Coolier - 新生・東方創想話

月見酒

2013/03/31 15:07:09
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 満月である。今日は満月である。
 寒くて佐渡に比べりゃ雪の多い幻想郷の冬が過ぎ、ようやく地面が見え始めた今日この頃。
 マミゾウは、相も変わらず森の中で、配下の化け狸達と、ちんまりとした宴を開いていた。
 今晩の彼女はたき火役ではない。どっしりふかふかとした自分の尻尾に座りながら、焚火にあたって酒を舐めている。幼い付喪神たちも、今日は欠席。狸オンリーの、“化け狸会”である。

「ぷはあ」

 通い徳利の酒をちまりと舐める。木の匂いがふんわり漂う、樽酒だ。
 夜の森の空気は、まだ冷たい。それでも、香ばしい土の匂いがもう季節の変わり目だということを教えてくれている。
 ふう、と吐き出す白い息が、たき火の明かりに照らされながらゆったりと流れていく。

「春だの」

 ぽつん、とつぶやいてみる。満月は返事をしない。
 たき火の周りでは、頭にはっぱを乗せた狸達が、暖かい焚火に目を細めて丸まっている。一匹が、満月の代わりにふす、と鼻を鳴らして「そうですなぁ」とつぶやいた。
 皆、ころころと毛皮を膨らませてたき火に当たりながら、それぞれ寄り添って小皿の酒を舐めている。狸にとって今は恋の季節。寄り添う彼ら彼女らは、おひとり様のマミゾウにしてみりゃ、ちょいとうらやましい光景でもあり。‥‥若いモンは、とか言うつもりはない。まだまだ女マミゾウ、現役のつもりである。
 人肌恋しさにちょっと溜息をはく。淫靡な意味のつもりはなく、単純にぬくもりが欲しいだけというもので。
 酒を舐めながら、マミゾウはぽつりとつぶやいた。

「‥‥おまえさんもそんなクチかい?」
「質問の意味、分かんないんだけど」

 振り返らずに、後ろに現れた気配に尋ねると、ちょっぴり不機嫌そうな声が返ってくる。狸達が、その声にびくりと振り向き緊張し出した。お主らようやく気が付いたか、まだまだ修行がたりんのう、と苦笑いをしながら、マミゾウは後ろを向いた。

「いやの、博麗の巫女さんも、こんな夜は一人が寂しいのかの、と」
「別に。化け狸に心配されなくても私の周りは十分賑やかよ。妖怪ばっかりで、うるさいくらい」
「そうかい」

 まるで幽霊のように森の中に現れたのは、楽園の素敵なシャーマン、博麗霊夢だった。




***************




「夜の森に怪しい焚火を見つけたと思ったら。あんた達だったのね」
「怪しいかい?」
「とってもね」

 さくりさくりと足音を立てながら、霊夢が焚火のそばにやってくる。狸達は動じない親分と近づいてくる巫女をきょろきょろ見ながら事の成り行きを見守っている。
 マミゾウはのんびりと、徳利の酒を舐めながら柔らかに笑って答えた。

「今日は月が綺麗での。温くなってきたし、こんな日に呑まにゃ損てもんだわ」
「‥‥そんな理由で飲んでると肝臓が酒漬けになるわよ?」
「お主に言われたかないわい。知っとるぞ。そんな年若いころから酒なんぞかっくらいおって」
「別に普通よ?あんた、早苗みたいなこと言うのね」

 マミゾウのそばに立ち、ちろりとマミゾウの徳利を見ながら言う霊夢。しょうがない巫女さんだの、と苦笑するとマミゾウは懐紙を出すとおもむろに手の中で猪口に変えた。

「呑むか?」
「‥‥妖怪と仲良くしてるといろいろマズイのよ、私」
「見られるのを心配しとるのか?」

 そうよ、とうなずき、口を一文字に引き結んでいる霊夢。こんな夜更けに森の中に入ってくる人間もそうそういないはずなのだが。‥‥例外は、こないだ居たけれど。
 若いのに色々気を使って大変じゃの、と笑ったマミゾウは、そうじゃ、と手を打つと、にまりと笑った。

「ひひ‥‥じゃあ、こんなのはどうかな?」
「は?」

 にわかに悪い顔をしたマミゾウに、思わず霊夢は懐の札に手を伸ばす。しかし、マミゾウの手の方が早かった。
 目にもとまらぬ素早さで、霊夢の頭にはっぱを乗せる。

「ほれ」

ぼんっ。

「のわっ!」

 煙とともに現れたのは、真っ黒い耳に、ふさふさの尻尾。――――霊夢の頭とおしりに。化けさせる程度の能力、本領発揮である。
 似合う似合うと手を叩くマミゾウ。あわてたのは霊夢だ。戸惑いつつも青筋立ててマミゾウに迫る。

「ちょ、何すんのよ馬鹿!なによこれ!」
「耳と尻尾じゃが。狸の」
「そういう意味じゃない!今すぐ元に戻しなさい!しばき倒すわよ!」
「まあまあ」
「まあまあって――――わっ」

 がるる、と威嚇する霊夢をするりと抱き寄せると、マミゾウは自身も腰かけている自分の尻尾の上に一緒に座らせる。ぼふん、と柔らかそうな音を立てて空気が尻尾から抜けた。
 そのままばさりと羽織を広げ、巻き込むように霊夢にかぶらせる。大きなひとかたまりになったマミゾウと霊夢。外套の下からは、二人の尻尾がもさりとはみ出して。

「さて、これでここに居るのは“狸だけ”になったぞい」
「ちょっと!」
「怒るな怒るな。別にとって食おうとか言いやせんわ」
「だから――――」
「まままま、ほれ、一献。ほら、ちゃんと猪口を構えんとこぼれるぞ?」
「ちょ、そんな無理矢理、わっ」

 なおも尻尾の上でじたばた騒ぐ霊夢だったが、マミゾウは強引に杯を押し付けると、さらに有無を言わせず酒を注いだ。やや勢いをつけて注がれる酒に、思わず霊夢は杯を差し出してその酒を受け止めてしまう。
 マミゾウは懐紙をもう一枚猪口に変えて手酌で酒を注ぐ。

「ほい、かんぱーい」
「だからっ‥‥ったく、頭おかしいんじゃないの!?」
「ひひひひ」

 ギリギリと睨み付ける霊夢の視線を笑ってかわすと、マミゾウは杯を傾ける。
 ぷはー、と幸せそうに笑って熱い息を吐き出すマミゾウの幸せそうな顔。邪気はないけど胡散臭い。霊夢は眉間にしわを寄せながら、仕方なさそうに、酒を舐めた。

「‥‥狸ってわけわかんない」
「褒め言葉じゃな」
「ああそう」

 ぶっきらぼうに言って、やけ気味に杯を空にする霊夢。その杯にまた酒が注がれる。
 怒る巫女の迫力に怯えぱなしだった狸達だが、自分たちと同じような尻尾を揺らしながぎこちなくも酒を飲み始めた彼女を見て、相変わらずびくびくしながらもまたぺろぺろと酒を舐め始めた。





**************




「‥‥こんなこと。もしばれたらどうなるか分かってるわね?」
「ばれんって。心配しすぎじゃ、お主は」
「分かんないでしょうが」

 マミゾウの左側で、一緒にぱちぱちと燃える焚火に照らされながら、霊夢はぶつぶつと文句を言う。なんだかんだでなし崩しに酒を飲み始めたのは彼女なのだが。
 普段から「妖怪は退治するもの!」と公言してはばからない彼女。さっきは人目が云々言っていたが、やっぱりこんな夜更けに人目があるとはさすがに考え難いと感じてはいるようで、不機嫌そうに、生やされた耳を揺らしながらマミゾウの酒を舐めている。化け狸が化け狸が言いながら。
 そんな彼女に、マミゾウは口の先をとがらせながら、すねたふりしておどけて見せた。

「ふんっ。化け狸化け狸と言うがなー。佐渡じゃ、これでも神様じゃったんじゃぞ?わ、し」
「‥‥なにそれ。化け狸を祀るなんて、どんな場所よ、そこ」
「狸の楽園じゃ」
「おぞましい場所ね」
「ははは。でも、聞いたぞ?お主、一度は河童の腕を祀ろうとしてたとか」
「んぐ」
「ひひひ。ま、信じるモンなんぞ、ところ変われば化け物にも神にも御仏にも、てなもんじゃ」

 嫌な思い出に言葉を詰まらせる霊夢。マミゾウは空になっている霊夢の杯にちょいと酒を注ぐ。

「~関の寒戸にお灯明がみえる、どこの十九が来てともす‥‥」
「?」

 ぽつりと調子を付けてマミゾウが唄う。眉を上げる霊夢に、マミゾウが解説を付ける。

「ふるーい歌じゃよ。毎夜毎夜、佐渡でむじなの社に明かりをともしてお参りしてくれた、娘の唄じゃ」
「うらやましい話だわね」
「儂の社の話ではないがの」

 毎度毎度参拝客が来ないと嘆く霊夢にとっては、それでもうらやましい話であろう。

「信じる人間がいりゃ、古茶碗でもご神体じゃ。神様だ化け狸だいっても、そんなに変わりはないもんさ」
「だから、神様として祀れって言いたいの?」
「いやいや。そんなことじゃあない」
「でも神様だったんでしょ。その、サドってとこで」
「今はまた、ここ(幻想郷)で化け狸やるのが、ちょう楽しいんでな」
「‥‥やっぱり退治すべきね、あんた」
「おおこわい」

 じとー、と睨み付ける霊夢にニコリと笑いかけ、酒を舐める。たき火の周りは、大分にぎやかになっていた。狸達もだいぶ酒が入り、もごもごふがふが、何事か喋りながら焚火の周りを駆けまわったり、鼻先を寄せたり。巫女が居ることにもだいぶ慣れてきた様子である。慣れて肝が据わったというより、ただお気楽に油断しているだけに見えるのが、締まらない点であるが。
 頼りない化け狸軍団に苦笑しつつ、マミゾウは傍らに置いた小さな竹編みの弁当箱を持ち上げる。酒だけ舐めていたので、そろそろ塩味が欲しいところであった。

「如何かな」
「あれ、ふきのとうみそ?」
「春じゃからな」

 ふたを開けた途端漂うさわやかな匂い。霊夢もその香りに狸の耳を揺らして反応する。小さな弁当箱の中には、笹の葉にぺたんと盛られた蕗味噌が。その隣には細い竹のヘラが数本。入っているのはそれだけ。酒肴専用の弁当箱だ。
 マミゾウから味噌を盛られたヘラを受け取りながら、じいっと霊夢は味噌を睨む。

「実は泥とか言うんじゃないでしょうね」
「たあけ、狸が狸をだますかい」
「私、人間なんだけど」
「いまは狸じゃろ」

 言うと、マミゾウはぺろりと味噌を舐めると、杯をあおる。同じ山から掬った味噌だ。霊夢も、その様子を見てから味噌を口に運ぶ。
 ほろ苦いふきのとうの風味と味噌の塩分が、酒の味で覆われていた舌を刺激する。同時に口の中に広がるすがすがしい香りがとても気持ちいい。
 目を細めるマミゾウの隣から、霊夢のほっこりとした呟きが聞こえてきた。

「ああ、すっかり春なのねえ」
「うむ。外の世界じゃ、瓶詰めで年中売っとるが、こりゃあ、やっぱり春に作って食べるもんじゃなぁ」
「年中?夏に蕗味噌食べるの?変なの」
「じゃよな。変じゃろ」

 お互いに同意し、ぺろりと味噌を舐める霊夢とマミゾウ。一瞬会話が止まる。
 再び話し始めたのは、霊夢の方からだった。

「春の夜更けにこんなところで、尻尾生やして狸と一緒に味噌舐めて酒飲んで‥‥ああ、なにやってんだろう、私」
「嫌か?」
「思いもしなかったなぁ、ってだけよ」

 言うと、霊夢はマミゾウに寄りかかってぐいと体を押し付けてきた。杯を持つマミゾウの左の二の腕に、霊夢のほそこい肩が当たる。
 ちょっと力を入れれば折れてしまいそうな、肩。

「今年の冬は大変だったわ。いろいろ」
「‥‥」

 溜息を吐きながら、体重を預けてくる霊夢。あまりにも頼りないその肩の感触に、マミゾウの胸が疼く。

―――― こんな娘が、妖怪退治を――――

 外の世界じゃ、この年頃の女の子はそんな命を危険にさらすような真似は、まずしない。“残酷”という単語が一瞬マミゾウの頭に浮かぶ。
 マミゾウの心にこのまま彼女を狸として連れ去りたいという衝動が一瞬湧いた。博麗の巫女なんぞやめさせて。
 それはないよなぁ、と、その衝動をごまかすかのように、マミゾウは口を開き、話を続ける。

「ま、まあ、狸になるのもいい経験じゃろ。佐渡じゃ、人間が狸に化けたりもしたんじゃぞ」
「は?」

 普通と逆な、その話に、霊夢も興味をそそられたようだ。マミゾウは長話の準備と言わんばかりに唇を酒で湿らせた。ニヤリと笑って。悪い顔だった。

「佐渡のとある里に竹の鼻という場所があるんじゃが、そこは貉が多くての。ある晩、五郎兵衛、っつー男がその竹の鼻を通った時の事よ。竹の鼻は貉がよく人を化かす場所じゃ。五郎兵衛は大層びくびくしながら歩いておった」

 たき火の周りで転げまわる狸達。ここは幻想郷の竹の鼻か。マミゾウは目の前の光景に故郷をだぶらせながら話を続ける。

「そしたらな、道の向こうから、蓑傘姿の男が歩いてくる。五郎兵衛は警戒したわ。眉に唾つけながら歩いて行くのよ。ばかされないよう、ばかされないよう‥‥ついにすれ違おうとした時、だーんだん近づいてくる蓑傘姿が手を上げて挨拶してきたのよ。そいつはな、五郎兵衛の知り合いの六兵衛じゃった。提灯ぶら下げて。五郎兵衛ははっと思ったわけよ。あれは、六兵衛に化けた狸だ、ってな」
「なんで?」
「ろくにこちらも確かめる様子も見せんで、『五郎兵衛』って名指しで挨拶してくるんじゃぞ?暗い夜道で、貉の巣窟で。疑いもせずに。そりゃあ、こっちを化かしに来た狸と思うわな」

 霊夢が見上げたマミゾウの顔は、酒が入ったよっぱらい姐ちゃんにしか見えず。でもその目だけは違う。
 居酒屋のお姉さんでも、金貸しでもない。大明神でもない。ろくでなしの化け狸の、楽しそうな目だった。

「‥‥」
「次の瞬間、五郎兵衛は六兵衛の恰好をした貉に襲い掛かった!六兵衛は油断していたのでな、あっという間に縛り上げられてしもうた」
「なんだ、あっさりばれてんじゃない」
「いやいや。実はな。この六兵衛、本物じゃった」
「え」
「六兵衛は自分は貉じゃない、本物の六兵衛だって必死に訴えるんじゃが、五郎兵衛は全く聞く耳を持たん。縛り上げた六兵衛を背負って、俺を化かそうとしたのが運の尽きだ。捌いて狸汁にしてやるって、意気揚々と歩いて行くわけよ。
 さて、困ったのは六兵衛じゃ。このままでは自分は狸として五郎兵衛に殺されてしまう。竹の鼻で捕まったと五郎兵衛が周りに言えば、周りもみんな自分を狸と思うだろう。そしたら、まず自分は助からない。もしくは、捌かれないまでも、六兵衛に化けた悪い狸としてお仕置きされてしまう」
「‥‥この恰好してると他人事と思えないわね」

 霊夢はそう言いながら、自分の頭に付いた耳を撫でた。
 ここに魔理沙や早苗あたりが突然現れたら、“霊夢に化けた狸”とか言って退治しに来るかもしれない。面白そうに。
 その光景を想像し、マミゾウがまた悪い顔をする。

「うむ。そこで先人はどうしたかじゃよ。六兵衛、やけになった。もうこうなったらいっそのこと、“自分が狸に化けりゃあいい”、とな」
「それって、ひらきなおり?」
「そうそう。狸の振りをしたんじゃよ。六兵衛はようやく観念した、と言った感じで、五郎兵衛に向かって必死に謝った。騙そうとして申し訳なかった。自分は、竹の鼻に住んでいる狸じゃってな。
 五郎兵衛はようやく尻尾を出した狸に、さてどうしてくれようかと得意げな顔をするわけじゃ。それみろ、やっぱりお前は狸だったじゃないか。よくも俺をだまそうとしたな。どうしてくれよう。皮をはごうか、肉は鍋か。脅される六兵衛は必死になって狸の振りして謝る訳じゃが、一向に五郎兵衛は聞き入れん。そうこうしているうちに、中興って街が見えてきた。六兵衛は五郎兵衛に、じゃあ、あの町で酒をおごろう。何でも食わせてやるから勘弁してくれ、って言うたんじゃ。それならば、とようやく五郎兵衛は六兵衛の縄をほどいて、首根っこ捕まえて居酒屋に入ったのよ」
「五郎兵衛、騙されてる騙されてる」

 霊夢は相変わらずのぶっきらぼうな台詞回しだが、声色は心なしか楽しげになってきた。杯を握って、マミゾウの話の続きを待っている。
 酒でじわりと唇を湿らすと、マミゾウは続きを話す。
 
「その後は、もう飲めや食えやの大宴会よ。どうせ支払いは狸じゃ。五郎兵衛、いい気分でどんどん酒飲んで酔っ払うわけじゃ」
「うわ、六兵衛って不憫。妖怪と間違わられた挙句驕る羽目になって」
「いんや、六兵衛は狸に化けたんじゃぞ。そんな素直に金を出すようなまねはせんわい」
「?」
「六兵衛は酔ったふりして、実は酒をあんまり飲まんかった。五郎兵衛はどんどん飲んで、酔っぱらう。そうしてぐでんぐでんになった五郎兵衛にな、六兵衛“狸”は葉っぱを数枚渡したんじゃ。これは狸の金じゃ。使う時には小判に化ける。これでこの店の支払いをせいとな」
「あはは。六兵衛、素敵」
「むふふ。じゃろ? そうして店からトンずらこくわけよ。かくして、葉っぱは小判に化けることもなく、次の日の朝、街には裸に向かれた五郎兵衛が、“狸に化かされた‥‥”つって転がってたわけじゃ。六兵衛は最初こそひどい目にはおうたが、結局は狸に化けて、タダ飯喰ったってわけじゃな」
「あははは」

 霊夢が笑って肩をゆする。マミゾウも、揺れる霊夢の肩を抑えるように、少し体重を霊夢の方に預けた。

「お楽しみいただけたかな」
「まあ、ね。なんか、手慣れてる感じよね、話し方」
「佐渡に居た頃は、よくこんな感じで昔話してたからの。わっぱ(童)共集めてな」
「狸の?」
「狸も、人間も」
「そうやって子供を攫うのね。悪い狸」
「おわ、どうしたらそういう考えになるんじゃ」

 ええー、とおどけながらマミゾウは霊夢の顔を見る。
 猪口を持ったままの霊夢は、最初の刺々しい表情とは変わって、柔らかくじとりと笑いながらマミゾウを見上げていた。

「貸本屋でも、そんなことするの?したの?小鈴まで狸にしたら承知しないからね」
「せんよ。しとらんよ。安心せい」
「信用ならないわねえ、私を狸にしたし。私の事も攫う気かしら?」
「まさか」

 ちょっぴりそんな気分になりました、とは言えず。
 再度、もわりと湧いた変な気分をごまかすように、マミゾウは酒を舐めて月を見上げた。
 冷たい夜風がさらりと吹くが、羽織の中は別世界。触れあった肩同士が酒が入って熱いが、離れようという気分にはならず。霊夢も同じか、離れていく気配はうかがえず。
 焚火のそばで、二人と同じように寄り添う狸達が心持こちらをチロチロ見ている気がする。その視線は、こちらを囃し立てている様に見えて。

――――おうこら、見世物じゃないぞい、手前ら。

 胸の内で若造どもに怒鳴る。霊夢の肩が押し付けられている、動かしにくい左手で、杯を持ったままポリポリと頬を掻く。その杯に酒を注ごうと、徳利に手を伸ばす。だいぶ徳利も軽くなった。お互い注ぎ合えば最後の一口だろうか。まず霊夢に注ごうとした時、左肩に当たる重みがじわりと増した。
 
「ん?」
「‥‥なんだか眠くなったわ」
「妖怪の隣で眠るのか?博麗の巫女が」
「今は狸なんでしょ。‥‥あふ。朝までよろしくね」
「は!?お、おいこら」
「‥‥すう」
「うわ‥‥こんの酔っ払いめが」

 二言三言喋ると、あっという間に霊夢は寝てしまった。彼女の全体重を預けられて完全に動かせなくなった左腕。これじゃ酒も注げない。

「仕方ない奴め」

 マミゾウはため息をつくと、右手で霊夢を支えながら、ゆっくりと左腕をずらす。そのまま、霊夢の頭を膝の上に。羽織は完全に脱いで、霊夢を包むように掛ける。自分は、懐紙を毛布に変えて、それを。
 
「‥‥主の周りが賑やかなんじゃないわ。主が居るから賑やかなんじゃよ」

 すう、と眠る霊夢に小さな声で話しかける。この天然め。と。
 攫いたくなる、攫えない素敵なシャーマン。全く無自覚に妖怪もヒトも寄せ付ける。ぶっきらぼうでおっかない性格しとるくせに。

「‥‥」

 ぼん。

 なぜか、腹が立ったマミゾウは、霊夢の頬をつつくと、術を掛けた。現れたのは細い狸のヒゲに、目の下に黒い隈取。寝ている霊夢は気が付かない。

「儂のひざまくら、つこうとるんじゃ。せめて今くらい攫わせろ」

 ちょっと間抜けな狸巫女の寝顔を見て、満足げにニヤリと笑うと、マミゾウは残った酒を徳利に口を当てて一気に飲み干した。
 桜ももうすぐ咲く頃か。桜が咲いたら、神社で宴会か。にぎやかな妖怪どもが集まって、その中で迷惑そうな顔をしながら、こいつは酒を飲んで。
 その前に、またこうやってサシで、今度は夜桜見ながら酒が飲めたら楽しいかもな。
 ‥‥うむ。頬が熱い。なぜか。

「――――春じゃのう。まったく」

 マミゾウは、色々諸々春のせいにして、月に向かって唸る。
 やっぱり返事はしなかったが、満月は笑っていた。そう見えた。








 たまにゃ、ほのぼのとしたものを。お酒臭いですが。

 春です。でも今朝はまだ雪の予報出てました。桜が満開とかどこの外国ですか?
 せめてと昨日ふきのとう買って来たので、今晩はふきみそ作ります。

 共食いです。蕗でした。
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コメント



0.1070簡易評価
6.無評価名無しの権米削除
のんびりとした描写が
とても心地よかったです。
ドラゴンライダーのような
過激な感じも良いですが
これもまた一興ですな。
ゆっくりのんびり時間に
縛られず自分の書きたい物を
書きたいだけ書いていって
ください。応援してます。
8.100名前が無い程度の能力削除
春の匂いを感じました
14.100名前が無い程度の能力削除
こういうの、すごい好てです。面白かった!
16.90名前が無い程度の能力削除
狸霊夢、かわいいです。
20.100名前が無い程度の能力削除
懐が広いというか、包容力があるというか、そんな二ツ岩親分が素敵でした。
23.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気がとても素敵でした
25.903削除
いいなぁ。
当初見たときは「誰得だよ!?」と思ってしまったマミゾウさんですが、
こうして良質のSSに多く巡りあうとその考えも変わって来ました。
27.無評価眠る程度の能力削除
狸霊夢サイコォぉぉぉぉぉ
28.無評価眠る程度の能力削除
狸霊夢サイコォぉぉぉぉぉ
29.無評価眠る程度の能力削除
狸霊夢サイコォぉぉぉぉぉ