Coolier - 新生・東方創想話

甲さんの画集

2010/11/04 20:42:12
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幻想郷から妖怪を追い出すと言う目的の元、日々活動を続ける秘密結社があった。
本名は知れず、「甲」と通称される一人の男。彼が結社を取り仕切っている。

夜中、ランプで照らされた机に座り、最新の妖怪調査資料をまとめている時、何の脈絡もなく部屋の空間に裂け目ができ、そこに広がる別の空間から妖怪があらわれた。

「こんばんわ、精が出ますね」

彼は自分の記憶から検索し、妖怪の種類、名前を突き止めようとした。
確か、求聞史紀にあった、隙間を操作する妖怪の……。

「貴様は……八雲紫! 何の用だ!」

甲はとっさに腰に差した剣を抜き、切っ先を紫に向ける。

「初対面でもないのに、いい加減慣れてくれないかしら」
「黙れ、いつお前と会った?」
「私は日々幻想郷と向き合っているわ、貴方も幻想郷の一部、私達は、いつも関わり合っているのよ」

甲はいまだ剣を構え、すぐにでも斬りかかれる姿勢を崩さない。
だと言うのに紫は意に介さず、適当に甲の部屋を物色する。

「ああ、あったわ」
「こら、人の物を勝手に漁るな、お前は巫女か?」

紫はマイペースで箪笥の上に重ねられていたスケッチブック(幻想郷では貴重らしい)の一冊を取る。

「綺麗な絵ね。妖怪や妖精を描いたものですね」
「触るな、お前には関係ない」
「かなりお上手、確か貴方、幼いころは絵描きになりたかったのよね」
「知るか! それは我が結社の宣伝ビラだ」
「プロパガンダ用ポスターね。だけど、その割には妖怪や妖精が可愛いらしく描かれているわね、むしろ、宣伝は宣伝でも、『人と人外は友達』と訴えているように見えるわ」
「間違えた、これは……ビラじゃなく、単に私が人外との共存を夢想し、平和ボケしていた頃描いたものだ」
「ならどうして、捨てずに取って置いてあるの?」

紫は甲に向き直り、その瞳を見つめ、微笑んだ。
思わず息を飲む、噂通りの妖艶な笑み。ではなく、美女と言うより赤子をあやす母親のような笑顔……。

(いかんいかん、美貌で誘惑するのはこの手の妖怪の常套手段だ)

主導権を奪われかけた甲は首を振り、言葉を必死に絞りだす。

「それは……その、妖怪の性質を描いた教錬用資料だ」

紫は表情を崩さず、さらに畳みかけた。

「あなた、本当に妖怪を憎んでいるの?」

甲はいつもの宣伝文句をようやく思い出し、演説口調で紫にまくしたてる。

「当然だ、貴様等は人妖は共存できると言いながら、結局、自らの存在の糧としているだけではないか。対等の友人なら、なぜ人間を襲う」

紫も怯まず返答する。

「私達はもともと、あなた方人間の幻想が生んだ存在、人を襲う妖怪がいるという幻想を持てば、妖怪もおのずとそう言った性質を帯びるようになります。反対に優しい妖怪がいると言う幻想を強く抱けば、そんな妖怪が生まれるでしょう。でも、近年は人間を殺戮し、捕食する妖怪は滅多にいませんわ」
「フン、肉牛を乳牛扱いに変えただけだ、そうだろう」
「話は変わるけど、貴方は、人間を代表しているのよね」
「当然だ、誰かが人間を代表して、妖怪にガツンと言ってやらなければならない」
「そう、ちょっと私と一緒にお散歩しましょ」
「!!」

空間の隙間が広がり、あたかも大蛇に飲み込まれた獲物のごとく、甲は吸い込まれた。





気がつくと、ひんやりとした空気に轟音、目が慣れてくると、ここが何処かの滝であることが分かった。このような大きな滝は見た事が無い。

「ここは妖怪の山、九天の滝、貴方たちもここまでは行った事がないのではなくて?」
「ここで私をどうする気だ?」
「試させてもらうわ」

紫は不可視の力で甲を岩肌に叩きつけた。
岩にひびが入り、甲の体がめり込んだ。彼は息ができず、その場に崩れ落ちる。
甲は自分の油断を呪った。こいつは暗殺に来たのだ、一瞬でも警戒を緩めた自分が迂闊だった。
が、意識は途切れず、数分して痛みもいくらか薄まり、しばらくして呻きながらも立ちあがって紫を睨みつける事が出来た。紫はとどめを刺さなかったのだろうか?

「普通、岩が砕けるほどの力で叩きつけられて死なない人間はいません。それどころか、死体も原型をとどめていないでしょう、なのに何故、、貴方はこうやって立ちあがれるのかしら? 見たところ、貴方は魔法の道具や結界でのガードはされていなかった」
「……」
「貴方もあの古道具屋と同じ、人妖のハーフなのよ」
「そんな事、とうの昔に知っているさ」
「それでも妖怪を排斥するつもり? 貴方が本当にやっつけたいのは、妖怪じゃなくて貴方を捨てた……」

一度は優位に立っていた紫の言葉をすかさず遮り、甲は反駁する。

「黙れ、うるさいうるさいうるさい! 幻想郷の秩序とやらを優先するあまり、あいつが父と私を捨てたせいでどんな目に会ったか。貴様に分かるか?」

演説調ではなく、本心を洪水のごとくぶちまける甲。
紫の表情が硬くなる。

「この世界は絶妙なバランスで構成されている、やむを得なかったのよ」

先程とはうって変わって、若干弁明するような口調の紫。
怒りをあらわにする甲の声に、悲しみの濁りが混ざってゆく。

「父は人間の身で、妖怪の血をひく私を守らなければならなかった。私は事あるごとに人間であることを証明しなければならなかった。そうしなければ生きていけなかった。気苦労がたたって、父は病に倒れ、帰らぬ人になった。それなのにあいつは葬式にも来なかった」

今度は紫が涙を流し、ただ甲の非難を黙って聞いている。
幻想郷の賢者、大妖怪八雲紫が、である。

「ハッ、最高のジョークだ、家庭一つ守れない者が世界を守るなどとはな」

紫は甲の頭を胸に抱いた。

「何をする!?」

甲は今現在の状況を忘れそうになった。
懐かしい匂い、幼かった日々、まだ彼が人妖の共存を信じていた頃。その記憶が鮮やかによみがえる。

「可哀想に、辛かったのね」
「ふざけるな、貴様がそれを言うか。離せ」
「貴方はその妖怪を許せないかも知れない、これは私の自己満足。でもお願い、今はこのままで居させて」

しばらく紫は彼を抱きしめていた。その姿は親子そのもの。
紫の腕から解放された後、甲が口を開いた。

「なぜ私を殺さない?」
「適度なライバルがいた方が、妖怪の生活もメリハリがつくのよ」
「後悔するぞ、人間は単体では弱いが、集団化すればどんな妖怪も敵わない。外界
の人間達もかつてはそうやって貴様等をここに封じたのだ」
「でも、どうかしら、人間は、よほどの貧困や絶望感が無ければ、貴方達のような極端な思想集団に救いを求めて飛びつく事はそうそうないわ、私達もみんなが希望を持って暮らしていけるように頑張っているもの」
「だがお前達を幻想郷から追い払ってみせる」
「頑張って、私も負けないわ」

再び隙間が彼を飲み込み、元いた部屋へ戻された。
しばらくして、使用人が彼の部屋の戸を叩いた。

「旦那様、どうなされたのですか」
「いや、なんでもない。今日はもう休むことにするよ」

甲はランプの明かりを消し、隙間の生じた空間を見つめる。

「私は、絶対負けないからな、母さん」

一言つぶやいて床に入る。明日は妖怪の勉強会があるのだ。





マヨイガにて、
紫は甲の部屋にあったスケッチブックの絵を眺めていた。
式神の藍は既に床についている。
まだ眠れない橙が興味深げに覗きこんだ。

「紫さま、何を見ているんですか」
「これはね、ある人間の書いた絵よ、橙、この絵を描いた人はどんな人間だと思う?」

橙は真剣に絵を見つめ、腕を組んで考える。

「う~ん、ちょっと不器用だけど、根は優しい人、かな?」
「橙、貴方は天才よ、藍とは大違い」
「そんな事無いですよ、照れちゃうな」

そこには一人の少年が、妖怪たちとのびのびと遊んでいる姿があった。
野原で獣の妖怪と鬼ごっこをしている絵、
湖で氷の妖精と釣りを楽しんでいる絵、
鳥の妖怪の手を掴んで、一緒に空を飛んでいる絵、
そして最期に、少年と父親らしき人間と、母親らしき妖怪が笑顔で立っている絵。
その妖怪は金色の髪に整った顔立ち、装飾された日傘を差していて、まるで……。

「この女(ひと)、ひょっとして……」
「まさか、他人の空似ですよ。第一、これを描いた人間が幼かった頃、私はもうそんなに若くなかったもの。さあ、今日はもう寝なさい」
「はい、お休みなさい、紫様」
「お休み、橙」

紫はスケッチブックを閉じ、空間の隙間を開き、甲の部屋へ返しておいた。

「お休みなさい、妖怪のライバルさん」
読んでいただいて感謝します。
タイトルはある映画のもじりです。
この雰囲気なら「甲さん最期の12日間」のようにはならないでしょう。
とらねこ
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コメント



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3.40名前が無い程度の能力削除
書籍版文化帖の慧音のページに書いてたあれか。