Coolier - 新生・東方創想話

ゆかりの記憶

2010/09/08 13:53:52
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 馬鹿は風邪をひかないというが、馬鹿こそ風邪をひくべきだと思う。
だって、チルノや魔理沙が風邪をひいたなら、大妖精やアリスが放って置かないもの。
私のような、知性派にはそれが難しい。



・・・・・・と考えて、傲慢な思考だと、頭の中でかぶりを振る。
けれど、本当の頭は動かせない。
なぜなら、それをすることすら億劫だからだ。


神社の業務に支障はない。
どうせしても境内の掃除。
祈祷なんてろくにしないし、歓待すべき参拝客もありはしない。
抱えている異変も、妖怪退治の依頼もなし。



けれど、日常生活までサボるわけには行かない。
風邪をひこうが腹は減るし、のども渇く。
汗をすった襦袢も取り替えたい。


しかし、その全てが面倒で、体調をさらに悪化させているに違いない。
あぁ、ちょっとしんどいな・・・



 いつもだったら誰かしら入り浸っているというのに、今日に限って誰も来ない。
早苗は甲斐甲斐しい性格だし、レミリアなら従者の咲夜がいる。
萃香は・・・・・・役に立たないかも。


ともかく、普段なけなしのお茶や茶菓子を提供しているのだから、こんな日くらい面倒見に来いと思う。
・・・・・・・・・いや、来れば見てくれるんだろうけど。



 ごろり、と寝返りをうつ。
長時間入ったままとはいえ、自らが強い熱源であるため、少なくとも温度差を布団に感じて心地がいい。


けれど、それもすぐに、蒸し暑いような不快感に変わる。
ふあ・・・・・・



 ・・・・・・こんな日は、ふと考えてしまう。
どうして私には、母親がいないのだろう。


幻想郷の結界を司り、魑魅魍魎たちと渡り合っても、やはり私は少女だ。
本来なら、まだまだ親の庇護の下にあっておかしくない。
けれど、私には親と呼べる存在はいないのだ。


神社を探しても、両親を思わせるような物は一切見当たらない。
もっと幼い頃、切実な思いで何度もそれをやったから、間違いない。


だから、例えば何かしらの理由で早死にしたとか、もしくはまったくの孤児で、
幼い頃の記憶は無意識のうちに封印してしまっているとか、何かしらあるだろう理由さえ分からない。




 理由、か・・・・・・。
理由。
考え付かないこともないのだ。


博麗の巫女という役割。
その役割をこなすために必要なこと。
それらを考えれば、もしかして私は・・・・・・



「あらあら、ずいぶんな弱りようね。困っているのなら、助けてあげてもいいわよ」



視界の反対側から侵入してくる声。
いつも通りの反応として、うんざりの気持ちが湧き上がる。


けれどその後に、どこか安堵するような気持ちが生まれていたことは、口が裂けても言えない。
だって、しつこくからかわれるもの。
この、人をからかうことだけを生きがいにしているような、年増の暇人には。



「なによ、紫。今日はあんたの相手する余裕はないわよ」
「もう、人がせっかく胸騒ぎを覚えて駆けつけてあげたというのに、可愛くないわね。老けるわよ」
「おあにくさま、私はどっかのおばさんと違って、まだまだ若いわ」
「うふふ・・・・・・口だけは達者なようね」



声のするほうに、体ごと向き直る。
そこには、愛用の扇子を口元に広げ、私のことを見下ろす紫の姿があった。
背後にはあの薄気味悪い、髪飾りで端を区切られた、底の知れないスキマ。
ただ、普段と変わらないその光景の中で、扇子の上から覗く2つの目だけは、どこか違って見えた。



「ふう・・・・・・まったく。ぶざまね。楽園を預かる巫女ともあろうものが」
「・・・・・・・・・」
「何か言いなさいよ、張り合いがないじゃない」



 そう言って紫は、扇子をパタリと閉じ、いかにも面白いという風に笑みを浮かべた。
ぼおとした頭で、改めて見上げると、堂々とした風格がある。


白と紫色を基調とした、丈の長い道服。
豊かな黄金の髪。
幻想郷を影で統べている、齢1000を遥かに超える大妖怪・・・・・・。


けれど、いつもならば、胡散臭い雰囲気と全てを茶化したような表情の中、確かな鋭さを見せる目線が。
隠された実力を示す目元が・・・・・・


なぜか、優しかった。
だから私は、彼女の目を見たとたん、何もいえなくなったのだ。



「さて」



紫は両手を腰に当てると、やれやれというように息を吐きながら、首を横に振った。



「ま、今日はからかいに来たわけじゃないし、挨拶はこれくらいにしときましょうかしら。霊夢。とりあえず着替えなさい」
「え、なんで?」
「なんでも何も、汗をかいてるのに、ろくに服を取り替えてないでしょう? そんなんじゃ、寝汗で体を冷やすわよ」



 そういって紫は、箪笥を開けると、折り畳まれた衣服を確認する。
そして、適当なものがないことを知ると、呆れたような表情を見せる。



「ああもう、仕方ないわねえ」



すると、紫の手元にすっと亀裂が走り、そこにスキマが生じる。
彼女はそこに片手をつっこみ、何かを探すような動作を見せた。
と、目当てのものを見つけたらしい紫が手を引き抜くと、やはりそこには、綺麗に畳まれた襦袢があった。



「ほら、着替えるわよ」



紫はこちらに歩み寄ると、無情にも布団を引き剥がし、問答無用で私の衣服を脱がしにかかる。



「て、ちょ、ちょっと、紫・・・!」
「つべこべ言わない。はい、手をあげる」



 紫の有無を言わせない動作と、手際のよさに圧倒されて、私はあっという間に上着を脱がされてしまう。
火照った体に外気が心地いい。
けれど、それ以上に気恥ずかしい気持ちが勝っていた。



「下着も汗を吸っているわね。取り替えましょ」
「いや、ちょっと、馬鹿! 自分で、自分で着替えるから!!」



襦袢を脱がした勢いそのままに、サラシに手をかけられたところで、私は待ったをかける。
ここまでされてしまっては、なんというかもう、赤子と同じじゃない。
何を考えてるかしら、もう!



「あら、じゃあ、ちゃんと着替えるのよ。あと霊夢。台所借りるわよ」
「勝手にすれば」
「ええ、そうするわ。下着はそこよ」



 彼女が指さす先を見ると、確かに置いてある。
先ほど襦袢と一緒に、スキマから取り出していたらしい。
準備がいいことで・・・・・・



 私がノロノロと立ち上がり、着替える意思があることを示すと、紫はやっと部屋から出て行った。
板張りの廊下を、彼女が歩いていく音が聞こえてくる。


私は最後の気力とばかりに、鈍磨した意識を総動員して、着替えを敢行する。
まったく、何のいたずらなのだろうか。
弱みでも握って、いつか利用してやろうという魂胆なのか。
なんにせよ、絶対にありがた迷惑だという態度で臨まなくては。
そうしないと、きっと恩義がましく、後でねちねちと言われるんだから。
・・・・・・・・・・・・・・・






 トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン・・・・・・・・・
着替えを済また後、私はまたうとうととしていたらしい。
どこからか、一定の間隔で音が聞こえてくる。


それが、包丁がまな板を打つ音だと気付くまで、少しの時間がかかった。
包丁・・・・・・・・・誰が?
考えるまでもなく、それが紫であることは事実であり、問題はそれが、なぜかということだ。


そして、また考えるまでもなく、私に食べさせるためということに気付く。
なんとなく恥ずかしくて私は、布団にもぐりこんで顔を隠してしまう。
きっと熱で高潮した以上に、今の私は赤くなっているだろう。
・・・・・・この音に、どうしようもなく安心を感じてしまうなんて。



 いやいやいや、あの意地汚い妖怪のことだ。勝手に人の食料を拝借して、つまみでも作っているのかもしれない。
もしくは、後で私に食べさせて、とんでもない対価を要求するとか。
いやもういっそ、毒でも入って・・・・・・



はあ、そんなわけない。
紫は、あれで結構、優しいのだ。
何事にも黒幕で、全てを楽しむ対象としてしか見ていないように見えて、面倒見がいい。
下手をすれば、困っている人を放っておけないを、歪んだ形ながら地でいっていると言ってもいい。
・・・・・・・・・ああもう、何を考えているのかしら。




 そうこう考えているうちに、台所の音はやんでいた。
私はいちおう不安と、・・・・・・少しの期待を感じながら、布団の中で紫を待つ。
廊下をゆっくりと歩く音がして、誰かがこちらに来た。


なんとなく居心地の悪さを感じるが、だいたい自分の家でそれを感じるのも変な話だし、逃げようにも体力がない。
仕方なく私は、お盆を持った紫が、器用に指先で襖を開け、傍らに来るのも見上げていた。
お盆の上に載った丼から、湯気があがっている。



「さ、雑炊作ってあげたから、頑張って食べなさい」



 お盆を持つ紫の表情は、とても柔らかく、普段の彼女とは似ても似つかない。
足を折り、腰を屈め、私の傍らに腰掛けると、彼女はそのやさしい表情をてらうことなく私に注いだ。
私はどうしても耐えられず、顔を背けて膨れた表情を見せる。



「えー・・・・・・こう熱いのに、なんで熱いもんを・・・」
「仕方ないじゃない。その代わり、栄養をつければ早く良くなるわ」
「うう・・・・・・」



 ああもう、なんでこんなことになってるんだろう、って・・・
紫は丼の中身を匙ですくうと、自らの口元に持って行き、息を吹きかける。
こぼさないように慎重に、それでいて適温になるように。


そして紫は、あろうことかその匙を私の方へと



「紫」
「なにかしら?」
「それはちょっと」



 いくらなんでも恥ずかしすぎる。
さっきまでは自分がまだまだ少女だなんて考えていたが、ここまでの退行を願ってたわけじゃない。
相手が紫ということも加わって、ものすごく嫌だ。


私は口をつぐみ、首を何度も横に振って、残った全力で拒否を示す。
けれど、おいしい料理に顔をほころばすかのような表情で、紫はその手を引っ込めることはない。



「少しでも楽にするのが、養生のコツよ。はい、あーん」
「嫌」
「つべこべ言わないで。はい、あーん」



 語気が強くなる。
変わらない紫の表情に、少しひきつくものを感じて、これは言うことを聞いたほうが良いと判断する。


ああもう、こう体調が悪いと仕方ないか。
なんかもう、あれこれ考えるのも面倒くさいし。
ああ、あ~ん・・・・・・」
「はい、よくできました」



 紫は、匙を私の口の中にするりと滑り込ませると、私がそれを咥えるのを待つ。
もう私は抵抗もせず、それを受け取ると、そのまま咀嚼した。
紫はそれを満足げな表情で見て、次の匙を冷やすのに取り掛かっている。


雑炊はどうやらいろいろと野菜が入っているらしく、意外と歯ごたえがあった。
それに何よりも、おいしい。
いつもぐうたらで、家事なんて式に任せきりの紫だろうに、以外だった。



 その後も紫の餌付けは続き、結局のところ全部食べさせてもらってしまった。


寝てなさい、と、紫が言う。
ご飯を食べたせいか、猛烈な睡魔に襲われる。
けれど、このまま紫にいいようにされるのは酷く遺憾であり、私は最後の毒舌を吐こうと考える。



「紫・・・・・・元気になったら、覚えてなさいよ」
「あら、お礼でもしてくれるのかしら」
「こんな恥ずかしい目にあわせて」
「ふふ、そうね。こんなことは久しぶり」
「弾幕勝負で、負かしてやるんだから・・・・・・」
「ええ、そうね」
「だから、・・・・・・・・・」
「おやすみなさい、霊夢」



 何か引っかかるものを覚えながら、遠のく意識をつなぎとめる努力を私は放棄し、もう一度熱によるおぼろげな眠りの中へと落ちていった。

















 目を覚ましたとき、まず知覚したのは額のひんやりとした感触だった。
視線を逸らせば、物憂げな表情で控える紫の姿があった。
その横には、大きく桶の姿。
ああそうか、濡れた手ぬぐいがおでこの上に乗っかっているのか。



「あら、目を覚ましたようね」
「うん・・・・・・」
「気分はどうかしら」
「きつい・・・・・・」



 寝る前と比べて、少し体は動くような気がする。
けれど、その分言いようのない倦怠感、それとしんどさはより増している。
頭が、熱い・・・・・・



「体力をつけた体が、風邪と戦っているのよ」
「ん・・・・・・」
「もう少しの辛抱だから、頑張りなさい」



 そう言って紫は、心配そうな目をして、こちらをじっと見つめてくる。
熱でぼんやりとしている私は、その色素の薄い瞳をひたすらに見入ってしまう
ああ、紫の目って、こんなに綺麗だったっけ。



「紫」
「なにかしら」
「手」



 なぜそうしたのか、分からない。
けれど私は、布団の中から手を取り出し、紫のほうへと伸ばしたのだった。
驚いた顔で、私の手に視線を落とす紫。
でも、すぐに優しい表情に戻って。



「あらあら、甘えんぼさんね。ふふふ」
「・・・・・・・・・」
「はいはい、そんな恨みがましい顔しなくても、ちゃんと握ってあげるわよ」



 紫の両手が、私の左手を包む。
妖怪ゆえなのか、彼女の体質なのか、ひんやりとしていて滑らかな感触がした。
それなのに、それなのに・・・・・・どうしてか私は、その手を、温かいと感じた。


風邪で感じる蒸し暑さとは違う。
ずっと握られていたい。
そんな、心地よさを感じる、温度。


「ねえ、紫」
「まだなにかあるのかしら」


 歌をささやくような調子で、紫が尋ねる。
そんな脈絡で、私がその質問をしたことは、少し唐突だったかもしれない。
けれど、自分が風邪で寝込んでいるのに独りで、でも紫は来てくれて、正直嬉しくて、・・・・・・それでも、だからこそ不安を呼び起こされたのかもしれない。


「紫は・・・・・・紫は、さ、今日はこんなに優しいけれど、いつかは私のこと、消してしまうの?」
「どうして?」
「だって私は、幻想郷を守るために存在する、博麗の巫女だもの。力を失ってしまえば、存在意義はないわ」


 ずっと、考えていたことだった。
自分に両親がいない理由。
いや、存在の痕跡すらない理由。
そして、博麗の巫女の役割。
紫の役割。



 幻と実体の境界、そして博麗大結界の維持のためには、強い霊力が必要だ。
しかし、霊力は年齢とともに衰え、いずれ私は力不足になる。
それに、自分で言うのもなんだが、博麗の巫女が、誰にでも務まるものとも思えない。
血縁だけが理由じゃないはずだ。


とすれば、もしかして私は、紫によってどこからか連れてこられた、孤児なのではないか。
そう、博麗の巫女は全て一代限り。
悪く言えば使い捨て。
きっと私も、いずれ紫の手によって、誰かと挿げ替えられる。
そういう運命にあるのではないか。



 私はそんなことを、要領悪く、何度も同じことを繰り返しながら、紫にこぼしていた。
話しているうちに、どうしようもなく、涙が溢れてしまう。
紫は、ただ黙って聞いていた。


「ずっと、怖かった。本当は、怖かった、の。今、だって」
「・・・・・・・・・」
「ねえ、ゆか、り。ほんとのこと、教えて・・・・・・」


 紫は、ひどく悲しそうな顔をしながら、目を瞑ったまま、首を2度横に振る。
そして目を細く開いて、私の手を少し強く握り直して、ゆっくりと口を開いた。



「霊夢。あなたの心配は、全て杞憂よ」
「え?・・・・・・」
「大丈夫。私はそんな過酷な運命を、博麗の巫女に課してはいない」
「・・・・・・・・・」
「もし霊夢にそんな運命が訪れるというなら・・・・・・私がこの力をもって、その運命を消し去るわ」


 そういって、少し考える様子を見せる紫。
目を閉じて、うつむいた彼女の顔に、影がさす。
溜息を1つ。
そして、私のことを覗き込みながら紫は、口を開いた。


「このことは、あなたが成人してから言おうと思っていたのだけれどね」
「ん・・・・・・?」
「あなたの出生の話。そして、博麗の巫女の存在。別に隠すほどのことではないけれど、やっぱり私から見たあなたは、まだ幼いから」
「む・・・・・・」


 少し膨れてみせる。
けれど、胸のうちは、大丈夫といってくれたことへの安堵感と、真実が明かされることへの期待感で満ちていた。
私は催促するように、紫の瞳を強く見上げる。


「あなたに両親がいないのは、単純に、早世したからよ。父は病気。母は・・・・・・事故が原因で」
「・・・・・・・・・」
「それはもう、幼い頃だったから、記憶も痕跡も残っちゃいないわ。・・・・・・それに、そうと思われるようなものは、私が全て処分しちゃったもの」
「どうして?」
「・・・・・・あなたに、強く育ってもらいたかったから」


 そう言って紫は、一度言葉を切り、反芻するように目を閉じた。
そして、言葉を選ぶように語り始める。


「確かに、博霊の巫女は重要な立場よ。だから、本来ならば、先代のもとでしっかり修行を積んで、心身霊技に精通しなければならない。けれど、あなたの両親は死んでしまった。・・・・・・ならば、いっそのこと独り立ちを強制して、自力で成長していったほうがいいんじゃないのかと、あの時の私は、そう判断したの」
「・・・・・・・・・」
「だけど、そのことが、あなたを苦しめる結果となってしまっていたのね・・・。霊夢・・・、
 ごめんなさい」


 紫の語尾は震えていた。
驚いた私は、意識を集中させて、もういちど紫の顔を見上げる。
そこには、端正なまぶたの端から、2粒ほどの雫を除かせ、静かに嗚咽する紫の姿があった。


「ねぇ、・・・・・・ゆかり」
「なに、霊夢」
「いくら私でも、本当に、幼い頃から、ほったかされてたわけじゃ、ないのよね・・・?」
「えぇ、人間は幼い頃、あまりに無力ですもの」
「じゃあ、私が本当に幼い頃、面倒を見てくれていたのは、ゆかりなの??」
「・・・・・・ええ」


 紫は、ほんの少しだけ頷きながらそういった。
私は、言いようのないほどの安心感に包まれてしまう。


既にもう、頭は朦朧として、何を言い出すのかもよく分からなかった。
けれど私が、そのぼんやりとした頭で、幸福を感じていたことは事実だ。


「じゃあさ、ゆかりが、私の、お母さん・・・・・・」
「え?」
「甘やかしてくれるゆかりに、私は、甘えていいの。お母さんだから」
「・・・・・・・・・」
「だったら私は、親はいないけど、1人じゃ、ない・・・・・・」
「もう寝なさい、霊夢」
「は~い・・・・・・」


 落ちていく意識。
その隅で、紫の声を聞いたような気もする。

「ありがとう、霊夢・・・・・・」






 私は、眠る霊夢の顔を見下ろしている。
もうだいぶ時間が過ぎている。
それでも、飽きずに看病を続けるのは、やっぱり親心なのかしらね。


 ねえ霊夢。
あなたに「お母さん」と言われて、本当に嬉しかったの。
けれど、それと同時に、それとなく気付いていた後悔を、もう一度認識させられたわ。


本来、距離を置いていたはずの、博麗の巫女と境界の妖怪。
それが、こんなにも身近な存在となってしまった。
霊夢、歴代の巫女にあって、あなたほど愛着のある存在は、他にはいないわ。
だから・・・・・・


「う、・・・ううん・・・・・・」
「霊夢」
「紫・・・・・・」


 目を覚ました霊夢が、私を見上げる。
その目は理性に制御されていて、彼女がだいぶ回復したことが見て取れる。
顔立ちも血色が戻ってきており、私は安堵を覚える。


彼女は身を起こし、ぼさぼさになってしまった黒髪ごと、だらしなく頭をかくと、私の方へと向き直って言った。


「はあ、だいぶ良くなったわ」
「それはよかったわ」
「世話になったみたいね、紫」
「いいえ、困ったときはお互い様ですもの」


 私は注意して、いつもどおりの笑顔を彼女に向ける。
なんとなく、あの会話が反映されてしまうことが、嫌だったからだ。


「ところで、紫」
「なにかしら」
「…・・・なんか私、変なこと言った~・・・・・・みたいな??」


 霊夢は顔を赤くし、彼女らしくない歯切れの悪い様子で問いかけてくる。
そして、まるで襖から伺うような、上目遣いでこちらを見てくる。
はあ、まったく。


「ええ~そうね。それはもう、文屋の鴉に知れたらどう書いてくれるか、楽しみなくらいよ」
「ちょっ!」


 霊夢は顔をさらに赤くして、慌てた様子で布団を掴んだり首を振ったりと忙しい。
ああ、もう、こんな感じになるのが嫌だったのに。


「霊夢、そこに直りなさい」
「もう直ってるわよ」
「気持ちの上で、よ」


 霊夢に身の上を説明してしまった以上、博麗の巫女についても語らねばなるまい。
ううん、いいえ、別段必要はないけれど、そろそろ自覚ってものを持ってもらわないといけない頃だし。


「博麗の巫女について、説明するわ」
「あ、うん」


 さすがの霊夢も大人しく、佇まいを直して、真剣な表情を見せる。
そう、しっかり聞きなさい。


「幻想郷を外の世界から区切っている、2つの結界。それは、この博麗神社で祀っている神様が生み出しているってことは知ってる??」
「え、・・・・・・ええ、そうなの!」
「霊夢、あなた、この神社のこと、何も知らないようね・・・」
「いや~・・・・・・」


 まあ、仕方ないわね。
放っておいたのは私、だし。


「幻想郷はそもそも、忘れられ、消えていく者達を哀れんだ神様が、その者達を守るために作り出した領域。それが、どうにも外の世界と齟齬を来たすようになってしまったから、結界で囲ったのよ」
「はあはあ」
「だから、結界を生み出しているのは、神様。そしてその結界の式を立てているのは私。管理しているのも私」
「ほおほお」
「じゃあ、霊夢、あなたの仕事はなにかしら??」
「ん、え~っと」


困ったような半笑いをしながら、あちこち見回したりして、何かをごまかそうとしている霊夢。
自分の役割も分からないなんて、とんだ巫女ね。


「それはね、霊夢。あなたは、その神様のご神体なのよ」
「・・・えっ?! 私が、神様!」
「現人神とは全く違うわ。あくまで神様が宿っているだけで、あなた自身には神性はない」
「な~んだ、そうか~」


 こんなぐうたらで酒乱な神様があってたまるもんですか。
まあ、山の上の神様達も、なかなか素敵なお人柄なようだけれど。


「つまり、あなたが安全であることが、幻想郷の安全に繋がるのよ。そしてそれと同時に、幻想郷の守護神の代行者として、異変を解決し、秩序をもたらすことが義務付けられている」
「は~・・・・・・それはまた、大層な立場ね」


 露骨にめんどくさそうな顔をする霊夢。
ああ、そうね、やはり放任主義は間違っていたようね。


「あなたが急逝したとしても、しばらくの間は結界を維持できるし、代わりを立てることも出来るわ。けれど、それはあくまで非常事態であって、こんな風に、体調を壊すようなことがないように気をつけないさい」
「おお、ここからそれに行くか」
「それと霊夢」


 それを言ったのは、ほんの遊び心。


「私もこんな風に、博麗の巫女の安否を心配するのは疲れたわ。妖怪になりなさい」
「・・・・・・・・・ん、あぁ~?!」
「だっていいじゃない。ちょっとやそっとじゃ死なないし、長生きだから、代替わりでああだこうだする必要もない。力も強くなって異変解決もイチコロよ」
「いや、ちょっと、紫・・・??」
「私は本気よ、霊夢。なんなら今から境界をいじって」
「あ~、やめろやめろ」


 そういって手を振り上げた私に、飛びついてくる霊夢。
私はそんな彼女の姿を見て、思わず笑みをこぼしてしまう。



だから、この涙は泣き笑いだって、冗談に反応する霊夢をみて、面白おかしくて泣いてるんだって、そう思ってほしい。
そう、思っていたいのよ。
今だけでも
初投稿です。

お初にお目にかかります、Rスキーと申します。
風邪で寝込んでいるときに、ふと思いつきました。

縁があればまたお会いしましょう。
次はさと雛で。



追伸:誤字訂正いたしました。ご指摘本当にありがとうございます。
Rスキー
[email protected]
http://blog.livedoor.jp/ryoskii-review/archives/4718963.html
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コメント



0.1270簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
直球の球ぐらい簡単に打ち返して見せるぜ
と思っていたら、思いのほか剛速球であっさり心の壁が陥落しちまったぜ。
ゆかれいむはやはりいいものだなと思う。
親子愛をほんのりブレンドするのがコツか。
4.80名前が無い程度の能力削除
これは良い母娘。霊夢かわええ。
次は、さと雛? 今の僕には想像出来ませんね。待ってます。

誤字報告
>もう私は抵抗もせず、それを受け取ると、そのまま租借した。
『咀嚼』
5.100名前が無い程度の能力削除
心温まるゆかれいむですねぇ…
9.100名前が無い程度の能力削除
いいゆかれいむでした。
11.100名前が無い程度の能力削除
ゆかれいむはいいものですね…
やっぱり二人の関係には親子的な背景を想像してしまいます。

誤字報告
いろんなところで「博霊」になってます
16.100名前が無い程度の能力削除
底なしにやさしい紫と
熱のせいかやけに素直な霊夢
妙に新鮮でいいですね。

とりあえず渋茶ください
25.100名前が無い程度の能力削除
ゆかれいむって、親娘な間柄がめっちゃしっくりくると思う。
なんだかんだで、幻想郷で一番暖かい関係だと思うんだ、この二人は

ゆかれいむが俺のロード!

(誤字報告)
>いつもぐうたらで、家事なんて式に任せきりの紫だろうに、以外だった。←『意外』かと
27.100名前が無い程度の能力削除
ゆかれいむウマー
33.100名前が無い程度の能力削除
親子な感じのゆかれいむもいいですね
35.100非現実世界に棲む者削除
ほのぼのとしてて良いですね。ゆかれい最高!
36.100絶望を司る程度の能力削除
これは見事な力作