Coolier - 新生・東方創想話

■今こそ、分かれ目■

2018/03/22 00:00:37
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あれはまだ、僕と里乃が一緒にいた頃の事




僕と里乃はずっと昔…きっと生まれた頃から一緒にいたのだろう

一緒に目覚めて、ご飯を食べて、遊んで、寝て

一緒に泣いて、笑って、怒って、喜んで

暖かい日は一緒に温(ぬく)み、寒い日は一緒に凍え、共に走って跳ねて踊り回った

何をするにも一緒に過ごした

僕にとってそれは当たり前の事だったが、何よりも幸せで
里乃にとってもそれは当たり前の事で、楽しそうだった

里乃も僕と同じ気持ちなのが、一番嬉しかった



ただ、それは他の人達にとっては変な事だったらしく

僕達を見る度に皆が『何でお前達はそんなにくっついているんだ』『気持ち悪い』『まともじゃない」と言って仲間外れにし、石を投げたり殴って来るものだから、自然と皆から距離を開ける様になった

そんな事をする奴等の近くにいるのはこっちから願い下げだった


周囲の大人達も、きっと我が子らと同じ考えだったのだろう

僕達の方を見向きもせず、勿論話そうともせず けれど時折こちらに向ける視線は…凄く、恐かった
自分の子供達が僕達の近くにいるとなれば、手を引いて足早に遠ざかった

大人達の態度も面白くは無かったが、言いたい放題やりたい放題やってる子達を遠くにやってくれるので、そこはありがたくはあった


…僕達の親も、あの大人達と同じ気持ちだったのだろうか

僕達は自分の両親を知らない 物心がついた時にはよく分からない事しか喋れないおばあさんの世話になっていて、そのおばあさんも何年か前に死んでしまった

子供達は誰もが「親はお前達が気持ち悪いから捨てたんだ」と言っていた

事の真相は今や調べようもないが、多分…正しいのだろう
僕達に笑いかけてくれる大人はおばあさんも含めて今までに誰もいなかったのだから

親と言う存在はそう言うものなのだろうとすんなり受け入れられたのは、そもそも親の事を覚えていないからでもあり そうと割り切らなければ生きていけないからでもあり


何より、やっぱり里乃がいてくれるだけで充分に幸せだったからであろう





*****
【夜明け前:廃寺】





「、梅干しだ」
「えー 僕のと交換して貰おうと思ってたのにー」
「そっちは?」
「んー?なんだろこれ 佃煮ってやつ?何かの虫の」


山奥に打ち捨てられたオンボロで蔦にまみれた寺を独占し、二人で一緒に朝御飯 …なのか夜食なのか、ともあれ食事にありついた


結局、おばあさんを亡くした僕達は自分達の力で生きていくしか無く、石や罵声の飛んで来ない住み処を求めて旅に出る事になった

が、身寄りも財産も無く、そしてどこまで行っても僕達二人が一緒にいる事を気味悪がられるものだから、その日の食い扶持すら得られない日々である

となれば真っ当な生き方など出来る筈も無く
…いや今までも真っ当じゃなかったか…
とにかく、出来る手段で糧を得るしかなかった


「お百姓さんのお弁当って…何かこう、皆して同じ様なものばっかりなのよねぇ」
「でもお金持ちそうな人ってあんまり食べ物持ち歩かないよね たまに御菓子持ってたりするけど量が少ないし」


人気の無い夜道を一人で歩いている人の前に飛び出し、二人一緒に恐そうな声で「恨めしやー!」「死にたくなければ食い物をよこせー!」と唸るだけ
それだけで通行人は悲鳴を上げて腰を抜かし、脅された通りに食べ物を投げ捨て逃げて行くのだ


「お武家様は結構いい物持ってるわよね 体力仕事だからかな ただ…」
「刀は恐いよぉ 殺されちゃう」


ただでさえ山賊の様な事を、それも妖怪を騙ってやっているのだ 相手をよく選ばなければ大変な事になってしまう


「調理してあるだけ、拾った虫や葉っぱをよりもマシでしょう?しっかり食べないと」
「うえーん」
「梅干しもね はんぶんこ」
「うわーん」


日が暮れてから夜明けまでは食べられるものを集めながら移動し、朝には隠れられる所を見つけ、日没までに食事と睡眠を済ませる
たまには水浴びもしたい

そんな生活を延々繰り返していた


人目を避ける為とは言え、昼夜が逆転している事だけでもかなり無理のある生活だ

それでもやって来られたのは、勿論里乃と一緒だったからだ
彼女と意見を出し合い励まし合って来たからこそなんとかやってこれたし、彼女がいてくれるだけで大抵の事は楽しくなった


「御馳走様」
「ごちそうさま」


なんやかんや言っても空腹には勝てない
掻き集めた木の実も虫も弁当も、好き嫌い無く全て食べ尽くしてしまった
…満腹になった後の後味については、まぁ、その


今日は早くに食事にありつけた
後は次の夜に備えて休むだけだ

それまでの間は、里乃と一緒に遊んだりお喋りしたりと自由に過ごせる

彼女と一緒にいて、特に幸せな時間だ


「ねぇ 里乃」
「ん?」
「里乃は、さ…」


崩れ放題の土壁のマシな部分に寄り掛かり、すぐ隣にある里乃の顔から目を背ける


「僕と一緒にいない方がよかった とか、考える事は…」
「無いわよ?」





「貴女と離れていた事なんて一瞬たりとも無いもの 想像も出来ないわ」
「っでも…」


わたわたと漂う僕の手が里乃に取られ、祈る様に指が組まされる


「僕と一緒に、いるから…皆からっ、気持ち悪いって…言われて、そのっ虐められてるんじゃ…」
「ふーん」


里乃も顔を背けたのが雰囲気だけで分かった

直接見ていなくても、空気や身体を通じて伝わる揺れだけで、御互いの動きは大体分かる
長い付き合いだ


「舞って私の事そう思ってたんだ へぇー」
「!?な何でそうなるの!?」
「だって私達、条件は同じじゃない?舞が言った事、そのまま貴女にも当てはまるのよ? 舞にとって私がいると迷惑?」
「そそんな訳ないじゃない! 僕ッ僕、は!その…」
「私も」


里乃と言い争って、勝てた試しが無い
私が言いたい事や言い返せない事を把握しているかの様に、的確に痛い所を突かれ、遮られ、言葉を詰まらされる


「私も、舞の負担にはなりたくないし、私のせいで舞が酷い目にあってたとしたら…凄く、嫌」
「…」
「舞も、そうなんでしょ?」
「…うん」

ほら 今回も当たりだ


「でも、実際問題として全然苦じゃないんだもん むしろ舞となら一緒にいて楽しいし」
「っ僕も…!」
「でしょ?」
「んっ」


額同士をくっつけ合い、一緒に笑い合う


「よかった…」


里乃の閉じた瞳の境目で花の芽の様に微細な睫毛が震える

不安がらせてしまった


「舞が一人で生きていくだなんて…想像するだけでも危なっかしくて仕方無いわよ」
「…ごめん…」


僕が、守ってあげなきゃいけないのに


「…周りの人達って、私達が一緒にいて変とか気持ち悪いとか、おかしいって言うじゃない?」
「うん」


何も言わなかったとしても、誰もが露骨に不快そうな顔をし、それを背けるのだ
最近では顔色だけで何を思ってるのか細かく区別がつく様にすらなった所だ

つまらない特技を身に付けてしまったものだ


「でも、この前お芋をくれた子はちょっと違ったのよね」
「…あぁ」


その日も屋根の無くなった廃屋で眠りについていた時だ そこを遊び場とする僕達よりも幼い子供に遭遇してしまったのだ

僕と里乃が目覚めたのは子供の背中が山道を下る時であり、逃げた方がいいのだろうかと相談を始めてすぐにその子は戻って来た

手には焼いた山芋が握られていた


「その時のあの子の顔、覚えてる?」
「…うん」


その時はちょうど“収穫”の少なかった事もあり、二人で一緒に夢中で芋にかじりついた

その間、その子は膝を抱く様にしゃがんでじっとこちらを見つめていたのを二人で盗み見た



「あの子、私達の事可哀想だって思ってたわよね」
「…多分ね」



乞食の様な私達に対して、と言う事もあるのだろうが、例によって私達が一緒にいる事についてなのだろう

ずっと一緒にいるなんて、なんて可哀想なんだ と


「…私達を虐める人や無視する大人達も、あの子と同じ顔してたの 知ってた?」
「…知ってた」


罵声を浴びせようと、棒で叩こうと、背中を向けて離れようと
最後に立ち去る時にチラリとこちらを盗み見るその目は、いつだって私達を憐れんでいた


気付いてはいたが口にしなかったのは、その目がどんな暴力や差別よりも頭に来たからだ

気付かなかった事にしたい位に腹立たしかったのだ


「私ね…貴方と一緒にいる事を貶されたり文句言われたりする以上に、そうやって可哀想だって思われる事の方が嫌なの」


里乃も同じだった



「私からしてみれば、誰とも一緒じゃない、一人でいる事の多い皆の方がおかしくて、可哀想だと思ってるもん」
「!僕も…!」
「でしょ?」


里乃の手が僕の長髪を梳(す)く

…纏まった量を切って売れば、多少の金額になったりするだろうか


「他の子達は遊んだりご飯を食べてる時でもないと皆と一緒にいられないし、大人達なんて好きな人とだってずっと一緒にはいないんだもの 凄く勿体無いでしょう?」


僕も里乃の短髪に指を挿し入れる

自分の手に乗る里乃のサラサラした髪と、彼女の手が別け入る己の硬い髪の違いがくすぐったい


「だからね?皆いつも一緒にいる私達の事を羨ましがって、悔しいから意地悪をするんだなぁって そう思うの」
「うん…うんっ」


いつでも額を合わせ、髪に触れ合い、吐息の温(ぬく)みを感じ合えるこの距離が愛おしい


「…舞」


その額が離れた


「私達は…ずっと一緒にいようね?」
「うん」
「いなくなっちゃいやだから?」
「うん」
「先に死んだりしないでよ?」
「うん…」
「茸もちゃんと食べてね?」
「うん…



…んえ?」


なんて?


「貴女茸だけは何としてでも食べようとしないじゃない 好き嫌い言ってられる身分じゃないのよ?」
「ぇー」


だってアレ、あんまり味しないし…
むしろ臭い?風味?が苦手で…


「食べなさい」
「はい…」
「よろしい」


頭撫でられてもなぁ


「…これからどうしよっか」


里乃が呟き、側頭部同士でコテンと寄り掛かる


「やっぱり何か…手伝い程度の事でもいいから仕事でも見つけた方がいいのかしら まともなご飯食べられるし 服も替えが効くし」
「それは何度か試してダメそうだって分かったじゃない」


雇い先曰く、私達が二人一緒にいるのがダメらしい
一緒に雇ってくれればいいのに けち


「それより海行こうよ、海 川より深くて大きくて、魚も一杯いるんでしょ? 泳いで捕まえようよ」
「えー 私はあんまり泳ぎたくは…釣りや網でいいじゃない」
「じゃあさ、海沿いに家を建てて、玄関から直接…」

そんな未来予想図を、暇さえあれば語り合った
それを実現するのがどれだけ困難かは分からないが、今の境遇より割に合わない事はないだろう


里乃と一緒なら、どこまでだって行ける筈だ


「…まぁ、舞と一緒ならどこでもいいけどね」


ねー


「…もう寝る?」
「んー…まだ眠く…ない、かなぁ」


昼夜が逆転した生活にも大分慣れては来たが、未だ昇らぬ朝日に白む空気は自然と身体に高揚感を与えた

同時に、一晩起きていた身体にとっては一番眠くなる時間でもある
事実言葉とは真逆に目蓋は重く、頭がうとうとと前後に揺れる


「僕も、まだ…」


里乃も一緒になって頭をふらふら前後に揺らし、目元を擦っている

にも関わらず、二人でバレバレな嘘をついているのは


「まだ…里乃とお話したいよ…」
「うん…」


そう言う事で


「…水浴びしてなかったね」
「川がなかったからね…」
「里乃の髪、柔らかくて綺麗なんだから…綺麗にしとかないと…」
「舞にもそう言うの分かるんだ」
「酷っ」


互いに頭を預け合い、揺れる相手の頭を逃がすまいとこちらも揺れる


「…」
「…里乃ぉ?起きてる?」
「うん…」
「…」
「…」
「……



あっ!!」


舞が行きなり声を上げ、驚いた里乃の身体も跳ね上がる


「なッな何?どうし…」
「踊ってない!」


寝惚け眼が驚きに見開く忙しさに里乃の口が回らない


「今日まだ踊ってなかった!」


舞の方はすっかり目が覚めた様子だ


「、ぁあそう言えば…ん~でも私もう眠いし…」
「ほら、あの左右に跳ねてから片足で回る所!上手くいかないままだったじゃない!?」
「あれは舞が『出来な~い』ってふて寝したきりじゃない…」
「今度は上手くいく気がする!そんな気がする!」


二人で一緒に最も多く楽しんだ娯楽が躍りであった

歌や音楽は二人のでたらめな鼻歌と足音だけ 客も舞台も衣装も無く、ただただ頭に浮かぶがままに踊りはしゃぎ、その無茶苦茶な動きの中で面白そうな所を見つけては突き詰め、それらを繋げて増やしていく遊びだった

お金も立場も持たない、着てる服と大切な相方しかない二人にとって、この踊りだけが唯一財産と呼べそうなものだった


「何を根拠に…て言うか毎度毎度舞は元気よねぇ… 一晩歩いて眠くならないの?」
「里乃だって言ってたじゃない、『歩いて食べて寝るだけの人生なんて嫌だ』って」
「それはそうだけど…」
「あーでもでもっ、疲れちゃたならしょうがないしね また明日のお楽しみ」


本当にそう思っていたからさらりと言ったが、里乃は拍子抜けした様子だった


「そこまで誘っておいて引くんだ…」
「?」
「なぁんでもないっ」
「ほっ」


弾みをつけて起き上がる里乃に引っ張られる形で舞も一緒に起き上がる

遅れを取らないところは慣れたものだ


「実を言えば、私も消化不良だったしね」


裸足の爪先をクニクニ、足首の運動


「ん~~~ッッ…、ぃよしっ!」


背伸びグニグニ、肩を解す


「じゃあ」
「うん」


一呼吸




…足を運び、腕を振るい、手をかざし、首を回し、地面を踏む

里乃の鼻歌に舞の歌が乗り、舞の陽気に里乃が沸き立つ

始まりは確かめる様に、次第に確かな手応えを感じて、やがては我が身も裂けよとばかりに調子は上がっていく



月明かりに照らされた床以外何も無い廃寺で、二人の少女は一心不乱に踊り続けた

自分達を廃する雑音も、食うに困る現実も、立たない明日の見通しも全て忘れて、ただただ踊り続けた

すぐ近くで里乃が奏で、すぐ近くで舞が歌っている
すぐ隣で里乃が走り、すぐ隣で舞が跳ねている
真横の里乃の吐息が、真横の舞の息吹が、全てが一緒のままに感じ取れた


嗚呼、何と幸せな日々

懸命に糧を求め、最後の一粒まで味わい、疲れ果てるまで踊り、眠る

それら全てを、彼女と一緒に過ごせるのだ


僕達は幸せだった

誰もが嫉妬するであろう程に

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