Coolier - 新生・東方創想話

夢に堕ちる

2009/10/28 22:33:51
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 彼女は強いけど彼女は弱い。

 だからいずれ彼女は死んでしまう。

 彼女はいつか居なくなってしまう。

 そんなのは嫌だけど、どうしようもないと知っている。

 お父様やお母様のように消えてしまうと知っている。

 消えてしまったら――帰ってこない。

「――いやだ」

 消すのはいいけど、消えられるのは――嫌だ。

「いやだ。いやだ――」

 彼女はずっと私のものだ。永遠に私のものだ。

 誰にも渡さない。死神にも渡さない。お姉様にだって渡さない。

 私から彼女を奪うならなんだって壊してやる。運命なんて壊してやる。

 その願いが叶わないのなら――――









「フランドール様」

 彼女の声に目を覚ます。

 寝苦しかったのか、シーツはぐしゃぐしゃで手は握り締められていた。

 握り締められた手。

 私は――――何を壊そうとしていたのだろう。

「フランドール様」

「――めー……りん?」

「はい。私ですよお嬢様」

 気だるい体を起こし彼女を見る。

 赤い髪。緑色の瞳。柔和な笑み。

 いつも通りの美鈴が其処に居る。

「なんで居るの?」

 門番のくせに。

 ここは紅魔館の中でも最も門から遠い地下。門番が来るような場所じゃない。

「フランドール様の気が乱れるのを感じて。黒白が来てたんですけど放り出してきちゃいました」

「それはそれは。アレは放っておくのはいいけど放っておかれるのは嫌がるタイプだから――

今頃顔を真っ赤にして怒ってるわね。黒白赤なんて縁起がいいのか悪いのか」

「それより、大丈夫ですか? 魘されていたようでしたけど」

 魘されてた、か。

 魘されてたのかなあ。よくわからないわ。

「フランドール様? いかがなされました?」

「ん。んー……夢を見たわ。美鈴が死んじゃう夢」

「あらそれは物騒な。どんな死に方でした?」

「憶えてない」

「あはは。夢ってそんなものですよねぇ」

 そんなもの。そんなもの――だったっけ?

 とても嫌だった気がする。いらいらした気がする。

 そんなもの、じゃ済ませなかった――気がする。

「――――」

 美鈴は笑っている。自分が死んだ夢を語られても笑っている。

 ――私に殺されたとか考えないのかな、こいつ。

 私を、怖がらないのかな、こいつ。

きゅっ ばぢんっ

「――おいたはダメですよお嬢様」

 弾かれた赤い髪の先が僅かに散る。

 中心を壊したつもりだったのに。相変わらずどうやって避けてるのかわからない。

 壊せる筈なのに。怖い筈なのに。

 笑ったまま――私を諭す。

「信頼してくれるのは嬉しいですけど、加減してくださいね」

「……信頼? 意味がわからないわ」

「躊躇なく私に力を使うのは、私が壊れないと信じているからでしょう?」

 本当に、意味がわからない。

 私は力を使うことに躊躇いを覚えたことはない。

 それは誰が相手でも同じで、壊れないと確信して使うなんてわけのわからないこと……

「私が避けても怒らないじゃないですか」

 また――意味がわからない。

 怒るって? そんなはしたない真似はしない。

 淑女たれとお姉様に言われている私が取り乱したりなんかするものか。

 なんで、そんな当然のことを変な風に解釈しているのだろう。

 信頼。怒らない。

 本当に、意味がわからない。

 確かに美鈴は他とは違う。

 咲夜のように消えるように躱すわけじゃない。

 パチュリーのように魔法で封じるわけじゃない。

 お姉様のように力で捻じ伏せるわけじゃない。

 どうやって破壊を免れているのかさっぱりわからない。

 だけどそれが信頼に繋がることはない。

 壊せないのなら壊せるまで壊すだけ。美鈴の言うことと真逆の結末しか見えてこない。

 なのに、なんで? 緑色の瞳は僅かにも恐怖に濁らない。

 澄んだ緑のまま、私を見る。

 ――わからない。

 わからないわからない。

 ちっとも欠片もさっぱりとわからない。

 こいつは、なんで私を怖がらないんだろう。

「……フランドール様。そんな風に確認せずとも、私はあなたに壊されません」

「え?」

 確認? 私が、確かめてる?

 ――いらいらする。何を勝手に決め付けてるんだろう。

 私はフランドール・スカーレットだ。おまえに決め付けられる謂れは無い。

 私に壊されないだって? 大した自信だ。だったらそれごと壊してやろうか。

 握り締めてやろうと右手を伸ばす。

 だけど、その手は優しく包まれた。

「お忘れですか?」

 暖かい――彼女の手に、包まれる。

「私はあなたを恐れない」

 そう……だっけ?

 思い出せない昔、初めて会った頃は、どうだったっけ。

「めい、りん」

 笑ってた、気がする。

 その後、怒られたんだっけ。出会い頭に壊そうとして、何故か壊せなくて。

 彼女は逃げ出さず、歩み寄って来て、叩かれて、叱られた。

 なんでもかんでも壊しちゃだめですよって、叱られた。 

 その後――今みたいに、抱き締められたんだっけ。

「私はあなたを独りになんてさせません」

「――……嘘吐き」

 涙が零れる。

 あとからあとから溢れてきて、止められない。

「嘘なんか吐きません。私が一度でも約束を破ったことがありましたか?」

 彼女の胸に顔を埋めたまま首を振る。縦ではなく横に振る。

 美鈴は嘘を吐いたことなんか一度もない。いつでも約束を守ってくれる。

 美鈴は私を怖がらないでずっと傍に居てくれた。

 美鈴だけは私を独りにさせなかった。

 この狭く寒い地下室で、ずっと暖かさを与えてくれた。

 でも、それだけは嘘になってしまう。

 あなたは私と違う。

 私やお姉様とは違う。

 永遠を約束された吸血鬼じゃない。

「私はあなたを置いてどこかに行ったりなんかしませんよ」

 嘘吐き。

 あなたは強いけどあなたは弱い。

 私が壊せなくても、いつかは壊れてしまう。

 居なくなってしまう。消えてしまう。――死んでしまう。

 美鈴。美鈴――あなたは、永遠じゃない。

 あなたは、私を置いて去ってしまう。

 そんなのは嫌だ。いやだ、いやだ――

 びり、と強く握り締めた彼女の襟が、破ける。

 白い、白い喉が――この眼に映る。

「美鈴」

 そんなのは嫌だから――だから、私のものにしてしまおう。

「あはは。今日はずいぶん甘えてきますねぇ」

 彼女は私を疑わない。

 簡単にその白い喉に牙を突き立てられる。

 彼女が避けるのは私の能力だけ。能力を使わずに噛みつくだけなら、気付かれずに済む。

 暖かい血を飲み干して、その全てを私のものにして、吸血鬼にしてしまえば。

 彼女から何もかも奪い尽くして、永遠を与えれば。

 美鈴は嘘を吐かない。

 美鈴はずっと私といっしょに居てくれる。

 美鈴はずっとずっと私のものでいてくれる――



 牙を吐き立てるのと、彼女の姿が霞がかって消えるのは同時だった。



 ――なにこれ。

 美鈴が、いない。

 部屋から色が失われている。

 灯りが消えたわけじゃないのに見える全てのものがモノクロに染め上げられている。

 美鈴がいない。彼女の匂いもどこにもない。

 今、抱きついていたのに、消えてしまっている。

「あらあらダメよお嬢さん」

 なんだ、おまえ。

「妖怪が妖怪を妖怪化させるなんて大博打、万に一つも当たらないわ」

 モノクロの世界の中で、失われていないむらさきいろ。

 鮮やかとは言えない、濁った、いろんな色が混ざり合って出来たむらさきの瞳。

「あなたが損をするのは構わないけれど、あなたの力で暴れられては困るのよ」

 笑っている。

 艶やかに、知的に、華麗に、胡散臭く笑っている。

 とても、とても――嫌な笑み。

「星さえ砕く悪魔の妹。彼女はあなたの大事な安全装置ですもの」

 あん、ぜん? 何を言っている。そんなのどうでもいい。

 美鈴を返せ。私の美鈴を返せ。私だけの美鈴を返せ。

「だから夢でもそんな真似はさせない」

 夢――? これが夢だと? ふざけるな。

 これは現実だ。私が望んで私が果たそうとした現実だ。

 夢だなどと誤魔化されて、

「夢は見ている間は夢だと気付けない」

 ――現実感が、薄れていく。

「だけれど私がここに居る。これはもう夢なのよ」

 伸ばした手が空を掴む感触すら伝わらない。

「夢は夢でも正夢ではないけれど」

 上も下もわからない。空を飛ぶより不安定な気持ち悪さ。

 落ちているのか、昇っているのか、堕ちているのかも――わからない。

 正夢にはさせないけれど、と女が笑う。

 させない?

 夢? あれ、めいりん、は……?

 なに、これ――やだ、こわい。こわいよ。

 めいりん、やだ、たすけてよ。こんなのやだ。こわいよ。

 だれか、めいりん。こわい。やだ。めいりん――

「夢見たことは現実になってしまう。幻想は空想に堕ち妄想に至り現実と成る。

そんなの、つまらないでしょう? 夢は夢のままに」



「幻想は幻想のままに――ね」



 ぱたりと、本が閉じられるような音がした






















 息が酷く乱れていた。

 なんだろう。思い出せない。

 とても怖くて、誰かに助けて欲しくて、もがいて。

 え、っと……なにが、怖かったんだっけ?

 ここは――紅魔館の地下の、私の部屋。お姉様が用意したベッドの上。

 暖かい。寒く、ない。色も――ある。

 ……色? あれ――なんの、ことだっけ……?

 手が、暖かい。

 誰かに、握られて――

「……めいりん?」

「はい。お目覚めですか? フランドール様」

 美鈴だ。いつもの美鈴。笑っている、美鈴。

 美鈴が、いてくれる。美鈴が手を握っていてくれる。

 ああ、これじゃきゅっとできなくて、なにも壊せないや。

 あれ――壊さなくて、いいんだっけ?

 どうでもいいか。美鈴が居てくれて、暖かければそれでいいや。

「なんで居るの?」

「ああ、育ててる花が綺麗に咲いたのでお見せしようと」

「花?」

 差し出される赤い花。

 なんの花か知らないけど、きれいで――いい匂い。

「壊しちゃダメですよ」

 ぴり、と怖い気配。

 美鈴は怒らせると怖い。笑ってるのに角が生えたように見えた。

 見てるだけできれいだから、いいか。

 赤い花。

 色のある、きれいな花。

「フランドール様? いかがなされました?」

 ぽけ、と見入り過ぎていたのか美鈴に問われる。

 自分でもよくわからない。なんで見入っていたのかしら?

 すごく怖くて、でも美鈴と花を見て安心して……?

 ……怖い? なんだっけ。なにかが、怖かったんだけど。

 怖かった――怖い、夢。

 夢。

 そうだ、なにか、夢を見て。それがとても怖くて。

 でも――どんな夢だったのかしら?

「ん。んー……夢を見たのに憶えてないわ」

「あはは。夢ってそんなものですよねぇ」

 あれ。

「デジャビュ?」

「はい? ジャブ? あ、私フリッカージャブ得意ですよー」

「え、なにそれ」

 美鈴が変な構えで左手をひゅんひゅん振り出す。ちょっと怖い。

 怖いけど――美鈴だから、あんまり怖くない。

 ぽすんと、抱きつく。

「あらら、潜られちゃいましたか。フランドール様には敵いませんねぇ」

 美鈴は私を殴ったりしないって知ってるもの。

 怒られたら怖いけど、いつもの美鈴は怖くない。

 美鈴がいなくなる方が、怖い。

 こうして捕まえていないと怖くてたまらない。

「ねえ、あなたはなんで私の傍に居てくれるの? お姉様の命令?」

 確かめないと、不安で押し潰されてしまう。

 怖い。なにか、思い出せないけど――美鈴が、私のものじゃない気がして。

 美鈴がどうして私の傍に居てくれるのかわからなくなって。

 誰かに、変なことを言われた気がして。

 これが、思い出せない夢の続きのようで、不安で――

「違いますよ」

 そっと抱き返される。

「命令と言うのなら、私はいつも命令違反ばかりです。命令は門を守る事ですし。

いつもそれを放り出してフランドール様に会いに来ちゃってますからね」

 手に握ったままの花が見えた。

 赤い花。鮮やかな――美鈴の髪の色をした花。

「私は私がフランドール様を好きだから来てるんです」

 目に、肌に……夢じゃないと訴える、暖かさを感じる。

 私を抱き締めてくれる美鈴の暖かさに包まれる。

 不安が溶けて消えていく。

「……ねえ美鈴。あなたはいつか壊れちゃう?」

「いいえ、私は壊れません。ずっとあなたの傍に居続けます」

「私がきゅっとすれば壊れちゃうくせに」

「フランドール様に私は壊せませんよ」

 反射的に握り締めようとして、手にした花に阻まれる。

 これじゃ握り締められない。これじゃ、壊せない。

 でも――これでいいのかも。

 美鈴は壊さなくてもいい。美鈴はそのままでいい。

 きっと、美鈴はいつまでも変わらずに約束を守ってくれるから。

 だから、彼女の血を吸わなくても、

「…………あ」

 何か――思い出しそうになった。

 思い出しそうなのに、思い出せない。

 なにかがひっかかって、あと少しで引っ張り出せそうなのに、出てこない。

「――……夢は夢のままに」

「え? なにか仰られました?」

 心配そうに顔を覗き込まれる。

「なんでもないわ。さ、遊びましょ美鈴」

「そうですね。じゃあ今日は絵本でも」

「色鬼がいいわ! 私が鬼ね。色は青!」

「紅魔館で色鬼とかどういう嫌がらせですかー!?」

「ほらほら、逃げないと捕まえてきゅっとしてどかーんよ?」

「うわあああぁん!」

「じゅーう、きゅーう、はーち」

「せめて三十数えてくださいよー!」

「なーな」

 駆け出す美鈴の背を見送る。

 さて、美鈴はどこに隠れるのかしらね。

 全部が全部まっかっかの紅魔館でどんな青を探すのかしら。

 咲夜とか、簡単なのに逃げたらおしおきね。一日中遊んでもらうわ。

 ちょっとだけ、噛みついてやるのもいいかもね。

 ほんの少し、血を飲んでもいいでしょう?

「夢は――夢のままに――――か」

 吸血鬼にしたいんじゃないわ。ただちょっと、美鈴は美味しいのかなって気になるだけ。

「ろーく」

 きっと美鈴は美味しいわ。

 だって私がこんなに好きなんだもの。大好きな美鈴は、きっととてもとても美味しいわ。

 でも我慢する。食べ過ぎない。美鈴を変えてしまおうなんて思わない。

 私が好きな美鈴は今の美鈴だから。

 変えてしまった美鈴を好きになれるかわからないから。

 だから、夢は夢のまま。いつか忘れちゃって、消えちゃうわ。

 夢を繰り返すことなんてない。

 夢に落ちることなんてない。

 私は私の美鈴がいてくれる、こっちの方が好きだもの。

「飛ばしていーち。さ、追いかけるわよ美鈴」

 軽く飛び出す。

 ちょっと探してみるけど流石は美鈴、気配を追えないわ。

 でも見つけてみせるわ。私はあなたが大好きなんですもの。








 誰だか知らないけれど、もう邪魔はしないでね?


 次はあなたを壊しちゃうわよ


 コインも出さない不届き者


 あんたにはワンプレイも許さないんだから
三十六度目まして猫井です

フランちゃんは幼くて未熟だけどどこか怖い気がします

カリスマの片鱗と云うかなんというか

そんなフランちゃんを優しく包めるのは美鈴なんだろうな

と妄想すると鼻血が止まらなくなりました

ここまでお読みくださりありがとうございました

※10/29追記
>コメント5番さん
変な改行は探してみたのですが見つかりませんでした
正確なところはわかりませんが、多分それは意図的なものです
妙な書き方ですいません……
猫井はかま
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コメント



0.2920簡易評価
5.無評価名前が無い程度の能力削除
一カ所だけ、良く分からない改行がありました。

メモ帳などで右で折り返しがありますが、あれを戻さないとズレますよw


匿名で入れたのでフリーレスでー
6.100名前が無い程度の能力削除
かまわん 続けろ
9.100名前が無い程度の能力削除
君、このSSの執筆者を呼んでくれないか。心からの賛辞と感謝の意を述べたい。
13.100名前が無い程度の能力削除
不安定なフランとそれを支える美鈴。良い二人だなぁと思いました。
16.100名前が無い程度の能力削除
親子のような絶妙な関係…素晴らしいメイフラですなぁ
20.100名前が無い程度の能力削除
あれ、なんだろう、メイフラも悪くないね。
30.100名前が無い程度の能力削除
メイフラもいいものだと知った……
ぽすん、って音いいな。ぽすん。
31.100名前が無い程度の能力削除
メイフラ!メイフラ!
32.100名前が無い程度の能力削除
これは…メイフラをまた書いてくれるようお願いするしかないだろ……
35.100名前が無い程度の能力削除
妹様かっこいい・・・
締めがナイスですねっ
40.100名前が無い程度の能力削除
やはりメイフラは良いものです。
フランの狂気も動ではなく静で描いているのはお見事。

落ちがうまいw
42.100名前が無い程度の能力削除
メイフラ!
43.70名前が無い程度の能力削除
ちょっと話がしつこい気がした
49.90名前が無い程度の能力削除
締め方がよい
ああ、フランを救う美鈴ってのは凄くイメージに合うな
52.90名前が無い程度の能力削除
将来的にめーりんをハーレムするフランがマイジャスティス
56.無評価名前が無い程度の能力削除
メイフラはジャスティス!
72.100名前が無い程度の能力削除
良いメイフラ
73.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいメイフラ