Coolier - 新生・東方創想話

私らしくいきましょう

2021/07/10 17:50:23
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「なあ一輪、我のセンスは古くさいのか?」
「え、今更?」

布都が勇気を振り絞って打ち明けた悩みに、一輪は間髪入れずあっさり返答する。その速さと眉一つ動かさない冷静な反応に布都はダメージを受けた。雲山が目にも止まらぬ速さでボディブローを繰り出したのかと錯覚する威力である。

「い、今更って……! 我はこれでも現代社会に馴染もうと必死に努力しておるのだぞ! その痕跡を感じられぬのか!」
「だってあんた、まずその喋り方からして妙に時代がかってるし、格好も飛鳥時代の豪族なのに平安っぽいし、オカルトを選んだら都市伝説じゃなくて江戸時代の怪談だし」
「都市伝説以外を選んだやつなら他にもいるであろう」

たとえば怪奇小説の猿の手だとか。そもそも一緒くたにオカルトと呼んでいるが、都市伝説と怪談の境界は曖昧だ。そのへんスキマ妖怪に聞いてみたいところである。
それはさておき、布都が千四百年の眠りから目覚め、憎っくき仏教の手先である雲居一輪となんやかんやでいがみ合い、なんやかんやで仲良くなって早数年。ハイカラ少女と称されるこの妖怪と行動を共にしていると、嫌でも前々から指摘されている己の“古臭さ”とやらが気になってくるのである。だから恥を忍んで相談を持ちかけたというのに、そんな矢継ぎ早にあれこれ指摘しないでほしい。別にそこまで深刻に悩んでいたわけではなかったはずなのに、なんかちょっと傷ついた。

「別にいいんじゃないの? 古典的な妖怪なんて幻想郷にはごろごろいるんだしさあ」
「いいや、おぬしにそこまで言われては我とて引き下がれぬ!」
「そんなにキツく言ったつもりはないんだけど」

口元に手を当てて考え込む一輪に、傍らの雲山がぼそりと何かをささやく。あまりに声が小さすぎて布都はおろか神子にすら聞き取れないが、一輪はどういうわけだか雲山と問題なく意思疎通がはかれる。一輪は雲山の方を見て、「ええ? しょうがないなぁ」とため息をついた。見ようによっては一人で喋っている怪しい奴だが、幻想郷では誰もそんなことは気にしない。

「そこの御仁は何と言ったんだ?」
「力になってやれってさ。雲山ったらお節介なんだから。そうねぇ……ベタだけど形から入るってのはどうかしら?」
「形から。つまりは身なり、装束か?」
「そうよ。あんたいつも同じ格好だし、たまには違う服で気分を変えてみるってのはどう?」
「おぬしもいつも変わり映えのない格好な気はするが」
「袈裟の下は凝ってるんですー」

口を尖らせて言われても、見えないものはわからない。見えないところに凝るのがお洒落という奴か。そんなの上級すぎてついて行けない。

「しかし、新しい服なんてどこで調達するのだ? やはりあの香霖堂とかいう道具屋か?」
「悪くないけど、いきなり一から作ってもらうのってハードル高いじゃない。初めから仕立て上がってるのを買いに行くのよ」

そう言うなり、一輪はすたこら歩いて行く。布都は慌てて「待て、どこに行くのだ」と後を追った。

「布都、人里に行くわよ」
「……へ?」



「いやしかし、我はともかく、おぬしらは滅多なことでは人里に入らないんじゃなかったのか?」
「一応ね。けど異変のたびにもう何回も入っちゃってるからさ。まあほら、こうやって変装はしてるわけだし」

人里の前にやってきた一輪は、袈裟を脱ぎ頭巾をかぶって金輪を置き、普段よりラフな格好になっている。正直布都から見れば袈裟を脱いだだけで大して変わらないが、一輪は妖怪といっても元人間だからごまかしは効くのだろう。
問題なのは雲山……と思いきや、自由に姿を変えられる雲山は逆に問題がなかった。雲山は普段の厳しい表情はそのままに、着流し姿の壮年男性に化けている。一輪は得意げに胸を張る。

「どう? 子供二人の引率についてきたお父さん、って風で」
「お、お父さん?」

布都は顔を引き攣らせる。たしかに時代親父だの頑固親父だの言われているし、一輪と並ぶと親子に見えなくもないが。むしろ少女二人に付き纏う不審者に見えやしないか……思っただけで口にはしなかった。今度こそげんこつスマッシュが飛んでくるやもしれない。
それに知人程度の男をお父さんと呼ぶのは抵抗がある。心なしか雲山も困惑しているように見える。どうせ雲山は一輪としか喋らないのだろうから、杞憂かもしれないが。

「まあよい。人里の呉服屋にでも行くのか?」
「最近、新しくお店ができたって噂を聞いてね。そこには和服だけじゃなくて洋服も置いてあるんですって」
「ほう、珍しいな。人里の人間はほとんど和服だというのに」
「ブティックっていうらしいわ」
「ぶ、ぶてぃ……? まさか、仏教の手先か!?」
「それはブディスト。響きはちょっとおばさんくさいけど、若者向けの服もあるんだそうよ」

果たして千年以上生きている輩が若者に入るのか。誰も指摘はしない。先立って歩く一輪と後ろからついてくる雲山に連れられて、布都は例のブティックとやらにやってきた。
開店祝いの花輪が目立つ店の入り口は、新しくできた店だからか、人里の中でも異色の雰囲気を放っている。妙にきらきらしいというか、華やかというか。
入り口のドアをくぐり、いらっしゃいませーという店主の声を背中に浴びる。中は想像以上に奥行きがあって広々としていた。目新しさにつられてか、客もそれなりにいて賑わっている。そして一輪の言う通り、洋服がたくさん並んでいるのに布都は驚いた。

「これを一着ずつ作っているのか? この数はさすがに骨が折れるであろう」
「お店で仕立てたものだけじゃなくて、外の世界から流れ着いた古着を綺麗にして売っているんだそうよ。あの一角がちょうどそれかな」

一輪が指差した先には、衣紋掛けに何着もの洋服が吊るされている。なかなかの数だが、ちょっと手入れをして売りに出せるほど状態のいいものがそんなに流れ着くのか。外の世界のファッションの流行り廃りは相当早いに違いない。
というか一輪が妙にこの店の事情に詳しいのはなぜだ。寺の参拝客と説法ではなく世間話でもしているのか。僧侶なら大人しく修行に励め。

「そうね、あんたいつもボトムはスカートだからなぁ……」

一輪は何やら聞き慣れぬ横文字をつぶやいて、並べられた服を品さだめしている。布都も一輪にならって見てみよう、と見物を始めたところで、布都は目の前にそびえ立つ白い影に驚いた。

「わっ、すまぬ! ……って、人間ではないではないか」

思わず謝りそうになった相手は全身真っ白に塗りつぶされた人形である。何やらよくわからないポーズをとって、洋服を颯爽と着こなしている。

「あー、それ? マネキンでしょ、こういう風に着こなすんですよーっていう見本」
「真似をするからマネキンなのか?」
「知らない」

しかし、と布都は苦い顔をする。このマネキンとやら、人間を対象とした店に置くものにしてはやたらと手足が長くないか。手長足長向けの店じゃあるまいし。足元がハイヒールなのを差し引いても、身長はゆうに百七十センチを超えそうな気がする。どちらかといえば小柄で決して長身とはいえない布都が同じ服を着ても、こんな着こなしにはならないだろう。

「何かお探しですか?」
「へ?」

見知らぬ相手に声をかけられて、布都は動揺する。入り口にいた店主とは違う若くてにこやかな女性だった。首から下げられた名札を見て、この女性も店員なのかと合点がいく。たしかにこの規模の店は一人で切り盛りするには大変だろう。

「こちら、新しく入ったばかりの品物なんですよ」
「あー、そうなのか」
「普段はこのようなテイストの服がお好みですか?」
「いや、友人に連れられて来たものだから、何とも言えぬ」
「お友達とご一緒ですかー。何か気になるものがあればご試着もできますので……」
(気 ま ず い !)

布都は心の中で叫んだ。それが仕事なのはわかっている。布都だって勧誘と布教活動は積極的に行う。だが一輪についてきてふらっと入っただけで、こうも勧められても困る。こっちはノープランなんだ、仮に試着までして気に入らないからやっぱやめますとか言いづらい。
思わず一輪を振り返れば、一輪は別の店員とにこやかに談笑している。お前のその適応力はなんだ、それがハイカラ少女の底力か。
というか雲山どこに行った、と見渡せば、雲山は店の片隅で小さくなっていた。店内は若い女性ばかり、しかも質素な命蓮寺と違ってナウなヤングにバカウケのファッションに囲まれているときてる。雲山が居た堪れなくなるのも無理はない。これが時代親父の末路か。

「あっ、ねぇ、布都」

店員とのご歓談を終えた一輪が戻ってきて、これ幸いと布都は駆け寄る。布都に勧めていた店員は別の客をターゲットにしている。仕事熱心で結構。

「何か気になるものあった?」
「まだよくわからん。そっちはどうなんだ?」
「あるにはあるんだけど、あんたの好みを聞いてなかったと思ってさ。布都、あんたパンツとか履かないの?」
「は!?」

思わずすっとんきょうな声が出た。一輪は「声が大きい」と顔をしかめる。
いやお前が話を振ったんだろうが。なんでいきなりパンツの話になった。見えないところに凝るお洒落ってそういうことか。それともドロワーズ派かと聞いているのか。もしかして一輪はパンツ履かないのか。いや確かに普段は袈裟着てるし和服だと履かないけど。しかしさすがに裾よけだけで空を飛ぶのはどうなんだ? 雲山は止めないのか?
ぐるぐる考え出した布都を見て、一輪は怪訝そうな顔をする。後方のマネキン(これまた手足が長い)を指差し、

「いや、いつもスカートだからパンツはどうかなと思ったんだけど」
「ってズボンかい!!」

やたらと裾の長いズボンを見事に着こなしたマネキンを見て、布都はずっこけた。

「ややこしいわ、ズボンはズボンと言え!」
「え、パンツわかんないの?」
「下着かと思ったわ!」
「はあ? そっちは普通にショーツでいいでしょ」
「普通ってなんだ!」

あっけらかんと言う一輪に布都の中の何かが切れた。

「なんでそう何でもかんでもよくわからん横文字にしたがる! スモールをショートと呼びビッグをベンティーと呼ぶ! ベンティーってなんだ! これも仏教用語の侵食か!」
「落ち着きなさいよ、この店はSMLしかないから。仏教も関係ないから。なんでもかんでも仏教のせいにしないで」

妙に冷静な一輪に腹が立つ。異変の時のあのわけわからんノリはどこに行った。ハイカラ少女はオンオフの切り替えもお手の物か。

「おぬしはなぜそう平然としていられるのだ。四百年ほどの誤差はあれど、おぬしも我と同じく封じられていた身ではないか。なぜ地上の新しい文化にすんなり馴染めるのだ?」
「なぜって言われてもね」

四百年は誤差ではないだろう、と突っ込みもせず、一輪は首を捻る。

「私は眠りっぱなしだったわけじゃないし。雲山はずっとそばにいたし、昔馴染みのムラサもいたし、地底にはぬえさんをはじめとした妖怪達もいたしね」
「いくら人数が多くとも閉ざされた場所に新たな風など吹かぬぞ? おぬしは封印が解けて、地上の変わりように驚かなかったのか?」
「そりゃあ、初めは驚いたけど」

でも、と一輪は明るく言い放った。

「言葉にせよ服にせよ、新しいものが増えるのってそんなに悪いことじゃないでしょう。知識が広がれば、自分の世界も広がるのよ。それが私には結構心地よかったのよね」

雷に打たれたような衝撃を受けた。布都はそんなグローバルな視点は持ってない。太子様とその周りに気を配るだけで精一杯だ。
どうして一輪はそんなに前向きに捉えて、平気でいられるのだろう。世界が広くなったら、そのぶん自分の居場所は狭くなってしまうではないか。
一輪はもう洋服選びに気を取られているようで、「ねぇ、こっちに来てよ」と布都の腕を引っ張ってゆく。壁面に設置された姿見の前に布都は立たされた。
姿見に映る自分がいつもより小さく見える。新しくきらびやかな洋服に囲まれた空間で、布都だけがぽつんと一人で浮いているようだった。

「これなんかどう? 動きやすそうだけど」
「これは大人っぽすぎるかなぁ。でも意外性があってありかも」
「え? 露出度が高い? 雲山、頭固いなぁ。こういうのは見せるためじゃなくて自分のために着るのよ」
「この色は……うーん、いまいち。組み合わせを変えてみようかな」

一輪は次々に服を持ってきては布都の前に当てて、あれでもないこれでもないと唸っていた。時間をかけて悩んでいるわりには、一輪は楽しそうだ。一輪の声は弾んでいるのに、対照的に布都の心は重くなってゆく。
似合わない。不釣り合いだ。たとえ古臭くてしみったれていても、布都は古の文化に心を寄せる自分を捨てたくない。

「あ、ねぇ布都、これなんか――」
「すまんの、一輪」

耐え切れなくなって、布都は一輪の申し出を遮った。

「我にはこんなハイカラな服、やっぱり似合わぬと思う」

一輪の厚意を傷つけないように、布都はかろうじて笑った。一瞬、言葉を失った一輪の隙を突いて、布都は踵を返し店の外へと駆け出した。

「布都!」

一輪は追いかけようとするも、いつのまにか近くに来ていた雲山に止められた。一輪の腕には何着もの服が積まれている。たしかにこのまま店を出たら泥棒だ、と一輪は踏みとどまる。

「どうしたのよ、急に。……え、何? 雲山」

あまりに急な布都の豹変の理由がわからず、一輪は疑問に思う。見かねた雲山が一輪をせっついた。人間に化けても小声な雲山の言葉を、一輪はしっかり拾う。曰く、ちゃんと相手を見ろ、途中から布都が着せ替え人形のようだったと。一輪は眉をつり上げ、

「そんな、私は布都に似合いそうな服を……」

反論しようとして、一輪は言葉に詰まった。布都のためにと一輪なりに一生懸命考えた。けど、布都はほとんど反応を返さなかった。
それでは利他行ではなく、単なる押し付けだ。一輪の独りよがりだった。すっと熱くなった思考が冷えてゆく。

「……そうね、雲山。私ったら一人ではしゃいじゃって、馬鹿みたい」

一輪は自嘲するように笑って、抱えていた服を元の場所に戻した。

「行きましょう、雲山。布都を追いかけなくちゃ」

善は急げとばかりに、一輪はすばやく気持ちを切り替えた。



一輪が探すまでもなく、布都は店のすぐ外にいた。勢いで店を出たはいいものの、行く当てもなく一人で立ち尽くしている。

「ごめん、布都。私、いろいろ先走りすぎてたわね」

布都のそばに歩み寄って、一輪は素直に謝った。布都の表情はまだ暗かったが、追いかけてきた一輪を見て少し笑った。

「いや。我の方こそ、せっかく誘ってくれたのにすまなかった」
「ううん。肝心の布都が楽しめないんじゃ意味ないもの」

店の前では邪魔になるから、と三人は歩き出す。布都の隣に一輪が並び、二人から二歩ほど下がった位置を保って雲山が続く。歩きながら、布都はぽつりと言った。

「……落ち着かないのだ。自分の知らないことが増えて世界が広くなると、自分の居場所が狭くなるようで」

思い返せば、仏教が伝来した時もそうだった。仏教は廃仏派の反発を跳ね除けて――それには布都の関与もあるのだが――瞬く間に為政者や民衆の間に受け入れられたが、布都はどうしても仏教に馴染めなかった。異国から来た見知らぬ宗教に、自らの縁である産土の神が追いやられてしまうのではないかと恐れたのだ。その点、神子が尊んだ道教は仏教ほどの広まりは見せず、古き神を追いやる気配もなかった。
布都が眠っていた千四百年の間に、仏教はすっかり日本に染み付いた。本地垂迹といって神と仏が同一視されたり、かと思えば廃仏毀釈だといって寺社や仏像が打ち壊されたり。仏教を取り巻く環境は目まぐるしく変わって、布都にはついていけない。

「だからかもしれぬな。我が新しいものになかなか馴染めないのは」
「……そう」

こんなことを仏教を信仰する一輪に話すのもおかしなものだが、一輪なら聞いてくれるだろうという信頼もあった。宗教的には対立する立場でも、一輪自身は決して排他的な考えの持ち主ではない。
一輪は黙ったまま布都の話に耳を傾けていたが、やがて前を向いたままつぶやいた。

「あんたは自分の大事なものが、別のものに取って代わられるのが怖いのね」

布都は弾かれたように顔を上げた。正鵠を射た一輪はすっきりした表情をしている。

「なんか納得したわ。あんた、道教を信仰している割には、もっと古い神道に寄ってるところが多いもんね」

神道に関しては霊夢にも言われたことだった。しかし布都は巫女として神を重んじる霊夢とは違う。自らの祖先だから、古くから信仰し続けていたから。
布都は再び疑問に思う。幻想郷には古くから神社はあっても、命蓮寺が建つまで寺はなかった。布都らと同じく、一輪らもまた幻想郷では新参者だ。新参者に向けられる警戒の視線を感じたことはないのだろうか。

「おぬしは怖くないのか? いずれ置いてけぼりにされるかもしれぬのだぞ?」
「怖くないわ。周りがどんなに変わっても、私は私だもの」

一輪は堂々たる佇まいで晴れやかな笑みを向けた。雲居に咲く花、なるほど、彼女の名前の通り花のあるかんばせだ。
今の明るい彼女からは想像もつかないが、一輪もまた波瀾万丈な人生を送ってきたのだった。かつては人間で、妖怪の雲山と相棒になって、聖達と出会って、いつのまにか妖怪になって、封印されて。布都は人間時代の一輪を知らないが、きっと人間の頃の一輪も今とさして変わらない性格をしていたのだろうと思う。

「もし私が間違った道に進んだ時は、雲山が正してくれる。雲山は頑固だけど、それがいい方向に行くこともあるわ」

いたずらっぽく目を細める一輪に、悪かったな、と言いたげに雲山は顔をしかめる。仏教用語はいけすかないが、一蓮托生という言葉がよく似合う二人だ。雲山の頑なな性格を要領のいい一輪が諌め、時に先走る一輪を雲山が温故知新で助ける。時が流れ何もかもが移ろおうとも、一輪は決して自分を見失いはしないだろう。

「それに、時代が変わって良いこともあったわ。聖様を助けに行けたし、聖様がおおっぴらに魔法を使っても大丈夫だし。まあ、あんた達の復活は阻止できなかったけど」
「そうであった! この恨みは忘れんぞ。いつまでも臭いものに蓋をしていられると思うなよ」
「あの時はほんっとひやひやしたんだから。だけど、不思議よね。今はこうやってあんたとも普通に話してるし、一緒に出かけてる」

昔の恨みが再燃しかけたが、一輪の屈託のない物言いに、言われてみればと布都も納得する。相変わらず仏像やお寺を見ると焼き払いたくなるし、坊主も袈裟も憎いのに、一輪は嫌いじゃない。彼女自身が道教を嫌っていないからだろうか。布都は一輪と過ごすのが苦ではなく、むしろ楽しみすら見出していた。

「ねぇ、布都。ファッションって時代によって変わっていくじゃない。あんたの生きていた飛鳥時代と、私の生まれた平安時代でも全然違うのよ。外の世界では今、ファッションは自分らしくあるのが一番なんだって、マミゾウさんが言ってたわ」

場をわきまえるのも必要だけどね、と付け足す。マミゾウこそ古臭い妖怪の代表みたいなのに、やけに世の中に精通している。あるいは一輪の柔軟さも、マミゾウの受け売りが少なからずあるのかもしれない。

「自分らしく、か……」
「誘っておいてなんだけど、焦らなくていいのよ。布都が一番楽でいられる格好がいいんじゃないかしら」

一輪の助言で、布都はようやく腑に落ちた。そもそも、最初から一輪は布都の相談に対して『別にいい』と言っていたではないか。
自分らしく。外の世界の潮流の割には、心地よい響きだった。

「うむ! それなら、我にも馴染めそうだ」

吹っ切れたら、今度は『自分らしさ』とやらをとことん追求してみたくなった。自分が最も自分らしく、自然体でいられる服装。一輪と一緒に考えたら、きっと楽しいに違いない。

「一輪、もう少し我の買い物に付き合ってくれぬか?」
「え? いいの?」
「どんな服がいいか、考えるのが楽しくなってきたのだ! 香霖堂にも顔を出してみようではないか!」

勢いのまま誘いをかけると、元よりノリのいい一輪は瞳を輝かせ、即座に乗ってきてくれた。

「そうね、最初からそうすればよかったのよ。布都にはオーダーメイドの方が合ってるかもしれない」
「太子様のようにマントを羽織ってみようか……いや、どうせならもっと大胆に、我の得意な風水も絡めて格好よさを突き詰めてみるか!」
「いいじゃない、いいじゃない! それじゃあ、せっかくだから私も新しい衣装を考えてみようかな」
「何じゃ、坊さんのくせに質素倹約に努めなくてよいのか?」
「密教文化は極彩色で派手なのよ、有りよ有り! そうね、例えば翼を広げた鳳凰のような……」
「よし! ならば共に究極の自分らしさを求めようではないか!」
「ええ、自分らしく、ありのままに!」

大いに盛り上がっている布都と一輪の影で、呆れ果てている男が一人。レリゴーしだした二人に『さすがにこれは軌道修正できないわ』と雲山が匙を投げ、無茶振りされるであろう道具屋の店主に手を合わせたことに、二人は気づかなかった。



「……」
「……」
「あの、神子さん。私に何か話があるのではありませんか?」
「お前こそ。私相手に隠し事など無駄だとわかっているだろうに」
「ええ、そうでしたね。人の欲をすべて聞いてしまう貴方ですもの」
「そういうお前は、今まで沢山の人間の悩みを聞いてきたと言っていたな。……聖白蓮よ、私の悩みを聞いてくれるか?」
「もちろん。そのかわり、私の悩みも聞いてもらいますからね」
「実は……」
「言いにくいのですが……」

「最近布都がメ◯ナク風ファッションに凝り出して……」
「うちの一輪が小林◯子のようなファッションにハマり出して……」

少女達の自分探しは、まだ終わらない。
はじめまして。
仲良くしてる布都ちゃんと一輪さんの話が書いてみたくて書きました。人里の人達は基本和服ですけど、もしも洋服屋があったらという体で。もっと真面目な話の予定だったのになぜかコメディっぽくなったような……?
朝顔
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コメント



0.300簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
楽しく読めました。良かったです
2.100サク_ウマ削除
真面目さと軽快さが程よく調和していてとても楽しく読めました。良かったです。
3.100名前が無い程度の能力削除
軽妙なやり取りの中でも布都も一輪も生きてきた人生の背景がちゃんと描かれていて
新しいものに対するスタンスの違いとか
布都にとって一輪がどういう存在なのかとか
原作のあれこれが見事に昇華されてて、すごく面白かったです
5.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
6.100名前が無い程度の能力削除
やりとりが子気味良くていいですね。服に悩む様は女の子していて可愛らしいです。
7.100Actadust削除
服に悩む二人の可愛らしさと、テンポの良さ、そんな中で語られる人生観がしっかりと調和していて大変楽しませて頂きました。
8.80クソザコナメクジ削除
良かった
9.80名前が無い程度の能力削除
いちふと助かりました。
丁寧にまとまっていてよかったです。
10.100ヘンプ削除
ものすごく読みやすかったです。それに加え、二人がきちんと向き合っていく様がとても面白かったです。
11.100夏後冬前削除
スッキリした文体で流れるように読める上に着眼点がガーリィですごく素敵でした。
12.70名前が無い程度の能力削除
良かったです
13.100水十九石削除
霊廟の事を抜きにして布都の内情について語っていたのが中々に面白かったものです。スペカが神道寄りな命名な所から発展しているであろうその語りが実に気持ち良い。
ストーリーの主軸も実に女の子らしく、そういう物部布都という人物を立場外から描いているのが好きでした。
あとラストの伏字わかんない…アマゾンのメイナク族…?
14.100めそふ削除
面白かったです。
二人の可愛らしさと感情の変化具合が見ていて心地よく、結末といい、全体的に爽やかな展開がとても良かったです。
16.100南条削除
面白かったです
いっしょに服を買いに行く2人が微笑ましくてよかったです
作品全体にキャラの魅力に満ちていました
21.100名前が無い程度の能力削除
ほのぼのとしつつ、ハートフルな雰囲気のまま終わりかと思いきやオチで不覚にも笑ってしまいました。面白かったです。とても楽しいお話でした。