Coolier - 新生・東方創想話

夜さりぬ

2013/10/27 13:39:35
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 霊夢はちいさな口をぽかんと開けたまま、じっと夜空を見あげていた。満天のあちらこちらに散らばる星たちが、たがいに身を寄せあったり離れたり、思い思いの表情でささやきあっている。たまに駆けぬける風は、まだぬるく重ったるい。でも、ときどきびっくりするほど寒いのが混じりこんでいた。
 境内の地面は意外に冷たかった。霊夢は地面に横になったまま考える。ひょいと首をひねると、右手には参道が見える。行き当たりには、影を伴う鳥居がぽつんとひとつ空を見あげている。その向こうには、黒々となびく山の木々が、頭の先を並べている。
 ずるずる首を巡らすと、ちょうど山と山の重なりあってできるへこみの真上に明るい月が見える。その周りでは星の影も薄い。右端の欠け口が、少しさみしい。
 ひと通り首の回る範囲を見てしまうと、霊夢はまた正面に顔を戻した。髪に泥が付いてしまったかもしれない。背中も泥だらけかもしれない。けれど、ひんやりと伝わってくるのが心地よくて、どうしても立ちあがる気力が湧かない。お酒が回っていて、少し体がだるい。ほてった体を横たえながら、ただぼうっと空を見る。
 今日は、ほんとうに良い日和だった。昨日までの残暑にひきかえ、日ざしが穏やかだった。昼過ぎに、一時にわか雨が降った。そのおかげもあってか、夕方からは過ごしやすかった。夜も心地いい。
 こんな1日だったから、みんな好きほうだいに集まってきた。示しあわせたわけでもないのに、気づけば、人間がいて、妖怪がいて、妖精がいて、幽霊がいた。みんな思い思いの食べ物や飲み物を持ってきた。霊夢も、お酒とおつまみを用意してみた。いつ始まったか分からないけれど、気づけば飲んでいた。酔って歌いだすやつがいて、誰かがそれに手拍子を合わせだして、やじを投げだして、気づけば笑っていた。夜がすっかり神社を覆っていても、まだ飲みたりなかった。
 魔理沙が焼酎を片手にあれこれと、あることないことを語りだすと、文が食いつき、アリスがとがめ、早苗が笑いだした。霊夢もその中へ引きずりこまれて、ちびちびとお酒を飲んだ。部屋が熱くてかなわないなんて、わざと聞こえるように声に出してみたら、紫と幽々子がやってきて、服をひっぺがされそうになった。妖夢とレミリアが反対側から引っ張って、綱引きだ綱引きだと、魔理沙がはやした。霊夢は両方から伸びる腕をピシャリと払いのけ、御幣が手元になかったから、空っぽになった湯のみで手近な頭をぽこすか叩いてまわった。偶然巻きこまれたアリスが涙声で抗議したのに、霊夢はひとにらみを返した。それは明るい夜だった。
 夜が更け、みんな立ちあがった。お出ましの遅い月を見て、三々五々、帰路についた。中には片付けを申しでる良心的なやつもいたが、けしからんやつらは畳に寝転がって前後不覚だった。そのボディーをズルズルと寝室に押しこみ、皿を洗って水を切り、てつだい連中が帰ってしまってから、霊夢はちょっと酔いでも覚まそうかなんて鼻歌交じりに、よろよろ建物の周りを回ってみた。夜風が気持ちよかったし、虫の鳴き声が絶え間なくやってきて、すこし気分が落ち着いた。
 霊夢は耳をそばだてて、ぬるぬるとはっていく生暖かい風に混じりこんだ鈴虫の声を聞く。高いその音は、強まり弱まりしつつ、切れ間なく続いている。すこしの間、目を閉じていると、まだ頭の中に残っているアルコールがグルグルと渦を巻きだす。喉が渇いた。霊夢はすこし顔を起こす。井戸までは、ちょっと距離がある。立ちあがるか、飛ぶかしなくては届かない。ぼうっと夜につるべを透かして見てから、ちいさなため息をついて頭を戻す。ぺたりと髪が地面に着くが、リボンがじゃまで首が変な角度になる。苦い顔をして、霊夢はずるりと腕を引きずって髪の間に突っこみ、ひと思いにリボンを解いた。頭が平らになって、心地いい。
 ふと、解いたリボンを目の前に掲げてみる。すこし泥が染みてしまっていて、明日洗わなくてはならない。いつごろから使っているのか、もうすっかり忘れてしまったけれど、今ではこれがないと落ち着かない。いつだったか、なにかの拍子にリボンをしないまま朝ごはんを食べていた時、どうにも髪が気になってしょうがなかった。始めはてっきり髪が伸びたのだとばかり思っていたけれど、ふと頭の上に手をやってみて、なにかが足りないことに気づき、慌てて姿見をのそきこみ、それでやっとリボン忘れに気づいた。あの時は、ひとりで笑ってしまった。
 霊夢は横になったまま、胸の上で手を組み、リボンをギュッと抱きしめてみた。目を閉じ、また鈴虫を聞いた。少し足が冷えてきたかもしれない。喉も乾いたし、寝るなら中に戻らないといけない。けれど、お酒のせいか、まだ頭がぼうっとする。けして寒いという程じゃない。布越しに伝わる地面の優しさが、心地いい。
 畳の上で温かいおふとんにくるまっているのも悪くないけれど、こうしてぼんやりひとりの月見としゃれこむのも心地いい。
 すこしお酒があったら、なお良かったかもしれないけれど、ひとりで月見の宴はなにか違う。
 宴はみんなでするものだ。肩を並べて歌うのもいい。車座になって笑うのもいい。顔を突きあわせて話しこむのもいい。けれど、ひとりでぼうっと空を見あげるのはなにか違う。
 霊夢はまたぼうっと空を見あげていた。風がすこし弱くなった気がする。背中もぬくまってきてしまった。これはちょっといただけない。
 夜空がかすんだ。ぼうっとする頭の隅で、鈴虫の声がうるさい。それはだんだん大きくなりながら、霊夢を揺らした。アルコールが、にじむ空の端をじわじわと赤く染めていた。鼻の頭がむずがゆい。目頭がこそばゆい。リボンを握りしめたまま、左手を鼻の頭に持っていく。ぐっと鼻柱を押さえつけてみる。リボンの切れ端が鼻先をかすめて、くしゃみになった。
 くしゃみはたてつづけて起こった。2、3度むせかえるようなくしゃみをすると、鼻の奥に染みる。声にならない声を上げてもがいていると、母屋の方から声がする。誰かが起きたのかもしれない。ごろりと体を転がすと、うっすら明けはじめた夜空が見える。山はまだ黒々と濡れているけれど、空はじんわりと色を変えはじめ、まだらに揺れていた。
 母屋の影から、ひょいと魔理沙の首が見えた。目が合うと、魔理沙は変な声を上げた。霊夢がプッと噴きだすと、間の抜けた顔をしたまま、のしのし歩いてきた。

「おい、霊夢、なにやってんだ?」
「あんたこそ。なにしに来たの」
「いや喉が渇いたから」
「こっち来てもなんもないわよ。あっち行きなさい」
「うん? で、霊夢はなにやってんだ?」
「そりゃア」

 魔理沙が伸ばす手にすがって立ちあがりながら、霊夢は口ごもった。夜は明けた。潰れた連中も、おいおい起きあがってくるだろう。そうしたら、温泉もいっぱいになるに違いない。朝ごはんだって作らなきゃいけない。後始末は自分でさせよう。霊夢はまたひとつくしゃみをして、鼻をすすりあげた。

「つきを見てたのよ」
「月? あれか?」

 霊夢は魔理沙の指さす先に目を凝らし、てっぺんからずり落ちた月の、山の端に欠け口をひっかけながら笑っているのを見た。
 未成年者の飲酒は禁止されており、これを知りながら制止しなかった親権者らには科料が、飲酒すると知りながら酒類を提供した者らには50万円以下の罰金が、それぞれ課されます。ある調査によれば、未成年者の飲酒経験率は減少傾向にあるとのことですが、飲みやすい甘いお酒の普及などにより敷居は低くなっているとの指摘もあります。アルコールは依存性もあり、最悪命に影響を及ぼすおそれもあります。これからも、周囲にいる大人には、アルコールとの距離の置き方を正しく指導していくことが要求されていくでしょう。
 お酒は20歳になってから。楽しくたしなむ程度で。
 では。

追記
 文書変更(27-Oct-2013)
 文書改訂(28-Oct-2013)
大笠ゆかり
[email protected]
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コメント



0.240簡易評価
1.90おちんこちんちん太郎削除
とても面白かったです。文章が好きです。
2.90名前が無い程度の能力削除
ほどよく酔いが回った感じが出ていて、かつ風流な文章が良かったです。雰囲気が出てます。
5.80非現実世界に棲む者削除
雰囲気が綺麗でした。
8.80奇声を発する程度の能力削除
文章も良く面白かったです
11.70名前が無い程度の能力削除
宴会が終わった後の静かな余韻って確かにこんな感じだなぁ。
会話がほとんど登場しないだけでここまで話の雰囲気が変わるものなんですね。

――誤字報告――
「にわか雨が振った」→「にわか雨が降った」
12.100名前が無い程度の能力削除
宴会が終わってほどよく酔いが覚めてきた頃の雰囲気は何とも言えないものですね
13.100名前が無い程度の能力削除
こういう雰囲気のお話は大好きです