Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

仕事風景(妖夢の場合)

2005/05/21 12:43:25
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高い高い空の上。あの世とこの世の境目に。
一つの屋敷がありました。この世に未練を残した魂の集う、死霊たちの集会所。
そこは、白玉楼といいました。



「ふう……」

昼前の白玉楼、その前庭に立って、魂魄妖夢は息を吐いた。
朝食を終え、昼食の仕込みも終わらせた。健啖家である彼女の主人は、食事が遅れると辺り構わず騒ぎ出すのだ。
本来自分の仕事ではないはずの台所事情に自分が頭を悩ませている、その事実がまた、彼女の頭を悩ませる。
とどのつまり先ほどの吐息は、文字通り一息ついた吐息であり、苦悩の息でもあり、そしてすっかりそれらのことを受け入れている、自分への諦め混じりの苦笑のため息だった。
まあ、不満は多々あるが、問題になるほどではない。これが、魂魄妖夢の日常である。

「さてと……」

そんな四方山事はともかくとして――お勤めの時間である。



シュパッ シュパッ シュパンッ
カカカカカッ コトリ――

白玉楼は二百由旬(誇張表現有リ)、と言われるだけあって、冥界の一角にででんっと横たわるこの屋敷は、バカが付くほど巨大な造りになっている。
そして、その馬鹿でかい屋敷の庭師などを勤めている妖夢は、今、自分の仕事場である前庭を駆け抜けながら、両手の刀を振り回していた。

キキキキキキンッ  カカカカカカカカカッ コトッ

二百由旬――キロメートルに換算すると、ざっと2880kmになる。
そんな馬鹿げた距離を鋏でももって一本一本剪定などしていたら、寿命の概念がいまいち曖昧な半人半霊だって死亡だか成仏だかしてしまう。
よって妖夢は、先代の庭師であり師匠である祖父からこの剪定法を教わっていた。
庭を駆け抜けながら、一瞬にして落とすべき枝とそうでないものとを見極め、落とすべき枝のみを切り落とす。
ちなみに、剣術の修行も兼ねている。

シュパンッ カカカッ シュパパンッ
―――クルリ
パァァンッ

(……おお、なんだかノってきた)

その場で反転しながら、思い切り刀を振り回した。
その衝撃で周囲の枝が落ち、更に散らばっていた枝葉が吹き散らされて宙を舞う。
その感覚になんとなく酔い、妖夢は更にもう一回転してみた。半身である人魂が、ツイストしながら追ってくる。



  「……………」
  「やっほー、幽々子。遊びにきたわよ」
  「しーっ。今いいところなんだから!」   



カキンッ カキンッ コキンッ
カタカタカタッ パラ

視線は前に向けたまま、縦横無尽に刀を走らせる。
落とすべき枝を見極める、といっても、今の妖夢にとって、この庭の中は見るまでもない空間である。
毎日毎日、真っ正直に庭中を回りながら管理してきたのだ。
枝葉の一本一本の張り出し具合から、地面に埋まった小石の位置まで。
妖夢の頭の中には、ほぼ完全な白玉楼のパースが入っている。
前へ。後ろへ。右へ。左へ。
自由に、思うが侭に刃が走る。

シュパァンッ キンッ シュパァンッ キンッ シュパァンッ キンッ
ザザザザザ  シュパアァァンッ

白楼剣を鞘に収め、楼観剣のみを振るった。
居合いの形で抜き放ち、慣性に乗るようにして体を回す。
速度が更に上がった剣先から衝撃波が生じ、軌道上にある枝をまとめて落としていく。
鞘に収め、再び抜き打ち。一度、二度、三度、四度。



   「邪魔するぜ。幽々子はいるかー?」
   「あ、紫。こんなとこにいたの? アンタのとこの式が探し回ってたわよ」
   「しーっ!」
   「しーっ!」

   「お邪魔するわね、ってあら、珍しい。霊夢がこんな所まで出てきてるなんて」
   「お嬢様、お体に障りますからあまり日傘から出ないで下さ―――」
   「しーっ!」
   「しーっ!」
   「しーっ!」
   「しーっ!」



カアンッ カンッ カンッ
タンッ タンッ タンッ タンッ タンッ
シュバババババンッ  チチチッ

白楼剣を再び抜き放ち、二刀流に戻した。
跳ぶように歩を踏みながら、大きく円を描くように振り回す。

タンッ タタンッ タタタタンッ
パァンッ シュパァンッ カカカ シュパパァンッ

全身を躍動させ、意識は浮遊する。
小さく歩を刻みながら、遠くへ向けて剣を振る。
振るっている剣は今や、軌跡を描く絵筆であり、音色を奏でる楽器であり、全てを指示する指揮棒である。
耳に入る音、手に残る感触から、自分の剣が何を斬り、何を残したのかがはっきりと分かる。

カッ カカカッ
タンッ タタタンッ
――――――トトン

地面を蹴り、体が宙に浮いた。それが人事のように分かった。
右手に白楼剣、左手に楼観剣。目の前にあるのは巨木。西行妖を除けば、この庭で最も大きな桜の木。
構えた両手が空を走り―――


ッッッパアアァァァァンッ


軽く、弾けるような音を立てて、外縁の枝が一斉に散った。
季節外れの桜吹雪のように、緑の葉が巻き上げられて、舞い落ちる。
後に残るのは、綺麗に形の整えられた桜の巨木。

チンッ
キンッ

パラパラと、軽い音を立てて降ってくる枝葉を避けながら、妖夢は剣を鞘に収めた。意識が、漸く外に向く。
と――

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!

幾つもの拍手が自分に向けられていることに、ここになって気付いた。
驚いて視線を向ければ、屋敷の縁側から何人かの人間やら妖怪やらが覗いていた。
顔色を赤くし、どこか必死な様子で両手を打ち合わせている幽々子。
その様子を面白そうに見ながら、満足そうに笑っている紫。
素直に感心したように手を鳴らす霊夢に、高く口笛を吹きながら喝采している魔梨沙。
興味深そうに見ていた吸血鬼の王が、従者に向けて話しかけているのが見える。
聞こえた限り、面白かったとか、自分もやってみたいとか、帰ったら美鈴にやらせてみようとか言っているらしい。

「凄いじゃない、妖夢! こんなこと出来るなら、もっと早く見せてくれればいいのに」

しきりに手を叩いていた幽々子が、こちらに声をかけてきた。
それで漸く、この拍手が自分の今の剪定作業に向けられたものだと気が付く。

「……ええと、どうも有難うございました」

一礼し―――妖夢は、誇らしげに笑った



白玉楼は、今日も平和である。
ヤマがない。オチもない。イミもない。
薀蓄もない。捻りもない。勢いもない。
得るものがない。何もない。そんなもんになったなぁ、と思った。


どうにかしようよ、自分………
般若
コメント



1.名無し妖怪削除
好きです、こういう作品。
2.七死削除
ヤマとは天険のみを指すにあらず
オチとは千尋のみを指すにあらず
意味とは経典のみを指すにあらじ

薀蓄は時に雑語に埋もれ
捻りは時に流れを淀ませ
勢いは時に人を取り残す
何も無い? 何を言われますやら、読み終えた瞬間何を語る事もなく、何を考えるまでも無く、素直に拍手を送りたくなったこの素敵な日常の一コマに、それ以上何を求めると言われますやら。

とても気持ちのお見事な爽作!! 実にお見事!! お見事に御座います!!
3.人妖の類削除
タップを踏むような快活な音が脳裏で再生されました。
スッキリサッパリサクサク旨い。
4.名前が無い程度の能力削除
さっぱりした感じで好きですね、こういうの。
5.謳魚削除
とてつもなく今更で御座いますが。

「魔理沙」さんの「理」が「梨」になっておられる箇所が一つ。

初めて読んだ時からふと思い出しては読み返してます。

だいすき。
6.名前が無い程度の能力削除
可愛いなあ妖夢かわいいなあ
7.SAS削除
かっけえ!

剪定のシーンが目に浮かんだ!