Coolier - 新生・東方創想話

願わくば 月の下にて 我死なむ

2009/08/11 01:10:27
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「じゃあ私は図書館に戻るわ」
 パチュリーがティーカップを置き、立ち上がった。小悪魔も後に続く。
「ええ、付き合ってくれてありがとう」
 レミリアは空のティーカップを置くと、咲夜に目配せをした。
 パチュリーたちが部屋を出て行くまで咲夜は黙って紅茶のお代わりの準備をしていたが、ドアが閉まりしばらくすると口を開いた。
「お嬢様」
「ん」
 レミリアは頬杖を付き、窓の外の月を見上げたまま声を漏らした。

 咲夜はしばらくまた口を閉ざした。レミリアは黙ったまま月を見ている。
「明日が…何の日がご存知ですか?」
「…咲夜。主を試そうなんてしないことね。それとも贈り物の催促?」
 たしなめるようだが、レミリアは楽しそうに言う。
 風が窓を軋ませる音が響いた。
「…私は長年ここで奉公させていただきました。お嬢様にはとても感謝しております。言い尽くせないほどに…」
 レミリアがやっと咲夜に向かい合う。
「メイドを辞めてここを出て行くような言い方ね。あなたは『死ぬまで』私の側にいて仕えてくれるんじゃなかったの?」
「いえ。出て行きません。私の死に場所はこの紅魔館です」

 数分の沈黙。飽きたようにレミリアが言う。
「咲夜」
「…明日を迎える前に命を絶とうと思います」
 カチャン、と乱暴な音を立ててレミリアがティーカップを置いた。
「そういう冗談は面白くない」
「お嬢様。私は明日でいくつになりますか」
「知らない。それがどうしたの?寿命まではまだまだあるはずよ」
 レミリアがいつものように目配せをするが、咲夜はお代わりの用意には取り掛からない。

「もう寿命は過ぎたはずです。明日で私は100歳になるのですから」
「…そう。『人間』の寿命はそんなに短かったかしら」
「ええ。現に魔理沙も霊夢ももう10年以上前に逝ってしまいました」
「あなたならまだ生きてる可能性だって…」
「そういうことじゃないんです」
 静かに咲夜がレミリアの言葉を遮る。レミリアは無意識に羽を時折ばたつかせる。

「なぜ…私を『人間』のまま終わらせてくださらなかったのですか」
 レミリアは頬杖をやめ、腕を組んだ。紅茶は諦めたようだ。
「あなたはメイドとして優秀だもの。長持ちする方が良いじゃない。咲夜だって、ずっとその若い外見のまま100年生きることが出来たでしょう。魔理沙や霊夢の姿を見ていたでしょう?あんな醜いメイドはいらないわ」
 咲夜は寒さを耐えるかのように自分自身を両腕で抱きしめた。
「…それが人間です。あなた方とは寿命が違う。違いすぎる。それをわかっていて、お嬢様は私を置いていてくださったのではないのですか?」

「…咲夜はまだ、生きて私のために仕えることができる。それを拒否するというのね」
「私はもとより、『人間』として生きている限りずっとお側にいるつもりでした。当初の予定通り、『人間』としての寿命が私の契約期間です」

「…せっかく長生きさせても言うことを聞かないんじゃ使えないわね」
 レミリアは立ち上がった。羽を意味なく震わせて。
「お嬢様」
 咲夜はレミリアにナイフを一本差し出した。刃が眩しく光り、咲夜が愛用していたものではないとすぐにわかった。
 レミリアは受け取るが、意図がわからず咲夜を見る。咲夜は何も言わず、レミリアを見つめる。
「…主を試すものじゃないと言ったでしょう。これは…銀製?」
「はい」
 レミリアは薄く笑う。
「心臓を突けば、吸血鬼でも死ぬわね」
「…」

「…言うことを聞かない上に、要求までするの?」
「私の寿命を延ばしたのはお嬢様です。ですから、それを途絶えさせるのも願わくば、お嬢様に…」
「それは命令というものよ。私の命令であなたは『人間』を辞めたの。その命令はいまだに解除されていないの。だから私があなたの望みをかなえるいわれもないわ。だから…!……本当に…勝手なことばかりしないで…」

 レミリアの声は涙で乱れた。
 咲夜はレミリアを抱きしめていた。時間を止めて、レミリアの持つナイフがしっかり左胸に刺さるように。

「…何故…。ただ、出来る限り長い時間一緒にいたいだけなのに…そんな命令すら、何で聞いてくれないの…。なんでわかってくれないの!」
 咲夜はレミリアをきつく抱きしめて笑う。
「お嬢様こそ…なぜ、わかっていただけないのですか。私は人間でありながら吸血鬼であるお嬢様に仕えることを誇りにしていたのに…」
「わからない…全然わからない。お願い…側にいてよ…一緒に生きてよ…」
 咲夜が腕の力を緩める。右手でレミリアの頭を抱き、左手をレミリアの頬に添えて溢れる涙を拭い取る。痛みを感じていないかのように、穏やかに微笑む。
「人間を辞めて…一つだけ…良いことがありました。お嬢様の手で…終わることが出来ました…」
「この私に…罪の意識でも押し付けたつもり?」
「それで、お嬢様が私を忘れないでいてくださるのなら、それも良いですね…」
「ふふっ」
 レミリアも笑う。涙は流れ続けているが、無邪気に笑う。
「咲夜を簡単に忘れることが出来るのならば、どれだけ楽か…」
「光栄です。レミリア様、ありがとうございます」
「…咲夜。おやすみ…」
 咲夜は笑った。幸せそうに。若く美しいまま成長を止めた少女は最期まで老いることなく、美しかった。
 レミリアが体を離すと咲夜の体からナイフが抜け、血が溢れ出た。崩れ落ちるように跪いた咲夜の体を、レミリアは受け止め床にそっと寝かせた。

「咲夜。紅茶のお代わりを入れるように合図したのに気づかなかったのかしら。ダメなメイドね」
 咲夜は答えない。目を閉じて微笑んでいる。
 一度止まった涙が、レミリアの頬を伝う。もう拭ってくれる人はいない。
 レミリアは泣く。我慢もせず、泣く。
 泣きながら咲夜の首筋に牙を立てて血を吸った。人間でなくなってしまった咲夜の体は死ねば消滅してしまう。その前に、少しでも咲夜を取り入れたくて。もはや咲夜の血は吸血鬼にとって美味しいものでも養分にもなりもしない。それでも、少しでも取り込みたくて。
 レミリアの涙と咲夜の血が床で混ざり、窓から差し込んだ月が映った。赤く反射した月は欠けることなく丸く揺らめいていた。
タイトルが一番苦手です。

ありがちですね。
マエマ
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コメント



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11.90名前が無い程度の能力削除
最後3行についてkwsk
12.無評価マエマ削除
最後三行…?

偶然咲夜さんの誕生日が十六夜だったくらいにしか意味を持たせたつもりは無いですよ。
って言っちゃうと薄っぺらくなりますね。