Coolier - 新生・東方創想話

賑やか提灯よっといで

2014/11/24 21:09:42
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「ねぇ、ミスティア」
「何?」
「……相変わらずさ、人、多いね」
「今日は格別多いね」
 人里から少し離れた、暗闇の道。
 その一角に、ぽっとともった赤提灯。
「まあまあ、一杯いけ、一杯! ぐーっと!」
「おっ、悪いねぇ! 今日はどうしたんだい、いつもより金払いがいいじゃないか!」
「はっはっは!
 なぁに、この前さ、庄屋のやつにいい金積まれて、あそこの庭木なんかを軒並みきれいにしてやったのよ!」
「お、いいじゃないか、お前! よし、俺にもおごってくれ!」
「バカ言うんじゃねぇよ! てめぇにゃ、以前のおごりの払いがまだだ!」
「何をぅ!」
「……人間の、特に男ってのは、声がでかいね」
「奴らは職人だからね。
 職人って奴は、威勢がいいし、威勢のいい奴は態度もでかい。必然的に声もでかくなる」
 その赤提灯を囲んで酒盛りする男衆が数人。
 彼らは酒の入ったぐい飲みを片手に、いい気分で宴会中だ。
 そんな彼らに料理を提供するのが、ここの屋台の女将こと――、
「ミスティア、ミスティア! ご飯ちょうだい!」
「またかい、ルーミア。
 あんたはあたしの顔なじみだから無料だけど、たまにゃ金取るよ」
「えー」
「おーい、女将! そいつぁ、聞き捨てならねぇ!
 おい、嬢ちゃん! こっちこい、こっち! ほれ、こいつを食わせてやるよ!」
「わーい、ありがとう!」
「リグル、これ、あいつらのテーブルに持って行ってやってよ」
「注文してないよ?」
「あたしのおごりさ」
「はいはい」
 今日もにぎやか、夜雀屋台ことミスティアの屋台は大盛況。
 晩飯時に差し掛かるときから始まるこの屋台には、入れ替わり立ち代り、毎日、大勢の客がやってくる。
「どうだい、お嬢ちゃん。うまいか」
「うん、美味しい!」
「わはは、そうかそうか!」
「ったくよー。お前はほんと、その嬢ちゃんが気に入りだねぇ!」
「何だよ! 俺んところはガキがかわいくねーんだ! 仕方ないだろ!」
「とか何とか言って。
 俺ぁ、知ってるんだぜ。お前が、お前んとこのせがれを前にして『パパが帰ってきたよー』とかやってんのをな!」
「わはは! 『パパ』か! わっはっは!」
「なんだ、悪いか、この野郎!」
「……もう少し、静かなほうが嬉しいんだけどね」
「どうしてまた」
「知ってるかい? 蛍ってのは、人知れず輝いているのが好きな生き物だ、って」
「ついでに言うと、幼虫の頃は強暴だ、ってこともね」
「それはそれ」
 あまりにぎやかなのが好きではない、彼女――ミスティアの友人である蛍の妖怪、リグルは肩をすくめてみせる。
「ま、いいじゃないのさ。
 あたしはにぎやかなのは大好きだよ。
 なぁに、あんまり程度をわきまえずに酒を飲むなら、あたしがきちんと追い出すから安心しときなって」
「そうだね」
 美味しい料理とうまい酒。
 しかし、腹八分目にして酒は飲んでも呑まれるな。
 彼女の店にやってきたものは、皆、『今日は気持ちよく酒が飲めた』という気持ちになって帰っていく。
 ――さて、そんなにぎやかな彼女の店も、宴もたけなわ。
 いつの間にか、宵闇の妖怪ルーミアが、男衆と混じって、彼らを笑顔にしている中、
「女将さん、ちょっといいかい」
「おや」
 新たに一人、客がやってきた。
 身なりのいい、こざっぱりとした印象の男性だ。年齢なら40か、その少し手前くらいだろう。
「おっ? お前、ジンさんのところの若大将じゃねぇか」
「おーおー、知ってる知ってる。この前、棟梁になったってなぁ」
「ははは。
 まぁ、これで俺も、あんたらと同じところに立ったってことかい?」
「何、生意気言ってんだ、若造め」
「そうだそうだ。俺達と肩を並べるってなら、あと10年、ジンさんのところで修行しな!」
 げらげら笑う男衆と、彼は丁々発止としたやり取りをしながら、屋台のカウンターへと腰を下ろす。
「覚えてるかい?」
「……あー、悪いね。あたしはバカだから、人の顔を覚えるのが苦手でさ」
 ミスティアは、ばつが悪そうに笑いながら、「というわけで、こいつは詫びだよ」と枡酒とつまみとして魚の刺身が出てくる。
「……こいつは?」
「それはこいだよ。この時期はね、こいつがうまいのさ」
「おっ、いいねぇ!
 女将、俺らにもそいつをくれ! この嬢ちゃんの分もな!」
「あいよ! ちょっと待ってな!」
 彼らの追加注文も手早くこなし、リグルに「これ、持っていってやってよ」とお盆の上に皿を載せる。
 リグルは『やれやれ』と立ち上がり、彼らの元へ歩いていって、『悪いな、坊主!』と声をかけられて「女です」と憮然とした口調で返す。この屋台では、よくある光景だ。
「あの連中とは混じらないのかい?」
「普段なら、あいつらと一緒に大騒ぎするところだけど、今日は違う。
 いや、実はね、女将さんに、ちょいと話をしたくて来たんだ」
「あたしと?」
「そう。
 端的に言うと、女将さん、里に一つ、店を構えてみないか?」
 その言葉に、彼女はきょとんとなった。
 リグルが戻ってきて、『何、間抜けな顔してるの』と、そんな彼女を茶化す。
「人里に店をかい?」
「そう」
「……いや、そりゃダメだろ」
 彼女は顔の前で手をぱたぱた振った。
「何せ、あたしは妖怪だよ。身なりもそっち向けだ。
 そんな奴が、のこのこ里に出て行ってごらんよ。
 たちまち大騒ぎだ。あたしは騒がしいのは好きだけど、騒ぎを起こすのは、もう懲りた」
 またあの巫女とやりあうのはごめんだ、と彼女。
 その辺りの話はよくわからないのか、彼は、『まあまあ、聞いてくれ』とミスティアを説得に入る。
「彼らの言う通り、俺も最近になって、ようやく棟梁を任せられるようになったのさ。
 ここは一発、いいものを作りたい。
 俺が所属してる連中のところにゃしきたりがあってね。
 棟梁になった奴は、てめぇの自慢の家を一つ、作らないといけないのさ」
「だったら、お前さんの家を建て直す、ってのはどうだい?」
「はっはっは。本当ならそいつが筋なんだろうが、俺が棟梁になる前に、そいつは終わっちまっててね」
 聞けば、ちょうど一年ほど前、嵐の日に運悪く屋根を飛ばされてしまったのだそうな。
 だから、彼の家は、今現在、ほぼ『新築』なのだとか。
「そいつをまた壊して、ってのはあんまりにも縁起が悪い。
 大工ってやつぁ、頭も悪くて信心も薄いくせに、験かつぎとか縁起を気にするやつでね。
 それでまぁ、以前から世話になってる女将に、と思ったんだ」
「はぁ……なるほどねぇ」
 そう言われても、ミスティアとしては、彼の顔は思い出せない。
 何せ、彼女は本当に『バカ』なのだ。
 ここにいる常連の連中も、常連になってようやく名前と顔を覚えたくらいである。
 この彼が、年に何度、彼女の店を訪れているのかはわからないが、ミスティアが相手の顔を覚えていないということは、そこまで足しげくというわけでもないのだろう。
「しかしねぇ、それでもやっぱりだ。
 あたしは気ままに店がやりたいからね。ちゃんと店を構えちまったら、好き勝手に休んだり開いたり、ってことが出来ないだろう?
 趣味を仕事にしちまうと、どっかで絶対に挫折する。それじゃ、やる方も来る方も不幸にしかならないじゃないか。
 悪いけど、今のままが、あたしには合ってるんだよ」
 にっこり笑って、彼女は手元の包丁を棚の中に戻した。
 彼は『そうだなぁ』と言いつつも、諦めない。
「なら、どうだい。
 その店は俺が懇意で、っていうより押し付けて建てた店だ。女将さんの好きなように使ってくれて構わない。
 もちろん、いつ開いたりいつ閉めたりも自由だ。
 女将さんのことを知っている奴は、それで充分、満足するだろう。
 俺が作るのは、女将さんが、『里の中でも店が開けるような店』って程度なもんでさ」
「ああ、そう来たか」
 こいつはなかなか頭のいい男だ、と彼女は内心で苦笑した。
 ミスティアのこの屋台、実は結構、あちこちにがたが来ている。長年使っているから当たり前なのだが、壊れることはない。
 なぜかというと、店にやってくる、彼のような男衆が直してしまうからだ。
『いつも世話になってるな、女将。代金はいらないよ』という具合に。
 今の彼女にとって『店』というのは商売道具。その商売道具をいくつも持っていたとして、不都合なことは、そうそうない。
 そして、その店が『頑丈な』店だったとしたら。
 ミスティアとしては、まさに願ったりかなったりというやつである。
「どうだい?」
「んー……」
 押されて、彼女は腕組みする。
 すると、彼の後ろから、「いいこと言うじゃねぇか!」「女将、俺はそいつに賛成だ!」と彼の背中を後押しする声が響き始める。
 ちらとリグルやルーミアに視線をやるのだが、そろって『好きにしたら?』という視線を返してくる。
 ……というより、ルーミアの場合は、目の前の食べ物に集中しているため、ミスティアに視線を返す余裕などほとんどないのだが。それはさておこう。
「いや、やっぱりね」
 しかし、かといって、すぐに首を縦に振るわけにもいかず。
 ミスティアは苦笑する。
「何度も言うみたいだけど、あたしは妖怪だよ。
 妖怪は、里の中に、あんまり立ち入っちゃいけないもんさ。
 見た目があんたら人間にそっくりってんなら、まぁ、それもいいかもだけど、あたしの場合はね」
 人里に、縁の深い妖怪を、ミスティアはよく知っている。
 しかし、彼女の知る『妖怪』は、皆、妖怪妖怪した見た目ではなく、どちらかというなら『人間』なのだ。
 だから、人間にも受け入れられる。他者を拒みやすい『ヒト』の中でも、彼らはやっていける。
 それは少しだけ羨ましいと思うと共に、『妖怪』としての威厳はどこいったのかね、と冷笑するものでもあった。
「うーん。確かにそれはそうか」
「俺ぁ、女将の見た目は好きだけどなぁ」
「お前、嫁さんいるくせに色目使ってんじゃねぇよ!」
「そうだそうだ、嫁さんに言いつけるぞ!」
「うるせぇ! だったら、てめぇとてめぇは早く所帯を持ってみろってんだ!」
「お、言ったな、このやろう!」
 後ろで囃し立てる男衆はさておいて、若大将は『じゃあ、少し考えるか』と席を立った。
「俺はね、女将さん。
 女将さんにゃ悪いが、俺の意志を曲げるつもりはないよ。
 まぁ、見てなって。絶対に女将さんに『うん』と言わせてみせるさ。
 それじゃ、ごちそうさん。今日もうまかったよ」
「あいよ。毎度あり。またね」
 彼はカウンターに『席代だ』と代金を置くと、笑顔を手に帰っていった。
 さて、困ったもんだね、とミスティアは腰に手を当てる。
「どうするのさ?」
「さあねぇ……。
 いや、別に悪い申し出じゃないと思うけどさ。
 ただ、やっぱり、どうかと思う」
「そうだね。
 けれど、ミスティアのことだから、案外、明日には意見を変えてそうだ」
「その可能性もあるんだよねぇ」
 何せ、今日起こったことや昨日の出来事すら覚えていない奴だから、と。
 彼女は自分を自嘲しながら茶化して、『ほら、あんたら! 今日はそろそろしまいにしな!』と、酒盛りを続ける男衆をどやしつけるのだった。


 さて、それから数日後。
 普段と変わらぬミスティアの屋台は、幻想郷のあちこちで、気の向くままに開かれている。
 今日は里のすぐ近く。明日は霧の湖のほとり。明後日は竹林の入り口で。などなど。
 その日その日でどこでやってるかわからないのが彼女の屋台なので、彼女の『ファン』で、根性の入った連中はそれを追いかけていくものもいたりする。
「さーてと」
 そろそろどこかで店でも開くかなぁ、と屋台を引きながら、ミスティアは通りを歩いていく。
 今日はリグルやルーミアの姿もなく――ルーミアの場合は、夜も更けて来れば、おなかをすかせてやってくるだろうが――、一人で道行く彼女は『今日はこの辺りにしようかね』と川辺に面した通りで足を止めた。
 里よりは少し遠いが、さりとて、幻想郷のどの主要施設よりも近いわけでもない、微妙な位置。
 しかし、夏場となれば、そして秋の盛りであれば川べりに人の姿が多く見受けられる、そんなところ。
 用意を始めるべく、身をかがめたところで、
「女将さん」
 という声がかかった。
 ひょいと顔を上げてみると、そこには先日、ミスティアを口説きにやってきた若大将の姿がある。
 こっちの方が普段の衣装なのか、地下足袋と大工の意匠であった。
「えーっと」
「おっと、忘れられちまったか」
「あはは、冗談、冗談。
 いくらあたしでも、数日前のことくらい、ちょっとは覚えてるよ」
「そいつはありがたい」
 彼女の自虐めいた冗談を笑い飛ばして、彼は「実は女将さんに用事があるんだ」と彼は言った。
 はて? と首をかしげて、ミスティアが待っていると、通りの向こうから人の一団がやってくる。
 その先頭には、見慣れた人物の顔があった。
「おや、上白沢先生じゃないか」
「久しぶりだな、ミスティア殿。
 ……その衣装は?」
「ああ、これかい? うちの店に、よくやってくる呉服屋のせがれがいてね。
 そいつが『女将、うちにいい反物が入ったんだ』って作って持って来てくれたんだ」
 かわいいだろう、と笑ってみせるミスティアの衣装は、『居酒屋の女主人』と言った風体である。
 確かに昨日今日、この仕事を始めたわけではないのだが、年季のいった仕事をしているわけでもないくせに、そんな格好をしていると『手馴れた女将』に見えるのだから、服とは不思議なものである。
「実は、彼から話を受けて、あなたを迎えに来たんだ」
「あたしを? 先生が?
 ちょっと待っとくれよ。あたしはバカなんだから、先生の大層な講義を受けられっこないよ?」
「ははは。
 それを言ったら、この辺りにいる奴らなど、皆、あなたとそう変わらない奴ばかりだ」
 わっはっは、と笑う、彼女の周囲を囲む男衆。
 見れば、ミスティアにとって顔なじみも、何名か混ざっている。
「少し時間を頂けるだろうか?」
「んー。まぁ、いいけどね」
「すまない。
 店の営業には支障が出てしまうだろうから、その補填はさせてもらう」
「いやいや、いいよ。
 あたしは別に、金が欲しくてこんなことやってんじゃないんだしさ。
 稼いだ金なんて、みんな金庫に突っ込んだまんまだよ。おまけに金庫を開ける番号も忘れていると来る」
 金に執着を見せないのが、妖怪のいいところ、とは誰が言った言葉だっただろうか。
 なるほど、とうなずいた『先生』こと上白沢慧音は、「それじゃ、こちらだ」と彼女の前に立って歩き出したのだった。

 さて、彼女が連れてこられたのは里の公民館である。
 人里に入るのを渋る彼女を、『そう時間は取らせない』と口説き落として、彼女の姿が周囲にあまりさらされないように、男衆で彼女の回りをガードしながら歩くことしばし。
 開いた扉の向こうには、ちょっとした宴の席が設けられている。
 そして、さらに何名かの男女の姿。皆、年いっているものが多く、所謂『里の偉い人』が集まっているらしい。
「ふーむ」
 その中で、上座に座る、年齢は60かそこらの男性がミスティアを見てうなずいた。
「慧音さま、彼女が例の?」
「ええ、そうなります」
「なるほど。
 まぁ、適当に、座ってくつろいでください。
 ……おい、お前! お前がそこに座ってどうする! そこが客人の席だろう!」
「何だい、『適当に座って』って言ったのはじいさんじゃないか」
「だから、お前は礼儀も常識もなってないと言われるんだ、全く! 大馬鹿者め!」
「うるせーやい。老い先短いクソ爺が、口だけは達者でいやがる」
 そう悪態をつきながらも、彼は「女将、すまなかったな」と笑って、その場から立って別の席へと移動する。
 ミスティアは辺りをきょろきょろと見回しながら、あまり落ち着きのない様子で、その場に腰を下ろした。
「話はこやつから聞いておる。
 何でも、里の中で店を開くとか」
「ああ、まぁ、いや。そういう話があるってだけで……」
「わはは。わかっておるわかっておる。
 こいつは、見てわかる通りの若造でな。血気盛んで何事も誰よりも突っ走って、そして勝手に勘違いしているという間抜けだ」
「ひでぇ言われようだ」
「お前の場合は事実だな」
「よく言うよ、おっさん。あんたの早とちりにゃ勝てないね」
「何だと、この」
 彼らは互いに顔見知りなのか、冗談と毒を吐きながら笑いあい、勝手に『よし、酒だ酒だ!』と杯を傾けている。
 慧音は彼らを一瞥して、やれやれと肩をすくめるも、止めるつもりはないらしい。
「まぁ、わしらも、ほれ、人間じゃ。
 人間という奴は、見た目以上に狭量な生き物でな。妖怪というやつには、どうにも縁が薄い」
「まぁ、そうだろうねぇ」
「しかし、そういうのも、あまりよくはない。
 聞けば、最近の若い連中は、紅魔館だの妖怪の山だのに、よく遊びに行っていると聞く。
 それをわしらが『何をやっているのか、この馬鹿者が!』と怒鳴ると、『おじいちゃんなんて嫌い!』といわれてしまう。
 わしゃぁ、孫が命より大事でな。そうなったら首をくくるしかない」
「じいさんなら首くくっても死にゃしねぇ!」
「そうだそうだ。縄の方がちぎれっちまうわ!」
「黙っとれ、この小僧ども!」
 実に和やかな、和気藹々とした雰囲気である。
 状況を、あまり理解できないでいるミスティアに、慧音が「彼らの付き合いは長いものでな」と耳打ちしてくれた。
「こいつらを初めとして、お嬢さんの店でうまい酒を堪能しているものは多いと聞く。
 しかも、この馬鹿どもをよく教育してくれているそうじゃぁないか。
 それなら、わしらとしては、お嬢さんを嫌う理由などどこにあろうか」
「お嬢さん」
「おうよ、女将はまだまだ『お嬢さん』だ」
「うちの鬼ばばと比べたら、天使みたいなお嬢さんだ!」
「全くだ全くだ。どうして、女ってやつぁ、年とるとみんな目がつりあがって牙が生えるんだろうな!」
 と、そんなことを『女性』が他にいる場で放つものだから、そんな余計なことを言った男どもに女性連中から雷が直撃する。
「しかし、もちろん、お嬢さんにも理由があるのはわかっている。
 そこで、あいつの提案だ。
 あいつの所属してる連中のしきたりは聞いたかい?」
「ああ、聞いた聞いた。
 棟梁に上がったら、まず、自分の自慢の家を建てる、ってね」
「そう。それだ。
 それをあいつは、是非とも、お嬢さんのためにいい店を作りたいと言っている。
 所帯持ちのくせに、一目ぼれだそうだ」
 振り返ると、彼の言葉が聞こえたのか、若大将が『参ったな、こりゃ』という顔をして、頭をかいている。
 それを男衆が小突き回し、慧音が『やれやれだ』と笑っていた。
「まぁ、そういうわけでだな。
 どうか引き受けてやってはくれぬか。
 なぁに、家を建てる、それだけのことに協力してくれさえすれば、それでいい」
「おいおい、そりゃーないぜ」
「そうだそうだ。どうせだから、女将がここで商売してくれたらもっといい」
「お前らは黙っていろ。
 全く、人が説得しているところを邪魔しおってからに」
 後ろで囃し立てる連中を一喝してから、彼は『どうかな?』と視線で尋ねてきた。
 ミスティアは腕を組み、真剣に、悩んだ表情を見せてから、同じく悩みの色を載せた声音で、先日、若大将にも言った言葉を口にする。
 すると、目の前の彼は、『うむ。まぁ、そうだろうな』とうなずいた。
「ちょっと失礼」
「おっと」
「……確かに。これは人の体ではない。
 作り物と称するにも、あまりにも出来がいい」
 ミスティアの羽を触りながら、彼は言う。
「里の中には、妖怪を畏れ、恐れ、毛嫌いするものもいるのが確かだ。
 彼らにとってみれば、お嬢さんは恐ろしい『怪物』となるだろう。
 しかし、しかしだ。
 それを変えていくのも、わしらの仕事じゃろう」
 そこで、黙っていた慧音が膝を進めてくる。
 彼女は「そういうわけでだ」と話を切り出した。
「この里の中には、確かに、彼の言うように妖怪を毛嫌いしているものもいる。
 だが、その絶対数は少ないし、何より、あなたの人気というのは大したものだ。
 それがあなたにとってはプラスのイメージとなるだろうし、この連中が、あなたのよい噂を里中にばら撒くと言っている」
 そうだそうだ、と男衆が大声を出す。
 彼らは口々に、『女将みたいないい妖怪を、俺は見たことがねぇ!』だの『女将に悪さする奴ぁ、俺がぶっ飛ばしてやらぁ!』だの、威勢のいい言葉を口にする。
 それが、慧音にとっては心強いのか、「あなたの心情にも配慮する。そして、そこを曲げて、どうだろうか」と提案してくる。
「うーん……」
「なに、あなたの知り合いには、人間も妖怪も数多いる。
 彼ら彼女らは、今のところ、あなたにとって悪口を言うような相手ではない。
 私の方からも、連中には話をしておこう。
 あなたのよい噂を広めて、あなたが、この里で楽しくやっていけるように、とな」
「……ふーん」
「それに、あなたの気ままな性格もよく理解している。
 何も毎日、店をやれと言うつもりはない。
 あなたの気の向くまま、自由な時にやってきて、自由なように店をやってくれていい。
 どうせなら、一ヶ月に一度、程度などでも構わないよ」
「……そうだねぇ」
「どうだろうか?」
 人間側に立って、妖怪を説得する慧音の心強さはかなりのもの。
 男衆も、『女将、頼むよ』『これ、この通りだ』と声を上げる。
 彼女のことをあまりよく知らないだろう、この場に招かれている女たちも、『この人たちがここまで言うなんて珍しい』と言って、『あたしも協力するよ』と笑顔を向けてくれる。
 ――そして。
「……よし、わかったよ」
 ようやく、ミスティアが折れた。
 彼女は条件として、『あたしの気ままな具合に店をやる』、『何かあったらすぐに退散する』を挙げた。
 彼らとしては、それが予想通りの条件。まさしく、場を埋めたのは拍手喝さいだった。
「よーしよし! めでたい! こりゃめでたい!」
「飲むぞ! 今日は朝まで!」
「わはは! 女将、ありがとうな! 感謝するよ!」
「酒だ、酒! 鬼ばば、酒持って来い!」
「誰が鬼ばばだい、このろくでなし!」
 あっという間に、場は宴会へと変貌していく。
 慧音はミスティアに一礼すると、この場を占める男性――どうやら、彼が里長であるようだ――の元へと膝を進めて、何やら話をしている。
 ミスティアは「えーっと、あたしはどうしたらいいんだい?」と首をかしげ、
「少しの間、夕食代わりに、どうぞ料理を口にしていってくだされ」
 と、里長に料理と酒を勧められる。
 今日の店に影響が出ない程度なら、と前提をおいて、ミスティアも、その酒宴に加わった。
「しかし、連中にここまで気に入られる妖怪というのも珍しい」
「確かに。
 わしも、色んな妖怪を見てきたが、彼女は確かに珍しい。
 さて、一体何があったのやら」
「当初はよくないことをしようとしていたようだが、人も妖怪も変わるものです」
「ははは。確かに。その通りだ」
 そんな様子を、目を細めて見ている里長は、『仲良きことは美しきかな』と言って、手元の酒に手を伸ばすのだった。


 ――さて。


「んーっと……」
「文、あんたさっきから何をやってるの?」
「霊夢さんは知らないかもしれませんけど、今度、人里に、ミスティアさんがお店を開くんですよ」
「……へぇ?」
 眉を少しだけ動かし、声の後ろを少し上げて、彼女、博麗霊夢が問い返す。
 それに答える天狗の射命丸文は、「いや、話を聞いたんですが」と言って、霊夢のほうに視線を移す。
「何でも、ミスティアさん、えらいファンが多いらしくて」
「そういう話は聞くわね。
 特に、酒飲みの職人とかに知り合いがすごい多いとか」
「その彼らの猛烈プッシュがあって、里の中に店を構えることになったらしいです」
「大丈夫なの? それ」
「売り上げは問題ないでしょうね。
 私もよく利用しますけれど、あそこの、特にあったかい食べ物は心に染み渡りますよ……」
「ふーん」
「あ、今、興味ないみたいな反応しましたよね?
 ダメですよ、霊夢さん。そういうのは。
 というか、霊夢さん、ミスティアさんのお店にツケがあるそうじゃないですか。払わないと」
「払ってるわよ。
 払えない時があるってだけ」
 そう、いけしゃあしゃあと言ってのける霊夢に、『困った人だ』という口調で文が言葉を続けようとしたところ、後ろからいきなり手が伸びて、その手の先に握られた扇子が、霊夢の脳天にヒットした。
「いっ……たぁ~い……」
 頭を抱えてうずくまる霊夢。
 手の持ち主は姿を見せず、今日も空はいい天気。
「今の、紫さんですね」
「もう! 何よ、紫! 言いたいことがあるならはっきりと、いったぁ~い!」
 振り返って声を張り上げる霊夢の後頭部に、また扇子が一撃。
 恐らく、『ツケをするなんてとんでもない。ちゃんとお金を払ってらっしゃい』というお叱りなのだろう。これは。
「まあ、ともあれ、そんな感じでですね。
 着々とお店の建築は進んでいます」
「……ああ、そう」
 ふてくされて不機嫌な霊夢は、頭をさすりながら、手にした竹箒を持ち直す。
「霊夢さんも行ってみたらどうですか?
 慧音さんにも会ったのですが、『ミスティア殿への不信感を払拭するためにも、あなた達に協力を願いたい』とか言われましたし」
「協力?」
「ええ。ミスティアさんのいいところを、それとなく、噂として流してくれ、って」
「そうね……。
 ツケをしても、いやな顔しないところとか?」
「また叩かれますよ」
 頭を押さえて、辺りをきょろきょろ警戒する霊夢。三度目の攻撃は、一応、なかった。
「私はミスティアさんにお世話になっていますから、色々、記事を書くつもりですよ。
 美味しかった料理とかお酒とか。あと店主の人柄、とかね」
「人柄、ねぇ。
 あいつ、最初、人を騙して金を巻き上げようとしてたじゃない」
「心を入れ替えたそうです」
 曰く、『悪いことをすれば金は儲かる。だけど、身につかない。それなら真面目にやったほうが、お客さんもついてくる』と。
 それは立派な心がけだ、と霊夢は言う。
 彼女はその辺り、興味がないのだろう。自分のやりたいようにやって、その結果に甘んじるのが――なお、金銭関係は除きたいらしいのだが、結果はご覧の有様だよ――彼女のポリシーなのである。
「……まぁ、いいけどね。
 私の仕事が増えないなら、私は別に」
「ちなみに、ミスティアさんのお手伝いをしてくれる方には、慧音さんから御礼があるそうです」
 その一言で、ぴたっ、と巫女の動きが停止した。
 しばし、凍結する時間。
 ひゅるりら~、と吹いていく冷たい風が肌に痛い。
「……お礼」
「はい。
 まぁ、何のかんの言っても、人間と妖の共存は大変ですからね。その垣根を取り払うというか、少しでも、それを乗り越える努力をするには、やはりそれなりの報酬というか見返りというか。
 ま、そんなものがあった方が、皆、やる気が出るのではないかという話で」
「具体的には」
「金一封にするか、それとも、里のうまいもの食べ放題か。
 ミスティアさんは、『助かるのはあたしなんだから、あたしの方からお礼を出すよ』とは言ってましたが……」
「……なるほど」
 そうつぶやいて、また、さっさか境内の掃き掃除を再開する霊夢。
 文が『おや?』と首をかしげる。
「珍しいですね。そこまで話を聞いておきながら、何ら行動を起こさないなんて」
「何せ、私は、人間にも妖にも、どちらにも与しないから」
「なるほど」
「だけどまぁ、幻想郷の秩序と調和を維持するための巫女としては、何らかの手伝いは必要だと思うの」
 食いついた。
「私に何が出来るのか。
 それを考え、見定めてから行動を起こすのも悪くないし、遅くはない――そうでしょう?」
「ええ、まあ。それは、はい」
「慧音に伝えておいて。
『博麗の巫女がお手伝いしてあげる』ってね」
「恩着せがましい物言いですね」
「あ、やっぱりそう思う? ここはやっぱり、『べっ、別に、あんた達の手伝いをしたいわけじゃないんだからね!』とかのがいいかしら」
「それ流行ってるんですかね?」
 考えてみれば、文や、この巫女の周囲にはこのような物言いというか言い回しを使う奴らがやたらと多い。
 人間も妖怪も、変なところでつながっているものだ、と何かよくわからない感じで感心しながら、「それじゃ、私はこれで」と文は空へと舞い上がる。
「今年の冬も寒いですからねー。
 こういう日は、屋台でおでんと熱燗。これに限りますよ」
「おでんは卵と大根が必須よね」
「――霊夢さん。私は、今、ここであなたに弾幕勝負を申し込みます」
「何でそうなる」
「鴉天狗として、卵を食べる悪党を許してなどおけません!」
 こうして、何か目の色変わった文と、『おでんに入った卵のうまさをわからぬ愚か者よ、滅びるがいい!』の巫女の激闘が、しばらくの間、博麗神社の上空で繰り広げられるのだが、それはまた、別の話。

 とんかんとんかん。
 建設の始まった、ミスティアの『店』。
 人里の一角にそれは作られ、若大将率いる大工連中が、重たい建材を軽々抱えて足場の上に駆け上り、かなづち片手に組み上げられていく。
「いやぁ……大したもんだねぇ」
「檜をこうも使って建てるとは、普通に作ったら、採算が取れるまでにどれほどかかることか」
 ぽかんとしているミスティアの横で、慧音が苦笑している。
 それほど、あの若大将はミスティアに『惚れて』いるのだろう。
 それは、男を惑わせる魔性、と言い換えてもいいかもしれない。
「一階がカウンター、二階が、少し小さいが座敷の間にするということだ」
「お座敷か。
 どんな人が来るんだろうね」
「少なくとも、普段、あなたの店に通うような品の悪い奴らは来ないだろうな」
「ああ、やっぱり」
 二人、冗談を言って笑いあう。
 すると、そんな彼女たちに『ちょっといいかい』と大工の一人が声をかけてきた。
「女将さん、あんた、この店に、何か要望あるかい」
 年齢なら、恐らくは二十歳に差し掛かる前。
 まだまだあどけなさを残した『少年』だ。
 恐らく、この大工一同の中でも、見習いに位置するものなのだろう。
「ああ、あたしは別に、あんまりというか何というか。
 いや、あたしはほんと、門外漢だから。全部、わかってる人に任せるよ」
「いやいや、それじゃぁ困る。
 家を建てるってのは、そんな簡単なものじゃないんですよ」
「まあまあ」
 その顔に、『ちゃんと聞いてこないと、俺がどやされるんですよ』という表情を浮かべる彼に、慧音が声をかける。
「太助、お前は聞いてないのか?
 ここは、若大将が勝手に建てている、若大将の家だ。
 ここの女将にそれを聞くのは、あんまりにも酷と言うものだろう。
 何せ、彼女は巻き込まれただけだ。被害者だ。そうだろう?」
「いや、先生。それはそうかもしれないんですけどね」
「ちなみにこれが、ミスティア殿が、普段使っている屋台の写真だ。
 こんな感じで、使用する人間が使いやすいように、間取りを考えてやってくれればいい」
「さすが先生! 助かります!
 女将さん、すいませんでした!」
 彼はぱっと顔を笑顔に輝かせ、写真を片手に現場に戻っていく。
 彼の背中を見送りながら、慧音が、「つい最近まで、うちの寺子屋で学習していた子供でね」と言った。
「頭はそんなによくないが、回りのものを思いやることの出来る、優しい子だ。
 あれの性格を考えれば、今の答えを持って行くだけで充分だろう」
「先生は、本当に、顔が広いね」
「何、大したことじゃない」
 その太助なる少年が、回りの大工たちに写真を片手に何やら話をしている。
 すると、彼らは少年の肩を叩き、『よくやった!』という笑顔を浮かべた。
「褒められるから、人は成長する。
 叱ってばかりじゃ腐るだけさ」
 慧音はそう言うと、続けて、『ちょっといいだろうか』とミスティアを連れて歩き出した。
「あたし、あんまり目立つのはねぇ」
「気にしないで胸を張っていればいい。
 この里には、吸血鬼のお嬢さんや化け傘のお嬢さん、地底のお嬢さん方に、うさぎのお医者さんまで来る。
 彼女たちは、みんな堂々としているが、誰も嫌ってなどない」
「ああ、彼女たちは人当たりがいいですからねぇ」
「あなたもそうだ」
 そこは謙遜してはいけない、と慧音は言う。
 職人かたぎの連中に好かれているのだから、自分の人間性は、間違いなく、誇っていいものだ、と。
 そう言われても何ともいえないのか、ミスティアの浮かべる笑みは曖昧である。
「実はあなたに、ちょっと会ってもらいたい者達がいる」
「はあ」
「もし、里で店を出すとしたら、これまで屋台で行なってきたのではとても足りないくらいの人と手間がやってくるだろう」
「それくらい流行りますかね?
 あたしみたいないい加減な奴の開く店ですよ。めんどくさいから、一度やったら、次からは来ないかもしれない」
「私はそう思わないよ」
 それは嫌味でも何でもなく、自分の素直な気持ちなのだ、と彼女は続けた。
 ミスティアは『ずいぶん高く買ってもらっているんだな』と苦笑する。
「失礼する」
 慧音が彼女を連れてやってきたのは、通りに立ち並ぶ、一軒の食事処だった。
 応対に出てきた店員が、慧音を見て『お二階です』と案内してくれる。
 慧音は彼女に一礼して、店の中へ。ミスティアもそれに続き、店の奥の階段を上がっていく。
 階段を上がりきり、奥に向かって延びる通路の左手側。その襖を開くと、待っていたのは、年季の行った面構えの男性が数名。
「おお、慧音先生。待ってましたよ」
「そちらのお嬢さんが、今回の。いやぁ、かわいらしい」
「おう、お前、いきなり色目使ってんじゃねぇよ。奥さんに言いつけるぞ」
「おいおい、そいつはないぜ」
 などなど。
 ノリは、普段、ミスティアが相手をしている職人連中とそう変わらない。
 並べられた座と卓のうち、慧音はミスティアに上座に座るように促した。
 恐縮しながら、そこへ彼女が腰を下ろすと、話が始まる。
「いや、お嬢さん。まずは一杯」
「ああ、こりゃどうも」
 卓には軽く料理と酒が載っている。
 勧められるまま、彼女はお猪口に一杯、酒を口にする。
「慧音先生から聞いたんだがね。
 あんた、今回、里で店を開くそうじゃないか。おめでとさん」
「ああ、はい。いや、どうも。
 だけど、そんな大層なものじゃ……」
「いやいや、大したもんだ。
 その若い身空で、一所懸命、店を切り盛りしてるんだってなぁ」
「俺っちがお嬢さんくらいの時にゃ、おやじとおふくろにどやされながら畑で鍬ふるってたもんだ」
「そうだそうだ。
 てめぇで店を開いて、なんて考えもしなかったなぁ」
 ――何やら勘違いされている。
 慌てて、ミスティアが、それに気付いて弁解しようとするのだが、それを男性が一人、遮った。
「そこでだ。
 慧音先生から、『ぜひ、力を貸してくれ』と言われちまってな。
 こりゃ、断るわけにゃいかねぇ、と思ってんだ」
「おうさ。
 慧音先生にゃ、大恩がある。おまけに、お嬢さんみたいな立派なお嬢さんの手伝いが出来るとあっちゃぁ、身に余る光栄ってなもんだ」
「は、はあ……」
 ミスティアは、ちらりと慧音を見た。
 彼女は、普段は見せないようないたずらっぽい笑みを浮かべている。
 ――してやられた。
 ミスティアがそれを感じたときには、もう遅い。
「うちは畑で色んな野菜を作っている。こいつをぜひ、お嬢さんの店に卸させて欲しい」
「うちは果物だ。季節のもんを山ほど作ってるぜ」
「俺はお嬢さんの噂を、猟師仲間から聞いてるよ。
 あいつらに抜け駆けできるんだから幸運至極。うちの魚とか肉を持っていってくれ。な?」
 彼らはどうやら、慧音に依頼を受けて……というよりは、半分騙されて、ミスティアの店の『仕入れ先』になってくれるようだった。
 ここまで誠心誠意、声をかけられては、ミスティアとしても断るわけにはいかない。
 ――なるほど、これが人を説得するための包囲網ってやつか。
 ミスティアは、慧音の悪知恵と、頭の回る相手を相手取る恐ろしさを、改めて感じながら、「……仕方ないねぇ」とつぶやいた。
「だけど、先生からも話は行っていると思うけど、あたしはいい加減な奴だよ。
 店なんて、一度だけ開けて、二度と開けないかもしれない。
 それでもいいのかい?」
「おう、構わねぇさ」
「そうだそうだ。うちらにしてみりゃ、卸し先がまた一つ、増えるだけだしな」
「それにな、お嬢さん。
 俺ぁ、人を見る目には自信がある。お嬢さんの目は、そういうろくでなしとは違う。
 安心、安心、ってやつだ。
 なぁ!」
 わはは、と彼らは大笑いする。
 何でこんなに、この人間たちはお人好しなんだろう、とミスティアは思う。
 人間など種類が大勢いる生き物だ。
 いい奴も悪い奴も大勢いる。どうして、こう、『いい奴』ばかりとめぐり合うのだろうと、不思議で仕方ない。
 さては、あの巫女さんに懲らしめられた時に、悪い憑き物が堕ちて、自分には幸運ってやつが巡ってきているのかもしれないと考える。
 ――もちろん、それを『人徳』ということに、彼女は気付かない。
「一応、これがうちで作ってるものの一覧だ。
 何か足りないものがあったら言ってくれ。他の連中にも声をかけて、必ず届けさせる」
「毎日、必要ってわけでもないだろ? どれくらいの周期でものを持って行けばいい?」
「一日にどれくらいの食い物を作るのか、そいつを教えてくれないかい。大体の量は、俺たち、長年こんなことやってるからな、仕入れる量もわかるってもんだ」
 次から次へと矢継ぎ早に質問が投げかけられ、ミスティアは、『これはこう』で『あれはそれ』、『どれはかれ』で『かれはこう』と伝えていく。
 それを彼らは逐次メモを取り、慧音から「まだ汚い字を書いているのか、お前たちは」と怒られている。
「ああ、食事が冷めてしまう。食べながらではどうだ?」
「おっと、そうだった。忘れてた」
「そうだな。たまに綺麗なお嬢さんに会うと困っちまう」
「何だい、あんた達。あたしをおだてても何にも出ないよ。目潰しになっちまうよ」
「わはは。お嬢さんみたいな別嬪さんに目潰しくらっちゃ、たまらないな」
 慧音は後ろの襖を開けて、「すまない。料理の追加を頼む」と階下に向かって声を投げかける。
 ここにあるものは全て前菜。メインディッシュはこれから始まるのだ。
「ミスティア殿が周りに溶け込んでくれれば、店もよく回るだろう」
 あとは、彼女の『警戒心』をどう解いていくか。
 片目に見るミスティアの笑顔は、とてもではないが、周りに警戒意識を持って歩いていた、つい先ほどまでと同一人物とは思えないくらいに明るいものだ。
「元が人懐っこいのか、それとも自分が言っていたように『バカ』だから、お人好しなのか。
 ……どちらでもいいか」
 皆が仲良く、楽しく、そして『うまいこと』回ってくれるなら。
 それはおよそ悪いことにはなりえない、と慧音はうなずき、後ろから聞こえる足音に、襖をもう一度、開いたのだった。


「んーっと……。
 はたてさん、もうちょっとアングル……」
「こんな感じ?」
「あ、そうです。そう」
「お二人とも、何をしてるんですか?」
「おや、椛さん」
「椛、どうしたの?」
「いえ、たまたま近くを通りかかったら、文さんが、料理の載った皿に向かってカメラを向けているという異様な光景が目に留まったもので」
 さて。
 こちら、妖怪の山の一角。
 射命丸文の友人、姫海棠はたての自宅である。
 そこで、文が、お皿の上に載った熱々の料理に向かってカメラを構えている。
 先ほどから何度も皿の位置を変えたり、皿の下に敷いているマットの色を変更したりと、何やら四苦八苦しているのだ。
「美味しい料理写真の撮影をやっているのよ」
「それは『美味しい料理』なのか『美味しい料理写真』の撮影なのか、どっちなんでしょうか」
「両方ね」
 はたての言い方は、言いえて妙であった。
 なるほど、とうなずいて、椛が室内へとやってくる。
「何でも、ほら、椛も前に行ったでしょう? ミスティアという妖怪の屋台」
「ああ、はい。何度か。
 あそこで食べるおにぎりと鮭のあら汁、ぬかづけが、またたまらなく美味しいんですよね」
 通称『食いしん坊もみもみ』のあだ名は伊達ではないとばかりに、その料理の味を思い出して、尻尾を左右にぱたぱたさせる椛。
 はたては、「そこが今度、人里に店を構えるんですって」と続ける。
「で、文は、慧音さんだったっけ。彼女に頼まれて、ミスティアの店の『美味しい噂』をばら撒くんだとか」
「それで写真撮影、ですか」
「そう。
 美味しそうな料理が、美味しそうに写真に写っていれば、みんな、食べたくなるでしょ?」
 文はようやく、写真のポジションを決めたのか、シャッターを切った。
 ふぅ、と息をついて、彼女は「はたてさん、練習に付き合ってくれてありがとうございます」と、珍しく殊勝な心がけを見せる。
「あそこのお店で飲んだお酒が美味しかったから。
 あんたのためじゃなくて、あのお店のためよ。勘違いしないでよね」
 つんとした口調で言うはたてのそれは、先日、文が博麗神社で話したものとネタが同じであった。
 もちろん、はたてがそれに気付くはずもなく、幻想郷では、やはりこのネタは流行っているらしいということの証明になった程度だ。
「別の料理でも、あと二つ三つ、挑戦します」
「はいはい」
「……あの」
「やっぱり、人は見た目に惹かれますからね。
 湯気の立つ料理の写真なんて、もう、口からよだれだらだらですよ」
「わたしの作る料理も美味しいんだけどね」
「……その」
「わかってますよ。
 はたてさん、いつも朝ご飯とお昼ご飯と晩御飯、感謝してます」
「いい加減、自分で作るってのを覚えなさいよね。
 いっつも人に作ってもらってるんだから」
「……うー」
「……椛? どうしたの?」
「えーっと。
 ……椛さん、食べますか?」
「食べます」
 その『おいしそうな料理』はすでに用済みであった。
 しかし、捨てるのはもったいない。幻想郷には『もったいないおばけ』がいるのだ。
 彼らを怒らせると、あの境界の妖怪、八雲紫ですら苦戦するほどの物量と戦力をもって『もったいないぞー』と襲ってくるのである。
 もったいないおばけ対策のために、もったいないことをしちゃいけません――それが幻想郷の標語である。
 ……とまぁ、そんな感じで、美味しそうなご飯を前に、目を輝かせて尻尾ぱたぱたして、よだれたらしそうな表情してるわんこがここにいるわけで。
「いただきまーす!」
「椛、おなかすいてたの?」
「朝ご飯はちゃんと食べました」
「そろそろ昼ごはんの時間だから?」
「そうです」
 勧められた椅子に座って、お皿を受け取り、お箸片手に美味しそうにご飯を頬張る椛の横顔は、これもついでに撮影して掲載したら、もっと人を呼べるだろうというくらいに素晴らしいものであった。
「じゃあ、次の、持ってくるわ」
「大盛りでお願いします!」
「……いや、あんたのために作ってるんじゃないんだけどね」
「はたてさん、ついでに私の分も!」
「……はいはい」
 お昼ご飯の時間が近づいてきて、天狗といえども腹はすく。
 料理写真の撮影の傍ら、お昼時となっても、何ら不思議はないだろう。
 巣の中で親鳥の帰りを待つ雛鳥のごとく、おなかすかしてぴーちくぱーちくしてる二人を前に、はたては一つ、ため息をついたのだった。

「こいつはうまそうだなぁ」
 さてさて。
 そんなこんなで出版された、『文々。新聞~秋の特別増刊号~』。
 一面に、どーんとミスティアの店の宣伝がなされている。
 カラーで何枚も写真が掲載されており、内訳は、料理が4、店主の笑顔が6というところか。
 それを眺めているのは、紅葉鮮やかな中でもモノトーンがトレードマーク、霧雨魔理沙である。
「うーん……確かに。
 まぁ、私も料理はそこそこの自信があるけど……。
 ……あ、やばい。この肉じゃが食べたい……」
 魔理沙が持っている新聞を、横から覗き込みながら、霊夢がつぶやく。
 口の中には唾液が一杯。
 頭の中に想像する肉じゃがが、そのまま、その味を口の中へ、下へ、胃へ叩き込んでくる。
 しょうゆと酒、砂糖にだしの効いた煮汁。程よく煮崩れたじゃがいも。彩り鮮やかなにんじん。だしの色に染まった白滝、お肉。
「……紫に作ってもらおうかな」
「なんだ、自分じゃ作らないのか」
「だって、紫が作る方が美味しいんだもん」
「ほう。それは興味がある。今夜の晩飯に混ぜてくれ」
「紫、今夜は肉じゃがでお願い!」
 何やら勝手に晩御飯のリクエストをして、霊夢は「本気でお店を開くのね」とつぶやく。
「いいことじゃないか。人里が活気付く」
「ま、そりゃそうだけど」
「それに、ほら。
 お前も、うまいものが食べられる店が増えたら嬉しいだろ?」
「同情するなら金をくれ」
「また紫に怒られるぞ、お前」
 さっと頭を押さえて、霊夢はあたりをきょろきょろ見回した。
 ……一応、紫の姿はない。
「あいつのことだから、物々交換に応じてくれるだろ。
 何か持っていけよ」
「そうね……。
 うちの裏の山で採れる、山菜とかきのこならいいかな?」
「充分だと思うぞ」
 そんな話をしていると、表の石段を登って、やってくる人物の姿が見えた。
 霊夢はそれを見て、「華扇。正面から来るなんて珍しいわね」と言う。
「何だ、仙人か」
「ごきげんよう。霊夢。そして魔理沙。
 ちゃんと、毎日を誠実に、清く正しく生きていますか?」
「宗教の押し売りお断り」
「あなたも宗教家でしょうに」
 とりあえず、と華扇――仙人の茨木華扇は、手にした浄財をちゃりんと賽銭箱へ投げ込んだ。
 すると霊夢はころっと態度を変えて、「さすがは仙人様よね!」と笑顔になる。
「何を見ているんですか?」
「ああ、これか。文の所の新聞だよ」
「ああ、あのゴシップ」
「って言うと怒るぜ」
 実際はその通りなんだけどな、と魔理沙はけらけら笑う。
 ともあれ、『ほれ』と渡されたそれを、華扇は受け取り、さっと流すと、
「はぁ、なるほど。
 最近は、人里に妖怪が進出するのも珍しくなくなってきたのね」
「まぁ、悪さをしなければ、両方が共存するのも悪くないんじゃない?」
「とはいえ、昼の世界が人のものなら、妖の類は夜の住処です。
 あまり両方が干渉してしまうと、その境界が曖昧になってくるのではないですか?」
「そもそも、昼と夜の住処なんて、神代の時代は逆転していたじゃない。
 妖が……というより、国津神が住んでいた世界へ勝手に空から降り立った天津神が昼と夜を逆転させたんだから」
「……何のことだ?」
「遠い昔、神話の話ですよ」
 その辺りの知識には疎いのか、首を傾げる魔理沙に、華扇は小さく笑って返す。
「確かに、そう考えるなら、あまり妖怪が昼間に出歩くというのも普通なのかもしれませんね」
「そういうこと。堅苦しく考えるのが、あんたの悪いところ」
「あなたは柔軟な頭というより、こんにゃくのような頭ね」
「どういう意味だ、こら」
 華扇は、「それで、一度くらいは顔を出すの?」と霊夢に尋ねた。
 霊夢は両手を広げて、ぱたぱたとそれを振ってみせる。
 はぁ、と華扇はため息ひとつ。
「まぁ、こんな奴だからな。
 だけど、あんたは知らないかもしれないけど、ミスティアの店は物々交換にも応じてくれるぞ。
 霊夢みたいに金のない奴でも、ちゃんと飯を食わせてもらえる」
「それは相手を騙していることにならないかしら?」
「あいつは『金なんて欲しくない』って言っているけれど、さて、どうかね」
「ちゃんと一杯、釣り合うだけ、持っていくんですよ」
「はいはい。
 ……ってか、そういうの、ほんと紫だけでいいから。
 何でみんなして、人を子供扱いするかな」
「子供じゃない」
 ぐっ、と霊夢は言葉に詰まる。
 華扇の一言が強烈に胸に突き刺さる。真っ向からそう言われて『違う』と否定できるほど、自分は成熟してないことを、充分に理解しているからだ。
「仙人も来いよ。
 あいつの料理は、紅魔館やらとはまた一味違うぜ」
「どういう感じなのかしら?」
「そうだな……。
 まぁ、何というか、誰でも気軽に行ける飲み屋って感じだな。
 日本酒とつまみがうまい」
「そう」
「紅魔館みたいに上品な食い物は出てこないけど、素朴な料理が山ほどあるぜ。
 あいつ、妙に料理に凝ってるらしいからな。
 この魔理沙さんも、それは認める」
「ふぅん……」
「あと、食後のデザートも完備してたな。
 この前、食ったけどあんみつがうまかった」
「よし、行きましょう」
「をい」
 それまで、『なるほどなるほど』という具合に聞いていた華扇の目の色が変わった。
 彼女はこの幻想郷で、通称『スイーツ仙人』と呼ばれるほど、甘いものに目のない剛の者だ。
 その『華扇ちゃんレーダー』(頭のおだんご)がびびっと反応したのである。
「じゃあ、今度、みんなで一緒に行きましょうか。
 霊夢、今回は、私がお金を出してあげますけれど、今度からは自分のお金とかを使うように」
「はいはい」
「魔理沙も……」
「うまい食い物が食えるなら、もちろん行く!」
「花より団子とはこのことね」
 食べ盛りの『子供』二人を連れて、やれやれ、と華扇は肩をすくめる。
 ともあれ、これにてこの場は一件落着。
 続いて始まるのは『どんなメニューがあるのか』という華扇ちゃんによる『探り』のトークであった。

「おーい。あんた達ー」
 今日も『店』の建設は続く。
 だいぶ建物も形をなし、骨組みは大体終わったというところだ。
 働く大工たちは、かかった声に手を止めて下を見る。
 そこに、この店の『店主』となるであろうミスティアが立っている。
「もうお昼だよ。ちょっと休んだらどうだい?」
 彼女の声に、彼らは一様に顔を見合わせると、『それもそうか』とうなずいた。
 彼らは一度、作業を中断すると、下の階へと降りてくる。
 ミスティアは彼らに『お疲れさん』と笑いかけた。
 そして、
「あんた達、弁当持ってきてるかい?」
「俺はかーちゃんが作ってくれたな」
「あ、俺はねぇや」
「そこらの店で食うのが、俺達のやり方なんだよ」
 持ってきたのが半分、持ってきてないのが半分。
 大体そんな感じの回答に、ミスティアはうなずくと、
「いつもいつも大変だろう?
 どうだい? 弁当持ってきてるのには、ちょっと多くなっちまうかもしれないけど。
 あたしもちょいと作ってきたんだ」
 そう言って、彼女は後ろ手に持っていた、大きな風呂敷を取り出した。
 適当な場所でそれを広げると、中からは、まだ暖かなおむすびや味噌汁、様々なおかずなど、道行く人々も足を止めて『おお!』と目を見張るようなものが出てくる。
「こいつを、俺達に?」
「そうだよ。
 あたしも、ほら、見てるだけじゃ悪いだろ?」
「いやいやいや! 本当か!
 悪いなぁ、女将さん!」
 彼らはぱっと顔を笑顔に染めると、『よーし、食うか!』とミスティアの弁当を囲んで車座になった。
 弁当を持ってきたものも、『かーちゃんのよりこっちのがうまそうだ』と冗談を言って笑っている。
「まあ、腹いっぱい、食べておくれよ。
 あ、味噌汁は熱いからね。気をつけて」
「おお、こいつはうめぇ!」
「確かにうまい! こんなうまい握り飯、食ったことねぇや!」
「女将さん、こいつは何だい!?」
「それはね、豚肉のから揚げだよ。珍しいだろ?」
「へぇ~!」
「お、漬物もあるわ! いやぁ、これもうまい!」
 男たちは笑顔で『うまい、うまい』と感想を言いながら食事を頬張る。
 横で見ていたミスティアに、「女将さんも食え。腹が減ってるだろ」と言って、彼女をその輪の中へと引っ張り込む。
「すげぇなぁ、女将さん。
 いやいや、あんたみたいなうまい飯を作れる奴が、世の中にゃ、まだいたんだなぁ」
「俺、女将さんの、この店が完成したら、絶対に食べに行くよ! 頑張らせてもらうわ!」
「あの野郎、俺らにこんなうまい飯を出してくれる店を紹介しないなんて、ふてぇ野郎だ!」
 わははは、と笑う彼ら。
 そんな彼らに『そんなこと言うもんじゃないよ』とミスティアが、普段のノリで話しかけている。
 どうやら、彼女自身、威勢のいい男衆とは相性がいいようだ。
「女将さん。今夜は、女将さんの店はやってんのかい?」
「今日かい? 一応、そのつもりだよ」
「よし、お前ら! 今日の仕事は気合入れろよ! 終わったら、女将さんの店で飯だ!」
 やったぜ、という声があちこちで上がった。
 彼らは、ミスティアの店の、新たな常連となりそうだ。
 こりゃ仕事が忙しくなるね、と冗談を言って笑うミスティアに、
「楽しみだなぁ、女将さん。どんな店になるかね?」
「そうだねぇ……。
 いや、想像がつかないね。
 それに、ほら、あたしの知り合いはみんな妖怪だからさ。店員が一人もいないんだ。あんまり流行ってもらっても困っちまうからねぇ」
「それなら、人間の店員を雇ったらどうだい?」
「おっ、それなら、俺のところの娘を雇ってくれ。
 あいつ、もういい年頃なのに花嫁修業のひとつもしてないからな。このままじゃ行き遅れの行かず後家になっちまう。
 女将さんのところで、徹底的にしごいてくれ」
「いやいや、こういうところじゃ、力仕事のできる男のがいいだろう。
 俺んところのガキはどうだ、女将さん。あいつぁ、頭は空っぽだが力だけは俺よりあるぞ」
「おめぇんところのクソガキじゃ、ものの役にも立たねぇだろうが!」
「言ったな、この野郎!」
 会話の内容に品はなくとも、威勢と元気だけは何よりもある。
 そんな職人連中の会話に混じって、ミスティアも、『そうだねぇ。ちょっと考えるかね』と丁々発止としたやり取りをしている。
 長年、彼らのような連中と付き合ってきて、扱い方を学んできたようだ。
「ああ、そうだ。女将さん。
 悪いな、お前ら。ちょっといいかい?」
「ん? どうしたんだい」
「俺の知り合いにな、氷室をやってる奴がいるんだが、奴に氷室の作り方を学んで、女将さんの店にも小さい氷室を作ってやろうと思うんだが……」
「ああ、氷室なぁ。
 紅魔館で売っている『れいぞうこ』だったか。
 あれがあると便利なんだけど、たっけぇんだよなぁ」
「ちっこい氷室を作るのと、値段はそう変わらないんじゃないか?」
「どうだろうなぁ」
 曰く、店をやるなら、食材なんかを長期間保存できる設備があったほうがいいのではないか、ということだ。
 普段、ミスティアは、『その日使う分だけの食材を用意して、翌日以降は、またその時に仕入れる』という方針で店をやっている。
 余った分は、自分を初めとした妖怪仲間で食べてしまったり、どこかにおすそ分けしたりしているのだ。
 それがなくなり、食材を保存できるようになれば、仕入れコストが下がる。その分、値段も安くできるだろう。
「金勘定が面倒になりそうだね」
 そうでなくとも、常日頃から、適当に料理の値段をつけているミスティアである。
『こんな値段で利益なんて出てるのか』と客が心配するような値段で、うまい飯を提供してくれることだってある。
 本人は、『金なんていらないよ』とは言っているが、こうして店を持つようになれば、そうはいかない。
 店を維持していく金がなくなれば、どんな人気店であっても閉店は免れないものだ。
「氷室でどんくらいかけるんだよ?」
「若大将にゃ、よしって言ってもらってるからな。金を取るつもりはねぇが、あれはあれで維持していくのも面倒なんだよな」
「便利なんだか不便なんだかわからないね」
「けど、この辺りの店は、ほとんどが、小さいけど氷室を持ってるんだぜ」
「最近だと『れいぞうこ』に切り替えてる奴もいるらしいけどな」
 その『れいぞうこ』というものが何なのかと聞くと、木製だったり金属製だったりという違いはあるものの、中はいつでもひんやり冷たく、食材を長期間保存できる道具なのだ、という答えが返ってきた。
 それでいて、氷室ほど場所をとらず、氷室ほど維持費もかからないものなのだとか。
 しかし、その設備そのものが高いのだという。
「紅魔館ってところ、知ってるだろ。女将さん。あそこと、山の河童連中が作っている代物なんだ」
「たま~に、河童の行商が来て売ってるんだが、いやいや、とてもじゃないけどなぁ」
「ああ。まったくだ。
 儲かってないと、ありゃ無理だ」
「今に、安くなるようにする、とかあの河童は言っていたけれど、なかなかなぁ」
 設備があまりにもハイテク過ぎて、人件費だの加工費だの、様々なものがそこにコストとして載っているのだろう。
 その値段は、冗談ではなく、氷室を作る何倍もするのだということだ。
「はぁ……なるほどねぇ。
 それなら、氷室の方がいいのかね」
「何十年も使っていくなら、『れいぞうこ』なんだろうけどな」
 なるほどなるほど、とうなずくミスティア。
 ともあれ、店の保存設備は簡易氷室に決まりそうであった。
 それを、提案してきた彼曰く、店の地下に作るのだそうだ。
「ああ、それでお前さん、地面に穴掘って補強材突っ込んでたのか」
「そうよ。
 どうだ、俺は頭がいいだろう」
「バカ言うな。これで女将さんが『そんなのいらないよ』って言ったらどうするつもりだったんだ」
「まあまあ」
 ミスティアが割って入り、『結果がよければいいんだよ』と一同の話を丸く治めてしまった。
 そして、「そうそう。ついでに、あんたら、甘いものはどうだい」と食後のデザートも取り出してくる。
 わいわいと、彼らは楽しそうに騒ぎながら昼食を終わらせ、一服した後、『さて』と立ち上がった。
「よーし、お前ら! 気合入れるぞ!」
 この場の棟梁と思われる男性の号令一下、再び、彼らは仕事を始める。
 それを見送って、ミスティアは、広げた弁当を片付ける。持ってきたものは、すっかりと、きれいさっぱり、彼らの胃袋に収まったようだ。
「しかし、こりゃ、本気で頑張らないとダメってことになりそうだね」
 あたしの性に合うかなぁ、と。
 彼女は笑いながら、「それじゃ、頑張っとくれよ!」と大工連中に励ましの声をかけたのだった。


「……えーっと、だな。霊夢。
 お前、何やってんだ?」
「ミスティアのお店の宣伝」
「いや、えーっと……それを何でお前が?」
「前、言ったじゃない。
 そういうのに私も協力……って、あの場に魔理沙はいなかったか」
 人里の一角を、買出しか何かか、とことこ歩く霊夢の姿がある。
 普段の巫女服意匠ではなく、少し風変わりなシャツとスカート、上着に、おまけに髪型も変えているため、ぱっと見た目では霊夢とはわからない印象だ。
 その手に持っているのは、恐らく、文から提供されたと思われる『ミスティアの店』のチラシ。
 それを見かけた魔理沙は、『えーっと……』と、どう反応したらいいものかわからない様子で腕組みをしている。
「ほらここに。
『あの博麗の巫女も推薦のお店』と」
「それってセールスポイントになるのか?」
「……甘いわね、魔理沙。
 博麗の巫女とは、幻想郷における食文化の礎を作った存在なのよ!」
「嘘こけ。」
「マジだって。」
「えっ。」
 しばし沈黙。
 魔理沙は、『その話は置いといて』という仕草をした後、
「ま、まぁ、それならいいんだけどさ。
 ……受け取ってくれる奴とかいるのか?」
「結構いるわよ。
 ほら、ここに『今なら開店記念、全商品10%オフクーポン』って」
「ミスティアの奴、金銭感覚がないから、適当にオーケー出したんだろうなぁ」
「今後は、きっとそれじゃやっていけないだろうから、って慧音とかが仕込みをするとか何とか」
「一大事だな」
「そうね」
 というわけで、お前も持っていけ、とばかりに霊夢が手にしたチラシを突き出してくる。
 ちなみに、『全部配ることが出来たら、お礼にお手当てをお支払いします』と言われていたりする。
「……まぁ、いいんだけどな。
 あいつの店はマジでうまいし」
「そうなのよねー。
 とりあえず、華扇と行くのは、この開店記念の時だから」
「込むだろ」
「予約済み」
「仕事早いなおい」
 びっ、と親指立てていい笑顔をにかっと見せる霊夢に、何だかもう色んなものがどうでもよくなりつつある中、色々とこらえて、魔理沙がツッコミを入れる。
「何だかんだで楽しみにしてるんじゃないか」
「美味しいご飯は、心を豊かにしてくれるわ!」
「食べ過ぎると体も豊かなことになるぞ」
「それ、早苗の前で言ってみる勇気ある?」
「ない。」
 そんなこんなで、霊夢のビラ配りは続く。
 やることも特にないから、と魔理沙はそれにくっついて歩き、二人そろって、人里を練り歩いていく。
「……にしても、特に話題になってないな」
「そうね」
 妖怪のやる店というのは、それほど、話題になるものでもないのか、と彼女たちは言う。
 人里で交わされる会話はいつも通りのものばかり。
『今度、里で妖怪が店を開くらしいわよ』という井戸端会議の声は聞こえてこない。
「まぁ、幽香とか紅魔館の連中とか、普通に里の中で色々やってるしな」
「今更ってことね」
 してみると、一頃よりも変わったものだ、と霊夢。
 昔は『妖怪』と来れば、人間にとって畏怖するべき存在であったというのに、今では人々に親しみまくった『隣人』扱いなのだから。
 時代の流れというか、空気の変化というか。
 そんなものを感じずにはいられない。
「お前はこういうのでいいのかい?」
「いいんじゃない?」
「いい加減だな」
「何か問題があったら、紫がぎゃーぎゃー言い出すから。
 それがないってことは、あいつも、この状況を認めてるってことよ」
「まるで天災みたいじゃないか」
「紫が本気で暴れだしたら、そりゃ天災になるわね」
「違いない」
 通りを一本曲がったところで、またビラ配り。
 足を止め、目を向けてくれる人は、通りを行く人々の半数程度か。
 それでも、彼女たちは、人の目を集めることには成功しているようだ。
「よし、この勢いで行けば、お昼ごろには配り終わるわね」
「それ、配り終わったらどうするんだ?」
「笛を鳴らしたら文が飛んでくる」
「何やってんだあいつ」
 つくづく、天狗というのは不思議な生き物だ。
 そう魔理沙の思う傍らで、また一枚、チラシを持っていく人間が一人、見受けられた。

「ミスティア」
「ん? どうしたい、リグル」
「あ、珍しい。まともに名前で呼んだ」
「何? りぐるん、の方がいいかい?」
「やめて。はたくよ」
 何やら、大きな風呂敷を包んで持ち上げるミスティアの元に、リグルがやってくる。
 彼女は『何それ?』とミスティアに問いかけた。
 ミスティアは、「弁当だよ」と答える。
「店を作ってる連中への差し入れさ」
「へぇ」
「あいつら、最近は、あたしのこれを当てにして弁当とか持ってくるのやめたらしいからね」
 笑うミスティアは、『困ったもんだ』という。
「人間に好かれるの、嬉しそうだね」
「嬉しいっていうか……楽しい、かね」
「そう」
「どうやら、あたしは今回のこれを断ることは出来なさそうだからさ。
 リグル、人里の店で働かないかい? 多分、あたし一人じゃ、さばききれないほどの客が来る」
「それは自惚れってやつだよ。
 実際にそうなってから、声をかけてちょうだい」
「わかった。リグルは賢いね」
「虫は危険を察知する能力には優れているからね」
「なるほど」
 ミスティアは両手に風呂敷を、よいせ、と持つと「じゃあね」と空の向こうに飛んでいく。
 その横顔の嬉しそうなことといったら。
「天職?」
 リグルはそうつぶやいて、小首をかしげてみせる。
 人間も妖怪も、どう変わっていくのかわからないもんだ、と。
 やれやれと大仰に肩をすくめてみせるものの、彼女の口元にも、小さな笑みが浮かんでいた。

「おーっす、慧音」
「おや、魔理沙殿に霊夢殿。手伝い、ご苦労」
「さあ、慧音! 私は頑張ったわ! 全部配りきったわよ!」
 霊夢は鼻息荒く、慧音へと詰め寄る。
 チラシを渡された際、そのチラシの作成者――言うまでもなく、文からは、『自分がいないときは慧音に』と言われているのだ。笛を吹くのはその後なのだそうな。
「ははは、そうかそうか。
 よし、それなら、うまい昼飯をおごってやろう」
「やったぁ!」
「お、私もか? 当然、私もだよな! 付き合って腹ペコだ!」
「ああ。ほら、ついてくるといい」
 やったね、と手を打ち鳴らす二人。
 道を行く慧音は、『ここだ』というところで足を止める。
 それは、もう外壁まで完成し、あとは窓をはめて、室内をきれいにすれば完成というところまで建設の進んだ『店』。
 首をかしげる二人を連れて、慧音は、そこの入り口をくぐる。
「おお、慧音先生じゃねぇか!」
「何だ何だ、若い嬢ちゃんが二人も増えたぞ!」
「おい、お前! そこ、席をつめろ! お嬢ちゃん達も座らせてやれ!」
 入り口をくぐると、奥に向かって延びるカウンター席がある。
 そこに、大勢の、威勢のいい男衆が座って昼飯を頬張っている光景があった。
 ますます首をかしげる二人に、慧音が『ここに座って』と促す。
 言われるまま、空いた席に腰を下ろす二人。
 そして、
「おーい! 女将! 新しいお客だ!」
 声をかけると、店の奥から『あいよー!』という声が聞こえた。
「おや、霊夢さんに魔理沙さんじゃないかい」
「ミスティアじゃない」
「お前、こんなところで……って、ここはお前の店になるんだったか」
「あなたの店の宣伝を手伝ってくれたんだ。昼ごはんを食べさせてやってほしい」
「あいよ、了解。
 たっくさん作ってきたからね。あんたらも、残さず食べなよ!」
「わっはっは! わかってる、わかってるって!」
「こんなうまい飯、残してたまるか! なぁ!」
「そうだそうだ!」
 実ににぎやかでやかましい店内である。
 一度、奥に引っ込んだミスティアは、しばらくして、おにぎりを二つと味噌汁、焼き魚を持って現れる。
「はいよ、二人とも」
「うわ、でかっ」
「これは腹いっぱいになりそうだな」
「火のほうも出来上がっているのか」
「そうだね。結構、見事なかまどやら何やらが作られてるよ。びっくりしちゃうね」
 ここで食事をしてる男衆にあわせたサイズの巨大おむすびに、熱々ほかほかの焼き魚――恐らくは、やまめか何かだろう。それを食べやすいサイズに切り分けてある――、いい香りの味噌汁にお新香。
 まさにこれぞ、『THE・和食』! といった具合である。
「うわ、これ美味しい」
「このおにぎり最高だな~」
 二人そろって、もぐもぐお昼ごはん。
 その様子を見た男衆が、『女将の飯はほんとうまいなぁ!』と大笑いする。
「よし、お前ら! 飯は終わりだ! もう一仕事やるぞ!」
「応よ!」
「女将! 座敷に、特別だ、床の間もつけてやるからな!」
「よーし、やるぞやるぞ!
 ほら、とろとろすんな! 行け、行け!」
 彼らは大声で騒ぎながら、ぞろぞろと、二階へ上がっていくものと外に出て行くものの二手に分かれて行動を始める。
 しばらくすると、とんかんとんかん、というかなづちの音と『バカ野郎! 何やってやがんだ!』という怒声が響き始める。
「にぎやかだよね」
「ああ、確かににぎやかだ」
「霊夢殿の神社も、よくこういう風になっているんじゃないか?」
「萃香は騒がないで、さっさと作業を終わらせるのよね。
 で、『酒飲ませろ~』ってわめくの」
 なるほど、と慧音が笑う。
 彼女は、空いた席に腰掛けて、『もうそろそろ、ここも完成だ』と言った。
「どう? 流行りそうなの?」
「さあな。
 やってみなければわからないし、それに、ミスティア殿がどこまでやってくれるか」
「それが一番、不確定な要素だね。
 あたしはいい加減な奴だから、適当に仕事するだけだしね」
 言いながら、ミスティアが、慧音の元にお茶を持ってくる。
 薫り高い、一目見るだけでいい茶葉を使っているとわかるお茶だ。
 霊夢が「私も」とリクエストし、魔理沙もそれに続く。
「大工連中はかなり気合を入れて仕事をしている。
 いい建物を作る時には、奴らはかなりテンションが高くなるが、今回はまたひとしおだ」
 それはきっと、ミスティアに惚れたからなのだろう、と彼女は言う。
 要するに、彼女の人柄に『ぞっこん』なのだ。
 ミスティアは「照れちゃうね」と笑うのだが、どうにもその自覚はないようだ。横顔が、そんな風に語って、笑っている。
「店は結構狭いよな」
「そうでもない。少人数で回していくには、これが精一杯だろう」
「店主一人に店員が一人か二人、って考えるなら妥当なところよね」
 そこそこ高い天井、それなりに立派な食器棚、見事な造りのカウンター。奥に向かう階段は、狭く急だがぎしりとも音を立てない、造りのよさ。
 聞けば、二階の座敷には、真新しいイ草から作った畳を盛大に敷き詰めていくらしい。
「建材は檜で汚れや水なんかに強い加工もしてある。
 正直、こんな規模の店ではありえないくらいに豪華な造りだよ、ここは」
「私はそういう、大工とかはよくわからないけど、そんなもんなのね」
「そういえば、この椅子も、座り心地いいよな」
「あとで座布団も用意されるそうだ」
「へぇ」
 こういう酒場の椅子というのは、何とも言えず、居心地の良さに関しては微妙なものなのだが、ここの椅子はがたつきもなければ腰と背中への負担も悪くない。
 長時間、いても疲れづらい装備のなされた店、というだけで『人を呼べるだろう』と慧音は言う。
「隙間風なんかが入らないように壁や窓も作ってあるし、暖房は石炭のストーブ、夏場に向けて冷却装備も考えているらしい」
「至れり尽くせりね」
「それだけ、ミスティア殿が、若大将を惹きつけたということだ」
「いやぁ、こんないいもの作ってもらったら、働いて返すのが大変になりそうだね」
 それは冗談からの一言なのだろうが、慧音は、あえて真面目に『それは気にする必要はない』と言う。
 あくまで、この建物は、他人の『好意』から出来ているのだ、と。
 与えられた好意に甘えるのは悪いことではないし、与えられる好意を断ることほど無礼なこともない。
 ただ黙って、『ありがとう』と言っていればそれでいいんだ、というのが彼女の意見だった。
「こりゃ、周りの店からも、偵察とかが来そうだな」
「里の店は、それぞれが提携を結んでいて、互いの潰し合いはしないのがルールになっている。
 だが、『うちの客を取られてなるものか』と気合を入れてくるのは間違いないだろうな」
 そうなったらなったで、いい意味での競争が生まれて、店同士の切磋琢磨が進むだろうと、慧音。
 そうなるといいなぁ、と魔理沙は言って「ごちそうさま」と空っぽになった食器をカウンターへと上げた。
「それじゃ、そろそろ文を呼んでお礼をもらわないと」
「それ、マジで笛吹くだけでいいのか?」
「やってみる」
 そう言って、外に出た霊夢が『ぴー』と笛を吹くと、次の瞬間、『いつも通りの射命丸、ここに推参!』と0.5秒で天狗のあややが現れると言う異様な光景が展開されたと言う。


 ――さてさて。


「ねぇ、ルーミア」
「何ー?」
 人里を、遠くに眺めることが出来る林の中。
 そこにそびえる一本の木の上に佇むリグルは、ふらふらと、木のてっぺんでバランスをとって遊んでいる宵闇の妖怪、ルーミアに声をかける。
「それ、楽しい?」
「んー。あんまり」
「やめたら?」
「だけど何かやめられない」
「あっそ」
 ひょいと肩をすくめて、彼女は枝の上に腰をおろす。
「あの人里、行ってみる?」
「んー……別にいいけれど。
 あの怖いおばさんに怒られないかなぁ?」
 ルーミアは小首をかしげて空を見る。
 彼女の認識の中にある怖いおばさん――どこからともなく突然現れて、お説教してくる、金髪の――が、『そういうことしたらダメでしょう』と、全く笑ってない目をして、笑顔で言ってくる光景が目に浮かぶ。
「大丈夫だよ。何もしなければ」
「ふーん」
「おなかすいたでしょ?」
「すいた! みすちーのお店、まだ?」
「もうやってるよ」
 リグルはそう言って、木から飛び降りる。
 それを『待って待ってー』とルーミアが追いかけてきた。
 二人は地面の上に着地すると、てくてく、人里へと歩いていく。
 里の入り口をくぐり、大通りを行く。
 人々の姿は、もうほとんど見られない。
 夜は妖の時間。人間は、昼間のうちに我が世を謳歌し、夜は己の領域にひっそりと引きこもって息を忍ばせる。
 ――昼間、妖がやっていることを、彼らがこなすのが、この時間。
 にも拘わらず、通りを少し歩いていくと、人の声と気配が多く漂う空間がやってくる。
 言うまでもなく、飲み屋街だ。
「うわー、いい匂い。美味しそう! おなかすいた!」
 腹ペコ妖怪が、よだれをたらしそうな顔であっちこっちの店を見ている。
 そんな彼女を見て、その愛らしい見た目に騙された人間たちが、『おっ、かわいいお嬢ちゃんだな! もうそろそろ家に帰るんだぞ!』と声をかけてくる。
 二人は、そんな人々の間を渡り、一軒の店へとたどり着く。
 看板の出ていない、暖簾だけがかかっている店。
 入り口は引き戸になっていて、中から明かりが漏れている。
 がらがらと、リグルは、音を立ててそれを開いた。
「おや、いらっしゃ……。
 何だ、リグルとルーミアじゃないかい」
「何だとは何さ。せっかく、様子を見に来てあげたのに」
「ミスティアー! ご飯ちょうだーい!」
 ようやく開店へとこぎつけた、そこはミスティアの『店』。
 カウンターに立って、料理を作り、酒を運ぶ彼女は大忙しだ。
 カウンター席は全て埋まり、一体いつから酒を飲んでいるのか、顔を赤くした酔っ払いが大勢騒いでいる。
「おっ! お嬢ちゃん! お嬢ちゃんも女将の店のお祝いに来たのか!」
「あ、いつもご飯おごってくれるおじさん!」
「おお、覚えていてくれたか!
 よしよし、こっちだ、こっち来い。
 おーい、女将! このお嬢ちゃんに、うまいものをたらふく食わせてやってくれ!
 なぁに、金は俺が出す! 金ならある! うわははは!」
 すでに、この店の評判は人々の間に広がり、ミスティアの『ファン』達も詰めかけている。
 それが全て、威勢のいい男衆であるものだから、
「おお、坊主……じゃない、嬢ちゃんもか!
 久しぶりだなぁ。元気してたか!」
「ええ、まあ……一応」
「そうかそうか。
 やっぱり、あれだな。子供は元気なのが一番だ! なぁ!」
「おう、そうだそうだ! ガキってぇのは、何にも考えずに外で遊んでるのが一番ってもんだ!」
「おめぇ、そんなこと慧音先生の前で言ってみろ! おっそろしい雷が落ちるってもんだぜ!」
「うへ、そいつは勘弁だな!」
 すっかり出来上がっている彼らの間に、ちょこんとルーミアが座っている。
 少しして、彼女の前には、大盛りのご飯と味噌汁、肉に魚に野菜の煮物にと、色とりどりの料理が並んだ。
「いっただっきまーす!」
「おう、食え食え! 腹いっぱい食え!」
「やっぱ、お嬢ちゃんの食べっぷりは見ていて気持ちいいなぁ!」
 ルーミアは、その見た目と、そして何より圧倒的なまでの食いしん坊ぶりが男衆には人気である。
 彼らはやんややんやとルーミアを囃し立て、楽しそうに騒いでいる。
 ――さて、リグルはそんな騒ぎを横目に、カウンターの奥から店の裏手へ回った。
「へぇ……」
 見事なまでに整えられた炊事場が、そこにある。
 奥には『氷室』と書かれた戸口があり、その中に、食材などを保管しているようだ。
「ああ、リグル。悪いんだけど、これを上の座敷の連中に持っていってくれないかい?」
「お座敷も満員なんだ」
「そう。営業初日だってのにすごい反響だよ。びっくりしちゃうね」
 文さんや慧音先生に感謝しないとね、とミスティアは笑った。
 彼女たちが一生懸命、宣伝をしてくれた結果がこれだ、と思っているのだろう。
 ――さて、それが本当に奏功したのかは不明であるが、ミスティアの店が流行っているというのは事実である。
 リグルは、ミスティアから渡された酒と料理をお盆に載せて、店の階段を上がっていく。
 二階には左右に座敷の部屋があり、その両方に客がいるとのことだ。
 まず、左手側。
「おう、リグルじゃないか。お前もここで働くのか?」
 そこには、博麗さんご一行。
 声をかけてきたのは魔理沙だ。
「友人としての付き合いだよ」
「なるほど、そうか」
 座敷はおよそ8畳ほどで、奥には床の間もあったりする。
 そこに樫のテーブルがどんと置かれ、見た目も高級そうな座布団に腰掛けている客が、彼女たち。
 霊夢が『これ、美味しい!』と目を輝かせながら野菜の煮物を頬張っており、その隣では、見たことのないピンク頭の女性が『栗ぜんざい……いえ、かぼちゃプリン……だけど、スイートポテトも捨てがたい……!』とメニューを見てうなっている。
「こりゃいい店だな。
 値段もそんなに高くないし、のんびり通える感じだ」
「ミスティア本人も、それなりにやる気があるみたい。
 下で、楽しそうに、お客さんと話をしているよ」
「あいつは屋台やっているのの延長だよな」
「ただ、いい加減で忘れっぽくてあきやすいからね。
 いつまで続くか」
「確かに。
 けど、誰も使わなくなったら使わなくなったで、誰かが勝手に入って店を作るだろ」
「そうだといいね」
 それじゃごゆっくり、と彼女は一同に頭を下げて、隣の座敷へ。
 こちらはそれなりに身なりのいい家族が使っている部屋であり、上座に座る男性が『だから言っただろう。あの女将にゃ見所がある。俺は、これから、この店に通うことにするぞ』と何やら力説している。
 ミスティアの店に通っていた連中とは、少し雰囲気の違う彼の姿に、『新しいファンかな』とリグルは勝手に想像する。
 注文の酒とつまみをそこに提供して、階段を下へ。
「なるほどなるほど。
 次の質問なのですが――」
 いつの間にやら、文を初めとした天狗一同が来店していた。
 文と、はたてと、椛といったか。
 文はカウンターの裏に回って、ミスティアに『今後の意気込みについて』などとインタビューを取っている。
 はたては『あ、これ美味しいわ』と料理をもぐもぐし、隣では椛が『お代わり!』とでっかい丼突き出している。
「慧音さん」
「お前も、手伝いをしているのか」
「強制的に」
 さらに、騒ぐ男衆に混じって慧音の姿もあった。
 彼女の隣には、今回の事の発端となった若大将の姿もある。
 彼は上機嫌でミスティアに『女将! 酒の追加!』と徳利を突き出していた。
「何か初日からすごいことになってるね」
「ああ、そうだ。
 最初からこれなら、この先が思いやられる」
 そう言っていると、また戸口が開いて新しい客がやってくる。
 彼らは店内を見て、「何だ、入れないじゃないか」と笑うと、
「おーい、女将! 外に椅子とか出していいかい!」
 と、勝手にテーブルと椅子を持ち出してきて、外に自分たちの席を作ってしまった。
 そして、通りに向けて開けられた窓から顔を出して注文をしてくる始末だ。
「リグル! これとこれ、あいつらに持っていってやって!」
「さすが女将、器がでかい!」
「あんな無作法な奴らすら受け入れるってところがたまんねぇや!」
「あんたらも好き勝手言ってないで、そろそろ酒を飲みすぎてるよ! もう帰りな!」
「女将、もう一杯! もう一杯だけ!」
「俺も、〆の握り飯食ってないんだ! それ食ったら帰る! な!?」
「ったく、仕方ない奴らだね!」
 げらげら笑う男衆に負けないくらい、屈託のない笑顔を見せて、ミスティアが腕を奮う。
 その様を横で文がぱしゃぱしゃ撮影し、「料理中ですが、今のお気持ちを」などと迷惑な取材行為をかましていた。
「どうするの?」
「さあ、どうするのだろうな。
 店はこれから繁盛するだろう。何せ、人の口に戸は立てられない。噂はあっという間に広まっていく」
「こういう人たちは、美味しい酒を飲める店にはうるさいからね」
「そういうことだ。
 そこからどんどん広がっていく。
 ミスティア殿も、ここに足を運ばないにしても、屋台が騒がしくなるだろう」
「それって、慧音さんのせいでもあると思うよ」
「さあ。それはどうだろうか」
 彼女は曖昧に言って笑いながら、手にしたお猪口を傾けた。
 お前もどうだ、と勧められるのだが、『蛍はきれいな水しか飲まないもので』と適当にそれを断る。
 ちらりと視線をやれば、相変わらずルーミアが男衆にかわいがられている。
 彼女の前に積みあがる料理は大したものなのだが、それをぺろりと平らげるのだ。すると彼らは気分をよくして手をたたき、『女将、追加だ!』と声を張り上げる。
「ルーミアは、今後、ご飯に困らないだろうな」
 それは羨ましいことなのか、それともめんどくさいことなのか。
 いまいち判別はつかなくとも、『ま、楽しければそれでいいか』というところで結論は落ち着いていく。
「リグル! 上に、これ、持っていって!」
「あんみつか。いいね」
「いや、多分他にも来るだろうね」
 ミスティアの言葉に首を傾げつつも、あんみつの載ったお盆を受け取るリグル。
 ちなみに、二階からの注文は、そこにつなげられた『通信設備』で行うのだそうな。
 それがどんなものかと聞いてみると、『糸電話みたいなものだね』とミスティアは笑っていた。
「どこまで繁盛するか。そしていつ飽きるか。
 それを見てるのも楽しいかもね」
 相変わらず、口許に苦笑の絶えないリグルは、『やれやれだ』と肩をすくめて、二階へと上がっていったのだった。



(以下、文々。新聞一面記事より抜粋)
『文々。新聞~秋の増刊号~夜雀の屋台がついに人里に!

 夜雀の屋台、と聞いて、それをぱっと思い浮かべるものは少ないだろう。
 幻想郷のあちこちに、突如としてぽっと点る赤提灯。そこで、かわいらしい、素敵な笑顔を浮かべて客を迎えるミスティア・ローレライ女史の経営する屋台がそれである。
 元々、ミスティア女史がこの屋台を始めたのには理由がある。
 しかし、それを今更、ここで語る必要はないだろう。
 今が一番大事、とは誰が言った言葉だったか。我々にとって、『過去』も『未来』も大事なものであるが、一番大切なのは、今のこの瞬間なのだから。
 さて、話が逸れてしまったが、このミスティア女史の屋台は、今までは知る人ぞ知る名店であった。
 用意されている料理は和食を中心に多岐にわたり、その季節ごとの旬の食材を使った、様々なメニューを楽しむことが出来る。
 また、屋台であることから飲み物も豊富であり、特に日本酒と焼酎の品揃えは圧巻の一言。
 筆者は天狗である。天狗は大酒飲みの酒好きであるが、その筆者が太鼓判を押して保証しよう。
 酒飲みであれば、まずは一度、この屋台を訪れるべき。筆者はそう断言する。
 だが、この屋台、実は通うのが少し難しいものであった。
 理由はというと、ミスティア女史が妖怪であることに起因する。
 彼女はあちこちを気まぐれで回りながら、気の向いた時に屋台を開く。そのため、どこに行けば、どの時間帯なら、屋台の灯に巡り会えるかという保証が出来なかったのだ。
 それが、この店を訪れていた常連たちにとって惜しいところであった。
 しかし、このたび、それが解消されようとしている。
 今回、ミスティア女史が人里に構えた店は、不定休ではあるが、確実に『そこにある』店なのだ。
 やっている時間帯に行けば、確実に、ミスティア女史の笑顔と料理、そして酒に出会えるのだ。
 これを画期的といわずして何と言おうか。
 彼女の店を利用していたもの達にとって、それは青天の霹靂であると共に、これ以上ない吉報であった。
 すでに開店から数日が経過しているこの店、客の入りは上々であり、店が少し狭いことから店内に入れず、店の外で騒ぐものも出てくるほどである。
 ちなみに、公安の方にも許可は取ってあるため、営業時間内であれば、店の外でミスティア女史の料理と酒を楽しむことも可能となっている。
 提供される料理と酒は、屋台を運営していた時と同じ。もちろん、ミスティア女史の軽妙かつ威勢のいいトークと笑顔も屋台の時と変わりはない。
 これまで、彼女の屋台を訪れたことがなかった読者諸兄がいれば、是非とも、この店に足を運んでほしい。
 一杯の酒には必ずつまみがついてくる。そのセットを注文するだけでも、充分、この店の『味』を楽しむことが可能である。
 安く、気持ちよく、そして旨く、楽しく酔うことの出来る店が、今、ここにあるのだ。
 現在、本紙では、彼女の店の料理と飲み物が、全品10%オフとなるクーポン券を配布している。
 これを片手に、下記の営業時間を参考に足を運ぶことをお勧めする。
 そしてそのとき、たまたま営業していなかったとしても気落ちせず、気の向くまま、時間を見つけて足を運んでみてほしい。
 必ず、諸兄の前に、暖かな雰囲気漂う赤提灯と、それを切り盛りする『女将』の笑顔が現れることだろう。

 なお、店の営業と共に屋台の営業も続けられる。
 店がやっていない時は、ミスティア女史は屋台の営業をやっていることもある。
 もし、そちらの方にも足を運んでみたいという読者諸兄がいれば、すでにミスティア女史の店に通う常連を捕まえて話を聞いてみるといいだろう。
 彼らなら、どこで今頃、ミスティア女子の店が開かれているかを教えてくれるはずである。
 あちこちを気ままにめぐり、気ままに開かれる、夜雀の屋台。
 一風変わった雰囲気漂う? いやいや、とんでもない。そこにあるのは、いつも通りの、暖かな赤提灯である。

                                         著:射命丸文
夜雀の屋台

営業日  :不定(女将の気分次第です)
営業時間:午後16時~最後のお客が帰るまで(常識的な時間に帰りましょうね)
予算   :お一人様、1500円~(物々交換も受け付けます)
おすすめ:季節の食事が味わえます。その季節に応じたおすすめを女将に聞けば、一番美味しい料理が出てきます
お酒   :ビール、日本酒、焼酎各種取りそろえております
       また、お酒の飲めない方向けのジュースもございますので、お子様連れでも楽しめます
予約   :営業時間の1時間前から予約を受け付けております
       店主が忘れないうちに、予約したら来店しましょう。貸切のご依頼もお気軽にどうぞ
一番の売り:女将の笑顔とトーク
(以上、幻想郷ぐるめマップより抜粋
 詳細は、http://sukima.gourmet.co.jp/yosuzume/をご覧ください)
haruka
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コメント



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1.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
harukaさんのみすちーの屋台話大好きです。
この題材の話をもっと見たいなぁ。
7.80名前が無い程度の能力削除
ドライ、と言うかクールなリグルが好きです
今まで出てきたキャラって、咲夜さんとかアリスみたいな冷静さを持ったキャラでも、必ずどこかに温かみのような物があったんですが、このリグルは本当にクールで、他の連中とは一線を画してる気がします
8.100名前が無い程度の能力削除
ここに行きたくなりました。
9.90名前が無い程度の能力削除
こういうみすちー好きだわ。彼女といい、人里の男衆といい、慧音といい、登場人物が明るく賑やかで温かい。是非とも彼女の店に行ってみたいな。
10.100名前が無い程度の能力削除
お腹すいてきた……。
13.100絶望を司る程度の能力削除
超行きたい……ていうか、通いたい!
14.90名前が無い程度の能力削除
一度行ってみたいです。