歌が、聞こえる。
私は目を覚ます。湿気がじとりと肌にまとわり着く、夏の夜である。
それは、鎮魂歌のようであった。けれど、西洋式の壮大なそれではなく、郷土的な、子守唄の感がある、寂しくも美しい音だった。
蛍の火が、ゆらゆらと揺れる。合わせるように、歌もゆらゆらと、まるで空に音源があるかのように、遠くなり、近くなり、けれど絶える事はなく続く。
あやかしの仕業だろう、と私は判断した。何の力も持たぬ、ただの人間である私は、その時まで、あやかしは恐るべきものと規定していた。
なのに、何故だろうか。
ふと気がつくと、私は寝巻きのまま、草履を履き、歌が聞こえる方へと歩き出していた。歌は家屋から程近い沼から聞こえてくる。
歌の効果、ではない。歌で人を惑わせ、襲い、喰らうあやかしも居ると聞くが、私は全く正気で居るのだから、これは違うのだと断ぜられる。
私は何故か、歌っているあやかしを見てみたいと思ったのだ。
やがて歌の意味が判然としてくる。
蛍へ向けた、鎮魂歌であった。
まるで、歌い手自身が蛍であるかの如く、万感の思いが込められているのが分かる。哀しみと優しさが同居した歌だった。
そして私は、歌い手である彼女の姿を目にすると、その意味を理解した。
彼女は、蛍の妖怪であったのだ。
一つ、光り、一つ、消え、その蛍の光を、優しい目で見つめながら、彼女は歌っている。
空には五分の月が、やや西の方へと傾きつつあり、薄い雲がその光を朧としている。けれど、私は彼女の姿をはっきりと見る事が出来る。
蛍の火が彼女を照らしているのだ。
-幻想、と。
言わずして、何と言おうか。舞うように、ゆらゆらと、彼女は歌う。蛍たちへの鎮魂歌を。
蛍たちは、そんな彼女の周りに集まり、彼女を照らす。ゆらゆら、ゆらゆらと、光が踊り、消え、空へと昇り、降り、それを繰り返す。
歌は区切りがついたようで、彼女は蛍の火から離れ、私の方へと飛んできた。
あやかしは、恐るべきものである。つい先刻、目が覚めるまではそう思っていたのに、私は彼女を待った。
「蛍はね」
と、私の隣に腰を下ろした彼女は口を開いた。
「すごく、弱いんだ」
自嘲するように、寂しそうな笑みでそう言った。
「なのにね、自分の命を燃やして、火を出すの」
だから、あれほど美しいのだろう、と私のような人間は思う。だが、蛍のあやかしである彼女は違う思いを抱いているようであった。
「…馬鹿、みたいだよね。私みたいに長生きして、力を持てば、もっとずっと生きられるのに。でも、それでも」
それでも、と言葉を詰まらせる。
「あの子たちは、それで良いと思ってる。…ごめん、自分でも何が言いたいのか分からない」
なんとなく、彼女がどんな気持ちなのか、私には理解出来た。
彼女も、そうしてしまいたかったのかも知れない。命を燃やして、たった数週間の命を生きて、それで御仕舞にしてしまいたかったのかも知れない。
だから、こんなに哀しそうなのだろう。
それでも、と私は口を開く。
君は、歌っていたじゃないか、と。
-彼女がもし、あやかしとならなかったなら。
誰が彼らを弔うのだろう。鳥も獣も、人間も、誰も弔いはしない。人間は感傷を抱くが、それで終わりだ。
だから、もし自分が居る理由が曖昧となって、不安になっているなら。
それが理由だと思えば良い、と私は告げた。
そっか、と蛍のあやかしは、小さく呟いた。
そして彼女は、立ち上がると、静かに浮かび、空へと飛び上がって行った。
歌が再び始まる。蛍を弔う歌が、先刻よりも少しだけ明瞭となった歌声で。
私はしばらくその光景を眺め、やがて月が更に西に傾いたのを見つけると、これ以上彼女たちの邪魔をせぬよう、静かに、幻想へと背を向け、歩き始めた。
何このヒラコー節ww
その話詳しくッ!!