Coolier - 新生・東方創想話

デジャヴあるいはシンパシー

2020/05/14 23:52:06
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 ざわざわと風が頬を撫でる感触に、こいしは昔可愛がっていたペットのことを思い出した。普段は近寄りもしないのに、こいしが寝ていると傍らにやって来ては、頬を触りに来た。そして、起き上がるとまたどこかへ行ってしまった。
 どうして、そんなことを思い出したのだろう。自らの心に問いかけて、何となくこの風があの子と似ているからだ、と感じた。
 似ている。不思議な感覚。ここは外で、空は青くて、雲が揺蕩い、太陽がある。こいしが寝ているのは、柔らかいベッドではなく、固くてデコボコした地面。草と土の匂いもする。何もかも、自分の部屋とは似ていない。それでも、うつらうつらと微睡んていた自分の頬を撫でたあの感触は、不思議とあの子とそっくりだった。
 こいしは胸の内側が端から侵食されて、ポロポロ零れていくような気がした。

 上体を起こして考え込む。あの子は、どんな子だったろうか。四本足? それとも二本足? 見た目は? 鳴き声は? どんな性格だった?
 色々と記憶を手繰ってみたが、どれもこれも違うような気がする。出来損ないのモンタージュのような何か違う生き物が出てくる。
 しばらく頭を捻って考え込んでも解決しなかったので、こいしは諦めて背後に倒れ込んだ。土の匂いが鼻孔をくすぐって、少しツンとした。その刺激が、頭の片隅の何かと結びついて、こいしは土の下に何かが埋まっているイメージを連想した。
 あの子の名前は何だっただろうか。それすらも胸の奥底に沈んでしまって、掘り起こせなかった。

「もしもし」
 遠くで、誰かが誰かに話しかけている。こんな人気のない所で珍しいな、とこいしは思った。
「もしもし」
 今度は近くで声をかけられて、こいしは跳ね起きた。声の主が、普段は他者に認識されることはない自分に話しかけている事に、驚いたのだ。胸の鼓動が、少し速くなる。
 首を回して、辺りをキョロキョロ。声の主はどこだろう。
「もしもし」
 三度目で、ようやく後ろにいることに気がつく。声の主は、自分を背後から見下ろす形で、つまり先程までは寝ている姿を見下ろしていたのだ。
 振り返る。両膝を抱え、屈んだままこちらを見る女の人。片手で日傘を差している。女の人は、傘の内側で、こいしが振り返ったのを見て、「あら」とでも言いたげに少しだけ驚いたような表情をしている。くるくるふわふわしたような髪の毛が、そのまま形になったようなふわふわした雰囲気の人――こいしはそんな感じの印象を持った。服装から、何となく自分より大人っぽい雰囲気を感じたが、顔立ちは自分とそう変わらないようにも見える。つまり、年齢はよく分からない。
「ごきげんよう」
 女性は、目元と口元だけをほころばせる。
「……ごきげんよう」
 挨拶を返すと、女性はニコリ、と花咲いた。その仕草から、こいしは、いいとこの人だなと感じた。
「突然話しかけてごめんなさい。でも、こんな所で一人で寝ていると危ないから、ね?」
「あ、はい……ありがとうございます」
 ニコニコとした微笑みを崩さず、かすかにこちらを心配する様子の女性。雰囲気から、自分より「お姉さん」な感じもしたが、本当の所はよく分からない。ただ雰囲気からか、こいしも、つい敬語になってしまう。内心、自分は妖怪だから大丈夫ですと言ってよいのか(いやでも、この目立つサードアイがあるから見れば分かるか)とか、この人は人間なのか妖怪なのか、「こんな所」に一人でいるから多分妖怪なのだろうとか、色々思ったが、そこはいきなり聞かない方が無難なことは、こいしも知っていた。
「まぁ、今日はお日様も元気だから、つい眠りたくなってしまうのも分からなくはないけど」
 鈴が鳴るような声で、女性は笑った。とそこで、ふっと表情を引き締めて。
「――でも、いくら気持ちいいからってこんな所でずっと眠ってはダメよ? この辺りにはとーってもこわーい妖怪がいるらしいから」
 子どもを怖がらせるようなわざとらしさを伴う脅し方。こういう常套句は、大体それを言う本人がその正体なもので、多分この人がその「とーってもこわーい妖怪」なのだろう。それにしては、ノリが良いというか、逆に天然な性格にも見える。
 ともあれ、この辺りが他の妖怪の縄張りだと言うのなら、長居しすぎるのは良くないかもしれない。こいしは余りそういうのは気にしないが、何となくそうした方が無難な気がした。
 それに、ここに居ると何故だか思い出してしまう、というのもあった。そこに思いが至るや否や、一層寂寥は増していく。早く離れたほうがいい、自分の内側からそう囁かれた気がした。

「……えーと、はい気をつけます、ね」
 とりあえずお姉さんの「忠告」に御礼を言った。こいしは自らを周りが思うよりは礼儀を知っている子だと捉えているが、同時にいざという時しどろもどろというか、慣れていない感じが出てしまう。
「その方がいいわ。……ああ、それと」
 そこでお姉さんが、すっとこいしの膝を指差す。
「仕方のないことだけど、お花踏まないでね?」
「えっ? ――あっ」
 視線を下に移すと、自分の膝に下敷きになった白、青、薄紫の花弁。動かずとも、茎の根元辺りから折れかけているのが分かる。慌ててバネに弾かれたように立ち上がり、更にまた自分の足元に花がないか確かめようとして、変なステップを踊ってるようになってしまった。
 そんな様がおかしかったのか、女性はくすり、と笑い。
「――。そんな深刻に考えなくても大丈夫。お花は繊細だけど、貴方が思っているよりは丈夫なのよ?」
 女性は、すっと立ち上がると、花の元まで歩み寄る。そのまま、片手で折れた花を撫でるように二、三度触る。その姿を見て、こいしは胸元にナイフを刺されたような感触を覚えた。
「うん、これならまた元気になるわ」
「……そうなの?」
「ええ。少し時間はかかるけれど」
「……治るの?」
 女性は、すぐには答えなかった。こいしも、胸の奥底のズキズキとした痛みのせいで、いつの間にか素が出ていることに気が付かなかった。しばらく、間を置いてポツリ、と。
「それは、この子次第ね」
 花も生き物だから、傷を負えば死ぬかもしれない。そう続けた女性の声が、こいしの脳裏にいつまでも反響し続けた。

「大丈夫?」
 気がつけば、女性が隣に来ていた。隣に立たれると、スラリと背が高いことが分かる。彼女の持つ日傘が、こいしごと陽光を遮る。
「貴方、いい子ね。……でもね、あまり気にし過ぎるものでもないの、ね?」
 顔を近づけ、諭すような声色。だから、だろうか。こいしは喉から零した。
「……責めないの?」
「え?」
「お姉さん、お花好きなのに。酷いことしたわたしのこと責めないの?」
「……」
 こいしは女性の表情を見なかった。ただ、彼女が息を呑むのを聞いた。困惑しているのだろうか、それとも何を言っているのか、と憤っているのだろうか。
「ねぇ、お嬢さん」
 肩に手を置かれる。それが自分のことだと、こいしはすぐには分からなかった。名乗ってもいないからなのは分かるが、それにしても「お嬢さん」呼びは、何だか自分の在り方そのものを抉り出されているようで、ほんの少しだけ癇に障る。
「貴方には大切なものがたくさんある。けど、ある日見知らぬ人が大切なものの一つをケガさせてしまったとしたら、貴方は怒る?」
「……分からない」
「どうして?」
「……理由とか聞かないと、怒っていいのか分からない……し、悪気があったのか、とか聞かないと」
「そうね。ところで、貴方は悪気があったの?」
「……」
「……」
「……気がついたら、ここで眠っていて。風が吹いて、ちょっと色々と思い出しちゃって」
「そして気がついたら、私がいた?」
 こいしは頷いた。女性は、夢遊病のようなものかしら、と呟き、少し考え込んだ後。
「誤解のないように言っておくけれど、私は最初から怒ってないし、お嬢さんに悪気があったとも思ってないわ、いい?」
 こくり。
「だから、次からは少し気をつけてくれればいいの」
 こくり。俯いたまま首を振る人形のような仕草に、女性は何か思う所があったのだろう。
「……強いて言うなら、今は貴方が何か別のことを気にしすぎているように見える方が気がかりなのだけれど」
「……」
「あまり気に病みすぎてもダメよ? ――さ、今日はもうお家に帰りなさい」
 そう言って、女性はこいしの髪をそっと一撫でする。

「帰れる? 嫌じゃない?」
 こくり。
「そう――」
 女性がこいしの肩から手をどけ、道を譲るように離れる。さり気なく、遠くに視線を向けながら、その場で俯いたままのこいしの方を気にしているのが分かった。
 こいしはその場から一歩、足を動かす。そこで屈み込むと自分が潰したお花に向かって。
「ごめんね」
 そうして、ゆらりと立ち上がる。花を避け、ふらふらと幽霊のように歩くその姿に、女性は居た堪れなくなる思いがした。
 だからだろうか。半ば消えかけるように見えたこいしに向かい――本当に、彼女の目から消えかけていた――呟いた。
「……心の安らぎ」
「――え?」
 朧気な姿が焦点を結び、こいしが振り返る。女性は、そのことに内心驚きつつ。
「そのお花の花言葉の一つよ。……貴方にも、訪れるといいわね」
 女性は何が、とは言わなかった。ただ淋しげに言っただけだった。それから、虚を突かれたようなこいしの表情に向けて、独り言のように。
「……気が向けば、またここに来ればいい。ここでなくとも、太陽の畑に私はいる」
「……」
「次会った時、お嬢さんのことを教えて貰える?」
 答えはなかった。いつの間にか、こいしの姿は消え、ただ風が辺り一面に吹いていた。風は、日傘に守られた女性の髪を微かに揺らして、それきりやんだ。
 いつの間にか、女性はさっきまでの自分が何をしていたのか曖昧なことを認識した。気がつけば、ここに居て誰かと話をしたような気がする。そんな気がするが、その誰かの顔立ちも声も思い出せない。自分は疲れているのだろうか? 白昼夢でも見たのだろうか?
 そうして、辺りを見回して改めて誰もいないことを確認する。そこで、自分のすぐ近くに、茎の根元から折れかけた花がそれでも懸命に生きていることに気づく。
 ゆっくりと花の元まで歩み寄る。屈み込んで、花を撫でる。そうして、ついさっきの自分が既に同じことをしたのを思い出す。不思議なこともあるものだ。こうして、花に触れて初めて自分が同じことをしたと認識する。一体、ここで何があったのだろう。
「ねぇ、貴方たちはここで何があったのか知ってる――?」
 風見幽香は、足元の花々に問いかける。
 また、辺り一帯に風が吹き、花々をさっと撫でた。
どうか彼女の心に安らぎがあらんことを。
苦雪
http://twitter.com/bitter_snowfall
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コメント



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1.100終身削除
ふわっとしたなんだか不思議で優しく見守っているような雰囲気が爽やかな風が吹いているところにぴったりのようで温かさを感じて良かったと思います 花だけが折れたままで残っているのに全体の切ない感じが詰まってるように感じてとても好きです
2.100サク_ウマ削除
非常に真摯な祈りの物語だと思います。名残惜しさを強く感じさせる味わいで、つまりたいへんにこいしちゃんらしい作品だと感じました。良かったです。
3.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良く面白かったです
4.100ヘンプ削除
穏やかな雰囲気、こいしとお姉さんのやりとり。とても良かったです。
5.100レッドウッド削除
じわじわあったまるタイプの優しさでした。
6.100夏後冬前削除
この話はタイトルのつけ方が絶妙ですね。文章もすっきりしていて読みやすくてとても好きです。この距離感のある優しさが素敵。
7.100名前が無い程度の能力削除
好きです
8.100Actadust削除
花が持つ優しさ、そして強さを本作から感じました。面白かったです。
9.100こしょ削除
最初から最後まで綺麗なひとつの風景があるみたいでよかったです
10.100南条削除
面白かったです
やさしい話でよかったです
ゆうかりんが落ち着いた大人で素晴らしいと思いました
11.90名前が無い程度の能力削除
出会いと別れ、とても綺麗でした
12.100いさしろ通削除
こいしの罪の意識と傷つき、それを包み込むみたいな日傘のお姉さんのやり取りが、傷口に少しづつ触れながら手当てをしてるみたいでした。
彼女の心に安らぎが訪れるまで、あとどれくらいの出来事を超えていくんだろう、と想像してしまいます。
14.90ウィロー削除
お姉さんのまさにお姉さんという感じの優しい語り口が良かったです。
そんな花言葉もあるんですね。