Coolier - 新生・東方創想話

主亡き館と、氷の代用少女

2012/05/26 07:10:40
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レミリア=スカーレット。十六夜咲夜にとって、自身が仕える主にして可愛らしいお嬢様。

「咲夜、今日はピクニックに出かけましょう」

淡い青みがかった髪、ルビーのような瞳。蝙蝠の翼、チャームポイントの乱杭歯。

「ほら、もう春ね。もし太陽が平気な体なら、思い切り走ってみたいわ」

歩く後姿は、愛らしさと気高さがない交ぜになって、まるで気品あふれる猫のよう。

「咲夜咲夜。ぼーっとしてると置いていくわよ」

咲夜を含む、親しい相手にだけ見せる、太陽も霞むような笑顔。

「やっぱり来て良かった」

そしてなにより、あても無くさまよっていた自分に生きる場所を与えてくれた。

彼女が仕事で失敗した時も、厳しい言葉ながら、彼女の事を心配し、励ましてくれる。






主亡き館と、氷の代用少女






今日も慣れた手つきで紅茶をいれ、夕方起床したばかりの令嬢の元へと運んでいく。

寒さが和らぎつつある、3月のある日のこと。

「咲夜の紅茶はいつも最高よ」

「ありがとうございます」

「この前試しにパチェにいれさせたんだけど、あの子ったら変な薬草を勝手に混ぜてね……」

レミリアお嬢様はいつもほめて下さる。
日常のやり取りだけど、それが私にはかけがえのない幸せなのだ。咲夜はそう感じている。

今日は主とどんなお話をするのだろう。
たいていは傍から見れば何という事のない、どうでもいいおしゃべりだったとしても、
お嬢様と従者の私が触れ合える貴重な時間なのだ。

想像するだけで顔がほころび、ドアを開けた。

人間よりも強大な力を持ち、永い時を生きてきた存在。

きっといつか、私が死ぬ時も、このお方は見守って下さるだろう。

そういうものだと思っていた。

そうでなければならないと思っていた。

「お嬢様、失礼します。朝食をお持ちしました」

開きっぱなしの窓、カーテンが風になびいている。主の姿は見当たらない。

「お嬢様?」

ベッドに近づくと、そこには主の服一式が無造作に脱ぎ捨てられている。

「お嬢様、風邪引きますよ」

また何かの悪戯だろうか? 

咲夜はレミリアの衣服にさらに近寄った。服には、大量の何かが付着していた。

「これは……?」

その何かを理解した瞬間、咲夜の世界から、色彩と温もりが失われた。

そんな馬鹿な……。お嬢様は、お嬢様は。

視界がぐるぐると回る。上下左右、重力がでたらめになる。

「咲夜さん! お嬢様!」

異音に気付いた妖精メイドが走ってきて、部屋のドアを勢いよく開けた。

そこには、紅茶で染められた床の上で、顔面蒼白で座り込む咲夜の姿があった。

大量の何か。それは灰。消滅した吸血鬼の亡骸だった。

咲夜は世界の優しさを信じていられた、数秒前の自分に戻りたいと願った。

しかし、ここから先はもう、未来永劫に……。






*   *   *






盛大な葬儀の後、もうどうでもいいと言わんばかりに埃まみれになった廊下を、紅美鈴は歩く。

レミリアの死因。窓を閉め忘れたまま眠ってしまい、太陽光を浴びたため。

そう判断された。

幻想郷の秩序の一角を担う者に似つかわしくない、あまりにも呆気なさすぎる死だった。

レミリアがいなくなり、その隙をついて妖怪たちが紅魔館周辺を暴れまわり、
妖精は消滅させられたり食われたりしてしまい、メイドの数も減る一方である。

窓から庭を見ると、自然の表象である妖精の激減で、庭の草花も色褪せていた。

それはそれ、これはこれ。

気を取り直して咲夜への食事を持っていく途中、彼女はパチュリーと少し話をした。

「咲夜だけど、まだ引きこもりがちなの」

「そうなんです、お嬢様と親密だったのは分かりますが、紅魔館も荒れていますし、
早くお元気になって欲しいのですが。でも」

「でも?」

「すぐに『元気になって』と声をかけるのは、余計咲夜さんを追い詰めてしまうのではないでしょうか?」

「そうねえ、あの子はずっとレミィのため、紅魔館のために尽くしてくれていた。
休んでもらう時期なのかもね」

「ええ、大切な方を失くして、悲しみに浸る時期というのも、人間には必要なんですよ、
きっと妖怪にだってそうでしょう、パチュリー様」

知らず知らずのうちに目を赤く腫らしていたパチュリーにも、美鈴は気を使う。

「ですからパチュリー様も、無理をなさらなくて良いんですよ」

「うん、ありがと、美鈴」 袖口でそっと目をぬぐう。

「では咲夜さんのご飯を持っていかなきゃ、失礼します」

「咲夜さん、失礼します。朝ごはんですよ」

美鈴はノックして、咲夜の部屋のドアを開ける。

咲夜は薄暗い部屋の片隅で、膝を抱えてうずくまっていた。

髪は乱れ、メイド用の服はよれよれになり、何日も手入れされていないのがうかがえる。

すでに完全で瀟洒な従者の姿は、そこになかった。

あの日以来、彼女はずっと部屋にこもりきりになり、葬儀は美鈴が中心となって他のメンバーで行った。

葬儀に出れば、否が応でも主の死を認める事になってしまう。そう咲夜は思ったのかも知れなかった。

「そこに置いといて」

咲夜は美鈴と目も合わせず、人さし指を動かして床を差す。

「咲夜さん、となり、いいですか」

美鈴は盆を机に置き、彼女のそばに腰を下ろし、何も言わずにそっと寄り添う。

「美鈴ごめん、私このままじゃ役立たず、よね」

美鈴は首を振る。

「いいえ、咲夜さんはずっとずっと紅魔館のために働いていましたし、
こういう時ぐらい、休んだっていいと思います」

「でも、私は、お嬢様の異変に気付いて差し上げる事ができなかった。
何が完全よ、何が瀟洒よ、大切なお方をまもれないんじゃあ、私はメイドどころか、人として失格よ」

「そんな事を言わないで下さいよ。確実に、咲夜さんは誰よりも頑張っていました。
お嬢様もきっと満足していたはずです」

「あなたにお嬢様の気持ちが分かるの?」

美鈴はあっさり肯定した。

「分かりますよ」 美鈴は続ける。

「咲夜さんがいないとき、お嬢様が私たちに貴方の事を何て言っていたか知っていますか? 
咲夜は本当に頼りになる。貴方たちも咲夜を見習いなさい。さすがは咲夜ね、って。」

「本当なの?」

「嘘を言って何になりますか」

「それなら、お応えしないと。でも今は何もする気になれないの。ヘタレの極みね」

「謝らなくて良いです。落ち込んでも、それだけ咲夜さんがお嬢様を慕っていた証拠でしょう。
むしろ何食わぬ顔で業務に戻っていたら、それこそドン引きでしたよ」

咲夜が朝食を食べるのを見届けて、さて、と美鈴はその場を立った。

「紅魔館は私たちで守って見せますから、咲夜さんは休んでいて下さい」

まだこの人には励ましよりも、一人で悲しむ時間が必要だろう。

と美鈴は判断し、静かに部屋を後にする。

「じゃあまた後で」

ドアを後ろ手で閉め、小さな窓から外を見やると、美鈴はため息をついた。

美鈴は咲夜がいつか立ち直る事を強く信じている。

しかし、厳しくて、そしてそれ以上に優しくて、後輩なのに自分よりずっと先輩に見える。

そんな咲夜を美鈴は慕い続けていたのだ。

その咲夜が、あれほどまでに憔悴しきっていた事がショックだったのだ。

「いけないいけない」美鈴は首を振った。

愛すべき咲夜が元通りになるまで、自分がしっかりしなければ、と自身に言い聞かせる。






*   *   *






「まったく、いかに咲夜に依存していたか分かるわね」

すっかり埃だらけになった廊下を歩きながら、パチュリーは嘆息する。

沢山いた妖精メイド達も今はまばらで、仕事をさぼって遊ぶ声すら聞こえてこない。

情けないわね、と独り言をつぶやきつつ歩いていうちに、パチュリーは床の変化に気づく。

埃だらけの廊下が、ある部分からかつての綺麗な状態になっている。

「これは……」

綺麗な部分に足を踏み入れ、後ろを振り返ると、いつのまにか歩いてきた部分も綺麗に掃除されていた。

こういう事が出来るのは紅魔館でただ一人。

「パチュリー様、十分休ませていただきました。咲夜はこれより通常業務に戻ります」

咲夜は服を着替え、髪を整え、元のメイド長に戻っている。

パチュリーは安堵した。元気を取り戻してくれたようだ。

つとめていつもの調子で、紅茶を図書館に持ってきてくれるよう頼む。

「かしこまりました」

いつもどおりの口調の咲夜。

「ですがその前に、休んでいた事をこれからお嬢様に謝ってきませんと」

「咲夜、レミィはもう……」

「!! そうでした」

咲夜はうつむいて、それから精一杯笑顔を作って、紅茶をお持ちしますとだけ言うと、能力を使い姿を消した。

図書館のドアをパチュリーが開けると、咲夜はいつもの調子で、小悪魔よりも素早く紅茶を持ってきてくれる。

姿を消してから、パチュリーの時間では30秒も経っていない。メイド長の平常営業である。

しかし、彼女がかすかに目を赤く腫らしているのをパチュリーは見逃さなかった。

メイド服の着こなしもわずかに乱れていた。

「咲夜、無理しないで良いのよ」

咲夜はあらたまって、急に話題を変えた。

「大丈夫です、パチュリー様。朝食の準備がありますので、これで」

一礼してその場から消えた。

朝食時、妖精メイドも含めて紅魔館の面々が一斉に同じテーブルで食事を摂る。

だがレミリアの椅子には当然誰も座っていない。妖精メイド達の席にも空席が目立つ。

咲夜は食事中、箸をろくに動かさず、じっと主の椅子を見つめてばかりいた。

その様子をフランドールが見かねて語りかけた。

「咲夜、姉さまが死んだのは、私だって悲しい、でも……」

「妹様、そうでしたね、すみません……」

なおも彼女は、永遠の空席となった椅子を見つめている。

レミリアが死んだと言うのは嘘で、今にも彼女が食堂に入って来る。

彼女はそう信じようとしているのだろうか?

パチュリーも、今にも友人が蝙蝠の翼をぱたぱたとはためかせ、お腹すいた~と呟きながら飛んできそうな雰囲気を錯覚した。



―――あーお腹すいた。なによ、みんなもう食べているじゃない―――

―――お嬢様! 亡くなったはずでは?―――

―――レミィ、生きていたの?―――

―――死んだと思った? 残念、トリックでした―――



してやったりというレミリアの笑顔。

パチュリーはほんの一時だけ、そんな楽しい空想にひたっていた。

でも次の瞬間、レミリアは死んだという、動かしがたい事実が彼女を打ちのめす。

ふと咲夜の座っていた位置が、一瞬でほんのわずかだけずれた。

時を止めたのだろう。だがさっきとは違い彼女の顔には涙の跡はない。

やや乱れていたメイド服も綺麗になっていた。

それと同時に、咲夜はつとめて明るい口調で、さあおかたづけしませんとね、と笑った。

恐らく美鈴や小悪魔、フランドール、そして妖精メイド達も気づいている。

時空の狭間で、きっと彼女は泣いていたに違いない。

仕事中に泣きださないように。笑顔で仲間たちの前に出られるように。悲しみを伝染させないように、と。

(なにが七曜の魔女だ。私は傷ついたメイドを癒す事すらできないのか)

パチュリーは自虐的な気分だった。






*   *   *






フランドールは悩んでいた。

姉の後を継ごうと頑張っているつもりだったのだが、
周囲のメイド達は丁寧に接してはいるものの、自分に頼りなさを感じているようである。

永遠亭や人里など、他の集団との宴会や話し合いの場でも、どうにも相手と打ち解ける事が出来ないでいた。

確かに本気で戦った際の破壊力、妖力は姉同様相当な水準であったが、
もともと情緒不安定で引きこもりがちだったため、相手との距離を調節する事が苦手だったのだ。

例えば、メイド達の服がつぎ当てだらけになってきたので、新しいメイド服を作らせようと思いたち、月の技術で織られた布地を買うために永遠亭と交渉した時のことだった。

永遠亭の客間で、フランは蓬莱山輝夜と向き合う。

「この度はご愁傷様、ところで、ご用件は何かしら」

「うん、いえ、はい、メイド服を新調してあげたいので、そっちの布を売って欲しいの。いや売って頂けるとありがたいのだけど」

「布地はこれくらいでこの値段でどうかしら?」

「あ、はい、それでいいです」

「本当に?」

「ええっ」

「そちらの示したお金で、人里なら質は低いけど倍の量の反物が買えるわよ」

「じゃ、じゃあ悪いけどそっちで買っていい?」

「いいけど、安いものじゃ紅魔館として恥ずかしくない?」

「う~ん。メイドに良い服を買ってあげたいし、でもお金も節約したいし……」

フランは考え込んでしまった。輝夜は苦笑して言う。

「お姉さまなら、ずばっと決めたわよ。もっと自分の意思を強く持ちなさい」

「は、はい」

その日の商談は流れてしまった。帰り際、咲夜は輝夜に呼び止められた。

「新政権も大変ね。貴方も勝手が違うでしょう」同情を含む声。

「いえ、紅魔館の当主を支えるのがメイド長の仕事ですから」

「なんなら、こっちへ再就職しない」

「遠慮しておきます。今はフランドール様が主人ですからね」

「そう、まあ、姉のようなカリスマの素質はあるようだから頑張って」

「そう言って頂けると嬉しいですわ」

「咲夜、行くよ~」

「それでは失礼します」

空を飛んでの帰り道、フランはため息をついた。

「はあ、こういう時、姉様ならしっかりやるんだろうなあ」

「大丈夫ですよ。フランドール様。お嬢様なら喧嘩になっていましたもの。
向こうも頑丈なメンツばかりですし、それくらいはやっても良いんですよ」

「でも私、喧嘩腰になったら、見境付かなくなって、壊しちゃいけない物、者まで壊しちゃいそう」

「フランドール様はよく自制しておられますわ」

「私を抑えてくれていた人、姉さま、霊夢、魔理沙、みんな死んじゃった。
咲夜も美鈴、パチュリーも、いつか私の前から消えるの?」

すでに霊夢と魔理沙は世を去った。

精一杯生きて、人生を楽しんで、自然のままに年を取って亡くなった。

咲夜は異能の力のせいか、いまだに10代後半あたりの外見年齢で生きている。

「パチュリー様と美鈴は分かりませんが、私も永遠の命ではないでしょう。
でも、生きている内はずっと一緒で……」

言いかけて咲夜は言葉を失った、かつてレミリアにも同じような事を言ったのだ。

目の前のフランにレミリアの姿が重なる。でももう彼女は居ない。

同じ幻想郷の空の元、我儘でも優しく、誇り高いかつての主と、こうして日傘をさして空を飛んでいたのだ。

彼女と過ごした永い日々がよみがえってきた。

「咲夜、私がついてるから」

誰にも咲夜のその顔を見せまいと、フランは彼女の頭を胸に抱いた。

「お嬢様、フラン様……」

夕焼けを背景に、一人の人間を抱きしめる異形の翼がそこにあった。






*   *   *






紅魔館は湖の小島のほかに、周囲の山林も敷地として保有していた。

ある日その森に一人の子供が迷い込み、一晩中さまよった挙句、衰弱した状態で紅魔館に保護された事があった。

美鈴の報告を聞き、フランはただちに保護するよう指示したが、手厚い看護の甲斐なく子供は息を引き取ってしまう。

白沢を呼び、安置した子供の亡骸を見せると、里で行方不明になった子供であると判明したので、亡骸を白沢に引き渡すと、フラン達も葬儀に参列する旨を申し出た。

棺を前に泣き崩れる両親の姿を見て、フランは姉の死と重ね合わせ、いたたまれない気持ちになる。

何か声をかけなければ。新たな紅魔館の当主として、恥ずかしくない言葉を考えなければ。



「あの、お母さんもお父さんもまだ若いし、また生めばいいと思います」



あくまで善意のつもりだった。

葬儀の場がざわめく。いけないと思った咲夜がすぐに両親に謝罪したが、両親は怒りだしてしまった。

「何という事を……」

「も、申し訳ありません。フランドール様も謝って下さい」

励ましたつもりなのに、何故この人達は怒るのだろう、と思ったが、険悪な雰囲気になっている事は理解でき、あわてて謝罪した。

「ご、ごめんなさい」

参列者の誰かが苦笑した。

「まあ、あんた等からすれば、俺らの命なんて蝉みたいなものなんだろうな」

違う、違う、命を軽く見ているわけじゃない。

フランは参列者に発言を謝罪し、白沢の取りなしもあり、ひとまず関係悪化は避けられそうではあった。

しかし、ある人が白沢にこう言っているのを、フランは聞いてしまう。

「気が触れていたのを無理やり担ぎ出したそうだからなあ、こういう事も仕方ないか」

「腹立ったけど、逆ギレされて、里ごとドカーンも困るからな」

周囲の人がうなずく気配を感じた。

許してくれたと言うより、この狂人には手の施しようがない、といった諦め、憐れみを含む空気だった。

さらに次の一言がフランを打ちのめす。

「お姉さんの方は、こういう時、意外と空気読むお方だった」

姉の築いた里との信頼関係を、自分が壊してしまったのだろうか。

「咲夜、ごめん。咲夜にも迷惑かけちゃった」

「人間は儚い存在ですが、フランドール様がお嬢様を思い続けるように、
人間もまた亡くした家族を思い続けるものなのです」

「咲夜、やっぱり私は当主の器なんかじゃない。姉様の陰で支える方が向いていたのよ」

「フランドール様……」

「もうイヤだよう。私、こんな性格だから、うまいつきあい方なんて分からない。
お姉様、どうして死んじゃったのよ」

咲夜に抱きつき、フランは泣いた。

「フランドール様、この私が、お支えしますから……」

それからしばらく、今度は人間が異形の翼を抱きしめていた。






*   *   *






パチュリーは考えていた。

咲夜とフランはまだ、友人レミィの死を乗り越えられないでいる。

パチュリー自身もまだ、いつもどおりに本を読む気になれないでいた。

加えて、最近紅魔館の周りが物騒になっている。

美鈴の報告によれば、雑多な妖怪たちが、この辺りを縄張りにしようと窺っているらしい。

加えて、美鈴に手合わせを願い出る妖怪や、本読み目的以外の侵入者も増えているという。

妖怪が暴れるせいで、妖精も流れ弾に当たったり食われたりして数が減り、周囲の自然も荒廃してきている。

理由は明らかだ。

レミリアと言う抑止力が消え、力の空白ができた。少なくともそう思われてしまったのだ。

机に置かれた、コルク栓のふたをした小壜に目を向ける。

そこにはレミリアの遺灰が詰まっていた。

小悪魔を呼び、決意を伝える。

「こあ、これはレミィを侮辱する事になるのかもしれないけれど、やっぱりあれを実行しようと思うの。
レミィの思いを無駄にしないためにもね」

そう言って、パチュリーは机から一冊のノートを取り出し、赤い表紙を撫でた。

レミリアが生前つけていた日記帳だった。

「パチュリー様がそうおっしゃるのなら、私も協力します」

「ありがとう。みんなはこんな私を許してくれるかしら」

「例え誰が何と言っても、私だけは、パチュリー様の味方です」







*   *   *






咲夜は雑巾を絞る手を止め、レミリアとの思い出に浸っていた。

あの日以来、西行寺幽々子が守る白玉楼に何度か足を運んだが、レミリアの魂はここには来ていないと幽々子は答えた。

となれば、次の輪廻に旅立ったと考えるのが自然である。

二度と逢う事はかなわないはずだった。分かりきっている。

それでも咲夜はまだ、主が今にも顔を出しそうな雰囲気を、紅魔館のそこかしこに見出す事があるのだ。

「咲夜、久しぶりに起きたわ。こうちゃをちょーだい」

だから、懐かしい声が響いた時も、咲夜は自分の妄想だろうと思っていた。

「ああ、お嬢様は旅立たれたの、だからこんな妄想にひたり続けていては……」

「もーそーじゃないわ、紅茶を頂戴っていっているでしょ」

淡い青い髪、口元からのぞく乱杭歯、威厳と子供らしさが同居した口癖。

雰囲気は少し違うが、お嬢様、レミリア=スカーレットそのもの。咲夜にはそう見えた。

「お嬢様!」

「ちょっ、何よ咲夜」

周りを気にせず、咲夜はレミリアと確信した少女を抱きしめる。

「お嬢様。一体どこへ行っておられたのです? 心配したんですよ」

「ふっ、よっぽど神にも閻魔にも嫌われたらしい。お前くんなってな。
ええと、その程度でこの夜の王者は消えやしないよ」

「ただいま皆に知らせてまいります」

「そうね、今日はパーティにしましょう」

その日の晩、紅魔館の面々と、数の減った妖精たちで、ささやかなパーティが開かれた。

その席でパチュリーは皆にこう説明した。

レミリアを禁断の被術で、灰から再生させる事に成功した。

「あた……私ったら最強ね。まあパチュ、いやパチェのおかげでもあるんだけど」

遺灰にいくばくかの生命力が残っていたのが功を奏したのだと。

「完全復活は無理だったから、記憶や能力などに若干の欠落があるかもしれない。
だから、みんなでレミィを支えてあげて」

皆は半信半疑だったが、とりあえず信じることにした。

何より、愛する姉が、主が戻ってきたのだ。

「さあ、いままで沈んでいた分、今日は盛り上げるわよ」

「「「お~~」」」

『レミリア』は快活に酒を飲み、語らい、紅魔館を再び賑やかにしてゆく事となる。






*   *   *






「咲夜咲夜、早くしないと行っちゃうよ」

ある夏の夜、活気に満ちた祭りの里。

神輿を担ぐ男たち、太鼓や笛の音、子供の興味を引きそうな、縁日のお菓子やおもちゃ。

『レミリア』は咲夜の手を引いて、あらゆるものに好奇心を示す。

「好奇心は力の源よ、そうじゃない」

「左様でございます」

外見相応の子供のようにはしゃぎまわる主に、咲夜も顔をほころばせた。

その様子を、白沢も、里の人々も、この代の博麗の巫女も、暖かく見守っていた。

紅魔館が威信を取り戻し、秩序が安定してくれば、それだけ里の安全、幻想郷の秩序も保たれる。

そういう実利面からレミリア復活を喜ぶ気持ちもあったが、咲夜とレミリアは里でも人々に愛されており、彼女たちの笑顔が戻った事が純粋に嬉しかったのだ。

しかし、『復活したレミリア』にかしづく咲夜達を見て、誰もがこうも思うのだった。

本当にこれでいいのだろうか? 

一体いつまで、こんな事を続けるつもりなのだろうか? と。






*   *   *






秋の風が吹き、恋する虫達の合唱が響き渡る頃、

メイド達の衣替えを兼ね、懸案だった『メイド達の服がぼろぼろよ問題』を解決すべく、

フランは『レミリアお姉さま』を伴い、再び永遠亭に向かう。

永遠亭の主、輝夜とフランの二度目の折衝である。

「見てて、お姉さま」

輝夜の威厳に緊張がないわけではなかったが、後ろで静かに見守る『お姉さま』に勇気づけられ、前回とはうって変わって堂々と交渉するフラン。

「だから、この布地だと、この値段が適当だと思うんです」

「それじゃあ足がでちゃうわ」

「こうりんどーに外界の布地が入ったんだけど、そちらは近い質でもう少し安かったわ」

「でも、うちの反物より少ないでしょう」

「じゃあこの値段で、これ以上は、輝夜さんでも絶対だめ」

「じゃあいいわ、これで売ってあげましょう。イナバ、反物を持ってきてちょうだい」

フランは喜び、後ろで見守っている『姉』に伝えた。

「やったぁ~。お姉さま、きちんと買えたよ」

「見ていたわ、フラン、良くやったわね、それでこそ私の妹よ」

『レミリア』はフランの頭を優しく撫でた。フランは目を閉じ、幸せそうに手の感触を楽しんでいる。

輝夜はわずかに眉をひそめ、若干魔性の笑みで『レミリア』にこう問いかけた。

「ねえレミリア、私と始めってあった時の事を覚えているかしら」

「もちろん、覚えているわよ」

「妖怪がお約束で人を襲うわけのわからない存在になってしまった、と私は言ったけれど、
その時あなたは何て言ったっけ?」

『レミリア』は輝夜からわずかに目を反らし、それから慌てて視線を元に戻し、答えた。

「そ、そうね、かき氷を食べる毎日が楽しいんだよ、それで何が悪い。と答えたわ」

「残念、紅茶を飲む毎日が、よ」

「そ、そうだったかしら」

フランが怒った。

「輝夜さん、お姉さまが偽物だとでもいうんですか? お姉さまは……」

輝夜はすかさず、その先を言い当てる。

「復活の被術が不完全だったので、記憶に乱れがある、でしょう?」

「そう、でもお姉さまはお姉さま以外の何者でもないわ」

「ここは幻想の世界。でもいつか向き合わなければならない現実もある。
紅魔館は永遠亭の良きライバル。それが替え玉にいつまでもすがっていては……」

「もういい! お姉さま、さっさと布貰って帰ろう」

フランは『レミリア』の手を引き、用意された品をひったくり、廊下から強引に飛び去った。

「代金はどうするのかしら?」 

「永遠が終わった後で払ってやる!」

「あら怖い怖い」

一行が帰った後、輝夜は永琳に、紅魔館へのある伝言を頼んだ。

「はあ、姫様、どうしてもこのように伝えろと?」

「紅魔館に元気が戻って、張りあいになるのは良いけれど、あのままじゃあ、ね」

永琳は顔を曇らせる。

「姫様、これはあちらの家庭内の事情ですし、心が壊れずに生きていけるなら、必要な嘘もあるのです」

「確かに、余計なお世話かもしれないけれど、見てらんないのよ。一言、私はこう思っていると伝えるだけで良いからさ」

「……承知しました。伝える相手は……そうですね、ノーレッジ様が良さそうですね」

「頼んだわ」






*   *   *






翌朝、永琳は早速紅魔館へ向かい、美鈴を通して『レミリア』復活に関わったパチュリーとの対面を求めた。

かつての月面戦争から長い年月がたっていたが、それでも厳重なボディチェックを美鈴から受けた。

「ごめんなさい。貴方に悪意があるとは感じません。ですが、お嬢様がお亡くなりになった後、スペルカードルール無視の不届き者が増えているのです」

「道理で、この辺の木々も荒れているし、当然でしょう。お構いなく」

その後、永琳は図書館隣のパチュリーの書斎に通され、一対一の話し合いを求める。

咲夜やメイド達には席をはずしてもらい、これはあくまで輝夜個人の気持ちと断ったうえで切り出した。

「貴方たち、いつまでこんな事を続けるつもりなのですか。あのご主人、本当は妖精を変装させたものなのでしょう?」

パチュリーは素直に認めた。

「そうよ。レミィをよみがえらせるのは無理だった。
でも、レミィを失った咲夜とフランの姿が可哀想でならなかったの。
加えてレミィの死後、妖怪たちがこの辺りで縄張り拡大を狙って暴れている。
例え偽りでも、それでみんなの心が安らぐのなら、紅魔館の平穏が保たれるのなら、
残酷な真実より、優しい嘘を選ぶのも悪くないと思う」

「こちらとしては、紅魔館に干渉するつもりはないし、現実から目を反らすな、などと説教する気もありません。
私だって、もし姫様の不死の能力が消えれば、同じ事を望むかもしれない。しかし……」

「死んだレミィにいつまでもすがりつかず、いい加減眠らせてあげるべき、そうじゃないと紅魔館は先へ進めない。と言いたいのね」

「おそらく姫様はそう思われています。ずっと昔のままの私たちが言うのは滑稽ですが」

「そう、滑稽ね」

「ですね。こちらとしては、先程も申しました通り、私たちは干渉するつもりはないのです」

「いや、私たちの事よ」

「と言うと?」

「もうレミィはいない。なのに、哀れな氷精の女の子をレミィそっくりに仕立てて、
魔法でそれらしい力も与えて、赤の他人としての生を強いている。
あの子にだって人生はあるでしょうに」

パチュリーは自嘲気味に続けた。

「いくら現実逃避したって、レミィは死んだと言う事実からは逃れられないのに」

「私も、真実が幸せとは限らないと思っています。
現実逃避するなと言うのは、ただ姫様がそう言って来いと命じられたからに過ぎません。
もし気分を害されたのなら謝ります」

「いや、いつか誰かが指摘すべき事だったわ。私たちは自分のエゴのために、あの子を犠牲にしている。
辛いけど、考え直す時なのかも」

「それは違う!」

何者かが勝手にドアを開け、二人の前に進み出て、パチュリーの言葉を否定した。

レミリアそっくりの、氷精の少女だった。

「レミリアの代わりになったのは、あたいのいしでもあるのよ」

「貴方は……確か、氷精のチルノね。何のメリットがあると思うの?」

「……あたいたちは、人間や妖怪より弱い。レミリアはそんなあたい達を守ってくれていたの」

永琳は生来の思考速度で事情を大方飲み込んだ。

「それで、彼女が亡くなったので、妖怪たちがそこにつけ込んで暴れ出し、とばっちりで妖精も数が減った。というわけね」

『レミリア』を装っていたチルノは、一冊の日記帳を永琳の前に出した。

「そう。レミリアは紅魔館のみんなにも内緒で、目についた妖精を保護して、湖に住まわせてあげていたの。この日記がその証拠だよ」

チルノとパチュリーは視線を合わせ、互いにうなずきあう。

二人の了承を得た永琳は、日記帳を手に取り、ページをめくる。

今は亡き吸血少女の思いが書かれていた。






*   *   *






○月○日

咲夜に内緒で、今日も里のはずれでいじめられていた妖精を一匹保護した。霧の湖へ連れて行き、チルノ達と一緒に遊ばせよう。チルノは了承してくれた。
自然保護も貴族のたしなみね。

○月○日

幻想郷で一番弱いからと言って、妖精たちが心ない人間から鬱憤晴らしの道具にされるのは酷だ。例の本から悪影響を受けた人間が出ないか心配だ。著者に一言言ってやろうか。

○月○日

稗田邸に忍び込み、本人と対面した。妖精への差別表現をやめろ、と言ったが、あいつはだって実際危ないではないか、と言いきった。腹立つな。だがこんな奴でも殺すわけにはいかない。根気良く説得し、転生の手伝い(笑)を申し出ると、ようやく考え直すと言ってくれた。

一応許すが、妖精を「匹」で呼ぶのが定着したのは多分こいつのせいだ。

○月○日

森の妖精たちに、人間が迷い込んだら、多少の悪戯は良いが、ちゃんと里へ帰らせてやるように言った。これで少しは人間の妖精観も好転するだろう。



「レミィも私も、幻想入りする前はいろいろあったからね。最底辺に置かれている妖精と自分たちが重なって見えたんでしょう。ただそれを私にも咲夜にも内緒にしていたのは、スカーレット家の威厳も考えざるを得なかったからだと思う。そんなような記述もあったはずよ」



○月○日

妖怪にいじめられていた妖精をかばうと、そんな下等生物を何故、と笑われた。
自然の根源である妖精を少しは尊重しろと言うと、お前も妖精なのかと言った。
私はつい感情的になって、違う、と叫んでしまった。
やつは私を指差して笑った。
そう感情的に否定したと言う事は、お前も偏見を持っている証拠ではないかと。
この妖怪は、私の心を見透かしたのだろうか。
強引に妖精を取り返したが、妖怪はなおも私を嘲笑う。こいつは私の心の闇が具現化したものだ。なので、消滅させてやった。

○月○日

久々に咲夜と飲んだ。
咲夜によると、私が妖精をひいきしていると言う噂が流れているらしい。
別に噂でもないのだが、つい体面を気にして、否定してしまった。
妖精への偏見はいけないと言っていた自分は偽善者なのだろうか?
それでも、妖精で鬱憤晴らしすればいいなどと言う考えに同調する気にもなれなかった。
私の中で、感情と理性が戦っている。



最期の日の記述が近づいてくるにつれて、永琳の鼓動も早鐘を打つ。



○月○日

一部の人間が、妖精を燃やして動力源にするなどと言う計画を練っている事を、お忍びでの散歩中に聞いてしまった。
許せない。自然の顕現である妖精を大事にするだけでも、大きな恵みが得られると言うのに。金の卵を産むガチョウを殺す、短絡的な行為ではないか。
阻止せねば。



そして、咲夜がレミリアの死を知った日の前日で、日記は途切れていた。

○月○日

運命を全力で操作し、咲夜やパチュリーにも気取られず、妖精炉計画をぶっ潰してやった! ざまあ味噌づけ! 気分爽快! 暇つぶしとしても上々。
奴らのなけなしの抵抗もそこそこ楽しめた。
いっそのこと、この吸血鬼も妖精の一族だと宣言してやろうか?
あのカリスマ、レミリア様が妖精だった。
ならば妖精も結構侮れないぞ、と誰もが思うだろう。
これも偽善なんだろうか?
でもここまでリスク背負ったんだから、ちょっとぐらい、理性に軍配が上がったと思ってもいいよね。

それはそうと疲れた。最後の仕事、ぼろぼろの服をこっそり着替えて寝よう。

今夜はぐっすり眠れそう。明日、少しぐらい寝坊してもいいわよね……。



永琳は静かにページを閉じ、二人に日記帳を返した。



「もし、レミリアは本当はあたい達の事なんかどうでも良くて、じこまんぞくだとか、きぞくのすてーたすとかでやってただけだったとしても、あたい達を助けてくれた事には変わりないと思う。レミリアにおんがえしたかったし」

「妖精さんも、結構義理堅いのね」

「それだけじゃない。大ちゃんが……妖怪のながれだまにやられたきり、復活しなくなったんだ」

「大ちゃん? お友達の妖精ね」

「うん。大ちゃんも強い方だから、大きな自然の力がいるのよ。それに……」

チルノは恥ずかしそうに微笑んで

「最初パチュリーの誘いにのったのは、大ちゃんをいきかえらせるのと、レミリアへのおんがえしのつもりだけだった。
だけど、咲夜やフランとも仲良くなれた。二人ともうすうす感づいているかもしれないけれどね。
あたいは、紅魔館のみんなとも仲良くなれたらいいと思ってる」

「チルノ、ありがとう」 パチュリーは静かに頭を下げた。

「あたいがレミリアでいる事で、大ちゃんたち妖精が帰ってきて、
紅魔館のみんなも笑っていられるなら、あたいはレミリア=スカーレットであり続ける」

チルノの決意表明に永琳は安堵感を覚え、笑う。

「今まで、私は妖精を馬鹿にしていたわ」

パチュリーも同意した。

「レミィはこういう性質に引かれたのでしょうね」






*   *   *






「ねえ咲夜」

永琳が帰った後、『レミリア』はバルコニーで氷のたっぷり入った紅茶を味わいながら、何気ない風を装って咲夜に聞いた。

確かめたい事があった。

「なんでしょうお嬢様」

「最近、妖精たちの数は増えているかしら?」

「お嬢様がお隠れになっていた頃、確かに不届き者が周りを荒らしたため、妖精の数は減っていました」

「あらそう。で、今は?」 『レミリア』はできるだけ興味ない風を装い尋ねる。

「だいぶ回復してきた用ですが、それでも、往時にはまだ遠いかと」

「ふ~ん、じゃあ、この辺に沸く妖精も、まだ弱いままなのね」

「はい、残念ながら」

『レミリア』は少し考えて、もう一息かと呟く。

「何か?」

「ううん、何でもない」

「お嬢様。やっぱり、仲間の事が気になるのですね」 

付け乱杭歯がぽとりと落ちた。

「咲夜……ばれてたんだ」

「ええ、人間の私でも、本物のお嬢様と影武者の区別はつきますよ」 

咲夜は柔和な表情のままで、殺気も感じられない。

チルノは椅子から立ち上がり、咲夜に頭を下げた。

「ご、ごめん。みんなを騙そうとか、悪気があったわけではないの」

「落ち着いて下さい。誰も貴方を怨んでいません。むしろ、おかげで私もフラン様もずいぶん癒されました」

「怒ってないんだね。ありがと咲夜。ところで、咲夜もレミリアの日記読んだ?」

「ええ」

「泣いた?」

「ええ、思い切り。なぜ私たちに相談して下さらなかったのかと。
なぜ気づいて差し上げる事が出来なかったのかと悔しくてなりませんでした。でもそれですっきりしました」

咲夜は続けた

「本当はずっとわかっていました。お嬢様はもうここにはいない。貴方もお嬢様ではない。
でも、きっかけが何であれ、お嬢様であろうとしてくれていた貴方も、もう他人とは思えないのです。
レミリアお嬢様はかけがえのない存在でした。それは今も同じです。
だけど、貴方もかけがえのない紅魔館の一員なのですよ。それに、正直言って……」 

咲夜は視線を反らして両手を絡め、はにかんだ笑みを見せた。

「正直言って?」

「小さい子の面倒をみるのって、好きなんですよ」

「そーなんだー」

「お願いがございます。これからも紅魔館のお嬢様で居て下さいますか。もちろん、無理強いは致しません」

フランが2人の間に割って入ってきて、チルノと向き合った。部屋の外で会話を聞いていたらしい。

「チルノお姉さま、あのときみたいに、私がくじけそうになったら、また私を支えて欲しい。頭なでなでして欲しい。
そうすれば、きっといつか、私はレミリアお姉さまにも認めてもらえるようなレディになれると思う。」

チルノはためらわずに答えた。

「あたいにとっても、紅魔館のみんなはもう大事な仲間。一緒に湖の妖精たちを守っていこうよ」

咲夜とフランはその後、仲間たちにチルノの事を話し、認めてもらう事に成功した。

「頑張ってね、チルノちゃん。紅魔館のメンツを汚さないようにして下さいよ」と美鈴。

「まだ完全に貴方の事を認められないけれど、パチュリー様の頼みなら仕方ありませんね」と小悪魔。

「むしろ妖精の地位向上になりますね」と喜ぶ妖精メイド達。



この日を境に、チルノは名実ともに、新たな仲間『チルノ=スカーレット』として紅魔館に迎えられた。

もはや主亡き館と、氷の代用少女ではなかった。






*   *   *






ある冬の夜、湖のほとり。

無名の妖怪集団が、紅魔館を睨んでいる。ボス格の妖怪が部下たちを激励する。

「今日だ。今日こそ、紅い館を乗っ取り、我らがこの領域の主になってやろうじゃないか」

「おーーーーーっ」

「妖精メイドさん達も可愛いしな」 部下の一人が言った。

「アホな事を抜かすな」 とボス格がそいつの頭を叩く。

「頃合いだ、行くぞ者ども……ぬおおおっ!?」

突如弾幕が妖怪集団に降り注ぎ、大半を吹き飛ばした。

妖怪のリーダーは何とか起き上がり、頭上の弾幕を放った敵を見上げ、息を飲んだ。

激しい弾幕のエネルギーとはひどく不釣り合いな、澄んだ瞳と黒い髪の少女がいた。

月明かりがその横顔を照らしている。

永遠を生きる月の姫君。名は確か……

「ほ、蓬莱山輝夜!」

妖精メイド可愛いと言っていた部下は、体の半分を消失させながらも興奮して見上げている。

「お、お美しい……」

「お。おめーそれどころじゃねえだろ」 ボスが突っ込みを入れた。

「雑魚妖怪どもに告ぐ。この領域は紅魔館に統治出来なければ永遠亭が管理する。速やかに捨てゼリフを吐いてママの所に帰りなさい」

「や、野郎ども、撤退だ!」

「輝夜さん、写真取らせて下さい」 

「アホかおめーは」 

ボスが半身だけになっても懲りない部下を担ぎ、煤だらけの仲間を率いて逃げていく。

「ふふふ、邪魔者は消えたわ」

騒ぎを聞きつけ、チルノは後方をパチュリーと美鈴に任せ、咲夜、フランを伴い、輝夜の前に立ちはだかった。

「何の用、荒事なら受けて立つわよ」とチルノ。

「偽物に頼る紅魔館なんか、領主の資格はないわ。この地は永遠亭がもらい受ける」

咲夜が反論する。

「いいえ、このお方は、スカーレット家の当主、フランドール様を補佐するスカーレット家三女、チルノ様です」

輝夜は咲夜の目を見た。現実をごまかしている人のそれではない。他の者も同じだ。

輝夜は満足そうに笑う。

「ふふっ、自分なりの答えを出したようね。
いいわ、紅魔館とその領地をかけて、貴方達にスペルカードルールに則った戦いを宣言するわ」

「チルノお姉様。姉様の力を見せてよ」 期待に満ちた目のフラン。

「私は三女よ」 

「でも、お姉様っていう響きの方が好き。レミリアお姉様とはもう一人の、私の大事な姉だもの」

「そう、なら勝手にしなさい」

チルノと輝夜は向き合い。エネルギーのこめられた魔法の札を出す。

「私からの難題。貴方にいくつ解けるかしら?」

「こんなに月も紅いから、本気で凍らすわよ」

2人の対峙を、フラン達と妖精たちが見守っている。

その場にいた誰もがこう思った。輝夜も含めて。

レミリアが安心して旅立てるように、紅魔館はもう大丈夫だと伝えるために、

派手な弾幕ごっこで彼女を送り出してやるのだ、と。



「クールな夜になりそうね」



再生しつつある紅魔の館と、湖の自然。そこで賑やかな弾幕ごっこの花が咲く。

幻想郷は今もなお、陽気さと呑気さであふれている。
各作家の方々の咲夜さんが亡くなる話を読んで、
もし先に逝ったのがレミリア様だったら、ということを想像して書きました。

きっと同じストーリーでも、PNS様や過酸化ストリキニーネ様、はむすた様のような方々が書けば、
もっと長くて深くて泣ける話になったでしょうが、一応自分にできる分を目指しました。
突然の喪失、悲しみ、そこからの新たな出発を描けたでしょうか。
何かを感じていただければ幸いです。
とらねこ
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コメント



0.1220簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
いや、確かに粗いところもあるけど、とらねこさんはとらねこさんで楽しめるものがあるからいいと思う。
とらねこさんの書く、妙に人間くさい妖怪たちの葛藤は、読んでいてこっちも真剣に考えたくなるほど共感できるところがある。
2.80名前が無い程度の能力削除
楽しめました
ストーリーに文句はないのですが
乱杭歯という単語選びがどうかと思います
おそらく八重歯とか、笑ったときにちらっと見える犬歯のことを
書きたかったのだと思いますが……
5.90名前が無い程度の能力削除
咲夜が先に死ぬ話ばっかりだけど、
こういう逆の展開もなかなかいいですね
いろんな人物の感情も色々と読み取れますし、とらねこさんの魅力もあっていいと思います
7.80名前が無い程度の能力削除
ネタ晴らしのときいつの間にフラン居たんだよ、とか突っ込んじゃいけないのかな
ところどころ詰めが甘い気がしますが、セリフ回しや話の流れは好感を持てますね
8.80奇声を発する程度の能力削除
これはこれで良いですね
面白かったです
10.80名前が無い程度の能力削除
大黒柱を失った紅魔館の面々の立ち直り方それぞれがなんともしっくりきました
レミリアとフランは妖精が吸血鬼化した種族ってことでいいんでしょうかね?
14.60名前が無い程度の能力削除
内容はいいけど文がなぁ・・・
15.70名前が無い程度の能力削除
嘘つけないから書きます。
2/3までは良かった。後半がちょっち残念。
自分で書けない奴が言うのもなんですが、がんばって下さい。応援してます!
17.80名前が無い程度の能力削除
いつか誰かやるだろうな、と思ってた寿命逆転ネタ。
ここでやっときましたか。ごちそうさまです。

さて、この話は事実上、悲劇の爪跡にフォーカスした作品になっています。
そこから立ち直る様を描いているので、二項対立の分類としては喜劇なわけです。
一方で、日記からレミリアの行動を見ると、なんとも不憫なヤツだなぁ、と考えます。
私はその時、喜劇の端っこで、一人だけ悲劇の中にいる人物の様子を脳内に思い描いてしまったのです。
意識してしまうと、それが悲しくてたまらなくなったのです。その辺をうまく誤魔化してほしかった……。
24.無評価とらねこ削除
皆さんの率直な批評に感謝します。
最初の題は『メイドと氷の代用少女』でしたが、レミリアと咲夜の話だけではなくなったので変えました。
そして多くの方々のご指摘通り、まだまだ文章の詰めが甘いようですね。乱杭歯という表現も下品かもしれません。
17氏の言われる通り、この話でレミリア様だけが救いがなく、亡くなる上に、(内緒にしていたとは言え)紅魔館内部に相談する相手もいない。ひたすら悲劇ばかりでした。もし続編を書く事があれば、この事も留意しようと思います。
読んでいただいてありがとうございました。
28.100名前が無い程度の能力削除
これは参った 正直文章には荒削りなところが目立つけれど、そこが逆にストレートに情景を胸に放り込んでくる感じ。
乱杭歯という表現は確かに乱暴だったかもしれないけど「あれ?レミリアが?さては」と想像させてくれて
まさにとらねこ様の思う壺でした。
このレミリアの、チルノの誇り高さはどうだ。素晴らしい幻想郷でした。
34.90プロピオン酸削除
>>クールな夜になりそうね
うぉぉぉ、痺れるぅぅぅぅ。

感動しました。
40.90名前が無い程度の能力削除
むしろ自分は後半になるにつれこの物語に惹かれていきました。
こういった人間(?)関係の描写が良かったです。
41.100名前が無い程度の能力削除
この紅魔館の後日談が読みたいね
42.100名前が無い程度の能力削除
100点
43.100名前が無い程度の能力削除
続きが気になるくらいに楽しめました
44.100名前が無い程度の能力削除
珍しい展開で好きです。この後も気になる・・・