Coolier - 新生・東方創想話

未熟な半人と兎の歩む道

2011/05/28 21:32:49
最終更新
サイズ
20.89KB
ページ数
1
閲覧数
1378
評価数
2/16
POINT
800
Rate
9.71

分類タグ

「さて、今日からみんなの剣道の先生になる、魂魄妖夢先生だ。みんな、妖夢先生の言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「「「「はーい!」」」
(……なんでこんなことに?)
目を輝かせた、たくさんの寺子屋の生徒たちを前に、妖夢は心の中で呟く。
この状態を説明するために、数日前にさかのぼってみよう……


ある日のことである。白玉楼の剣術指南役兼庭士、魂魄妖夢は白玉楼の家事担当幽霊たちに頼まれ、里に買い出しに来ていた。
流石に幽霊が買い物に行くわけにもいかないので、基本的には買い物担当は妖夢なのだ。
「えっと、次は……」
「あ、妖夢! ちょうどよかった!」
買い物の途中、妖夢は突然声をかけられた。
「鈴仙さん。どうしたんですか?」
「とりあえず、黙ってついてきて!」
「え、ちょっと、私買い物の途中でー!」

鈴仙・優曇華院・イナバ。永遠亭に住まう月兎だ。

妖夢と鈴仙は、お互い知らない仲では無い。むしろお互いなかなかぶっ飛んだ主人を持っているということで、通じ合うものがあるのか、意外なことに仲がいい。
二人とも人里に下りてくることが多いこともあり、里で会ったらよく茶屋に行って話をしている。
……もっとも、給金を貰っていない妖夢は鈴仙におごられっぱなしなのだが。

「鈴仙さん、そんなにあわてて何処へ!?」
鈴仙に引きずられながら、妖夢は疑問をぶつける。
「ちょっと頼みを聞いてほしいのよ」
急停止して、妖夢のほうを振りかえった鈴仙はそう言った。
「頼み……ですか? もちろんですよ。なんでも言ってください」
妖夢は二つ返事で了承する。内容も聞いていないのに。
「ホントに? 助かるわ。じゃ、とりあえず入りましょうか」
「へっ?」

よくまわりを見ると、妖夢はとある建物の前に立っていることに気付いた。
「ここは……寺子屋?」





鈴仙は妖夢を連れて寺子屋の奥へと入っていく。
「慧音先生。適任を連れてきましたよ」
ふすまを開けた奥。そこにはこの寺子屋の主、上白沢慧音が座っていた。
「すまないな。世話をかける。……ふむ、君は確か永夜異変の時に会った……」
「彼女は、白玉楼で剣術の指南役をやっている、魂魄妖夢です」
「ど、どうも……」

鈴仙の紹介にあわせて、ぺこりと頭を下げる妖夢。
流されるままに挨拶はしてみたが、妖夢には今がどんな状況かが全く理解できていない。
「なるほど、剣術指南役。それは適任だ」
「でしょう?」
鈴仙と慧音は二人の間で話を進めていく。妖夢の混乱は募っていくばかりだ。

「えっと、あの、すいません……」
「ん、なんだい妖夢君」
妖夢がおずおずと手をあげると、教師らしく慧音がそれを指名する。
「全くお話が見えないのですが……」
それを聞いて、慧音はあきれたような顔をして腕を組んだ。
「なんだ、鈴仙。話していないのか?」
「あー、話してなかったっけ、妖夢?」
「はい、全く。お願いとは聞いていますけど……」
「あ、そうだっけ。つまり……」


「剣の指導、ですか?」
「うむ。厳密には剣道の指導だな」
妖夢の言葉に慧音は頷く。
「寺子屋に通っている子供たちの親御さんから要望があってな。せっかくだから体を動かすことも教えて欲しいということなのだ」
「はぁ」
「ならば武道でも、と思ったが私には心得が無い。恥ずかしながら心当たりも無くてな。そのことを、置き薬を持ってきた彼女に話したのだが・・・」
言いながら慧音は鈴仙の方を振り向く。
「それなら妖夢に剣道でも教えてもらえばいいかなー、と思って」
鈴仙があっけらかんと言う。気楽なものである。
「お話はわかりましたが……私も未熟の身。人にものを教えられる立場では……」
「ん? 剣術の指南役なのだろう?」
「うぐ。それはそうですが……そうだ! 鈴仙さんも武術の心得はありますよね?」
「あー、私の格闘技は軍隊式だからねー」
子供の習い事には向かないでしょ、と鈴仙は続ける。着実に妖夢の逃げ道が塞がれていく。

「でも、その幽々子様が何とおっしゃるか……」
「お願い、妖夢! 他にこんなこと頼める人、他に居ないのよ!」
「あうぅ……」
手をあわせて頼みこむ鈴仙を前にして、妖夢はたじろぐ
「妖夢君。お願いできないだろうか……?」
「うぅ、わかりました! 幽々子様に聞いてみます! お返事はそれからでいいですよね!?」

「ありがとう、妖夢! 恩にきるわ!」
「すまないな。とりあえず細かいことはこの紙に書いておいた。読んでおいてくれ」
ついに半ば了承してしまった妖夢は、ひとまずメモを受け取り、白玉楼へと引き返したのだった。
……帰る道すがら、買い物の途中だったことを思い出してあわてて里に引き返す妖夢の姿があったことは、ここでは置いておくこととしよう。





数日後。妖夢の姿は里の寺子屋にあった。
「幽々子様ってば……二つ返事でお許しを下さるんだから……もう引くに引けないじゃない……」
帰って幽々子に相談したところ、
『いいわよ~。むしろ妖夢ってば、お庭をいじるか霊たちのお手伝いしかしてないのだから、たまにはしっかりお仕事してらっしゃいな~』
と、すぐさまお許しが出たのだった。

主人の許しが出てしまってはもう断る術は無い。なんやかんやとあった後、妖夢は正式に慧音の依頼を引き受けた。今は初日の授業が終わって、子供たちが帰ったあとである。
「もう、お仕事が少ないのは幽々子様が剣術をやらないからではないですか……いえ、幽々子様には必要ないのはわかっていますが……」
愚痴を言いつつも、慧音に頼んで用意してもらった道具を検める。迷いの竹林の竹で作った竹刀に、河童たちに依頼して作ってもらった簡易的な防具。その他細かなもの色々。
「そもそも私は剣術の指南役で会って、剣道の指南役では……いや、知らない人から見ればどっちも一緒か……」
言いながら、手元にある、細かにまとめたこれからの授業に関する資料を見る。
今日は初日と言うことで、道具の取り扱いや防具の付け方など、初歩の初歩。本格的な授業は次回からである。

「さて、次回の授業はっと……」
「楽しそうだね、妖夢!」
「ふわっ、鈴仙さん!」
資料に没頭していた妖夢の背後に、いつの間にか鈴仙が立っていた。その顔は面白そうに笑っている。
「た、楽しそうだなんてそんな……」
「え? だってさっきからニコニコしっぱなしじゃない」
「さっきからって、何時からいたんですか!?」
「最初から。ちょっと波長歪めて隠れてたけど」

己の紅い目を指差しながら言う鈴仙。どうやら妖夢の様子を見るためずっと隠れていたらしい。
そして鈴仙の言うとおり、それまで妖夢はずっと楽しげな表情を浮かべていた。
「もう……鈴仙さん趣味悪いですよ……」
「あはは、ごめんね、妖夢。でも安心したよ。思いのほか楽しそうで」
その言葉に妖夢はもじもじとして顔を赤らめる。
「それは、まぁ……少しの違いはありますが、今まで磨いてきた技術を人に教えられるのは……楽しいというか嬉しいというか……」
「やりがいがある?」
「……はい」

肯定する。
最初こそ引き受けることを渋ったものの、妖夢は確かにやりがいを感じていた。祖父の後を継いで剣術指南の役割についたものの、以前より剣を学ぶことをしなかった幽々子には、剣の師は不要であり、その役割は飾りのようなものであった。
それでも彼女は、常に剣の腕を磨き、人に伝授できるものを作り上げてきた。
しかし、それを誰かに伝授する機会は無かった。彼女もまだ早いとも思っていた。
それでも、今、彼女はたしかに満たされていた。
「私は、剣を人に教えるために、今まで修行してきたのです。正直言って、今までにない充足感です……あっ、決して庭士の仕事が嫌だとかそういうことではないんですよ! 幽々子様のことも好きですし、って私何を言って!?」

「ぷっ、あはは!」
両手を振ってあわてて言い訳をする妖夢を見て、鈴仙は噴き出した。
「な、なんですか、鈴仙さん!?」
「いやいや、なんでも。それじゃ、お疲れ様ってことで茶屋にでも行こうか。今日は私がおごるよ。いや、今日も、かな?」
「あうう、いつもすみません……あ、そうだ。ちょっとお庭の木についてご相談があるのですが」
「木? 妖夢ってばホント、根っから庭士だねー」


こうして、妖夢の先生生活初日は終わり、忙しくも満ち足りた日々が幕を開けた。




「やってますねー」
「ああ、やっているよ」
さらに数日が過ぎた日の寺子屋。今日も鈴仙は置き薬を持ってきて、ついでに妖夢の授業を縁側から見学していた。今日は慧音も一緒である。
「むぅ、最近生徒からの人気が全部持っていかれている。もっと面白い授業を考えるべきだろうか……」
「あはは……」



二人は何をするでもなく妖夢の授業を見ていた。
確かに妖夢は生徒に人気があるようだ。生徒たちも楽しげに授業を受けている。
「妖夢には、私みたいにはなってほしくないんですよ」
「ふむ、君のように、とは?」
ふと、鈴仙が発した言葉に慧音はあいづちを打つ。
「細かいことは省きますが……私はかなりの半端物ですから。妖夢にはなんか憧れられちゃってる節がありますけど、正直そんな資格はありません」

鈴仙は、妖夢たちから目を離すことなく続ける。
「私はせっかく身に付けた力を、全部無駄にしてしまいました。無駄、は言いすぎかもしれませんが、技術は目的をもって身につけるもの。そして身につけた技術はその目的のために使ってこそ、輝くものです」
鈴仙は月から地上へと逃げてきた。その鍛えた力を本来の目的に使うことなく。
仲間を守るために身に付けた、仲間を守るための力を使わず、仲間を見捨てて逃げ出した。
「妖夢が身に付けた力を本来の目的に、彼女が使いたい方法で使えていないのを見て、なんとなく世話を焼きたくなっちゃって。すみません。ご迷惑をおかけします」
「構わんさ。指南役が欲しかったのは事実だ。それにしても……」

寺子屋の庭で、妖夢が数人の子供たち相手に指導している様を、二人は見つめる。
「皆、姿勢をしっかり保って! 素振りは全ての基本だよ!」
「はい、妖夢先生!」

「確かに、いきいきしているな」
「彼女は確かに未熟ですが……未熟だからこそ、完成されたものより輝くのではないかと思います」
「ふむ、まるで君が完成されているような言い方だね」
その言葉に、鈴仙は慧音の顔を見る。
「君の師匠や主人に比べれば、君もまだまだ未熟だろうに。いや、伸びしろがあるというのかな」
少しの間の後、鈴仙はあわてて立ち上がった。
「えっと、なんていうかその、今言ったことは忘れてください! これ、師匠から預かった樹木用の栄養剤です。妖夢に渡しておいてください! それでは!」
まくし立てて、薬の入った小瓶を慧音に渡し、鈴仙は文字通り、脱兎のごとく駆け出して行った。

「ふふ、彼女も若いな……っと、いかんいかん。私もまだまだ……」
その時、ありがとうございました、と声がした。
その声を聞いて、慧音は預かり物を渡すべく、庭に降りて、稽古を終えた一団へと近づいて行った。





寺子屋を出た鈴仙は一息つき、自分の言動を振り返っていた。そして振り返った結果出た結論は、我ながら何てこっ恥ずかしいセリフを、というものだった。
「あああ、私ってばなに言ってるのよ。なんていうか、妖夢見てると昔の自分を思い出すというかなんというか……」
頭を抱えて鈴仙はもだえ苦しむ。
「うん、妖夢が悪いのよ! なんかもう生き生きしちゃって! あー、羨ましい!」
声とともに腕を天に向かって突き上げる。それと全く同じタイミングで、
「!?」
ズン、と地面が揺れた。震源は寺子屋。加えて言うなら庭の方。
鈴仙はためらうことなく、今駆け出してきた道を再び駆け戻った。




「うわあああああ!」
「はぁ!」
凄まじい勢いで伸び、手近なところに居た子供を襲おうとした枝を妖夢はすんでのところで竹刀で打ち払う。
「おお! 妖夢先生すげぇ!」
「かっこいい!」
「あ、ありがとう……って、それどころじゃなくて!」

今、寺子屋の庭には魔物が鎮座していた。
その正体はと言うと……
「なんで栄養剤をあげただけでこんなことに!?」
絶え間なく襲いかかってくる枝を打ち払いつつ妖夢は叫ぶ。
魔物の正体、それは庭で立ち枯れていた桜の木であった。
鈴仙から預かった栄養剤を水に混ぜ、興味しんしんといった様子で見守る教え子たちと共に与えた途端、この騒ぎである。

「鈴仙さん、なんてものくれたんですかー!」
生徒の一人から受け取った竹刀と、もとより持っていた竹刀。二刀を使って迫りくる枝を払い続ける。
流石に授業中は白楼剣と楼観剣は腰から外してある。今は寺子屋の中だ。
「妖夢先生かっこいー!」
「ほらほら、それまでだ。ここから離れるぞ!」
栄養剤を手渡したまま、傍にいた慧音が子供たちを先導して離れようとする。

「えーもっと見てたいー」
「駄目だよ、みんな! 危ないから遠くへ!
「んー、妖夢先生が言うなら……」
「うむ、さすがに少し傷つくな……」
枝が嵐のように襲い来るなか、慧音が生徒を連れて後退を始める。
「慧音さん! 私の刀を持ってきてください!」
「了解だ。少し待っていてくれ!」

そして妖夢はすっかり妖木と化した桜の木に向かい合う。
「さぁ、この場は一歩も……もとい一本も通しません!」
ビシッ、と竹刀を突き付ける。しかし妖木は手を緩めない。
「うわ、ちょっと、しまっ・・・」
急な攻勢に、妖夢はさばききれずに枝の通過を許してしまう。
「・・・っ!」

枝は高速で慧音達に迫る。しかし、その枝の中ほどを紅弾が貫いた。
「よーむ! この未熟者!」
「鈴仙さん!」
庭の端に弾を放った姿で立った鈴仙がいた。彼女は一息に妖夢のそばに跳ぶ。
「ついでに言うと、一歩とか一本とかあんまり上手くないよ!
「あう! いや、それはそれとして。あの栄養剤何なんですか?」
「え、何って、師匠にお願いしたちょっと強い栄養……げっ」

鈴仙はポケットの中にもう四つ、小瓶を忍ばせていたことに気づく。というか、彼女は基本的にはそっちの小瓶しか持ち歩いていない。
「栄養剤の小瓶あるし……国士無双の薬の瓶……三本しかない……」
「国士無双の薬って、あのたくさん飲んだら爆発するあの薬ですか?」
生薬・国士無双の薬。
八意永琳特製の強壮薬であり、いささか効き目が激しい代物である。妖夢の言った通り、飲みすぎるとなぜか体が爆発する。当然、鈴仙にはその成分なんて知る由もない。
そして今、鈴仙の手の中に、栄養剤の瓶があり、国士無双の薬の瓶が一本足りない。
その事実から導き出される答えは一つである。

「間違って与えた国士無双の薬が作用してこうなった、と……」
「鈴仙さん……」
「……もうこの薬飲むの止めとこうかな……」
立ち尽くしていた二人に、ひときわ太い枝が伸びる。二人は同時にその場から飛びのき、一旦距離をとる。

「妖夢、本当にごめん!」
「頭あげてください鈴仙さん! 今はこれを何とかしないと……」
「っと、そうね……!」
目の前の妖木の勢いはとどまることを知らない。それどころかますます激しくなってきているようだ。
「妖夢君! 刀だ、受け取ってくれ!」
「! 慧音先生!」
飛んできた刀を受け取った妖夢が、寺子屋の縁側に立った慧音を見やる。
「生徒たちは奥へ避難させた。存分にやってくれ」

「了解……しました!」
背後に気配を感じ、振り向きざまに二本の刀を振るう。枝は瞬く間に斬り刻まれた。
「せっかくの桜、蘇らせてあげたかったですが……しかたありません、剪定を……!?」
しかし、枝の切り口から新たな枝が生え、再び妖夢へと襲いかかる
「やぁ!」
再び斬りさくが、結果は同じ。何度でも再生してくる。
「はあああああ!」
鈴仙が弾幕で枝を一旦押し返し、妖夢に話しかける。
「これはちょっとまずいって。誰かに応援を頼んだ方が……」
「いえ、鈴仙さん。大丈夫です。斬ったら、大体わかりました」
「えっ?」
一時退却を意見した鈴仙が、意外そうな顔で妖夢を見る。

「あの木の再生は、あくまで高速で成長しているだけです。だから、その栄養源を吸い上げている根っこと斬り離してしまえば……」
「なるほど……薬の養分さえ斬りはなしてしまえばいいんだ……でも妖夢、そんな簡単に……」
しかし、妖夢の顔は力強い表情のまま変わらない。
「ほっておけば、どこまで成長するかわかりません。今のうちに何とかしないと。私だけでは無理でも、鈴仙さんとなら」
再び襲ってきた枝を払いながら、妖夢は続ける。
「私が突っ込みます。道を作っていただけますか?」
「……どうして、そこまで?」
鈴仙の口をついたのは疑問。鈴仙にとってその疑問は無意識のものであった。しかし、妖夢ははっきりとその言葉に答える。
「主を守る盾となれ、求めるものを導く標となれ、その道を犯すものを倒す刀となれ……おじいちゃ……じゃない師匠の教えです。曲がりなりにも師となった身。弟子に害をなそうとするものを捨て置くことはできません」



「なるほど、私の勘違いか……」
鈴仙は、妖夢が剣術を身につける目的は、後続を指導するためだと思っていた。しかし、それは違う。教えること、そして守ること。それが彼女の剣の目的。
今までも、彼女は目的のために剣をふるっていたのだ。
主を守る盾として。
そして今、彼女は求めるものに害をなす者を斬る刀となっている。
(やりたいことがそんなにあるなんて贅沢だね。私は今、一つも無いのに)
「……いや、違うか。今見つかった」
「鈴仙さん?」
急に独り言を言い出した鈴仙が心配になって、妖夢は話しかける。そんな妖夢の顔を見て、鈴仙は思う。
(このとてもまぶしい生き方をしてる未熟者を、守ってあげましょう)
自分が完成しているなんて思わない。昔、月から逃げ出してきたことを考えれば、これから先、自分が完成することはないだろうと鈴仙は思う。
(それでも……せっかく身につけたこの力。やりたかったことのために使いそこなったこの力。ずっと目的無しに使うのはもったいない)
地上に来て、永琳と輝夜に拾われて、恩返しのために彼女たちのために力を使ってきた。それは全然嫌なことでは無い。しかし。
「久しぶりに私自身のやりたいことのために、力を使ってみましょうか!」


「れ、鈴仙さん!? いきなり何を?」
「なんでも! 道を作ればいいのよね?」
「は、はい!」
鈴仙の勢いに戸惑いながらも、妖夢は返事をする。
「安心して突っ込みなさい。枝一本、触れさせないわ」
あえて、さきほどの妖夢のセリフにかぶせた言葉で鈴仙は言う。
「……わかりました!」
その言葉に答え、妖夢は態勢を低くして、突撃の姿勢をとる。
「っと、その前に」
鈴仙の声に、妖夢が後ろを振り向くと、鈴仙の両手には、黒い鉄の塊が握られていた。
「それは?」
「昔使ってた、ね。妖夢が二刀流だし、ちょっと気分出していこうと思って」
見る人が見ればわかるであろう、鈴仙の持っている二つの道具。それは拳銃である。
月の技術で作られた武器。月に居た頃はよく使っていたのが最近使うことは無かった。
(まぁ、心機一転ってことで、ね)

「さぁ、行くわよ、妖夢!」
「はい!」
妖夢は一息に妖木へと駆け出していった。
そうたいした広さでは無い寺子屋の庭。しかしその短い道を、妖木は行かせまいと枝で塞ごうとする。
「させないわ」
その枝へと鈴仙は大量の弾丸を打ち込む。鉄の銃から打ち出されるのは、能力から生み出された紅い弾丸。
妖夢の道を塞ぐものを的確に打ち抜き、決して止まらせない。

「もう、すこし!」
妖夢が最後の一歩を踏み出そうとした時、妖木も最後の抵抗を見せる。
全ての枝を使った、全方位からの攻撃。
「っ!」
たまらず、妖夢は立ち止りそうになるが……
「走り抜けなさい、妖夢!」
「はいっ!」
鈴仙の声に前傾姿勢を保ち、一歩を踏み出そうとする。
そして、後方の鈴仙は、狂気の波動を両目へと集中させていた。
「くらいなさい。赤眼・ルナティックブラスト!」
望遠円月という字をあてる、彼女の持つ中でもトップクラスの貫通力を持つスペル。紅い光線が鈴仙の眼から放たれる。
それが妖夢の頭の上を通過し、目の前にあった壁を打ち砕いた。
もはや、さえぎるものは何もない。

「人符・現世斬!」
最後の踏み込みと共に、楼観剣で妖木を根から切り離す。大地とのつながりを断たれた巨木は、重力に従って倒れていく。
「剪定を、始めます! 人鬼!」
そのまま妖夢は巨木へと飛びつき、まだ動きを止めない枝へと向かう。
「未来永劫斬!」
無数の斬撃が、ひとつ残らず枝を斬り落としていく。栄養源を断たれた木は、もう再生することはない。

全ての枝を切り落とされ、丸太と化した巨木が地響きと共に落下する。遅れて妖夢も着地し、鈴仙の方を見やる。
「あれ?」
しかし、いない。どこへ行ったのかと見回すと……
「まだまだ。詰めが甘いわよ、妖夢」
切り株の傍に立った鈴仙を見つけた。切り株はまだ再生しようとしているようだが、鈴仙がどうやってか押さえつけているようだ。切り株の表面付近と、鈴仙の目が同じ紅い光を放っている。

「あ……そっち忘れてました……」
妖夢の言葉に、鈴仙は苦笑を浮かべる。
「ほらほら、ぼさっとしてないで根っこから斬りとる!」
「は、はい!」
(ま、まだまだ未熟者、か)
鈴仙は笑みを浮かべたまま、そんなことを思っていた。

そして、妖夢が根から木を処理し終わった時。
「すげー! やっぱり妖夢先生かっこいー!」
「わわ、みんな!」
「すまないな。奥で待っていろと言ったのだが」
今まで飛び出すのを我慢していた子供たちが一斉に飛び出してくる。
「あのズバーンってやるのどうやるの? 教えてよ先生!」
「いや、流石にあれを教えるわけには……」
「ウサギのおねーさんもすごかった! 目からピカーって!」
「わ、わたしも!?」
二人は無邪気な子供たちの渦中に巻き込まれていく。

こうして、『寺子屋の庭の桜大事件』として子供たちの間で語り継がれていく、小さな事件は終わりを見たのだった。










……今日で妖夢が剣道の授業を始めて一ヶ月か。
うーん、早かったような短かったような。
ていうか、私ほとんど毎回妖夢の授業を見に来てたんだなぁ……
そんな趣味はない……はず。今はあの未熟者がどんな感じかが未熟者の先輩として気になるだけだし。
……あれ、今は? ……ま、まぁそれは置いておきましょう。

授業を始めて一ヶ月。今日の授業も終わって、ついでに子供たちと少し遊んであげて、んで今は慧音先生の部屋。
あの事件からこっち、子供たちにウサギのおねーさんで定着しちゃったのよね……好かれるのは悪い気はしないけどそろそろ名前で呼んでほしいような……
いっそ私も何か先生やってみようかしら。

「さて、妖夢君。今日で君が授業を始めて一月が経ったわけだが……どうだい?」
「……思いのほか、楽しいです。ぜひこれからも続けたいですね」
「そうか、それはなによりだ」
うんうん。本当に妖夢楽しそうだもん。子供たちと遊んでる時もね。子供好きなのかしら?
「さて、それでは本題にはいるとしよう」
その言葉と共に妖夢は居住まいを正す。
そう、今日は妖夢に話があると言って呼びだした。内容は知らせてない。ちなみに私は知っている。

「…………」
おー、緊張してからに。何を言われると思っているのかしら?
「これを」
慧音先生が妖夢の前に封筒を差し出す。
「……これは?」
「……鈴仙、話してないのか?」
「はい。今回はわざとですが」
無論、驚かせるためだ。妖夢は表情がころころ変わって見てて楽しいし。

「開けてみるといい」
言われて、妖夢は封筒を開ける。さてさて、どんな反応をするかしら?
「こ、これは……」
目の前にあるものを見てびっくりする妖夢。うん、予想通り。
「うむ。労働に対する正当な対価だ。一ヶ月ありがとう。来月もよろしくな」
お給金。ふふふ、驚いたか妖夢! 屋敷の仕事じゃ一回ももらったこと無かったって言ってたからね!
これも妖夢にこの仕事を紹介した理由の一つだったりするし。
……いや、正直毎回おごってると私の懐も厳しいものがあるのよ……

「ここっここここ……」
「頂けません、とは言ってくれるなよ? 受け取ってもらわねば私の立場が無いからな」
あ、黙っちゃった。妖夢のことだからお金のことなんて考えなかったんだろうしなぁ。真面目なんだから。
「そっそれでは、頂きます……」
おずおずと封筒を懐にしまう。うん、楽しかった。やっぱり妖夢かわいい。

「それでは、またよろしくな」
「は、はい!」
「それでは、またお薬持ってきます」
そして、慧音先生に見送られて私たちは外へ出た。





「私、こんなの頂いてよろしかったんでしょうか?」
「いいのよ。慧音先生も言ってたでしょ」
ま、そんなに気にするところも妖夢っぽいけど。

……この愛すべき未熟者を、私は見守っていきたい。
仲間のために身につけて、でも結局使わなかった力を、この子のために使おう。
私に目的の大切さを思い出させてくれたこの子を守ろう。
この子が求めることがあれば、私が教えて導こう。
この子の手に余る壁が現れたら、協力して乗り越えよう。
妖夢みたいな未熟者でも、何かを教えられるんだ。
私みたいな未熟者でも、妖夢に何かを教えてあげられるかもしれない。

「じゃ、妖夢。茶屋でもいこっか」
「あ、はい! 今回は私にごちそうさせてください!」
「言われなくてもそのつもりだったよ。今までおごってばっかしだったんだしー」
「あう……」

だから、私はこの子と一緒に歩いていこう。
まだまだ始めの方だけど、でもしっかりとした道を行くこの子と共に。


二人の歩いて行く道は、蒼く、晴れ渡っていた。
妖夢先生という言葉が天から降ってきました。すると気がついたらこんなものが出来ていました。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

四作目にして文章作法を学びました。我ながら遅いよ。

といっても・・・を……にしたり、!のあとにスペースいれたりとかだけですが……他の作品も調整しようかな……

ともあれ、今回は妖夢と鈴仙のお話です。妖夢主役で書いているつもりが鈴仙がぐいぐいと前に出てきていました。不思議。

他の先生も書いてみたいような。鈴仙先生は理科かなぁ……他の教科も考えてみると楽しそうです。

楽しんでいただけたなら、幸いです。
まきがみ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.630簡易評価
1.80奇声を発する程度の能力削除
この二人のコンビネーションはカッコいいですよね
10.90名前が無い程度の能力削除
「皆、姿勢をしっかり保って! 素振りは全ての基本だよ!」
「はい、妖夢先生!」

なんという爽やかさ。
こんな素敵な先生だったら褒めてもらいたくて頑張っちゃうよな~。
毎度のことながら寺小屋の子供達が羨ましい!
14.無評価名前が無い程度の能力削除
面白かったです!妖夢先生いいな~
鈴仙先生もいいけど二人そろうと女子高生にしか見えませんねw