Coolier - 新生・東方創想話

Dolls tea time

2011/07/04 19:10:30
最終更新
サイズ
18.18KB
ページ数
1
閲覧数
2103
評価数
20/70
POINT
4320
Rate
12.24

分類タグ


――人形たちの午前中――



 ぽつぽつぽつ、と雨音が響く。人形たちは音を聞いて、小さな手足を大きく動かしながら窓際へ飛んでいった。ガラスの窓には既に無数の雨粒が付着していて、床に小さな水たまりが出来ていることに気がつき肩を落とす。第一次お掃除戦争、展開準備だ。

「上海?」

 耳に通る声に、上海人形は首を動かす。それから窓を見て、床を見て、慌てて声の主から床を隠そうとその小さな身を翻した。上海人形渾身のディフェンス。鋭角シュートだって防いでみせるという気概は、しかし余計に声の主の視線を床に運ばせてしまう要因と為った。自分のミスで、一失点だ。

「ふふ、もう」

 声の主は、口元に手を当てると淑やかに微笑んだ。
 金の髪の狭間から覗く青い瞳は、優しく弧を描いていて。

「隠さなくても良いのに。ほら、さっさと掃除してしまいましょう?」

 上海人形は、声の主を見て頬に手を当てる。
 主――アリス・マーガトロイドの優しげな笑みを受けることが出来たのだ。買収されてしまったとしても、彼女の仲間達は文句をいう事が出来ないだろう。ここから先は、きっとアリスと上海のワンサイドゲームだ。

 蓬莱人形や西蔵人形、倫敦人形たちが奥から動き出す。それぞれにバケツや雑巾を持っていて、これから上海と一緒にお掃除だ。アリスに命令を貰ったことによる嬉しさと、アリスに叱られることなく微笑みかけられた上海への嫉妬。それらがない交ぜになった表情で、蓬莱人形は上海人形を見た。人形同士限定のアイコンタクト。それに上海人形は、鼻高々に胸を張って見せた。自慢である。

「蓬莱、貴女は紅茶を淹れてきて」

 新しい命令が与えられたことに、蓬莱人形は目を輝かせる。やっぱり人形同士にしかわからない仕草だけど、人形同士にわかれば十分だ。アリスは、そうしなくても思いを汲み取ってくれる。

「上海は、お掃除の続き」

 上海人形は、一拍間を置いて頷いた。午前十時の緩やかなティータイムを共に過ごすのは、いつも自分の役目だったのに。なのに、たった一度の失点が、同じく買収されていた同胞によって掻っ攫われたのだ。賠償金を要求する、などと上海人形は恨めしげに蓬莱人形を見た。

 窓の外、降りしきる雨、優しい午前。
 アンニュイな午後を迎える前に、ハートフルな午前を過ごしたい。けれどそれは叶わぬことなのだと、上海人形は常々理解していた。家の中という小さな世界での戦いは、もうすぐ終わりを告げるだろう。どうせ、迷い人や魔法使いなど沢山の人妖が、この場所に訪れるのだから――。













Dolls tea time













――午前十時半の妖精――



 元気な足音、静かな足音、追いかける足音。
 姿が消えたり出て来たり、気配は何処にも存在しなく、音までが消え失せる。けれど操り糸の伝わる振動は隠すことが出来ないのだと、上海人形は口元を歪めて敵を見据えた。その姿は捉えているぞと可愛らしい威圧を込めて。

『あれ?見られてる』
『そんなはずないわ』
『でも見てるわよ。絶対』

 楽観的な光の精と星の精。それに対して、月の精はやや疑り深い。突撃隊長、名参謀、ツッコミの息のあったコンビプレーだが、上海人形の陣営には神風特攻ストロードールが控えている。黒白魔法使いも恐怖させた霊障の嵐で、一網打尽だ。

「なにをしているの?」

 いざ出陣、と槍を持ったところを遮られた。声をかけられたのは自分ではない。驚きながら姿を現してしまった、三月精の連中である。上海人形が糸の震えで感知したのなら、大元であるアリスにも当然感知でき得ることだった。状況把握の不足が敗因か、と上海人形は肩を落とす。同時に、次は負けないと不屈の意志を瞳に宿して。

「ば、ばれた……けどまぁいいや」
「クッキー下さいっ」
「ええ、動じないのっ!?」

 見事なツッコミ役である。息のあったコンビプレーと緩急のある会話。それに必要なのは彼女のような人材なのだと上海人形は感心する。そして今度、こっそり買収してみようと決意した。報酬は勿論アリスの笑顔とクッキーだ。これで千年は戦える。

「しょうがないわね。ほら、ちゃんと手を洗って」

 元気な返事で洗面所に向かう妖精たち。アリスの評判のためにも、背後から襲撃したくなる心をぐっと抑える。滝に打たれる仙人が如き忍耐力が試される瞬間であった。

 机の上に、ティーカップが四つ。お茶の時間は終わったばかりだったが、アリスは丁寧に紅茶とクッキーを用意した。あの三人の妖精のおかげで、上海人形は午前のお茶に付き合うことを許された。三人纏めてスカウトしても良いかもしれない、と上海人形は嬉しげに微笑む。アリス争奪戦に勝ち残るためには、時には寛容さだって必要なのだ。

「おいしい?」
「はいっおいしいです!」
「そう、良かった」

 寛容さだって必要だ。だけど、やっぱり、アリスに微笑まれるのは羨ましい。上海人形は、小さく眉をひそめた。ライバルが増えるくらいだったら、寛容さなど捨ててやる、と悲壮な決意を瞳に込めて。

『ごちそうさまでした!』
「はい、お粗末様でした」

 嬉しそうに帰っていく妖精たちを、上海人形は見送る。言葉を話すことが出来なくとも、心の中ではライバル宣言。何度だって立ち向かってくるが良い、と歴戦の戦士のような風格を醸し出す。恋する乙女は、誰だって戦士なのだ。人形でも、それは変わらない。

「上海、そろそろ昼食準備をしましょう」

 呼ばれて、戻る。そこに浮かぶのは、晴れやかな表情だ。恋する乙女は誰だって戦士だ。けれど同時に、少女でもあるのだから。













――正午過ぎの従者――



 昼ご飯を終えて、少し経った頃。雨音はだんだんと勢いを増して、窓を打つ音も強くなってきた。頑張れ窓ガラス。この程度で壊れたら許さないと、上海人形は窓を見る。

「そんなに睨んでも、止まないわよ?」

 それがどうやら、雨を憎んでいると思われたらしい。湿気があるから、人形にとって雨はひどく苦手なものだ。けれど、こと上海人形を始めとする人形たちの同胞にとっては、そうでもない。雨の日は、ずっとアリスのそばにいられるのだから。

 そう例え、思わぬ客が訪れたとしても。
 そばにいることだけは、出来るのだ。

 コンコンコンとノックが三回。規則正しいリズムに、思わず和蘭人形が踊り出す。三拍子からポップステップジャズフュージョン。お国の芸はどうしたのかと小一時間問い詰めたくなる軽やかな神楽舞いに、上海人形はため息をついた。人形劇での踊り子担当は伊達ではない。

「どうぞ」

 アリスが一言、告げる。それだけで、出迎えの類は必要ない。なにせ、無礼で優雅で礼儀正しく侵入してくるのだから。上海人形は、糸に伝わる気配に眉根を寄せる。瞬間移動ならまだ良いが、彼女は普通に歩いてきたのだ。認識できない世界の中を。

「お邪魔するわね、アリス」

 目を伏せる間、腰を曲げる角度、微笑みのタイミング。何もかもが垢抜けていて完全だ。上海人形もいずれはこの境地に立ちたいと考えていたが、なんとなく自分の個性にはそぐわないような気がしてもいた。紅い館で言うのなら、赤い髪の司書くらいがちょうど良い。

「今日はどうしたの?咲夜」
「お嬢様が、新しい服が欲しいとおっしゃったの」
「貴女も大変ね」
「そうでもないわ」

 アリスに促されるままに、瀟洒な従者はきめ細やかな仕草で椅子に座る。その頃には、和蘭人形が紅茶を運んでいるところだった。まだ少し身体が揺れているのは、最後のフラメンコが後を引いているのだろう。何事も、ほどほどが大事なのだ。

「どんなのがいいの?」
「そうですね……」

 打ち合わせをする二人の表情は、真剣そのものだ。腕に誇りを持った職人たちの会合は、いつもこうであるべきだと上海人形は考える。こうして腕を競って切磋琢磨していくことが、ライバルたちより一歩進展するために必要不可欠なキーワードなのだから。パスワードを打ち込んでコンティニューするには、チェックポイントに行くまでの根性が必要だ。

「だいたい、こんなところかしら」
「ありがとう。アリス。どのくらいで仕上がりそう?」
「明後日には仕上がるわ。パチュリーに返す本があるから、ついでに持っていく」

 アリスの気遣いに、咲夜は眼を細める。瀟洒な少女から垢抜けた要素を抽出して横に置き、年相応の柔らかい微笑みを浮かべた。ほんの一瞬のことではあったが、アリスが見逃しても上海人形は見逃さない。敵の出現を見逃すようでは、シモ・ヘイヘにはほど遠い。

 満足げに帰っていく咲夜を、今度はアリスと一緒に見送る。扉まで行く必要がないから、見送るというのもおかしな話ではあるのだが。それでも上海人形は、アリスの隣は自分なのだと宣言するように、隣に浮かんで胸を張った。反対側で胸を張る和蘭人形からは、目を逸らしながら。今考えなければならないのは、目の前にいる瀟洒な少女の従者なのだ。

「それでは御機嫌よう」
「ええ、御機嫌よう」

 咲夜に負けじと淑やかな笑みを浮かべるアリス。ヒットポイントは残り一。一撃必殺に耐え切れたのは、ここで倒れる訳には行かないという不屈の意志だった。背後から鋭い視線を向けてくる蓬莱人形に、このポジションを譲ることはできなかった。

 午前には、千年戦えると考えたけれどそれは嘘だ。生涯戦い抜くことが出来ると上海人形はだらしなく頬を緩ませるのであった。













――午後三時の仙人――



 時計の針が直角を示す。三時のティータイムが訪れようというのに、未だに外は晴れない。どこかの誰かがまた天候でも操っているのではないのだろうかと、上海人形はため息をつく。一緒に居られるのは嬉しいけれど、洗濯物が乾かない。結果的に、アリスを困らせてしまうのは、人形たちにとって望むところではないのだ。

 胸の内側に歯がゆさを感じていると、再びノックの音が響いた。今度は二回、控えめなノックだ。その音で誰か判断することは出来ないが、雨の日にも拘わらず大勢の人が訪れていることに、上海人形は焦りを覚える。その焦りが同胞たちにも伝染して、妙な緊張感を生み出していたが、彼女はそれに気がつかなかった。

「上海、迎えてきて。迷い人かも知れないわ」

 上海人形は大きく頷くと、その手に槍を持つ。同胞たちもそれに追従するように、剣や弓を手にとって整列した。鶴翼の陣で追い詰めるのだ。

「迎え撃たなくてもいいの。めっ」

 でこぴんだ。優しいでこぴんだ。可愛らしい声つきだ。
 上海人形は目眩を覚えながら一生懸命頷いた。忠誠心はリミットブレイク。そろそろタキシードを着てアリスを迎えに行きたい。上海人形はそんな風に浮ついた心で、扉の方へ飛んでいく。今なら、黒白魔法使いの八卦炉だって強奪できる。

「お邪魔します。こんにちは、お人形さん」

 片腕に包帯を巻いた中華服。桃色の髪と鎖が特徴的ではあるのだが、上海人形は目の前の妖怪が誰なのか、思い出すのに時間がかかった。幻想郷の住民たちは、誰も彼も濃すぎるのだ。そうなると、感性が普通基準で計れそうな妖怪や人間は、目立たない。常識を捨てれば異変解決にだって乗り出せるのに、もったいないと上海人形は考える。

「あら?貴女は確か――」
「――華扇です。仙人の、茨木華扇」

 時折人間の前に現れては、説教をして去っていく。妖怪にもそれは変わらないという話で、妖怪なのに度々人里で人形劇をするアリスは、彼女に目をつけられている。上海人形は、華扇に対する情報をそうまとめ上げた。となると今日の目的は、嫌がらせだろうか。トゥーシューズに鼠、机の上に子猫、ポストの中からこんにちは蛇さん。動物を多数操ると評判の彼女なら、それくらいのことはやりかねない。

「私は、警戒されているのでしょうか?」
「上海、この人は敵じゃないわよ?」

 華扇が目を鋭くして、アリスはそれを苦笑と共に受け流す。余裕を持ったアリスの対応は、上海人形の憧れだった。だからここは、ぐっと堪えて涼しげな表情を浮かべて見せた。やれば出来る子強い子上海人形だ。

「ごめんなさいね」
「いえ、私も突然不躾でした。道に迷ってしまったので、教えていただきたく思いお尋ねしたのですが、それすらも言い忘れ……」

 華扇が頭を下げようとするが、アリスはそれをすぐに手で制す。頭を下げて貰いたいと考えている訳ではない。そう雄弁と語る瞳に、華扇はそっと目を逸らした。怪しい反応だ、と上海人形は目を眇める。

「ちょうど、紅茶の時間だったの。貴女もどうかしら?」
「え?いえ、しかし」
「その時に、ついでに道も教えてあげる。どこへ行きたいの?」
「え、あ、はい……ええと」

 華扇は、アリスに促されるまま椅子に座った。アリスの笑顔と紅茶とクッキーを前に、抗う方が無駄なのだ。上海人形は、アリスと共に在るので、誰よりもそのことを知っていた。無駄なことはしない主義。弾幕はブレインなら、日常生活の要もブレインなのだ。

「さっきちょうどタルトが焼き上がったの。桃のタルトよ」
「美味しそうですね……えと、いただきます」

 さくさくと、小気味良い音がする。その度に、華扇は目を輝かせていった。純和風の生活に改革を起こす西洋菓子の衝撃。第二帝政のフランス帝国を、憲法を参考にした日本人のような表情に、上海人形はほくそ笑む。こんなお菓子を食べさせられては、動物園的嫌がらせなんてできないだろう。

「美味しい……」

 呟いて、それから目を瞠り、細める。そんな自分の表情に思うところがあったのか、華扇は頬に朱を差しながらアリスに視線を移した。その先では、アリスはただじっと華扇を眺めていて、華扇は戸惑う。

「な、なんでしょうか?」
「ああ、ごめんなさい。美味しそうに食べてくれるから……可愛いなぁって」
「か、かわっ……い、いえ、褒めて下さっているのです、よね、えと、ありがとう、ございます」

 たどたどしくも、華扇は礼を言う。計算されたとしか思えないタイミングで、天然さをフルバーストさせるのがアリスという少女なのだと、上海人形は理解していた。自分をクールだと信じて疑わない癖に、自分の天然さには気がついていない。その辺は、瀟洒なメイドによく似ている。彼女とは、方向性が北半球と南半球レベルで違うのだが。

「そ、そう!そうでした、ここから紅魔館へ行くには、どう行けばいいのでしょうか?」
「紅魔館?それなら――」

 アリスの説明を、華扇は真剣に聞く。その間も、大事に大事に桃のタルトを口に運んでいる様子から、どれほど気に入ったのかよく理解できた。アリスとアリスのお菓子からは、逃げられない。

 聞き終えた華扇が席を立つと、アリスはそっと人形たちに目配せをした。それを受けた蓬莱人形が、保存魔法のかかった紙箱を持って飛んでくる。当然の来客にも気配りは忘れない。惚れてしまったらどうするんだ、私が、と上海人形は頬に手を当てて悩ましげな表情を浮かべて見せた。

「今日はありがとうございました。……っと、これは?」
「桃のタルトよ」
「よろしいんですか!?……で、ではなくて、えと」
「喜んでくれて、私も嬉しかったから。だから、貰ってちょうだい」

 アリスに告げられて、華扇は逡巡する。しかしその魅力から逃れる術は持たず、華扇は深淵から覗き込まれた学者のような表情で、それを受け取るに至った。スイーツの魅力を断ち切れる少女など、そうそういない。

 頭を下げて、それから華扇は大事そうに箱を抱える。右手から噴出させた煙で雨を防いでいるようだった。これで信者になるか恋敵になるか友になるかは解らない。けれどいずれにしても、正々堂々と戦うことが、アリスへのポイントアップに繋がることだろう。

 上海人形はそんな思いと共に華扇を一瞥すると、アリスと一緒に部屋を戻るのであった。













――夜半の魔法使い――



 日が落ち始めて、空に黒の天幕が被さる。雨の勢いは時間の経過と共に強くなり、今日はもう止むことはないだろう。緩急がついた方が良いから、明日には晴れて欲しい。上海人形はそう、外を眺めた。

「何かあるの?上海……あら?」

 雨を眺めていただけなのに、アリスは上海人形が気がつかなかった何かに気がついたようだ。それがなんであるか上海人形には理解することが出来なかったのだが、アリスはそれに深くため息をついた。こんなに近いところから吐息を当てられては困る、という上海人形の照れには気がつかない。

「蓬莱、鍵を開けてきて。上海は、タオルの準備」

 慌てて頷いて、次いで響く音に漸く理解する。ノックの音が、大きく四回。よほど慌てているのか、アリスの返事を待たずに扉が開け放たれた。上海人形は、床が濡らされるのが我慢ならず、慌ててタオルを持っていく。そのまま踏み込んだら、毛沢東を退かせんと持ち受ける蒋介石が如く迎え撃つ覚悟も辞さない。

「雨を切り抜けられると思ったんだが、やっぱりダメだったぜ」
「当たり前でしょう。天狗でも無理よ、そんなこと」

 上海人形から受け取ったタオルで、乱暴に頭を拭く黒白の魔法使い。人間なのに妙に強い異変解決人の一人、霧雨魔理沙は快活に笑いながら告げた。アリスがため息をつくのも無理はないというものだ。

「上海も、表情豊かになったなぁ」
「糸を繋いでいる間だけだけど、思考回路も整ってきたわ」
「研究の成果祝いにキノコを持ってきたから、夕飯は頼むぜ」
「祝いなのに作らせるのね。まったくもう」

 言いながらも、アリスはキノコを受け取って仏蘭西人形と倫敦人形に渡した。火を使う場所なのに手伝おうとしている大江戸人形は、露西亜人形に抑えられている。吹き飛ばされてはたまらないので、上海人形は露西亜人形の勇気を讃えつつ、ちゃっかりとアリスの肩に陣取った。

「朝から降っていたでしょう?傘くらい持ち歩きなさいよ」
「飛行しながら傘は危ないぜ?」
「だったら一日くらい大人しくしていなさい。人間なんだから、体調管理は気をつける」

 アリスの小言に、魔理沙は顔をしかめる。しかめながらもしっかりと聞いているのだから、上海人形としてはやきもきしてしまう。今のところ、一番の強敵はこの黒白だ。なんとか一つ屋根の下というアドバンテージを活用しておかないと、このライバルを打ち破ることは叶わないだろう。敵を知り己を知り、アリスを知れば百戦危うからず、である。

「はいはい、わかっているぜ」
「もう、しょうがないわね。今日は泊まって行きなさい」
「おう、流石アリスだぜ!」

 魔理沙の表情が、心底嬉しそうなものになる。流石恥ずかしげもなく恋だのなんだのとスペルカードで宣言してしまうだけあると、上海人形は唇を噛んだ。超加速からの先制攻撃は強力だ。しかし、アリスにはアンチマテリアルでも持って来ないと通用しない。輝かしい笑顔を紅茶を飲みながらスルーするアリスに、上海人形は少しだけ魔理沙に同情の視線を向けた。

「おい上海、なんだその目は」
「どうしたの?魔理沙」
「な、なんでもないぜ」

 上海人形の生温かい視線に、魔理沙は眉をひそめる。だがすぐに、指で額を解してアリスに視線を向けた。仲良くなりたい子犬的オーラをスルーできるのは、アリスか博麗の巫女くらいなものだろう。

「な、なぁアリス――」
「――ん、できたわよ。さ、食べましょう」
「おぉう」

 尻すぼみな声に、アリスは首を傾げる。遠回しな好意に対してアリスは鈍い。鈍いからストレートに告げるのが一番良いのだが、魔理沙はそれに気がつかない。遊びに行きたいだとか、一緒にご飯を作りたいだとか、言わなければ伝わらないのだ。その点が、言葉を喋ることが出来ない上海人形が、一番やきもきとしている点だった。

「うん、やっぱり美味いぜ。これって、人形たちの腕も関係しているのか?」
「こと人形たちの技術の基盤は、私のものよ。変わるにせよ、それは私からの分岐にすぎないわ」
「なるほど、つまりこれはアリスの手料理か」

 魔理沙はそう、クリームシチューを啜る。魔理沙の持ってきたキノコがよく煮込まれていて、魔理沙は頬を綻ばせた。子供っぽい仕草だと思わないこともないが、アリスの料理を前にしたら誰だってそうなるのだと、上海人形は確信していた。

 食事風景は、和やかなものだ。雨の日は憂鬱だとは言うが、上海人形はそんなことはないと直ぐに否定することが出来る。雨の日ほど、嬉しそうな魔理沙もそうそう見ないからだ。雨の日は必ず濡れてやってきて、嬉しそうな表情で、泊まっていくのが常なのだから。













――人形たちの夜――



 食事を終え、風呂に入り、魔法談義をした後。
 魔理沙とアリスは同じベッドに潜り込んでいた。一言二言なにやら話、それでそれから寝息を立て始める。いつも最初に寝るのがアリスで、それからどぎまぎしながら眠りに落ちるのが魔理沙だ。向かい合って眠る姿は、天使のようだとガブリエルを初めて見た聖母マリアのような表情で、上海人形は頷いた。

 アリスのベッド際まで移動して、その整った顔立ちを覗き込む。毒林檎を食べた白雪姫は、こんな風に安らかな寝顔だったのか。それならば、大国の王子が唇を求めてしまうのも無理はない。上海人形は、自然とアリスに近づいていた己の身体を、強く退いて距離を離した。卑怯なのは、好みではない。魔理沙が正々堂々と勝負しているのに、自分だけ卑劣なのはイヤだった。

「う、ん」

 吐息が漏れる。その小さな声を聞きたいと、上海人形はその小さな身体を近づけた。地雷原をムーンウォークで闊歩するかの如く、流麗で慎重な動きだ。魔力の糸を切らずに寝てくれたアリスに、上海人形は感謝を覚える。

「……上海、いつか、お話しましょうね」

 寝言だった。けれどそれは、彼女の本音だったのだろう。上海人形はその言葉が嬉しくてたまらなくて、アリスの布団に潜り込む。先に寝たライバルたちには悪いが、こんな言葉を聞いて動かない事なんて、できなかった。

 上海人形は、アリスと魔理沙の間で目を瞑る。
 夢に願うのは、空想の世界の出来事なんかではない。
 ただ、未来への決意を願いに込めて、心中で小さく告げた。



 ――願わくば、近い将来、言葉を交わし合うことができますように。



 意志を持った人形の思いが、雨音の中に小さく小さく、溶けていった――。



――了――
 人形たちは、きっとみんなアリスが好きだと思います。


 とくに山なく谷なくとも、人形たちの視線は毎日が異変の連続という、イメージです。
 人形たちの視線から構成したかったので、今回は三人称でお送りしました。
 お楽しみいただけましたら、幸いです。

 ここまでお読み下さりありがとうございました。
 それではまた、お会いしましょう!

 2011/07/04
 誤字修正しました。

 2011/07/06
 誤字修正しました。
 ご指摘、ありがとうございます!
I・B
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2370簡易評価
2.100奇声を発する程度の能力削除
上海がとても可愛すぎる
3.100名前が無い程度の能力削除
可愛いよ上海。
氏の作品のアリスは素晴らしい。
7.100名前が無い程度の能力削除
あああ可愛いな和蘭人形!
すいません上海も蓬莱もみんな可愛かったんですが条件反射で踊りまくる和蘭人形がもう、もうッ!いいから嫁にこいよ!

口元緩みっぱなしでした。ごっつぁんです!
11.100名前が無い程度の能力削除
なんて可愛らしい上海なんだ…!
人形達のアリスへの愛に思わずほのぼのせざるを得なかった。
12.80名前が無い程度の能力削除
悪くはないけど、バラバラの印象があるから短編というよりかは掌編の連作かな
一方的に観察しているだけで交流という面が少ないのも残念
しかしかわいさはよく伝わってきたのでこの点数で
15.100名前が無い程度の能力削除
好きな空気感だな~と思ったらあのシリーズのお方でしたか、納得。
こういう淡々と進むお話を読ませる力量は流石としか…
上海人形の可愛さに思わず頬が緩んでしまいました。
17.100名前が無い程度の能力削除
上海もアリスも可愛い。良い作品をありがとう。
19.100名前が無い程度の能力削除
前作みたいな冒険活劇もいいですがこういうほのぼのもいいですね 次回作も楽しみにしています!
21.100名前が無い程度の能力削除
このアリスは水曜日
間違いない
29.100名前が無い程度の能力削除
アリス大好きな人形達だな!俺もだ!気が合うな!
31.100名前が無い程度の能力削除
なんだかほっこりした。素敵な愛されアリスのお話をありがとう!
33.90コチドリ削除
上海の仕草は見ていて飽きない。愛らしい小動物のようだ。
ただ、言語を獲得するのはもうちょっと精神的に成熟してからの方がいい気もしますね。
カタコトでアリスに愛を語る彼女を見たい気もするけど、なんか暴走しそうなので。

アリスについて。
全肯定されすぎな気がして瑕疵を求めてしまう感情が起きてくる。
アリスを見つめる上海の視線が母に対するそれだと解釈するなら間違っていないのかも知れませんが、それでもね。
恥ずかしながら作者様の作品についてはこれが初見。
他作品ではもっと色々な顔を見せてくれるのでしょうか? アリスは。

総じてゆったり、のんびりした気分で拝読できるお話でした。
楽しい時間を過ごせたことに感謝です。
36.100名前が無い程度の能力削除
地の文の上海が、渋いぜ。
48.100名前が無い程度の能力削除
アリス一辺倒の上海可愛いよ。
こちらまで嬉しくなれそうな優しいお話でした。
52.無評価I・B@コメント返し削除
2・奇声を発する程度の能力氏
 ありがとうございます!
 可愛らしい上海を目指したので、楽しんでいただき幸いです。

3・名前が無い程度の能力氏
 アリス好きなので、そういっていただけると喜びますw
 上海は、一生懸命なイメージです。

8・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 しかし和蘭はアリスのよ(ry
 私も、にやにやしながら書いていましたw

12・名前が無い程度の能力氏
 人形たちは、本当に可愛らしいと思います。
 人形、アリスの親子愛ですw

13・名前が無い程度の能力氏
 確かに、もう少し交流を増やすべきでした。
 次は場面転換含めてスムーズな流れを心がけたいと思います。
 ご感想ご意見、ありがとうございました!

16・名前が無い程度の能力氏
 あわわわ、ありがとうございます!
 これからもテンポにもしっかりと力を入れ、書いていこうと思います。

18・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 癒されていただけましたら、幸いです。

20・名前が無い程度の能力氏
 おそらく、これからも比率としては冒険活劇の方が高くなると思います。
 けれどこれからも時折こういった雰囲気のものも書けていけたら、と考えております。

22・名前が無い程度の能力氏
 若干金曜日も入ってますw
 お姉さんアリスはいいですよね。

30・名前が無い程度の能力氏
 私もですw気が合いますね。
 人形たちを見ながらアリスと一緒に呑みたいです。

32・名前が無い程度の能力氏
 ほっこりしたいただき、ありがとうございます。
 アリスが愛されていると、嬉しくなりますw

34・コチドリ氏
 まずは丁寧にご指摘のほど、ありがとうございました!
 アリスは若干前作からのイメージに、私自身が囚われすぎていたようです。
 その辺りを周囲のキャラクタ寄りに調整できるよう、今後も精進していきます。
 親子愛、ではありますが、今後もその辺りを文章で補えるように頑張ります。
 楽しんでいただけましたようで、なによりです。

37・名前が無い程度の能力氏
 普段は一時間で10kbほど書いているのですが、上海の地の文には倍近くかかってしまいましたw
 なので、楽しんでいただけましたようで、幸いです。

49・名前が無い程度の能力氏
 まだまだ一辺倒ですが、成長に従い視界も広がっていくことになると思います。
 そうしてもきっと、彼女たちの絆は揺るがない、なんて考えたりもしていますw


 沢山のご意見ご感想のほど、ありがとうございました!
 前作のコメント返しについては、コメント欄を圧迫しない方法を、現在検討中です。
 申し訳ありませんが、そちらはもうしばらくお待ちください。

 それでは、またどこかでお会いできましたら幸いです。
55.80名前が無い程度の能力削除
上海を始め、人形たちが可愛かった。
60.100名前が無い程度の能力削除
どの登場人物も素敵でした!
アリスが好きすぎて仕方ない人形達が、ホントに読んでいて微笑ましかったです。
62.100葉月ヴァンホーテン削除
綺麗なお話ですね。
お姉さんなアリスがとても良かったです。
64.100名前が無い程度の能力削除
みんな魅力的だなあ
素敵でした
69.100うり坊削除
いいね
71.100名前が無い程度の能力削除
可愛らしい
喋って欲しいけど喋らせたらあかん奴のような気もするw