八雲紫の手紙には五人で相談をしろと書かれており、霊夢、慧音、藍、萃香ら全員で悩んだ末、誘うべき人物は永遠亭の薬屋、八意永琳ということとなった。
誰が交渉に行くか、という話になったが、そこは自分に任せて欲しいと慧音が名乗りを上げたので、慧音は一人永遠亭へ向かい、他の三人は博麗神社で黙って待つこととなる。
そして現在、慧音は兎に案内されて永琳のいる部屋へと向かっていた。
自分なら説得できると自信を持って来たのだが、いざ一人永遠亭に向かい、里を越え竹林に歩を進めていく内に、慧音は段々と緊張と気の重さを覚え、永遠亭の門に辿り着いた時には永遠亭の戸を叩くことを躊躇っていた。何と言えば良いのか、それが判らなくなってしまったのだ。けれどどうにか勇気を出して戸を叩き、今に至る。
事態を説明するにしても、例えば慧音や霊夢は八雲紫の死を視認した。藍は自らの式が外れた。萃香は薄々現状に気付いていた。そして内三人は、直接紫から話を聞かされていた。だから、四人はいとも容易くこんな突拍子もない話を信じられたのだ。いや、そんな条件でありながらも、実はまだ全員、これは悪戯なんじゃないかという思いも捨て切れてはいない。その思いが、自分の存在を否定したくないというものや、紫の死を信じたくないというものであるという様々な違いはあるが、嘘である可能性を期待と不安とで全員が考えていた。
さて、そこで問題は永琳である。紫とあまり深い接触があるわけでもなく、また智恵に富む永遠亭の頭脳役。果たして、どこまでこんな話を信用してもらえるか。
説明の仕方を様々に思案しつつ歩いていた為だろう、慧音の表情は何かを睨むように鋭くなっており、屋敷を案内する兎の顔は訝しげに慧音を見詰め、永琳に会わせるのを躊躇っている雰囲気があった。
竹の香る冷たい廊下を、素足で兎と慧音は歩いていく。その速度は遅いが、確実に永琳の元へと向かっていた。
「こちらです」
そうぶっきらぼうに部屋に通されると、永琳が戸の方に向かい座っていた。後ろにあるものを見る限り、調薬を終え、その片付けの途中といったところだろうか。
「こんにちは、慧音」
「昼時だというのに済まない、八意」
「気にしなくていいわよ。それで、どんなお話かしら」
拒絶されているわけではない。そんな永琳の態度を見て、慧音はまず安心をする。ただし、独特な薬品臭さに気付くと、体が危険を感じたようで無意識に強張った。
「すまないが、人払いをしてくれないか?」
「あら、他の人には聞かせたくないお話?」
「いや、そうではなく……いや、やはり聞かれたくはない話だ」
「そう。でも安心して。ここの防音は完璧だから」
何故薬の調合をする部屋に防音が必要なのかと思い、薄ら寒いものを慧音は感じた。
「そうか……では、話させてもらうぞ」
慧音は意を決し、永琳がどういう反応をしてもとりあえず言い切ってしまう覚悟で、けれど細かく説明を始めた。その説明は固く面白みには欠けたが、それに口を挟むことなく永琳は最後まで黙り、時折頷きながら話を聞いていた。
完全否定でさえなければ良い。悪くても、少し位用心をしてくれる程度信じてくれれば良い。そんな必死な思いを込める。
「……ということなんだ」
説明を終えたが、永琳の反応が不安であった慧音は、永琳から目を逸らして反応を待つ。
対して永琳の反応は。
「そうなの。いいわよ、私も力を貸すわ」
鵜呑みである。
カッコンと、まるで手桶で頭を叩かれたような衝撃を慧音は覚えた。
それはまるで、鬼が出るか蛇が出るかと覚悟を決めて藪を越えたら、そこが見覚えのある公園であったというような感覚。要するに拍子抜けである。
「え、えっと……八意、納得してくれたのか?」
「あら、疑って欲しかったのかしら?」
「いや、勿論信用して欲しかったのだが……」
一割でも信じてもらえれば良し、半信半疑なら申し分ないと思っていただけに、真っ向から信用されるとかえって不安になってしまう。
口を開けば、もう少し疑った方が良いんじゃないかと言ってしまいそうな慧音を見て、永琳はくすりと微笑みを浮かべる。
「確かに、いくつか気になることもあるけれど、それでも信用はするわ。それがもしも大がかりな嘘だとしても、騙されてみて暇潰しにはなるでしょうし」
極めて軽い気持ちでの肯定であったらしい。だが、否定されるよりは遙かにマシであった為、慧音はそれ以上何かを言うことはできなかった。
永琳は慧音に少し待っていてくれと頼むと、ゆっくりと残りの部屋の片付けを始める。それを、どこか悶々とする思いと部屋に漂う苦く温い香りとで思考を停滞させつつ、ぼうっと眺めていた。
しばらくして薬の匂いで慧音の胃の中が気持ち悪くなった頃に、永琳は片付けを終えてすくりと立ち上がる。
「さて、それじゃ、私も神社に行きましょう」
「え……あ、あぁ。そうだな。それでは行こう」
そう返しつつ慧音が腰を上げると、その横を通り抜けて永琳がふすまを開け放った。竹の香りを乗せた涼しい風が部屋に入り込んでくる。その風を肌と鼻で感じて、慧音は大袈裟ながら生き返ったという感想を抱いた。
永琳は輝夜と兎とに神社へ出掛ける旨を伝え、最後に昼食はいらないと告げると玄関で待機していた慧音と合流して博麗神社へと向かっていく。
二人は竹林の中を、散歩でもする気軽さで歩いていた。
その歩みの中で、永琳は慧音の知る限りの現状を説明してもらう。
しばらく説明を続けた後で、慧音はふとついさっきの永琳の言葉が気になった。
「そういえば、先程言っていた気になっていることって?」
「ん? さっきの話?」
それに頷く慧音を見てから、指先を顎に当てて「んー」と考えをまとめる。
「どうしてわざわざ事細かに、私たちの正体を明かしたのか、ってこと」
それは慧音の話を聞いていた時に、永琳がザラリと感じた違和感であった。
「……それのどこかがおかしいか? それは計画上、私たちにとって外の力が毒だからという警告をする為ではないのか?」
「それなら、もう少し別の言い方もあったはずでしょう。例えば計画の要となるから、外の世界の力に触れると痛手を負う、というように。何も、結界の一部であるなんて言わなくても良いと思わない?」
「あぁ、なるほど」
「それにそっちの方が、あなたや博麗の巫女ももう少し心が楽だったんじゃないかしら」
永琳の言葉にハッとして、初めて慧音はそんなことを考えた。
そう言われてみれば、何もそんなこと細かく言う必要はなかった気もする。いや、そう考えると逆に、言われたこと自体が嘘で、本当はもっと何かを隠していたのではないかとも思えてくる。元々疑いをもっていなかった部分への疑いに、慧音はゾッとして身震いをした。
少しずつ青ざめる慧音の表情に気付き、永琳はすぐに声を掛ける。
「落ち着きなさい慧音。何も疑心暗鬼になれと言ったわけじゃないわ。ただ、何か意図するところが判らないから、疑問に思っただけ。ことの真偽は判らないけど、紫の言うことを信じていれば、とりあえず事態は解決するでしょう」
優しげにそう諭されると、慧音は自分の動揺を恥じた。
この幻想郷の危機というものが悪質な嘘かもしれない。それは、事態を知るほとんどが、多い少ないの差はあれど抱いていた疑いである。けれどそんな中で、永琳はこれが本当なのだろうと踏んでいた。
今回の件に関して、慧音から聞いた話だけではあるが、判らない部分が多すぎる。永琳はそう感じていた。そして、意図不明瞭な部分が多いから、逆に真実味があると考えた。もしも紫が大がかりに嘘を吐くのなら、誰にしたってぐうの音も出ないほど完璧な嘘にを組み立てるだろう。永琳には、何故かそんな確信があったのだ。
「他にもあるのだけれど、あの何を考えているのか判らない妖怪の計画となると、どんなものでも安易には否定できないのよね。どこまで本当でどこから嘘なのかしら」
「……はぁ。それを唯一知る者が、もういないからなぁ」
慧音は大きく溜め息を吐く。
「あれ? 先生と医者なんて、珍しい取り合わせね」
と、思案にふけっていた二人の前に、白い長髪を風に流す赤い目の女性が現れた。
「あら、妹紅」
それは自称健康マニアの焼鳥屋、藤原妹紅であった。
「お、藤原か。こんにちは。元気そうだな」
と、慧音に名字を呼ばれ、一瞬で妹紅の頬が引き攣る。それでも、なんとか自分の表情を整えて二人に挨拶を返した。
妹紅の挨拶を聞くと、永琳も挨拶を返しながら話し掛ける。自分の娘を訪ねてきた娘の友人を家にあげるような気軽さで。
「姫なら屋敷にいるわよ」
「……お前、輝夜の護衛も兼ねてたわよね?」
「大丈夫よ。揃って死なないのだから安心して見ていられるわ。例え竹林のどこかで丸焦げになっても、きっとウドンゲたちが拾ってくれるでしょう」
真剣に、それで護衛は務まっているのか、という思いが妹紅と慧音の二人に浮かぶ。
「あ、そう。ねぇ妹紅。今日と、多分明日は博麗神社にいることになるから、急患が出た時は博麗神社に案内してあげてもらえるかしら」
「は? 別に良いけど、なんで神社に?」
「ありがとう。それじゃあ、お願いするわね」
「ちょ、ちょっと待て永琳! ……逃げた」
妹紅の言葉に反応することなく、サッサと永琳は歩み去ってしまった。
「藤原。蓬莱の姫に挑むのは良いが、程々にしておけよ。まかり間違って、本当に死んでしまうことがないとも限らないんだからな」
「あ、おい慧音!」
声を掛けるが、慧音もまた永琳のように歩み去ってしまう。
二人がろくに反応もせず去ってしまったので、妹紅は何か面白くない気分になった。
「……死ねるのなら望む所だっていうのよ」
そんな永琳と慧音の背中に軽く拗ねながら呟くと、永遠亭へと歩みを再開させるのであった。
「「「わはははは!」」」
酒を飲み、テンション高く騒ぐ三人。
「……既視感が」
目を覆う慧音。
神社に戻った慧音と永琳を迎えたのは、神社の中で馬鹿笑いをする三人の姿だった。
慧音が神社を出てからすぐ、三人はとりあえず何かを食べることにして、その場で萃香が酒を出したのがこの惨事の原因となっている。
「えーっと」
その現状を見て、永琳は思案をする。
「……ドッキリ?」
「……違う」
確信はあるのに自信のない声だった。
「おい、お前ら! なんで飲んだくれているんだ!」
「あ、お帰りけーね……あ、薬屋がいる」
笑いすぎて腹を痛めている霊夢が、怠そうにごろごろと床に転がりながら視線を向ける。
「お、本当だ。お疲れ、ハクタク」
「お疲れー、慧音ぇ」
酔っぱらいは緩慢に動き、時折思い出したように爆笑を繰り返す。
説教はするとして、頭突きをすべきか否か。そんなことを慧音が真剣に悩んでいると、永琳が三人に丸薬を手渡した。
「……あにこれ?」
受け取ったものを、濁った目で見詰める霊夢。同様に他の二人も、親指と人差し指で摘んでマジマジと眺める。
「三人とも、それを奥歯で噛んでみなさい」
にこやかな発言に、良いものなのだろうと霞んだ思考で納得すると、三人は同時に口に放り込み、その丸薬を奥歯で噛み砕く。
その五秒後、三人は目を見開いたと思うと口を押さえ、台所へと駆け込んでいった。
「い、いう、みうぅ!」
「あが、あぐがぁ!」
「んーー! んんーーー!?」
慧音と永琳のいる居間にまで悲鳴が聞こえてくる。
「……あれはなんだったんだ?」
「んー、酔い覚ましよ。苦みが特製の」
舌を鈍器で殴りつけるような苦みが売りなのだそうな。
やがて、水で苦みをある程度忘れることのできた三人が駆け戻ってくる。
「「「なんてもん食わせるんだ!」」」
息ピッタリ。
「ただの酔い覚ましよ。でも、私より先に慧音に話があるみたいよ?」
「よし、酔いも覚めたな。説教といくか」
「「「いっ!?」」」
今度は仕草まで揃った。
逃げるわけにいかず、三人は正座にて説教を受けることとなる。真剣な話し合いの前に酒を飲むな、酒を飲んでも我を失うな、酒を飲んで乱れるな等々。一つ一つに細かく説教をしていくものだから、そもそもの酒を飲むなという部分の説教は最初の二分で終わっていながら、結局三十分という時間が説教に費やされることとなった。
一方、その三十分という時間を、永琳は自分でお茶を淹れ、それを縁側で啜りながら外を眺めてぼうっと過ごしていた。
「すまない、八意。呼びつけておいて待たせた」
「あら、もう終わったの? 私のことなら気にしなくても良かったのに」
すくりと立ち上がると永琳は、正座に疲れ足を投げ出している三人に近付いて改めて腰を下ろす。
「さて、長い挨拶は不要かしら。それじゃ、私も話に参加させてもらうわね」
そんな永琳に、慧音を含める四人が口々に短く挨拶を返すと、あっという間に場の雰囲気が一変する。本題を話すよう、全員が意識を切り替えたのだ。
「そういえば、薬屋。お前はどの程度の説明を受けたんだ?」
「そうね。私が聞いたのは」
永琳は、慧音から聞いて理解したことを簡単に説明する。それによれば、ほとんどのことは道中で慧音から聞き把握しているようだった。
「そうか。なら、いつ結界の一部になったか、という話だが、聞く準備はできてるか?」
「えぇ。いつでも」
それは慧音の話を聞いた時のように、内容に怯むことも相手を疑うこともない真っ直ぐな瞳。そんな目に気付いたので、藍は躊躇わずに口にする。
「お前は、あの月の姫と一緒に幻想郷に訪れた時に、幻想郷結界に組み込まれたそうだ」
「ということは、私の役割は姫と私自身の監視ってところかしら?」
「それと、竹林の管理だ」
「色々と仕事があるのね」
永琳は把握して頷いた。その把握の速度があまりに早いので、藍と慧音は少しばかり唖然としてしまった。
「あ、そうだ。あと、丁度良いから今言ってしまうが、お前とハクタクの二人だけは他の結界と異なって、半結界と記されていた」
「……半結界?」
「私と慧音は、他の結界と違って後から結界要素が組み込まれた、ってことじゃないかしら」
「恐らくはそうだろう。ただ、それについての記述はほとんどなかったから、どういう意味を含むのかは細かくは想像するしかない」
それについては特別情報もないので、永琳はもう少し考えたかったようだが話題は変更される。
「さてそれじゃ、これから幻想郷全体をどう守るかだが」
「悪いけれどその前に、一つ確認をしておきたいわ。いいかしら?」
藍は一瞬目を点にしたが、すぐに頷くと永琳に言葉を譲った。
「これは幻想郷全体を巻き込む大異変よね」
その問いに、全員が小さく頷く。
「つまり、この異変を事前に他の大勢に伝えないといけない。そしてその際に、他の結界の一部となっている妖怪に、自分が結界の一部だと告げるのか告げないのか」
場が凍り付く。全員が考えていなかったわけではないが、後回しにしようと頭の隅に置いていたものを目の前に持ってこられたのだ。それなので、聞いた全員が無意識に少しだけ目を逸らした。
短な沈黙を挟んでから全員が視線を永琳に戻すと、今度は霊夢が口を開く。
「他のっていうと、私たちと紫を除く五人のことよね」
それに永琳は頷く。
ここにいる四人を除く、レミリア、幽々子、幽香、文、にとりの五人。その五人に、見解の一部であるということを言うべきか否か。それは頭の痛い問題であった。けれど、永琳が持ち出したのは良い機会でもあるので、全員が沈黙をして自分なりに考えをまとめていく。
四分という沈黙を置いてから、話し合いは再開された。その結果、控えめながら慧音と藍は反対する。事件解決後の生活に問題が出てるかも知れないという理由からだ。霊夢はどうしたら良いかが結局浮かばず、他人の意見を聞いて考えを改めてまとめるとした。そして萃香は、本人にだけは伝えた方が良いのではないかという意見だった。そんな自分の考えを言い終えてから、一同は永琳の意見を待つ。
本来なら、計算力では藍も永琳に決して劣ることなどないはずなのだが、式が落ちてからというもの、どうにも調子が悪い。そしてそれがまだ安定しきっていないらしく、自分でも呆れるほどに思考力が落ちている為、自分自身の考えに自信が持ちきれないのだ。だからこそ、永琳の意見に最も興味を持っていたのは藍であった。
「私は伝えた方が良いと思うわ」
自信に満ちた意見に、全員が耳を傾ける。
「まず、どうしても以後の生活に支障をきたすというのなら、慧音に事実を知ってしまったという歴史を食べてもらえば良い。そういうことはできるわよね?」
「あぁ、できる」
「それだから、教えてしまっても構わないと思う。何より、私はあの八雲紫が何を考えてこんな半端に書き残したのかを知りたいの。わざわざ真実を伝え、そして全員分の真実を書き残したということが、全員に伝えろというものに私には思えるのよ」
それは、これからのことを考える四人とは別の、紫の思いを探るという観点から導き出された答えであった。
「それに、あの妖怪の真意はまだ想像が及ばないのだけど、私がここにいることが計画通りなのなら、私がそういう選択をすることも想像の内だと思うのよ」
そう言われると、藍は納得をしてしまう。
だが、そうなると慧音が気になる点は、誘うべき相手が本当に永琳で合っていたのか、という点だ。もしも間違っていたのなら、行動を誤り、幻想郷を守れなくなるかもしれない。
知らず知らずの内に、慧音はことの重大さに心を押し潰され、慎重を越え臆病になっていた。
しかし、そんな慧音の臆病風を、二つの脳天気が吹き飛ばす。
「そうね、永琳の言うとおりだわ。あの完璧主義の計算狂なら、きっとどこまでも予期してる。これから私たちが取る行動を、にやにやしながら計算していたはずだわ」
「あ、それ想像つくなぁ。紫はこの書き物を読んで、私たちがどう慌てるのか、どう困るのかって笑いながら書いてそう」
特に深く考えず、あるいは精一杯深く考えた上で、成り行きに任せることを選んだ二人。類い希なるほど勘が鋭い二人は、自分の思考と勘の向かう方向が上手いこと噛み合わず、その結果自分の勘と紫の計算した未来に自分を託すことを決めたのだ。
そんな二人の意見に、慧音は自分の内側にあった不安や弱気を随分と持って行かれ、不思議と落ち着いた気持ちになった。
「そうか……そうだな。私が記憶を食べられるのだから、ものは試しといってみるか」
慧音のその言葉で、計画の方針が決定する。
まず、結界となっている全員に事実を伝える。それから、自分の周囲へは各自の判断で伝えてもらう。また、周囲に事実を伝えるか否かという問題を別にして、紫の計画についての説明をおこない、以後積極的に協力をしてもらう、というものになった。
ここまでを決めると、相談を重ね、時間的な余裕はあまりないであろうことを考慮して、明日にはどうにか全員に伝えようという話になった。
五人を誘う方法だが、それは単純に萃香の力に頼ることとなる。ただし、幽々子だけは藍が直接誘うということになった。
「私からはこれでお終い」
そう言うと、自分より前に話を始めようとしていた藍に視線を送る。
「助かった。それも気になっていたのだが、どう話せば良いか判らなかったんだ」
そんな藍に続き三人も簡単に礼を述べてから、話は最初の位置へと戻る。
「さて。計画上一番大事なことになる、どう布陣するかという案を考えようかと思う」
幻想郷全体を巻き込む戦闘。つまり、幻想郷のあらゆる場所で器を持った外の世界の力を迎え撃たなければならない。これに際して、こちらの戦力をどこにどれくらい割り振るか、ということを決めようとしているのだ。
なお、器を持った外の世界の力は、便宜上『敵』と呼んでしまうことを慧音が決めた。
さて、現在決めようとしている布陣で、差し当たって考慮すべき重要な点は以下の二つ。
・結界となる九人の周囲に敵は集まりやすい。
・強い力を持った者、あるいは力の集まる場所にも集りやすい。
それらを踏まえ、五人は知恵を出し合う。
「私らは固まってた方が安全なのかな?」
「いや、そうすると敵を集めすぎることになる。それに、一カ所に巨大な穴を開けると結界の修復が困難になる」
「そうね。それに、敵の力が判らない以上、不用意に集めてしまうのは危険。だけど、いくらかはまとめておかないと、九人の守りが疎かになってしまうかもしれないわね」
「それだと、三人ずつくらいで散らすか?」
「三人か、あるいは二人ずつで散らすのがいいだろうな。霊夢はどう思う?」
「んー」
真剣な話し合いで肩こりを感じ、霊夢は背を伸ばす。
「とりあえず、私が結界をどうこうすることになる以上、私はここ博麗神社を離れられないでしょ? そんな風に、まずは他の八人がどこに集まるのかを考えた方がいいんじゃない?」
「なるほど……ではまず九人が集まれる場所を決めるか」
話はどこが安全か、どこが戦力を集中できるかという話へと変わっていく。
「恐らく、外の世界と繋がりの濃い無縁塚は危険ね」
無縁塚とは、その名の通り縁者のいない者の墓を作る場所であるが、それが主に外の世界から迷い込んできた人間などの墓であることが多い為、幻想郷の中で外の世界に一番傾いている部分なのである。また、墓地ということもあり冥界にも通じている。
「無縁塚といえば、白玉楼はどうなるかしら。あそこは冥界よね? だったら敵の侵入はないんじゃない?」
「いや、幽々子様が結界の一部である以上、敵は来るだろう。むしろ、無縁塚から敵が来れば、あそこは危険な位置だ」
「無縁塚が冥界とも繋がる以上、確かに危険性は高いな」
ふと、萃香が思い付いたことを口にする。
「安全な場所っていうと……幻想郷の戦力が固まってる山なんてどうかな?」
天狗や河童、更には最近になって二人も神が現れた妖怪の山。戦力としては申し分ない。
「確かに安全ね。丁度そこに住む結界は天狗と河童なのだから、二人はそこで守って貰いましょう。けれど、あそこは神や天狗が住んでいるから力が強大すぎて敵が集中してしまうから、それ以上は無理じゃないかしら」
本当なら天狗や河童の戦力を他の場所に回したい所だが、どちらも縄張り意識の強いから、その戦力に頼るのは得策ではないと永琳は考えた。
「良し、まずは二人が決まったな。他の三人は……というか、ここにいる霊夢以外の三人はどうする?」
「私は永遠亭。どこかに行って、無用に心配させたくはないわ」
最初に答えたのは永琳であった。その言葉に遠慮はなく、罪悪感もない。それはただ、信頼だけの言葉であった。
そんな言葉を聞いて、萃香は自分の思うままに行動することを決める。
「そうだなぁ。戦えるって判ってるわけだし、私はここで霊夢を守ろうかなぁ」
「あのなぁ、萃香。戦えるって言っても、そんなにガンガンやれるわけじゃないと思っておけよ」
「心配しなくても、自分で調整しながら戦うよ」
「無理はするなよ」
と、藍に問われてから沈黙をしていた慧音がゆっくりと口を開く。
「私は里を守るつもりだったのだが……私がいることで危険を呼んでしまうのなら、私はどこかに身を隠そう」
するとすかさず、永琳の言葉が挟まれた。
「あら、慧音。あなたは永遠亭に来なさい」
「えっ?」
「他の誰かを永遠亭に上げるのなら、慧音の方が姫も納得してくださると思うの」
「え、あぁ、なるほど」
一応面識はあり、他と比べれば交流は深い。正しい選択であるように思えた。
慧音は遠慮をしたい欲求に駆られ、しばらくうんうんと唸ってから、ようやく決心を決める。
「それではすまないが、その時には世話になる」
返答に、こちらこそと永琳は笑みを返した。
「あとの幽々子やレミリアは……てこでも動かないわよね」
「あの二人は自分の家でいいんじゃないかな?」
「白玉楼は半霊の剣士だけだと心許ないが、紅魔館の方は充分な戦力がある」
「だとすると、幽香は紅魔館に行った方が良いことになるが……」
藍は口にしつつ萃香、霊夢と同時に思う。
『……行かないだろうなぁ』
彼女が太陽の丘から、それも他人に言われて別の場所へと動くようには、到底思えない三人であった。
しかし、とりあえず説得をしてみることにして、幽香は紅魔館に行ってくれるものとして計画を進めることにした。
「でも、話し合ったけど、結局はほとんど自分の家から離れないってことになったな。基本的には二人を一つの場所で保護、って感じだな」
「なんだか良く考えなくても判りそうな結果だったわね……」
自分で発案しただけに、この代わり映えのなく簡単に予測できたであろう結果が、霊夢には何か気恥ずかしく思えた。
「結果はどうあれ、考えて決めたことに意味はあるわよ。それで、九尾の狐はどうするのかしら?」
「私は博麗神社の守護に就く。橙には白玉楼か永遠亭の守護に就いてもらうつもりだ」
「藍もウチに来るんだ。でも、それだとウチに戦力集めすぎじゃない?」
「博麗神社と霊夢は計画の要だ。だから、紫様の計画を成功させる為には、どうしてもお前を守り抜かないとならない」
その目があまり真剣なものであったから、霊夢は僅かに気圧されてしまった。
結界をどうこうするのなら、それは博麗神社でなければならない。また、それを扱える者が霊夢しかいない。となれば、藍の言葉は冷静に考え抜かれたものであり、同時に自分自身の力に絶対の自信と信頼を持っているということが伺えた。
「判った。お願いね、藍」
「おう」
「私もいるよ!」
「はいはい、お願いね萃香」
ふと、慧音が里についてを思い出し、それについての案が出される。
「里は、藤原が守ってくれるだろう」
「ついでに、魔理沙やアリスにも頼もう」
人間、あるいは元人間である者たちの方が里の人々も安心だろう、というのが慧音と萃香の思いだった。
「いえ、白玉楼の戦力を考えると、二人の内どっちかには白玉楼の防衛を任せたいところね。里には結界がいないから、敵の攻撃がそう厳しいことはないでしょう」
「それじゃアリスが白玉楼ね」
ちなみに、霊夢はこれを勘で決めた。
話し合いは順調に進んでいく。
「山を守るとなると、頂上の神様二人と巫女にも事情を話した方が良いかしらね」
「そこから山の妖怪に伝えて貰うとするか。そうすれば天狗にも話は通るだろう」
「あー、天狗たちには私から伝えておくよ。その方が伝えやすいだろうから」
「萃香が?」
「あー……今は鬼がいないから判らないと思うけど、昔は私たち鬼が天狗たちを使役してたんだよ。だから、そういう事情の説明くらい朝飯前」
堂々と胸を張る。自分の役割と、鬼であるということが誇らしいようだ。
萃香は、例え自分が作られた存在だとしても、鬼であることを誇りとして生きる生き方を曲げないことにした。例えどうあっても、自分は幻想郷の鬼なのだと。
「へぇ、そうなんだ」
「そうだったのか……」
さほど驚きもせず感心する霊夢と、知らない歴史に好奇心が顔を出してきている慧音。
「まぁ何にしても、山の神様二人に事情は話さないといけないんでしょ。それなら明日、他の五人に説明するのと一緒に聞いてもらう?」
「そうね、それだと都合が良いかしら」
そのまましばらく話し合い、二人の神と残りの五人を明日ここに集め、一気に説明をしてしまうこととなった。
「後は妖精とか妖怪とかに声を掛けて、どうにか戦ってもらうとしよう。いくらなんでも、わけもわからず死にたいと思う者は少ないだろうからな」
一旦、そこで慧音が話に区切りを付ける。
この後、少しの休憩を挟んだ後にどう説明をするかということを夕方まで相談を続けた。それに区切りが付くと、永琳は永遠亭へ、藍は自分のマヨイガの屋敷へと帰っていく。残った三人はしばらく話し合いをダラダラと続けた後で、萃香は神社に泊まり、慧音は自分の家へと帰っていった。
家に帰った藍は、屋敷の様子に目を丸くした。
雑ながら、掃除をした後が残っている。けれど、仕方が不慣れなのだろう、掃除をしたことで乱れた場所や、汚れが浮き上がってしまった場所などがある。
「……橙?」
更に、いつもなら飛びついてくるはずの橙が現れない。
キョトンとしながら、藍は橙の部屋に行ってみるがそこにはおらず、歩いてキョロキョロと探すことになった。
しばらく歩いて探していると、橙は居間で丸くなって眠っていた。こんな所で眠っていることに呆れ起こそうとして、その橙の様子に藍はハッとした。
「……橙」
そこは、紫の座っていた場所。最も八雲家の三人が一緒にいた場所。そこで、橙は眠っていた。目を腫らし、座蒲団を濡らして。
それを見て、毛布を掛けると静かに藍はその場を離れた。抱き締めたいという思いが強く胸を蹴ったが、それでも、博麗神社に来ることもなく一人で泣いた橙を、もう少し寝かせておきたいと思ったのだ。
凍り付くように冷えた廊下に出て、藍は痛みを覚えるような冷たい風を吸う。
「紫様。どうか見守っていてください」
風の囃しの中で、空には上弦の月が舞っていった。
こうして、戦いの準備に至る道を五人は着々と組み立てていく。
平然とした顔を作りつつ、大きすぎる異変に怯えながら。
現在の布陣案
・博麗神社 霊夢、萃香 藍
・紅魔館 レミリア、幽香 咲夜、美鈴、パチュリー、フランドール
・白玉楼 幽々子 妖夢、アリス
・永遠亭 永琳、慧音 輝夜、鈴仙、てゐ
・妖怪の山 文、にとり 早苗、神奈子、諏訪子
・人の里 妹紅、魔理沙
あー、個人的には起承転結の承辺りのつもりだったのですが、言われてみると説明ばかりになってしまっていますね。
えっと、若干今回のを次回も引きずってしまうので、説明的なのが終わるのは次の次になるかと思います。
戦闘になるのは更にその後なので……結構先になってしまいますね。
お読みいただきありがとうございました。
簡単にいっちゃうと、これは今どんな話しになってんの?ちょっと分かりづらいなぁ、です。
細かい部分の突っ込みをすると、色々きっちり決めてきたのに、周囲に関してだけ各自の判断っていうのも……。
そうですね、言うなれば終始「違和感」を感じる話しでした。
期間が空いたのも理由かもしれないけど、前回と今回の話し、読んだ感覚が全く別物に感じてしまいました。
前回の読みなおしてから、続き読めばよかったな……。
というか申し訳ない、自分4話からしか見てないことに気づいた。
1話から見ての再感想。話しが繋がった。
そりゃ4話だけみても、なんも分からずあんな感想書いちゃうわ……。
結界についても、ちゃんと紫が説明してたし納得納得。
でも、やっぱり今回の感想については変わらずです。
やはり穴ぼこだらけでしたか。
今作、特に永琳と紫の思考を同時に想像していたら頭痛を起こしてしまって、これ以上上手くまとめられませんでした。天才を書くのはどうにも難しいです。
次回作はもう少し頭を休めながら書いてみます。
感想ありがとうございました。役立てます。
若干気合入れて読まないと混乱してしまいそうですが。
ワクワクしました。続き待ってます。
(魔理沙とアリスは別行動か…マリアリ……orz)
霊夢自体が結界であるとか、紫亡き後の藍であるとか興味ひかれる設定で面白いです。
ただ、どうしても気になって喉に引っかかった骨のようになっているのが、紫の死ぬ理由なんです。
霊夢を本気にさせるため云々では弱すぎて、なんだかラスト当たりでひょっこり戻ってきそうな気がして物語に入りこめません。そこだけがとても残念です。
頑張ります!
あと判りやすさも次回から努力します!
>>22:46:45さん
えっとー……最後の最後でその小骨が取り除けるのではないかと思います。
よければ期待していてください。