Coolier - 新生・東方創想話

渇望と諦観

2010/04/17 23:36:37
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 幽閉されて早幾年たったことだろうか。十年か。百年か。恐らくは千年を超えるということはないと思うが、昼も夜もない地下室だ。体内時計なんてものはあてになんかなりはしない。食事数から割り出そうかと考えたこともあるが、生憎なことに、私は情緒が不安定になったりすると平気で時が一ヶ月くらい飛んだりする。しかも、その時の記憶が濃霧を彷徨っているようにあやふやなものであるから、食事数から算出することもできない。
 だから私は何時から彼女達が紅魔館に使えていて、何時に私と出会ったのが解らない。それが酷く悔しかった。











『渇望と諦観』




 いつもようにやることがなく、暇を持て余していたので、魔理沙が来るかもしれない大図書館で、来ないかもしれない彼女を待つことで時間をつぶそうと、長い廊下を歩き、大図書館に向かっていた。
 雷の音が聞こえる。
 廊下の窓から何気なく外を眺めてみたら、暗雲がたちこめていて酷い土砂降りになりそうだった。

 吸血鬼は流水を渡ることが出来ない。
 この天気ならお姉様はあの巫女の所に外出することは出来まい。ざまあみろ、と内心で呟く。
 お姉様が博麗霊夢の事をいたく気に入り、本来であれば夜行性である吸血鬼の性質すらねじ曲げて、連日のように神社に入り浸っていることを私は知っていた。
 だからこそ、この空模様を見て、少しばかり気持ちが晴れたような心持ちになった。

 私は雨が好きだ。それも夕立や嵐のような荒々しい雨模様が好きだった。吸血鬼らしからぬ主張だということは重々に承知しているが、それでも好きなものは好きなのである。
 雷鳴を轟かせ、叩き付けるように雨粒を降らす姿は、これ以上ないほどに爽快だ。

 ふと、庭のほうに視線を移す。花壇には色とりどりの花が植えられていた。規則正しく、だけれど決して単調ではなく、視覚的にも楽しませるような配置で花々は植えられていた。
 紅魔館のシンボルである赤い花が基調となっているが、中には白や黄色の花もあった。実に美しい配置である。それに花々も綺麗だった。特にあの赤い花が。

 あの赤い花を名前をかつて美鈴に教えてもらったことがあるような気がした。はて、何という名前だっただろうか。
 お嬢様――つまりはレミリア様にぴったりの花です。と美鈴が微笑みながら私に告げていた記憶が脳裏で甦る。
 それを思い出した途端に、なんだか不愉快な気持ちになった。なぜだか解らないが今まで綺麗に思えていた赤い花が、急につまらないものに感じられて仕方がなかった。

 なんだかムシャクシャする。このまま癇癪に任せて暴れ回りたいという欲求に駆られた。しかし、そのような衝動に身を任してしまえば、また暫くは地下室から出してもらえないだろうことが容易に想像できたので、ぐっと堪える。
 ずきんずきん、と頭痛がしたが、五分もしたら波が引いたかのように破壊衝動は霧の如く霧散していった。

 一番大切にしていたものが一瞬で塵に変わる。そんなことは私には珍しいことではない。けれど、最近では珍しいことだった。精神が安定していた時期が長かった反動だろうか。
 そんなことを考えていると、咲夜が声をかけてきた。

「あら、フランお嬢様。何をしておいでなのですか?」

 咲夜は給仕を終えたところなのか、僅かに残った紅茶の残ったティーカップとポットを台の上に乗せていた。背後には幾人かのメイド妖精が控えている。私を見て少しばかり怯えた表情を浮かべているようだった。
 ずきん、と軽い頭痛。

「別に。外を見ていただけよ。雨が降りそうだったから」

「確かに一雨来そうですね。雨は洗濯物が干せないから嫌いですわ」

「咲夜なら雨だってへっちゃらってイメージがあったんだけれどなあ」

「雨にも負けずというわけには、なかなかいけません。風邪もひいてしまいますし」

「人間って不便ね。早いとこ私達の眷属になっちゃえばいいのに。お姉様からも誘われているのでしょ?」

 そして咲夜がいつもそれを断っているのも私は知っていた。
 そしてまた、あの自尊心が高く、自己中心的なお姉様の誘いを何度も断るということがどういう意味を持つのかということを知らないわけでもない。何が咲夜にそうさせるのが私には解らなかったが、それだけの固い決意があるということなのだろう。
 だから、これは軽い八つ当たりだった。意地悪をしてやろうと思ったのである。
 咲夜は困ったように笑って、いつもと変わらない返事をした。

「生きている間は一緒に居させてもらおうと思ってますわ」

「ふーん。じゃあ、精々、長生きしてよね。咲夜が居なくなると困るんだから。また昔みたいに美鈴がメイド長をやるなんてことになりかねないもの。あいつ、仕事しないんだから」

「ふふ、頑張りますわ」

 微笑を浮かべる咲夜。咲夜らしい優しい笑みだ。
 何となく意地悪をしたことに対して罪悪感を覚える。そこまで悪いことをしたわけではないのだが、咲夜に対して僅かでも悪意を向けてしまったことが何故か申し訳なかった。

「それにしても、本当に雨が強くなりそうですわね。美鈴に傘を持っていかなくちゃ」

 悪いけど、頼めるかしら――と、咲夜は後ろで怯えている妖精メイドたちにそう言いつけた。妖精メイド達はその命にほっと安堵の表情を浮かべ、逃げるようにこの場を去った。
 咲夜の意図するところが否応なしに解ってしまって嫌になる。
 悪戯好きで、知能の低い妖精メイドはたとえ古参の連中であっても、本当に命令を聞いているかどうか確認しなくてはならない。妖精メイド達は結局の所、妖精に過ぎないし、メイドという役になって遊ぶお飯事の延長線上でしかないのだから。
 だから、このような雑務は咲夜が時間を止めて行っているのを私は知っていた。咲夜は私に怯える妖精メイド達を見せたくなかったのだ。

 ――気遣われた。

 ずきんずきん、と頭が痛む。私のためを思っての行動だというのに、どうして私はこんなにも不愉快に感じているのだろう。
 私は嫌な奴だ。とても嫌な奴だ。咲夜は私のことを気遣ってくれたのに。大切に考えてくれているのに。
 悪意だ。私は悪意だ。善意に対して、どうして悪意でしか返せないのか。

 自己嫌悪に襲われ、少し泣きそうになる。酷く自分が惨めで哀れで汚くて愚かなもののように感じられて仕方がなかった。
 けれど、涙は堪える。絶対に泣いてはならない。咲夜に心配をかけてしまう。
 いや、それすらも嘘で、本当はこんなにも汚い自分を気取られたくないだけかもしれなかった。

 少しばかり沈黙が訪れる。何か言おうとは思うものの、自己嫌悪で凍った心は心を紡ぎ出さなかった。
 そんな私を、咲夜は笑顔で見つめていた。それは、とても、眩しすぎた。

「それでは失礼致しますね、フランお嬢様。ご用があればお呼びください。何処にフランお嬢様が居ようと、直ぐに駆けつけますので」

「あ、……うん」

 曖昧に返事をすると、咲夜はポットを持ってその場を去っていった。その後ろ姿に謝りたくなる。謝罪したくなる。
 言葉を口にしようと、口を開けたが、出てきたのはひゅーひゅーと風をきるような音だけだった。私は酷く臆病だった。









「妹様じゃない。珍しいわね」

 パチュリーは魔導書を読みながら、ちらりと私の方を一瞥する。
 見るからに禍々しい瘴気を放つ魔導書だった。黒い霧状の魔力が本から漏れ出ている。明らかに誰かの悪意によって生成された魔導書だった。
 怨嗟でできた紙の上に、呪詛のインクで書き込まれた趣味の悪い魔導書に違いない。

「随分と趣味の悪い本を読んでるのね」

「悪い悪い悪魔の城に住む魔女だもの。こちらのほうが様になっているでしょう?」

「お姉様は陰険そうなのは嫌いだと思うよ」

 あの人はどこか童話のような勧善懲悪ものを好む系統がある。
 騎士道精神のようなものも好みらしい。筋が通っているものがきっと大好きなのだろう。
 どんな物語であっても自分が倒される側なのにも関わらず。悪者の役を割り振られて喜ぶお姉様はどこかおかしいと私には感じられた。

「そうね。確かにレミィはこういうのを毛嫌いしそう。そもそもこういった専門知識を要求される本自体が好きじゃないし」

「お姉様は魔法は得意じゃないから」

「妹様も私から見たら同じようなものよ。両方とも資質に頼り過ぎ。特に妹様は実践に理論が追いついていなくて、見ていてはらはらするもの」

「魔理沙はお前の魔法は派手で好きだぜ、って言ってくれたからいいもん」

「緻密な計算で導き出していることを、何となくでやられたらそう言うしかないでしょう」

「どういうこと?」

「羨望ということよ。特に魔理沙は妹様の資質を高くかっているから」

 パチュリーはテーブルの上に置いてある紅茶に手を伸ばした。
 私やお姉様のものとは違い血液は入っていない。パチュリーは小悪魔が淹れた紅茶しか飲まないのだ。
 そして、静寂が訪れた。それは即ち、いつもの大図書館に戻ったということである。私はそのことに少しばかり安堵した。

 精神が乱れている。酷く、どうしようもなく、手もつけられないくらいに乱れているのではない。いつものように狂気に身を預けているような破壊的な感情ではない。ただ、さざ波のように。熱した針で身体をつつくように、じゅくじゅくと果実が腐っていくが如く、破滅的な感情が精神を蝕んでいっていた。
 咲夜に対してなぜだか、酷く申し訳なかった。いや、咲夜だけにではない。こんな薄汚い私を受け入れてくれている紅魔館の皆に罪悪感を感じざるを得なかった。胸にどうしようもないざわめきを巣くらせていた。

 だから、大図書館の静寂は今の私にはありがたかった。
 何にも、どんな些細な事にでも、今は刺激をされたくはなかった。何がきっかけとなって私が私でなくなるか解らない。そんな恐怖心があった。今では魔理沙にも会いたくなかった。でも、それでも、自然に足は大図書館に向かっていた。

 紅魔館が誇る賢者、知識と日陰の魔法使い。パチュリー・ノーレッジは本を我が半身とし、粛々と義務を果たすように知識を蓄える。それが彼女のあり方だった。
 そんな彼女は静寂を持って是とする。彼女の周りは閑かで冷たい。何もかもが止まってしまっている。そんな雰囲気すら感じさせるほどに、パチュリーは無機質な瞳をしていた。
 酷く、牢獄の鎖すら連想させる冷酷な瞳。彼女の瞳は対象を捉えているのではなく、対象の情報を知識として捉えているのだ。他者に興味なんてないのだろう。

 パチュリーはどこまでも客観的で醒めた目で世界を俯瞰しているように私には感じられた。彼女は傍観者であり、観察者なのだ。
 私にはそれが心地よかった。私に向けられる瞳に、ほっとするようなものを感じて仕方がなかった。彼女の側にいると、私は私でいられた。そんな気がした。そんな自分を夢想した。

「ねえ、パチュリー」

 私は話しかける。パチュリーは応えない。

「私は雨が好き。荒々しい嵐が好き。全てを薙ぎ倒して進んでいく嵐が好き」

 私は話しかける。パチュリーは応えない。

「すごく格好いいと思う。あの中で飛べたら、駆け抜けることができたら、最高に気持ちがいいんだと思う。でも、そんなことは私にはできない」

 私は話しかける。パチュリーは応えない。

「――お姉様なら、できるのかな? お姉様なら、あの嵐でも、いつものように、無意味に高笑いでもして遊泳するのかな?」

 私は話しかける。パチュリーは応えない。

「その側にはきっと私はいないんだろうね」

 私は話しかける。パチュリーは応えない。

 しん、とどこまでも大図書館は孤独だった。

 でも、私はそれでいいと思った。
 
「あの赤い花はしゃくなげと言うのですよ、フランお嬢様。荘厳や尊厳という花言葉を持っていて、とてもお嬢様――つまりはレミリア様にぴったりの花です。枝先に纏まって咲く花が本当に綺麗で――」

 けれど、そこにはレミリアの花はあっても、フランドールの花はなかったのだ。
禿頭
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コメント



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4.100勿忘草削除
こんな妹様も私は好きですよ。
妹様には共感できました。
7.70名前が無い程度の能力削除
こういうフランの不安定な部分が好きです。
8.60コチドリ削除
鬱状態のフランドール、自己嫌悪の真っ只中ですが、大丈夫、しっかり己を保っていられるのだから。
昔はもっとひどかった。必ず花は見つかります。
 
「本と我が半身とし」→本を我が半身とし、ですかね。
13.100名前が無い程度の能力削除
こういう鬱々としたの大好物です。
フランの花はきっと咲いているのに気がついていないだけなんでしょうね。
14.100夜空削除
言葉の端々に狂気が垣間見える感じがとても良かったです
現実を受け入れたフランがその先に何を思うのか
もっと続きが知りたくなる、そんな作品でした
15.80ずわいがに削除
フラストレーション、適度なところで発散した方がいいのかしら
優しささえも煩わしい時ってあるよね
フランに居場所はあるのかな
16.100名前が無い程度の能力削除
このフランには、どこか優しさを感じました。
だからこそ自己嫌悪に陥るのかもしれないと思いました。
18.100名前が無い程度の能力削除
いいフランでした。
レミリアの事を全然嫌いになれないような、でも嫌いで嫌いで仕方ないと思おうとしてるような、そんな風に感じれました。直接的な言葉が少なかったせいですかね、フランがレミリアの事を随所で思っているのがまた上手いと思いました。
とても面白かったです、素敵な時間をありがとう。