Coolier - 新生・東方創想話

説法の時は出たくない

2009/12/24 06:00:45
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「ふぁぁぁ……」

 長閑な昼下がりの陽光の下、雲居一輪は箒を止めてひとつ欠伸を漏らした。
 幻想郷の一角にこの命蓮寺が居を構えて一月。一輪の仕事は、主として寺院周辺の警護だった。何しろ聖を守れなかった過去があるだけに、同じ過ちを繰り返すまいと初めは意気込んでいたものの――予想以上に幻想郷は長閑だった。

「しゃきっとしろって? 解ってるわよ」

 ふわふわと自分の周囲を漂う雲山に、欠伸を見とがめられる。息をついて箒を握り直し、一輪はそれから本堂の方を見やった。
 妖怪の信仰を得ようと建てられた命蓮寺だったが、いつの間にか人里の方でも評判を呼んでいるようだった。今日は本堂で星が説法を行っている。聞きに来ているのは人里の団体だった。主として大人たちだが、子連れの姿もあった。

「とはいえ……ふぁ」

 もうひとつ欠伸。雲山に睨まれて、一輪は首を振った。
 無論のこと職務は弁えているが、とかく幻想郷は平和なのである。妖怪が無闇に人間を襲うことはないし、人間も妖怪を排撃しようとするわけではない。上手い具合に共存関係が保たれているここでは、参詣者を狙って妖怪が襲ってくることもなければ、妖怪寺と呼ばれ人間に攻撃されることもなかった。
 結果、警護という一輪の仕事は半ば形骸化し、専ら参道や本堂周辺の掃除が本業になりつつあった。現状気を付けることといえば、封獣ぬえが何か悪戯をやらかさないか、ということぐらいであるが、今日はぬえも出掛けていて不在。平和だ。

「……あら?」

 と、本堂からひとつ、慌てた様子で飛び出してくる影があった。説法を聞きに来ていた参詣者――ではない。その説法をしているはずの寅丸星だ。

「どうしました? 星」
「ああ、一輪。ちょうどいいところに」

 星は一輪の姿を認め、ひとつ息をつき眉を寄せた。

「本堂から、誰か出ていったりしませんでしたか?」

 一輪は首を傾げ、記憶を辿った。命蓮寺の敷地から出るなら、一輪が掃除をしていた参道を通るだろうが、星の説法が始まってから参道を通った者はいなかったはずだ。
 雲山を呼び寄せる。雲山は上空から、寺の敷地全体を見張っている。本堂から誰か出ていく姿を見なかったか、と聞いてみたが、雲山は首を振った。星以外には誰も見ていない、と言う。

「そうですか……どういうことでしょう」
「どうかしたんですか?」
「子供がひとり、居なくなったようなんです」

 星の言葉に、一輪は雲山と顔を見合わせた。


     ☆


 居なくなったのは六歳の男の子だという。母親が連れてきていたのだが、説法の最中に手洗いに行くと行って席を立ち、そのまま戻ってこなかったらしい。
 戻ってこないのに気付いて、説法が終わってから母親が探しに出た。ところが手洗いには子供の姿はなく、そう広くもない本堂内のどこにも子供の姿が見当たらないのだという。

「正確に言えば、本堂と裏堂のどこにも、と言うべきですが――」

 本堂の間取りはシンプルである。内部は須弥壇の置かれる内陣という板張りの空間と、三十畳の広さがある畳敷きの外陣という空間に分けられている。柱によってほぼ正方形に区切られている内陣の両隣は、脇陣という畳敷きの空間。その周囲を渡り廊下がぐるりと巡っていて、渡り廊下と本堂を仕切るのは障子戸。裏には、六畳と八畳の部屋が連なる裏堂がある。手洗い場は裏堂の端だ。

 星は外陣で聴衆たちに説法をしていた。外陣から手洗いに行くには、渡り廊下を通って裏堂の方へ回る必要がある。本堂と裏堂の屋根は繋がっており、渡り廊下は上空からは屋根に隠されている。なので雲山は、渡り廊下を通る人間の姿は確認していないらしい。

「本堂には隠れる場所はありませんから、居るとすれば裏堂のどこかなのですが」

 裏堂は本来なら位牌堂として使われる空間なのだが、まだ出来たばかりの命蓮寺には位牌を預ける檀家は今のところ無い。なので、今のところは使われていない空き部屋である。
 一輪と星はそれぞれ裏堂の部屋を開けはなってみたが、確かに子供の姿は無かった。一応手洗いも覗いてみるが、やはり居ない。

「居ないですね」
「困りましたね……」

 これ以外の場所に行くには本堂の建物から出るしか無いが、見張っていた雲山が誰も見ていないのなら、子供はまだ本堂内にいるはずだ。だが、どこに隠れているのだろう。

「星、説法自体は終わったのですよね?」
「あ、ええ」
「でしたらとりあえず、その子の母親以外の人間は帰してもいいのでは?」
「――そ、そうですね。そうしましょう」

 聴衆はまだ外陣に残っているはずだ。あるいは星の説法がまだ終わっていないと思っているのかも知れない。終了を告げるために星は外陣の方へ戻っていく。
 一輪は改めて、裏堂の部屋を覗きこんだ。位牌のない位牌堂は、壇があるだけでそれ以外には何もない空間である。子供が隠れるスペースなどやはり存在しない。

「ぬえが何か悪戯でもしたのかしら」

 あるいは子供の姿を誰からも見えなくするとか。あの子ならやりかねない――と考えかけて、一輪は首を振った。今日はぬえも不在なのだ。ムラサによれば、最近よく来るようになった小傘という妖怪と、人間を驚かす方法を考えに行っているらしい。
 ほどなく、がやがやと人間たちが本堂から外に出て行く気配がした。正面の方に回ると、礼をする人間たちに星が礼を返している。その中に、心配げに周囲を見回している女がひとり。件の子供の母親だろう。
 さて、と一輪は唸る。子供がひとり寺院内で消えた。これは早急に見つけ出さないと大事になりかねない。人食い神社なんて悪評が立ったらおしまいである。

「星」

 人が引けたのを見計らって、一輪は星に声を掛けた。

「人探しとなれば、専門家を呼びましょう」

 その言葉に、星は目をしばたたかせた。


     ☆


「私の専門は人捜しじゃないんだけどね」

 がらんとした外陣に並べた座布団に腰を下ろし、ナズーリンはそう言って肩を竦めた。「すみません、ナズーリン」と星がひとつ頭を下げ、「まあ、ご主人様の頼みならね」とナズーリンは頷く。星の腰が低いのはいつものことだが、このふたり、ときどきどちらが主人なのか解らないと一輪は思う。

「で、状況を確認するよ。消えたのは男の子がひとり。歳は六つ。背丈はその歳の子供としては標準的。居なくなったのはご主人様が説法をしている最中。手洗いに行くといって本堂を出て、そのまま戻ってこなかった。そして、手洗いと裏堂に彼は居なかった。ここまではいいかい?」

 子供の母親はおずおずと頷いた。

「じゃあ、詳しいことをいくつか聞こう。まずはその子が本堂を出たときのことだ。もう少し具体的に聞かせてくれないかい? 座っていた場所とかね」
「は、はあ」

 ナズーリンに問われて、母親は立ち上がると、外陣と内陣の境目に近い、左奥の隅を指す。

「あのあたりに、私は座っていました」
「ご主人様、そのときの位置関係を再現してくれないかい」
「あ、はい」

 星が立ち上がり、外陣の右端の方へ移動する。仏像に背を向けるわけにはいかないから、外陣を横に使って説法をしていたようだ。母親と居なくなった子供は、星から一番遠い最後列に座っていた形になる。

「あの子が、手洗いに行きたいと言い出したので、一緒について行こうかと思ったのですが、我慢できなかったのかあの子はさっさと立ち上がって、出ていきました」

 母親は言う。ふむ、とナズーリンは唸った。

「ご主人様はそれは見ていましたか?」
「……いいえ、私は話をするのに夢中で、気付きませんでした」
「だと思いましたよ」

 やれやれと息をつき、それからナズーリンは外陣を見渡した。

「もうひとつ確認します。障子は開いていましたか?」
「開けていました」

 星が答える。ナズーリンは何か納得したように頷いた。

「ナズーリン? 解ったんですか?」
「解ったというか――そうだね、君たちは寺の者だから気付かないのかな」

 やれやれと息をつき、ナズーリンは立ち上がると内陣の須弥壇の方を振り向いた。

「――そろそろ出てきたらどうだい?」

 本尊へ向かってナズーリンが声をかける。一輪は星と顔を見合わせた。
 そしてほどなく、須弥壇の裏からひょっこりと、男の子が顔を出した。
 母親が名前を呼んで駆け寄っていく。男の子はばつが悪そうに頭を下げた。

「まあ、そういうことだよ」

 肩を竦めるナズーリンに、一輪と星は狐につままれたような表情で目をしばたたかせた。


     ☆


「つまり、だ。彼は手洗いに行こうと、自分のすぐ後ろの障子から外に出た。そして手洗いを済ませて戻ってきた。そのとき、一番近くにあった脇陣のところの障子から本堂に入ったんだ。ご主人様の場所からだと、柱とか須弥壇とかに隠れて死角になるところにね。母親も背を向けているから、振り向かなければ彼が入ってきたことには気付かない」

 母親と男の子を見送って、それから本堂に戻って、ナズーリンは話し始めた。

「そして彼は気付いた。内陣の中、須弥壇の裏側に人が通れる隙間があることに。彼は興味を覚えてそこに入り込んだ。そこで須弥壇の内側を観察しているうちに説法が終わり、母親が自分を探していることに気付いた。こんなところに勝手に潜り込んでいるのがバレたら怒られると思って、出るに出られなくなってしまった――そんなところさ」

 一輪の淹れたお茶を啜って、ナズーリンはチーズを囓る。
 星と一輪は顔を見合わせ、はぁ、と感嘆の息を漏らした。

「須弥壇の裏というは、盲点でしたね……」
「そうですね――どうして気付かなかったんでしょう」
「それは、君たちが寺の者だからだろう」

 須弥壇に鎮座する本尊を仰いで、ナズーリンはどこか呆れたように言った。

「内陣は、寺の者しか入れない空間だ。寺の外の者が、そこに入ってくるという発想がそもそも君たちには無いんだろうね。人間の大人にしてもそうだよ。扉に《立ち入り禁止》と書いてあれば、その向こう側のことは意識から外れるものだ。入れない場所は存在しないのと同じことなんだよ。須弥壇の裏側以外は、本堂内部は一望できるから尚更だ」

 それからナズーリンは、星の方を見つめて目を細める。

「大抵の失せ物というのはそういうものだよ。心理的な盲点に入ってしまっているから見つからない。ちょっと視点を変えればすぐ見つかるのにね。――まあ、そういうのが通用しないレベルのうっかりさんというのも、世の中には存在するんだけどね」

 その言葉に、何故か星が身を縮こまらせる。
 一輪はその姿に首を捻り、ナズーリンはお茶を飲み干して小さく苦笑した。
クリスマスネタで何か書こうと思い立つ
 ↓
「クリスマスの寅丸」というタイトルを思いつく
 ↓
『猫丸先輩の推測』ならぬ『寅丸上人の推測』?
 ↓
でも命蓮寺でミステリやるなら探偵はナズだよね
 ↓
第一短編集の『日曜の夜は出たくない』からタイトルを拝借して……
 ↓
あれ、クリスマスはどこへ? ←今ここ
浅木原忍
[email protected]
http://r-f21.jugem.jp/
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コメント



0.2450簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
てっきり雲山の中に隠れてるってオチだと思ったのに
12.100名前が無い程度の能力削除
良いが溜めが欲しい。
推理はミステリの花。見せ方に工夫がいる。
14.90名前が無い程度の能力削除
その昔、人や物が行方不明になると「鼠に引かれる」と言いましたが
命蓮寺の話だけに犯人はナズか!
・・・と思った私はやはり古い人なんですかね、はははh
おや?なんかスキマが開いて誰かが手招きしてるぞ・・・あ゛
19.90名前が無い程度の能力削除
これはうまい。出るに出られない時ってありますよねw
28.90名前が無い程度の能力削除
これは面白い。だがちゅっちゅが足りない。
29.90ずわいがに削除
流石名探偵ナズーリン!
その調子でクリスマス要素がどこに消えたのかも教えて下さい。
59.90令和の時代からこんにちは削除
秘封録でナズーリンが少し探偵風なことをやっていた理由が解けました!
10年も前の作品ですが、まだ読者はいますよ〜