Coolier - 新生・東方創想話

秋静葉誘拐事件

2010/01/12 01:30:25
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「姉さん。待ってよ。歩くの速過ぎ!」
「もう、穣子ったら遅いわねぇ」
「姉さんが歩くの速過ぎるのよ!」
「あら、私はいつもと変わりないわ。いつもの歩幅にいつもの調子。ほらやっぱりあなたが遅いんじゃないの」
「いいから少し黙っててよ。今、これ拾ってるんだから」

 そんな事をギャースカピースカと言い合いながら、私は小さな木の実を拾っている。
 これはカヤの実と言って灰汁を抜いて炒って食べると、ついつい手が止まらなくなるほどおいしい。
 あ。あっちには紫色の綺麗なきのこが生えてるわ。あれはコノハカブリと言ってほろ苦くって美味しいのよ。でも、こいつが出るって事は今年の秋ももうお終いって事になるんだけども。

「穣子待ってたら夜になっちゃうわね。私、先に行ってるわよ。大紅葉の方にいるから。夕方になる頃そこで待ち合わせね」

 あまりの遅さに呆れたのか、姉さんはとうとう私を置いていってしまった。ま、別にそれは良いんだけど。
 本日、私達は今年最後の山の散策に来ていた。なぜ今年最後なのかと言うと、明日は立冬なのだ。
 立冬とはすなわち秋が終わりを告げる日というわけで、それなら冬が来る前に残った秋を回収してしまおうと、秋の味覚やきれいな紅葉を拾うのに朝から勤しんでいるのだ。
 そうして拾ったものは持って帰って、食べて愉しみ飾って愛でる。これは単に娯楽としてだけじゃなく、秋との別れを明確にするという、言わば秋を看取る儀式の一種みたいなものでもあるのだ。私たちはこの儀式を今までずっと繰り返してきていた。
 既に篭の中は拾った木の実やきのこなんかでぎゅうぎゅうづめの状態だ。
 きのこはそのままだと崩れてしまうものあるので、文さんの文々。新聞にくるませてもらっている。こうする事できのこが崩れるのを防げるのだ。おまけに外気から遮断出来るので、鮮度も保てるし、これぞ一石二鳥! まさに新聞紙様様だ。
 ちなみにこれらの新聞は、一応読み終わった後の再利用なのでなんら問題ないはず。ま、主に読んでいるのは姉さんだけど。
 その姉さんの姿はとっくに見えなくなっていた。でもまあ、いる場所は分かってるんだしもう少しくらい寄り道しても大丈夫よね。



「うおっ!? ……お、重っ!」

 気がつけば篭が全然動かなくなっていた。やはりぎんなんをイチョウの木ニつ分も拾ったのは余計だったのか。仕方がないのでぎんなんを籠から取り出す。ああ、ぎんなん。好きなのになぁ。茶碗蒸しなんかに入れると最高なのになぁ。ぎんなん。
 と、そのときすっかり日が暮れてるのに気づく。これはやばい、姉さんを大分待たせてしまったかもしれない!
 篭を背負って急いで待ち合わせの場所へと向かう。そこは妖怪の山の一角にある広場で、端の方にはでっかい紅葉の木が生えている。
 この木は毎年秋になると、それはそれは見事な赤色に染まり上がり、広場の名物となっていた。
 姉曰く「この木は紅葉とは何たるか。そのすべてを体現している稀有な逸材」との事らしい。
 私には何のこっちゃよくわからない。だって紅葉なんか見ても確かに綺麗ではあるけれど面白くもなんともないし、そんな事するなら秋の味覚とか探していた方がどれほど楽しいことか。
 よし、ここは一つ来年の秋は秋の味覚のすばらしさを、姉に叩き込んでやることにしよう! 
 なんて事を考えていたら、いつの間にか私は広場に辿り着いていた。
 日の傾いた広場には誰もいる気配が無く、辺りは恐ろしいくらいに静まり返っている。時折吹く風が地面の落ち葉を揺らす音がかろうじて聞こえるくらいだ。

「おーい、姉さんどこにいるのよー」

 返事はない。
 大紅葉の方にも行ってみたがやはり姉の姿は見えなかった。もしかして怒って帰っちゃったのだろうか?
 うん、その可能性も大いにある。何しろ姉さんは約束を破られるのが大嫌いなのだ。ああ見えて姉は結構気難しい。
 いや、待てよ。やっぱり見た目からして気難しそうかな? ともかく家に帰る事にする。
 帰る途中で姉さんに追いつくかなとも思ったけれど、結局そのまま家に着いてしまった。
 家の入り口に近づくと、中に誰かがいる気配が。もしかして姉さんだろうか。
 姉の気配かどうかなんて本当ならすぐにわかるのに、今は冬が近いせいで力が弱ってるため建物越しではそれすらも感じ取れない。
 我ながら悲しいし、まったく冬が憎い。
 木製の引き戸をがらがらと開ける。しかし、中にいたのは姉ではなく河童のにとりだった。

「あ、みのりん! 悪いねー。留守みたいだったから勝手に上がらせてもらってたよ!」

 私の家だというのに、にとりは床に足を投げ出しちゃったりして思いっきり寛ぎモード。
 ここに来たばかりの頃はもっと初々しくて、隅っこの方にちょこんと正座なんかしちゃったりしててなんとも微笑ましかったのに、いつの間のにかこの有様。いや、むしろこれは本性を現したというべきなのかもしれないけど。
 私と彼女は以前起きた異変がきっかけで交流を持つようになった。初めのうちこそ、ぎこちなかったものの今はもう互いにあだ名で呼び合えるほど仲良くなっていた。

「ねえ、にとりん。姉さん帰ってこなかった?」
「え? 静葉さん? 見てないよ。私がここに来てからみのりんが来るまで誰も来なかったし」

 あらら。もしかして途中で追い抜かしちゃったんだろうか。まぁ、もう少し待てば帰って来るかな。それじゃそれまで雑談でもしてましょっと。



「……というわけなのよ。それで妖怪ネズミがお返しにって大量の毛玉持ってきてさー。家の中が毛玉であふれかえって大変だったのよ。本当」
「へぇー。それはまた災難だったねー」

 私の話に相槌を打ちつつ、にとりは煎餅をぼりぼりと食べている。ふと気がついたらもう外はすっかり闇の中。それでも姉さんは未だ帰って来ない。

「……姉さんったら遅いわねぇ」
「そうだねぇ。いくらなんでも遅いねぇ。ちょっくら捜してみようか? ま、あの人のことだから事件に巻き込まれるとかはないと思うけど」

 確かに姉さんが何かの事件に巻き込まれるなんて想像すら出来ない。とは言っても一応心配なのは心配だし、ここは探してみた方が良さそうか。

「にとりんも一緒に捜してくれるの?」
「もっちろんですとも!」

 そう言って胸をどんと叩く。なんでそんなに張り切っているのよ。
 外に出ると空は分厚い真っ黒な雲に覆われていた。昼間はあんなに晴れていたのに。まったく山の天気は変わり易いとはよく言ったものだ。

「ねえ、外真っ暗だけど大丈夫? 私は見えるけど」
「あー。こりゃいい感じに真っ暗だね。でも大丈夫! こんなこともあろうかと思ってね! じゃじゃ~ん!」

 なんて楽しそうに言いながら、にとりは背中のリュックからなにやら眼鏡みたいのを取り出す。いや眼鏡と言うかなんと言うか。何だろうこれは……。
 前に姉が道具屋から買ってきた、『ばいざー』とかいう物に、なんとなく似てるけど、機械やら何やらが賑やかそうにくっついている。

「ねえ、なにそれ?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた! これはね。暗いところでも明るく見える驚異のゴーグルさ。名づけてブラックビジョン!」

 そう得意げに言って、眼鏡もどきをかちゃりと装着してピースサインを作るにとり。
彼女が張り切っていたのはこれのためだったのね。
 それにしても格好悪い。でも本人がせっかく盛り上がっているんだし、ここはあえて何も言わない事にする。こういうのを空気を読むって言うのよね。

「さあ! それじゃれっつごー!」

 にとりはそのごっつい眼鏡もどきをかけたまま夜の山へ飛び出して行く。
 予想通り山の中はまっくらけ。空が曇っているから余計そう感じる。おまけに北風も 吹き始めてるし、なんとも不気味な夜だ。こんな夜は家の中であったかいものでも飲みながら、まったりと談笑していたいとこだけどそんな呑気な事も言ってられない。

「よし、山は広いから二人で手分けしようか!」
「うん、そうね。それじゃ私は山の上の方に行ってみるから、にとりんには沢の方をお願いしていいかな?」
「オッケー!」

 意気揚々と、にとりは沢の方へと降りていく。
 さて私はどうしよう。山の上の方に行くなんて適当な事言っちゃったけど、ただでさえこの寒風なのに山の上に行ったりなんかしたら、それこそたちまち凍りついて、冷やしみのりこの一丁あがり! なんて事になりかねない。
 ましてや私なんかよりはるかに賢い姉さんが、自ら進んでそんなところに行くわけが無い。となると他に思い当たるのは「彼女」の所か。
 私はにとりが行った方とは反対側の谷へと降りる。しばらく進むと谷の合間に小ぢんまりとした小屋が見えてきた。
 あの小屋に「彼女」こと鍵山雛は住んでいる。
 何気に姉さんは雛と仲が良い。彼女と初めに仲良くなったのは私なんだけど、何度も家に来るうちにどうやら姉さんとも打ち解けたらしく、彼女とは頻繁に会うようになった。
 ちなみに彼女ともお互いにあだ名で呼び合う仲で、私は彼女をひーちゃん、彼女は私をみのりんと呼び合っている。
 私の中であだ名で呼び合うという行為はその人と特別仲が良い証であるという意味なのだ。前にこの事を姉さんに話したら鼻で笑われてしまったけど、私はこれは大切な事だと思っている。
 なんて事をぼんやり考えながら走っていたからだろうか。小屋の入り口前で止まろうとしたら足下に石か何かあったらしく、躓いてつんのめり、勢い余って顔面から扉に激突してしまった。
 私が真っ赤になった顔面をおさえていると雛がびっくりした様子で中から出てきた。

「みのりん……? 何やってんの?」
「あ、ひーちゃん。驚かしてごめんなさいね。実はね……」

 気を取り直して事情を詳しく説明する。

「えぇ!? それ本当!?」

 この驚きの様子から見てもどうやら姉さんはいないらしい。もしかしたら彼女がかくまってる可能性もあるけれど、この狭い小屋の中じゃ隠れるような場所もないし、それにいくら力が落ちてるとは言えこの範囲くらいならすぐに気配を感じ取れる。
 うーん、これは当てが外れたわね。思わず天を仰いでいると雛が神妙な顔つきで話しかけてきた。

「……あのね、みのりん。ちょっと聞いてもらっても良いかな?」
「ん? 何?」

 雛は不安げな表情を浮かべてちっちゃな人形を二つ取り出して私に見せてきた。
 ひとつは黄色い髪の赤い服着たお人形で、もう一つは、帽子を被っていてまるで私のように可愛らしい……って、これ、私の人形!? じゃあ、もう一つのはもしかして姉さんの?

「ねえ、ひーちゃん。この人形ってもしかして……」
「そう、あなた達の人形よ」

 予感的中。

「こんなのどこで手に入れたの?」
「私の自前よ」
「え! そうなの!?」

 雛って案外器用なのねと思わず感心……してる場合じゃない!

「ねえ、この人形がどうかしたの?」
「よーく見て。静葉さんの人形」

 雛に言われるまま、姉の人形をよーく見てみる。
 あ、首の付け根が破れててそこから赤い綿が……。うわ、いくら人形とは言え、あまり気持ち良いものではないわね、これは。
 と言うか、わざわざ赤い綿を使うという時点でどうかしてると思うけど。

「何よこれ まるでスプラッターじゃないのよ。気持ち悪い」
「あのね、さっき急に棚から落ちて破れちゃったのよ。だから何か嫌な予感がしてたんだけど、まさか静葉さんが行方不明になってるなんて……」

 ちょっと待った。こういう事を雛が言うと妙に説得力があるように聞こえるから困る。信憑性は別として。

「もう、ひーちゃんったら脅かさないでよ! 姉さんに限ってそんな事あるわけないわ。神様なんだし、ちょっとやそっとの事じゃビクともしないし」

 こう言うと語弊があるかもだけど、私達は神様だから例え槍で貫かれようが爆弾で吹っ飛ばされようが大したケガにはならない。もっとも神をバラバラにするような物凄い武器なら話は別だけど。

「そ、そうよね。静葉さんに限ってそんな事ないわよね。ごめんなさい。不安にさせるような事言って……」

 雛は私に深々と謝る。そんなご丁寧に謝らなくても……。いつも思うんだけど、雛って凄く律儀と言うか、かしこまってると言うか。物腰が穏やかで好感持てるわよね。それに気配りも出来るし、これで厄神なんかじゃなければもっと皆から好かれていたんだろうなって。前にその事本人に言ったら笑い飛ばされちゃったけど。

「さてと、それじゃ私そろそろ行くね。こんな時間にお邪魔してごめんね」
「あ、待って。みのりん!」

 去ろうとする私を雛が呼び止める。

「どうしたの?」
「私も静葉さん捜すの手伝うわ!」
「え……? でも」
「いいのよ。静葉さんには私もお世話になってるもの。それに、みのりんが困ってるのを放っておけないし」

 この際、数が多いのに越した事はないし。それに何よりせっかくの彼女の行為を無碍にしてしまうのは気が引ける。うん、迷うまでもなかったわね。

「それじゃ、お願いして良いかな? ひーちゃんがいるなら凄く心強いわ!」
「うん、任せて!」

 雛はにこりと笑みを浮かべる。彼女の笑顔を見ていたら心なしか元気が出た気がした。よし、頑張るぞ!

 外に出ると、山の方から何やら大声が聞こえる。

「おぉーい! みのりぃーーん!! どこにいるんだーい!」

 にとりの声だ。もしかして姉さんを見つけたのだろうか。
 急いで彼女の方へと向かう。にとりは私達の姿を見つけると慌てた様子で駆け寄ってきた。

「どうしたの? 姉さん見つかった?」
「ねえ、こんなのを見つけたんだけど、これって静葉さんのじゃ……?」

 そう言いながら彼女が差し出してきたのは、姉さんが背負っていた篭だった。中に紅葉が入っているから間違いない。よく見るとその篭は何かで切り裂かれたような跡がある。更にその傷口には紅葉とは明らかに違う赤いものがこびりついていた。
 血だ。それも人間や妖怪のじゃない! これは神様の血。まさか姉さんの……!? 

 そう思った瞬間、一瞬気が遠くなってよろけてしまう。

「みのりん!?」

 どうやら慌てて雛が支えに入ってくれたようだ。彼女がいなかったらそのままその場に倒れていたかもしれない。幸い意識はすぐに戻った。心配そうにのぞき込む雛に私は笑顔を作って見せた。

「ねえ大丈夫? みのりん疲れてるんじゃない?」
「ごめん。大丈夫よ。ありがとう」

 雛から手を離し自力で立ち上がる。地面を踏みしめる感触が全身に伝わる。うん、もう大丈夫……のはず。

「にとりん! これどこで見つけたの?」
「広場の大木のちょっと先だよ。木の上に引っかかっていたんだ!」
「なんですって!?」

 なんてこと! 待ち合わせ場所とすぐ目と鼻の先じゃない! さっき見落としてしまったんだ! 
 自分のそそっかしさに怒りを覚え、思わず歯軋りを漏らしてしまう。

「ねえ、それで静葉さんは近くにいなかったの!?」

 雛の問いに、にとりは、すまなそうな様子で首を横に振った。

「そっか……」
「みのりん! 大丈夫よ。三人で探せばきっと見つかるわ!」
「そうだよ! まだ満身創痍になるには早い! 諦めずに捜してみようよ」

 二人に励まされ、それから私達は夜が明けるまで懸命に捜索を続けた。しかし、姉さんはおろか、手がかりの一つすらも見つける事が出来ず、結局私達は一旦出直す事にした。
 足取り重く家に辿り着くと、中は恐ろしいくらいに静まり返っている。当然、誰もいる気配はない。
 もしかしたら姉が帰ってきてるんじゃないかという一縷の望みもこれで完全に打ち砕かれてしまう。
 思わずその場に座込む。……思ったより体力の低下が激しい。うん、わかっている。秋の力がほとんどなくなってっているのだ。

「ねえ、みのりん? さっきから苦しそうだけど大丈夫?」
「うん、何か顔色悪いよ。もしかしてどこか具合悪いんじゃ?」

 雛達の気遣いが心に刺さる。有難いんだけど、ただでさえ二人には姉さんの事で迷惑をかけているのに、これ以上煩わせるわけにはいかない。私は二人に向かって笑みを浮かべる。

「大丈夫。少し疲れただけよ。ちょっと休めば治るから……」

 嘘だ。実際は一歩も動けないくらい消耗しきっていた。無理もない。一晩中冬の寒風に吹きさらしだったのだから。
 本当なら今頃は、囲炉裏を囲んで暖をとって秋の味覚を味わったりしながら、姉さんと一緒に今年の秋の思い出なんかを振り返ってる頃なのだ。
 ……それなのに。姉さんったらどこいっちゃったのよ。
 ぼんやりとした意識の中で姉の姿が浮かび上がるが、それはすぐに暗闇の中へ消えてしまう。そしてそのまま私の意識は奥深くへと沈んでしまった。

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