似た者を創るのであれば、世界の全てを加えなければなりません。
 既に日は落ちて暗く、少し遠い道のりではありましたが、彼女は海まで歩きました。
 足りないものは、海の水。彼女が流した涙でした。
 悲しい涙はあまり流してほしくはありませんでしたが、泣けないことも辛いと彼女は知っていました。
 だからほんの少しだけ、人形に涙を与えました。なるべくなら、悲しいことがあまり訪れないよう願って。

 そして、残りの材料は未だに世界に使われていない、彼女の内にあるもの。彼女が彼女である証でした。

「――これで、お揃いだからね」



「あら?」

 パチュリーはページをめくって首をかしげた。続きが記されているであろうページは、白紙だったのだ。
 そこから本の終わりまでページをめくっても、全て真っ白だった。

「未完……かしら」

 誰にともなく呟いて、パチュリーは本を閉じる。
 彼女の傍らには数々の魔導書が積まれており、手元にはペンと真っ白な本が置かれていた。
 ――これらの魔導書はアリスから借りたものだった。
 貴重なものを手放したくないのはお互い様ということで、写本を作ったら返却する約束なのだ。

 そんな古びた魔導書たちの中に紛れていたのは、タイトルもなく、かなり真新しい装丁の1冊の本。
 一通り目を通してから作業を始めようとしていたところ、真っ先に目に留まったのがこの本だった。
 内容から、まず魔導書ではないことは確かだろう。

「……まさか、全部がこういった本じゃないわよね」

 それこそまさかの話だったが、彼女は恐る恐る次の本を開き――安堵した。やはり紛れ込んでいただけだったらしい。



 ――木漏れ日もあまり届かない深い森の中を、二人の少女が歩いていた。
 幼い少女は手に鞠を持ち、不安げにもう一人の手を掴みながら、足場の悪さに苦戦していた。
 比較的動きやすい麻の着物を着てはいたが、やはり子供は子供。慣れていない森の中では歩きにくい。
 対するもう一人の少女は、そんな様子に『しょうがないわね』と笑いつつ、迷いやすい森から抜け出せるように導いていく。
 その洋装は、森の中を歩くのに適しているとは言い難いが、そこは慣れだろう。
 その歩みは彼女の容姿もあるせいか、どこか優雅なダンスのよう。

「うんしょ……それで、その子はそれからどうなったの?」
「その子はちゃんと人を創って、寂しくなくなったわ。大事な家族が出来たんですもの」

 手を引く少女は迷子を導きながら、ある話を語り聞かせていた。
 彼女は語る。時折嬉しそうに笑い、ここからでは見えない空を見つめるかのように、目を細めながら。

「そうして世界と命を創ったその子は、みんなから神様と呼ばれるようになり、皆で仲良く暮らしました――めでたしめでたし、ね。
 ほら、里が見えて来たわ。ここからなら一人でも大丈夫よね?」
「うんっ!」

 不思議な昔話が終わる頃には、二人は森の出口に差し掛かっていた。
 生まれ育った里を目にし、迷子だった少女は顔を輝かせる。その表情を見て、案内していた少女は一言付け加えた。

「もう迷い込んじゃダメよ。いつも私が助けてあげられるわけじゃないからね」
「うん……ありがとう、お姉ちやん」

 迷子だった少女は森の住人と別れ、人間が住まう里へと帰っていく。
 その姿が見えなくなるまで、森の入口で手を振る少女の名は、アリス・マーガトロイト。

「……お姉ちゃん、ね」

 完全に一人になったのを確認し、アリスは小さく呟いた。
 魔法の森に迷い込んだ少女を、どうこうしようとするつもりは彼女にはなかった。
 こうして森の外まで連れて来たのも、ただの気まぐれ。
 なのに――何故こんな昔話を話してしまったのだろうか。間が持たないのであれば、もっと他に適当な話題はあるはずなのに。
 アリスは不意にその原因に思い当たり、空を仰いだ。

 子を自慢するのが親バカなら――

「子バカ……って言うのかしら」

 空には彼女の言葉に答える者はいない。いつもと同じように雲も風も、我関せずとばかりに流れていく。
 暑い夏の陽射しを和らげる涼しい風が、心地よく感じられた。



 ――彼女が彼女である証、それは心でした。
 彼女は人形に心を分け与えて人間とし、お互いに名前を与え合いました。
 寂しがりやの夢から生まれた人間には『夢』を冠する名を。
 その身から世界を創った寂しがりやには、『神』を冠する名を。

 それは、ある女神の物語。
 小さな女神は、今日も多くの家族に囲まれて、素敵に微笑んでいます。
コメント



1.名無し妖怪削除
全体的に良い話だと思いましたが
>その力強さとたくましさは
吹きました。どうしてくれますかw
2.名無し妖怪削除
たくましいなw
3.蝦蟇口咬平削除
子バカ・・・良いじゃないかそれも
4.グランドトライン削除
こんな天地創造もまたいいね