Coolier - 新生・東方創想話

些細なきっかけから繋がりへ(前編)

2006/03/18 08:59:42
最終更新
サイズ
22.03KB
ページ数
1
閲覧数
1231
評価数
0/22
POINT
880
Rate
7.87

分類タグ


 人間が殆ど寄り付かないという奥深い竹林の中。
 五重塔を思わせる高さの大きな和風建築が一棟。
 そこは不老不死の人間が名づけたのか、永遠亭と呼ばれている。
 辺りはただひたすらに闇一色。月はあと一日で満月という程に真円に近く、時刻は丑三つ時という真夜中だ。
 しかし辺りには夜には似合わない、騒々しい人の声が響き渡っている。

「ちょっとお酒足んないわよお酒ー」
「相変わらず呼んでないのに来てるわね」
「ほらほら、飲みなさい妖夢~」
「私が酔うワケにはいかないのですが、幽々子様……」

 それもその筈。永遠亭の中はまったくもって眠る様子はないのだから。
 輝夜の気紛れなのか、此処永遠亭では、日を跨いでの宴会が催されている。
 メンバーは博麗神社に紅魔館、魔法の森の魔法使い、白玉楼、呼ばれていないのに何故か来ている八雲一家――但し、橙は藍に留守番をさせられていて不在。藍が宴会の毒気が橙に当たるのを嫌った為らしい。
 そして勿論、永遠亭主催となれば竹林に住む蓬莱人と心配性のワーハクタクも呼ばれていて、こうなれば単なる宴会で終わるワケがない。
「お、おい妹紅。その辺でやめとけ……」
「ぷはぁっ――何言ってんのよぉけーねぇ。ここでやめたらそこの引き篭もりに負けるんだからねー……ぷはっ。こらちょっと飲みなさいよ引き篭もりー」
「いや、まったくもって飲み比べなんてやってないんだけどね。まぁやりたいならいいけど」
 酔った妹紅が輝夜に思いっきり絡んでいた。
 ちなみに蓬莱人には毒も薬も効かない為、どちらにも該当する酒は基本的に効果がない。
 が、よっぽど輝夜は暇らしい。
 永琳に命じて蓬莱人でも酔える酒を造らせて永遠亭の一角にその酒の工房まで造ってしまっていた。
 そんな訳で、妹紅と輝夜だけは宴会の度にそれを飲んでいる。
「いや、頼むから酔っ払いの挑発に乗らないでくれ。お前まで酔ったらどうなるか心配だし、絶対に止められないから」
「んー……でも折角酔いどれもこたんが誘ってくれてるしなぁ。面白いからやりたいんだけど、どうしようかしらねぇ」
 輝夜は腕を組み、うーんと考え込む。
 慧音はそうやって考え込む輝夜と、コップに酒をなみなみ注いでいる妹紅を不安げな眸で交互に見ている。
「やっぱ面白そうだし、やるか。えーりーん、お酒持ってきてお酒ーっ!!」
 そうして出た結論は慧音の期待を裏切るものだった。
「ちょっ、頼むからやめてくれっ。というか一緒に妹紅を止めれくれっ」
 慧音は焦って止めようと輝夜に縋りつく。
 が、縋りつかれた輝夜はまったくもって無視して永琳を呼び続けていた。
「はいはーい。すぐ行きますわー」
 奥からは少々急いだ様子で人の波を掻き分けて三人の元へ向かう永琳の姿。
 そして数分程かけて漸く永琳は三人の元へと辿り着いた。
 その間輝夜は永琳に向かってぶんぶんと腕を振り、慧音は妹紅の方を止めようと必死になっていた。
「はぁ、はぁ……お、お待たせしました姫様」
 いつも余裕の態度を崩さない永琳にしては珍しく、額に汗を浮かべて肩で息をしている。
 そして両手には一升瓶が一本ずつ。
 どうやら中々にタチの悪い酔い方をしている連中を相手にしていたらしい。
「持ってる瓶、二本とも頂戴。それと悪いけど、この娘ちょっと連れてってくれない?」
「え? えぇ、構いませんが……そんなに飲まれてはいくら姫といえど潰れてしまいますわ」
「ふふっ、大丈夫よ。見てみなさい」
 そう言って、輝夜は妹紅を指差す。
「はぁ、なるほど――」
 そして妹紅の姿を見て納得。
 ぐびぐびと水のように酒を飲んで「勝負しろーヒッキー」とか言ってれば一目瞭然である。
「なるほどじゃなくて止めてくれ、頼むから……」
 そしてやはり自分では止められないと知るや、慧音はやって来た永琳に助けを求めた。
 求められた永琳は慧音に顔を向け、にっこり笑顔。
「うふふ……ごめんなさいね。私は姫の従者なのよ。――という訳で、邪魔にならないようにあっち行きましょうねー」
 そう言って永琳は慧音の襟に指を引っ掛ける。。
 そして慧音が立ち上がるのも待たず、ずるずると問答無用で引き摺っている。
 結局慧音は止めるのが自分一人で、どうにもならない状況である事を悟って大人しく連れられていった。
 何やら涙を流しつつ”うぅぅぅぅぅ……”と無念そうに唸りながら。

 そうして慧音が連れて行かれた先には、魔理沙・アリス・パチュリーの魔法使い三人組とパチュリーの付き添いらしい小悪魔の姿。もっとも、小悪魔は小柄な外見相応にアルコールにはあまり強くないらしく、パチュリーの後ろで潰れていたりする。さらに真っ赤な顔で”パチュリー様、そこは、そこはぁ~”などと妙なうわ言も呟いている。魔法使い三人組はそれなりに出来上がっているらしく、三人とも赤ら顔で談笑中。
 変化に乏しい表情に半眼がデフォのパチュリーも珍しくにこにことしていて、会話がどれだけ弾んでいるかが一目瞭然である。
「お待たせー。一人増えるけど、いいかしら?」
 先ほど相手をしていたのがこの三人組らしく、永琳は特に躊躇する様子もなく輪に入った。
 三人はそれぞれ
「おう、構わないぜ」
「あーいいわよー別にー」
「……いいけど、今度は逃がさないわよ。うふふ、ふふふふふ……」
 と、思い思いに返答。
「ほらほら、いつまでもイジけてないで、貴女も飲んで騒ぎなさい。どうせもう手遅れなんだし、飲んで忘れちゃいなさいな」
 引っ張ってきた慧音を座らせてコップを持たせながら永琳。
 コップを渡された慧音は重いため息をひとつ吐いた。
「後で苦労するのは私達だって事、わかってるのか……」
「いいのよ。気の遠くなるような長い時間、私も姫もこんな風に騒ぐ事はなかったわ。だから、いいのよ。その苦労さえも、きっと楽しいんだから。――貴女も、ほんとはそうでしょう?」
 ね? と、永琳は慧音にそう微笑みかける。
 その笑顔を見て、慧音は一瞬だけきょとんとする。そして言っている事の意味に気づくと、表情を和らげて笑みを形作った。
 妹紅は確かに楽しそうで。ああやって騒ぐ姿は確かに珍しくて。
 ――多分、止めるなんてのは無粋でしかないのだろう。
「……ああ。それは確かに、その通りだな」
 人垣の隙間から遠目に妹紅を見ながら言った言葉は、何か感慨深そうな――そんな声色だった。
「――さて。そこの三人は勝手に騒いでるし、私達も飲みましょう。ほらコップ出して」
 その声は宴会の席には似つかわしくない湿っぽい空気を吹き飛ばすような、そんな明るさだった。
 慧音はその気遣いを察し、一言「ああ」と短く返事を返してコップを差し出した。
 差し出されたコップに、永琳は一升瓶を傾け中身を注ぎ込む。
 そして慧音は酒のなみなみと注がれたコップを上品な仕草で傾け、ゆっくりと嚥下していく。
「――ふぅっ。……うん、美味しい」
 コップの中身が無くなればまた注いで、また飲んで、無くなって、注いで。
 そうして、何とも騒がしい夜は更けていった。


 翌朝――。
 窓から差し込む太陽の光で、私はゆっくりと意識を覚醒させた。
「ふあぁ――ぁ――」
 こめかみにずきり、と小さな痛みが走り、そのショックでまだ半端に寝ている脳が瞬時に覚醒。
 見回すと、そこは見慣れた私の住んでいる庵。
 ……むぅ。
 宴会から帰宅した時の記憶がまったく無い。というか、宴会の途中からの記憶からして無い。
 まぁ不老不死のこの身体でさえ二日酔いになってしまう程の量を飲んだんだ。
 多少の記憶の欠落は許容範囲とするしかないだろう。
 ――とはいえ、あのお酒は私と輝夜専用の特別製。
 二日酔いだって普通の人間と同じように起きるもんなのかもしれない。
 まぁそんな事は至ってどうでもいい。
 むしろ今は別の事が気になって仕方が無い。
 何故なら、さっきから横ですぅすぅと言う規則正しい寝息が私の耳に届いているからだ。
 誰か、と言っても、まぁ――
 十中八九あの真面目でからかい甲斐のある半人半獣の娘に決まってるんだけど。
 で、そっちに目を向けてみたものの、姿は見えない。でも布団は盛り上がってる。どうも布団に潜り込んでいるようだ。
 ……間違いなく、隙だらけ。
 うん、面白そうだし、ちょっとした悪戯でもしてみよう。
 布団の裾を掴んで準備完了っ。
「せーのっ――」

「慧音起きろぉーっ………………え?」

 ばさぁっ、と容赦なく布団を剥ぎ取って寝姿を見てやろうとした私の目に、何かトンデモナイモノが飛び込んできた。
 うん、有体に言えば、そこには確かに誰かが寝ていた。
 しかもよく観察してみれば慧音”っぽい”。
 ”っぽい”っていうのはつまりアレだ。
 そう認識しようとしなければならないから。
 ……なんか、ものすっごく

 ちっちゃいんですけど。

「ええええぇぇぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇぇぇッッッ!!?」

 もう大絶叫。
 大声自体が二日酔いの頭に響こうともどうでもいいぐらいのショックである。
 そうして次のアクションを起こしあぐねて呆然としていると、その小さな女の子はもぞもぞと動き出した。
「ん、んん、ん……うるさいぞ、もこ~――ふぁ――ぁ――――」
 その子はゆっくりと起き上がると、くぁぁ、と可愛らしく大口を開けて欠伸している。
 そして目をこすこすと擦り、その子はゆっくりと私に焦点を合わせてきた。
 ちなみに私は未だにどうしていいか分からず、その様子を眺めているだけだったりする。
 何故かだぼだぼの肌襦袢一枚で隙間から何やら桜色の粒が見えてたりして、何処から突っ込めばいいのか考えあぐねているとも言う。
「お早う、妹紅。昨日はあれだけ騒いだんだ。朝ぐらい静かにしたらどうだ?」
 昨日――って、つまり、やっぱり――?
「えーっと、けい、ね、よね?」
「そんなの見れば分かるだろう。まだ寝ぼけてるのか?」
 いや、分からないから疑問形なんだけど……はてさて、ほんとに何から聞けばいいのやら。
「……それより妹紅。気のせいか、なんか急に大きくなってないか?」
 呆然としたままそんな事を考えていると、慧音の方から違和感に気づいてくれた。
 とりあえず、ここから突破口にしていくしかなさそうである。
「いやー……どっちかっていうと、慧音の方が縮んだっていうかー……」
「……?」
 あ、なんか可愛らしく小首傾げてる。
「すまないが、ちょっと立ってくれるか?」
「うん、いいけど」
 言われた通りに立ち上がると、続けて慧音も立ち上がった。
 身長差としては、慧音の頭が丁度私のお腹の辺りにくるぐらい。
 慧音は暫く腕を組んで何やら考え込んでいたが、突然顔を上げたかと思うと肌襦袢の裾を抑えた格好でとことこと私の方へと歩いてきた。
 そして数歩かけて私の目の前まで歩いてくると
「せいッ!」
「ぐほっ!?」
 ボディに見事な正拳突きかましてくれました。
「けほっ、けほっ――何すんのよ慧音っ!」
 腕を振り上げてがーっと抗議。
「痛いのか? 痛いんだなっ!?」
「って夢かどうか確かめたのっ!? しかも普通痛みを与えるのは自分自身だしっ!」
「……」
 あ、目逸らした。
 どうやら見た目よりはかなり困惑しているらしい。
「と、とりあえずだな、夢じゃない事は分かった。で、妹紅」
「何?」
「原因か何か覚えてないか? 何でもいいんだが……」
 や、むしろそれはこっちから聞きたかった事だ。
 というか、輝夜と飲み比べ始めた辺りから記憶がぷっつり途切れてるんだから私に分かる道理がない。
「どうにも昨日の宴会はあんまり慧音と一緒にいた記憶がなくて、ちょっと分からないのよ。というか、朝起きて横に小さくなった慧音が寝てるもんだからこっちが驚いたし」
「私も同じだよ。なんで此処で寝てたのかも記憶にないし、それにこの格好……」
 そう言って、慧音は視線を下―自身の首から下へと下げる。その様子を見て、私は先ほどから言おうとしてた事を漸く思い出した。
「ああ、そうそう。さっき突っ込みたかったんだっけ。慧音、さっきから隙間からちらちら見えてるわよ。上と下の隠さないといけないトコロ」
「っておい、見てたのかお前はっ!?」
 慧音は顔を赤くしながら抗議しつつ、、いそいそと見えていた部分を隠していた。
 こっちとしては突っ込むタイミングが無かっただけなのだが、それは取り敢えず置いておくとしよう。
 抗議が先になるか後になるか、そんな僅かな違いしかないのだし。


 そうして取り敢えず落ち着いたところで、私達は卓袱台を囲んで今後を話し合う事にした。こうなった経緯とか、原因とか、その辺りも交えて。
 ちなみに慧音の格好は未だにだぼだぼの肌襦袢のままである。
 この庵には慧音ぐらいの背格好で着られる服がないから、取り敢えず無いよりマシだからって事でこのままで我慢してもらってる。帯をしっかり締めてるから、先ほどのように隙間から大事な部分が見える事はない――が、当然こんな格好では外に出る事は出来ない。その辺も話し合いで何か案を考えなければならないだろう。
 そもそもからして今の慧音の状態は弱みの塊でしかなく、外に出ては妖怪達に知られてしまう。
「さて、妹紅。この異常事態に対して何か覚えてる事や心当たりはないか?」
「いやー、それがさぁ。さっき言った通り、輝夜のヤツと飲み比べ始めた辺りからすっぽり記憶が抜け落ちちゃってるのよ。そういう訳で、原因とかそういうのは私の方もダメね」
 要は先に酒の回りきってた私に心当たりなんてまず無いっていう事。
 慧音がダメなら私もダメ。
「そうか……」
 慧音はそう呟いて、腕を組んで考え始めた。
 しかし……余った袖で手が完全に隠れてるのと難しい顔の組み合わせは何だか可愛らしい。
 子供故の可愛らしさと何も変わらない慧音の中身はどう考えても不釣合いなのだが、それが却って今の慧音を可愛く見せている気がする。
 そんな慧音を眺めていると、何だか無性に――

「……おい、妹紅。何をやっている?」

 邪魔したくなってしまう。
 気づいたら、私の指は慧音の頬を突ついていた。
 やっちゃいけないって事は解ってるんだけど、何て言えばいいのか……。
 ああ、そうだ。
 普段慧音には口では勝てずに言い負かされた上に説教までされているから、今のうちにその辺りの仕返しをしてしまいたいんだ、私は。
 そんな訳で、慧音のこめかみに青筋浮かんでるのも無視してふにふにふにふに。
「こら、やめろ。気が散って考えられないだろう」
 そう言って、慧音は私の指を頬からどかそうと手を伸ばす。
 私はそれを避けて今度は反対側からつんつん。
「ああもうっ、何の心算だっ!?」
 あ、怒った。
 組んでいた片手を解いて振り上げ、がーっと詰め寄ってくる。
 けど今の慧音は可愛らしいだけでまったくもって怖くない。
 そりゃぁ小さいし振り上げてる腕は袖に隠れて見えないなんて状態だし、顔つきはあどけない子供そのものなのだから、当たり前だ。
 元々慧音の頬を突つく為に私は卓袱台に乗り出している格好で、慧音も同じ格好。必然的に私の方が高い位置になる。
 そして見下ろした先には肌襦袢から僅かに覗く柔らかそうな肌。
 ――むぅ、ふにふにしてそうだ。

「わわわっ!?」

 気づいたら抱き締めていた。
 あ、ヤバっ。なんか凄く抱き心地がいい。
 力を入れたら折れてしまいそうな程に華奢なのに、力を入れたら柔らかい感触が返ってくる、何とも不思議な感覚。
 頬を摺り寄せればこれまた気持ちがいい。すべすべでふにふに。
 ヤバイ。これはちょっとヤバイ。
「はぁぁ……はぁぁぁぁぁぁ……」
「ちょっとこらっ。何をやってるんだお前はっ!」
 こうしてたら、なんかもうどうでも良くなってくる。
 別にもうこのままでもいいんじゃない? とか、そんな風にさえ思ってしまう。
 勿論こんな事言えないし、言う心算もないけど。
 それに――

「すべすべ、ふにふに……はぁぁぁぁぁ……」

 私の言語機能が一時的に麻痺しているし。


 あれから一刻程かかり、漸く妹紅の暴走も止まってくれた。
 思ったよりこの身体は不便だ。
 なんせ引き剥がそうにも非力すぎてびくともしないのだから。
 途中からはもう諦めて好きにさせていたぐらいだ。
「まったく……何を考えてるんだお前は。全然話が進まないじゃないか」
「うぅ、すいません。ちょっとした出来心だったんです」
 そして妹紅が正気に返ったところで、説教。
 可愛らしいとかそういう風に言われるのは別に嫌ではないのだが、それだって結局は私が”小さい子供の姿”だからだろう。
 普段はあんな風に暴走しないのだから、まず間違いないと思う。
「子供が可愛いのは実に良く分かる。それが自分に近しい者であるのなら、尚更な。私だって守護している村に住む子供は皆可愛い。だがいくら可愛いと言っても、あんな風に愛でるのはやめるべきだぞ。こっちは小さくて非力なんだ。力いっぱい抱き締められれば苦しい。不快……という程ではないが、やはり苦しいものは苦しいし、嫌だとも思う。いいか、子供を愛でるのは大いに結構だ。しかし、相応のやり方と接し方をキチンと考える事。いいな?」
「はい、肝に銘じます。すみませんでした慧音さん」
 そんな殊勝な謝罪とともに、妹紅は土下座した。
 土下座までされると却って恐縮してしまうが、妹紅にはもう少しこういった態度が必要だと思う。
「――分かったならいいさ。ほら、いつまでもそのままの格好でいるワケにもいかないだろう? 顔を上げてくれ」
 これで説教は終わりだ、という意味を柔らかい口調に込める。
 言葉通り、妹紅は土下座を解いて顔を上げた。
 表情からは――まぁ、何にしろほっとした様子が見受けられる。説教が終わった事はきちんと伝わったようだ。
「さて、気持ちを切り替えて話し合いの続きに戻ろう」
 そして紆余曲折はあったものの、妹紅がコクリと頷いた事で漸く今後の相談へと話は戻った。
 正直無駄な時間と体力を消費した気はするが、妹紅の暴走が早めに訪れ、そして終わってくれた事で良しとしておこう。
 ――いやまぁ、そう思っておかないとやり切れないワケだが。
「取り合えず、まずは――そうだ、私がこうなった原因などを調べて来て欲しい。それから、出来ればでいいんだが……私でも着れるサイズの服も調達して貰いたい。お前が自分から人と関わるのを好ましく思っていないのは分かるが、やって欲しい。いいだろうか?」
「いいも何も、一緒にいる時点で私は関係者だから。断れないわよ。それに、慧音の味方は今のとこ私一人でしょ? ならいいも悪いも、選択肢はひとつ――”やる”しかないよ」
 そう言っている妹紅の声の調子は思ったより軽い。
 てっきりため息でもついて渋々やると思ってたんだが……うん、こういった反応は嬉しい。
「あ、なんか驚いてる。快諾した事がそんなに意外だった?」
 む――顔に出ていたか。
 そう思われていたのが不服らしく、妹紅は明らかに不満顔だ。
「あ、いや、そんな事はないさ」
「そんな曖昧な表情で言われても半信半疑だけど、また話を逸れさせるのも面倒だし。一応保留ね」
 ……どうやら、私は小さな嘘さえ吐けないらしい。
 何となく納得はいかないが、妹紅の言う通り話を逸れさせる事もない。
 そんな事を思っていると、妹紅はすっと立ち上がった。
 そしてそのまま廊下と居間を仕切る障子の前へ。
「じゃあ永遠亭に行って来るから、留守番お願いね――って言っても、誰も来ないだろうけど」
「そんな事は――――ああいや、何でもない。行ってらっしゃい。気をつけてな」
 誰も来ないという事に対して何か反論したかったのだが、今は余計な事でしかない。
 妹紅はそんな私の心中を察してくれたのか、顔だけを振り向かせて優しく微笑んでくれた。
「――行って来ます」
 そのまま妹紅は障子を開き、廊下への敷居を跨いで障子を閉め、玄関へと向かって行った。
 居間を出る間際の声の響きは、優しくて穏やかだった。


「――成る程。珍しく貴女が来たと思ったら、そういうワケ。分かってると思うけど、私は知らないし、心当たりもないから」
 まぁ、確かにそうだろう。コイツは私と飲み比べしてたんだ。そもそも知ってたとしても素直に答えてくれないだろうし、むしろ知らない方が今は面倒な事しなくていいから楽だ。
「永琳はどう? 昨夜はあの娘と一緒に居たんでしょ?」
 側に控える薬師に視線だけを移す。
 それも一瞬の事で、視線はすぐに私へと戻った。
 隙を見せる心算はないって事だろう。
「…………」
 訊かれた薬師は答えない。
 あの従者がそこの性悪姫の質問に即答しないなんて、珍しい事もあるもんだ。
 輝夜と同じ様に、私も一瞬だけ視線を薬師に向ける。
 この部屋にやって来た時には無表情だったソイツは、今は何やら難しい顔で考え込んでいた。何か心当たりがあるのかもしれない。
「隠し事は良くないわよ、永琳。何か知ってるなら答えなさい」
 薬師の熟考が気に食わないのか、輝夜の声は冷淡。
 少々気に食わないが、私も輝夜と同意だった。
 一瞬だけ、睨むような視線で薬師を見やった。
「……申し訳御座いません、姫様。少々曖昧な記憶なので迷っていました。ええ、これも心当たりと言うのでしょう」
 輝夜が視線を移したのを見て、私も安心して視線を薬師に向ける。
 そして一拍を置いて、薬師は再び口を開いた。
「あれは確か、姫様に言われて上白沢 慧音を連れて行った後の事でした――」


「なぁ、ちょっと訊いていいか?」
「何だ、白黒魔法使い」
「お前の歴史を創るって能力なんだが、それは自分に対して使えないのか?」
「む――どういう意味だ?」
「つまり、お前さんをコピーしたり出来ないのかって事だ」
「……やった事自体がないから分からないな」
「ふぅん。それは興味深いわね。ちょっとした実験だと思ってやってみない?」
「そうすれば私が本書いて新しい知識にしてあげるわよ。うふ、うふふふふふふふふ……」
「いや、失敗したらどうなるか分からないんだが」
「大丈夫よー。失敗して貴女がどうにかなっても、私が居れば大抵の事はどうにか出来るんだから。だからほら、やってみなさいな」
「はぁ……八意殿も存外に子供なのだな。いいさ、そんなに言うならやってやるよ」


「とまぁ、そのような事がありまして。多分、それが原因だと思われます」
「って、心当たりも何も、原因あんたじゃないっ! ていうかどうにもなってないじゃないのっ!!」
 立ち上がってがーっと怒鳴ってやると、何とも申し訳なさそうな顔で俯いていた。
 反省はしているらしい。
「まぁまぁ落ち着きなさいもこたん。身体が幼くなる症状なんて、これだけ長く生きてても訊いた事ないんだから仕方ないわよ」
 もこたん言うな。
「落ち着けって、あんただってそこの薬師が同じ事態に陥ったら落ち着いてなんていられないでしょ」
「永琳が、小さくなる……?」
 何やら呟いたと思ったら、輝夜はいきなりにへらと表情を崩した。
 どうやら何か妙な事でも想像しているらしい。
「ああ、あんなに大きかったのが今はこんなに小さく……いや、そんなつぶらな瞳で不安そうに見ないで、ああ、駄目よ永琳……ハァー……ハァー……」
 うわ、凄い妄想。
 鼻血も凄い。
 ぼたぼたどころかどどどどどっとまるで滝のようだ。
 薬師は何やら身の危険を感じているらしく、小刻みに身体を震わせている。
 表情は割と平静だけど、多分痩せ我慢だろう。額の汗凄いし。
「永琳っ!」
「は、はいっ!」
 突然、輝夜は薬師の名を呼んだ。
 視線を薬師から輝夜に戻すと、表情は元に戻っていた。
 でも鼻血を垂らしながらだから、かなり不気味に見える。
「もこたんとワーハクタクに迷惑掛けた罰として、身体を幼くする薬を作りなさい。そして完成したら真っ先に私の目の前でハァー……ハァー……飲みなさいハァ、ハァッ――いいわねブフゥッ!」
 だからもこたん言うなっていうか何その鼻血のアーチ。
 幸せそうな顔で気絶してるし。
 薬師を見やると、なんか物凄く落ち込んでいた。
 まぁ自ら非力になって変態姫の毒牙にかかりに行かなければならないんだから、落ち込むのも当たり前だろう。
「……今回の騒動の原因の一旦だから同情はしないけど、精々頑張ってね。じゃあ私は帰るから」
 面倒だからこれ以上は関わっていられない。
 私は落ち込む薬師を残して、サッサと永遠亭を後にした。

 さて、次は慧音の着られる服なんだけど……はてさてどうしようか。
 まず真っ先に浮かんだのは慧音が守護している里。
 しかしながら、あそこと私は同じ”慧音”という共通項を持っていながら交流は絶無。私の言葉を信じるか否かで言えば――自ずと答えは出てしまう。恐らく私を化生と疑ってかかるだろう。
 慧音が小さくなったから小さな子が着られる着物を拝借したい――なんて事、紅白の巫女や白黒の魔女じゃあるまいし、信じるとは到底思えない。
 しかし、生憎と私の交友関係は無いに等しい。
 一応昨夜の宴会のメンバーとは、過去数度の宴会のお陰で顔見知り程度にはなっているが、所詮はその程度に過ぎない。こんな厄介事を真っ先に相談出来る程に親しいわけじゃない。
 ここは一度戻って慧音ともう一度相談すると確実――なんだけど、二度手間になってしまう。
 ――脳裏にもうひとつ選択肢は浮かんだが、これはやめておきたい。
 わざわざ褌姿を見たくはないし、褌姿の店主から小さい女の子の服を都合して貰うのは何より避けたい。どんな服を見せられるか分かったもんじゃないっていう危惧もあるし。
 さてどうしようともう一度考え込んだところで脳裏に浮かんだのは、心細そうにだぼだぼの肌襦袢一枚で私の帰りを待つ小さな慧音の姿――

 すっげ萌えね?

 ――ああいやいやいや、それは駄目だカットカットカット。
 ここは慧音を一刻も早く安心させるべきだと思う。

 客人ならそれなりに話を聞いて貰えそうなところで私の心当たりと言えば――

 博麗神社……人妖問わず集まる場所。でもあの巫女が幼少時の服なんぞ残してるとは思えない。まず間違いなく食料に化けているだろう。化けた先が何処かなんてのはこの際無意味なので考えないでおく。何はともあれ、ここは却下。
 紅魔館……あそこは聞いた話だと、門番を倒せば客として認めてくれるらしい。でもそこの完全で瀟洒なメイドは変態幼女趣味で有名――慧音の状況を知ったらどうなるか分かったもんじゃない。……いや、一目瞭然か。ここも却下。
 白玉楼……私には最も縁の無い場所。あの一見ぽや~っとした風体の亡霊嬢は、実のところ掴み所が無くて、正直私は苦手。でもその従者の庭師となれば、話は別である。あの子は慧音と同じく真面目で一直線、多分からかい甲斐があるのだろう。――いやまぁ、それは取り敢えず今は関係ない。重要なのは、あの性格なら慧音ぐらいのサイズの服を取ってある可能性が高いって事だ。冥界は多少遠いものの、当然そんな事言ってられない。よって、採用。

 そうして行く場所はどうにか決まり、私は一路、雲の上を目指して上昇する事と相成った。
中編へと続きます。
凪羅
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.880簡易評価
0. コメントなし