Coolier - 新生・東方創想話

永遠に未来に絶望しないと相手だけが残される部屋

2020/08/09 22:34:01
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「シッ──!」
「喰らえ──っ!」
 紅白の巫女と白黒の魔女が、空間を分かつ白き壁へと術を放つ。人間でありながら妖怪に比肩するそれは、建造物でさえ破壊しうる威力を孕みながら、狙いを違うことなく白壁に炸裂する。
 しかし、二人の攻撃が直撃したはずの壁面には傷一つ付いてはいなかった。
「嘘でしょ……」
 霊夢が呆然した表情で呟き、魔理沙がそれに同意する。双方が互いに最も信頼している相手と共に放った攻撃が、壁を撫でるだけに終わったなど信じられるはずもなかった。
「……八卦炉を使ってないとはいえ、手は抜いてないんだがな」
 二人を囲む様に置かれた六つの壁──二人を閉じ込めている部屋は十五帖ほどであり、ミニ八卦炉による砲撃や、大規模な霊術といった広範囲に渡る攻撃方法は使うことができない。
 それでも壁一枚に傷を付けられない威力のモノでは決してないはずであったが、結果は二人の反応が示す通り。
「密室を作って閉じ込めるなんて、悪戯にしては悪質だろ……!」
「悪戯にしては仕掛けが強固すぎるし……。そこに書いてある言葉といい、幻想郷にこんな事する奴はそうはいない」
「霊夢が突破出来ないモノを用意できる奴自体、そう多くはないもんな。そんで、やりそうな連中がやったにしては――」
「――味気が無い。犯人の意思が無さすぎるわ。……厄介ね」
 仮に『壊れない壁』や『出られない部屋』を用意するだけであれば、ハードルは高かれど幻想郷にも可能な妖怪は何人かいるだろう。
 しかし、博麗の巫女を破壊不可能な部屋、もしくは牢へ閉じ込める行為は、妖怪が派閥同士に課している「彼女」に対する不可侵の線に片足をかける行為であって、解釈次第では全ての妖怪を――幻想郷を敵に回すことになりかねない。
 人間屈指の実力者二人を封殺し、幻想郷を敵に回せる程の戦力を有するのは、前の条件から更に絞られる。――それこそ、賢者かそれに匹敵する大妖怪程度。
 そしてこの部屋は、彼女らが行うにしては余りにも白く、無意味。それらが持ち、示しうるはずの知性、信仰、目的、執着――幻想郷に存在する全てに割り振られた役割が見出せない。
 ――下手人の目的は二人を真っ白な部屋に閉じ込めることだけ。故に、その正体が幻想郷の何者かではないことを二人は察し、霊夢はそれを「厄介」と表現したのだった。
「あの言葉も意味が解らないし……!」
 霊夢が弾幕を当てた壁とは別の面へ顔を向ける。その先には二人を部屋へ運び入れたのであろう白い扉――当然開くことはなかった――と、言葉を飾る様に扉の上へ掛けられた額。そしてそれに収められた、一つの条件を記した文を魔理沙が読み上げる。
「『永遠に未来に絶望しないと相手だけが残される』か。原理は分からんが、どっちも出られないってことは――」
 魔理沙がちらりと目をやると、意図を察した霊夢が首を振る。
「とても閉じ込められている現状に希望は抱けないわね」
 打つ手がなくなった二人は部屋を一周し、部屋に違和感が無いか確かめる。しかし、幻想郷ではまず見ることのない素材で作られた壁はわずかな窪みも組目も無く、脆そうな部分が見つけることもできなかった。
「扉は鍵がかかって開かず、壁も扉も壊れる気配は無し。霊夢の解呪術は」
「もう試した」
 壁に寄りかかりながら即答する霊夢。
「封印らしきものが部屋に掛けられてるのは分かったわ。多分解除もできる」
 その言葉に、魔理沙が期待のこもった表情を向ける。一方霊夢は表情を曇らせ、再び首を左右に振った。
「封印を施した場所が分かればね。私のアレは鍵をこじ開けるようなものだから、その場所が分からないとどうしようも無いわ。そもそも、封印ってのは内側の物を外へ出さないようにする物――」
 内側にいる私たちじゃ、封印そのものには触れないでしょうね。と忌々しげな表情を浮かべる。
 部屋の中には通気口らしきものと扉、そして額程度しか調度は存在せず、食料や水分といった物は見られない。このまま脱出の手口を見つからなければ、二人の体力も時間の問題だろう。
「霊夢、何か楽しいことでも思い浮かべられないか……?」
 あの指示通りなら、どちらかが絶望しなくなった時点で片方は出ることができる――と魔理沙が説明をし、霊夢に脱出を促す。
 しかし、霊夢の反応は芳しくないものだった。
「……こんな時に、楽しいことなんて思い浮かぶわけないし、思う気も無いわ。できるなら貴女がやりなさい」
「わ、私だって……楽しいことなんて思い浮かばんぜ」
「なら、この手段は諦めるしかないわね。――なんとかして、この部屋を破りましょ」
 お互いに希望は持てないから条件は満たせない。と、少なくとも表面上はそう理由づけ、話を終える。
 体を休めるために座り込んだ霊夢を一瞥し、再び部屋を調べる魔理沙。探知や調査の魔法を使い、少しでも壁の脆い部分を探し出そうとするが、成果は無い。
「このまま出られなければ、二人揃ってお陀仏だな――」
 その言葉を聴いた瞬間、壁によりかかったままの霊夢がぴくり、と反応する。しかし彼女とは反対側の壁を見ていた魔理沙は、その事に気が付かない。
 気が付かないまま、絶望し続ける。
「――くそっ……!」
 何もできない無力感に苛まれ、思わず膝をつく魔理沙。このままではどちらも生きて脱出はできないという現実が彼女を押し潰そうとする。
 ――だが。
「っ、こんなところで死んでたまるか……!」
 床を叩き、再び立ち上がる。部屋から出られてない以上、未だ絶望はしているのだろう。しかしそれでも、諦めはしないと魔理沙は声を上げた。
「霊夢、もう一度同時に攻撃してみよう。直接は無理でも、封印の場所さえ分かれば間接的、に――」
 次の考えを話しながら、不意に何かを感じたのか、後ろを振り向く。

「霊夢……?」
 ――振り向いた魔理沙の視界に色彩は無く、眼前にはただ白一色の無機質な空間だけが広がっていた。

 ***

 背中に当たる床の感触で、いつの間にか横たわっていたことを察した。
「――ここは……?」
 どうやら、ほんの一瞬意識を飛ばしてしまっていたようだ。
 非現実的なほど白く、冷たかった床で寝てしまっていた割に、体が軋まないのは幸運だった。
 と、背中に意識が向いたことで、触れている床の材質が部屋のそれとは異なることに気が付く。
「……どう考えても畳よね。柔らかいし」
 意識がはっきりとしてくると共に五感が稼働しはじめる。見覚えのある木製の天井が視界に入り、定型を持たない環境音に空気の匂いを感じ取る。
 与えられるすべてが無機質だったあの部屋では、決して受け取り得ない五感の情報量。
 体を起こし周囲を見渡し、確信した。
 ――ここは幻想郷だ。
「魔理沙――」
 眠ってしまっている間に彼女がなんとかしたのだろうと考え、魔法使いの名を呼んだ。
 うっかり眠りこけてしまった謝罪と、一人で部屋から脱出する手筈を整えてくれた事に対する感謝をしなければ。


「……魔理沙?」
 二度の呼びかけに応える返事は無い。――魔理沙は意識を失っている私を置いて立ち去るような性格では無い。
 少し、いやな予感がした。
「あうん――居る!?」
 神社に出入りする者を最も把握しているであろうあうんを呼ぶ。今度は返事がどこからともなく響き、緑髪の少女が現れた。
「霊夢さん、いつの間に戻られてたんですか」
 仮に魔理沙が私をここに運んだとするなら、あうんに限ってそれを見逃すことはありえない。口の中に苦いものが広がっていく。
「色々あって、ついさっき。――それより、神社に出入りした人とかって覚えてたりする?」
「霊夢さんが突然消えた事以外だと、紫さん以外は見てませんね。その紫さんも、霊夢さんがいないのに気が付くとすぐに帰ってしまいましたが……」
 紫は恐らく、この異常事態を察知していたのだろう。私が戻ってきたことにもじき気が付くはずだ。それよりも――。
「魔理沙は、来てないのね」
 あうんがこくりと頷く。日の昇り方は正午を超えるかといったところであり、この時間まで彼女が来ないことは珍しい。ましてやあのような出来事の後であれば、どんなに疲れていようと魔理沙が来ないはずが無い。
「あの部屋は夢で、魔理沙は偶然来てないだけ……?」
 ――そんなはずもない。いともたやすく二人を封殺したあの部屋から感じた絶望感が偽物とは思えず、隙間を繋げれば私がいない事などすぐに分かる紫が、ただ来てただ帰るなど、やはりありえない。
 ――絶望。
「――っ……!」
 その二文字を頭に浮かべた瞬間、唐突に――例えるならば、弄っていた知恵の輪が偶然解けてしまったかのように思い出す。
 そう、あの部屋の本質は堅牢な壁などでは無かった。
「絶望しないと、相手だけが残される部屋……」
 たかだか数時間前の出来事だというのに、どうして思い出せなかったのか。
 その理由は、すぐに分かった。
「ぁ……」
 たまたま解けてしまったそれを、元に戻す手段はなく、一度封印を解かれた記憶は、私の感情を無視して容赦なく思い出される。
「――霊夢さん?」
 あうんの声に反応することすらできずに頭を抱える。私の意識はここではなく、時を少し遡った白い牢へと向いていた。
 あの部屋の中で聞いた最後の言葉。魔理沙が呟いた、部屋から出られなければ二人揃って死ぬだろう、という言葉。
「嘘よ……嘘でしょう。そんな、ことで――」
 確証は無い。その感情は偶発的に浮かんだ泡のようなものであり、希望と銘打つにはあまりに後ろ向きだった。
 けれど、脱出――いや、強制退場の条件が『希望を抱く』のではなく、『絶望しなかった』ことであるのなら。
「わた……しの、せいで、魔理沙は……?」
 よろよろと、どこに行くでもなく境内を彷徨う。知りたくない真相から逃げるように。けれど、満足に歩くこともできない程に動揺した今の私には、到底逃げることは叶わず。すぐに足がもつれ、膝をついてしまう。

 ――あの瞬間、私は絶望していなかった。あの少女と共に最期を迎えられるのならばと、私はほんの一瞬安堵してしまった。
 条件は満たされたのなら、後は指示通り行われるだけだ。『永遠に未来に絶望していなかった者』を部屋から取り除き、相手だけをあの場所に縛りつける一連の流れ。
 その結果が幻想郷にいる私と、姿を現さない、二度と現すことのない魔理沙なのだろう。
「う……うぁ――」
 結論を導くと共に、身体から全てが抜け出る感覚が私を襲う――いや、もはやその感覚すら意識には届いていない。
 数時間前なのに思い出せなかった? ――ちがう。
 私は多分直感的に、自分の犯した過ちに気が付いていた。最初から知っていた、ソレに蓋をしただけだ。
 
 しれば、こうなるから。

 私の身勝手な感情で、魔理沙のすべてを奪ってしまった。魔理沙の生き様を私のわがままでねじ曲げた報いは、本来私の受けるべきものであるはずなのに。
 あの部屋は、救いを私に、代償を彼女に与えたのだ。
「なんで魔理沙が……なんで……っ!」
 あの部屋を作り、私達を閉じ込めた何者かは、何が目的だったのか。
 なんで私達が選ばれたのか。
 私はなぜ、あのとき安心してしまったのか。
「知らないし、分からないわよ、そんな……こと」
 責任も、意図も、経緯も分からないまま、私は大切な人を奪われて、大切な物を奪ってしまった。
 残ったのは、私が間違えたという事実だけ。
「ぁ――ゆ、かり」
 何も考えたくない、何も関わりたくない。私にはもう、魔理沙に触れる権利なんてない。私にできる事は、別の誰かに、それを委ねることだけだ。
 掠れるような声で賢者を呼ぶ。声量なんて殆ど無いはずの私の声に、幻想郷を管理する大妖怪は当然のように姿を現す。

 ――やっぱり。紫ならきっと。
「魔理沙を、助けて」

 私のわがままを、聞いてくれる。

 ***

 霊夢を死なせるなど、あってはなるものか。
 意思をかき集め、声に出すことなく誓う。それだけで、気力が湧いてくる気がした。
「こんな所で、死んでたまるか――!」
 決意を新たにすると共に、思考が晴れる。
 霊夢は封印の場所を知っていると言った。ならば、そこに集中して攻撃を加えれば。
「霊夢、もう一度同時に攻撃してみよう。直接は無理でも、封印の場所さえ分かれば間接的、に――」
 ――不意に、違和感を覚える。
 なにかが居なくなっている気がして、私は後ろを振り向いた。
「……霊夢?」
 そこには、誰の姿もなかった。
「なっ――!?」
 白一色の部屋だ、紅白の巫女服を纏う霊夢を見失うはずはない。そう考えながらも、周囲を何度か見渡す。――結果は、同じ。
「どういうことだ……?」
 あまりに唐突な出来事に、混乱して思考がまとまらない。――この部屋から出る条件など、最初から一つしかないのに。
「扉が開いたわけでもなければ、壁に穴が空いたわけでもない。隠し扉……?」
 いくつかの可能性が浮かび、消える。そんな強引な解決策があれば、あの巫女は絶対に見つけ出す。どんでん返しなどは、存在しない。
 起こり得たのは、必然だけなのだ。
「そういう事かよ……」
 ようやく答えに行き着いた私は、過程の単純さと己の鈍さに毒づく。
 収まりきらない激情をぶつけるように、弾幕を扉の上へ――この部屋唯一の脱出手段が記された額へ撃ち放つ。既に役目を終えたそれは、それまでの強度が嘘のように呆気なく壊れ、四散する。感情の整理すら、させてはくれない。
「――霊夢は、希望を抱けたんだな」
 色んな感情が渦巻きながら、口をついて出たのは、二度とこの部屋を出ることのできない私ではなく、幻想郷に戻れたであろう霊夢の事だった。
 この部屋を出たということは、すなわち絶望を忘れられたと言うこと。
 ――私の感覚が正しければ、霊夢がこの部屋を去ったのは、私がこのままでは二人とも死んでしまうと呟いた後。彼女はその瞬間、安堵したのであれば。
「……はは」
 霊夢が私とともに命を終えることに、希望すら見出したのだ。
「あの霊夢が、私となら死ねると想ったんだ――!」
 執着にも近い憧れを抱きつつも、決して振り向いてくれると思っていなかった彼女が、最期の時を共にいたいと想ってくれた。そんな嬉しいことが他にあるか。

 それこそ、この人生すらもう惜しくは無いほどに。

「――良かった」
 全てを失ったにも拘らず、全てが報われたような気がした。
 ――二度と出ることのできない絶望を前に、私は希望で満たされていた。

***

 博麗霊夢が壊れてから数日後、八雲紫の捜索により、霧雨魔理沙は発見された。
 通常の人間ならば命は無かったであろう時間、部屋に閉じ込められていたが、彼女は生きていた。

 ――あるいは、生き永らえてしまった。
 扉の封印が解かれ、部屋の扉を開いた紫が見たのは、生死の狭間に在るのにも拘らず、笑みを絶やすことのない魔法使いの姿。
 こちらに気がついた彼女は、紫に言葉を残し、それ以降はなんの反応も返すことはなかった。
「――なんだ。私なら、とっくに救われてたんだがな」
 "霧雨魔理沙"も、とうに壊れていたのよ。紫はそう語り、この異変を無かったことにした。
 誰が、どうして、どうやって。その全てが明らかにされないまま終わらせられた白い部屋は、二人の少女の未来を閉じ込めたまま、消えていったのだった。
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コメント



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1.100終身削除
片方出られなくなって両方がずっと絶望するのかなと思っていたら極限状態で心の中に素が出てきても仲間割れをするわけでも無くてただ相手の事を思っていたのに何だか手放しで綺麗な思いやりだと思うのが憚られるようで不気味でした 
2.90奇声を発する程度の能力削除
何とも言えない感じが良かったです
4.100モブ削除
文章の密度がとても濃く、視線を掴まされました。あくまで個人的な感想ですが『話の前』が欲しいなあと感じました(おそらく作者様の書きたい部分、テーマとは違うために、意識して省いたのだとは思います)。
『誰が、どうして、どうやって。その全てが明らかにされないまま終わらせられた』このように締めくくっているので、わからないのが正解だとは思うのですが、ほんのちょっと、どうして、どうやって二人は部屋に連れていかれたのかというのも見たかったなあと思いました。個人の感想なので、話半分に受け取っていただければ幸いです。面白かったです。