Coolier - 新生・東方創想話

無限に向かう奇妙な眼を落とす

2018/07/23 22:55:08
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 妖怪の山。駐屯広場に動きがあった。

 広場の端の森から、黒衣に身を包んだ白狼天狗の夜襲小部隊が、ほふく前進でじりじりと広場中央に向かって進行を開始した。
 時刻は真夜中であり、広場の反対側の建屋は明りを全て消灯しているため、辺りは闇に包まれている。
 そんな手探り状態で目指すのは、広場のほぼ中央に浮遊する物体。
 しかし本当の手探りという訳ではない。部隊員は全員いかつい機械仕掛けの暗視ゴーグルを装着している。
 薄ら緑色の視界ではあるが、隊員らは迷うことなく浮遊する物体の真下近くまでこっそり忍び寄ることに成功した。

 そして小隊長が合図し、数人の精鋭部隊は停止する。
 目標である物体から垂れさがるケーブルを発見し、これを速やかに捕えるべく小隊長が手を伸ばす。

 その時、物体からぶら下がる籠から、瓶の栓を抜いたような軽い破裂音が響く。
 あっと上を見上げた瞬間、眩いばかりの真っ白な閃光が上空で弾けた。

「照明弾だ! 伏せろ!」

 小隊長の号令一下、全員が頭を抱えて地面に這いつくばる。
 だがそんな地べたの生き物をあざ笑うかのように、籠の下部が観音開きに開いたかと思うと、黒々とした銃口がわずか数秒で出現した。
 銃口は鎌首を振るように空中をかき回し、とある隊員の延長線上でぴたりと止まった。
 そして、銃撃が開始された。

「痛ッ! イテテテ! 痛い!」
「大丈夫かうわいたあっ!?」
「散開! 散開ぎゃっ! ちょ、ま、ごめんなさいごめんなさい!」
「撤退! 撤退だぁ!!」

 ビシビシビシビシと弾が雨あられと降り注ぐ。しかも、隊員一人一人に正確に降り注ぐ機銃の精密射撃という雨だ。
 それを静粛性と機動性を優先した為に薄着な隊員に対して、無慈悲にビシバシ射撃する。
 堪らず小隊長が撤退命令を出し、全員がわぁーっと元来た森に逃げ帰る。
 そのうち機銃は射撃を止めた。銃口を振って視界から侵入者が消えたことを確認したらしく、そのまま籠の内側に引っ込み、蓋を閉める。
 ぜぇはぁと息を切らす隊員の後方で照明弾が燃え尽き、辺りは元の静かな闇に溶け落ちた。

 空対地迎撃機能付き観測気球「君は見られている号」が広場に停滞し始めてもう3日。
 未だ哨戒部所属駐屯部隊は、制空権を奪取できずにいた。

          ――◇――

「――それで、この報告書は私に怒れ、って言っているのね」

 そう哨戒天狗を統括する大天狗は、切れ長のまなじりを吊り上げ、不機嫌そうに報告書を長机に放り投げる。
 駐屯基地内の会議室には、上級管理職の大天狗をお迎えする中級幹部の天狗が項垂れて机を囲んでおり、重い空気に拍車をかけている。
 沈黙に耐えられず、勇気を出して哨戒部部長が発言をする。

「も、元はと言えば、設備課が制御できないものを気軽に試運転させるから」
「何! 新しい装備が欲しいと言ったのは哨戒部じゃないか。それに適当な仕様で河童に発注したのは調達部だろ」
「我々は組織が望む物資を調達するだけだ! それより監査室の体たらくはどうだ。少しは普段の取締りの威勢を発揮して見せよ」
「あいにく組織に害を成す輩を捕まえるのが我々の仕事です。敵に向かって弓を引くのは哨戒部が適任でしょう」
「何を!」「主計長め」「ふざけるな!」「書類のせいで」「第8小隊が!」

 ぱきん、と硬質で乾いた音が怒号渦巻く会議室に響く。
 全員が押し黙ってそちらを見やると、大天狗が手のひらを開いて見せた。
 どうやら天狗礫を粉々に握りつぶしたらしく、ぱらぱらと細かな粒子が机上に降り注ぐ。
 その迫力に、今まで発言をしていた面々が怒られたワンコのように尻尾を丸めた。
 大天狗はため息を吐き出すと、すらりと長い脚を滑らせて窓際に歩いて行く。

「今やこの駐屯基地の機能はマヒ状態よ。広場に出た途端に機銃で撃たれ放題。訓練も屋外作業もお休み。
 隊員のほとんどを周囲の森に貼りつけてなお、問題を片づけられない。
 この建屋内に入る時でさえ、森の中を迂回してほふくで玄関まで突入しなくちゃいけない始末。
 それもこれも、この忌々しい無差別攻撃フーセンが、堂々とのさばっているせいでね」

 そして大天狗は、ガラスというガラスが粉々に割られ、板切れが打ち付けてある窓枠に手をかけ、勢いよく開け放った。
 外はとてもいい天気で明るい陽射しがさんさんと差し込み、会議室の面々は咄嗟に机の下に隠れる。
 それと同時に、広場に大きな影を落とす気球の籠から件の機銃が出現し、大天狗の開けた窓に照準を合わせる。
 遥か上空から狙っているにも関わらず、おおよその弾が窓枠内に吸い込まれる様に発射された。
 だが大天狗はその弾を首の動きだけで避けた後、ぴしゃりと窓を閉め切る。
 しばらくキツツキに突かれているような音が響いていたが、すぐに止んだ。

「あれがちゃんと制御できていたら、私たちにとって最高の味方なのはよーく分かった。
 早い所制御盤に繋ぎ直して、黙らせる方策を考えましょう」

 そう言いながら、何事も無かったかのように席に着く大天狗と対比するように、幹部たちはおずおずと机から出てきて着席した。

『世界一を誇る河童の技術を駆使して作られた、最新最高の観測気球』

 そんな触れ込みもあり、駐屯広場で3日前に開かれた試運転兼お披露目会には、手透きの哨戒部隊員が大勢集まっていた。
 開発責任者のにとりが得意げに説明する。白狼天狗も空から鷹の目を以って、敵を哨戒する時代がやってきた! と。
 さらに語られた詳細では、この観測気球は硬式飛行船に原理が近いとのこと。
 空気より軽いガスが封入されている風船部分が薄い金属板で覆われているため、弓矢程度の攻撃は難なく跳ね返す。
 下部の籠には、上下の浮動と水平方向の移動までできるプロペラと制御装置、さらにちょっとした迎撃装置も搭載したため、攻撃機としても重宝する。
 もちろん籠には人員も乗せることができ、空から電話で地上と通信することができる。
 そう言って、にとりは地上に設置された制御盤から伸びる太いケーブルを指し示す。
 地上制御盤との通信ケーブルであり、観測気球の迷走防止綱も兼ねた丈夫なワイヤーらしい。

 そのケーブルの先には、鈍色に陽光を反射させる小山のような気球が鎮座していた。
 形はサツマイモのように両端に向かって細くなっており、ひげ根にあたる細い綱が気球の下に伸びている。
 細い綱はこれまたちょっとした物置小屋ほどもある籠に結わえられており、籠も鉄板で防御されていた。
 なぜか気球にはドでかい一つ眼が描かれていた。観測気球の象徴の眼とのことだが、少々不気味だ。

 さて、気球の周りでせっせと最終準備を終えたにとりと仲間の河童たちが合図を送り合う。どうやら飛べるらしい。
 そして係留綱が解かれ、観測気球「君は見られている号」が大空に解き放たれた。
 ぐんぐん上昇し、ついには建屋よりも高い高度で安定浮遊に入る。
 周りからは「おぉ~」とまばらな驚きと感心の声が挙がる。

「じゃあ、次は迎撃装置のご紹介。模擬訓練モード良し! 迎撃開始!」

 にとりは順調な滑り出しですっかりご機嫌になり、制御盤をちゃかちゃかと操作して迎撃システムを起動する。

 そして籠の下から機銃が出現。所構わず弾を乱射。
 その内の一発が、制御盤と通信ケーブルの接続部を見事に打ち抜いた。

          ――◇――

「――やっぱり有視界認証での自動照準装置はマズったかもなぁ。
 でも赤外線認証だと、熱源が極端に弱い種族は捕捉できないしなぁ」
「何をブツブツ言っているんですか」

 そう椛は暴走した観測気球を千里眼で監視しながら、隣にいるにとりに話しかける。
 椛の他にも、多数の白狼哨戒天狗が周囲の森の木に登り、茂みに隠れ、岩に擬態して観測気球を睨みつけている。
 上手に隠れていないと、人の形をして動く物は何でもバカスカ撃ってくるのだ。

「ウチの子のせいでこんなことになって、反省しているんだ。欠陥はきちんと修正して、改良してやらないと」
「ええ、是非そうしてください。この事態を収拾させてから」

 そう冷静に断じられ、にとりは何ともバツが悪そうに首をすくめた。

 今日で4日目。昨夜の夜襲が失敗し、事態は依然膠着状態だ。
 ケーブルが外れ、制御命令を受け取れなくなった観測気球は、現状維持に努めだした。
 つまり現行の位置と高度を、籠の両脇で自在回転するプロペラで保ち、迎撃モードのまま待機する。
 それで足元に近づく隊員には容赦なく、建屋内の隊員には窓越しに攻撃を仕掛け、今やこの駐屯基地を落城寸前に追い込んだ。

 もちろん椛を含め、ここに駐屯する哨戒部隊は黙って見ていた訳ではない。様々な対策を試してみた。

 とは言っても、哨戒部隊の武器は太刀と弓矢、それに弾幕ごっごに参戦可能な少数の隊員が放てる弾幕くらい。
 弓矢の攻撃に関しては隙が無かった。もとより弓矢の有効攻撃範囲に入った途端、逆に撃たれてしまう。
 これは弾幕も同じで、むしろ訓練や実戦で扱い慣れている弓矢の方が的に当たると早々に諦めた。
 にとりに銃火器を貸してくれと頼んでも、持っていないから貸せない、と泳ぐ目でしらばっくれる。
 暴走したとはいえ、かの観測気球は大事な発明品。壊されるのは忍びないらしい。
 結局暗視ゴーグルといった武器以外の支援機器を借りたが、今の所結果は芳しくない。

 弾切れか燃料切れまで待ってみたらどうか。

 この作戦に、にとりが否を唱えた。
 弾はこの幻想郷の代名詞、弾幕ごっこから着想を得たエネルギー弾を発射している。つまり弾切れは動力が切れるまで発生しない。
 燃料、もとい動力源は観測気球上部に設置された太陽光発電パネルと蓄電池で賄っている。つまり晴れている限り、半永久的に燃料は切れない。
 よって弾切れか燃料切れを待つのは不毛である。
 理路整然とした説明に、幹部連中は頭を抱えた。

 幸い弾は暴徒鎮圧用の、威力の弱い仕様である。弾が当たればとにかく痛いが、最悪死ぬわけではない。
 盾を持たせた隊員を突撃させてみたらどうか。

 そう哨戒部部長が、椛直属の上司である中隊長に提案してみた。
 「では貴方が先頭に立って、手本を見せてください」と中隊長に歴戦の叩き上げで培われた迫力で凄まれ、部長は怒られたワンコのように尻尾を丸めた。
 さすがに観測気球の暴走時に平隊員の盾となり、弾雨の中を懸命に救助と撤退の指揮を執った現場の意見は重みが違う。
 代償として膏薬だらけになった中隊長の顔は痛々しかったが、その年の抱かれたい上司ランキングに、初の女性でランクインする程の名啖呵であった。

 鴉天狗様に助力を求めた方が……

 その意見は猛烈に却下された。
 鴉天狗様が協力してくれるはずがない。協力を求めたところで、最大限の嫌味を言われてお終い。協力の見返りに何を要求されるか。
 第一、哨戒部隊と白狼天狗の醜態を、ブン屋はおろか外部に知られたくない。
 さすがに鴉天狗とその他の天狗の利害関係や部族間感情の狭間で揉まれ、それでもうまいこと世渡りしてきた幹部の意見は重みが違う。

「……白旗を掲げたら、攻撃止めて降りてきてくれませんかね」
「ごめん。そのプログラムは組んでいないや」

 そして現在、椛が諦観交じりの冗談をにとりに飛ばすくらいに、状況は手詰まりとなった。
 難攻不落の空中要塞を、どう攻略すればいいのか。
 その攻略の鍵について、椛は問いかける。

「にとり。簡易版の制御装置は、ケーブルに繋ぐだけでいいのですよね?」
「うん。複雑な制御信号は発信できないけど、それを繋いだら、機能停止させて地上に下ろす命令を出せるよ」

 駐屯部隊が汗を流している間、にとりも遊んでいた訳ではない。
 地上でめちゃめちゃに壊されてしまった制御盤に代わる新たな制御盤を、ちゃんと作っていた。
 大きさは手提げかばん程の箱。中身は機械でぎっしりであり、特徴的な差込口が目立つ。
 この差込口には、観測気球から今も地面付近に垂れ下がるケーブルが接続できるようになっている。
 いわばこの駐屯基地の、頼みの綱である。

「充分です。あとはどう接近するかですね……」

 解決策はあるが、実行は難しい。
 ケーブルに繋ぐと言っても、穴に棒を差し込めば終わりという物ではなく、それなりの手順があり、時間もかかる。
 白昼の強行突破は愚策。夜襲部隊に制御盤を持たせても、集音マイクで音を拾われ、あえなく逆襲に遭ってしまった。
 どうしたもんかと唸っていると、一陣の風が吹き付けた。

 その風に煽られるように観測気球がゆらりと広場の隅の方へ流されるが、自在プロペラの根元が舵のように細かく角度と出力を変え、三次元的な動きでほぼ元通りの位置へ戻って行った。
 それをじっと見ていた椛は呟く。

「何とかなるかもしれませんね」

 そして椛は、にとりにひそひそと耳打ちする。

「あー、それぐらいなら、あれを作った時の余り材料でなんとかなるよ」
「お願いします。もしかしたら、あの厄介者を生け捕りにできるかもしれません」

 そう椛の口から、不可能とも思える言葉が飛び出した。
 そしてすぐさま椛は考えた観測気球墜落作戦を中隊長に具申し、その案を実行に移すこととなった。
 旗下の哨戒隊員に作戦内容が通知され、にとりを筆頭に工作隊員が作戦の胆となる秘密兵器を突貫作業で拵える。
 翌日には秘密兵器が完成し、同日未明、気球に悟られぬよう慎重を期して秘密兵器の配置が完了した。

 そして夜が明ける頃、観測気球と哨戒部隊の雌雄を決する「モズ落とし作戦」が実行された。

          ――◇――

「作戦第一段階。陽動始め!」

 指令陣地の中隊長の鬨の声で狼煙が挙がり、作戦の火蓋が切って落とされる。
 即座に森の中から少人数の陽動部隊が、弓矢を放ったり弾幕をけしかけたりする。
 もちろん弓矢は当たらないし弾幕も効果が薄いが、観測気球は攻撃されている方向を向き、森の付近へ近寄ってきた。

「大空を飛び、必中の武器を携える神の如き強敵でも、弱点はあります」

 そう椛は観測気球が寄ってくる地点にほど近い樹上から、のびーるハンドを用いて隣の木にしがみつくにとりに話しかける。

「私の発明品の弱点? 教えて教えて」

 改善の参考にと食い気味に聞き返すにとりに、椛は観測気球の動向から目を離さないように答える。

「見えない物は攻撃できない、という点です。
 姿が見えないと狙えない。音を聞きつけても、照明弾を上げなきゃ夜襲部隊を迎撃できない。
 つまり、あんな風に姿の見えない敵から攻撃を受けると」

 椛が指差す方向を見やると、観測気球が高度を下げ、低空で森の上をウロウロと彷徨い始める。
 まるで描かれている巨大な眼で、必死に獲物を探している様だった。
 それを見て取った陽動部隊は、さらにしつこく攻撃しながら後退し、観測気球を地上に対する視界がほとんど効かない森林のど真ん中、周到に準備した狩場に誘い込んだ。
 絶好の機に、観測気球を観測する椛が、弾幕の弾を利用した信号弾を撃ち上げる。

「作戦第二段階。阻塞気球上げ!」

 中隊長の合図を受け、ちょうど気球の背後にあたる木々の間から、さらに小型の気球が2基浮上し始める。
 観測気球よりずっと小さく籠もついていない、一見頼りない貧相な気球だが、2基の間には長方形の網が取り付けられていた。
 網は細い金属ワイヤーを目の粗い網状に編み上げている。これが秘密兵器の阻塞気球である。

 身軽な阻塞気球は素早く上昇し、なおも索敵を続ける観測気球の上空を取った。
 地上では2基の阻塞気球の手綱を人力で引っ張りながら走り、間のワイヤー網を観測気球の上に運ぶ。
 多少のまごつきはあったが、何とかワイヤー網を観測気球の真上に運ぶことができた。

「今だ! 網を離せ!」

 阻塞気球を操る隊員が叫ぶ。すると阻塞気球の網が外れ、観測気球に投網のように覆い被さった。
 途端、観測気球は姿勢を崩し、ワイヤー網に捕らわれる。
 ワイヤー網の四隅に取り付けておいた重石が効果を発揮したのだ。
 観測気球が異常に気付いた時には手遅れ。自在プロペラを使って懸命にもがくが、そのプロペラの片方にワイヤーが絡まり、雁字搦めになって回転が止まってしまった。

「王手ですね。あとはゆっくり制御盤に繋ぎなおせばいい」
「お見事」

 椛が不敵に笑うと、にとりも感心して椛を褒める。
 片肺状態でバランスも保てず、ずるずると森に墜落してゆく観測気球の下では、簡易制御盤を持った隊員が待ち構えている。
 そんな勝ち戦の様子を眺めながら、椛は続ける。

「弱点がもう1つ、あの機銃は下方向にしか攻撃できないんです。故にあんな単純な策でも、上空からであれば防ぎようがない。
 目には目を、気球には気球を、です」
「なーるほど、参考になる。今度は天井部銃座……いや、ワイヤーカッターとかもつけないとな」
「あんまり無敵にしないでください。墜とすのが厄介です」

 最早勝ったも同然と余裕を見せる椛とにとり。
 だが、そんな余裕はにとりの「あっ……」という声に破られた。

「……何です。あっ、て」
「そういえば、いざ墜落ってなった場合、最後の手段が発動するんだよ……」

 冷汗をたらたら流すにとりの向こう側で、斜めに傾いた観測気球の籠から太めの筒が、にゅっと突き出した。
 すると照明弾と同じ軽い空気音と共に、筒から真四角の物体が発射される。
 放物線を描き、その物体は少し離れた森の中ほどに木の葉を散らしながら落下する。

 瞬間、その地点で爆発が起こった。

 黄色の閃光が木を貫き、逆巻く旋風が緑を丸裸にする。
 爆風が椛の観測地点まで吹き抜け、現場の動揺が肌で感じられるほど増大した。

「何ですかあれ!」

 ほとんど絶叫でにとりを問いただす椛に対し、にとりは怒られた子供のように観念してこう答える。

「あれは喰らいボム。異常姿勢による極端な高度の低下を感知したら、最後っ屁をかますって仕掛けさ。
 そういえば、そんなモードにもしていたなぁって、今思い出した。ははは」
「先に言ってください!」

 椛はそうにとりに強いツッコミを入れるやいなや、木から飛び降り、今まさに爆撃が行われている地点へ急ぐ。

 観測気球は地上の木々の先端に触れそうな程低空に、ほとんど真横の姿勢になりながらずり下ろされている。
 だがそんな不格好な姿勢では、ボムの射出制御もままならない。
 故にボムは狙いもへったくれもなく、無差別に撒き散らかされることとなる。

 椛は疾走しながら、首筋にぞわりと悪寒を感じた。咄嗟に、ほぼ本能的反射ともいえる運動で横に飛びのいた。
 すると数秒前まで走っていた地点に、緑色の四角い箱が落下する。側面には「B」の文字。
 ボムだ。椛は両足を踏ん張って己の速度を殺し、しゃがみこんで盾を構える。
 盾の陰に体が隠れると同時に、ボムが爆ぜた。
 濁流に逆らうような猛烈な風圧と、それに吹き散らかされた小枝や石ころが盾を襲う。
 椛は腹に力を入れてその衝撃に耐えた。盾を構えた腕は痺れ、耳鳴りもひどい。

 だが観測気球の真下は、そんな地獄がいたる所で発生していた。

「ぎゃぁ! 痛い痛い!」「上見てろ! 来るぞぉ!」「衛生兵! 衛生兵!!」

 低空爆撃を喰らい、現場は阿鼻叫喚の修羅場と化した。
 とにかく逃げ惑う者。物陰に隠れる者。反撃を試み、あっさり爆風に吹き散らかされる面々。
 そんな最前線で、椛は知己の隊員を発見し、大声で問いかける。

「指令は!? 中隊長殿はどうした!」
「指令陣地に至近弾が落ちたようです! 連絡が取れません!」
「くそっ!」

 椛が悪態をつく暇もなく、ボムが数歩先に落下する。二人は即座に腹ばいで頭を抱え、何とか爆発を凌いだ。
 だがその先から、積み上げた石を崩されたような悲痛なうめき声が聞こえる。
 地べたからそちらを見やると、なんと阻塞気球から降ろされたワイヤー網の重りが一つ外れていた。
 どうやらワイヤー網自体がボムにやられ、ちぎれてしまったらしい。
 当然観測気球はその分の戒めから解放され、少しずつ上昇を開始する。

「まずい、逃げられる」

 ここまでしてワイヤー網を振り切られたら、全ての努力が水の泡。
 それどころか、辺り構わずボムを撒き散らす最悪の兵器に進化させてしまった。これ以上長引かせたら、次は何が飛び出すか分かったものではない。
 それにこの一件を学習されて、周囲の森に不用意に近づきもしなくなったら、もう打つ手がない。
 椛はボムに負けないよう、腹に力を込めて叫ぶ。

「制御盤! 制御盤の担ぎ手はどこだ!」

 観測気球の真下に居るはずの、制御盤を持った隊員を探す。
 こうなったら、やぶれかぶれで観測気球の真下に飛び込み、我が身を盾にしてでも制御盤を取り付けるしかない。
 だがその答えは、消え入りそうな程小さな声で返ってきた。

「すみません……」

 椛の隣で同じく伏せていた隊員が、謝罪を全面に滲ませた言葉を漏らす。
 そして震える指で前方を指差す。椛はその視線の先を見やり、全身の力が抜ける。

 手提げかばん程の箱が、特徴的な差込口がかろうじて分かる程度に黒焦げになっていた。
 ボムに巻き込まれて、再起不能になったのが明白だった。

 ダメか……

 椛の脳裏が諦観に支配される。

 その時、椛の眼前にすらりと長い脚が現れた。
 その御脚の持ち主は、上級天狗衣装を身にまとい、椛のはるか頭上からこう話しかける。

「諦めたら、そこで戦闘終了よ」
「だ、大天狗様!?」

 そこにおわすのは、会議室で中級幹部の胃をキリキリ舞いさせているはずの大天狗であった。

「ど、どうして」
「事件は会議室じゃない、現場で起きているのよ。
 さあ、私が手本を見せてあげる。いい気になっている宙ぶらりんの風鈴野郎は、こうやって仕留めるのよ」

 その品が無い、だが兵隊を叱咤するのにうってつけな口調で、椛は思い出す。
 大天狗様は、ただの文官ではない。
 天地開闢の頃より、様々な種族が群雄割拠する混沌の戦場からのし上がってきた、伝説の女戦士であったことを。

「オオォラアアァァァ!!!」

 大天狗は大地が震える気合の一声を放ち、天狗の扇を渾身の力を以って振り抜く。
 天狗の扇は風を操る道具。扇から生み出された突風が、観測気球に向かって暴風となり吹き付ける。
 だがその方向から風を吹き当てると、観測気球は上昇してしまう。
 血迷ったか? と椛は一瞬失礼なことを想起する。
 だが無茶苦茶に見えるその攻撃には、緻密な計算があった。

 椛は信じられない光景を目撃する。
 大天狗の起こした風。猛烈な上昇気流ともいえる上向きの風が、落下してくるボムをひとつ残らず捕まえ、上空に押し戻す。
 そのボムは風に導かれ、観測気球の籠の真上で力を失い、全てポトリと籠に入った。
 スマートボールみたいだ。椛はあまりの光景に、そんな感想しか出てこなかった。
 そして大天狗から注意喚起が飛ぶ。

「総員伏せ! 衝撃に備えよ!」

 凛とした、遍く響き渡る大天狗の声に、付近の隊員が安全姿勢を取る。
 刹那、観測気球の籠から閃光が空に突き刺さったかと思うと、籠が木っ端微塵に弾け飛んだ。
 内蔵のボムやエネルギー装置に誘爆し、空中で花火のように燃えカスがひゅるひゅると間抜けに飛んでいく。
 所詮は薄い金属板でしか防御していない気球部分は、この衝撃にあえなく破裂し、元観測気球の残骸が森に散らばりながら今度こそ完全に墜落する。

 隊員がそろそろと顔を上げると、辺りには鉄板やらワイヤーやらの粗大ごみが散乱している。
 そのなかに観測気球の象徴である目玉のイラストも横たわっていたが、目じりから真横に折れ曲がり、計らずとも目を閉じているようだった。

          ――◇――

「――あの会議じゃ百年経っても何も決まらなそうだから、席を蹴っ飛ばしてここに来たのよ」

 観測気球の残骸を片づけ、他に危険物が無いか確認する隊員達を眺めながら、大天狗はそう椛に話しかける。
 対して、流れで話し相手をすることとなった椛は、直立不動で相槌を打つ。
 下っ端哨戒天狗にとっては神様にも等しいお方なので、無理もない。
 それで椛がド緊張しているのに、大天狗は気さくに話しかける。

「でも今回の件は、私だけの力では解決できなかった。
 全隊員が一丸となり、あれをここまで追い詰めたから、事態を収拾できたのよ。
 本当によく頑張ってくれた。私はあなた達を誇りに思うわ」

 そう大天狗は、椛を含む全ての隊員を労う。
 相変わらず緊張は崩せないが、椛の相好が少しほころび、肩の力が抜けた。

「さて、私はもう帰ります。あんまり現場に出張りすぎると、卒倒しそうな程心配する部下がいるからね」

 そうからからと豪快に笑うと、大天狗は去って行った。
 やれやれと椛が一息つくと、大天狗と入れ替わるように松葉杖を突く音が近づいてきた。
 椛は振り返ると、顔色を変えて音の主に駆け寄る。

「中隊長殿。出歩かれて大丈夫なのですか」
「なーに、こんなのかすり傷よ」

 中隊長はそう強がってみせるが、顔面の膏薬は包帯に格上げされ、松葉杖を突いている側の足は添え木で固定されている。
 しかし中隊長は危なげなくひょいひょいと歩くと、現場状況を確認する。

「たかがボムの至近弾を喰らったくらいで、戦線離脱しちゃってごめんね。
 おまけに大天狗様の手を煩わせてしまって、申し訳ない」
「そんなことありません。大天狗様からも、先ほどお褒めの言葉を頂戴しました」

 そう本気でしょげる中隊長の言葉を椛は否定すると、中隊長はパッと顔を明るくして照れ臭そうに頬を掻く。
 大天狗様の信頼性に加え、素直な可愛らしさが同居している人だ、と椛まで口角が上がる。

「それで、お友達の河童さんはどこに?」
「あー、その辺で膝を抱えて放心しています。
 我が子同然の傑作をボロボロに破壊された虚無感と、不始末が解決したことの喜びがごちゃまぜになっているようでして」

 その説明に、中隊長はため息を吐く。
 にとりには色々と言ってやりたいことがあるみたいだが、それなりのダメージを受けているようなので、そっとしておくことにしたらしい。
 そして中隊長は努めて明るくこう切り出す。

「さて、皆、本当にご苦労様。今日はゆっくり休んでちょうだい。
 ……と言いたいところだけど、まだまだ後始末が山ほど残っているわ。
 一応決着はついたけど、あとひと踏ん張り。あなたも協力してくれるかしら?」
「ええ、もちろん」

 そう。やることはまだ沢山ある。
 現場の掃除に報告書の作成、建屋の修復に溜まりに溜まった残務処理。
 でも白狼天狗は泣き言を言わない。できることを一つずつコツコツと。

 こうして、哨戒天狗駐屯部隊の長い一日が幕を閉じるのであった。



「そうだ! この残骸をぱぱっと片づけるロボットを開発しようか。
 そうすればちょちょいと片づけて別の仕事を」
「誰か! にとりを会議室に軟禁しておいてください!」

 頑張れ、椛。コツコツ取り組めば、きっと仕事は終わるはずだぞ。

【終】
こんばんは、がま口です。
今回は哨戒天狗部隊の皆様のお話でした。
最初はネコが逃げて皆で探すみたいなほのぼのエピソードを考えていたのですが、ちょっとアレンジ。結果、まぁまぁほのぼのしていると思います。
しかしこういう組織が頑張るお話は書いてて楽しかったです。また書きたいですね。

阻塞気球と高射砲は男のロマン。がま口でした。
がま口
http://twitter.com/gamaguchi2014
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コメント



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1.90名前が無い程度の能力削除
怒られたワンコみたいになる(みたいと言うか実際怒られている)白狼天狗の皆さん可愛い

射程外で上空に陣取ってそのまま接近すれば?ってのは野暮かな
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
3.100サク_ウマ削除
ろくなことにならないマッドにとりが大好きです。面白かったです。
4.90名前が無い程度の能力削除
気球つよい…天狗の皆さんお疲れ様です…
椛とにとりのやりとりが好きです。
6.無評価がま口削除
1番様
怒られているワンコは、哀愁漂う反面、なぜか可愛さも同居しているんですよねぇ。
私の中では、白狼天狗さんは空を飛べないイメージでした。なので、観測気球が革命的開発になるんじゃないかな、と。
もっとも、実用化以前にエラいことになりましたが(汗)

奇声を発する程度の能力様
いつもご感想ありがとうございます。

サク_ウマ様
ありがとうございます。私も秘密道具が空回る系にとりが大好きです。

4番様
本当に、お疲れ様でした。椛とにとりは名コンビですね。