Coolier - 新生・東方創想話

ご無沙汰していた蓬莱山輝夜の就職戦線異状なし~ヘビもカエルもお友達~

2011/01/28 22:11:22
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 - 前作までのあらすじ -

 いつも世話になっている永琳に20万円のマッサージチェアをプレゼントするために、妹紅に雇われて毎日飲む味噌汁の塩分を増やすという自分抹殺業務に就いた輝夜。
 しかしその月給は1円。あまりのマゾさに嫌気がさした輝夜はてゐに師事して詐欺を習得しようとするも、永琳にばれて逆に大目玉を喰らい水泡に帰す。
 一発逆転を目指した輝夜は守矢神社の主催する「大ボケさんいらっしゃい大会」に出場し、ツッコミ役の早苗を相手に持ち前の破滅的なボケを披露して見事に優勝。
 ツッコみ切れなかった早苗は心にトラウマを抱える事になったが、輝夜はその賞金でようやく永琳にマッサージチェアをプレゼントし、大願を成就した。
 だがその反動で燃え尽き症候群にかかってしまった輝夜は、早苗の迷惑を顧みない鈴仙の提案で守矢神社へホームステイすることになる。
 困り果てた早苗に連れて来られた間欠泉地下センターで空に芸を仕込む内に輝夜が見つけた夢は、ペットのブリーダーだった。
 嫌がる早苗に頼んで地霊殿で働けるよう交渉してもらうが、さとりは「保護者として早苗が付く事」を条件として提示してくる。
 これを断固拒否する早苗と、夢を諦めきれず早苗に懇願する輝夜の言い争いの中で、ひょんな事から何故か守矢神社でヘビやカエルの世話をする事に決まったのであった。

 ↑これだけ分かっていれば、前作を読む必要はありません




「ふーんふーんふーんふんふんふんふんふんふんふーーん♪」

 上機嫌な鼻歌まじりで、エプロン姿の鈴仙は輝夜のお弁当を作っていた。
 輝夜が守矢神社へ出勤するようになってから、もう数ヶ月が経つ。
 その間、鈴仙は毎朝お弁当を作っている。
 今日も輝夜の好きな兎リンゴを多めに入れておこう。リンゴの皮を兎の耳状にむいていく手つきもすっかり手慣れたものだ。

「1つ・・・2つ・・・3つ・・・4つ・・・・・・こんなもんかな」

 次にむいたリンゴをお弁当箱に詰める。

「1つ・・・2つ・・・3つ・・・・・・・・・あれ?」

 ・・・1つ足りない・・・。
 鈴仙に限って幻覚だったなんて事もないだろう。
 そして背後から感じる人の気配。

 確認しなくてもだいたい分かる。



「姫様、何をしてるんですか!」

 いつの間に台所に潜入していたのだろう。
 輝夜が鈴仙のむいたリンゴを頬張っている。
 鈴仙の問いに対して、輝夜はもしゃもしゃ口を動かしながら、「何が?」という感じで鈴仙を見つめた。

「それは姫様のお弁当用のリンゴですよ!」

 今度は「それで?」と輝夜の目が語る。

「つまみ食いなんてしちゃダメでしょう!」


 ようやく兎リンゴを飲み込んで輝夜が反論を始めた。

「私のなら食べてもいいじゃない」
「そういう事ではないんです、つまみ食いという概念はっ!」

「どういう事なの?」
「えっ・・・何ていうか、作ってる人に失礼・・・かな?まだ姫様にあげる、とは言ってませんし」

「でもさっき私のお弁当用だって」
「と、とにかく!つまみ食いはダメなんです!はしたないんです!悪なんです!」

「ふーん」
「・・・分かったんですか?」

「まぁ分かったわ」
「分かったなら何か私に言う事はありませんか?」

「別に無いけど」
「姫様はつまみ食いをしたんですよ?こういう時に言う言葉があるでしょ?」


「・・・『ごちそうさま』」
「『ごめんなさい』でしょっ!!」


 埒が明かないので鈴仙はチラチラ輝夜を監視しながらお弁当を作る作業に戻った。
 いくばくかの神経をすり減らしてついに今日の分のお弁当を完成させると、そのお弁当を輝夜に渡し、車に輝夜を乗せ、兎達を駆って車を走らせる。
 今ではすっかり鈴仙の日課だ。





 守矢神社ではいつものように、早苗が境内で朝の掃除をしていた。
 鈴仙が声をかける。


「早苗さん、おはよう。今日も姫様をお願いね」
「あ、はい。・・・あの・・・輝夜さんって、いつまでこちらに来られるんですかね・・・?」

「そりゃ基本的には定年までじゃないかしら」
「・・・輝夜さんの定年っていくつですか・・・?」

「今日日の定年と言えば60歳でしょ。・・・肉体年齢で」
「・・・輝夜さんの肉体年齢って、待てば増えていくものなんですか・・・?」

「ん?聞きたければ教えてあげるけど、世の中には知らない方が良い事ってあると思うの」
「・・・・・・・・・。」

「聞きたい?」
「遠慮します」





 輝夜を守矢神社に残し、鈴仙は兎車を駆って永遠亭へ帰っていった。夕方になればまた迎えに来る。

「じゃあ輝夜さん、今日もいつもの仕事をお願いします」
「えぇ~?またぁ?別の仕事ないのー?」
「輝夜さんがやりたいのはブリーダーでしょ?じゃああれしか仕事はありません。嫌なら辞めてもらってもいいんですよ?」
「やるわよ、やればいいんでしょ!」



 輝夜が一体何の仕事をしているかと言うと・・・

「ね~むれ~ ね~むれ~ 土の~中~に~♪」

 輝夜はしゃがみこんで俯きながら、小さな柵で囲まれた1メートル四方くらいの小さな土地に向かってつまらなさそうに歌を歌う。無駄に美声だ。
 土地には立て札が刺さっている。立て札に書かれた文字は「ヘビとカエルが寝ています ~Be quiet!~」。


 そう、今は冬真っ盛り。
 輝夜が面倒を見るべきヘビもカエルも、冬眠してしまっているのだ。

 それをいいことに早苗は「ヘビとカエルが気持ちよく寝られるように子守唄でも歌っといてください」と思いつきで適当な仕事をあてがった。
 これで少なくとも冬の間は、輝夜がおとなしくしているだろうと計算して。
 ちなみに立て札で「寝ています」と宣言されているその場所は、「この辺で寝てるんじゃないですか?」という早苗の適当な言葉を信じて、輝夜が柵で囲った。

 早苗は早苗で、輝夜の扱い方を覚えてきたのかも知れない。





 輝夜は日がな一日境内で歌っているだけなので、早苗は比較的安定した生活を送れている。
 雇用者はこちら側なのだから、少しくらい横柄に扱ったって大丈夫・・・そう割り切ってから早苗は少し気が楽になっていたのだ。

 だが二十年も生きていない早苗は知らなかった。
 限りなく永遠に近い時間を「姫様」として生きてきた者の底の深さを。



「ねぇ、早苗ちゃん」

 早苗が昼食の支度をしている台所に、輝夜が入ってきた。

「あれ、輝夜さん。ダメじゃないですか、お仕事をサボっちゃ。どこかの死神みたいになっちゃいますよ」

 ちらりと後ろを一瞥しただけで、早苗はすぐ料理に戻る。
 これから始まるであろう輝夜のどうでもいい話のために手を止めるほど暇ではない。

「早苗ちゃん、あれはやっぱりブリーダーの仕事じゃないと思うの」
「そんな事言ったって、今はヘビもカエルも冬眠中なんですから、他の仕事なんてありませんよ」

「嫌なの!!私はヘビやカエルに『おて』を教えたいの!!」
「ヘ・・・ヘビに『おて』・・・は、さすがに無理じゃないでしょうか・・・手が無いじゃないですか」

「あ、そっか。それじゃ手も足も出ないわね」
「誰が上手いこと言えと・・・」

「それならカエルだけでいいから」
「カエルも多分無理ですよ。まぁ何にせよ寝ていたらチャレンジもできませんけどね」

「ねぇ早苗ちゃ~ん、冬でも起きてるカエルを出してよぉ」
「人にドラえもんみたいな頼み方しないで下さい!!冬でも起きてるカエルなんているわけないじゃないですか!!いたとしても諏訪子様くら・・・い・・・」


 早苗が料理の手を止めた。自分の言った事に顔が青ざめる。
 言ってから「しまった」と気づいてももう遅い。料理の片手間で喋っていた代償がこれなのか。
 振り返ると、予想通り輝夜は早苗のナイスなアドバイスを得て、既に目を輝かせてしまっていた。

 永遠と須臾のわがまま姫様は、事もあろうか神様に芸を仕込みに行く事を思いついている。


「ダメです・・・ダメですよ・・・?」
「だって、他に仕事がないんだもの」

「仕事なら子守唄があるでしょう!」
「あれはブリーダーの仕事じゃないわ!」

「『おて』をさせるのもブリーダーの仕事じゃありません!それはトレーナーの仕事です!!」
「そんな辞書的な意味の違いで私のトキメキは止められないわ!!」

「相手は神様ですよ!?失礼です!バチがあたります!!」
「失礼にならないように上手くやるから大丈夫!!」

「そんな事言って、ご不興を買ったらクビになりますよ!!!」
「その時は早苗ちゃんがなんとか庇って!!!」
「そんな無茶な!!!!」


 輝夜が台所を出て行こうとするが、早苗が風の速さで遮る。


「早苗ちゃん、そこをどいて!姫には、無理だと分かっていてもやらなきゃいけない時があるの・・・今がその時なの!!」
「どんな時ですか!!とにかく通しません!!本当にクビにされてしまいますよ!!!」

「そう・・・早苗ちゃんはそこまで私のクビを心配して・・・」
「えっ、いや別にそういう訳じゃ」


 早苗が一瞬気を抜いた刹那、輝夜の瞳がキラリと光った。

「あっ、UFOだ!!!」

 輝夜が台所の天井を指差す。

「えっ?」

 早苗は思わず天井を見上げた・・・が、そこにはヤモリが1匹いるばかり。

「って、室内でUFOが見える訳ないじゃないですか!!」



 ・・・ツッコミをいれようとして視線を戻した早苗が見たのは、誰もいない台所。
 廊下から聞こえるのは、輝夜の走る足音。
 頬を伝ってゆくのは、早苗の冷や汗。

 輝夜は、てゐに師事した一日を無駄にしていなかった。
 早苗は、輝夜を追って諏訪子の部屋へ向かった。





「カーエルーには~ それは~ それはかわいいー
 女神様が~ いる~んーやで~♪ はむっ」

 諏訪子はのんきに歌いながらコタツでみかんをむいていた。
 冬はコタツでみかんに限る。これを世界で最初に言ったのは諏訪子らしい。
 実にカエルらしい発想である。

 諏訪子が冬なりの幸せを噛みしめていると、廊下からどたばたと足音が聞こえてきた。
 まず部屋に入ってきたのは輝夜。諏訪子の向かいに座ってコタツに入る。
 続いて早苗。諏訪子の部屋まで来てしまっては下手な行動に出ることもできず、大人しくコタツの側面からお邪魔する。
 もうこうなったら、「上手くやる」という輝夜の言葉を信じるしかない。


「ボケとツッコミが揃って何?新春漫才でも見せてくれるの?」
「私はツッコミじゃありません。そんなことより、輝夜さんが諏訪子様に話したい事があるんだそうです」
「ほほう」


 諏訪子と早苗の視線を浴びた輝夜はコタツに入ったまましばらく黙って諏訪子の瞳を見つめていたが、やがておもむろに右手を差し出した。



「『お」

 しかし早苗が風よりも速く輝夜の口を塞ぐ。


「もごご・・・もごご!!」
「あらやだ輝夜さん、お茶なら諏訪子様じゃなくて私に言ってくださいな、おほほほほ」

 早苗は右手で輝夜の口を塞いだまま、左手で首根っこを掴んでずりずりと輝夜を諏訪子の部屋から引きずり出した。



 廊下の曲がり角まで引っ張って行き、諏訪子がついてきていないことを確認して輝夜から手を放す。

「ぷはーっ!早苗ちゃんいきなり何するのよ!」

「今びっくりするほど超ストレートに『おて』って言おうとしましたよね!?」
「ちょっと待って早苗ちゃん、よく考えてほしいのよ。何千年も神様としてやってきている諏訪子さんが、『おて』くらいで怒ると・・・」

「し・ま・し・た・よ・ね!?」
「・・・しました・・・」

「さっき失礼にならないようにうまくやるって言ったじゃないですか!その結果がそれですか!!」
「ま、まぁ次はオブラートに包んでうまくやるから、そう心配しないで」

「大丈夫でしょうね・・・」
「だいじょぶだいじょぶ~」





 諏訪子の部屋に輝夜と早苗が帰ってきた。またコタツに入る。

「・・・何やってんの?」
「いえ、輝夜さんが急にお茶を飲みたくなったそうで、おほほ」
「ふぅん・・・」


 少しの気まずい静寂の後で、輝夜が突然大声で切り出した。

「諏訪子さん!!」
「は、はい?」

「寒いわね」
「はぁ・・・」

「カエルは寒さに弱いって聞くけど、大丈夫?」
「まぁコタツがあるからねぇ。かえって幸せと言えなくもないよ」

「でもでも、たま~に人肌が恋しくなる時もあるわよね?」
「え?人肌?・・・うーん、どうかなぁ・・・」

「いいわよ、暖かいわよ人肌!オススメよ!だから寒くなった時はね・・・」
「寒くなった時は?」



「その・・・『お」

 そこでまた早苗が輝夜の口を塞ぐ。何という反応の速さだろうか。


「もごご・・・もごご!!」
「あらやだ輝夜さん、お茶を飲んだらお手洗いに行きたくなったんですか、仕方ないですね、おほほほほ」

 早苗が輝夜を部屋から引きずり出す。
 一人残された諏訪子は呆然としてみかんを頬張った。



「ぷはーっ!早苗ちゃん何するのよ、あと一息だったのに!」

「ええあと一息でしたね・・・あと一息でゲームオーバーでしたよ!!」
「あれ、そう?うまいことオブラートに包んだと思ったのに」

「どこがオブラートですか!あの後ストレートに『おて』って言うつもりだったんでしょ!?」
「いや、まあ、うん」

「どんな回りくどい言い方をしたって、最後に単発で『おて』と言ってしまったら負けなんですよ!」
「ブリーダーは勝ち負けじゃ・・・」

「そんでもってはっきり言います。あの流れはありえないほど不自然でした!!」
「うそぉ」

「諏訪子様本人が『おて』をしたと気づかないような、極めて自然な流れを組んでください!いいですね?」
「はぁい」

 言っている事がいつの間にか「おて」推進派になっていることに早苗本人も気づいていない。
 また諏訪子の部屋に戻る。





「お茶の利尿作用ってすごいですよね、おほほ」
「・・・。」

 何事も無かったかのようにコタツに入ってきた早苗に対して、諏訪子の視線は冷ややかだ。
 だがそんな些細な事は輝夜には関係ない。三度目の正直に挑戦する。


「諏訪子さん!!」
「は、はい?」

「私最近、占いにハマってるの!」
「そうですか」

「諏訪子さんも占ってあげる!」
「いや、神様に占いなんて・・・」

「いいじゃない、占いなんて当たるも八卦当たらぬも八卦、ただの遊びよ!」
「何か・・・言葉の使い方それであってる?」

「え・・・と、とにかく、神様に私の占いが通用するか試してみたいの!」
「まぁ、いいよ。勝手に占ってくれても」

「ほんと!?じゃあ、右手の甲を出して!」
「手の甲???手相じゃなくて?」

「手相で見るのは素人よ。私ほどにもなると手の甲の方が占いやすいの」
「そう?どうでもいいけど」


 諏訪子が右手を輝夜に差し出し、輝夜はその手を受ける。

 ・・・「おて」の基本形完成である。


 何となく強引の感はあるものの、確かに何も感づいていない諏訪子を見て早苗は内心感動していた。


「ふむふむ、なるほどね」
「どうだったの?」

「え?っと・・・私、占いは絶対に外したくないから、1回の鑑定では結果を言わない主義なの」
「何じゃそりゃ」

「今後も不定期で手の甲を見せてもらって、数ヶ月見続けてやっと占いの最終結果が出るのよ」
「随分かかるんだねぇ」

「これから手の甲を見せて欲しい時は、『お手を拝見』って言うから、その時はすぐに見せてほしいの」
「めんどくさ・・・気が向いたら見せてあげる」

「あ、『お手を拝見』じゃ言葉が長いか・・・略して『おて』って言ったら手の甲を見せてね!占いの為にはすぐに見るのが大事なの」
「はいはい、分かりましたよ」



 これはつまり、今後輝夜が「おて」と言ったらそれに呼応して諏訪子が「おて」をするという事だ。
 早苗はついに本当の奇跡を目撃した。

 初めからできっこないと諦めていた早苗に対して、輝夜は常に前だけを向いていた。
 やっている事そのものはバカらしいが、輝夜の信念と行動力には見習うべき所がある、と早苗は恐らく初めて輝夜をちょっとだけ見直した。





「それから、私が『おかわ」

 早苗が油断なく口を塞ぐ。一時の成功にも隙を見せない鉄壁の防御だ。


「もごご・・・もごご!!」
「あらやだ輝夜さん、お茶のおかわりですか、おほほほほ」



 輝夜を部屋から引きずり出し、お説教を再開する。

「ぷはーっ!早苗ちゃん何するのよ、成功したじゃない!」

「調子に乗りすぎです!!!」
「ああいうのは勢いが大事なのよ!あのタイミングなら上手く言えたはずよ!」

「何が上手く言えたですか!じゃあ何て言おうとしたのか、今ここで言ってみてくださいよ」
「それから、私が『おかわり』って言ったら左手をここに出すのよ、いい?」

「それ完全に失礼ボーダーを越えてますよね」
「うーん、あの流れならいけたと思うけどなぁ」

「いいですか。諏訪子様はいつもにへら~っとしてますけど、ああ見えて結構鋭いんです。押し込めたと思って隙を見せるとすぐに突き崩されますよ」
「ねぇ、早苗ちゃん」

「いいから黙って聞いてください。もうあんな事でひやひやするのはうんざりなんです。今は『おて』で満足しておいて、『おて』でいいから何度も繰り返すんです。それで、『おて』が当たり前になってからですね、」
「早苗ちゃんってば」

「もう、何ですか!私は諏訪子様に『おて』を教え込む方法を真剣に、」
「諏訪子さんそこにいるよ」



「・・・へ・・・」



 その時早苗は背中に何かゾクッと走るものを感じた。



「さ~な~え~ちゃ~ん♪」

 名前を呼ばれて恐る恐る振り返ると、そこにはにっこり笑う諏訪子の姿があった。
 屈託の無い笑顔・・・ではない、満面屈託だらけの笑みだ。
 異常に怖い。


「輝夜さんの様子がおかしいと思ったら、そういう事だったんだね」
「あ、いやっ、これはその・・・」

「まさか早苗が裏で糸を引いて、私に『おて』なんかを仕込もうとしていたとはね」
「・・・え?・・・・・・・・・えぇっ!?」

 まずい。
 輝夜が黒幕で早苗は参謀程度のはずが、諏訪子の中では早苗が黒幕かつ参謀で輝夜は命令通りに動く実行犯程度という認識になっている。
 この展開は非常にまずい。

「私をペット扱いとは、早苗も偉くなったもんだねぇ」
「ご、誤解です諏訪子様、元はと言えば輝夜さんが、」
「おすわり!!!」
「キャンっ!」

 早苗は思わずその場で正座してしまった。
 恐るべき条件反射。これが本当のしつけというものだろう。


「早苗ちゃんの職業は何かな~?」
「巫女です・・・」

「巫女ってどんなお仕事だったっけ~?」
「神様にお仕えするお仕事です・・・」

「それで、私はだぁれ?」
「神様です・・・」


「あれれぇ?おかしいなぁ。『お仕えする』って、芸当を教え込むって意味だっけ?言葉っていうのは時代と共に変わっていくものなんだねぇ」
「大っっっ変、申し訳ありません!!!!でも諏訪子様に『おて』をさせたいと始めに言い出したのは、」

「ステイ!!!」
「キャンっ!」


「口答えしていいとは言ってない」
「くぅん・・・」


 取り付く島も無い。
 今はとにかく諏訪子の言いなりになって、謝り続けるしかないらしい。


「さて、この謀反に対してどんな罰を与えようかな」
「む、謀反だなんてとんでもありません!!」

「謀反じゃなきゃ下克上だね。神様に仕える巫女が神様の飼い主になろうっていうんだから」
「誤解ですってばぁ・・・」

「あ、そうか」
「分かっていただけたんですか!?」

「神への信仰心を失くしたんだから、罰というよりはもはや巫女失格か」
「え、あの」

「早苗さん」
「わん」



「クビです」
「・・・?」



「・・・・・・??」



「・・・・・・・・・???」





「ええええええええええええええええええええ!?」


 言われてから少しの間は何のことか分からなかった。
 早苗に対してクビというのは、やはり巫女をクビということだろう。
 巫女でない自分など考えたこともなかったし、想像もつかない。
 神社に住み込んで巫女をやっているのだから、クビになれば住居も追われてしまうのか。
 これはさすがに言いなりになっている場合ではない。

 おすわりしていた早苗が思わず立ち上がった。


「ちょっと待ってください!!私は神奈子様と諏訪子様のために外の世界での人生を捨てて・・・というより人生を捧げてこんな常識の通じない世界にまで、」
「ふせ!」
「キャンっ!」


「言い分は犬語でのみ認める」
「わ・・・わんっ!!わん、わんわん、ばうばう、わんばうわん!?」

「何言ってるか分かんないや・・・」
「くぅん・・・」


 ここに来て事態の重大さを悟った輝夜が、早苗と諏訪子の間に割って入った。
 自称「親友」という輝夜の背中が、その時の早苗には少し大きく見えた。

「諏訪子さん、ちょっと待って!!」
「輝夜さん、私のために・・・」

「早苗ちゃんだって悪気があってやったんじゃないのよ!諏訪子さんに『おて』をさせるのは、私と早苗ちゃんの夢なの!!!」
「こら」

 背中が通常サイズに戻った。


「そんな不謹慎な夢を持つ事自体が神への信仰心を失った証拠なんだよ。
 神様に『おて』をさせたい→神様の飼い主になりたい→神様を偉いと思ってない→神様に仕えたいと思ってない→巫女でありたくない→じゃあクビ ←今ココってこと」

「ああ、そういう・・・」
「納得するなっ!!」

「で、でも早苗ちゃんは私の親友だし、守矢神社で私を雇いたいって言ってくれたのも早苗ちゃんよ!」
「雇いたいなんて一っっ言も口にしませんでしたけどね」

「その早苗ちゃんをクビにするって言うなら、私も守矢神社を辞めるわ!!」
「その訴えにどれだけの効果があると思ってるんですか・・・」


 輝夜の訴えに諏訪子はしばらく考え、そして口を開いた。

「分かった。早苗のとばっちりを受けたみたいで可哀想だけど、それなら輝夜さんもクビにするね。・・・早苗、夕方までに荷物をまとめて輝夜さんと出ていって」

「そんなぁ・・・・・・」


 本当に絶望した時、人は自発的に「ふせ」をするのだと、早苗は身をもって知った。





 その日の夕方。守矢神社境内。
 幻想郷では珍しいキャリーバッグを持って、早苗は鳥居をくぐった。

「はぁ・・・これからどうしよう・・・」


 沈んでいく夕日が象徴的だ。
 一緒にいた輝夜が哀愁に満ちた早苗の肩をポンと叩く。

「早苗ちゃん、元気出して!今日は一緒に永遠亭に帰って、明日から二人で働ける仕事を探そ!!」
「泊めてくださるんですか?でも二人で・・・働く・・・」

「泊めるどころか、ずっと永遠亭にいればいいわ。ものは考えようよ!おかげでこれからずっと一緒にいられるじゃない!!」
「あ、あは、あっはははははは、はは・・・・・・ありがとうございます」

 もう嬉しいのか悲しいのか自分でよく分からない。
 すこぶる微妙な心持ちの早苗は、輝夜と共に鈴仙の駆る兎車に乗り、守矢神社を後にして闇の中へと消えていった。





 それを見送る諏訪子の背後に、スッと神奈子が現れた。

「早苗は私の巫女よ。何勝手にクビにしちゃってる訳?」
「ん?最初からずっと見てたんでしょ?文句があるなら途中で言えばよかったじゃん」
「あら、バレてた?」

「可愛い子には旅をさせろってね。ずっと神社で猫可愛がりしてるのもいいけど、たまには丁稚奉公に出す方が見識が広まるってもんだよ」
「あれが猫可愛がり?」
「私なりの愛情表現だよ」

「ところで早苗がいない間、神社の掃除は誰がするの?」
「神様なんて少しくらい埃をかぶってる方が有り難みが増すってもんさね」

「適当ね」
「知らなかった?」
「知ってた」

「・・・。」
「・・・。」

 夜の帷が降りていく中、それ以上何も言わずに神社の建家に帰っていく二柱の神様は、どこか寂しそうでもあった。





 夜の永遠亭。
 早苗は輝夜の部屋で布団を並べて寝ることになった。
 灯りを消して、布団に入る。

「輝夜さん、起きてますか?」
「もうちょっとで寝る」

「ブリーダーは輝夜さんの夢だったんですよね」
「うん」

「辞めてよかったんですか?」
「よくはないけど。早苗ちゃんのおかげで見つけて、早苗ちゃんのおかげで掴んだ夢だから、早苗ちゃんの為に諦めても惜しくないわ」

「・・・」
「明日からは早苗ちゃんとずっと一緒なんだし、そしたらすぐに次の夢が見つかるわ」

「どこからそんな自信が出てくるんですか・・・」
「見つかるわよ。だって早苗ちゃんは私の親友だもの」


「・・・・・・はいはい、そうですか。もう寝ますね。おやすみなさい」


 早苗は頭まで布団をかぶると、輝夜に聞こえないように小さな声で「ありがとう」と呟いた。
 布団の中は冬でも暖かい。





 しかし残念ながら、その小声は別室の鈴仙にはしっかり聞こえていたようだ。

「姫様に聞こえないように『ありがとう』だなんて、早苗さんったら相変わらず素直じゃないんだから。からかうネタがまた増えたわね・・・うっしっし」

 講義中に俯いて笑いをかみ殺す鈴仙に気づいて、永琳が咳払いをする。

「うどんげ、聞いてるの?」
「は、はい!聞いてます!」

「そう、聞いていたならいいわ。じゃあ私が今言った事を復唱して」
「優曇華の根はすりつぶして粉末状にすると滋養強壮の、」
「全然違います。勘で言わない!」

「・・・ごめんなさい、聞いてませんでした」
「まったく・・・嘘つきはてゐの始まりよ。・・・まぁ、今日は思いがけず家族も増えたし、疲れたのも分かるけど」

 永琳が本を閉じた。今日の講義は終わりのようだ。

「はあ・・・家族ですか。早苗さんが聞いたらまた何て言うかな」
「大丈夫じゃない?うどんげじゃないけど、あの二人はあれで結構相性がいいみたいよ」

「確かに早苗さん、よくやってますよね。姫様慣れしてる私でも時々手を焼くっていうのに・・・本当に姫様が好きなんだなぁ」
「『好き』とはニュアンスが違うわ。あの娘は姫のことを『好き』を通り越して『慈しみ』の領域に入っているのよ」

「・・・どう違うんですか?」
「ただ好きなだけなら、その内愛想が尽きるもの。姫の天衣無縫っぷりを『仕方ないなぁ』と割り切って結局面倒を見てしまう・・・そういう違いよ」

「なるほど。・・・お師匠様も姫様のことを慈しんでるんですか?」
「まさか。私は姫の臣下よ。慈しむなんて畏れ多い。私は姫に畏敬の念をもってお仕えしてます」

「ニヤニヤ」
「・・・何?」


「お師匠様、嘘つきはてゐの始まりですよ?」

 ポカッ!

「あいたっ(;x;)」

「早苗さんならともかく、私をからかおうなんて一億年早いわ」
「えぇん、何で姫様好きの人ってみんな素直じゃないのぉ(;x;)」





 せっかく手にした職をまた手放した輝夜。
 だがその手には、今まではいなかった早苗の手がしっかりと握られていた。
 二人で協力すれば、就職への苦労も半分になることだろう。

 ・・・少なくとも輝夜にとっては。



  了
 3ヶ月ぶりくらいでしょうか?お待たせしていた方々、(いれば)申し訳ありませんでした。
 別にサボっていた訳じゃないですよ。

 念のためお名前は伏せておきますが、熱心なファンの方がいてくださって余りに嬉しかったので、本作にはその読者様のお言葉を二、三反映させています。
 パクリじゃないですよ。敬意を表してです。
 そそわに足を踏み入れてもうすぐ1年、未だに鳴かず飛ばずのダメペンギンのファンでいてくれるなんて、涙が出るじゃないですか。

 それはさておき、早苗さんまでニート地獄に引き摺り下ろしてしまった輝夜。
 早苗さんにとって、これからが本当の地獄かも知れませんね・・・。


↓シリーズ前作

蓬莱山輝夜の就職戦線異状なし
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続・蓬莱山輝夜の就職戦線異状なし~てゐに弟子入り~
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帰ってきた蓬莱山輝夜の就職戦線異状なし~ツッコミマイスターとの死闘~
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終わらない蓬莱山輝夜の就職戦線異状なし~風祝は苦労性~
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走り続ける蓬莱山輝夜の就職戦線異状なし~トップブリーダーへの道~
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アデリーペンギン
http://
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コメント



0.540簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
待っていたヤツはここにいるぞぉぉ!
相変わらずおバカで可愛い姫様ですな 早苗と二人での就職探しに期待です
4.100名前がない程度の能力削除
待ってました!!
早苗さんを巻き込んでもう一波乱ありそうですね、次も楽しみにしてます!!おほほほほ
12.90コチドリ削除
とうとう輝夜ワールドという名の底無し沼にどっぷりと首まで浸かっちゃいましたね、早苗ちゃんは。
でもそこはかとなく彼女が幸せそうなのも姫様の人徳なのだろうか? ホント憎めない御方。

それにしてもこの展開は正直予想だにしていませんでした。嬉しい誤算というやつですね。
時折はさまれる過去の小ネタにも頬が緩んでしまう。シリーズ物の醍醐味というか強みでもありますね。
個人的には本作品で一番動いていたのは早苗ちゃんという印象です。なんとなく次も彼女が軸になりそうな気もするし、
こりゃうかうかしていると主役を喰われかねないっすよ、負けるな姫様!

作品を創作することは一つの小さな世界を新たに生み出すことと同義なのかもしれません。
そして作者様は蓬莱山輝夜とその仲間達によるもう一段広義な世界を現在構築しつつある。ちょっと大袈裟に言うならばね。
それは私などから見ればとてもとても素晴らしいことだと思うのです。

これからも作者様には本シリーズに限らず様々な小さき世界を創り出していって欲しいというのが私の勝手な願いです。
輝夜達との再会が少し遅れることになろうとも、貴方の幅の広がりが最終的には輝夜達の世界の広がりに通ずると思うので。

「この人の執筆スピードがちょっとでもあがればグヤとの再会も早まるんじゃね?」
などと俺のガイアが囁いている。というのは真っ赤な嘘です。
気楽に行こうぜ、気楽に!
14.100名前が無い程度の能力削除
さ、早苗ェ・・・
17.100名前が無い程度の能力削除
えぇ待ってましたとも。
回を追う度に早苗さんがどんどん可哀想なことになっていく……w
18.80名前が無い程度の能力削除
早苗さん不憫やなぁw
でもキャリーバッグをゴロゴロ引きながら途方に暮れる早苗さん可愛いです