Coolier - 新生・東方創想話

喉切雀

2012/04/14 17:59:02
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「はぁっ……はぁっ……」

 何も聞こえない。

「あぁ……うぅ……!」

 何も聞きたくない。

「笑うな……」

 何も見たくない。

「笑うな……!」

 見えなくなって欲しい。

「私を笑うなァ!!」

 何で、私は見えるんだろう。

「笑うな! 笑うな! 笑うな! 笑うな! 笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな――」

 肉が貫かれる音、赤く、未だ止まらぬ心臓から押し出され、喉から押し上げられ飛び散る血液……何も聞きたくない、何も見たくないのに。

「あぁ……アァ……!」

 私は、こんなことをしたくなかったのに。

「ああああああァァア!!」

 私は、狂いたくなかったのに。





「……おいおいマジか」

 雲行きが怪しくなってきた。遠くで雷の音が聞こえる。乾いた空気……これは雨が降る予兆だ。
 女の悲鳴が聞こえた。遥か遠く、人里から離れた鬱蒼と茂る森の方向だ。今日は折れた箸を買い替えて、とっとと家で茸鍋をつつくつもりだったのだが仕方がない。人が襲われているならば、助けるのが人情だろう。手遅れ。魔理沙はそれを予感しながらも、声のあるほうへと向かったのだった。
 しかしどうしたことか、実に奇妙な事が起こった。先ほどまで聞こえていたのは悲鳴だったのに、いつしか耳に入った声は笑い声だったのだ。

(一体何が起こってんだ……?)

 空の色は次第と明るさを失っていく。肌に冷気を感じるようになってきた。雨は近い。しかしこの冷気はそれだけではない。得体の知れない笑い声は、次第に正気とは思えぬ色を帯び、森一帯に響く程に魔理沙の耳に入り込んできた。

(こりゃあ、今夜はずぶ濡れだな)

 不快。ただそれだけが耳に入り込んでくる。その声は次第に枯れていき、魔理沙が森の地に降りた時には、その狂った騒音は消え去っていた。

「……」

 死んだ。魔理沙は直感でそう思った。その声の主は間違いなく死んだ。自ら命を絶ったか、誰かに絶たれたかは分からない。でも死んだ。これは本能的な確信だった。

「……なんてこったい」

 歩いて数分も経たないそこに、その声の主はいた。その声を断ち切った者も、そこにはいた。
 仰向けに倒れているのは、恐らくは人里の住人であろう、大人の女性だったモノだった。それはひくひくと未だ手足を痙攣させ、びくびくと残り少ない生物としての機能を垂れ流していた。
 そしてそのモノに馬乗りになっている者がいた。長く伸びた鋭い爪を振り上げては振り下ろし、上げては下ろし、既に絶命しているモノの喉元を絶えず突き刺していた。

「……」

 胃の中の物が、僅かに揺れるのを感じた。だが、魔理沙は動じるそぶりを見せず、帽子のつばを僅かに下げた。それで死体が視界から消えるわけではないが、それでも視界を閉じたかった。それでも、退くわけにはいかなかった。

「……誰」

 その女性を殺した妖怪は、右手を標的の喉元に突き入れたまま、ゆっくりと首だけを回した。それはまるでからくり人形のように、無機質な、心の見えない、寒気がする動きだった。

「随分と精が出るじゃないか夜雀」

 魔理沙はその顔に覚えがあった。ミスティア・ローレライ。永夜の異変、花の異変と、過去に二度、魔理沙は彼女と遭遇、そして撃退していた。
 それでも、魔理沙には別人に思えた。過去に会ったミスティアは、どちらもこんな殺意と狂気を表面に押し出した顔を見せたことはなかったからだ。気の向くままに歌を歌い、気分がままに人を襲う。全ては自分の陽気と興味の趣くがままに動く、至って軽い気質の妖怪だったはずだ。

「……う……あぁ……!」

 だが、今はまるで違う。その表情は、憤怒か、悲愴か、狂喜か、恐怖かが全く見当がつかない。ただ茫然自失しているかのように、目に生気が無い。自らの歌が生み出す狂気に、自身が支配されているかのようにも見えた。

「お前に恨みは無いが、それでもお前が人間殺したのにゃ違い無い。悪いが通りすがりの人間代表だと思って大人しく――」

「うわああァァ!」

 ミスティアは既に正気を失っていた。魔理沙の言葉に耳を貸すこともなく跳躍した。ただ目の前に人間が映った。だから彼女は襲い掛かったのだろう。

「退治されてくれ」

 それは魔理沙には分かっていた。だから魔理沙は彼女が跳ぶより早く、彼女が声を発するより早く、彼女が振り向くより早く、八卦炉を彼女に向けていたのだ。
 雨が、降ってきた。





(……酷い頭痛だ。頭痛が痛いってこんな感じなんだろな)

 一晩明けて、魔理沙は重い頭を辛うじて持ち上げた。体がだるい。陽の光を強く感じる。どうやら完全に寝坊らしい。

(風邪……かな)

 パジャマに手を突っ込み、ボリボリと胸元の痒みを取り除きながら、彼女は鏡に映った自分の顔をじっくりと観察した。別段顔は赤く無い。

「やれやれ……」

 愚痴すら出ないのは、昨日雨に打たれて帰ったからか、死体を見たからか、正気を失った夜雀を見たからか。

「……」

 ちくりと痛む頬には、絆創膏が貼られていた。

(あいつ、弾幕ごっこじゃない。本気で私を殺すつもりだった……)

 あの時一瞬でも撃つのを躊躇っていたら、魔理沙の頬肉はごっそり抉られていたかもしれない。そう思うとぞっとする。遠くへ吹き飛ばし、その場から離れるのがやっとだった。
 はぁ、と息を吐き、渇いた喉を癒すためにベッドから這い出た。
 情けない。弾幕ごっこでなら、あの程度の妖怪いくらでも払い除ける事が出来るだろう。しかし所詮、自分は弾幕ごっこというルールに助けられているゲームが強いプレイヤーでしかない。それを改めて実感したのだ。
 以前香霖の店から失敬した「冷蔵庫」と、河童が趣味で作った「発電機」とやらを捨てずに取っておいたのは正解だった。八卦炉から発せられる熱をエネルギーに、発電機が動く仕組みになっているらしい。河童にしては気の利いた道具を作ってくれたものだ。魔理沙は冷蔵庫から氷を片手一杯だけ取り、それで水を冷やした。

(一体何があったんだ……?)

 冷えた水で喉を潤し、魔理沙は考える。冷静になって思い返し、魔理沙は思い出した。

(あいつ、泣いていた……?)

 その顔は既に血で染まっていたが、その瞳の下は酷く腫れ上がっていたように思えた。

「んつ……っ」

 勢いよく水を飲みすぎたか、頭痛がさらに酷くなった。出来ればこのまま再びベッドに潜り込みたいところだが、今日はそうもいかない。
 伝えなければいけないのだ。あの人間が死んだことを。きっと今でもあの女の帰りを待っている者がいるだろう。人里はそれなりに騒いでいるはずだ。

「はぁ……厄日だぜ」

 寝巻きを脱ぎ、魔理沙は木製のポールハンガーに掛けられた普段着に手を掛ける。窓から差す太陽光はこんなにも自分の腕を照らしているのに、何故こんなにも寒いのだろう。彼女の心は未だ湿気ていた。





 昨晩の雨は季節に合わない土砂降りだった。地面は未だぬかるんでいるし、空から眺める木々の葉は、太陽の光を反射して眩いばかりに輝き美しい。

「ひゅうっ、こりゃ絶景だな」

 何より一雨去った反動か、今日の太陽は随分と活気付いているように思えた。目に刺さらんばかりの太陽光線が、幻想郷を暖かな陽気で包み込んでいた。柔らかな春の香りが、自分の頭痛を少しだけ和らげてくれた気がした。






 人里に降りた魔理沙が最初に覚えたもの、それは違和感だった。人里の人間が消えた。それが事実ならば、今頃通りには人相書きの建て看板の一つや二つ並んでいてもおかしくはないはず。だのに人里はまるでそこにその女性がいなかったかのように、市場は賑わい、大工は金槌の音を響かせ、茶屋では若者の笑い声が響いている。

(どういうことだ……?)

「魔理沙じゃないか。どうしたんだ? 浮かない顔をして」

 聞き覚えのある声に振り返る。妙に大人びていて大人ぶっていて、実際魔理沙よりは大人なのだが、妙に反抗したくなってしまうタイプの妖怪の声。銀の長い髪は太陽の光のせいか、いつもより眩しく見えた。

「よう先生」
「今日は授業は無いよ」

 人間との共存を成功させている妖怪の中の異端、上白沢慧音は、不思議そうに魔理沙の顔を覗き込んだ。

「風邪でも引いたか? 珍しいな」
「あん? 馬鹿にしてんのか?」
「はは、冗談だ。それより無理はよくない。風邪薬なら残ってるが、飲むか?」
「薬は要らんが茶なら頂くぜ」

 丁度いい。この人里の不自然な空気、慧音なら知っているだろう。他にも色々と、今日は聞いておきたいことが山ほどあった。しかし参った。妖怪にまで心配されるとは、今日は随分と気が緩んでいるらしい。





 人里の通りに、さも人間が住んでいるかのように普通に建てられている寺子屋。決して大きくは無い建物だが、これだけで慧音が如何に人里の人間に信頼され、敬愛されているかが伺える。
 魔理沙は教員室(とは名ばかりの茶の間)に案内され、早速話を進めることにした。慧音は親切に緑茶と風邪薬をちゃぶ台に置いてくれたが、魔理沙は茶だけを受け入れた。

「人里の行方不明者か。確かに一人いる」

 魔理沙の質問に、慧音は存外すんなりと答えてくれた。やはり昨日ミスティアの手に掛かった女は、人里の者で間違いないようだ。。

「気づいたか、住人の態度に」
「人間だからな」

 どうやら察しはついてるようだ。そうとなれば話は早い。まだ魔理沙の舌にはちと早い緑茶に息を吹きかけながら、魔理沙は本題へと入った。

「一体そいつはなにもんなんだ?」
「なんてことは無い、ごく普通の女性だ。つい先週に旦那に先立たれたばかりだというのに……無事でいてくれればいいのだが」
「残念だが……そいつもう帰って来ないぜ」

 その言葉に慧音は顔を険しくする。予想出来た事だ。しかし現実を隠してはいけない。だから魔理沙は言った。至って普通に、茶を口に運びながら。

「見たのか……?」
「ああ……やったのは夜雀だぜ。一応撃退した」
「……馬鹿な!」

 信じられない。そういった様子で慧音が取り乱した。慧音は人間以上に人間を愛している妖怪だ。冷静さを失うのも仕方が無いのかもしれない。

「事実は事実だぜ歴史の先生。受け入れなきゃだめだ」
「違う、そっちじゃない。ミスティアがその女性を殺したことだ!」

 話が一気に動いた。やはり昨夜の件といい、先程の人里の違和感といい、何かがある。
 話が長くなりそうだ。魔理沙は熱の冷めてきたお茶を飲み干し、二杯目を淹れることにした。

「悪いが詳しく話してくれないか? 確かに昨日のあいつは何かおかしかった」
「そうすることにしよう。魔理沙、私もお前からは色々聞かなければならないらしい」





 まず、昨晩殺された女について。この里の住人である彼女は、ごく普通の農家の男の妻だった。しかしその旦那は先週の深夜に殺されたのだという。そして手を掛けたのは、なんと妻であるその女本人だった。

「慧音も人が良すぎるぜ。そんなぶっ飛んだお嫁さんの心配するだなんて」
「まあまて、この話には続きがある」

 最愛の者である旦那を殺すような女に同情をするほど、魔理沙も寛大ではない。顔をしかめる魔理沙だったが、慧音は話を続ける。

「確かに夫婦仲は悪かった。毎晩怒鳴り声がよく響いていたとも聞いている。しかし、この事件の真犯人は、彼女ではなかったんだ」
「あ? どういうことだよ。そいつが旦那殺したんだろう? 真犯人も何も無いじゃないか」
「彼女は自分の意思とは無関係に夫を殺してしまったんだ」

 話がややこしくなってきた。魔理沙は黙って言葉を待つことにした。慧音は両肘をちゃぶ台に乗せ、手を組みながら苦い顔を作る。あまり気持ちのいい話ではないらしい。

「彼女は妖怪に操られていたんだ。その妖怪に狂わされ、自分の意思とは関係なく、笑いながら夫を殺してしまった」
「その妖怪って……」
「そう……ミスティアだ」

 ミスティア・ローレライ。彼女の歌は人を狂わせる。それは時に狂喜を生み人を喜ばせ、それは時に狂気を生み人を狂わせる。死んだ女性は彼女の歌に狂わされ、罪の意識も無いままに、半狂乱になって夫をめった刺しにしたのだ。慧音はそう語り、ばつが悪そうに目を逸らした。

「事件当時は霊夢が話を聞きつけ、ミスティアを随分と痛めつけて制裁を加えた。当然の事だが……私は正直腑に落ちないんだ」
「妖怪が人間を襲って、それを霊夢が退治した。いたってありきたりな話じゃないか」

 元々ミスティアは人間を嫌っている妖怪だ。人間を見かけたならば進んで攻撃を加える。今回はその夫婦が標的になった。ただそれだけのこと。魔理沙はそう思っていた。

「もし本当にミスティアが犯人ならば、先に死ぬのは妻のはずだ。彼女に夫がいることなんて、あの夜雀が知るわけが無い」
「つまり、誰かが妻のほうを狂わせるように、あの雀を誘導したと?」

 魔理沙の問いに、慧音は無言で返す。否定はしないが、根拠が無いのだろう。
 とりあえず一つの疑問は解けた。故意にせよ操られたにせよ、昨日死んだその女性は、自分の夫を笑いながら刺し殺したのだ。里の人間にとっては、早く忘れたい面倒事なのだろう。あるいは精神的苦痛に耐え切れなくなったその妻が、森で自ら命を絶った。そういう憶測が飛んでいるのかもしれない。ましてや妖怪の屋台に進んで出掛ける命知らずならば……だから、人里は今日も「平和」なのだ。

「何にせよ、その嫁も霊夢にコテンパンにされた腹いせに昨日夜雀にやられたんだ。事件はこれで御開きだろう?」
「いや、それは有り得ないんだ」
「そう、結局私が聞きたいのはそこなんだ。解決して無いのはそこだけだからな」

 あくまで慧音はミスティアが妻を殺したという事実を受け入れない。やはりミスティアには何かある。魔理沙は茶碗の縁をなぞりながら、慧音にその訳を問うた。

「ミスティアが屋台を開いているのは知っているか?」
「あー、確か鰌(どじょう)屋だろ?」
「まあ、あながち間違いではないが」
「それがどうかしたのか?」
「死んだ妻は、その店の常連だったんだ」

 どういうことだ? と、魔理沙は茶碗をなぞる指を止める。

「人里の人間が妖怪の経営する屋台に?」
「元々ミスティアは屋台を開く時だけは、人間妖怪構わず客として受け入れている。人間の客は少ないが、死んだ彼女はそこの八目鰻を肴に一杯やることで、旦那との喧嘩の鬱憤を晴らしていたらしい。尤も、それが余計に喧嘩の火種になってたみたいだが」
「いや、そんなことはどうでもいい。つまりあれか? あの鳥頭はたとえ人間でも、店の客には手出ししない。そういうことか?」
「元々人間を嫌いというのも、妖怪という種族故の癖みたいなものだ。一歩踏み出すことが出来れば、人間を好きになることだってそんなに難しくは無い。私みたいにな」

 慧音の話が本当ならば、ミスティアが腹いせにその女を殺したという可能性は低くなる。事故か、あるいは第三者による犯行か。

「はぁ、頭が痛いぜ」
「だから薬を飲めと――」
「そっちじゃないぜ」

 これだけ話しても掴めない点が一つだけある。

「そう言えば、ミスティアが何かおかしかった。さっきそう言っていたな」

 そう、そこだけが説明がつかない。腹いせにせよ事故にせよ、人が人を殺したのならともかく、妖怪が人を殺したのだ。それだけで、はたして彼女があそこまで豹変するだろうか?

「一言で言えば発狂だな、ありゃ」
「発狂……?」

 魔理沙の言葉に、慧音は興味深げに目を細める。

「何をしてるのか、自分でもよく分かってない感じだったぜ。私に襲い掛かってきた時も、私がいたから襲い掛かった。そんな風に見えた。相手が妖怪だろうが鬼だろうが、目に映ったならきっと殺そうとしただろうな。あいつ自身が鳥目だった」

 魔理沙は慧音の目を見て話していた。しかし慧音はこちらを見ていない。顔を青くし、視線を落としていた。何かがおかしい。

「……なんだよ」
「それが本当だとしたら、まずいかもしれない」
「え……?」
「妖怪の妖怪たる象徴を、ミスティアが汚された可能性がある」
「妖怪たる象徴……?」

 それは魔理沙の知らない知識だ。だが慧音の表情から察するに、その象徴とやらが如何に妖怪にとって大きなものであるかは想像出来た。

「一言で言えば、妖怪の存在意義のようなものだ。例えばもし鬼が角を折られたとしたら、どうなると思う?」
「なるほど、分かり易くて助かるぜ」

 博麗神社にたむろしてるあの鬼がもし角を折られたならば、それはそれは酷く取り乱すだろう。もし湖の先にある館の主が翼をもがれたら? 旧地獄の主の瞳が抉られたら……? 想像するだけで痛々しい。

「それは全ての妖怪が必ず一つ持っていて、殆どの妖怪が自覚していない、妖怪の命と言ってもいいものだ。それが目に見えるものであってもなくても、それを失ったら、その妖怪は妖怪としての存在意義を失ってしまうのだからな」
「つまり、あの鳥頭がそれを害された、あるいはそうされそうになったならば……」
「きっと容赦はしないだろう。本能的にその障害を排除しようとするはずだ。例えそれが、自身の最も愛する存在であっても」

 魔理沙は考えた。この仮説が真実ならば、ミスティアの妖怪たる象徴とは、はたして何か? それを誰が汚したのか? そして、もしそれが二度と手に入ることのないものならば彼女は……。

「……なるほど、ちょっと見えてきたぜ」

 これはあくまで仮説だ。霧雨魔理沙が導き出した、一つの真実の予想でしかない。それでも、もしこれが真実であるとしたら、あの夜雀を正気に戻すには……。
 思い立ったらやる。魔理沙はそういう人間であり、そうすることしか出来ない人間だ。だから、彼女は立ち上がった。

「おい魔理沙、どこへ行くつもりだ?」
「バードウォッチングだぜ」

 壁に立て掛けていた箒を手に取り、箒に吊るしたお気に入りの帽子を、魔理沙は深くかぶる。

「魔理沙、これは人里の、ましてや妖怪がけじめをつけるべき問題だ。お前が顔を突っ込む必要はない」
「残念だがそうはいかないな」
「何故だ」

 玄関の戸を開き、慧音の静止を無視し、魔理沙は振り向かずにこう言った。

「私が人間代表だからさ」





 人里を飛び立ち、妖怪の森を飛び回り早数十分。太陽も高々と上がり、時間的には昼食を摂ってもいい頃だ。いい加減飛び飽きてきた。魔理沙は気だるく溜息を吐きながらも、周囲を見渡した。

「あんにゃろ、一体どこにいるんだ……?」

 ミスティアを見つけることはそこまで難しくはない。彼女を見つけるためには目ではなく、耳を凝らせばいいのだ。

(だんまりかよ)

 しかし今日は何も聞こえない。狂った歌を歌う、歌に狂った夜雀の歌声は聞こえない。

(……何やってんだか、私は)

 自分を笑いたくなる。別にミスティアに好意がある訳ではないし、面識が深い訳でもない。彼女の店の八目鰻は確かに美味いが、取り立てて仲が良いわけでもない。ましてや店に訪れる前は二度も襲われている。そもそも相手は妖怪だ。
 それでも、見つけなければならないと魔理沙は思っていた。これは夜雀という妖怪のためではない。人間という種族の尊厳のためだ。魔理沙の読みが正しいならば、この一件に決着を付けるのは、人間でなければならなかった。

「鳴かぬなら……なんとやらだぜ」

 魔理沙は森の中心へと高度を下げていった。調子が狂いに狂ったこの一日を終わらせるために。





「美味しいわね、おかみさんの料理は」

 あの人は、私を褒めてくれた。

「綺麗な声で歌うのね」

 あの人は、私を褒めてくれた。

「あの人はね、私を狂ってるって言うのよ」

 あの人は、悩んでいた。

「でもね、私はここが好き。貴女が妖怪でも」

 あの人は、悩んでいた。

「でも、ここ以上に、ほんとはあの人が好き」

 あの人は、苦しんでいた。

「なのに、いつもいつも……喧嘩ばかりして」

 あの人は、苦しんでいた。

「気付いたら、あの人を殺したくなってるの。そして怖くなるのよ」

 あの人は、狂っていた。

「愛していればいるほど、胸が苦しくなって、頭が痛くなって、何も見えなくなって」

 あの人は、狂っていた。

「だから……歌っておくれよ」

 だから私は。

「何もかも、忘れさせておくれよ」

 歌ったのに。





「おーんーなだったぁらー!」

 それはそれは酷い歌だった。大きな声が森にこだました。虫は逃げ、鳥は騒ぎ、獣は混乱し喧嘩を始める。

「マスパでぇー決めぇるぅー!」

 恥は承知の上だった。きっと、今の自分は覆いたくなるくらいに真っ赤な顔をしているのだろう。

「飲んでぇーもたれぇてぇー! 腹くーだぁすぅー!」

 やってて馬鹿馬鹿しく思う。しかしこれは賭けだ。魔理沙の記憶を辿る限り、あの夜雀が興味を示して寄ってくるなら、これしかなかった。あの花の異変の時に馬鹿のように歌っていた、あの妖怪。まだ彼女の心が死んでいないのであれば、きっとこの酷い歌を歌う愚か者を一目見ようと寄ってくるはずだ。

「誰が呼んだかぁー、誰が呼んだか」

 あの夜雀の、いや、ミスティアのミスティアたる象徴が、これならば。

「霧雨ぇー魔理ぃ――」
「五月蝿いわね……どこの羽虫よ」

 背後から聞こえる、幽かな文句。魔理沙は自分の推理が間違っていなかったことを確信し、僅かに口元を緩めた。そしてこれから始まるであろう本当の賭けに向け、口元を引き締めた。

「探したぜ鳥頭」
「私を罠にでも引っ掛けたつもり? 確か真っ白黒の人間だったわよね、あんた」

 至って普通に会話しているように聞こえる。だが魔理沙は振り返り、ミスティアを見てそれを否定した。まだ、彼女は狂気に取り憑かれている。

「霧雨ぇー魔理ぃ沙ぁー、だ。昨日も会っただろう」
「知らないわよ、昨日のことなんか」

 そ知らぬ顔をしてみせる。それこそが異常である証拠だというのに。

「私を知らないだ? 馬鹿言うな、あんだけ迷惑かけときながら」
「知らないものは知らないもん。どうせあんたも、私が鳥頭って馬鹿にするんでしょ!」

 安い挑発だ。あまりに安さに、魔理沙からは溜息しか出ない。それで誤魔化しているつもりか。それで私から逃げられると思っているのか。その行為は、魔理沙への侮蔑でしかなかった。

「まあいいわ、ちょうど人間がいるんだもの。まだ夜には早いけど、今日も元気に人間狩――」

 パンッと、乾いた音が響いた。ミスティアの視界が横にずれた。さっきまで映っていた人間の魔法使いが、横にずれた。頬にじわりと伝わる熱と痛み。

「――っ、何すんのよ!」

 パンッ。

「あんた、いい加減に――」

 パンッ。

「……!」
「いい加減にしろこの鳥頭」

 ミスティア以上に不快感を露にしたのは、魔理沙の方だった。

「足りない脳みそ振り絞って、自分の手を見ろ。顔を触ってみろ。声を出してみろ。喉の感触を思い出せ」
「は……何言って……」

 ミスティアは、見るつもりはなかった。魔理沙の言葉に耳を貸すつもりはなかった。でも、目に、それは映ってしまった。

「あ……」
「忘れる……? 忘れるわけがないだろう?」

 手についた、赤。顔の皮膚に纏わりついた、べた付いた乾いたもの。

「あ……っ」
「なんで、お前の声はそんなに枯れているんだ……?」

 痛む喉。酷い乾き。

「ひ……っ」
「思い出せ夜雀。お前が一番最後に歌ったのは、一体いつだった……?」

 その瞬間、弾けた。

「嫌あああァァ!!」

 ミスティアはその場に蹲り、絶叫した。大きな翼で自らを守るように覆い隠し、震えた。それはきっと、ミスティアの心が崩壊した瞬間だった。
 魔理沙はきっと、とどめを刺したのだろう。でも、これでいいと彼女は思っていた。一度傷ついた心を取り戻すには、半端な修復など要らない。全て取り壊して、新しい土台を作った方が手っ取り早い。だから魔理沙は、敢えてミスティアを攻めた。

「私は私は歌っただけだけなのただあの人ががくる苦しんで死んでる顔が見たくなかったかからなのになんでなんでなんでなんでなのよなんで私が責められるのなんで私を憎憎むのなんなんなんなんで私を殺そうとするするのなんでなんでなんなんそんな顔で私を殺そうとするのなんでで笑うの笑うのなんでわた私怖がってるの人間人間じゃないたかだかだかたか人間じゃないいいいなんであんた笑ってるのよ私しに殺されるののになんで笑ってるのよ笑うな笑うな笑うな笑うななんでなんでなんでなんでなんでなんで!」

 それはまさしく、発狂だった。全てを否定しきることの出来なかった夜雀は天を仰ぎ、その翼を大きく広げ、絶叫した。

「なんで私の歌を使ったのよぉ!!」

 声が、森の葉を揺らした。一羽の夜雀は天を仰ぎ、沈黙した。
 魔理沙は感じる。ここからだ。ここからが本番だ。普段の弾幕ごっこでは見せない、歌を撒き散らすだけのはた迷惑な少女ではない、妖怪、夜雀の狂気を予感した。

「……ありがとう」

 それは、誰に向けられた感謝であろうか。ミスティアは立ち上がり、ゆっくりと魔理沙を見たのだ。

「これで、私は解放された。これで、私は楽になれた」

 一歩、一歩、ゆっくりと、ミスティアは魔理沙に近づいて来る。

「でもね……私は殺したかったのに、愛してたのよ……あなたのおかげで楽になれたの……あなたのせいで……最愛の人を失ったの……」

 それは、ミスティアではなかった。

「私ね、あなたが好きよ……だから、あなたを殺したいの」

 それは、ミスティアが鮮明に思い出すことの出来ない、それでもミスティアの心に深く焼き付けられた、

「あなたを殺すから、私を殺して頂戴ね?」

 それはミスティアの記憶の奥底から漏れ出した、

「大丈夫よ……あなたは鳥……巫女に退治された記憶も、私を殺した記憶も……」

 一人の狂った女の、狂った信頼。

「全部忘れるから!」

 一瞬の跳躍。ミスティアはもはやミスティアで無く、ミスティアを狩ろうとするただの狂人と化していた。そしてミスティアの目に映るミスティアは、ただ黙って箒を手にし、彼女の鋭い爪を受け止めた。

「いいぜ……全部吐き出せ夜雀。お前の怒りも悲しみも憎しみも狂気も。全部お前を騙して陥れた憎き人間にぶつけてみろ。それでお前がすっきりするならな!」
「あははははは! 歌って、歌ってよおかみさん! 早く私を狂わせてよ! 私の大事なあの人を笑って殺させたみたいにさぁ!」

 大きく振り上げた手は、その爪で魔理沙の喉を掻っ切らんと襲い掛かる。辛うじて後方に跳んだ魔理沙であったが、箒の柄は綺麗に真っ二つに斬られていた。

「こんにゃろ! これお気に入りだったのに!」
「歌って! 歌ってよ! なんで歌ってくれないの!?」

 文句を言ってる間にも、ミスティアは、いやあの女は獣の如く魔理沙にありのままの狂気をぶつけてくる。その両の手に生えたナイフのような爪を、魔理沙は両手に握った箒と柄で払い除けながらも後退を続けた。

「こうやってあなたを刺し殺そうとするだけでも! 苦しくて申し訳なくて壊れちゃいそうなのに!」
「そいつはとっくに壊れてたんだよ! 自分に都合のいい妄想だけしか見えなくなってな!」
「何も見えない! 何も見えないの! あなたの首しか見えない! まるであの人みたい!」
「ああ気味が悪かっただろうよ、怖かっただろうよ! 狂わそうにも鳥目にしようにも、そいつは既に狂った鳥目だったんだからな!」

 狂人に取り憑かれた夜雀の爪は、樹木を抉り、地を裂いた。それは弾幕の中を踊る魔理沙にとってはあまりに脅威だった。妖怪が高い身体能力の赴くままに、弱き人間に襲い掛かる危険。背筋の凍る感覚と高鳴る心音を押さえつけながらも、魔理沙は退かなかった。

「私を止めてよ! 早く早く早く! また誰かを好きになっちゃう! また誰かを殺しちゃうから!」
「お前は、止めたんだよ夜雀。馬鹿な人間の狂気をな」
「私に大事な人を殺させたあなたが! 私を殺しなさいよ! そうじゃなきゃ私があなたを殺しちゃうんだから! 狂った私を狂わせたあなたが! 責任を取りなさいよ責任を!」
「ああそうさ! これは――」

 昨晩の雨のぬかるみが、魔理沙の足を滑らせた。ずるりと滑り尻餅をついた魔理沙を逃すことなく、女の怨霊が魔理沙の上に馬乗りになって、その爪を振り上げた。それでも、魔理沙は目を逸らさず、一切反撃をせず、彼女を見た。なぜなら、

「これは、人間の責任だ!」

 ドスッと、鈍い音がした。

「……」
「……」

 魔理沙は、ただ真っ直ぐに彼女を見ていた。女は、魔理沙を見ていない。

「すっきりしたか?」

 絆創膏を僅かに切り、地面に爪を突き立てたまま動かない彼女を、魔理沙は見ていた。

「……分からないよ」

 口を開いたのは、ミスティアだった。

「叫んでも……殺しても……駄目なんだよ。頭、ぐちゃぐちゃになっちゃって、何考えてるのか分からないの……!」

 両拳を握り、弱々しく魔理沙の胸に振り下ろした。初めて、ミスティアが感情を見せた。それは戸惑いと恐怖だった。今にも溢れ出しそうな何か。それが何か分からぬまま彼女は声を震わせ、必死に正気と狂気の境目でもがいていた。

「全部怖い、怖いんだよ……! 大嫌いな人間、好きになったら怖くなって! 弱いくせに私を殺そうとして! 全部全部わけ分からないのに笑って! だから私! 喉、刺しちゃった……それなのに、笑ってるんだもん!! 殺したいのか殺されたいのか分からなかったから! だから全部全部怖くなって! 全部壊したくなって……!」

 初めて心を許した人間。それに裏切られ、狂わされた。ミスティアの足りない言葉では全部は伝わらないかもしれない。それでも、駄々っ子のように何度も自分の胸を叩いてくるミスティアを見て、魔理沙にはそれだけは分かった。

「ミスティア……お前はな、止めただけなんだよ」
「止め……た?」

 ミスティアの目に、魔理沙の瞳が映った。

「そいつはな、病気だったんだ。どんな医者にも治せない、それでいてどうすることも出来ないくらい苦しい病気だ。そいつはな、苦しくて苦しくてどうしようもなかったから、お前に殺して欲しかったんだ。そいつの苦しみを、お前は止めたんだよ」

 陳腐な台詞かも知れない。でも、今の彼女に理解させるには、これくらいの陳腐さが調度いい。あとは、彼女の失った物を取り戻すだけ。その術を、魔理沙は分かっていた。

「歌ってやりな、ミスティア」
「歌……う……?」
「お前が大好きだった人間が、次は元気に生まれ変われるように……そいつの霊を元気付けてやれ」

 ミスティアは空を見た。静かな空は、ただ風が葉をくすぐる音だけを生み、葉の隙間から漏れ出す光だけが、二人を照らしていた。

「……あー、さーくらー……さくらーちる……」

 恐る恐る、思い出すように、ミスティアは歌を歌い始めた。失った自分の破片を拾い集めるかのように、ゆっくりと、小さく、彼女は歌い始めた。

「はは……」

 ああ、この歌を聞いたのは何時の日だったか。そう、桜……調度桜が満開だった、いつぞやの花見の時だったか。そう、あの時こいつは、呼んでもいないのに乱入してきて、勝手に好き勝手歌い始めたのだ。

「あはは……」

 それが妙に懐かしくて、そんなどうでもよかったはずの記憶を急に思い出した自分が可笑しくて、魔理沙の口から笑い声が漏れ出した。

「ふ、ひひっ、あはは、あはははは!」

 ついさっきまで、妖怪相手に命張ってた自分が馬鹿馬鹿しくて、

「ひひ、ひゃははっ、あはっ、ははははは!」

 自分の腹の上に乗っかったまま、涙を流して天に向かって歌っている夜雀が滑稽で、

「あははははは! あーっはっはっはっはは! ハーッハッハッハッハ!!」

 自分が何を考えているのか分からなくなって、魔理沙は笑った。ただただ馬鹿みたいに笑っていた。
 意識が遠くなる直前に、頬に水滴が落ちてきた。また雨か。雨女な自分が可笑しくて、笑った。その雨粒が妙にしょっぱかったから、それもまた可笑しくて、魔理沙は気を失うまで笑い続けていた。





「ん……んぁ?」

 最初に映ったのは、見慣れぬ天井だった。でも見た記憶はある天井だ。普段は慣れぬ布団から身を起こし、質素な和室を見回した。障子が橙色に染まっている。どうやら夕暮れ時らしい。

「あー……?」

 まず、自分が普段着ではなく浴衣姿であることに首を傾げた。さっきまで、果たして自分は何をやっていただろうか?
 自分の布団のすぐ隣、そこには別の布団があった。そこから顔を出し、寝息を立てている妖怪が一羽。

「あー……」

 思い出し、魔理沙は頭を抱えた。なんてこった。随分とご立派な言葉を吐いていた人間代表様は、この夜雀の歌に狂わされ、笑い疲れて気を失ったのだ。

「お、やっと起きたか」

 障子が開き、その人物と目が合う。ああ、やっぱりあんたか。魔理沙は大体の事情を飲み込んだ。

「勝手に服脱がすなよ」
「かたや泥まみれ、かたや血まみれを部屋に寝かせるわけにはいかなかったからな」

 少し意地悪に、寺子屋の主は笑って見せた。

「大体のことはミスティアに聞かせてもらった。服は洗わせてもらったが、よかったか?」
「助かるぜ」

 泥んこのまま帰ってもよかったが。正直疲労と気だるさでもう動くのが億劫だった。今日は慧音の家に世話になろう。彼女もそのつもりで魔理沙を脱がせたに違いないのだから。

「わざわざ夜雀まで一緒に持ち帰らなくてもよかったんじゃないか?」
「何を勘違いしてるんだ? お前をここまで運んできたのはミスティアだ」

 それは魔理沙の予想とは少し違う展開だった。てっきり心配した慧音がわざわざ森まで自分を探しに来てくれたと思っていたら、どうやら思いの外心配性では無かったらしい。

「で、なんでこいつまで寝てるんだ?」
「頭突きした」
「容赦無いな」
「罪には罰。これは私なりの妖怪としてのけじめだ」

 なるほど、よく見たら確かにミスティアの額は少し赤くなっていた。なかなか起きないところを見る限り、威力は瓦五枚級、といったところだろうか。

「しかし、お手柄だったな魔理沙」
「あ?」

 別に手柄を立てたつもりも無かった魔理沙は、その言葉を理解出来ずに難しい顔を作る。

「人間嫌いのミスティアが、わざわざここまでお前を運んだ。これはとても大きなことだ」

 腕を組み、うんうんと一人納得しながら慧音は続ける。

「ミスティアは妖怪としての心を救われただけじゃなく、人に対する好意を学ぶことが出来たんだ」
「ち、違うわ!」

 魔理沙の隣から声がした。

「なんだ、お前起きてたのか」
「うひっ!?」

 せっかく狸寝入りをしていたのに、脳足りんなこの娘は今頃になって声を出した愚に気付いたらしい。ミスティアは慌ててぼすっと布団の中に顔を隠した。

「わ、私は……ただ借りはちゃんと返すだけなんだから!」
「そりゃ、私も屋台の客だからな」
「そ、そーよ! 霧雨ぇー魔理ぃ沙ぁー、はお客さんだったから助けただけ!」
「なんだ? 霧雨ぇー魔理ぃ沙ぁーって」
「私は魔理沙だ馬鹿雀」

 お客の名前もまともに覚えられない鳥頭の失態に、慧音は首を傾げ、魔理沙は顔を真っ赤にした。

「と、とにかく……わ、私はもう悪くないもん」

 それだけ言って、ミスティアは更に深くへと布団に潜った。若干の罪悪感が残っているのか、それともただ単に恥ずかしいのかは分からなかったが、そんな彼女の態度が妙に可笑しく見えて、魔理沙と慧音は苦笑した。

「ああ、もう何も悪くないぜ」
「そうだな。過ぎた事は水に流そう」
「ほ、ほんとに……もう悪くない?」

 ようやく布団から頭を出したミスティアの頭を、魔理沙はぽんぽんと軽く叩いてやる。

「今日は昼間っから何も食べてないんだ。何か美味いもん作ってくれたら、全部忘れてやるよ」

 それと同時に腹の虫が大きく鳴ったものだから、魔理沙は苦い顔をしてしまった。そんな魔理沙を見て、ミスティアはようやく笑顔を見せた。

「任せときなさい! 伊達に屋台をやってるわけじゃないんだから!」
(あー、うちの食材勝手に使う気なのか……?)

 勝手にやる気になっているミスティアがどんな料理を作ろうとしているのかは知らないが、今日だけは許してやろう。自信満々に胸を叩く彼女を見て、慧音はそう思った。

「さて、そいじゃ私はちょっくら買い物だ。慧音、適当に服借りるぜ?」
「おい魔理沙、どこへ行くんだ?」
「箒屋だ」

 飯が出来上がるまでは時間がある。今日は自分のために時間を割いていない。貴重な時間を自分のために使わねば。魔理沙はそう考え、立ち上がった。

「あまり歩き回らないほうがいい。風邪気味なんだろう?」
「治ったぜ」

 そう、頭痛はすっかり治まっていた。もう布団に潜る必要は無い。潜る必要が出る時まで動かなければ、せっかく戻った調子が狂ってしまう。

「魔理沙」

 部屋から出て行こうとする魔理沙を、ミスティアが呼び止めた。魔理沙は振り返ったが、ミスティアは何も喋らない。

「なんだ?」
「え、えーっと……」

 どうやら何を言おうとしたのか忘れたらしい。うーんうーんと頭を掻き、彼女は思い出したように言葉を捻り出した。

「あ、ありがとう!」

 その言葉が何に対するありがとうなのか、彼女は既に忘れかけているのだろう。それでもいい。それでまた屋台の八目鰻が食べられるなら、それでいいと思った。それでまたいつか開かれる宴の場で、彼女が歌う歌に踊らされ、馬鹿騒ぎする妖精達を遠めで見物出来るならばそれでいいと思ったから、

「おう!」

 魔理沙はニッと歯を見せたのだった。


~完~
 最近コメダ珈琲店のシナモンウィーンとホットサンド網焼きチキンにハマってます、久々です。
 だってさ、ホットで、サンドで、網焼きで、ティキンなんだよ? しかも照り焼きソース。やったね!

 まあ冗談(?)はさておき、今回は東方SSでは初めてのギャグやシュール要素の無いシリアスストーリーになりました。
 正直書いてて一番しんどかった……。一番大好きなみすちーを狂わせるのもしんどかったし、それが果たして正解なのかにも悩まされました。
「退治」をどこまでやるのが正しいのかに一番悩まされました。重すぎても軽すぎても人と妖怪の関係が大分おかしなことになるように思えたので。
 でも最後はやっぱりグッドエンドで終わらせることが出来てよかったと思っています。流石魔理沙さん、白馬に乗った暴れん坊将軍ですね。
 慧音さんをもうちょい目立たせたほうが良かったかなぁ。ここは今後の課題になりそうです。

 色々と今回は慣れぬ執筆作業でしたが、これもまた新しいお勉強だと受け止め、また今後も励んでいこうと思います。
 ネタが思いついたら地霊組とかもやってみたいものです。あまり目立たぬヤマメやキスメあたりで。では、また。

※ 巷でうわさのtwitterをはじめてみました。使い方よくわからんとです……
久々
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コメント



0.1040簡易評価
2.100奇声を発する程度の能力削除
良い具合の狂気があって引き込まれました。
最後はホッとする終わり方で良かったです
3.30名前が無い程度の能力削除
ハッピーエンドってよりご都合主義が鼻につく感じ。
魔理沙のキャラとかは面白かったんよ。
10.100名前が無い程度の能力削除
妖怪を生むのは人の思い。
一番怖いのは人間ってことだろうね…。