Coolier - 新生・東方創想話

幽香と東方地霊殿

2009/09/12 14:29:24
最終更新
サイズ
115.61KB
ページ数
1
閲覧数
3980
評価数
32/118
POINT
5990
Rate
10.11

分類タグ


 









なにを怖れているの、と私は訊いた。

誰かに傷つけられるのが怖い、と貴方は言った。

なにに怯えているの、と私は訊いた。

誰かを傷つけてしまうのが怖い、と貴方は言った。

私になにがしてあげられるの、と私は訊いた。

貴方はなにも答えなかった。

ただ泣きそうな顔で微笑んだまま、貴方はホットミルクのカップを抱いた。

私は貴方になにもしてあげられない。私はなんて無力なんだろう。















「よし殺す」

一面に広がる向日葵畑というファンシーな光景にはおおよそ似合わないと思われる、

どろりとした殺気の混じった声がぽつりと漏れた。

声の主は、風見 幽香。

この向日葵畑の主にして、(自称)幻想郷最強の妖怪である。

幽香はいつものように、お気に入りの日傘を差して、自慢の向日葵畑を眺め渡していた。

ところがどうだろう、向日葵畑はいつもと違った風景を描いていた。

そこは土砂降りの雨。

日傘は日よけではなく、今は雨避けの役割を果たしている。

といっても、ちゃんと日よけの仕事も全うしている。

天気は晴れだった。雲ひとつ無い快晴。

おまけに天から降り注いでいるのは、水ではなく熱湯だった。

向日葵畑のど真ん中に突如として現れた間欠泉が、

触るとヤケドするほどの熱湯を空に向けて噴き上げているのだ。

そのおかげで、熱湯にやられた向日葵達はしおしおと元気を失っていた。

幽香の顔には元気を失った向日葵達の代わりとばかりの、晴れやかな笑顔が張り付いていた。

怒りが臨界を越えると逆に笑顔が出ると言うのは、どうやら本当らしい。

つまるところ、幽香はいま完全に、ブチ切れていた。

幽香はそこらの妖怪には及びもつかないほど、長い時間を生きてきた。

それまで一度もこのような、間欠泉が湧いて出たなどという現象は起こったことが無い。

間欠泉とは、地下に溜まった地下水が地熱によって温められ、蒸気となって地上に噴き出す現象である。

つまり、地下に水が溜まるような巨大な空洞がなければ発生することはなく、

この地に永く腰を据えてきた経験上、この土地はその条件に当てはまらない。

ならば何故いまさらになって間欠泉なんぞが噴き上がってきやがったのかといえば、

それはもう、答えは一つしかあるまい。

幻想郷名物の、異変と呼ばれるイベントである。

そしてその異変とはすべからく、強力な力を持った者たちが自分勝手な都合で人為的に発生させたものなのだ。

この間欠泉も、人為的に起こされたものに違いない。

ゆえに幽香は、誰もいない向日葵畑で、顔に満面の笑みを浮かべつつこう呟くのだ。

「よし、殺す」

二回目。相当に頭にきていらっしゃるようである。

そんな安全装置の外された核弾頭のような状態の幽香の目の前。

突然空間が裂け、ひょっこりと顔が飛び出した。

こんな常識を足蹴にするような奇抜な登場の仕方をするものは、一人しかいない。

八雲 紫だ。

紫は相変わらず人を食ったような、にんまりとした笑みを顔に貼り付けていた。

「こんにちは。ご機嫌はいかがかしら、風見 幽香?」

「『りん』をつけろよ寝ぼすけ野郎」

明らかに不機嫌とわかる幽香をからかうように、あえてご機嫌を伺う紫。

馬鹿にしているとしか思えない。

「オーケイ、そこに直りなさい紫。今なら傘で人が斬れそうな気分だわ」

「まあまあ、ちょっとお待ちなさいな。耳寄りな情報がございましてよ」

紫は扇子で口元を隠しつつ、くすくすと笑みを漏らした。

このタイミングで、この人物。

明らかに紫は、この件について情報を握っている。

そしてそれを幽香に流そうとしている。タダかどうかは別として。

「要件なら手短に伝えなさい。今の私は小指の爪より気が短いわよ」

「それでは早速。まあお察しの通り、情報と言うのはこの異変に関するものなのだけれど」

やはりこの一件は、何者かが引き起こした異変だったのだ。

紫の話によれば、この間欠泉騒動は地底に住む妖怪達の仕業であるのだという。

地上で忌み嫌われ、地底に追いやられた妖怪達。

彼らが地上に住む人妖達に対して、復讐を企てているのではないか、と。

「ふ~ん、それで? 貴方は私になにをして欲しいわけ?」

幽香は冷めた目で紫のにやにや笑いを見返した。

この情報が、タダなわけがない。

必ず、なんらかの見返りを求めるはずだ。

話が早い、と紫は満足げに頷き返した。

「私が貴方に求めることはただ一つ、この異変の解決です」

なるほど。

犯人とその居場所を教えてやるから、そいつを叩きのめして来い、と。

「妖怪退治なら霊夢や魔理沙に頼めばいいんじゃない?

 どうしてわざわざ私を使うのかしら」

「霊夢も魔理沙も突然湧いた温泉にご満悦なのよ」

困ったものね、とさして困ってもなさそうに頬に手を当てる紫。

……ありうる。

霊夢も魔理沙も、今回の異変に対しては協力的ではないわけだ。

「だから貴方に白羽の矢が立ったわけ。

 貴方はこの向日葵畑の敵を討てる。私は異変が解決してめでたしめでたし。

 ね、相互利益のために貴方に依頼するのは妥当でしょう」

「だが断る、って私が言ったらどうするつもりなわけ?

 情報のほうは先払いでもらっちゃってるけど?」

「それはそれで構わないわ。別の人に頼むだけ。

 まあ、貴方がこの一件の犯人に拳を沈める機会は永遠に失われるでしょうけど」

「それは好ましくないわね」

紫にいいように使われるのはなんとなく気分がよろしくないが、

まあ所詮は気分の問題なので、それについてはこの際無視しよう。

その分の気分的なもやもや感も、まとめて犯人に叩き返してやればいい。

そう思うと、俄然やる気が出てきた。

「それで、その地底とやらにはどうやっていけばいいのかしら」

「地底直通スキマエレベーターゆかりん仕様がございましてよ」

「そう、歩いていくわ」

「ああん、ゆうかりんのいけずぅ」

エレベーターってなんぞ、と幽香は思ったが、口には出さなかった。

地底直通と銘打たれているのだから、きっと地底直通なんだろう。

目の前の情景が突如音もなく割れて、人が通れるくらいの大きさの異空間が口を開いた。

情報をくれたり、現地まで運んでくれたり、もう至れり尽くせりである。

だからこそ、なにか裏があるな、と幽香は睨んでいた。

そう紫を疑いつつ、だがそれに乗ってやることにする。

地底に向かう術を幽香は知らないし、紫がなにをたくらんでいるかは、今考えてもわからない。

ならできることからやろう。

まずはこの一件の犯人をブチのめす。紫への追求はその後でいい。







                     * * *







瓦屋根の上に胡坐をかき、町並みを見下ろす者がいた。

たまねぎの輪切りを油で揚げたものを肴に、杯を傾けていたところ、

その空気の変質に気付いて眉を顰めた。

「ああん? どこのどいつだ、この馬鹿みたいにでかい妖気を垂れ流している奴は……?」

心当たりはない。

ここ、旧都はもうかなり昔から、外界とは隔離された場所であり、

新しい顔が訪れるはずもないところである。

なら、自分の知らない者がこの旧都にいるはずもないのだが……。

「だが、ふむ……。強そうだな」

にやりと好戦的に笑い、杯を傾ける。

やがて歩き出した方向は、当然のようにその妖気を感じた方角だった。







「旧地獄街道、旧地獄街道でございま~す。ご利用ありがとうございました~」

エレベーターガールよろしく、慇懃に頭を下げる紫。

だが元ネタを知らない幽香からは、なにやってんだこいつ、と冷ややかな視線を投げられただけだった。

旧地獄街道。

その名が示すとおり、以前は地獄の一部であった場所である。

地獄のスリム化と共に切り捨てられた場所だということらしいのだが……。

フキョウのアオリと言う奴だろうか。難しいことはよくわからない。

そこには地獄と呼ぶにはあまりに活気のある、にぎやかな町並みが広がっていた。

がやがやと敷き詰められた者達による喧騒と、街道に店を出す店主の呼び込みの声。

自分が想像していた地獄とは随分とかけ離れたイメージだが、

本当は地獄もそれほど居心地の悪い場所ではないのかもしれない。

「それで、ターゲットはどちらにお住まいなのかしら」

「さあ、そこまでは知りません」

「……無責任な。これからどうしろというのよ」

「町の人に聞いて情報を集めればよろしいのですわ。

 情報収集はRPGの基本です」

紫の言葉には聞いた事が無い単語が含まれることが多いのだが、今回のは小耳に挟んだ覚えがある。

Ruchnoy Protivotankoviy Granatomet(携帯式対戦車榴弾発射器)の略だって河童が言ってた。

ところで戦車ってなんだろう。日本語って難しい。

「それじゃ、私はゆうかりんの活躍を陰ながら見守っていることにするわ」

「あっ、ちょっと!?」

すっと空間の裂け目が埋まり、紫の気配はぱったりとなくなってしまった。

うまいこと押し付けられたような気がしてならない。

「……まあいいわ。よくないけど。

 とりあえず犯人が居そうな場所を聞き出しましょう」

幽香はぐるりと、街道周辺を一望する。

誰か話を聞けそうな人を探そうとして……。

いっぱい居た。というか、居すぎた。

ともかく、人通りが多すぎるのである。

なにかを選ぶとき、選択肢が多すぎると逆に困ることがある。

今の状況は、まさにそれだった。

「ふむ……」

面倒だわ。すこし減らすか。

ぞわり、と全身の産毛が逆立つような気配が周囲一体を侵食し始めた。

幽香の周辺に居た者達は突然の言い知れぬ気配の出現にパニックを起こし、

我先にと幽香の周辺から逃げ出していった。

幽香が自身の殺気を全解放したのだ。

周囲には人っ子一人居なくなり、あれほどにぎやかだった街道は、

まるでゴーストタウンのように静まり返ってしまった。

「……うん、やりすぎた」

ちょっと反省。

誰も居なくなってしまっては元も子もない。

二、三人くらい骨のある奴が残ってくれればいいと思ったのだが。

……いや、一人だけ残っていた。

というより、今到着したようだ。

つまり、幽香の妖気を感じて逃げだしたわけでもなく、逃げなかったわけでもなく、

逆にこちらへ向かってきたということに他ならない。

「お前か、この妖気の大本は」

そいつは杯を片手に、まるで気後れする様子もなく堂々と仁王立ちしていた。

女性にしては大柄な体に、無造作に伸ばしたくすんだ金髪。

なにより、その野生の肉食獣を思わせる目つきが印象的だった。

そしてその額には、

「知ってるわ。あれ、パーティーとかで使う『クラッカー』ってやつよね!

 太いほうを自分に向けてると危ないわよ?」

「違うわッ!!」

ツッコミのキレもいい。侮れない相手だ。

『ゆうかりん、アレは鬼よ。いきなりラスボスを引くなんて、どういうクジ運してるのかしら』

「ひゃっ!? ど、どっから話してるのよ!」

『どっからと聞かれれば、自宅のお布団で寝そべりながらだけど』

突然耳元で聞こえた声に、幽香は飛び上がらんほどに驚いた。

幽香の耳元にスキマを開き、幽香だけに聞こえる声で会話しているらしい。

「で、鬼って?」

『鬼は鬼よ。岩をも砕き、山をも揺さぶる強大な力を持った種族』

「ああ、思い出した。アレのことよね。レミリア・スカーレット?」

『そっちじゃない。伊吹 萃香のほうよ』

「ああ、伊吹 萃香ね」

幽香の口から漏れた人名に、目の前の鬼は反応した。

「はぁん? お前さん、萃香の知り合いかい?

 なるほど、道理で強そうなわけだ」

「そりゃどうも」

「あたしの名は星熊 勇儀。萃香と同じ山の四天王の一人、『力の勇儀』さ」

「力の勇儀、技の萃香?」

「だから違うって」

苦笑しつつ、勇儀は杯に酒を注ぐ。

そしてぐいっと一口。

(やっぱり、見覚えの無い奴だな。地上の妖怪か……?)

勇儀は黙考する。

地上の妖怪は地下には立ち入らせないという協定だったはず。

それを条件に、地霊達は地下へと隔離されることを受け入れた。

そういう協定を、あいつと交わしたはずなのに。

「それで、村人Aさん」

「誰が村人Aだい」

「失礼、町人Aさん」

「そういうことを言ってるんじゃない」

「私、お気に入りのお庭に間欠泉を噴き上げてくださりやがった犯人を捜しているのだけれど、

 心当たりないかしら?」

間欠泉の、犯人?

意外な話の方向に、勇儀は目を丸くした。

宣戦布告だとか、領土侵攻だとか、そういうヘヴィな問題ではないらしい。

それでも協定は協定で、例外を認めるわけにはいかないのだが、やはりそれはそれだ。

だってコイツ、強そうだし。

「間欠泉をお宅に噴き上げた犯人は知らないね。

 だが、そういった情報に詳しそうな場所なら知ってる」

「それはどこかしら? ぜひ聞きたいわ」

「地霊殿。そこのお嬢様はなかなかに情報通でね、その件に関して知っている可能性はあるよ」

まあ、それもそこのお嬢様の特異な能力のせいなんだが、という部分は口には出さないでおいた。

そこまで話す必要は無いし、どの道会えばわかる。

「それはご親切にどうも。ついでに案内もしてくださらないかしら」

「さて、そこから先は有料だねぇ」

「まあ、商売上手。それで、私になにをして欲しいって?」

ま、あんまり面倒な条件だったら力ずくで聞き出すことにするけど。

幽香は内心舌を出しながら、勇儀の返答を待った。

「なに、簡単なことさ。これからあたしと一勝負、どうだい?」

握った拳を幽香に向け、勇儀はにやりと口の端を吊り上げた。

意外な話の展開に、幽香はぱちくりと瞬きした。

それは話が早い。こちらも同じ考えでいたところだ。

『よしなさい、ゆうかりん。相手は鬼よ。無傷では済まないわ』

なんか耳元で聞こえた気がしたけど、この際それは無視。

相手が強いのなら、なおさらお手合わせ願いたいところだ。

「いいわよ、やりましょう。弾幕ごっこだなんてぬるいことは言わないわよね?」

「たとえ弾幕ごっこだろうとあたしは構わないがね。

 純粋な殴り合いがお好みならそっちでやろうか」

幽香は持った日傘を地面に突き立て、両手の関節を鳴らした。

ヤる気マンマンである。

対する勇儀は、杯にさらに酒を注いだ。

飲むのかと思いきや、杯には口をつけずに幽香に向き直る。

「さて、これからあたしはこの酒が零れないように戦う。

 酒が一滴でも零れたなら、勝負はお前さんの勝ちって事でいいよ」

ハンデをやる、と言っているのだ。

それも弾幕ごっこではない、純粋な殴り合いでこのハンデである。

遠距離から弾を放つ弾幕ごっこならまだしも、殴り合いで零さないように戦うのは至難の業だ。

おまけに、必然的に片手が塞がることにもなる。

随分と嘗めてくれるわね、と幽香は小さく呟いた。

「ん? なにか言ったかい?」

「別に。いいわ、それでやりましょう」

いつの間にか、幽香が仮面を貼り付けたような表情になっていることに、勇儀は気付かない。

直後、幽香が一足飛びに踏み込んだ。

(おっ、なかなか速いね)

鋭く突き刺す槍のようなアッパー。

精密に勇儀の顎を狙って突き上げてくるが、勇儀は涼しげに顎を逸らせてかわした。

続いて、顔が上がってしまった勇儀の死角を突くようなボディーブロー。

だがそれも勇儀には見えていた。

勇儀は足を振り上げ、幽香の拳を膝で受ける。

いまだ杯はほとんど揺れていない。

幽香の拳は、かなり速い。

勇儀はその拳を、杯の酒に気を使いつつ受け流しているのだ。

初撃のアッパーで振り上げた拳を、今度はなぎ払うように振り下ろす。

それを勇儀は、軽く後ろに下がることでゆうゆうと避けてしまう。

完全に読まれてしまっている。

だがそれでも、幽香の表情は氷のような無表情のままだ。

下がった勇儀を追いかけるように踏み込み、渾身の力を篭めたストレートを幽香が放つ。

力を篭めている分、動作も大きい。

いままでの攻撃をやすやすと避けていた勇儀が、それを食らうはずも無い。

ギリギリの間合いを見切り、回避するに足る距離を開けようと勇儀が後ろに下がり、

―ぎちィ...

「へっ?」

勇儀の足に、いつの間にか植物の蔦が巻きついていた。

その蔦が、勇儀の後退を許さない。

完全に不意を突かれた勇儀の右頬に、幽香の渾身の力を篭めた拳がめり込んだ。

だが吹っ飛んだりはしない。

植物の蔦が勇儀を地面に拘束しているからだ。

幽香は素早く、のけぞったままの勇儀の手から杯を奪い取ると、

「大丈夫、まだ零れてないわよ」

自分の立っているすぐ横の地面から花を咲かせて台を作る。

その上に零れないように杯をそっと置き、

「だから、まだ試合続行よね?」

―ズドンッ

二発目。強烈なボディーブローを無防備なままの勇儀の腹に叩き込んだ。

もちろん酒は零れない。

もはや戦いの影響を受けない位置にある杯から、零れるはずが無い。

だから、まだ試合は続行だ。

「うらうらうらうらうらうらうらァァァッ!!!」

容赦のまったくない幽香の連撃が、無抵抗の勇儀の体に余すところなく沈んでいく。

最後に一発、強烈なストレートを叩き込んだところで、

ようやく勇儀の足に絡みついた蔦が限界を向かえ、千切れ飛んだ。

勇儀の大柄な体は軽々と吹っ飛び、派手に砂埃を立ち上げて地に沈む。

幽香は花の台に預けていた杯を手に取ると、それを見せつけるように傾けた。

「はい、ゲームセット」

ぼたぼたと杯の中の酒が零れ、すっかり空になった杯が勇儀の元に放られた。

「私のこと嘗めすぎよ、貴方」

ふん、と鼻を鳴らして、勇儀を見下ろす幽香。

ついカッとなってやってしまったが、少々やりすぎたか。

気絶されては地霊殿の場所が聞き出せない。

さて、どうしたものか。また別の奴を捕まえて搾り出そうか。

と考え始めたところで、

「あっはっは! すげぇ強いなアンタ!」

まさか、と幽香は振り返る。

そんなはずはない。

今のは結構、割と、本気で殴ったはずだ。

なのに、殴られた本人が笑いながら起き上がる姿がそこにあった。

本気の幽香にあれほどボコボコに殴られて、笑いながら起き上がってこれるはずが無い。

「いや、痛かったよ、マジで。うん、かなり痛かった」

ぱんぱん、とスカートの土ぼこりを払いながら、勇儀は豪快に笑った。

「悪かったね。確かにアンタを嘗めすぎてたみたいだ。

 負けは負けだ。地霊殿の場所を教えようか。

 この大通りを真っ直ぐ行くと左手に酒屋がある。その角を曲がって真っ直ぐの突き当たりだ。

 目立つ目印もあるし、案内がなくても迷うことはないだろうさ」

落ちた杯を片手で拾い上げ、小脇に抱えると、勇儀は後方を指差した。

そちらの方角に向かえば、目的の地霊殿に到着することができるらしい。

鬼は嘘を吐くことを特に嫌う種族だ。

ならこの情報はおそらく真実だろう。

「そう、それはどうも」

幽香は地面に刺した日傘を引っこ抜くと、勇儀の脇を素通りしてその方角へ向かった。

勇儀はその幽香の背中を見送って



「で、あんたそれでいいわけ?」



ぴたり、と幽香が足を止めた。

振り返らず、肩越しに勇儀に向かって問いかける。

「実力の欠片も出していないくせにあっさり負けを認めて。

 強者の余裕ってやつ? むかつくわ」

そして振り向きざま、日傘を振り抜き、勇儀の眼前でぴたりと止める。

勇儀は身じろぎ一つせずそれを見返した。

幽香の腕の長さ、そして日傘の長さから、当たらないとわかっていたから。

「本気のアンタとやりあいたいんだけど?」

勇儀は目の前に突きつけられた日傘の先端をつまんで、それを退ける。

それからあの、好戦的な笑みを幽香に向けた。

「いいのかい? 無事じゃ済まないよ、姐さん」

「それは侮辱と取ってよろしいかしら?」

冷たく睨みつけてくる幽香に、勇儀は降参したように肩をすくめた。

「わかった。今度はハンデなしだ」

勇儀は足で地面に一本、線を引いた。

そして、両腕を広げたくらい離れたところにもう一本。

「お互いこの線に右足をつけて殴りあう。

 この線より後ろに下がったほうが負け。

 そんな感じのルールでどうだい?」

「いちいち戦いにルールをつけたがるのね」

「じゃないと死人がでるからな」

にぃ、と思わず逃げ出したくなるような凄惨な笑みを向ける勇儀。

なるほど。

確かにお互いの性格を鑑みれば、ルール無用ではどちらか死ぬまで止まらないかもしれないが。

「なら、こうしたほうがもっとエキサイティングよ」

幽香は自身の能力を使って生み出した花びらを二枚、線の上に投げつけた。

さくっ、という乾いた音がして、花びらは線の上に真っ直ぐに突き立った。

異常に硬質な花びらだ。縁は鋭く、ほとんどナイフのようである。

その意味する先に気付いた勇儀は、思わず口元を緩めてしまった。

「なるほど。アンタも好きだねぇ」

勇儀は靴を脱ぎ捨てると、そのナイフのように鋭い花びらに、裸足の踵を合わせた。

それに続いて、幽香も靴を脱いで、同じように花びらに踵を合わせる。

一歩でも引き下がれば、鋭利な花びらに踵をざっくりやられてしまう。

そんな状況で、お互い一歩も引かずに殴りあうという、女子にはオススメできないデスマッチ。

そのデスマッチに、二人は嬉々として己が身を投じた。

手を伸ばせば、お互いの顔に余裕で手が届く間合いに二人は立つ。

もっとも肉弾戦に適した間合い。そこからもう、一歩も下がることは許されない。

愛用の日傘を地面に突き立てる。どの道この至近距離では役に立たない。

「あたしがこの杯を投げる。こいつが地面に落ちたら開始の合図だ」

「それでいいわよ」

勇儀が杯を放った。

杯はくるくると回転しながら、あっというまに頂点に達した。

そこから、時間が引き延ばされているかのように、おそろしくゆっくりと杯が落ちていく。

勇儀の目がその杯を追っている。

そして杯が、落ち



―ブンッ



幽香の右フックが唸りを上げた。

まだ杯は落ちていない。もちろんルール違反である。

幽香はたった今決めたばかりのルールを平然とブチ破った。

騙されるほうが阿呆なのだ。

勇儀の目は相変わらず杯を追ったままで、

「おっと」

―ガッ

しかし止められた。

幽香の右フックは、まるで幽香が開幕より前に仕掛けてくることを予期していたかのように止められた。

さすがに驚く幽香。

だが、間髪入れずに左の拳。

―ガシッ

それすらも手首を掴まれ、完全に封殺されてしまう。

そして、

―カラン...カラン......

杯が地面に落ちた。

「じゃ、開始な」

グッと幽香の腕が勇儀に引き寄せられて、

強烈な頭突き。

「がぁッ!?」

幽香の額に勇儀の頭突きが打ち下ろされ、両腕をふさがれた幽香になんの防御もなく叩き込まれた。

勇儀の額には角が生えているので必然的に眉間に近いあたりの頭突きとなったが、

それでも勇儀のほうにはまるでダメージがないようだ。

一方の幽香は、頭突きの衝撃で一瞬意識が飛んでいた。

だが、飛んだ意識はすぐに踵を切り裂く激痛によって引き戻される。

「くっ……、らぁッ!!」

幽香はすぐに戦線に復帰した。

勇儀の手を振りほどいて襟首を捕まえると、引き寄せるようにして自分の倒れかけた体を引き上げる。

勇儀の体はまるで山のようにびくともしなかったが、いまはそのほうが都合がいい。

自身の体勢を引き上げつつ、再び幽香の右フックが勇儀のこめかみを狙う。

それを勇儀は、左腕を顔の横に構えて防ごうとして、

その腕が、幽香の右フックを放とうとしていた手に捕まれる。

ただの右フックじゃない!?

予想外の動きに、一瞬思考が止まる勇儀。

その勇儀の手を引き寄せるようにして腕を引き込み、代わりに肘を突き出した。

勇儀のガードをこじ開けて、右フックから転じた幽香の肘が勇儀のこめかみに突き刺さる。

「いってぇ!!」

流石の勇儀も大きく仰け反ったが、しかしそのダメージは頭突きを食らった幽香ほどではないようだ。

ノーガードのこめかみに渾身の肘を突き刺してこの程度のダメージ。

腕力だけじゃなく、タフさも半端じゃない。

今度は勇儀の、破城槌のようなショートアッパーが幽香の腹を狙う。

素早く反応し、勇儀の拳目掛けて肘を打ち下ろしたが、

「ぐゥッ……!!」

その拳に篭められた力は尋常ではない。

渾身の力を篭めたはずの肘は打ち負け、押しやられた幽香の足を足元の花びらが切り裂いた。

がりっ、と踵の骨が削られる感触。

『このまま単純な殴り合いを続けたら競り負けるわよ、ゆうかりん』

「うるさい!」

そんなことは、幽香自身が一番承知していた。

最初こそ幽香の手数が圧倒的に多く、その分勇儀がパワーで対抗している構図だったが、

戦いが続くにつれ、幽香の手数が徐々に減ってきている。

幽香の消耗が激しくなってきたのかといえば、実はそうでもない。

幽香の手数が減ってきたことに、勇儀は気付いていた。

(こいつ……、狙いをカウンターだけに絞り始めてるな)

幽香は勇儀の攻めに合わせて、攻撃のタイミングを調整し始めている。

本来ならば、このような回りくどい戦い方を幽香は好まない。

ただ純粋な力押しのみで、相手を押し潰すようなやり方を好むはずだった。

なぜこのような、彼女自身が嫌うような戦い方を選んだのかと言えば、簡単である。

その戦い方では勇儀には勝てないと感じたからだ。

戦い方を選り好みして勝てるほど、この星熊 勇儀は甘い相手ではなかった。

勇儀の大振りな左フックを低姿勢でかいくぐり、幽香の拳が脇腹に突き刺さる。

「ちィッ!」

いかにタフさが自慢の勇儀と言えど、流石にダメージは蓄積してくる。

幽香の一撃には重さが幾分減ったものの、クリーンヒットする機会が断然増えていた。

先手も打たず、防御もせず、回避のみに重点を置いた幽香に、勇儀の攻撃はなかなか当たらない。

(あんまり余裕もなくなってきたな。そろそろ決めるか!)

勇儀の攻撃に合わせ、顔面に向けて拳を突き出す幽香。

その幽香の拳を、勇儀はあえて前進して額で受け止めた。

「なっ!?」

拳に自分から突っ込んでくるなんて……!?

ぐっと身を乗り出してきた勇儀に、押されるようにして幽香は仰け反るが、

しかし踵に刺さる痛みが邪魔してこれ以上下がれない。

「うらァ!!」

バランスが崩れた幽香の体に向かって、

前進した勢いと体の捻りを加えられた、勇儀の渾身の一撃が襲い掛かった。

これはマズい。

この一撃は、まともに食らったら一発でノックアウトされるほどの力が篭められている。

かといって、バランスも崩れている上に後ろには下がれない以上、幽香はこれを避けられない。

ガードするしかない。

幽香はとっさに左腕を下げ、勇儀の攻撃を防ぎに回った。

しかし、



―ベキィッ!!



背筋が寒くなるような音と、焼け付くような激痛が幽香の左腕を飲み込んだ。

折れた。

幽香の左腕の、二の腕のあたりが完全にへし折れた。

「づぅッ!!」

息が詰まって悲鳴も出なかった。

全身から嫌な汗が一斉に噴き出して、思わず右手で左腕を押さえた。

ちくしょう、見事に折れてやがる。

「こいつはもう、勝負ありだろう。まだ続けるかい?」

頭一つ分上から余裕の笑みで幽香を見下ろす勇儀。

その勇儀に、幽香は突き上げた右拳で答えた。

「誰の足が、いつ線より後ろに出たって!?」

「オーケイ、試合続行だな」

上体を反らせて幽香の拳をやり過ごした勇儀が、再び右拳を繰り出した。

もう左腕は動かない。

勇儀の右から放たれる攻撃は、避けるか食らうしかない。

「ちィッ!!」

だからといって食らってやる馬鹿はいない。

体を下げて勇儀の攻撃を避ける。

代わりに、踵の骨がまた少し削れた。

お返しとばかりに、幽香の右の拳が勇儀の脇腹を狙うが、

その反撃は勇儀にあっさり止められてしまう。

もはや幽香の左腕は動かないわけだから、攻撃は右からしか放たれない。

右側だけを警戒していればいいのだから、防ぐのは容易なことである。

体力的なアドバンテージを一気に奪われてしまった幽香には、もはやカウンターの必殺を狙うしかない。

となれば、幽香の取りうる行動はさらに限定されてしまう。

もはや戦況は覆りようがないほどに勇儀の優勢だった。

勇儀の左腕は防御のみに専念し、右腕は攻撃のみ行う。

それだけで、幽香には手も足も出せない状況なのである。

―びしっ

と、勇儀の右の腿の辺りに軽い衝撃があった。

(まぁ、こいつの場合はこの状況でも手足を出してくるみたいだけどねぇ)

蹴りである。幽香の左ローキックだ。

そうだな。人体には腕だけじゃなく、確かに足も付いている。

しかし、左足は前に出ている側の足であり、右足はルール上花びらのナイフから離せない。

前足からの蹴りなどまるで体重が乗っておらず、勇儀には蚊ほどもダメージがない。

幽香の攻撃はまったく当たらず、空振りと時々当たる勇儀の攻撃でじわじわと体力だけが削られていく。

「それにしてもタフだねぇ。鬼のあたしに言わせるんだからアンタも相当だよ」

「見てなさい。その余裕ヅラにキツイ一発を叩き込んでやるわ!」

この状況でも、幽香の戦意は微塵も揺らいでいない。

いまだ勝利を信じ続けている目だ。

地上の妖怪も、なかなか捨てたもんじゃない。

幽香の右拳が、諦め悪く勇儀の腹を狙ってくる。

それに勇儀の左腕が素早く反応して、

「……おっ?」

ぐらり、と一瞬視界が揺らいだ。

その隙に、幽香の拳が勇儀の腹にめり込む。

(おいおい、あたしも結構キてるじゃないか……)

酔っているからではない。

なんだかんだで、最初にもらった幽香のラッシュと、序盤のカウンターが効いているのだ。

強いなぁ。こいつ、ホント強いわ。

勇儀が全力を出して戦える機会なんて、もう忘れるほど昔にやりあった萃香との喧嘩以来だ。

まったくもったいない。

もったいないけど、

(そろそろ、シメにするか……!!)

幽香の拳が引き戻される前に、勇儀の手がそれを捉えた。

がっしりと掴んで離さない。

幽香に残された最後の攻撃手段である右腕が捕らえられてしまった。

体重の乗ってない左足なんぞ攻撃の内には入らない。

これで幽香の攻め手は完全に封じられてしまったのだ。

もちろん動かない左腕では攻撃どころか防御すらままならない。

これで、詰みだ。

「こいつで、終わりだァ!!」

正真正銘トドメの一撃。

全体重を乗せた勇儀の右拳が、折れてしまった幽香の左側から打ち下ろされる。

下がれない。かわせない。防げない。

そして、



―みしッ!!



頭蓋の軋むような音が響いた。

握りこまれた拳が頬に突き刺さったままの形で、まるで時間が止まってしまったかのように両者が静止する。

「……おいおい、冗談だろう?」

思わずそう、勇儀が漏らした。

無理もない。

この状態は、もはや冗談としか思えないだろう。

勇儀の拳は、幽香の頬をしっかりと捉えていた。

その上で、幽香はしてやったりとほくそ笑む。

なぜなら、確実に折れているはずの幽香の左が、クロスカウンターの形で勇儀の顔面を射止めていたからだ。

ぐらりと勇儀の上体が揺れ、大の字になって後ろにぶっ倒れた。

幽香は勇儀の拳を食らうつもりで、覚悟を決めていた。

それに対し勇儀は、幽香のカウンターなどまったく予測していなかった。

勝敗の差は結局のところ、そこの意識の差の程度でしかなかった。

倒れたまま、勇儀は折れているはずの幽香の左腕を見上げる。

その有様を見て、勇儀はありえないはずのクロスカウンターの正体を理解した。

「……はっ、こいつぁイカレてやがる」

幽香の左腕のいたるところから、硬質そうな植物の根が突き出しているのが見えた。

最初に勝負した時の様子を思い出して、

そういえばこいつは植物を操るような能力を持っているんだったな、と思い至る。

おそらくは左腕が折れた直後、右手で折れた場所を押さえた時。

その時に自身の体に植物の種を植え付け、伸びた根を折れた骨の代用としたのだ。

体内を植物の根が抉り進む時に生じるであろう激痛を想像し、勇儀は納得した。

まったく、イカレてるとしか思えない。

「喧嘩ってのはね、これくらい本気でやらなきゃ、意味無いのよ」

荒く息を吐きながら、幽香は倒れた勇儀を見下ろす。

勇儀は後ろに倒れた。

線を越えたのだから、この勝負は幽香の勝利である。

「あー、くそっ。くやしいな。本気でやって負けたのは久しぶりだよ」

「馬鹿ね。勝負ってものは、負けて悔しくて当たり前なのよ。

 だから勝ちにこだわるんでしょう」

日傘を引き抜いて肩に担ぐと、幽香は倒れたままの勇儀に背を向けた。

「……なぁ。お前さん、名前はなんていうんだい?」

「風見 幽香よ。リベンジならいつでも受けるわ」

「了解。覚えとくよ、名前もリベンジの件も」

踵を軽く縛って止血すると、何事もなかったように靴を履きなおす。

そして、幽香は勇儀に教えられた地霊殿へとようやく足を向けたのだった。







「あー、もう。超痛い。泣きそう」

誰もいなくなった街道に、幽香の声がぽつりと落ちる。







                     * * *







勇儀の言葉通り、酒屋の角を曲がって真っ直ぐ歩くと、やがて大きな屋敷にたどり着いた。

鋼鉄製の門扉。

広々とした、しかしあまり手入れのされていない庭。

豪奢ではあるが、わずかに物悲しさを感じるような屋敷だった。

「あら、ご立派。ねえ、紫?」

返事は無い。

今は近くにいないらしい。

「こちらから振ったときは居ないのね。まったく……」

口をへの字に曲げつつ、幽香は門を開いた。

不法侵入? なにそれおいしいの?

まるで気後れする様子もなく、他人の敷地に堂々と踏み込んで行く幽香であった。

「しかしこの屋敷、本当に誰か住んでいるのかしら」

屋敷は奇妙なほどに静かだった。

まだ日中であるにもかかわらず、住人の気配をまったく感じない。

それとは逆に、庭にはちらほらと動物の姿が窺えた。

この屋敷で飼われているペットだろうか。

それとも、本当にこの屋敷には誰も住んでおらず、勝手に居ついた野良の動物たちなのか。

―にゃーん...

「ん?」

いつの間にか幽香の足元に、一匹の黒猫。

つぶらな瞳で幽香を見上げ、じぃっと様子を窺っている。

「ふん、貴方に構っている暇はないのよ」

ぷいっ、と幽香はそっぽを向いて、屋敷に向かって歩を進める。

その横に、黒猫はぴたりと付いて歩いてくる。

「……」

気付かないフリをして、幽香は歩き続ける。

てふてふ、と付いてくる黒猫。

「…………」

ちらっ、と幽香が足元を見下ろすと、黒猫はじっと見つめ返してくる。

幾度かちらちらと視線を送っていた幽香だったが、ついに歩く足を止めた。

周囲を用心深く窺って、誰も居ないことを確認する。

そして十分すぎるほど見ている者が誰も居ないことを探ると、膝を折って屈み込んだ。

「ちっちっちっ」

人差し指を曲げて、黒猫を呼んでみる。

黒猫はそんな幽香の様子をしばらくじっと見つめた後、

やがて興味をなくしたようにそっぽを向いて立ち去っていった。

ぽつんと一人、屈みこんだまま取り残される幽香。

『ぷっぷー! ネコ好きゆうかりんかわいいわあっはっはっはっはッ!』

「こんなときばっかり見てんじゃねぇよコラァ!!」

誰も居ない庭で、一人日傘を振り回す幽香。

その奇妙な光景を見ている者が、周囲に誰も居なかったのが不幸中の幸いではある。







額に浮かんだよくわからない汗を軽く拭いつつ、幽香は屋敷に踏み込んだ。

屋敷の外見とは打って変わって、内部にはこれといった調度品もなく、

あまりにも愛想のない光景が幽香を出迎えた。

花くらい飾ったらいいのに。

なんなら私の能力で屋敷中を花だらけにしてあげても―――

「余計な押し売りは結構です」

エントランスの階段の上から、無機質な声が幽香の元に下りてきた。

「あら、やっぱり誰か住んでたわ」

「そう思うのなら、ドアベルくらい鳴らしたらよいかと思います」

階上には、いつの間にか人影が佇んでいた。

いや、最初から居たのだろうか。

妙に気配が希薄で気が付かなかった。

胸元にある大きな目のような異様な装飾が目に付いたが、服装はこれといって贅沢なものではない。

この屋敷の使用人かしら。

「申し遅れました。私はこの地霊殿の主、古明地 さとりと申します。

 貴方はどちら様かしら。本日は来客の予定はないはずでしたが」

「風見 幽香よ。お邪魔しておりますわ」

しれっと、勝手に踏み込んだことについて悪びれもせずに答える幽香。

大して気にした風もなく、さとりは幽香のことをじっと見つめた。

その視線に、幽香は違和感を感じる。

なんだろうか、この違和感は……。

さとりの胸元にある大きな目のようなものが、ぎょろりとこちらへ向いた。

思わずぎょっとする。アクセサリーじゃなかったのか。

「失礼。驚かせてしまったようですね。

 いえ、貴方も私の屋敷に不法侵入しているわけですから、失礼はお互い様ですか」

あの異様な目に見つめられると、妙に落ち着かない。

全てを見通すような、あの冷淡で生理的に嫌悪感を催すような視線。

あまり、あの瞳に見られ続けたくない。

「不快ですか、この視線が」

見透かされたように、にたりと笑うさとり。

幽香は眉根を寄せて答える。

「そりゃあ、ジロジロ見られて気持ちいい気分ではないわね」

「性分でして。あまり気を悪くなされないでいただきたいですね」

このわずかな時間で幽香は悟った。

こいつは私の嫌いなタイプだ、と。

これ以上顔を合わせていたくない。

さっさと必要な情報を聞き出しておさらばしよう、と幽香は結論した。

「かん―――」

「間欠泉ですか? それは灼熱地獄の管理を任せている、私のペットの粗相のようですね。

 わかりました。私のほうで叱りつけておきます」

まだ『間欠泉』の『かん』の部分しか言ってないのに……。

エスパーかこいつは。

「御用はそれだけのようですね。御用が済んだのでしたら、お引き取り願えますか。

 このまま素直にお引き取りいただけるなら、地底に立ち入ったことは口外しないでおきます」

口外しない……?

なにそれ、実は立ち入り禁止だったの?

「……地上の妖怪は地底へ干渉してはいけないという条約があったのですが、

 どうやらご存知なかったようですね。

 それならなおのこと、早々にお引き取りください」

それだけ端的に言い捨てると、さとりは屋敷の奥へと戻ろうとした。

戻ろうとしたので、幽香はその背中に向けて口を開いた。

「まだ用は済んでないわよ。

 そのペットとやら、どこにいるのか教えてくださる?」

さとりは足を止めた。

顔はこちらを振り向かなかったが、胸元の目だけがこちらにぎょろりと視線を向けた。

「貴方が被った被害については心中お察し致しますが、貴方が直接あれを叱りつける必要はありません。

 ましてや暴力に訴えようとするなんて、一応あれの主人として、見過ごすことはできません」

暴力って……、まだ殴るとか一言も言ってないじゃない。失礼ね。

まあ、殴るけど。

とはいえ、さとりはそのペットの居場所について答えるつもりはないようだ。

もう面倒だ。いつものスタイルでいこう。

「力ずくで聞き出す、と?

 あまり運動は得意ではないので勘弁して、……いただけないようですね」

ようやくさとり自身が幽香に向かって振り返った。

階上からふわりと跳び下りて、エントランスへと降り立つ。

なんて物分りのいい。

実はこいつ自身ヤる気マンマンなんじゃないだろうか。

「運動が得意でないのは本当ですよ?

 ただ、どうしても引き下がっていただけない御様子ですので」

まあ別に、相手が筋肉馬鹿だろうと、もやしっ娘だろうと、細マッチョだろうと関係ない。

幽香にとって、進路を阻むものは全て敵であり、全力を持って叩き潰すべき対象なのだ。

幽香は手に持った日傘をさとりに向けると、驚くほどの低姿勢で豹の様に突進した。

その突進は、弾丸かなにかと見紛うほどに速い。

しかし、それを目にしてもさとりは眉一つ動かさない。

「なるほど。自信がお有りなのも頷けますね」

一人頷き、スカートのポケットから一枚のカードを取り出す。

想起『テリブルスーヴニール』

(っと、これがこいつのスペルカードね)

慌てず騒がず、幽香は相手の放った弾幕の弾道を確認する。

細いレーザーが数本、放射状に展開されているのと、それとは別に大玉を放出。

なるほど、レーザーで逃げ道を塞ぎつつ、大玉で仕留めるというわけか。

比較的シンプルなタイプのスペルカードだ。

幽香にとってその程度、避けるのは容易い。

幽香は速度を微塵も緩めず、大玉の隙間を縫うように軌道を変えながら、稲妻のように突進する。

まるで当たらない。かすりもしない。

瞬時にさとりとの距離を詰め、日傘を細剣を扱うかのごとく突き出した。

「当たりませんか。いえ、別に嘗めてかかっているわけではないのですよ?

 私本来の弾幕というのは、精々この程度のものなのです」

恐ろしく速い幽香の突き込み。

さとりはそれを、素早いとはお世辞にも言いがたい動作で回避した。

とてもさけられるとは思えないほどの愚鈍な動き。

だが、さとりは苦もなく回避に成功し、ふわりと後方へ飛び退いた。

幽香はその動きに、理解しがたいものを見たような困惑顔を浮かべた。

なんだ、いまのは?

いま、突きを出すよりも早く回避動作を始めていなかったか?

「その通りですよ」

まるで思考を読まれたかのようなタイミングで、さとりは薄ら笑う。

考えを、読まれた……?

「ええ。私は『悟り』と呼ばれる種族の妖怪です。

 悟りは他者の心を自在に読み、己が物とすることができるのですよ」

だから先ほどの幽香の突きを避けられた。

さとり自身の動きは幽香に及びもつかないというのに、軽々と。

さとりにはとっくにわかっていたのだ。

幽香がどの角度、どのタイミングで日傘を突き込んでくるのか。

「さて、残念なことに私のスペルカードは貴方にまるで通用しないことがわかりましたので、

 ここからは別のやり方をさせていただきます」

ぞわり、と得体の知れない嫌な感触が背筋を滑り降りた。

あのさとりの胸元の目玉が、幽香の中身を見透かすようにぎょろりと視線を突き刺してくる。

「貴方の心の中にあるトラウマ、見せていただきます」

トラウマだって?

そんなものはない。

「いいえ、ありますよ。……ほら、あるじゃないですか。

 ふふふっ、これはなかなか、強そうな方ですね。この方をお借りしましょう」

人の心の中を勝手に覗いて、勝手なことばかり並べ立てて。

「鬱陶しいわ、貴方。ようするに、心を読まれる前に叩き潰せばいいんでしょう?」

もう一度、幽香は日傘を構えて飛び出した。

その速度は、先ほどの突進とはまるで比べ物にならないほど速く鋭い。

さきほどの突進ですら、まだ速度を加減していたのだ。

だがさとりは、それを見ても余裕の笑みを崩さない。

「なるほど、貴方は自分の強さについて、本当に高いプライドを持っていらっしゃるようですね。

 それが、本気で戦ったわけではないお遊びとはいえ、敗北を喫してしまった。

 それも、相手が妖怪より遥かに劣るはずの人間であったと言うのですから、

 貴方のプライドはいたく傷つけられたことでしょう」

さとりの言葉には一切耳を貸さず、ただ一秒でも早く相手を仕留めることだけに集中する。

そして、幽香に可能な限りの最速の突きが放たれた。

さとりはまるで動けていない。

今から回避動作に入ったとしても、絶対に間に合わない速度とタイミング。

確実に決まる。そう幽香は確信した。

―ギィィンッ!!

止められた。

幽香の岩石すら砕く渾身の突きが、いともあっさりと止められる。

幽香は驚きに目を見開いた。

さとりの目の前に展開された、複雑な文様を刻んだ光の壁。

それは、結界だった。

それもどこかでみたような、既視感を覚えるような光景。

決して貫けぬ鉄壁の壁の向こう、さとりが薄笑いを浮かべながら、見せ付けるようにカードを掲げた。

「さあ、トラウマの海に沈みなさい、風見 幽香」

まずい、と思ったときにはすでに遅い。

目も眩むような閃光が幽香の視界を容赦なく塗り潰した。



神技『八方鬼縛陣』







                     * * *







「っへぷち! ……むぅ~?」

「どうした、霊夢? 湯冷めでもしたか?」

もうもうと立つ湯けむりの中、二人の少女が暢気に温泉を満喫している最中。

体を洗うため、一時的に洗い場に出ていた博麗 霊夢のくしゃみが反響した。

どんだけ体が冷めるの早いんだよ、と一緒に温泉に浸かっていた霧雨 魔理沙は苦笑する。

「まさか。きっと誰かが噂してるんでしょ」

「そもそも、噂をされるとくしゃみが出る、っていう迷信の発祥はなんなんだろうな」

「さてねぇ。少なくとも私は知らないけど」

「よし、今度適当に論文をでっちあげてパチュリーに叩きつけよう」

「適当なのか」

「あいつ私が適当にでっちあげた論文を本気にして、徹底的に文献調べ上げて検証しようとするんだよ。

 面白いだろ?」

「酷い奴だわ」

「照れるぜ」

褒めてない褒めてない、と突っ込みを入れるのも面倒なので、

霊夢は冷めた視線をぶつけるだけにしておいた。

そんな霊夢の様子に欠片も気付くことなく、魔理沙はにやにやと笑った。

「ところで霊夢」

「なに?」

「お前のくしゃみかわいいな」

「うるさいッ!」







                     * * *







「……油断したわ」

ちっ、と小さく舌打しつつ、幽香は中ほどまで壁にめり込んだ自分の体を引き剥がした。

さとりの立っているあのエントランス中央からこの壁まで、強烈な力で弾き飛ばされたのだ。

痛い。はっきり言ってメチャクチャ痛い。

そりゃ、なんの防御もなく超至近距離でスペルカードを食らったのだから、痛くないはずがない。

というより、痛い程度で済んでしまっている幽香のほうが異常である。

しかし、痛みよりも今起きた出来事の衝撃のほうが大きかった。

今のは、博麗 霊夢のスペルカードじゃないか。

「ふむ、かなり強力なスペルカードだったはずですが、その程度のダメージとは恐れ入ります」

言動とは裏腹に、まるで困った様子もなくさとりはつぶやく。

さとりが腕を振るうと、中空から突如として大量の御札が出現し、一斉に幽香に向けて飛び出した。

弾速は大して速くない。しかし、

(追尾弾か!)

回避しようと飛び退いた幽香に向かって、御札の軌道がありえないほど急激に捻じ曲がる。

風のせいだとか、そういうレベルでは断じて無い。

明らかに幽香に向かって、引き付け合う磁石のように捻じ曲がったのだ。

全て回避するのは無理。

そう断じた幽香は、どうしても避けきれない御札だけを日傘で叩き落とした。

そこへ、

「ッ!?」

わずかに生まれた隙を正確に射抜くように、超高速の針が飛来する。

間一髪、幽香は顔をそらせて針をかわしたが、わずかにかすった頬に裂傷が走る。

追尾式の御札。そして超高速の針の弾丸。

間違いない。

これはあの霊夢の戦い方にそっくり……、いや、そのものだった。

そうこうしている間にも、さとりは大量の御札をばら撒き続けている。

あの御札の処理にわずかでも隙を見せれば、そこを針が精密に射抜きに来る。

(このまま避け続けていてもいつかやられる。こちらから攻めないと……)

一か八か。

幽香は弾幕の薄かった場所にあえて突っ込み、最小限のダメージで弾幕を突き抜けた。

多少のダメージはこの際仕方が無い。

日傘で叩き落とすような真似をしなかったので隙が生まれず、針も飛んでこなかった。

反撃のチャンス!

この距離では接近する前に第二の御札弾幕に迎え撃たれることになるので、

あえてこの中距離から射撃による反撃を試みる。

「無駄ですよ。貴方の攻撃は、全て読めています」

幽香の放った弾幕を、さとりは体を横向きにするだけですり抜けた。

まるで当たらない。

当たり前だ。接近して当たらなかった攻撃が離れて当たるわけがない。

(かといって接近するのは無理。下手に接近すれば、やり過ごした御札に後方からやられることになる)

壁を背にして戦えば後ろからの攻撃はまずないが、

エントランス中央のさとりに接近すれば、後方にやり過ごした追尾弾が幽香の後ろから襲撃してくる。

360度警戒しなければならないのと180度の警戒で済むのなら、大概の人は180度でお願いしたいはずである。

もちろん幽香自身も、その大概の人の中に含まれる。

御札の襲撃の機会が増えると言うことは、針の襲撃の機会も増えると言うことで、

単純に計算して危険度400%になるわけなのだ。冗談じゃない。

しかしこちらの放った弾幕は、さとりに完全に読まれてしまってまるでかすりもしない。

「嫌がっておられるのが手に取るようですよ。とても効果的なようですので、このまま続けますね。

 嫌な女? ええ、よく言われます」

こいつ殴りてぇぇぇえええ!!!と心中で絶叫しつつ、幽香は壁際まで下がった。

仕方ない。こうなったら―――

「はい? 奥の手、ですか。それは怖いですね……」

ええい、勝手に人の心を読むな!!

幽香は日傘を振りぬくと、一気に大量の大玉をばら撒いた。

凄まじい量と密度である。

大玉の周囲の白い部分には実は当たり判定が無いということを知らないシューターだったら、

うわこれ無理!とコントローラーを投げ捨ててしまうくらいの密度。

接近戦で放たれたら、もうかなり運が良くないと避けられないだろう。

だがしかし、さとりとの距離はかなり開いている。

幽香を中心に放射状に放たれた弾幕は、離れるにつれてどうしても隙間が広がってしまう。

さとりはその隙間が生まれる部分をあらかじめ予期していたかのように、のんびりと隙間に滑り込んだ。

弾幕はさとりにまるで当たる様子もなく、するすると脇を滑りぬけていく。

そのさとりの後方、気付かれないようにひっそりと、一輪の花が咲いていた。

可憐な花である。

その花が、実は石畳を平気でぶち破る脅威の生命力を持ち、

鉄板に風穴を開けるほどの殺人光線をぶっぱなすことを知らなければ、

是非お持ち帰りして窓際に飾りたい感じの可憐な花である。

花はさとりの死角に咲き、さとりはそれにまったく気を払っている様子が無い。

その花が、さとりの後頭部に向けて光の矢を撃ち放った。

超高速の一閃が残光を残しながら飛び抜ける。

その光の矢は、地霊殿の石造りの天井に物音一つ立てずに風穴をこしらえた。

さとり本人には、かすりもしなかった。

さとりはただ、一歩も動かず首をかしげるように傾けただけ。

それだけで、振り向きもせずに幽香の奥の手とやらを回避して見せた。

「言ったはずですよ。貴方の攻撃は全て読めています、と」

……奥の手終了。

大量の大玉に目を惹きつけておいて、後ろから不意打ちの一発を叩き込むつもりだったが、

期待の一割程度も効果を発揮せずに、幽香の奥の手はあえなく不発に終わった。

そりゃそうだ。

その不意打ちの一発も幽香の頭の中で考えられたものなのだから、さとりには筒抜けなのである。

ちくしょう。どうしろっていうのさ。

「どうしろと聞かれましても……。このままお引き取りいただくのが最良かと」

「論外だわ」

こんな、風が吹いたらぽっきり折れちゃいそうな小娘相手に尻尾を巻いて逃げ出せと?

論外も論外である。

まあぽっきり折れちゃってるのは私の左腕のほうだけど……。

「どうしてもお引き取りいただけないのですか?」

再び追尾札の弾幕を展開しつつ、さとりはもう一度幽香に問いかけた。

おそらく、これが最後通告なのだろう。

もちろん、幽香が返すべき答えは決まっていた。

「私の中のどうしてもブン殴りたい奴リストにあんたのペットが載ってるのよ。

 あと、今しがたあんたも載ったわ。おめでとう」

襲い来る追尾札の嵐を、壁伝いに駆け抜けつつやり過ごす。

さすがの追尾弾も壁に当たれば消えてくれるのだ。

壁に当てて消すなら隙も出来ない。針にやられる心配もない。

こちらからは攻撃できないけど……。

「そうですか。残念です……」

さとりが、残念というよりは面倒そうにため息を吐いた瞬間、幽香の足元が唐突に光りだした。

がくん、と幽香の足が止まる。

足の裏が床にへばりついたまま剥がれない。

まずい、これは常置陣とかいう設置式のトラップだ!!

「これで終わりです。あれほど忠告したのに、聞く耳を持って下さらなかった貴方が悪いのですよ?」

さとりは動けない幽香に向かって、ゆったりとした動作で近づき始めた。

幽香は動けない。まるで足が動いてくれない。

苦し紛れに弾を放つも、さとりには弾道を読まれてしまって牽制にすらならない。

「さようなら」

逃げることすらままならない幽香に向けて、さとりはスペルカードを突きつけた。



宝具『陰陽鬼神玉』



かろうじて右腕を防御に回したが、そんなものはなんの気休めにもならなかった。

極限まで圧縮された霊力の塊が幽香の体を地面から引き剥がし、背後の壁に叩きつけた。

「がはっ!?」

あまりの衝撃に屋敷の壁はあっさりとぶち抜かれ、幽香の体は隣の部屋まで弾き飛ばされる。

全身がばらばらに砕けたかと思った。

それほどのダメージを負い、床にうつぶせに倒れた幽香は呼吸すら満足に行えない。

流石の幽香も、大技クラスのスペルを二発も至近距離からまともに食らえば、

立ち上がるのすら困難になるほどダメージを受けるのは避けられなかった。

「ふぅ、またお屋敷が破損してしまいました。威力が高すぎるのも考えものです」

憂鬱そうにため息を吐くさとり。

倒れ伏す幽香に3つの目で視線を送り、大きく肩を落とした。

「まだ戦うつもりのようですね。そろそろ勘弁していただけませんか?」

冗談じゃない。

まだそのスカした面に一発も叩き込めていないじゃないか。

がくがくと震える右腕で体を起こしながら、幽香はにやりと口をゆがめた。

「いまの一発で吹っ切れたわ。もう手段なんて選ばない。

 そもそも、お上品に戦おうなんて、私の柄じゃないのよね」

くっ、と幽香が合図を送るように右手を掲げる。

すると、地霊殿の石床を割り開き、いたるところから花が湧き上がってきた。

見た目は、先ほど幽香が使った花とほとんど同じである。

多少色が違うようだが、種類は同じものなのだろうか。

「奥の手その2、ですか……? なにをしようと同じことですよ」

さとりは幽香の生み出した砲台に囲まれても、眉一つ動かさない。

幽香がどういう攻撃を試そうが同じこと。

幽香の心を読めば、そのタイミング、その軌道が全て読み取れる。

さとりに攻撃を加えたいのなら、幽香の意図しない攻撃が必要だ。

たとえば、たまたま地震が起きて、天井がさとりの頭上にたまたま落ちてくるとか。

たとえば、たまたま落雷が起きて、やっぱりさとりの頭上にたまたま落ちてくるとか。

そういった、幽香自身にも想像できないような攻撃である。

馬鹿馬鹿しい。そんな都合のいいことは起こり得ない。

幽香がどういった攻撃を仕掛けようと、それを放つのが幽香である限りさとりには通用しないのだ。

「これも貴方に読めるかしら?」

―カッ

何の前触れもなく、幽香のすぐ横に生えていた花がさとりに向けて光線を撃ち放った。

間一髪、さとりは大きく飛び退いてその光線を回避する。

その表情には、驚愕と困惑で彩られていた。

そんな、馬鹿な……。

「ふぅん、今のは読めなかったみたいね?」

読めなかった。

いまの攻撃は、幽香の心の中にはまったく存在しなかった。

避けられたのは、反射的に体が動いただけという、ただの偶然でしかない。

なぜ?

なぜ読めなかった!?

「それじゃあ反撃開始。じゃんじゃか行くわよ♪」

幽香がスタートを切った。

もはやボロボロであるはずの体からは想像もつかないほどの速度で肉薄する。

それと同時に、さとりの正面の壁から生えていた花からの射撃。

「ひっ!?」

その弾道が、まったく読めない。

さとりは臆病なほど大きい動作でそれを回避する。

そこへ、接近してきた幽香の右手が迫る。

その右手を、さとりは紙一重で回避。

(いや、読める……?)

今の幽香の右手は、簡単に読めた。

まったく問題なく、軽々と回避できた。

読めないのは、あの花からの射撃だけか?

「ほらほら、ぼさっとしてていいの?」

幽香の言葉に我に返り、さとりは小動物のようにせわしなく周囲を見回す。

どこだ?

次はどこからくる!?

視界の端で、一瞬だけなにかが光ったのが見えた。

とっさに体を地面に投げ出す。

天井から打ち下ろされた光線が、音もなく石畳の床を刳り貫いた。

どっどっ、と早鐘のように心臓が打ち鳴らされる。

心に映らず、肉眼で捕らえることしかできない攻撃など、これまでさとりは受けたことがない。

戦いでは誰もが当たり前のように直面する現実に、さとりは初めてぶち当たっていた。

戦うことがこんなにも恐ろしいことだなんて、知らなかった。

動揺するさとり目掛けて、幽香は容赦なく特攻を仕掛ける。

(距離を詰めてからの前蹴り。横に回避されたら方向に応じて回し蹴りに変化)

幽香自身による攻撃は、ちゃんと読むことが出来る。

落ち着いて後方に飛び退けば平気なはず。

「おっと!」

突然幽香の体が沈んだ。

幽香の背に隠れていた花からの射撃。

予想外の不意打ちだった。

幽香の背に隠れていたせいで、前兆もまったく捕らえられなかった。

光線はさとりの顔のすぐ脇を通過し、跳ねたくせっ毛を数本焼き切っていった。

外れた。

かわしたのではない。偶然外れたのだ。

もともと当たる軌道なら、直撃していた。

「それっ!」

沈んだ姿勢から勢いをつけて、幽香は日傘を跳ね上げる。

さとりはほとんど躓くようにして、それを左へ避けた。

慌てて距離を取り、乱れた呼吸を落ち着ける。

不思議だった。

今まで針の穴を通すほどに精密だった花の射撃が、急に外れた理由が。

さとりはまったく動けなかったのである。

動けなかったさとりに当たらなかったのだから、もとから狙いが外れていたとしか思えない。

(……いや、まさか)

そこで、さとりはある可能性に気付く。

そうか、そうじゃないんだ。

花の狙いはやっぱり狂ってなどいなかった。

さっきの花の射撃は、精密に『幽香の背中』を狙っていたのだ。

その延長上に、偶然さとりが立っていたに過ぎなかった。

「気付いたかしらね。この花は奥の手その1と同じで光線を発射するタイプの花なんだけど、

 狙いのつけ方がそれとはまた違うのよ」

なんでもないことを口にするかのように、軽い口調で種明かしを始める幽香。

「体温やら空気の振動やら二酸化炭素やら、生体反応に対して自動的に狙いをつけるの。

 まあ欠点として私自身もターゲットにされちゃうことがあるけど、まあ些細な問題だわ」

些細な問題なわけがない。

こんな殺人光線を食らえば、流石の幽香だってひとたまりもないはずである。

たしかに、これなら幽香自身にも予測がつかないわけだから、心を読まれても平気だろう。

だからって、普通こんな真似をする奴がいるか。

自分自身も危険に晒すなんて、とても正気の沙汰とは思えない。

「これで条件は五分。さあ、楽しくやりましょうか!」

あと数瞬避けるのが遅ければ脇腹を撃ち抜いていたであろう死球を避けながら、

幽香は実に愉しそうに口元を歪めた。

な、なんなのよ、こいつは……!?

理解できなかった。

そこまでして、命賭けのやり取りを愉しむことができるその理由が。

答えは、幽香の心の奥底にあった。

心の中の、奥の奥。

表層意識のさらに下。

意識と無意識の狭間、さとりがかろうじて読み取れる境界。

その答えを見つけ、さとりは愕然とした。

こんな奴に、敵うわけがない……。

がくり、とさとりは膝を折った。

もはや幽香と戦おうという戦意は、残っていなかった。

そこへ放たれる光線。

光線はぼんやりとそれを見つめるさとりを容赦なく撃ち抜こうと、



―ひょいっ



急に無抵抗になったさとりの襟首をひょいと捕まえ、猫のようにそれを吊り上げる。

間一髪、光線は床に穴を開けただけに終わった。

「あら、急に戦意喪失?」

されるがままに、さとりは俯いて答えた。

「……はい。貴方が求める相手は私のような者ではありません。これ以上は無意味です」

「ふざけないでくれる? ようやくノッてきたところなのに」

機嫌を損ねた幽香が、苛立ちを隠そうともせずにさとりを睨みつけるが、

さとりは顔を上げようともせずに、無気力に黙り込んだままだった。

ちっ、と露骨に舌打ちをして、幽香は周囲の花を全て引っ込める。

「興がそがれたわ。失望よ」

投げ捨てるようにさとりを放し、幽香は興味をなくしたように視線を外した。

「屋敷の中、勝手に探させてもらうわ」

「お好きに。私には貴方を止める術がありません」

さとりの答えを完全に無視して、幽香は屋敷の奥へと消えていった。

荒れ果ててしまったエントランスと、無気力に座り込んださとりだけが残される。

さとりは幽香の背中を見送りながら、哀れむように目を細めた。

「……かわいそうな人」



どれほど強大な力を持とうとも、長命な妖怪にとって避けられない宿命がある。

それは、『飽き』だ。

何十年、何百年と生きた妖怪は、一部の例外を除いてこれに至る。

長すぎる生に飽くのである。

一部の例外、というのは、長命な寿命でも到底なし得ないような目的を持つことだ。

たとえば八雲 紫のように。

だが彼女の場合も、人間と妖怪が共存する理想郷として完成しつつある今の幻想郷を鑑みれば、

やがてそれに至るのも、そう遠くない話なのかもしれない。

そして幽香には、そういった果てしない目的がなかった。

ただ毎日を、自らが生み出した花たちと共に過ごす。

そんな日々を百年以上も繰り返してきた幽香が、生に飽くのは当然とも言えるかも知れない。

幽香が強敵を求め、戦い続ける理由はそこに起因する。

永い時を生きて強大な力を持った幽香が、全力を持って戦える相手。

最初はそれが幽香の求めるものだとさとりは読み取ったし、幽香自身もそう思っているはずだ。

だが、本当は少し違う。

幽香自身もほとんど意識できないような心の奥底では違った。

全力で戦える相手を求めているのではない。

死力を尽くして戦っても、なお敵わぬ相手を求めている。

幽香の本当の望みは、全ての力を出し尽くして戦い、その上で戦死することだった。

だから簡単に自分の命を賭けられる。

賭けに負けることが目的なのだから当然だ。

幽香がこれまで勝ち抜き、生きてきたのは、ただ最期にふさわしい相手に出会えていないだけ。

ただでさえ強力な力を持つ上に、己の命すら勝利のために捧げる意思があるのだから、

生半可な相手では幽香に勝利することはできないだろう。

そんな奴に、私が敵うはずがない。

周囲の視線を恐れ、自らの力に怯え、地下に引き篭もっているような私では……。

幽香がこの先どれだけの強敵と拳を交え、どれだけの勝利を納めるかはわからない。

だが、これだけはわかる。

幽香はいずれ、自らが真に望むものに至るだろう。

いつか幽香の敵わぬ相手にぶつかり、死力を尽くした上に果てるだろう、と……。

望みが成就することを約束されているのだから、それは幸せなことなのだろうか。







                     * * *







「紫、居るんでしょう? ちょっと出てきなさい」

屋敷中を散策しながら、幽香は何もない空間に言葉を投げかけた。

『はぁい、お呼びかしら? あら、いつになく満身創痍ねぇ』

「ええ、おかげさまで」

人を食ったような笑みを浮かべつつ、紫は中空からひょっこりと顔を出した。

幽香はそれに皮肉交じりの返答をぶつけ、視線も向けずに続けた。

「いまさらながらに理解したわ。貴方が霊夢達じゃなく私を使ったわけが」

『霊夢も魔理沙も温泉を止めるなんて言語道断! なんて駄々を捏ねるんですもの』

紫の白々しい返答をまるで無視して、幽香は一方的に話し続ける。

「本当は、地上の妖怪は地底へ干渉してはならないんですってね。

 それなのに霊夢達人間を使わず、あえて妖怪である私を使った理由」

紫なら、地上の妖怪である幽香を使うなどというリスクを犯さず、

霊夢や魔理沙を適当にやり込めて異変解決に向かわせるだろう。

そういうやり方に関しては、紫は幻想郷一の手腕を持っている。

どうしても霊夢や魔理沙を使えない、理由があったのだ。

「星熊 勇儀や古明地 さとりと戦ってみてわかったわ。

 強かった。私が結構本気でやらなきゃヤバいくらいの相手がごろごろしてる」

思っていたより遥かに地底は危険な場所だった。

幽香が敗北の可能性を感じるような相手はそうそういない。

ところがどうだ。地底に来てから2/2と必中である。

霊夢や魔理沙では、正直荷が重いのではないかと思う。

「だから私を使ったのよね。

 異変を解決できるであろうほどの力を有していて、かつ―――」

『―――かつ、万が一死んじゃっても私にとっては痛くもかゆくもない人材だったから』

幽香の言葉を継ぐように、紫は続けた。

霊夢や魔理沙は、今の幻想郷にとってなくてはならないキーパーソンだ。

万が一にでも失うわけにはいかない。

かといって、紫自身が出向くわけにはいかない。

幻想郷を代表する八雲 紫が条約とやらを犯せば、それは条約反故、最悪宣戦布告を意味するからだ。

だから、あえて地上の妖怪であるはずの幽香を使った。

もし幽香が地上から来た妖怪だとばれても、紫は知らぬ存ぜぬの一点張り。

なんなら責任取らせて処刑しましょうか、で解決である。

本当に良くできたシナリオだ。

『あらゆうかりん、ひょっとして怒った?』

「まさか。私ってほら、心が広いから」

『さすがゆうかりんだわ』

「でしょう? うふふふっ」

『うふふふっ』

「うふふふっ。でもあとでグーパンチね」

『すげぇ怒ってんじゃん!?』







                     * * *







屋敷内をあらかた散策し終わり、幽香は地霊殿の中庭へと出ていた。

それらしいペットは見当たらなかった。

そこらへんのペットを手当たり次第虐待してもよかったが、疲れそうなのでやめておいた。

動物好きだからではない。断じて。

「一周しちゃったわね。まったく、無駄に広いお屋敷だこと」

さとりから聞き出せば早いだろうが、勝手に探すといった手前、教えてくださいと言うのは癪だった。

そうしてあてもなく中庭をぶらぶらしていると、見知った顔を見つけた。

先ほどの無愛想な黒猫である。

黒猫はこちらをちらりと一瞥した後、茂みの中に消えていった。

「……付いて来い、って言ってるのかしら?」

『そんなわけないじゃない。相手はただの猫よ? ゆうかりんってば意外とロマンチストね』

「殴らせろ」

なにもない空間へ向けて拳を振り上げた後、幽香は黒猫を追って茂みの向こうへと顔を出してみた。

どの道あてはないのだから、大した根拠もないきっかけでも構わない。

ハズレを覚悟で、黒猫の後を追ってみる。

「……あたりだったみたいね」

茂みの向こうに、黒猫の姿はなかった。

代わりに、更なる下層へと続く暗い階段が、ぽっかりと口を開けて幽香を待っていた。

中はかなり暗そうだったが、幽香は躊躇することなく踏み込んでいく。

実際、暗いのは最初だけだった。

しばらく進むと、赤みの強い光が通路内を照らし出していた。

「なんだか暑くなってきたわ」

『地熱の影響じゃないかしら。かなり下層にいるはずだから』

襟に指を差してパタパタと風を送る幽香に対し、紫の声音はどこ吹く風である。

そりゃ紫自身はご自宅のお布団の中で快適な観戦を決め込んでいるのだから、

地底がどんなに居心地悪かろうと知ったことではないのであろう。

居るだけで苛立たしい存在に昇華しつつある紫は、もはや尊敬ものである。

―にゃーん...

少し開けた空間に出ると、いまいち緊張感のない鳴き声が響いた。

あの黒猫である。

やっぱり幽香を案内していたのだろうか。

いやいや、私はロマンチストではない。断じて。

黒猫はつぶらな瞳で、じっと幽香の顔を見つめている。

……ここはプライドにかけて、リベンジを試みるしかあるまい!

幽香は膝を折って目線を上げ、指を立てて黒猫を招いた。

「ちっちっちっ」

無反応。

冷ややかささえ感じる視線を幽香に向けたまま、黒猫はぴくりとも動かない。

く、くやしい……。



「いやね、猫側にしても選ぶ権利ってもんがあると思うんだよね、あたいは」



どこからともなく、少女の声が響いた。

いや、どこからともなくではない。

紛れもなく、あの黒猫の口から発せられていた。

いやいや、私はロマンチストではない。断じて。

「どこ見てんのさ、姐さん。目の前だよ目の前」

声の主を探してきょろきょろと周囲を見回す幽香に対し、黒猫はもう一度言葉を発した。

「じゃじゃーん! 火焔猫のお燐、さんじょー!!」

どろんぱっ、という古典的な煙が噴き上がり、煙に包まれた黒猫は一瞬にして少女の姿へと変化した。

この黒猫は、実は妖怪変化の化け猫だったというわけか。

「姐さんがネコ大好きラブラブちゅっちゅー、なのはわかったんだけど、

 あたいとしてはもっと優しそうなご主人さまが好みだねぇ。ごめんなさい」

「誰がラブラブちゅっちゅーよ!! ねじり千切るわよ!?」

告白を断るようにぺこりと頭を上げる燐に、幽香は真っ赤になりながら怒鳴り散らす。

なにそれ!? 私がフラれたみたいじゃない!!

にやにやと嫌らしい笑みを向けてくる燐に気付き、幽香はわざとらしく咳払いをした。

「こほんっ。それはさておき。

 私を誘ったということは、この異変に関与していると見ていいのかしら?」

この異変、としか幽香は口にしなかったのに、

燐は全てわかっているといった態度でそれに応じた。

「そうさ。間欠泉に混じって地上にあふれ出た怨霊。

 その全ての原因は、この先にあるよ」

燐の言葉を受け、幽香はぽかんと口を開けた。

言っている意味がわからない、といった様子で。

物語の秘密を握っている重要人物のような態度を取っていた燐は、

幽香の予想外のリアクションに一転して慌てふためいた。

「えっ!? 姐さん、怨霊を止めに来たんじゃないの!?」

「怨霊? なにそれ、気付かなかったわ。

 私は噴き上がってくる間欠泉が迷惑だったから止めに来ただけよ」

「ちょッ!! ……まあいいけどさぁ」

釈然としない様子で、燐は口を尖らせつつ頷いた。

対する幽香は、燐の言葉を聞いてにやりと笑った。

ビンゴだ。こいつは事件の真相を知っているに違いない。

こいつ自身が黒幕か、もしくは黒幕の正体を知っているはずだ。

全ての原因がこの先にある、と公言していたので、おそらくは後者だろう。

どの道、もうこいつを締め上げるということは決定事項である。

「余計な御託は結構。大人しく締め上げられるか、全力で抵抗した後締め上げられるか、選びなさい」

「もう少し選択肢増えないかなぁ。たとえばそう―――」



「―――姐さんがこてんぱんにされて泣きべそかいちゃう、とかね」



ぼっ、と燐の手に焔が灯り、それを幽香に向けて投げつけた。

鬼火を思わせる、青みがかった焔である。

大きさも大したことはない。避けるのは容易い。

ひょい、と軽く体の向きを変えただけで、幽香はそれをあっさりと回避した。

だがその一瞬の隙に、燐は幽香の視界から姿を消していた。

「!?」

「どこ見てんのさ、こっちこっち」

燐の声が聞こえてきたのは、下。

幽香の懐に、極限まで姿勢を低くした燐がいつの間にか入り込んでいた。

一瞬の早業である。

「シャアッ!!」

幽香の足元から、剃刀のような一閃が伸び上がった。

とっさに日傘を盾にして、その不意打ちを防ぎにまわる。

キンッ、という硬質な音と共に、燐の攻撃がわずかに逸れた。

その隙を逃すまいと捕まえに出る幽香の右手を、

燐はまるで軟体動物のように体を捻じ曲げて避け、後方に飛び退く。

「にゃー、残念。姐さん、考えるより先に手が出るタイプだねぇ」

冗談めかして舌を出す燐の手、異様に鋭い爪が鈍く光った。

先ほどの剃刀のような一撃の正体は、あの爪か。

と、右手が妙に軽くなったような気がして、幽香は右手を掲げてみる。

右手に握られていた日傘が、中ほどからスッパリなくなっていた。

折れたのではない。斬られたのだ。

幽香の日傘は特注品で、幽香の腕力にも『ある程度』耐えられる特注品だったはずだが、

それがバッサリ切断されていたのである。

あの爪を貰うのは、幽香でもさすがにまずい。

もはや役に立たない日傘の残骸を放り捨て、幽香は燐を半眼で見据える。

「ちょっと、この傘特注なのよ? どうしてくれるのかしら」

「傘を武器や盾に使おうとする姐さんの言う台詞じゃないねぇ」

まったくその通りである。などと同意している余裕はない。

ぐっと体を捻った燐が、伸びたゴムを弾くかのようにして突っ込んできた。

速い。

以前一戦交えた鴉天狗ほどではないにしろ、速度の面で脅威を感じるのはそれ以来だ。

それに、姿勢が異様に低い。

まるで地面スレスレを滑空するかのような姿勢で走りこんでくる。

これでは上段どころか中段すら命中せずにもぐりこんでくるだろう。

幽香の攻撃の手段が極端に絞り込まれることになる。

「ほいさっ!」

脛の辺りをなぎ払うような燐の爪。

飛んで避けるのは論外である。空中にいる間にばっさり切り上げられる。

だとすれば、取りうる行動は二択。

間合いの外まで飛びのくか。もしくは―――

「このッ!!」

―――伸びてくる腕を踏み抜くか。

幽香は足を振り上げ、地面に叩きつけるようにしてそれを落とした。

だが、燐の腕は伸びきる前に手前で止まる。

フェイント。

本命はそこから上に伸び上がってくる切り上げだった。

初撃と同じ、懐から伸び上がってくる爪。

だが今度は、さっき盾にした日傘がない。

ぐっと体を反らせて、伸び上がってくる爪をかわす。

完全な不意打ちでないのも、さっきと違う点だ。

かわすのは不可能ではない。

スレスレで燐の爪が幽香の胸元を通過し、羽織っていたベストのボタンが弾け飛んだ。

攻撃をかわされた燐の体は今、縦に伸び上がった上に背中を見せている。

反撃のチャンス。

「らぁッ!」

握りこんだ幽香の右拳が燐の背中を狙う。

決まった、と幽香は確信した。

それに対し燐は、

……なんと、転んだ。

いや、転んだのかと思うような姿勢で足を振り上げ、体を滑らせたのである。

足が振りあがった分、腹を中心にして上半身が沈む。

間一髪、幽香の攻撃を回避したが、その後が続かない。

この姿勢では背中から地面に落ちるしかない。

そうなれば隙だらけ。次の攻撃は避けられない。

「うわわっ、ぴーんち! ……なんちゃって」

ぺろりと舌を出し、燐は予想だにしない行動を取った。

尻尾を伸ばして、幽香の腕に巻きつけたのである。

全体重を幽香の伸びきった腕に預け、燐の体は地面に落ちることなくぶら下がった。

呆気に取られる幽香の眼前、下から突きあがってきた燐の踵が迫る。

「にゃーん♪」

燐の踵が幽香の顎にクリーンヒットする。

さらに続けて、振り上げた踵を幽香の肩に落とし、蹴るついでに後方へ飛び退いた。

「にゃはは、姐さん鈍臭いねぇ。あたい眠くなっちゃうよ」

わざとらしく欠伸をしながら、ぐぐっと体を伸ばす燐。

情けない限りだが、燐の言うとおりだ。

燐のスピードに、体がまったくついていけていない。

「んー、残念! せっかく地上からきてもらったのに、これはハズレだったかな。

 あたい程度には楽勝で勝てるくらいじゃないと、この先に行く資格はないねぇ」

「ふん、まるで私のことを試しているような口振りね」

「試してるんだよ。この先に居るあいつの力はこんなもんじゃないからねぇ。

 姐さんは不合格だね。もう帰ってもいいよ」

不合格?

この風見 幽香が、こんな化け猫ごときに力量を測られ、

その上不合格だと?

「気に食わないわねぇ、その上から目線。躾けた主人の顔が見てみたいわ」

「さっき見たじゃん」

「さて、そんな昔のことは忘れたわ」

しれっと肩をすくめて答え、会話の隙を突いて幽香が燐に肉薄する。

「だから遅いって」

突き込まれた幽香の握り拳を、燐はぐにゃりと異様なほど背をそらせてやり過ごす。

そのまま後ろ手に地面に手を突き、バク転しなから右足で蹴り上げた。

硬い靴のつま先が幽香の顎を的確に捉える。

そのままバク転の勢いを利用して距離を離し、

「うにゃ?」

着地した燐の眼前には、既に幽香の次の攻撃が迫っていた。

燐の蹴りをまともに食らったにも関わらず、まるで意に介した様子がない。

「うひっ!?」

体をくの字に折りながら後方に飛びのき、腹を狙ったケンカキックをやり過ごす。

幽香は回避された足をそのまま前に落とし、一気に踏み込んできた。

燐との距離がまったく離れない。

燐の戦闘スタイルは、スピードを生かしたヒットアンドウェイだった。

素早く懐に飛び込んで、一発当ててすぐ逃げる。

それを繰り返すことで、一方的に打撃を加える戦い方である。

だから幽香は戦い方を変えた。

逃げる相手をすぐ追いかけ、距離を離さない。

多少の打撃は無視して踏み込む。

燐の攻撃は、爪の鋭さにおいては確かに脅威だが、腕力が特別強いわけではない。

タフさに定評のある幽香にとって、爪以外の攻撃は警戒に値しないのである。

加えて、すぐ逃げるということは耐久力に自信がないということ。

逃がす暇さえ与えなければ、幽香のほうが圧倒的に有利なのだ。

腕力も耐久力も、さっき戦った星熊 勇儀ほどではない。

なんだ、楽勝じゃないか。

「あっ、姐さん、ちょっと待った!!」

「待ったなし!」

「うにゃあ!?」

幽香との距離がまったく開かない。

牽制を放とうにも、あえて無視して突っ込んでくるんだから無駄。

苦し紛れに爪を振れば、逆に隙を晒すことになる。

「しょうがないなぁ、もう!」

幽香の回し蹴りを地面にへばりつくようにしてやり過ごしつつ、燐はカードを切った。

―がしっ

幽香のスカートの裾がなにかに捕まれる。

「ん?」

怪訝に思って足元に目を落とすと、いつの間にか小さな妖精が数匹しがみついてた。

しつこく纏わりついてきて、幽香の動きを阻害する。

幽香はそれをめんどくさそうに一瞥し、

「邪魔」

―ぐしゃっ...

容赦なく踏みつけた。

それはもう、慈悲も手加減もなく全体重をかけて踏みつけた。

「うわ、姐さんひどいことするねぇ」

「妖精を武器や盾に使おうとするあんたの言う台詞じゃないわ」

「そりゃごもっとも」

纏わりついてくる妖精を踏み潰し、追撃を再開しようとする幽香。

だが、自分の体がまったく軽くなっていないことに気付く。

潰したはずの妖精が、いまだ幽香のスカートを掴んで離さなかった。

それはなおもグロテスクに蠢き続け、再生を続けている。

「まあ、素敵な玩具ね。無限プチプチみたい」

「呪精『ゾンビフェアリー』。好きなだけ踏み潰していいよ。

 そいつらは延々と再生を続けるけどね」

再び距離を離した燐が、余裕を取り戻した口調で答える。

地面に縫い付けられる形となった幽香には、もう逃げる燐を追撃する手段がない。

あとは突っ込んでくる燐を迎え撃つしかないのだが、それは燐が最も得意とする立ち回りだ。

相手の得意な土俵で戦うなど、愚の骨頂でしかない。

「いやぁ、流石のあたいもちょっと焦ったよ。んでもまあ、これで決まりだね」

燐の体が高速で横にスライドする。

自慢の瞬発力を生かして、全力で横ステップしたのだ。

幽香は自身の動体視力を限界まで活用して燐の動きを捉えようとするが、

追いつけるのは精々燐の残した残像くらいである。

「こっちこっち!」

一瞬にして、燐の爪が眼前まで迫っていた。

限界ギリギリまで背骨を捻じ曲げ、紙一重でそれをかわす。

お返しとばかりに、幽香は燐の腹に向けて膝を突き上げた。

しかし何体もの妖精が纏わりついた愚鈍な足が燐を捉えられるはずもない。

逆に膝を足場として使われ、燐の体は幽香の後方へと転身する。

置き土産に後頭部に蹴りを一発見舞われ、

苛立ち混じりに振り向いた時には間合いの外まで退避された後だった。

この状況は、非常によろしくない。

確かに燐の蹴りの威力は大したことはない。

だが、痛いものは痛い。

無視して追撃しようとしたのは、ダメージ以上の戦果が見込める可能性があったからだ。

ただ食らうだけなら、食らわないほうがいいに決まっている。

それに、こんな反撃もままならないような状況では、いつか爪の餌食になる。

「こりゃもう、あたいの勝ち決定だねぇ。

 大人しく降参するなら見逃してあげようかなぁ。

 この程度じゃあ死体にしても運び甲斐がなさそうだし」

退屈そうに欠伸をしつつ、燐は幽香にそう言った。

もはや勝利を確信した態度である。

当然だろう。もはや幽香は手も足も出ない状況だ。

だが、幽香は強気な笑みを崩さない。

「あら、もうやめたくなった? 私の一発もらっちゃったら怖いものねぇ」

「当てらんないでしょー? お情けで当たってあげるほどあたいも慈悲深くないし」

「貴方こそ、降参するなら今のうちよ? これ以降は受け付けてあげないから」

「……あっ、そう。そんなにあたいの猫車に乗りたいなら乗せてあげるよ。

 ただし、地獄巡りの片道切符は姐さんの命で買ってもらうことになるけどね!!」

交渉決裂。

燐は幽香目掛けて、超低姿勢での突撃を仕掛けた。

フェイントなしでの真正面。

それでも幽香の攻撃を食らわない自信があった。

対する幽香は、どっしりとその場に腰を据えて身構えた。

ぶっちゃけ、燐に攻撃を当てる自信はない。

攻撃を当てる自信はないが、しかし別の自信なら、ある。

「てりゃあ!」

最下段から燐の足が蹴り上がって来る。

蹴りを先に持ってきた。爪から蹴りのコンビネーションだった今までとは違う動き。

つまり、蹴りで崩れたところに爪を刺す、これで仕留めるための攻撃だ。

体を反らせて蹴りをかわす幽香。

当然、避けに集中した幽香のバランスは崩れる。

むしろ回避されたほうが燐にとっては都合がいいのだ。

空中で逆さまの姿勢になった燐が、今度は腰を捻って横方向に向きを変える。

振り向き様、必殺の爪による薙ぎ払い。

当然、纏わりつかれて愚鈍な移動しかできない幽香にこれ以上の後退は不可能だし、

特注の日傘すら容易に切り裂く燐の爪に対し、防御など意味を成さない。

これで決まりだ。

「じゃあこうするわ」

それに対し、幽香は逆に体を前に押し出してきた。

まさかの前進である。

「うそっ!? うわわっ!?」

燐の腕が幽香の脇腹に沈む。

だが、爪の部分が当たらなければダメージは大したことはない。

空中で上下逆さまになったままの燐に向けて、幽香は拳を突き出した。

燐はとっさに、幽香の腕を下から跳び箱を飛ぶ要領で押しのける。

幽香の拳は間一髪、燐の両足の間をすり抜けて空を切った。

下方向に勢いをつけ、素早く着地した燐は、慌てて幽香から離れようとする。

しかし、

―ぐんっ

「うにゃッ!?」

体が強烈に後ろに引っ張られるような感覚。

だが実際に後ろに引っ張られたわけではない。

体のある一部分が拘束された状態で前に出ようとしたため、そう感じただけだ。

そしてその体の一部分とは、尻尾。

あろうことか、自慢の尻尾が幽香の足に思いっきり踏みつけられていたのである。

幽香の顔一面に、真夏の快晴のような晴れやかな笑みが広がった。

「捕まえた♪」

尻尾は普通、体の後ろに付いている。

さらに言えば、目は普通、体の後ろには付いていない。

つまり、尻尾は常に自らの死角に位置する場所にあり、まるで無防備なのだ。

だから拳と一緒に幽香の足が尻尾を捕らえようと振り上がっても、

燐は尻尾に対する襲撃に対してはまるで反応できなかったのである。

「あ、姐さん?」

「なーに、お燐ちゃん?」

「あたいの尻尾、踏んでるんですけど?」

「ええ、存じておりますわ」

幽香の晴れやかな笑みが、悪魔のような凄惨な狂喜へと変貌する。

「逃げられなくなっちゃったわねぇ、お燐ちゃん?」

みしりっ、と尻尾の中心にある骨格が悲鳴を上げた。

痛い。めちゃくちゃ痛い。

しかし、いまはそれどころではない。

幽香の攻撃の間合いに縫い付けられ、もはやまな板の上の鯉。蛇に睨まれた蛙。

燐は自らの命が、風前の灯どころか今日の天気は台風でした並に危険な状態にあることを悟った。

―ブォン!!

幽香のフルスイングが燐に迫る。

「ひぃ!!」

当たったら痛い所ではすまないだろう。

手加減抜きのメガトンパンチが燐の頭上を通過した。

―ブルグォオンッ!!

「おかしい!! 今のはパンチが出していい音じゃない!!」

涙目で回避を続ける燐を、幽香はこの上なく上機嫌そうに、歌を歌いながら踊らせる。

「ねこふんじゃった♪ ねこふんじゃった♪」

「にぎゃああああ!? 待って姐さん!!

 そんなの食らったらあたい弾け飛んじゃう!?」

「待ったなし♪」

「降参降参!! ドロップアウトします!!」

「きこえんなぁ~?」

「うひぃぃぃいいい!?!?

 さっき生意気な口きいたことは全力でお詫びしますマジすいませんでしたぁぁぁあああ!!!」

ぴたり、と幽香の動きが止まる。

ほっ、というよりはぜぇぜぇと息を吐いた燐に向けて、幽香は意地悪そうに告げた。

「んー、イマイチ誠意を感じないのよねぇ。

 本当に申し訳なく思っているなら、もっとちゃんと謝罪しないと」

「た、たとえば!?」

「天もひれ伏す幽香様に逆らった愚か者のわたくしめにどうかお慈悲を、とか」

「ふんふん!」

「最強の幽香様に自らの力量も弁えず逆らおうとした痴れ者をお許しくださいませ、とか」

「ふんふん!」

「飽きた。死ね」

「理不尽ッ!?」

涙目に訴える燐の言葉を右から左へ受け流し、幽香は燐に向けて適当に加減した拳を叩き込んだ。

「めごぱッ!!」

燐は綺麗な放物線を描きつつ、きりもみしながら吹っ飛んでいった。

実に綺麗な放物線である。

物理の教科書に載せてもいいくらいだ。

今の一撃で、燐は完全にのびてしまった。

適当に加減したし、多分死んだりはしないだろう。

んー、でも割と適当だったから死ぬかもしれない。ま、いいや。

「あっ、黒幕のこと聞き出せなくなっちゃった。

 ま、この先に行けばわかることよね」

気絶している燐をその場に放置し、幽香は地底のさらに奥へと向かい、再び歩き出した。







                     * * *







「なんだか暑いと思ったら、そりゃあ暑いはずだわ」

行き着いた先の大空洞で、中心部に空いた大穴を覗き込みながら、幽香は得心したように頷いた。

そこは灼熱地獄だった。

比喩表現ではない。

以前、地獄で本当に灼熱地獄として機能していた場所だったのである。

真っ赤に灼熱した溶岩がどろどろの液状となって燻り、威嚇するように熱と光を放っている。

落ちたら即死、……なんてのは言われんでも小学生にだってわかる。

幽香が過去に訪れたあらゆる場所の中でも、断トツにデンジャーな場所だった。

「こんにちは、地上の妖怪さん。灼熱地獄へようこそ」

物珍しそうに溶岩を見下ろす幽香に向けて、はるか上方から声が落ちてきた。

見れば、翼を背に生やした少女がこちらを見下ろしている。

右腕にはカクカクとした棒、右足にはゴツゴツとした岩石、

そして、胸の真ん中には巨大な眼球。

とまあ、地上ではあまり見られないような、奇抜なファッションをした少女である。

胡散臭そうに目を向けてくる幽香に、少女は無垢な笑顔を向けた。

「私は霊烏路 空。この灼熱地獄の管理者」

おや、いきなり管理人さんを見つけてしまったようだ。

これはラッキー、とばかりに、幽香は空に向けて口を開いた。

「あー、おたくがこの間欠泉騒動の首謀者さんかしら?

 とりあえず、迷惑なんで間欠泉噴き上げるのを止めてくださる?」

空はその無垢な笑顔を崩さず、幽香に返答する。

「それは無理よ。もう間欠泉は止まらない」

芝居がかった仕草で両手を広げ、空は語りだした。

その不自然な微笑みに、幽香はなにかが欠けているような奇妙な違和感を感じる。

「私は究極の力を手にしてしまった。間欠泉は、その力の余剰分を逃がすための穴でしかない」

究極の力?

幽香は首をかしげる。

そんなものがこの小娘に宿っているなど、到底信じられなかった。

「地上からはるばるご苦労さま。でも残念、貴方の旅はここでおしまい。

 いえ、幸せなのかもしれないわね。だって、貴方が記念すべき第一号になるのだから」

空はどこか遠くを見るような目で、一方的に語り続ける。

そうか、わかった。

この少女に欠けているなにか。

それは、正気だ。

『逃げなさい、幽香!! あれは―――』

紫の悲鳴じみた声が耳元で叫ぶ。

これほど取り乱したような紫の声を聞くのは初めてだ。

いや、実際紫は取り乱していた。

ありえない。

なんで、こんな地底の奥底に……!?



『―――あれは……、神よッ!!』



「もう遅いよ」

強烈な光が辺りを一瞬にして塗り潰した。

幽香は思わず、反射的に目を閉じた。

とっさに目を閉じなければ、しばらく視力が役に立たなくなっていたであろう。

それほどの強烈な閃光。

目を閉じた幽香は次の瞬間、目と鼻の先に強烈な熱源を感じて、目を開ける間もなく反射的に飛び退いた。

そして目を開けると目の前には……、

なにもなかった。

ただはるか上方で、空の手の中にほんの小さな火球が生まれていた。

野球ボールくらいの、本当に小さな火球である。

それが、これほどの距離が離れていても眼前に炎を感じるほど、馬鹿げた熱量を放っていた。

なんだ、あれは……?

「全てを溶かし尽くす核熱の炎。綺麗でしょう?

 さあ、貴方も私とフュージョンしましょ?

 貴方の心も体も過去も未来も記憶も人生もなにもかも全部、どろどろに溶かして一つにしてあげる!」

空の手の中にあった小さな火球が、音を立てて爆発的に膨れ上がった。

核熱『ニュークリアフュージョン』

直径5メートルほどにまで一気に膨れ上がった火球が、上方から幽香に向けて撃ち落とされる。

想像もできないほど異常な熱量を持った火球は、自身より遥かに低い温度の外気に晒され急速にしぼみ、

それでもなお冗談じみた高熱をもって幽香の立っていた地面に墜落した。

ぼじゅうっ、という焼け石に水を垂らしたような蒸発音。

そのあまりの火力に、幽香は呆気に取られる。

地面が溶解し、水溜りのようになった奇妙な光景を見て。

「は、ははっ……」

幽香の口から乾いた笑いが零れた。

知らなかった。地面って溶けるんだ。

『幽香ッ!! ぼーっとしてるとあっさり死ぬわよ!!』

慌てて上方に視線を戻した。

既にいくつもの巨大な火炎弾が生み出され、幽香に向けて放たれていた。

その全てが、いま目の前で地面を溶かし尽くしたものと同じ火力を持っているのだ。

幽香が今まで対峙してきたどの相手とも、レベルが違う。

一発でも食らえば、いや、たとえかすっただけでも、

確実に即死。

まるで比較にならない。

こんな馬鹿げた相手に会ったことなど、一度もなかった。

これが、神の力ということなのか……?

「くっ!!」

このまま黙って攻撃され続けるわけにはいかない。

放たれている火球の数は大したことはない。

幽香は火球から大げさなほど距離を開けながら、反撃とばかりに妖気弾を放つ。

―ぼじゅうッ

その妖気弾は、空の放った火球の熱量に負けてあっさりと蒸発してしまう。

幽香の攻撃が、まるで相手に届かない。

「冗談でしょ!? どうしろっていうのよこれ!!」

何発放とうと同じだった。

空の放つ核熱の炎は、周囲に放出する熱量だけで幽香の妖気弾を相殺するほどの火力を持っているのだ。

馬鹿げているようだが、これが現実だった。

幽香の攻撃が、一発たりとも空まで届かない。

「あっはははは!! なんだ、地上の妖怪ってこの程度なの!?」

火球による猛攻が止まった。

空は獲物を狙う鷹のように、幽香の上方を高速で旋回し始める。

空の右腕の制御棒が灼熱に染まり、灼熱地獄の大空洞にオレンジ色の線を引いていく。

「紫。あれは神だって言ったわね?」

『ええ、そうよ。あれはどういうわけか、太陽神・八咫烏の力を取り込んでいる。

 一介の地獄烏ごときがどうにかできるような話じゃないはずなのに……』

「まあ過程はどうでもいいわ。現実として、目の前にああして存在しているわけだし。

 なにより重要なのは、あれを倒せば私は神より強いって証明できることだもの」

にぃ、と幽香の口元が嗤う。

これほどの圧倒的な力を持つ相手の前に、幽香の戦意は微塵も揺らいではいなかった。

「面白いこと言うね、貴方。じゃ、やってみてよ」

爆符『メガフレア』

空の猛攻が再開される。

それは、あまりに絶望的な光景だった。

今の馬鹿げた火力の火炎弾が、無数に発生し上方を埋め尽くしていた。

それらが一斉に、雨あられのごとく落下してくる。

幽香は身を投げるようにしてその場を飛び退いた。

その数秒前まで立っていた地面が、どろどろの液状となって変わり果てた姿を晒す。

幽香は火球がしぼんだことによって生まれるわずかな隙間を縫いながら走り抜け、

針の穴を通すような精密さで、辛うじて姿の見える空に向けて妖気弾を放った。

「無駄だよ無駄無駄無駄!! 八咫烏様の威光の前にひれ伏しなさい!!」

いくら攻撃を放とうとも結果は同じ。

上方は空の放った火炎弾によって埋め尽くされ、

その殺人的な熱量によって幽香の放つ弾幕は全て相殺されてしまう。

攻撃は最大の防御なり、とはよく言ったものである。

空にとってあの核熱の炎は最大の武器であり、同時に最強の盾でもあるのだ。

文字通り、手も足も出なかった。

死に物狂いで走り回り、わずかに生まれる火球の隙間に滑り込む。

もはやそれだけで精一杯であり、攻撃している暇など到底ない。

敵わない、と誰もが絶望するような状況の中で、

それでも幽香は氷のような冷静さをもって勝機を探り続けていた。

「もう諦めたら? これ以上やっても疲れるだけだよ。

 心配しなくても、私が貴方のこともちゃんと救ってあげるから」

空の攻撃の火炎弾が止み、再び周囲を旋回し始める。

救う?

なにを言っているんだ、こいつは?

だが、いまはそんなことに構っている余裕はない。

諦め悪く、幽香は空に向けて妖気弾をばら撒く。

「だから無駄だって言ってるでしょー? そんなの当たらないよ」

空は折れ曲がるように急激に軌道を変えて、幽香の放った弾をやすやすと回避してみせる。

これだけ距離が離れていては、流石に命中弾は望めないか。

確実にダメージを与えるなら、ぎりぎりまで接近しなければならない。

空に対して、それは論外である。

そんな距離まで近づいたら、ウェルダンどころの騒ぎじゃなくなるくらいこんがり焼かれてしまう。

「ふーん、まだ諦めないつもりなんだ?

 じゃあもう、加減しないよ?」

焔星『フィクストスター』

空の胸元の目が光り、周囲の気温が瞬く間に上昇していく。

そして、空の手から核熱の炎が放たれた。

その大きさは、先ほどまでとは比べ物にならない。

もはや建物を思わせるほどの巨大な火球が、旋回しながら幽香に迫り来る。

加減していた、というのは強がりでもなんでもなかったのだ。

空の小柄な身に宿った力は、もはや底なしだった。

「くっ!!」

迫り来る超巨大な火球に対し、幽香は全力疾走で逃げ回る。

ステップで避けるとか、そういうサイズを遥かに超越しているのだ。

もはや走って避けるほかない。

太陽を小型化したような火球がいくつも旋回し、

灼熱地獄はもはや天体ショーのような光景となっていた。

もちろん、そんな悠長な感想を抱いていられるほど、今の幽香は暇じゃない。

幽香の真正面。

地面を削るような超低空で火球が飛来する。

触れた地面を一瞬にして溶解し、アイスクリームをスプーンで掬ったような傷跡を大地に刻みながら、

それは幽香の眼前に迫っていた。

「まずっ……!?」

避けきれない。

もはや視界を覆い尽くすほどにまで接近していた火球を前に、

幽香は呆然と立ち尽くすしかなかった。

―じゅわぁ!!

肉が焼けるような音と臭い。

幽香の目の前に突然割り込んできた壁は、一瞬にして消し炭となってしまった。

呆気にとられる幽香は襟首を捕まれ、されるがままに引っ張り込まれる。

「ふぃ~、間に合ったぁ。姐さんの死体、おこげにしちゃうにゃちょいと惜しいからねぇ」

にひっ、と笑うその顔を見て、幽香は不服そうに口を尖らせた。

火焔猫 燐がそこに立っていた。

「う~ん、さすがおくう。あたいのフェアリーが再生する間もなく蒸発だわ」

さきほど壁として幽香の目の前に割り込み、代わりに消し炭になったのは、

燐との戦いの際に幽香の動きを阻害した、あの妖精たちだったのだ。

幽香に踏み砕かれても余裕で再生していたはずだが、流石に焼肉となっては復活できないらしい。

「なにしにきたのよ?」

「そう邪険にしないで欲しいねぇ。せっかく姐さんのこと助けてあげたのに。

 おくうにやられたら姐さんの死体が蒸発しちゃうし、もったいないかなって思っただけさ」

迷惑そうに尋ねる幽香に、燐は肩をすくめて答えた。

そこに、別の声が割り込んだ。

『嘘ね。ここで幽香に死なれたりしたら、目覚めが悪いからでしょう?

 なにせ、幽香をここに呼び込んだ張本人は貴方だものね』

「うにゃ!? なに今の謎の声!?」

『なんでも結構。あの地獄鴉が間欠泉を湧かせたに違いないけど、

 それだけじゃ怨霊は混ざらない。混ぜたのは貴方ね』

燐はばつの悪そうな表情になって視線を逸らせた。

図星だったのだ。

言い逃れはできないと観念し、燐はその訳を話し始めた。

「……あのおくうを見ればわかるでしょ? 今のおくうは普通じゃない。

 ある日突然、急にあの力を手に入れて、それからおくうはおかしくなった。

 昔はあんな、力を見せびらかすような子じゃなかったのに」

もちろん、燐は空の説得を試みた。

今のまま、空が無差別に力を振り回して地底の者達に危険視されるようなことがあれば、

空はいずれ、地底の者達に処分されてしまうかもしれない。

それだけじゃない。さとり様が気付かないはずがない。

そんなことになったら―――

「だから、あたいは地上に噴き出す間欠泉に怨霊を混ぜたんだ。

 そうすれば、地上の誰かが異変に気付いてやってくるかもしれない。

 うまくいけば、地底の誰にも気付かれずに、おくうを大人しくさせることができるかもしれない」

そうして幽香がやってきた。

まあ結果として、幽香は怨霊についてまるで気づいていなかったので、燐の行動は無駄足だったのだが。

それはともかくとして、地上の実力者を地底の空の元まで招くことができたのだ。

そこまでは成功だった。だが、

「でも駄目だった。姐さんでもおくうには敵わなかった。

 だから、せめて逃がしてあげる。

 あたいが一緒にいればおくうも攻撃してこないよ。

 そうしてあたいがおくうの気を惹き付けている間に、逃げて」

燐は大きく息を吸い込み、声を張り上げた。

「おくうーーー!!」

ぴたり、と空の攻撃が止まる。

周囲を旋回していた巨大火球は力の供給を止められ、外気との温度差で瞬く間に萎んでいった。

空は燐の居る眼下を見下ろし、不思議そうに首をかしげた。

「……おりん?」

「そうだよー、おりんりんだよー!! だからちょっとタァイムッ!!」

腕を組み合わせてT字を作り、燐は空に向けて停戦を呼びかけた。

姐さん今のうちに、と燐が目線だけで幽香に合図する。

空は燐に向けて、付き合いの長い親友にだけ向ける微笑みを見せた。

「なんだ、おりんもそこにいたのね」

届いた!

ほっと胸を撫で下ろす燐。



「そっか。ちょうどよかった」



ボンッ、という爆発音とともに気温が一気に跳ね上がり、萎みかけていた火球はその火勢を取り戻した。

空が、攻撃を再開し始めたのだ。

親友であるはずの燐がそこに居るにも関わらず、空は攻撃を再開した。

理解が追いつかず、引き攣った表情で燐は叫んだ。

「お、おくう!! なんで!? あたいのことわからないの!?」

「くすくすっ、わからないはずないじゃない。一番の親友でしょ?」

「攻撃やめてってば!! おくう、どうして!?」

「怖いの、おりん? 大丈夫だよ、熱いのは一瞬だけだから」

空はその顔に、一点の曇りもない晴れやかな笑顔を浮かべる。

その瞳にはもう、なにも映していない。

「さあ、みんな一つになろ? おりんも私が救ってあげる!」

ごう、と核熱の炎の勢いがさらに上がる。

攻撃が緩むどころではない。

燐が現れてから、空の攻撃はさらに激化した。

「おくう……」

「これ以上の説得は無駄よ。死にたくなかったらちゃっちゃか逃げなさい!」

放心したまま火球に飲み込まれそうになった燐を蹴り飛ばし、幽香は全力で疾駆した。

その二人が立っていた場所を、慈悲の欠片もなく火球が蒸発させていく。

あとほんのわずかに回避が遅れていれば、今頃二人とも空気と同化しているところだ。

「分かれてるから傷つくの。触れ合うから傷つくの。

 だから、みんなが一つになればいい。

 私が一つにしてあげる。この力で、一度全てをドロドロに溶かしてくっつけるのよ」

空はもはや正気ではない。

突然転がり込んできた分不相応な力に溺れ、正気を飲まれてしまったのだ。

こうなったら、力ずくで黙らせるしかない。

だが、それが出来るのか。

空の火球による爆撃が止んだ。

幽香と燐の周囲を、隙を窺うように旋回し始める。

空の砲撃が止んだことに素早く反応し、幽香は空に狙いをつけて射撃した。

その弾は、豆鉄砲のように小さい。

とても威力があるようには思えなかった。

しかし、狙いは正確だった。

高速で飛び回る空の軌道を予測し、的確な位置に集中するように連打されている。

空は翼を盾のように広げ、その全弾を残らず防ぎ切った。

「あはははっ! なにこれ、全然痛くないよ!!」

ダメージはまったくない。

当然だ。

そもそもあんな小さい弾が直撃したところで、大したダメージは見込めない。

放った弾を全弾防がれて、幽香は内心呟いた。

やっぱり、と。

幽香は空に反撃する機会をずっと窺っていた。

そして見つけた。

それが、まさに今この瞬間だったのである。

なぜ空が圧倒的な火力を持ちながら、それを利用してごり押ししてこないのか。

おそらくは、クールダウンの時間が必要なのだ。

あの真っ赤に灼熱した制御棒。

息つく暇もなく力を使い続ければ、あっという間にオーバーヒートを起こしてしまう。

だから、ああして定期的に宙を旋回し、制御棒を冷却しているのだろう。

そして、幽香の攻撃が空にまったく届かなかったのも、火球による砲撃を続けている間だ。

火球が放出するあまりの熱量に、幽香の妖気弾が相殺されてしまうのである。

幽香が反撃の機会に気付いたのは、空の攻撃の1サイクル前。

幽香の放った妖気弾が、宙を旋回する空にかわされたときである。

かわされたのだ。

幽香の弾が蒸発したのではなく、かわされた。

それは相殺されることなく幽香の弾が空まで届き、当たりそうになったから回避されたということ。

つまり、この間ならば幽香の攻撃は空に届くのだ。

現に今も、翼によって防がれた。

幽香の放った攻撃が空まで届いたのである。

制御棒を冷却している、今が反撃のチャンス。

そして、幽香は既に種を仕込んでいた。

「ふふふっ、もう観念した? じゃあ、終わりにするから」

空が新たなスペルカードを取り出す。

また火球による灼熱のロンドが始まろうとしていた。

だが、

―メキメキッ

空の目が驚愕に見開かれた。

背中に走る激痛。

振り返ると、空の背に毒々しい赤を放つ巨大な花が根付いていた。

「な、なにこ……、がぁ!!」

貫くような痛みにうめき、空は地面へと墜落した。

ろくな受身も取れず、そのまま地面に叩きつけられる。

力が入らない。

立ち上がるどころか、もはやもがくことさえできなかった。

「終わりになったわね、神サマ?」

なんの感慨も浮かばない冷淡な表情のまま、幽香は地を這う空を見下ろした。

幽香が放った極小の弾。

あれはこの花の種だった。

空は翼で防いだが、そんなことは関係なかった。

種は翼から根付き、発芽の機会を窺っていたのだ。

種はスペルカードを発動しようとする空の急激な霊力の高まりに反応し、発芽した。

この花は宿主の霊力や妖力を根から吸い上げ、動脈血の色の花を咲かせる妖花である。

そして開花した後も、花は宿主から力を吸い続ける。

有り余った余剰分は大気中に放出するようになっており、力の吸いすぎで自壊することもない。

最後には宿主の力が尽き、それと共に花も枯れる。

植えつけられたが最期、という幽香が有する中でも最上級に凶悪な性能を持つ花だった。

神という膨大な力を有する空に対しても、それは同じである。

「う、うぁ……」

うめき声を上げることしかできなくなった空に、幽香はつかつかと大股で近づいていく。

そのただならぬ気配に、燐は慌てて幽香に追いすがった。

「ちょ、ちょっと姐さん!? おくうにこれ以上なにするつもり?」

「止めは刺せるときに刺す。常識よ」

「やめてよ! おくうはあたいの親友なんだよ!?」

「そ。私にとっては他人だわ」

燐は必死に幽香にしがみつき、幽香と止めようと奮戦する。

一方の幽香も、左腕は骨折した上ズダズダに裂けていて、踵はざっくり切れ、

全身の骨にヒビが入っているという満身創痍の有様である。

簡単には燐を引き剥がせなかった。

「離しなさいよ!」

「もう勝負はついたじゃないのさ!」

ぎゃあぎゃあと唾を飛ばしあいながら口論を繰り広げる二人。

目の前のことに意識の全てを持っていかれている二人は気付かない。

一度は止まった破滅への歯車が、再び回りだしたことに。



―ボンッ



すぐ耳元で聞こえた奇妙な音に、二人はぴたりと時間が停止したように固まった。

なんだ、今の音は……?

―ボンッ

再び、空気が破裂するような小さな音。

ぎりぎりと、二人は見合わせていた顔を横へと向けた。

―ボンッ

二人の目の前、鬼火が沸いたように、中空に突然炎が生まれた。

つぅ、と流れ出た汗が頬を伝う。

空洞内の温度が、階段を二段飛ばしで駆け上がるような勢いで跳ね上がっていた。

そして、いまなお上がり続けている。

一筋だった汗は、瞬く間に滝のような勢いで吹き出してきた。

鬼火の正体は、これだった。

気温が爆発的に上昇し、空気が自然発火したのだ。

二人は、恐る恐る空のほうへと目を向ける。

「……最悪」

幽香の口から思わず悪態が零れた。

幽香の目に映ったのは、真っ黒に変色し、さらさらと風に流されていく花の姿だった。

空の霊力に耐え切れなかったのではない。

空が放つ膨大な熱量に耐え切れなくなったのだ。

熱源の中心核に居たその花は、映像を早送りで見ているような速度で、瞬く間に炭化した。

周囲には、もはや自然発火で発生した鬼火が視界を埋め尽くすような勢いで発生し、

それらが、ゆっくりと空の元へと集まり始めている。

空を中心として、異常なほどの質量が発生し、それによって周囲のもの全てが引き寄せられていた。

そして、ついに耐え切れなくなった空の周囲の空気が、巨大な炎の塊となって一気に膨れ上がった。

それはまるで、地底に生まれた第二の太陽のように。



『地獄の人工太陽』







                     * * *







「ん~、なんかのぼせてきたかなぁ」

ゆったりと長風呂を決め込んでいた霊夢は、ひんやりとした岩肌に顔を押し付けながら呟いた。

魔理沙はとっくに上がってしまっていた。

今は一人、急造の温泉場には霊夢しかいない。

それでも諦め悪く浸かっていたかったが、やがて温泉の熱に我慢しきれなくなって洗い場に上がった。

「なんか、温泉の温度上がってる……? わけないか」

あははは、と一人乾いた笑いを響かせる。

う~ん、やっぱりのぼせたかもなぁ。

上がってイチゴ牛乳でも飲もう。

一人頷き、霊夢は温泉を後にする。

と、出る直前に一度だけ、未練がましく温泉の湯を振り返って、

―ごぽっ

「……ん?」

今一瞬、温泉からあぶくが湧いたような。

そう思って目を凝らすと、再びごぽりと気泡が顔を出した。

それはすぐに数を増して、せわしなく湧き続ける。

ごぽごぽと、まるでそれは―――

「……沸騰、してる?」







                     * * *







日傘をなくしたのはやっぱり惜しかったなぁ、と幽香は思う。

もっとも、こんな状況で役に立つとは到底思えなかったが。

「姐さん、ぼーっとしてないでなんとかしてよぉ!!」

燐の悲鳴じみた叫びを聞いて、幽香の意識はようやく現実へと引き戻されてきた。

現実は、非情だった。

燐と幽香の目の前には、燐のゾンビ妖精で作った急造の壁が立ちはだかっている。

その後ろに身を隠すようにして、二人は灼熱地獄に立っていた。

こうしている間にも、壁となっている妖精たちの体は焼かれ、溶け崩れ、そして再生を繰り返している。

しかし、再生よりも崩れるほうがわずかに速い。

この壁も、すぐに役に立たなくなるだろう。

壁が防いでいるのは、目の前に作り出された人工太陽の発する直射日光である。

人工とはいえ、その擬似太陽が発する直射日光は、もはやそれだけで焼け死ねるほどの熱量を放っていた。

長時間浴び続けることすらできない。

ゆえにこうして、日陰を作り出しているわけである。

その日陰も時間制限付きとあっては、もはや万事休すというほかない。

「おくう!!」

燐の声はもう届かない。

そもそも、今の空は意識がない状態なのだ。

気を失ったまま、力だけが暴走しているのである。

「私が……、私が救うんだ。それだけの力を、貰ったんだから……」

空の口から、うわごとのように言葉が漏れる。

救う。

これはどういう意味なのだろう。

ずっと気になっていた。

「おくう……。もしかして、全部さとり様のために……?」

燐は気付いた。

空の言う、救うという言葉の意味に。

説明しろ、という視線をぶつけてくる幽香に、燐はぽつぽつと語りだした。

「さとり様はね、昔、地上で酷い迫害を受けていたんだよ」

地底に住まう妖怪達は、大なり小なり地上では忌み嫌われていた者達ばかりである。

さとりも、当然その例に漏れることはなかった。

他者の心を読む力を持つ妖怪。

誰もが見られたくないと思っている心の内を、呼吸をするかのごとく簡単に覗けてしまえる力。

怖れられて、当然だった。

心を覗いていようが、覗いていまいが、実際どうなのかは関係ない。

読んでいるかもしれない。読まれているかもしれない。

そんな確証も何もない、ただ疑わしいという、それだけのことでさとりは迫害された。

「さとり様は今でも時々その頃のことを夢に見て、夜眠れなくなるときがある。

 そんなときは決まって、ホットミルクを飲みながら泣きそうな顔で笑うんだ」

他人の心を読めば、相手を傷つけてしまう。

そんなさとりを恐れ、憎み、軽蔑し、その心を覗いたさとり自身も傷つける。

心が触れ合うから、心が分かれているから。

でも全てが一つなら、もうそんなことで傷つくことなどなくなる。

だから、全てが一つになってしまえばいい。

それがきっと、空が到達した結論だったのだ。

空の考える救いとは、そういうことだったのだ。

それを、幽香は鼻で笑い飛ばした。

「ハッ、傷つくのが怖いって? 触れ合うのが怖いって? だから逃げるの?

 自分の手に負えないものは全部目を逸らして、臭い物には蓋?

 まるでガキの論理ね」

そう言って、幽香は燐の作り出した日陰から、躊躇もせずに踏み出した。

瞬間、幽香の全身を、熱いを通り越した突き刺すような痛みが走る。

「ちょ、姐さん!? 危ないから戻ってよ!?」

「知らないの? 日陰じゃ花は綺麗に咲かないのよ」

じりじりと、自分の肌が焼けていくのがわかる。

まるで焼けた鉄板を押し付けられているかのような感覚だった。

それでもなお、幽香は強い意志を持った瞳で人工太陽を睨みつけた。

すっ、と幽香が合図を送るように右手を掲げると、それに呼応するようにして地面が割れた。

そこから生まれたのは、巨大な向日葵。

幽香の女性にしては長身な身の丈を楽々越えるほど、大輪の向日葵が咲いた。

「どんなにまぶしくても、どんなに熱くても、向日葵は太陽から目を逸らさない。

 どこぞの神様を力を得たとか言ってる奴なんかより、よっぽと強いと思わない?」

この向日葵は砲台だ。

太陽光を吸収して、レーザーのような破壊の閃光を放つ砲台。

幽香の技の中ではそれほど位は高くない。

先ほどの対象から力を奪いつくす花のほうがよっぽど強力だ。通常の環境ならば。

だが今は違う。

人工とはいえ、通常ではありえないほど間近に太陽が存在するのだ。

その力を限界まで吸収すれば、この向日葵の出力は100%を遥かに越える火力を叩き出す。

太陽の熱で、じりじりと幽香の体が焼けている。

あとは、幽香が先に倒れるか、向日葵が先に砲撃を放つか。

既に幽香のスカートが焼け始め、ちりちりと裾が縮んできている。

「そんなガキに、この風見 幽香が、負けるはずがないでしょうがぁ!!」

そして、向日葵が破壊の閃光を解き放った。

「いっけぇぇぇぇぇえええええ!!!」

大輪の向日葵の中心から放たれた極太の光の槍が、大きく膨れ上がった人工太陽を突き刺す。

突き刺し、そしてその切っ先をじりじりと埋めていく。

あの核熱の人工太陽に、幽香の放った砲撃の出力がわずかに勝っているのだ。

これが中心部まで、空まで届けば幽香の勝ち。

それまでに幽香が太陽熱に倒れれば、幽香の負け。

ここから先は気力と根性の戦いだ。

だが勝てる。

満身創痍の体を奮い立たせながら、幽香は確信した。

この勢いならば勝てる。

しかし、

「お前も、私も、お燐も、さとり様も、地上の人妖たちも、

 触れ合う心、傷つけあう心、離れていく心、

 全部、全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部―――」



「―――全部一つになってしまえばいいッ!!!」



人工太陽の出力が爆発的に増大した。

大きさはさらに二倍近くまで膨れ、発する熱と引力が段違いに跳ね上がった。

この状態から、まだ力をひねり出せるのか!?

それは幽香の砲撃の出力を上回って、一瞬にして人工太陽の外まで光を押しのけた。

もはや幽香の攻撃は人工太陽の周囲の放熱だけで蒸発してしまい、空どころか太陽にすら届かない。

じりじりと、砲撃の先端が後退を始めている。

直射日光の熱はそれに伴ってさらに上がり、それを受け続けている幽香の体から煙が上がり始めた。

ああ、駄目だ。完全に負けた。

これ以上威力のある攻撃手段を、幽香は持ち合わせていない。

燐の声も、もう空には届かない。

やっぱり、この手は神様とやらには届かなかったか……。

敵わない。

全身全霊を賭けて戦っても、敵わない。

眼前に迫った、抗いようのない最期の時を見つめ、幽香は不思議な気持ちになる。

どうしてだろう。

負けそうだというのに、どうしてこんなにも満たされた気持ちになるのだろう。

長い間ずっと探し続けていたものを、見つけたような気持ちだった。

幽香の口元に、自然と笑みが浮かんで、



『そのまま撃ち続けなさい、幽香!』



突然目の前に開いたスキマから、聞くだけで神経を逆なでするあの声が飛び出す。

幽香の意識は一気に現実へと引き戻された。

そのまま撃ち続けろ、だと?

今まで無責任に観戦決め込んでやがったくせに、誰に命令してやがる!!

「こ……のぉぉぉおおお!!!」

幽香の心の中は一気に苛立ちに塗り潰され、幽香の砲撃の火力がわずかに上がった。

さらに、幽香の放つ砲撃が紫のスキマに飲み込まれる。

幽香の目の前に開かれたスキマの接続先は、人工太陽のすぐ目の前。

人工太陽の放熱によって大幅に威力を削られていた砲撃は、

スキマによるショートカットのおかげで力のロスが半分以下にまで軽減されていた。

そうして放たれた幽香の渾身の一撃が、人工太陽の表面を削岩機のように貫き、

ついに中心核、すなわち霊烏路 空を直撃した。







                     * * *







目を覚ますと、見慣れた天井が頭上に広がっていた。

「あっ、起きたねおくう」

横から覗き込んできたのは、これまた見慣れた顔である。

親友であり、付き合いの長い燐が、心配半分からかい半分に空の顔を覗き込んでいた。

あれっ、私どうしたんだろ。

いまいち記憶がはっきりしない。

「おくうはあの地上からきた妖怪にやられて、ここに運び込まれたんだよ」

地上の妖怪、と聞いて空は寝ていた体を跳ね上げた。

おーおー元気だこと、と感心したような燐の声がうるさい。

「あいつは!?」

あいつ、とはもちろんあいつのことである。

名前は……、忘れた。

あれ、もともと聞いてなかったっけ?

そんなことはどっちでもいい。

「んー、いまさとり様と話し合ってるよ」

あいつ、で十分通じたようだ。

燐は後方の扉を指差し、彼女の居場所を伝えた。

聞くなり、空は部屋を飛び出す。

「あっ、ちょっとおくう!? やれやれ、若いねぇ」

嘆息交じりの燐の声が、扉を閉める騒音にかき消された。







客間では、幽香とさとりが向かい合って座っていた。

「そう、ですか。あの子は私のために……」

いまいち感情表現の浮かばない表情にわずかな憂いを称え、さとりはそうこぼした。

さとりは幽香の口から、今回の一件の全てを聞いていた。

空がさとりのために神の力を得て、その結果暴走していたことを。

「この一件の原因は、全て私にあるようですね」

「そうね。飼い主の怠慢ね。どう責任をとってくれるのかしら」

斬って捨てるような情け容赦ない幽香の肯定。

その幽香の体には、いたるところに包帯が巻かれていた。

全身のほとんどに結構な度合いの火傷を負っていたのだ。

まあ、あれだけ無茶をしたのだから当然だろう。

その幽香に対し、さとりは無表情に答えた。

「わかりました。私の首でよろしければ差し上げます。

 ですからあれのことは不問にしていただけませんか?」



「さとり様ッ!?」



バダンッ、と壊れそうなほどの勢いで扉が開き、空と燐が客間へ雪崩れ込んできた。

今のが聞こえていたのだろうか。

血相を変えた様子でさとりの元へとすがりついた。

それを見て、幽香はつまらなさそうに頷く。

「んー、じゃああんたの首でいいわ。と、言いたいところだけど―――」

―パァンッ

幽香がさとりの頬を張った。

理解が追いつかず、さとりは目を大きく見開いたたまま硬直する。

燐も空も、思わず惚けてしまった。

「―――誰もあんたの汚い首なんかいらないわよ。そんなもんもらってどうしろっていうの」

最初に動いたのは空だった。

今にも飛び掛らんという勢いで身を乗り出し、がむしゃらに幽香に向けて手を伸ばしている。

それを必死に押さえているのは、燐だった。

「おまえぇ!! それ以上さとり様に触れたら殺してやる!!」

「わわっ、ちょっと落ち着いてよおくう!!」

必死になだめようとする燐の抵抗もむなしく、空の怒りはまるで収まる気配がない。

やがて、ぽつりと小さな声が落ちた。

「構いません。静かになさい空」

さとりに諭され、空は不服そうにしつつ暴れるのをやめた。

空が落ち着いたのを見て、さとりは幽香に再び正対する。

そんなさとりに対して、幽香は苛立ちを少しも隠そうとせずに睨み返した。

「本当にむかつくわ。あんた、私の一番嫌いなタイプね。

 そもそも今回の一件についてなにも理解していない。しようとすらしていない」

「いえ、理解はしているつもりですよ。

 原因は私にあり、事態は地上と地底の戦争にまで発展するところでした。

 私一人の命などでは、到底贖いきれるものではないこともわかっています」

そのさとりの言葉に、幽香はさらに苛立った様子だった。

付き合ってられん、とばかりにさとりの顔を無理矢理引っ掴むと、

それを空と燐のほうへと向かせた。

「あの二人の心を読みなさい。心が読めるんでしょう?」

一瞬、さとりの息が詰まったのがわかる。

さとりはつとめて平静を装い、幽香に対し拒絶の言葉を口にした。

「いえ、私はあの二人の心は読まないことにしています。私は二人のことを信用していますから」

「嘘ね」

幽香は即断した。

そのまま畳み掛けるようにして言葉を続ける。

「それは嘘よ。あんたはあの二人のことをまるで信用していない。

 だから心を読まない。心が読めない」

「いいえ、そんなことは―――」

「なら読みなさい。

 あの二人は心を読まれてもあんたを蔑んだり軽蔑したりしないって、信じてるんでしょう?

 それとも怖くて読めない?

 もし二人があんたをおぞましいと思っていたら。気持ち悪いと思っていたら。

 そう思うと怖くて読めないのかしら?」

びくり、とさとりの肩が跳ね上がった。

幽香の言葉を受けたさとりの様子の変化は劇的だった。

顔から血の気が一気に失せ、凍えているかのように全身をガタガタと震えさせる。

逆に冷や汗が大量に噴き出して、全てを拒絶するようにきつく目を閉じていた。

「あ……ぅ……」

幽香の言っていることはまさに真実だった。

名前も知らない相手なら、心を読んでも平気。

どれだけ嫌悪されても、どれだけ蔑まれても、そんなものはもう慣れた。

でも、それでも、

親しい間柄の者が同じように考えていたら。気持ち悪いと思われていたら。

きっと、私は耐えられない。

あなたならどうだろう?

あなたのとても親しい友人が、影であなたを口汚く罵り、軽蔑しているところを目撃してしまったら。

その友人がそんなあなたに気付かず、また翌日にはいつものように仲がいいように振舞っていたら。

あなたならどうだろう?

今までと同じように、仲がいいように振舞っていられるだろうか。

私ならできない。

絶対に耐えられない。

そんなことは、もう、二度と……。

「いいよ、さとり様。あたいの心、読んで」

燐はさとりを受け入れるように、両手を広げた。

顔を上げたさとりの表情には、いつもの無表情ではない、怖れが一面に張り付いていた。

それはまるで、雨に打たれる捨てられた子猫のようで。

燐はふと、既視感のようなものを感じた。

「わ、私も! 私も読んでいいよ!」

空も慌てて、燐と同じように両手を広げる。

さあ、と幽香に促されて、

さとりはその恐ろしさに怯えながら、二人の心の中を読んだ。



燐はさとりを畏れていた。

心を読まれるのを畏れていた。

畏れていてなお、さとりのために心を開いていた。

ただ、さとりのためだけに。



空はさとりを心配していた。

さとりのためにできることを探していた。

さとりのためにしてあげられることがなにもない、無力な自分を責めていた。

それもただ、さとりのためだけに。



そんな二人の複雑な感情の全てが、第三の目を通してさとりの中に雪崩れ込んできて。

ぽろりと一筋、熱い雫がさとりの頬を伝った。

「燐……、空……」

さとりは燐と空の頭を抱え込むようにして、そっと抱きしめた。

幽香はそんな光景から視線を外しながら、くだらないと言わんばかりの口調で言う。

「ふん。あの二人があんたをどう思っているかなんて、心が読めない私にだってわかるわよ」

『見えるほうが見えないこともあるってことね。あたかも真昼の星のように』

「あんたは引っ込んでなさい。焦げ臭い」

『はいはいっと』

幽香に睨まれ、スキマから口だけを挟んだ紫はすごすごと退散した。

がりがりと頭を掻きながら、幽香は言葉を続ける。

「ったく、誰かに嫌われるからなんだっていうのよ。

 嫌われてるのがわかったって、はァあいつマジうぜぇ、くらいに思っておけばいいのよ。

 誰もが仲良しでいられるわけがないでしょう? 幼稚園児じゃないんだから。

 人類皆兄弟なんて言葉を掲げるのは馬鹿か詐欺師かどっちかだけだわ」

さとりの涙に腫れた目が幽香を見つめる。

見んな、とばかりに手を振って、照れくさそうに告げる。

「それで、あんたを好きで居てくれる人を見失ったら、それこそ本末転倒よ。

 全ての人に一人で立てるくらい強くなれとは言わないわ。

 ただ、一人で立てるほど強くなれないなら、寄りかかれる木くらいキープしておきなさい」

言い終わって、幽香はおもむろに席を立った。

「……どちらへ?」

尋ねるさとりに、幽香はめんどくさそうに答える。

「帰るに決まってんでしょう」

「地上の妖怪が侵入したとかで、外は大騒ぎになっていますけど?」

「じゃあ首の代わりにそれで。責任とってあんたがなんとかしなさい」

さとりはせわしなく瞬きをさせ、それからくすりと小さく笑った。

「それは、大役ですね」

「こっちだって大仕事だったんだから。それくらいじゃないと釣り合わないでしょう?

 紫! 帰るわよ!!」

幽香が壁に向かって声を張り上げると、壁があったはずの空間がばっくりと裂けた。

そこから、さとりたちの見たこともない別の場所の風景が顔を覗かせる。

一面真っ黄色の花畑。

帰るべき場所へ、幽香は去っていった。

台風一過、とはまさにこのことだろうか。

幽香はまるで嵐のように去っていき、残された地霊殿は奇妙なほどの静寂を取り戻していた。

残された3人は、しばらくの間放心したようにぼんやりとしていたが、

すぐにまた、普段の空気へと戻っていった。

「いやぁしかし、無事に解決してよかったわぁ。

 あんなに凶暴なのがきて、地底がめちゃくちゃになったらどうしようかと、あたい心配だったよ」

やれやれ、とかいてもいない額の汗を拭いつつ、燐は安堵のため息を漏らした。

そんな燐を労うように、さとりは優しく髪を撫でる。

「燐にしてはお手柄だったわね。いい方を連れてきてくれました」

「あれがぁ!?」

思わず反論の声を上げる燐。

うぅ、グーパンチされたほっぺがまだ痛い。

「ええ。意外かもしれませんが、幽香さんは驚くほど優しい方ですよ。

 心の相当奥深いところにあるので、よほどじっくりと心を覗かなければわかりませんけどね」

まさかぁ、と燐と空の二人で口をそろえて否定する。

そんな二人に、さとりは意地悪を口にするようにウィンクして続けた。

「あと、意外とロマンチスト」







「ふぇっくちッ!! ……いよいよ花粉症かしら」

元気を取り戻した向日葵畑に、幽香のくしゃみが響く。



























                     * * *







あの間欠泉騒動から二週間が経過した。

さんさんと陽光の降り注ぐ縁側で胡坐をかいて座りながら、八坂 神奈子は杯を傾けていた。

その後ろの柱には、もたれかかるように体重を預けて立つ、洩矢 諏訪子の姿がある。

なにをするでもなく、二人は縁側から守矢神社の庭を眺めていた。

まるで、誰かが来訪するのを待っているかのようだった。

そして、それは実際その通りだった。

「……来たか」

神奈子が呟く。

諏訪子に向けてではない。

誰もいない庭に向けて。

「こんにちは。ご機嫌はいかがかしら?」

見慣れた庭の景色が突然裂け、そこから導師服を纏った女性が現れた。

八雲 紫である。

いつもと異なり日傘は差しておらず、両の腕をだらりと下げている。

神奈子と諏訪子は、この紫の来訪を待っていたのだった。

「思ったより早かったね」

「あれからもう二週間ですよ? 遅すぎるくらいでしょう」

「全身の8割以上を黒コゲにされて、たった二週間で見れる姿まで回復したんだ。

 あたしじゃなくても驚くさ」

「……まるで見ていたかのような言い方をなさるのですね」

「見ていたからね」

そう、紫は間欠泉事件での空との戦いの際、重症を負っていた。

それはそうだ。

放射する熱だけで焼け死ねるような人工太陽。

あれの目の前にスキマを開いたのだから。

当然、そのスキマの中にいた紫が無傷で済むはずがない。

実際、紫は姿も見れないほどに酷い外傷を全身に負っていた。

特に、人工太陽の最も近くにあった両腕だ。

紫の両腕は完全に炭化してしまい、自己再生が機能しなくなっていたので、やむなく切断するしかなかった。

その両腕も、見た目だけは完全に再生したが、まだ神経が通っておらず指一本動かない。

日傘を差していないのは、そういうわけだった。

「さて、私がなんの用事でお邪魔したか、おわかりですね?」

じろり、と半ば睨みつけるような紫の視線が刺さった。

神奈子はその視線を柳のように流しつつ、頷いて答える。

「ああ。地底のことだろう?」

「随分と潔いのですね」

「もともと隠すつもりもないからね。で、気付いたのはいつだい?」

「地底であの地獄鴉を見たときですわ。

 あの地獄鴉は八咫烏の力を取り込んでいた。

 もちろん、誰の手助けもなしに地獄鴉ごときがそんな真似ができようはずもない。

 手助けをしたのが神様でもなければ、ね」

紫の知る限り、幻想郷に住まう神というのは神奈子と諏訪子くらいなものだ。

その時点で、既に紫はこの結論に到達していた。

二週間の時間が空いたのは、ただ回復するだけの時間を待っていたに過ぎない。

「正解だね。そう、あたしと諏訪子があの地獄鴉に八咫烏の力を与えた」

悪びれもなくそう答える神奈子を、紫はぞっとするような目つきで睨みつけた。

「なにがお望みだったのですか?」

「なに、幻想郷の産業革命に一肌脱ごうかと思っただけさ」

礼はいらないよ、と平然と言ってのける神奈子。

紫の視線の温度はまったく変わらない。

むしろ、先ほどより冷たくなったようだった。

「建前は結構です。本当のことを言っていただけます?

 それとも、本気でそんなことを考えてこの事件を引き起こされたのですか?」

紫は神奈子の言葉を本気とは捉えていなかった。

むしろ本気だったとすれば、失望だ。

「本気だったとしたら、どうなんだい?」

「私は幻想郷の管理者として、貴方がたを弑し奉らなければなりません」

殺す、と言っているのだ。

無作法なほどの殺気をぶつけてくる紫に、神奈子は挑戦的な笑みで答える。

「ちょいと長生きしたくらいの小娘が、できないことを口にするもんじゃないよ」

紫は唇を噛んだ。

力の大半を失ったとはいえ、神奈子も諏訪子も神と呼ばれる存在だ。

同時に相手をするどころか、片方だけでも分が悪い。

ましてや、全快ではない今の状態では。

「あの地獄鴉は善悪の区別もなく、全てを火の海に沈めようとしました。

 もちろん、この幻想郷の全てをです。

 我々があの地獄鴉を止めに行かなければ、止めることができなければ、そのようになったでしょうね。

 貴方たちは幻想郷を灰塵に帰すことがお望みだったのですか?」

紫は怒っていた。

今回の一件で、幻想郷は紛れもなく危機に晒されたのである。

今回は未然に防ぐことができた。

だが、もしあのまま空が地上へと攻め込んでいたら、地上は大惨事となっていたであろう。

まさか、そんなことを神奈子と諏訪子が望んでいるわけでもあるまい。

神奈子は当然のように首を振って否定した。

「いいや。お前さんたちが失敗すれば、そのときはあたしと諏訪子が出るだけのことさ。

 あたしと諏訪子が動いたなら、地上に被害は出させないよ」

「下らない茶番ですね。まるで笑えません」

「なぁに、お前さんほどじゃないさ」

神奈子の気配が急に強くなった。

紫が思わず射竦められて動けなくなるほど。

いつの間にか、紫のほうが神奈子に睨み据えられていた。

紫は蛇に睨まれた蛙のごとく、呼吸すら忘れて硬直した。

「お前さんは以前あたしらに言ったな。幻想郷は全てを受け入れる、と。

 大層なことだ。それが本当なら、これ以上の理想郷はないだろうね。

 その謳い文句に惚れて、あたしも諏訪子もこの幻想郷への移住を決めた。

 だが実際はどうだ?

 地上で忌み嫌われ、迫害された妖怪達が地底に押し込められ、隔離されている。

 これは一体どういうことだい? 説明しな」

紫はかつて、これほどのプレッシャーを感じたことはない。

これが、神という存在なのか。

「そ、それは……、仕方の無いことだったのです。

 彼らと共存してこの幻想郷という世界を維持することはできなかった。

 彼らと共に暮らせば、恐れ、憎み、軽蔑し、争いが起こります」

弁解じみているな、と自分でも思いつつ、紫は答えた。

だが事実だった。

いや、実際そうだった。

彼らと共存している間は、争いや迫害が絶えなかった。

だからこそ、住み分けが必要だという結論に至ったのだ。

「必要な犠牲だったと言いたいわけか。

 それはお前の能力が至らないせいだろう?」

「……それは、その通りですわ」

それもまた、事実だった。

統治するものに優れた手腕があれば、あるいは共存も可能だったかもしれない。

だが紫には無理だった。

いや、紫にはそういった事柄において、類稀な能力がある。

だからこそ、幻想郷をここまで理想に近い形に近づけることができた。

その紫の能力を持ってしても、まだ足りない。

果てしない夢物語だったのだ。

「お前の手に負えない連中を日の当たらない地下に押し込めておいて、

 幻想郷は全てを受け入れる、だと?

 そんな調子のいい戯言を、どの口がほざきやがる」

紫はその言葉に反論できない。

神奈子の言っていることは、全て正論だったからだ。

紫自身でもわかっていることであり、はるか昔に挫折したことでもあった。

俯いたまま答えようとしない紫に対し、さらに言葉を重ねようとする神奈子を、

今まで口を挟もうとしなかった諏訪子が遮った。

「神奈子。こっからさきはあたしが話すから」

「ん……、ああ」

神奈子はまだ何か言いたい様子だったが、大人しく引き下がった。

自分でも熱くなりすぎているのがわかったからだ。

ここは大人しく、諏訪子に任せることにしよう。

少しばかりの間の後、諏訪子は諭すような声音で言葉を紡いだ。

「あのねぇ、紫。神奈子は言い方がちょっときついけどさ、でも気持ちはあたしも一緒だよ。

 すんごい怒ってる。でもなにに怒ってるかわかる?」

「……それは―――」

答えようとする紫の言葉を、あえて諏訪子は遮った。

紫がどう答えようとしているのかがわかったからだ。

「違うよ。紫の力が至らないからじゃない。

 確かに紫の力が至らなかったわけだけど、誰だって全知全能なわけじゃないんだ。

 力が至らないことだってある。あたしたちは、それを責めたりはしない。

 あたしたちが怒ってるのはね、それならなんで誰かを頼らなかったのかってことなんだ」

紫は言葉に詰まる。

それは責務だと思っていた。

多くの者達が住まう幻想郷を管理する者の責務。

自分が全うしなければならないこと。

それに……、

「力を貸してくれる奴がいない、なんてことは言わせないよ。

 少なくとも、あたしと神奈子は幻想郷のために力を貸すつもりだった。

 竹林に行けば頭のいい月人も居るし、閻魔だって知り合いなんでしょ?

 探せばもっと以前にだって、頼れそうな奴は居たんじゃないかな。

 あたしと神奈子なら国を治めていたことだってあるし、そういうノウハウはあるつもりだよ」

いつの間にか、神奈子は酒を呑むのをやめていた。

酔いはとっくに冷めている。

いや、そもそも最初から酔ってなどいなかった。

「今回の一件を起こした本当の理由は、それだ。

 お前さん一人には荷が重い問題をぶつけて、誰かを頼ることを覚えさせようってことさ。

 まあ、今回はちょいと意外な奴に協力を依頼したようだが、まあ結果オーライかな。

 どの道お前さんたちがアレをどうにかできなくても、あたしらが動けば同様の効果は得られるわけだ」

「アレを協力というかどうかは、微妙なところだけどねぇ」

神奈子の言葉に、諏訪子は思わず苦笑する。

あれは協力を依頼するというより、利用するといった言い方のほうが近かった。

向日葵畑に突如として湧いた間欠泉。

あれの直接の原因は、紫だった。

幽香本人も気付いていた通り、向日葵畑の立地条件では自然の間欠泉は噴き上がらない。

各地の間欠泉は空が原因で噴き出したのだが、それも地熱を高くしただけのことであり、

そもそも間欠泉が噴き上がる可能性のある場所でしか発生しないものだったのだ。

それが何故、幽香の向日葵畑で噴き上がったかといえば、答えは一つしかない。

紫が空間を捻じ曲げて、余所の間欠泉を向日葵畑の真下まで持ってきたからだ。

もし幽香がこのことを知れば、紫はグーパンチどころでは済まされないだろう。

だがこの二柱も告げ口をするつもりはないらしい。

どういう形であれ、他者の力を借りたという結果に満足しているようだ。

それに、結局最後は紫自身が命がけで助けに入ったわけだから。

諏訪子は柔らかく微笑み、優しい口調で諭すように言った。

「ねえ、紫。幻想郷のやり方に口を出させろとは言わない。

 でもさ、手ぐらい貸させてよ。

 あたしたちが紫に伝えたいのは、つまりそういうこと」

紫はそれに答えなかった。

俯いたまま、諏訪子と神奈子に背を向ける。

「この後、地底の管理者たちと会談があります。

 あまり時間も無いので、このあたりで失礼します」

そういって紫はスキマに身を躍らせる。

ただ一言、小さく言い残して。

「……また来ます」

音もなくスキマが閉じて、いつもどおりの庭が顔を出す。

陽光が降り注ぎ、さわさわと気持ちのいい風が抜ける。

いい所だ、と思う。

この幻想郷は、本当にいい所だと。

だからこそ、

「これで、少しは紫の肩の荷も軽くなるかな」

「さてね。それはこれからの紫次第だろう。やるだけのことはやったさ」

地底の者達が地上へ顔を出せる日も、きっとそう遠くはないだろう。














 
地獄極楽メルトダウン「ちょwwww出番wwwwwww」

投稿36発目
|・ω・`)つ[SS] <こっそり投稿しておきますね。
ブランク空きすぎてもはや誰てめぇって感じです。
115KBほどの長さになります。
長くてすみません。最後まで付き合ってくれてありがとう。
この作品を楽しめた方には作品集57『幽香と東方緋想天』もオススメよ!
暇人KZ
http://www.geocities.jp/kz_yamakazu/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3820簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
いつ見てもゆうかりん無双は心躍る。

次も期待してます!
8.100名前が無い程度の能力削除
幽香と東方緋想天同様楽しませていただきました!
といっても気がついたのは文と戦ったときという趣旨のセリフが出てきた時点ですがw

ロマンチックゆうかりん可愛いよゆうかりんw
9.100てるる削除
ゆうかりん無双楽しいなぁw

つい最近に幽香と東方緋想天の方も読み返してたからすんなりと楽しみましたw
13.30名前が無い程度の能力削除
妙に説教臭くて今一つ。前作の打ち直しという印象もぬぐえず。
16.100名前が無い程度の能力削除
タグでてっきり幽白パロかと思ったら、思わぬ良作で驚き。
>「知らないの? 日陰じゃ花は綺麗に咲かないのよ」
この台詞に惚れましたよ、ええ。
20.40名前が無い程度の能力削除
最後の最後で神奈子に理がある纏め方はいただけなかったと思う。
原作でも紫が交わした約定に「地上の妖怪は地下に立ち入らない」とはあっても「地下の妖怪が地上に出てはいけない」とは無いわけで、だからこそ萃香も地下から地上に問題なく出てきていた。
地下でもさとりあたりは勇儀でもいけ好かないと思っているし、地下の妖怪同士だって地上の妖怪同士だって互いに思うことはある。
約定だけを見たら天狗が妖怪の山に他のものの入山を禁示ているのと変わらない。
地上でいうなら逆の立ち場、つまり他の妖怪や人間たちの側から妖怪の山は天狗のものだから入らないようにします、って提案して約定した形となんら変わらない。
二次ですから作者の思う通りフィクションしていいわけですが、原作ですら解釈がいろいろ分かれる部分を、それに向き合って作品内で上手く生かすためじゃなく、「作品の最後を手早く小綺麗に纏めるため」に取って付けて説教臭くするためにのが残念でした。
最後の最後で相対した両者の「どちらにも非も理もない」話であるなら良かったんですけどね。
それを最後に締めに持ってくるなら、もっと作中で両者の非と理が垣間見える描写が無ければ、オチを手早く小綺麗に纏めるためにしか感じられませんよ。
25.100k削除
good
37.60謳魚削除
面白かったのですが「ひそーてん」を読んだ時の気持ちに勝らなかったのでこの点数で。
38.20名前が無い程度の能力削除
おもしろかった!本当におもしろかったんです!
でもこのまとめというか、あそこまで二人やおりん空を危険に晒しておいて最後の神様らの科白は、正直ないです、、あそこまでやられて、それでいてあの態度、普通ならぶちぎれますね。
最後の戦闘中、え、これ黒幕の神様らやばくね?とは思いつつ、戦闘自体の面白さ、おりん空の想いが素晴らしくよくかけてたゆえに、失望も大きかったです、、

次回作、期待しております
40.100名前が無い程度の能力削除
よかった!!!
42.50名前が無い程度の能力削除
おもしろかったのだけれど、同じくやはり、最後が嫌だな
説教されて、設定押し付けられて、それで終わるのはなんかなー
独自設定から話を膨らませるのではなく、独自設定に話を収束させるのは、
どうにも好きでない。

ゆうかりんの話を楽しく読んでてこの最後はないわー
46.20名前が無い程度の能力削除
なげー
それと、このオチはなんかなー
49.40名前が無い程度の能力削除
ラストに幽香が殴り込んで来る展開を待ち望んでいた。
それくらい不完全燃焼。
幽香は大好きですし、幽白バトルも熱いけど、惜しい。
次に超期待してます。
56.50名前が無い程度の能力削除
上の方の人とだいたい同じような感想でしたねー
地底のことは自主的なひきこもりで、取り決めはむしろ優しさ派なものですから

最後のとこ以外は楽しかったです
57.80名前が無い程度の能力削除
なんとも熱いストーリー!!
バトル描写も最高でした!

皆さんが言っている最後の部分もそんなに気にならなかったので、この点数で。
60.80名前が無い程度の能力削除
大変熱い話、面白かったです
ただ、自分も最後がちょっと。ゆうかりんのくしゃみで終わってた方が好きですね
それも含めて楽しんでるってことで80点
61.100名前が無い程度の能力削除
個人的には地霊ファミリーのキャラ設定が完璧でした。
強くてカリスマもあるけどどこか脆いところのあるさとり様、友達思いのお燐、馬鹿だけど一生懸命なお空、そしてみんな互いのことを大好きなところが最高です。
64.70名前が無い程度の能力削除
ジャンプ的なノリだったのはよかった。
けどやっぱり最後の説教がなぁ…とあるアニメの幻想殺しさんの説教を聞いてる感じだった。それさえなければ文句なしに100点だったんだけど。
66.30名前が無い程度の能力削除
終わりよければ全てよしというけれど、一方で蛇足という言葉もある。
今回は蛇足であり、それが終わりを悪くした事で全てを台無しにしてしまった印象を受ける。
紫の台詞はよく「幻想郷は全てを受け入れるのよ」部分は使われるけど、「それはそれは残酷な話ですわ」の部分は置き忘れられている気がする。
紫というキャラは一次では「幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ」と「続けていうキャラ」である。
「幻想郷は全てを受け入れるのよ」という台詞を作品にフィードバックして用いるなら、そのあとに続く部分があることを意識して、最後の神奈子諏訪子との会話文を考えて欲しかったかな。
そこをちゃんと踏まえていたなら、幽香の話だったのが最後の最後でいきなり紫が中心になって唐突に終わるなんて、変な構成にもならなかったと思う。
67.40名前が無い程度の能力削除
バトル部分がすごく良かっただけに最後のお説教が蛇足に感じました
70.70名前が無い程度の能力削除
>紫の知る限り、幻想郷に住まう神というのは神奈子と諏訪子くらいなものだ。

秋姉妹&雛サマカワイソスw
75.100名前が無い程度の能力削除
ガチゆうかりん、いいですね。

そしてかなすわは少し人と妖怪を甘く見すぎている。
というか狂信を甘く見ている。あの状態のお空をあっさり止められるとは到底思えん。
77.80名前が無い程度の能力削除
“『りん』をつけろ”このセリフには壮大に吹いたww
これは星蓮船編にも期待していいんですね!
78.20名前が無い程度の能力削除
最後が本当に残念。故事に沿った意味での蛇足という言葉がぴったりです。
100点かなーと思っていたのだけれど。
80.70名前が無い程度の能力削除
他と同じく最後がな…


あと
秋姉妹と雛を忘れてるからこの点数で
89.80名前が無い程度の能力削除
個人的に終わり方は好きだ
萎縮してる紫が新鮮w
90.80名前が無い程度の能力削除
ゆうかりんが神様ぶん殴って「これで貸し借りなしだ」みたいなオチを期待してたのでちょっと残念。
でもとりあえず能力全開のバトルとかっちょいい幽香さんが見れたので満足です。
98.90名前が無い程度の能力削除
一戦一戦が濃密で面白かった!特にラストバトルのソーラービーム(?)を撃つシーンは燃えました。いやー素晴らしくかっこ良いゆうかりん。ギャグ要素も良かった点ですね。
ラストシーンに関しては否定的な意見が多く見受けられますが、自分は大して気にならなかったです。むしろ良かったと思う。ですが蛇足感は否めなかったという点を考慮してこの点数にさせていただきます。
氏の幽香SS、もしできたら楽しみにしてます!
99.50名前が無い程度の能力削除
文字通り「あつい」バトルでした。
ほんとに前半は良かった。
後半は66の人が書いてい事にほぼ賛同です。
個人的には、信仰を失って幻想郷に逃げてきた神奈子がどの面さげて紫に
説教してんだと、失笑してしまう。
かっこいいゆうかりんだけで充分です。
105.80名前が無い程度の能力削除
自分は最後のオチはきにならなかったけれど、蛇足なのかなぁ。まだ自分は新参だから気にならないだけかなぁ...
109.100名前が無い程度の能力削除
ゆうかりんの強さって能力以外で表現しなくちゃいけないからなかなか無双出来ない中、この作品は思いっきり無双してて良いなぁ・・・
113.40名前が無い程度の能力削除
ゆうかりんに関してはあらゆる点において満足のいく出来映え。
しかしやはり最後がいただけない。
紫や幻想郷を想っての行動なんて取り繕ってはいるが、その実二柱のやったことは地霊殿の家中を乱し、必死に解決に走った紫とゆうかりんの頑張りに難癖をつけただけ。しかも万が一の解決策には自分達で起こした問題を自分達で解決するというマッチポンプ。その上で紫に「他人を頼る必要を教えたかった」など、傲慢にも程がある。
さすがは零落した神だけはある。大した神徳だ。
117.無評価名前が無い程度の能力削除
太陽のエネルギー多少貯めて太陽が壊れるなら、自分の熱で自壊してますよね…。
対さとり戦でも、避ける為の思考は読まれてない(特に花の自動攻撃)みたいだし、勇義は強者が命を掛けてきた命の奪いあいを避けるような性格じゃないか気がするし、なんか所々気になります。