Coolier - 新生・東方創想話

阿求の一日幻想郷一周旅行 上

2009/07/17 17:08:02
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 続きもの。こちらは上巻。
 オリキャラ、二次設定が混ざっています。


  
 
 本を読むのは好き、と今さら言う必要はないかもしれないが、親に与えられた本だけを読むのではなく、自分の目で本を選び、選んだものについて誰にも文句を言わせないようになったのはまだ最近である。
 両親や身の回りの世話をしてくれる女中のうちでも、読書好きだと自分から名乗り出てあれこれと本の批評をする人が煩わしかった。そんな事をする間にも、廊下をもっと真面目に拭いてくれたほうがよっぽどありがたい。こういう人より、本を全然読まない、興味もない人のほうが、まだ好感が持てる。
「お金さん。お金さん」
「はいはい、なんですかおヒイさま」
「その、おヒイさまというのはやめてくれませんか。お金さん、部屋を掃除してくれた時に、また本をどこかへ片付けてしまったでしょう」
「はあ、本ですか。いつも本ばっかり置いてあるので、どれをどこにやったか、わかりません」
「あの日はみんな棚に入れて、一冊だけ出ていた筈ですが」
「そうですか。なんという本ですか」
「似非物語」
「あぁそれですか。ちゃんと捨ててしまいましたよ」
「なんですって!」
「いけませんよ。どこであんなものを貰ってきたんですか?本はちゃんと本屋から買わないと。不正な複製品を持ってたら、この頃はそういうのが厳しいんだから、お縄にかかってしまいますよ。きっとその本、どこぞのコソ泥がせこせこ書き写したんでしょう。それも似非物語だなんて!今回はご主人様がたには内緒にしておいてあげますけどね……」
「いえ、そうではなくて……すぐ、拾ってきなさい」
 あれ?違う違う……
「お吉、お吉」
「はい。なんでしょう、お嬢様」
「お嬢様ではなく、名前で呼んでもらえます?」
「はい、阿求お嬢様」
「む。まぁいいでしょう。ところで、似非物語という本を読みましたか」
「いいえ。お恥ずかしいですけれど、私、本は読まないのです」
「嫌いなのですか?」
「いいえ。お時間がなくって……あ、いえ、失礼しました」
「年増があなたに仕事を押し付けるのでしょう。まったく……こまかい仕事はあの人達に言いつけるから、時間ができた時にでも、読んでみてください。貸してあげます」
「おそれいります。ありがとうございます」
 うん。こうでないと。
 趣味が悪いですって?だって、本の批評をするか、本は読まないか、こういう人達しか家にいないもの。私は家からほとんど出ませんしね。
 しかしこういうわけで、本を選ぶ基準は自分の主観ばかり、すると同じような本が集まり、この頃は新鮮さに欠ける。家の人に、どんな本が良かろうかと聞いてみる気にもならない。聞いたとたん、大喜びしてぺらぺらとまくしたて、本を抱えて部屋に押し入って来るだろう。そのような、べたべたしいのは嫌だ。
 どうしたら、新しい視界を開けるだろうか。それから、なにか面白い事をしてみたい。求聞史紀を書いて以来、山の上に神社が出来たり、博霊神社がぺしゃんこになったり、地下がどうこうと世の中は忙しい……別に取り残されているつもりはないものの、噂を聞こうにもなかなか聞けない。いっそ、幻想郷中を回って有名人に会い、顔を広め、本の趣味も聞こう。それで小冊子でも書いてみようか。奇人伝ならぬ読書人伝。聞いた事を書き留めておけば後の参考になるし、まぁ他に役には立たないとしても……

「あら、おヒイさま。お出かけですか?」
「おヒイさまと呼ばないでください。ちょっと遠出をするので、今から準備です」
「まあ。どちらまでですか?お吉に準備をさせませんと。お吉、お吉!車の用意を言いつけてきなさい。お出かけになるんだそうよ。お菓子とお上着を用意しなさい」
「はい……」
「ちょっと、待ちなさい。車はいりませんよ。牛にのたのた引かせていたら一週間経っても帰って来られないわ」
「そんなに遠くへ!?大変だよ、お吉、お付きの者は誰にしようかね。それからご主人様がたにお知らせしないと」
「はい……」
「お金、あなたはもうあっちへ行きなさい」
「あっちって、お台所へですか?」
「もうこの話にかかわらないでください、という意味ですよ。付きの者などいりません。何でも自分でしますから、お菓子だけ……だけですよ、用意してください」
「はい……」
 まったく、家の中や井戸端から離れた事がなくて、その上お節介焼きなんだから、やかましいったらない。お吉は良い子だわ。目をかけて、長く勤められるようにしてあげないと。
 第一、もう私は子供ではない(と思う)。一人で計画を立て、歩きに出るくらい問題ない。しかし、幻想郷の危険な場所も一人で歩くのはやはり危ない。求聞史紀の取材の時には写真を頼むついでに、射命丸文についてまわってもらった。今日は写真はいらないから、別の誰かに頼もう。
 望ましい条件は、
  い、強い
  ろ、たまに負ぶってくれる
  け、お喋り好きでない
  な、女の人
  し、報酬にこだわらない
 こんなところだろうか。適役は、求聞史紀をめくると……上白沢殿は、忙しい。博霊霊夢、絶対だめ。霧雨魔理沙、好奇心旺盛がかえって不安。十六夜咲夜、たぶん無理。……最後の頁、藤原妹紅。強い。優しそう。無口、それか口下手?で、竹林の自警隊はお金を取らない。よし決まり。
 護衛依頼の由をしたためて届けさせる。竹林ではなく、幻想郷中をまわりたいと書いたから、頼まれてくれるかはわからないが。使いはすぐに帰って来た。持たせたのと同じ文を持っていたから、だめだったかと落胆したけれど、取って見ると紙の裏に、炭で書いたらしい真っ黒な文字で「承」とある。
 安心してにやにやしていると(我ながらはしたない)、それをお金に見られた。
「あれえ、おヒイさま、らぶれたぁですか?」
「あっちへ行きなさい!」
「はあ、話にかかわるなって意味でしたね。わかりましたよ、内緒にしといてあげますよ」
「……」構うだけ無駄。どうせ言い返せばさらにもつれるんだろうし。まったく!
 着替えをしていると、お吉が、
「阿求お嬢様にお客様です。ちょっと、変わったお方なのですが、あの……」
「お通ししてください」
 部屋へ案内されてきた藤原妹紅、立って地面まで届きそうな長さの、高級な絹のように白い髪や、赤い目など、お吉には珍しくて驚いたのだろう。少なくとも似たような容貌の者は、上白沢殿しか見知っていないはず。
「すみません。こちらからお伺いしようと思って、仕度をしていたのです」
「堅苦しく言わなくていい。どうせ一日かかるんだから」
「やっぱり、それだけかかりますか」
「人に会うだけならそれで済む。どこから?」
「とりあえず、近くからですね」
 準備はもうできている。出ぎわに、お菓子の包みを受け取った。
「二人分ありますね。お餅が少ないわ。もう少し持ってきてください」
「私の分まで、いらない」
「いいえ、あとで一緒に食べましょう」
「あの、お気をつけて……」
 お吉がつつましく頭を下げる。どたどたとお金も見送りに来た。
「どうかお気をつけて。道でお駆けにならないように。お着物を汚さないように……」
「今日は七五三なのですか?違うでしょう、人の前でそんな事を言わないでください!」
「はいはい。ええ、では、宜しくお願いします……」
「ああ。はい」お金と藤原が頭を下げ合う。お金はすごい目つきで藤原を見ている。どこまで心配性なのだろう。
 手のひらサイズの特製の帳面に鉛筆を挟み、袖にしまって……わくわくしてくる。履き慣れた草履の鼻緒の色も違って見える。

 まず、一番近いのは上白沢殿だが、この人の趣味については大方わかっているから、聞く必要はあるまい。
「ちょっと用事があるから、寄っていいか」もちろんかまわない。先導する藤原について行く。寺子屋はちょうど休み時間で、子供達がおもてへ出て遊んでいた。十人くらいで花いちもんめをしている。懐かしい……
 『向かいの誰かさん ちょっとおいでっ!』
「やあ妹紅。ああ、稗田殿も。二人でどうしたのですか」
「調べ事を。護衛をしてもらうのです」
「そうですか。そういえば先日、先哲談を古本屋で見つけて、やっと買えましたよ」
「本当ですか!あとで写させてもらえませんか?」
「先に妹紅に貸す約束をしたので」
「読んでから稗田に貸していいかな?」と藤原。
「うん。そうしてくれ」
「ありがとうございます」価値が認められないため、入手困難の本である。
「ところで、護衛して……たぶん夜遅くなるから、今日は行けない」
「そうか。わかったよ」上白沢殿は頷く。
「あれ、お二人は知り合いだったんですか?」
「そうです」
 用事はこれだけだったらしい。
〔上白沢慧音、先哲談〕

 香霖堂。里を出て、森へ入る前に寄っていく。
「本かい。いろいろ読むけど、この頃は落語の速記本を集めてるよ」
「しぶいですね」
「聞きには行かないかい?稗田さんなら、落語とか、能とか、よく観ていそうに思うけど」
「私はあまり。お正月に家の人と行ったきりです。他に、好きな本や作家は?」
「石河淳かな。こんなところだね」
〔森近霖之助は、落語の速記本、石河淳〕

 魔法の森。霧雨魔理沙の家を訪ねる。
 扉を叩くが、返事がない。
「留守でしょうか。いつも出かけているらしいですし」
「中から音は聞こえるけど」
「開けるなよ!」中から大声が。
「開けたら大変なことになるぜ。責任は取れない」
「……何やってるんだ」
 大変な事とは、どういう事だ。怪しがっていると、扉の下の隙間から水が流れてきた……と思ったら、水はゼリーみたいにうようよしながら、家から全体が出てくると、急に盛り上がって人の形になった。なんとそれは魔理沙である。顔も、服も、背丈も普段と変わらないが、どこもかしこも青一色で、ほんの少し透き通っている。
「げえっ、何ですか、それ!?」
「偽者か?」
「本物の魔理沙だぜ。珍しいキノコを混ぜて煮てたら、湯気を吸ってるうちにこうなった」じゃあ、その湯気は家の中に充満している……
 藤原に引っぱられて、家と魔理沙から遠ざかった。自分からもそうしようとしていたところ、手助けしてくれて、頼もしい。
「それ、元に戻れるんですか?」
「これから研究しないとな。でも、おもしろいぜ。水になってどこにでも行ける。ある意味成功だったな」いや、そうだろうけど。「で、何の用だ?」
「あ、そうだった。えっと、本の好みを聞いてまわっているのです。あなたはどんな本を、って」
「へえ。ご苦労さんだな。私はなんでも読むせ」
「特に好きなのとかは?」
「今凝ってるのは、岡本奇堂とか、柴田消極。おもしろいぜ」
「そうですか。私は、怪談や化け物はちょっと……」今、目の前にしているのも、怪談的な化け物かもしれないけれど。
「奇堂の捕り物帳ならいいんじゃないか」と藤原。読んで知っているようだ。
「そうだな。でも私は猿のお面の話が一番好きだぜ」
「さ、猿のお面?」
「武家のな、古長持の底から、猿の仮面がみつかった。その仮面は目隠しをしたみたいに、猿の両目を白い布でおおって、後ろで結んであった」
「ひええ」
「なんだよ。まだなにも言ってないじゃないか」
「ところで、あんた、外にいて蒸発しないのか」
「そうだな。どうなるんだろう。この状態になれる薬ができたら、誰かで実験してみるぜ」
「ひいい」
「どうしたんだ。さあ、行こう」
〔霧雨魔理沙は、岡本奇堂、柴田消極〕

 森のさらに奥、アリス・マーガトロイドの家。紅茶の甘い香りが漂ってくる。やっと安心できた。
「珍しいわね。ただでさえお客さんなんて珍しいけど。まあ、入って」
 可愛らしい人形が、白いテーブルクロスへ紅茶を運んでくれた。可愛くて、つい、ありがとうと言ってしまった……歩き方とか、可愛いなあ。
「……何かおかしいですか?」
「別に」藤原はにやにやして、顔をそむける。
「一つもらっていったら?」
「子供じゃないんですから!」
 それよりも……ティーカップが気に入った。花の絵が細やかに描かれている。カップの底の花も、赤い紅茶を透かして見える。ティーソーサーも同じ模様で、きれいだ。どこで売っているのだろう。もらえるならこれをもらっていきたい。
 呑気にカップを見ていると、藤原がうめいて椅子から崩れ落ちた。顔をゆがめ、歯を噛みしめている。
「どうしたんですか!」返事をしない。
「しびれ薬よ。あなたのカップには入れなかったから安心して」無表情で、しかし怖ろしい声でアリスは言う。
「今、実験台が必要でね。この人死なないから」
「そんな、困ります。この人がいないと。しびれを解く薬をください」
「あげるわけないじゃない。人形に案内させるから、あなたは帰りなさい」
「帰れません。なんなら、求聞史紀を書き直して、あなたがやった事をみんな、あるいは事実よりひどく書きますよ。それであなたの信頼は無くなるし、危険者リスト入り」言ってはみたが、妖怪に対して効くかどうか……
「ええ!だめ、それはだめ」あら。効果抜群。
「それじゃあ、魔理沙が、むにゃむにゃ……しょうがない。わかったわ」人形が注射器を持って来て、藤原の手首にぶすりと刺した。
「うわあ!?」ああ、痛そう。
「これでいいわ。ところで、何の用で来たのかしら?」
「ええ……」魔理沙、アリスと、物騒な事が続いて、混乱してしまう。とにかく本の件を述べる。
「ふうん。私もなんでもね。でもこの頃気に入ったのは、パレード物語っていう児童書」
「どんな本ですか?」
「幻想的できれいな本。人の優しさやいじらしさがね。泣きたくなるくらい」
「うう……その本、知ってる」藤原が言った。起き上がろうとしてかなわず、辛うじてうつぶせに転がりながら言ったのだった。助け起こそうと思ったけれど、手を伸ばしかねた。
「パレードのみんな、優しくて、泣くよな」
「ええ。気になるけど、続きはどうしても、夢にでも見られないのよねぇ」
「あれで終わって一番いいんだよ」
 明日、本屋を呼んで注文しよう。
〔アリス・マーガトロイドは、パレード物語〕

「災難だった」
「もう大丈夫ですか?」
「うん。しかし、あいつのところには二度と近寄れないな」
 森を離れ、湖の岸。
「紅魔館がこの向こうにあるけど」
「舟はないんですね。負ぶっていってくれます?」
「焼け死ぬよ?」
 背中から火が出て……なるほど。確かに焼ける。
「火無しでは飛べないんですか?」
「ん。出来ない事は無いけど、落ちても知らないよ」
 そういうわけで、帯を腰でつかまれ、ぶら下げられて飛んでいく。
「苦しいんですけどっ。揺れて、いたた、こ、怖い」
「すぐだから我慢して」
 しかし、
「最強のあたいが参上よ!」邪魔が入る。「怪しいわね、あんたたち!湖の平和を乱すつもりね。そうはあたいがさせないよ!」ごっこ遊び?
「お前、本読まないだろう。どいて」
「なによ、読むわよ、本くらい!」
「どんな本?」
「お、おばの魔法使い」
 世話係(?)の大妖精に読んでもらったのだろう。
「あんたは思慮が無い。おばに頼んで頭でももう一つつけてもらいな」
「えー。もう持ってるのにぃ」
「目が四つ、口が二つになりますね」
「あ、それいい!」……良いだろうか。
〔チルノは、おばの魔法使い〕

「げふ、えふっ。ああ痛かった」
 紅魔館門前。紅美鈴に挨拶する。
「こんにちは」
「あ。どうも」
「これこれ」と、本の件を言う。
「じゃあ、中で話してきますね。でも、そこの紅白の人は、あとで私と戦ってくださいね。ちゃんとしないと怒られるから……ところで、私は卯斎志異なんか好きです。おもしろいですよ」
〔紅美鈴は、卯斎志異〕

 暗くて涼しい紅魔館。談話室に通される。
 壁も床も、みんなワインレッドに統一されている。洋館に慣れないから、行儀が悪いけれど、左右を見回してしまう。藤原は門前に残り、私一人、大きすぎるソファに座った。やわらかくて、後ろへのめるまで沈んでしまうから、足に体重をかけて姿勢を保っていないといけない。
 メイド長の十六夜咲夜が、クッキーをテーブルに置いた。クマの形をしている。可愛い……食べられない。手が丸くて可愛い。目も可愛いなあ。
「飲み物は、なにを?」とっても上品な話し方だ。自分が恥ずかしくなってしまう。それから、うちのお金を思い出した。まったく、もう。
「さっき飲んだので、よろしいです」
「本の事でしたね。お嬢様達は今お休み中ですから、もし聞きたかったら、またあとで来てください」
「では、そうさせていただきます。ところで、あなたは?」
「私は、そうね。シェーク……じゃなくて、砂翁」
「戯曲が好きなのですか?」
「いえ、特に戯曲が好きというのではありません。他は、読むのは散文ばかりですわ」
 と、名を挙げられた作家や題は、知らないものばかりだった。
「では、そろそろ。あとでまたお邪魔します」
「日が沈んでから来てください」
 心残りが……
「あの、もしよろしかったら、クッキーを少しいただけませんか?」
「ええ。包みますね」
 嬉しい!
〔十六夜咲夜は、砂翁、そのほかいろいろ〕

「あら、お客さんが来てたの」
 咲夜について歩く途中、廊下で呼び止められた。
「パチュリー様。稗田さんですわ」
「ええ、知ってるわ。用事は?」
 咲夜が説明してくれる。
「パチュリーさんはどんな本を?」
「どんな、と言われると、答えにくいわ。まあ、こっちの方面のさわりとしては、興味があるなら木枝篇を読んでみれば?並みの人間にはこれ以上は無理だろうけど」
 そっちの方面には、あまり興味を持ちたくないが……水になった魔理沙、しびれ薬を盛られた藤原、うっすらと笑っていたアリスの顔が目に浮かぶ。
〔パチュリー・ノーレッジは、木枝篇……の方面〕

「熱っ、ああ焦げてる!」
 なんの騒ぎだろう?
 藤原は塀の上に座ってけらけら笑っている。紅美鈴は、あれ、いない。
 と思ったら、湖を泳いでいる。
「服に穴が開いちゃったじゃない!咲夜さんが縫ってくれたのにぃ」
「それを見たら、ちゃんと職務を遂行したんだって褒めてくれるかもよ」
「あ、そっか。うーん、でもなぁ」
「終わりましたよ」おずおずと間に入る。
「そう。次はどこに?」
「どこにしようかな。三途の川のほうへ行きましょう。ぴゅーっと飛んで」
「いいの?」
「あ……また、吊り下げられて飛ぶんですね」

 手っ取り早く三途の川へ。渡し守の小野塚小町はいない。仕事をして川の上にいるのならいいが、まさかサボってどこかをふらふらしているのでは?
 運んでもらうのを待っている魂がうようよして、肌寒い。
「あっち、舟がある」
 藤原が指さしたほうを見ると、まだ濡れた棹を立てかけた舟が、杭にもやいである。サボリか。
「まだあんまり遠くには行ってない。早いとこ捕まえよう」
 風見幽香のひまわり畑まで来たが、見つからない。ここは危ないからはやく離れたほうがいい。
「いやあぁ」ほら、さっそく悲鳴が。
 ひまわりの向こうで、誰かが災難に遭っているようだが、入るのはどうも怖ろしい。
「肩車してください。見てみますから」
 乗ってみたけれど、まだひまわりのほうが高い。
 爪先立ちをしてもらって、ようやく見えた。
 リグル・ナイトバグが、風見幽香の傘に小突かれて丸くなっている。弱いものいじめ?自分が正義の味方だったら見逃せないところ。
「花がいい香りなので、気づいたら寄って来ちゃうんですよう」と、リグルはなんとも哀れっぽいが、幽香の心は鉄なのだろう。ちっとも容赦しない。
「季節はずれの死に損ない。花のために、少しも役にも立たないくせに。川のあたりでも飛んでればいいじゃないの。三途の川に送ってやろうか」
「ひいい」
 これはいけない。
「すみませーん、ちょっとよろしいですかー」無視されないように、なるべく大声で言う。
「何かしら?」
「幻想郷中を質問してまわっているのです。有名な人はどんな本をお読みになるのか」
「ふうん。本ね。害虫駆除の専門書なんてあったかしら」
「リグルさんはー?」答えられなくて当たり前だろうけれど、幽香が傘で突いて、答えなさい、と促す。
「うぅ……ジェーンの昆虫記……」
「そうですか。ありがとうございますー」と、顔を下げて、藤原にささやいた。「助けてあげられませんか?リグルさんがいじめられてるんです」
「うーん。頼んでみようか?」
 肩から下ろされると、藤原はひまわりをかき分けて入って行った。私は外からこっそりうかがう。
「ええと、風見さん?」
「そうですけど。あなたは?」
「藤原。その蛍さんに用事があるから、逃がしてあげてもらえない?」
「来るなと言っても何度も来るのよ。今度こそ潰さないと迷惑なのよ」
「どうしても潰す?」ええもちろん、と幽香は答える。潰すって……
「私も、どうしてもの用事なんだよ。困ったな。私は火を使った戦い方しか知らないから、あんたが強情張るなら罪の無い花を燃やしてしまうな。私からも来ないように言うから、頼むよ」
「物騒な人間ね。あんたも潰しとこうかしら?火は天敵だもの」
「まいったなぁ。あっ、花食い鳥が来てるぞ」
「花食い鳥!」幽香は後ろを振り向く。花が大切だから、振り向かずにはいられないだろう。でも、花食い鳥なんていただろうか?
 藤原がリグルを掴んで、駆け出した。
「あ、待ちなさい!」待つもんか。私も帯を掴まれて、またぶら下がって飛びだした。
 猛スピードで逃げること数分、幽香の姿が見えない間に花畑へ飛び込んだ。そのまま伏せてしばらく隠れている。
 どうやら追ってこないようだ。起き上がって伸びをした。
「ああ、よかった」
「私は恨まれたな」花粉を払って藤原も立つ。
「助けてくれてありがとう」とリグル。
「今度行ったら殺されるかもよ。気をつけろ」
「はい。えっと、お礼をしたいんだけど……」
「別に」と、私の方を見る。私も首を振った。
「……あぁ。何匹か残ってる蛍、いるだろう。みんな永遠亭に連れていって、庭の池にでも飛ばしてくれないか。まだ見たがってるのがいるから」
「うん。わかった」
〔風見幽香は、今のところわからない。リグル・ナイトバグは、ジェーンの昆虫記〕

「優しいんですね」
「助けようって言ったのは稗田じゃない」
「いえ。永遠亭にお知り合いがいるのですか」
「うん。虫が嫌いなんだ」
「え?」
 メディスン・メランコリーのいる鈴蘭畑から毒霧が流れてくる。眩暈がしそうで、走って風下から離れた。
「私が行ってくる。待ってて」
 しばらくして帰って来ると、顔が真っ青だった。
「大丈夫ですか?」
「うー。ちいさなぐみのきっていう絵本だってさ」
「誰が与えたんでしょうか」
〔メディスン・メランコリーは、絵本、ちいさなぐみのき〕

「ほね、ほね、からころからころ、人間寄せない」
 妙な歌を歌っているミスティア・ローレライを捕まえた。
「これこれ」と、本の件。
「本は背表紙の糊がうまい、ネズミの口癖、極楽落とし」
「はい?」
「歌詞よ。メノン・ラスコーなんてどう?情熱的よー。おぉ愛しのハムコロッケ、あなたはどうしてハムコロッケなの……」
「メノン・ラスコーに関係ないじゃないか」と藤原。
〔ミスティア・ローレライは、メノン・ラスコー〕

 出店が並んでいる。たこ焼きというものが美味しそうで、立ち止まって眺める。健康に良くないからって、こういう食べ物はうちでは食べさせてくれない。お祭りがあっても、買う事も許されない。
「何か食べる?」
「いえ……あ、あの人。小町さんじゃないですか」
 たこ焼きを焼いているのが小野塚小町ではないか。渡し守ではなかったのか?
「行ってみよう」
 笑って、お腹を抱えながら店の前に立つ。
「いらっしゃい」
「二つください」
「あい。ちょっと待ってね」
 作り置きは一つも無い。売れてしまったのだろう。半分焼けているのをやけに上手くひっくり返す。見ているとお腹がすいた。気がつくと、後ろに何人もお客さんが並んでいる。
「繁盛してるね」
「いえいえ。はい、おまち」
 笹の葉にのせたのを受け取って、いったん列を出る。
「食べるだろう?」と、一つ差し出される。赤面せざるをえない。「でも、その前にあいつに話をしないと」
 お客さんが切れるまで待って、また藤原は店の前へ行った。
「おかわりかい?」
「閻魔が火を吐くぞ」
「!?」
 死ぬほど驚いた、という表情のお手本みたいな顔。
「あたいを知ってるのかい。頼む、四季様には黙っててくれないか」言いながら、針や鉄板を片付けはじめる。
「黙っててもいいけど、そのかわり、ちょっと付き合って」
「だめだよ。帰らないと怒られる」
「いつもどおり怒られるのと、お店してるのがバレてもっと怒られるのと、どっちがいいの」
「あんたは鬼かよ。仕方ないねぇ」しぶしぶと店をたたみはじめる。
「小町さんに用があるんですか?」
「いや。今日一日、閻魔が説教しに来るまで連れて歩く。閻魔にも会えるよ。実は、閻魔のほうにはちょっと用事があってね」
「はぁ」怖ろしい事をするものだ。

「さて、お昼にしよう」
「あの、どうやって食べるんですか?」
「そこに入ってる、爪楊枝で刺して」
 風の涼しい丘に登ってたこ焼きを開いた。家で禁止されている物って、一人で見るとどうしてこうも魅惑的なのか。それに、すごく美味しい!
 草の上に座って、指を汚しながら、お喋りなんかもして食事をするのは初めてだ。
 きっと今の姿を見られたら、お金なんかは失神でもするかもしれない……あぁ、食事中に思い出し笑いなんて、だめだなぁ。でも、正しいと教え込まれてきた行儀作法やマナーがなくたって、こんなに美味しいし楽しい。
「なに考えてる?」
 藤原はソースの濃いたこ焼きをきれいに食べている。なんなら、お箸の使い方だけでなく、こういうものの食べ方も作法に組み込んで教えられるべきではないか?指が赤くなって、恥ずかしい……
「たこ焼きってこんなに美味しいんですね!」
「そうでもない。これは焼き方が上手い」
 ちょっとした行楽のつもりで今朝は出てきたけれど、今日一日は貴重な体験がたくさんできるかもしれない。人生の一山にでもなりそう……なったらいいな。このままどんと変わってしまうような。
 まあ、いいか。お菓子は、あとでのおやつに取っておこう。また地面に座って食べてみたいから。 
 じきに、小町が丘にのぼって来た。
「ああ。あたいもなにか買って来よう」と、汁のないお蕎麦を買ってきた。
「それ、なんですか?」
「やきそばだよ。美味いから食べてみ」
「ええと。食べづらいですね」
「おいおい、箸で食べるんだよ。どうして爪楊枝で刺してるんだい。蛇退治じゃないんだから」
 これも美味しい。
「蛇退治って言ったら、尻尾をつかんで打ち付ければイチコロさ。そういえばこの頃、川にマムシが……あぁ、それより、そこの赤い人。いや、白かな?付き合えってのは一体何なんだい」
「今日一日、幻想郷中を調べ事でまわらないといけない。手伝って」
「だから、だめだって!一日なんて」
「バラすけど?」小町の叫びを無視する、完璧な無表情。ちょっと見習いたい。いや、そんな事考えてはいけないだろうか。
「わかった。わかった」と両手をあげる。「何を調べてるんだい」
「ええと、読書の事を……」付き合わされる小町にとって、状況はかなり重大であろうが、その前で読書なんてちっぽけな理由を述べるのは、気が滅入った。
「ふうん。私は東鶴が好きだよ。女三人とかね。あんな一途な女はいいねぇ」
〔小野塚小町は、東鶴、好色女三人〕

「ところで、どうしてたこ焼き屋さんをしているのですか」
「好きでやってるんじゃないけどね。店の親父と仲良くなったんだけど、病気で寝込んでるから、かわりにお店やってんの」サボリはともかく、良い人だ、と思った。連れまわして、閻魔様に怒られないよう、三途の川に帰してあげたいと思ったけれど。
 妖怪の山。麓で秋の神様に会った。
 二人姉妹で、姉は秋静葉、妹は穣子。
「眠りの美女。川底康成」と、静葉。
「お姉ちゃんは小難しいのが好きなのよねえ。私だと頭が痛くなるわ」
「穣子さんは?」
「ちょっと変わった子あります。不思議でおもしろいよ」
「そういえば、似てるな。二冊」藤原が言う。
「さすが姉妹ってか」と小町。
「山に登りたいのですが、よろしいですか?」
「勝手にしなさい。上に行きたいんだったら、河童か厄神様の雛に連れて行ってもらったほうがいいよ。きっと滝で天狗に止められるから」穣子は森を指さした。
「あれ、樹海。雛はあそこにいる。川にそって歩けば出られるから」
「ありがとうございます」
[秋静葉は、眠りの美女、秋穣子は、ちょっと変わった子あります]

 樹海。
 暗くてじめじめして、地面がぬかるんで。土がぬめって、人の指が出てきたかと思ったら木の枝だったり、どこからともなく奇声が聞こえてくる。
「藤原さん、負ぶってくれません?」
「歩けないことはないだろう」
「でもー」とにかく樹海は怖い。
 鍵山雛のほうから寄ってきた。
「厄のかけらもないのが三人で、どうしてこんなところを歩いてるのよ」
「これこれ」
「あそう。ご苦労様。私は外に出たくないから、頼むなら河童に頼んで」と、くるくる回りはじめる。「厄取りしてるのよ。あんたたちも、長くいると憑かれるわよ」
「はあ。ところで、あなたは本は?」
「恋愛小説かなあ。音読者とか、桶の中で愛を叫ぶとか、好き」
「桶の中?」変わった題名だ。
「桶の中って、妙な名前だな。桶屋のセガレと反物問屋のお嬢さんが、親の言いつけやお家存続のためとかで、無理矢理引き離されて駆け落ちでもしたけど、すぐつかまって、思い通りにいかない、世の中の桶のごとき狭さ生き辛さを嘆くっていう小説かい。タイトルは風刺か?」
「全っ然違うわよ。講談じゃないんだからね」
「じゃあ、音読者のほうはなんだい。公園に立って紙芝居や本の読み聞かせをして町々を歩き渡って、投げ銭で食いつないでる男が、実はその声には不思議な力があって、いいとこのお嬢さんを惹きつけて女の玉の輿にのったり、それか、不思議な運が次々と降って、国の王様になったりするような話か。まあそんな事なら、はじめから声でもって世渡りしてるのに、どうして幸せにならなかったんだって言いたいけど」
「一体なんの話よ?よくまあそんなに話をぺらぺら思いつくわね」
「才能ですねぇ」そういえば、小町はお喋り好きなのだった。
「あのな……」抱腹絶倒の藤原が口を出す。
「音読者は、後半が結構重いけど、そのまま良い本だから読んでみるといい。桶の中はど直球だな。王様とか玉の輿なんかとは関係ないがな」
 ふむ。これも本屋に注文しよう。
「稗田は、読まないほうがいい」と藤原。
「えっ。どうしてですか?」
「なんというか、まあ、怖いんだよ」
「怪談ではないのでしょう?」
「うん。でも、血の海刃物の雨だよ。生首がぽいぽい飛んでるよ」
「ちょっと、そんな事言ったら私の趣味を疑われるじゃない!桶の中はいいでしょ」雛が叫ぶ。
[鍵山雛は、音読者、桶の中で愛を叫ぶ。恋愛小説なのか?]

 樹海を出て河童を探した。が、どこにもいない。仕方なく先導なしで滝をのぼる。
「ぶら下げられてくのかい?あたいがおぶって行ってやろうか?」
「いえ、もう慣れてるので」というのではなく、本当は大きい鎌が怖いのだ。
 突然、影がさした。見上げると……
 日を遮るものは、滝の裏から現れた。はじけた水しぶきが顔にあたる。と、同時に弾幕。
 うねりうねった複雑な弾幕を、藤原が大きく動いて避けた。ぶら下がっている私は激しく揺れて、弾幕にかすりそうになる。
「大丈夫、少し我慢して」
 弾幕へ突っ込み、隙間をかいくぐって、その白狼天狗に近づく。そうされるとは予想しなかったのか、白狼天狗は目を見開くばかりで、動かない。「撃て、撃て!」下から小町が叫ぶ……が、
「椛ぃ!今助けるよっ」
 誰かがそう言ったとたん、藤原は後ろにのめった。上から何かぶつかったのだ。バランスを崩して、滝にぶつかる。
 火は消えてしまう。
(落ちる!)
 水と一緒にぐんぐん落ちる。水にもまれて何が何だかわからない。
 しかし、落ちてぶち当たる一瞬の感覚だけは素早く想像された。瞬く間に死が脳裏をよぎる。どうしてこういう時にかぎって、頭の回転が速くなるのだろう?
 幸い死なずに済んだのだ。藤原は帯をはなさすにいてくれた。お腹をきつく圧迫する感覚の後には、再び飛びあがり、救われた。
「大丈夫かぁ」小町が飛んできて、私を抱える。「妹紅、あいつを堕としてこい!」
 ここまでしか覚えていない。気絶して、気がつくと滝の上の岸で横になっていた。
「やあ、起きたかい。妹紅は落ちちゃったよ」
「ええっ」
「危ないな。あんたは落ちたら仏になるだろう。それから、にとりがいないって言って、さっきの天狗も降りてったよ。妹紅にぶつかった奴の事かね。誰も見えなかったけど」
 おそるおそる下を見下ろすと、白狼天狗が滝つぼの上をうろうろしている。藤原は死なないし、河童は泳ぎが上手いだろうから、大丈夫だとは思うけれど。
 と、滝つぼから、藤原が飛びあがってきて岸に落ちた。それから青い服の女の子もぽんと出てきて、腰から落ちた。
「なんでしょう?降ろしてくれませんか」
「あいよ」小町に吊り下げられて下へ行く。
 びしょ濡れで生還した二人に声をかける。
「よく出てこれましたね」
「いや、出てない。引っ張りあげられた」と藤原。
「貸しができたぜ。二人ともちゃんと返せよ」滝つぼから、魔理沙の声が。
「魔理沙か!?どこ?」河童のにとりがあたりを見回す。
「水になってるんだぜ。せっかく遊んでたのに、お前らが落ちてきたから痛かったじゃないか」
 本当に運がいい。しかし、やっぱり山は危険だった……
 
「椛は仕事をしないといけないし、私は迷彩が壊れたから、すぐ直さないと。まっすぐ行ったら神社があるから、寄って行きなよ」
「めいさい?」
 とりあえず本の趣味は聞いておいた。
[河城にとりは、若年期の終わり、犬走椛は、我輩は犬である]

 山の上の神社は涼しく、心地よい。爽やかな感じの巫女さんが迎えてくれた。
「銀の箸っていう本が好きです」
「いい本ね」と藤原。
「私、小さいときに家出したことがあったんです。神社に来て、神奈子様と諏訪子様にかくまってもらったんですけど、料理とか、果物とか、とても豪華なのを食べきれないくらいたくさんご馳走して、慰めてくれて……嫌で嫌で家から出てきてから、こんなふうにされて……だから、最後の、主人公の叔母さんのところ、読むといつも泣いちゃうんです」
「うん。わかるよ」
[東風谷早苗は、銀の箸]
「けろけーろ」
「ジョークか?」
「うん。99回生きたねこ、って本。知ってる?」
「99回だって?めでたい数字だな。蘇生の術を会得したか、閻魔にゴマすって、99回死んで99回生まれ変わった猫が、100回目に死んだらとうとう皇帝に生まれ変わったって話かい。四季様が聞いたら、呆れて怒り出しそうだねぇ」
「なにそれ……」
[洩矢諏訪子は、99回生きたねこ]
「せたけくらべかな。樋口小路の」
「ああ。いいですよね。切なくなっちゃいます」
「うん。子供はいいね。早苗もあんなに大きくなってさ。小さいとき、せたけくらべそっくりの恋もしてたんだよ」
「え!そうなんですか」
「んー。去らなきゃいけなかったのは早苗のほうなんだけどねぇ」
[八坂神奈子は、せたけくらべ]

「天人のところには、あたいが行ってくるよ。行った事あるからね。あんたらは少し休んでなよ」
「では、お願いします」
 その間。
「藤原さん。お菓子を食べましょう」境内の木の枝に座っている藤原に声をかける。
「もしよかったら、隣、いいですか?木の上ってどんな感じですか?」
「高い」それはわかる。「着物がよごれるよ」
「もう、一回濡れちゃったし。草履は樹海のどろどろで傷んでしまったし。いいんです」
 どうやって引き上げられたかは、ちょっと、いろいろと手こずって、恥ずかしいから述べられない。だって草履が滑るから。それに袖が邪魔になるし。あと、ちょっと足が痛くて……あぁもう!
 見晴らしがいい。転げ落ちれば粉にでもなりそうな、険しい山肌や滝を見下ろせる。それに、すぐ下の地面や神社を見ても、いつもの視線と身長から開放された、不思議な感覚が面白い。風も下よりは吹いてきて気持ち良い。
「木登りの仕方を教えてもらえます?」
「覚えないほうがいいんじゃない」まあ、どうせ明日からはまた、箱入りなのだから。でも、誰もいない時間になら。
 箱入り娘とか、お嬢様とか言われるのは嫌だ。
 御阿礼の記憶を持つ身としては大切にされる。阿求としての私には自由を与えられない。それも仕方ないとしても、私の場合、お金のような心配性お節介なのがすぐ傍にいるから、なお不自由なのか……?
「覚えたって良いのです。教えてください」
「別に、教えないとできない事じゃあないけどね。まぁ、また今度な」
 また今度?やった!また家から一人ではなしに抜け出せるわけ。ちゃんと約束しよう。
 が、包みを開けると、お菓子はみんな砕けてばらばらになっていた。クマのクッキーも然り。
「ああ!どうしよう」
「まぁ、いただこう」と、大きい欠片を取る。「美味い」
「うちの特製です。レシピは、私が考えたんですよ」
「へぇ」えぇ。それだけ?
 まあいい。
「あと、冥界や、竹林、それから……地下ですね。地下ってどこから行けるんでしょう」
「調べて来よう。その前に、十分くらい休む」と言ってすぐに、枝の上にのびて、寝てしまった。
 私は木の上の開放感を十二分に味わった。こんなに気持ちの良いところで寝て、藤原はどんな夢を見ているだろう。気になって、うつぶせている頭を見たら、青いトンボが髪の上にとまった。
 たしか、羽をつまんで捕まえるらしい……指を伸ばすと飛び立ってしまった。捕まえ方も教えてもらおうかなぁ。
「かき氷、食べます?」下から東風谷早苗が。
「嬉しいです。いただきます。でも、降りられないので……」
「そこで食べてください。景色がきれいでしょう?」と、飛んで運んでくれた。飛べるって本当に羨ましい。なんと、かき氷の上にカエルの顔の形のシャーベットがのっている!あぁ、溶けてしまう……可愛いなぁ。
 お皿を片手に持って、滝で濡れて、乾いてべこべこになった帳面を開いた。小さいから、変形してもそれほど気にはならないけれど。これまでに会った人達の名前がずらっと並ぶ。奇人伝ならぬ読書人伝。聞いた事を書き留めておけば後の参考になるし、まぁ他に役には立たないとしても……求聞史紀を、これまでとはまったく違った、読みやすい書き方にしたように、書く必要はないものも書いて、十代目には、私はもっと自由な時間が欲しかったんだってサインにできればなぁ。でも、求聞史紀に関わらない記憶は残らないし、逆の意味に理解されるかも?

 以下は、小町に聞いた事。
 途中で永江衣玖をつかまえた。
「面白い本はないかい?」
「本?そんなものありませんよ」
「どんなのが好きなのか聞いてるんだよ」
「天上の季節なんていいんじゃないですか。切れるナイフとか」
「天上の季節だって?いつも晴れに決まってるじゃないか。切れないナイフはナイフじゃないよ。わざわざ切れるって言わなくてもなぁ」
「そうではありません」
 そして比那名居天子。
「なによ。また追い返されに来たのかしら?」
「暇で暇でしかたない天人様はどんなご本をお読みになるんでしょうかねぇ」
「ふん。万巻の書を制す。読まない本はないわよ」
「読んでない本がたくさんあるわけで」
「一々面倒な事を言うわね。本がなんだっていうのよ?」
「はいはい、万巻ですね。もうけっこうですよ」
 伊吹萃香もいた。
「本?お酒で濡れちゃうから読めないなぁー」
「そりゃいいや」
 という事だった。
 ……これでいいのだろうか?
[永江衣玖は天上の季節、切れるナイフ、比那名居天子はなんでも、伊吹萃香は読まない]

 さて、博霊神社。霊夢を尋ねる。お茶を飲みながらうちわを手にしていた。
「本。最近なに読んだっけ」
「あまり読まないのですか?」
「そうね。あんまり……あぁ。星の大王様だった。あと、かもめのジョニー・ワンダホー」
「ふうん。大王様ねぇ。我侭放蕩極まって全世界を不幸に陥れている大王が、生意気に威張りちらして読者までムカつくようなのが前半で、後半は、ついに決起した人民の首領とか代表的なヒーローが活躍して、大王に匕首を突きつけるまでに至るってか。大王はちょん切られるか、それか勇気ある人民の義侠に感動して、汚い心を洗って(仲間に入れてくれ)って頼むと、本当は心優しい勇者は王様を助けてやってハッピーエンドかい」
「あぁ?」霊夢は何のことやらわからないらしい。それもそうだろう。これも、小町のインスピレーションなのだろうか。
「かもめのジョニーってのは……」
「待った。あんたに喋らせたらキリがない。星のもかもめも、そんな類の本じゃない」と藤原。
「じゃあ、どんな本なんですか?」
「うーん」と霊夢は首をひねる。「一口には言えないけど、どっちも真剣な本。そこの人の頭ん中とは大違いのね」
「あー?あたいかい?」
〔博麗霊夢は、星の大王様、かもめのジョニー・ワンダホー〕 

 さて、あと27人。次はどこへ行こうか。もう、行きづらいところばかり。
「にしても、四季様遅いなぁ。ま、このまま一日中来ないんだったらありがたいけどねぇ。だいたい、あの人もたまには頭柔らかくしたほうがいいよ。忙しすぎて思考が一方通行なのかねぇ」
「おいおい、口は不幸の門……」と藤原。小町はお喋りしながら歩いているが、後ろには、影が……
「それに、肩叩いてくれってしょちゅう言われるけど、あの大きい帽子かぶってたらそりゃ肩も凝るよなぁ。帽子かぶらなくたって適当に裁判してしまえばいいのに。あんなにいつも裁きまくって、よく勘も狂わないもんだね。でもあたいを叱ってストレス解消ってのはなぁ」
「噂をすれば影ということわざを知っていますか?」小町の背後についた閻魔様、棒で頭をぶったたく。
 ぎゃあ!
 舌を噛んでしまったみたい。
「あなたがサボって仕事の順序を乱したから、今まで苦労していたのです!罰を受けなさい!」
「にゃん!いあい、いあい」
「それから、藤原!よくも小町を振り回しましたね!」
「いたたたっ」
「稗田さん!あなたは藤原を諌める事が出来たはずですが!」
「きゃあ」
 長いお説教が……まぁ、一々何を言われたかなんて、述べなくってもいいのですが。思い出すだけなら楽なものね!
 各々が読んでいそうな本を想像してみましたが、似合わないのがあったら、申し訳ありません……
 作者や本の名前はすこし変えてあります。変えた名前と同名の著者や作品があるかもしれませんが、その場合はそれではありません。
 冥界や竹林などへ続くと思います……どうも、ありがとうございました。
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コメント



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6.無評価名前が無い程度の能力削除
つづきが楽しみ
評価は全て読んでからつけさせていただきますね
9.100名前が無い程度の能力削除
これは楽しい。
本棚を見れば人となりが判る、というのも一片の真理を含んでいるという発想でしょうか

しかし、沙翁と言うのか。知らんかった