Coolier - 新生・東方創想話

ナズーリン! バカップルNo.1!

2011/12/05 08:07:40
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ナズ星ですが、バカップル模様の雑編です。
縁日って、もうじきクリスマスだってのに……
スイマセン、脳内補正を改めてお願いする次第です。
あちこち脱線してます。
勝手設定です。
微エロ、微糖、なにが言いたいんだ、オチはどうしたんだ、そのあたりは【仕様】ということで。
いろいろご容赦いただけるようでしたらご覧ください。






「次のもんだいです!」

氷の妖精が大きな声で告げる。

「【える】は【える】でも【か】がつく【える】はなーんだ?」

単純な問題だ、いや、問題にもなっていない。
ナズーリンはこの場のルールにのっとり、のろのろと手を上げる。

「おーっと、ナズーリン、分かったの? では答えをどーぞ」

氷精チルノがネズミ妖怪をびしっと指差す。

「【カエル】だろ?」

「ぶっぶー、ちがいまーす。 ざんねんでしたー」

「はい! はーい!」

日の光の妖精が元気に手を上げる。

「はい、サニー、どーぞ」

「答えは【かんがえる】!」

「せいかーい!!」

なんじゃそりゃ。

「では、次のもんだいでーす!」

チルノの前にはナズーリンをはじめ妖精たちが十人ほど。
その後ろに霧雨魔理沙が寝そべってニヤニヤしながら【なぞなぞ大会】を眺めている。

「赤で白で黒くて、黒で赤で白くて、白で黒で赤いもの、なーんだ?」

ナズーリンは考える。
チルノの知識範囲で赤白と言えば【博麗霊夢】だろうし、特徴的な長い黒髪を含めれば、該当するのは間違いなく彼女だろう。
だが、何故、色合いを何度も繰り返すのか。

(前にこんな意地悪クイズを聞いたことがあるんだが、あまりにくだらなくて記憶にとどめていなかったな。
んー、この傾向、雰囲気、なんだったかな……)

星の光の妖精が答える。

「踊っている霊夢さん!」

「うーん! スター、惜しいね! 正解は、【酔っ払って神社の階段から転がり落ちているれいむ】でしたー!」

そうだ、これはエレファント・ジョーク(意地悪なぞなぞの一種)の類だ。
解答が複数あるので主導権が相手にある限り、いいように振り回される。


(なんでこんなことになったんだろう?)

チルノ主催のなぞなぞ大会にいつの間にか参加しているナズーリンが自問する。

命蓮寺の縁日を前に、氷精チルノの力を使って【アイスキャンディー】の出店をやるべく話を持ってきたのだが『なぞなぞで勝負だよ!』と。
いつの間にかそんな話になってしまった。
たまたま居合わせた霧雨魔理沙は状況を理解しながらも手を貸すつもりはないようだった。

まぁいいかと、自然体で参加してしまったナズーリン。
妖精相手なのだから初っ端で威圧して主導権を握るなり、煽て倒すなり、やり方はあったはずだが、自分の知力に自信のあった小さな賢将は余裕を見せすぎた。
最近、妖精たちの間でブームになっている【意地悪なぞなぞ】の嵐の中、翻弄されっぱなしだった。
見た目が小さなナズーリンは一旦ナメられるとなかなか挽回できない。
特に理屈で反撃できない相手は少々苦手だった。



「ぶぶーっ」

チルノが実に楽しそうに告げる。
ナズーリンはまたしても引っかかった。

「さっきから言っているその『ぶぶーっ』ってなんだい?」

「早苗が教えてくれたんだよ、間違えたらこう言うんだって」

「なんだそれは。バカバカしい」

「あー、バカって言ったら、言った数だけソイツがバカになっていくんだよ!」

どこかで聞いたようなことを得意げに言う。

「ケネがそー言ってたもん」

「ケネって、慧音先生のことか?」

「そーだよ、寺子屋の先生だよ。
ケネの話を聞くと、少し頭が良くなるんだよ。
アンタも聞くといいわね」

「慧音先生のお話か、いや、確かにそうだね、タメになるよな」

魔理沙は草むらに寝そべり、肘立て枕のままニヤニヤしている。
このなぞなぞブームを仕組んだのはどうやら彼女らしい。
チルノに問題を仕込んだのも彼女だろう、ならばいささか面倒だ。

真っ向から目線を逸らさず自信満々でネズミ妖怪と対する氷の妖精。
ナズーリンにとってはなんだか新鮮な視線だった。

「ふーん、ナズーリンはなぞなぞが苦手なんだね?
あたいは最強だからね、弱いものいじめはしないんだよ。
だから頭が弱いナズーリンには簡単な問題を出してあげる」

「そりゃどうも」

(『頭が弱いナズーリン』か、これも新鮮だな。実に新鮮だ)

心で苦笑する。

「咲夜がナイフを投げようとしています。
でもこのナイフは魔法がかかっていて、いちめーとるしか飛びません。
ところが咲夜の投げたナイフは、じゅうめーとる先の的に当たりました。
なぜでしょう?」

ナズーリンはようやくこのなぞなぞの質が飲み込めてきた。

「そのナイフの長さが9メートルあったからだね」

9メートルのナイフをブン投げる咲夜の姿はシュールだが。

「せいかーい! やればできるじゃない! ナズーリン! それでいいんだよ」

「はは、ありがとう」


それまで腹を抱えて笑っていた魔理沙が起き上がってナズーリンに歩み寄る。

「いつぞやの借りを少しだけ返すぜ」

以前、パワーアップを希望した魔理沙にナズーリンは具体的な対策をいくつか提示したことがあった。
その提案は十分納得のいくものだったから素直に取り組んだ魔理沙。
それぞれ苦労はしたが、効果は期待以上だった。
結果、魔理沙は格段に強くなった。
博麗の巫女がよほどコンディションの良い時でないと対戦しないくらいに。
だが、ひねくれ魔女は素直に礼を言えなかった。
それでも根が律儀なこの娘は小生意気なネズミに、いつか【借り】を返すのだ、と機会をうかがっていた。


妖精たちに不思議と相性のよい魔理沙。
チルノに話しかける。

『オマエの力でスゴいことができるらしいぜ』
『氷菓子っていうんだ』
『どうやら果物やジュースを凍らせて作るお菓子らしいぜ』
『モノを凍らせる能力が必要なんだ』
『凍らせ方が難しいらしくてよっぽどスゴい能力じゃないと美味しくできないんだと』
『でも、それを食べた連中は、あまりの旨さにビックリするだろうな』
『そして作ったヤツをとーっても尊敬するに違いない』
『あー、ワタシも尊敬されたいなー、オマエの力が羨ましいぜ』

単純で分かりやすく、かつ決定的なウソは無い。
チルノは魔理沙が一言発するたびに引き込まれていく。

「あたいの力が必要ってことね? いいわ、偉大なあたいの力を貸してあげるわ!」

すっかり乗せられた氷精チルノ、アイスキャンディー作りへの協力を承諾した。

「ナズーリン! なぞなぞ勝負はあたいの勝ちだけど、特別に力を貸してあげるわ!
頭の弱いアンタはもっとべんきょーしてきなさいよ、いつでもちょーせんは受けてあげる」

勝者の慈悲と余裕を持ってナズーリンを見下す。

その場にいた多くの妖精たちは【頭の弱いナズーリン】を囃す。

『あったまのよわーいナズーーリン♪ もーっとべんきょーしなくちゃねー♪』

即興で囃し歌ができてしまった。
このあたりは妖精ならではのノリと能力か。

月の光の妖精だけが『そうかなー? 本当にそうなのかなー?』と首を傾げていた。



「気にするなよ、誰でも調子の悪い時はあるさ」

「今回は礼を言うよ」

「おや? 随分しおらしいな、気持ちが悪いぜ」

ナズーリンと二人きりになった魔理沙、賢将をもう少しからかってやろうと話を振ったのに乗ってこない。

「なあ、ホントどうしたんだよ? オマエらしくないぜ?」

覗き込む魔理沙。
決して口には出さないが、傍若無人な若い魔女は隣を歩くネズミの賢将に一目も二目も置いている。

「妖精相手に真剣になるなよ、な?」

からかおうとした相手を慰めているトラブル魔女。
実は世話焼きで気ぃ遣いなのだ。

「ん? ああ、すまない。少し考え事をしていただけだよ。
気にしないでくれたまえ」

一方のネズミは本当に考え事をしていた。
二つのことについて。

一つは妖精たちのこと。
ナズーリンはこれまで妖精とはあまり接してこなかった。
妖精は自然の具現であり、【個体】として認識することが少なかったからだ。
今日のチルノたちを見ると、幻想郷の妖精は【あちら】より個性が強い。

(それとも【あちら】では個性的な妖精が住み辛くなったから【こちら】にきたのか。 
いずれにせよ、認識を改める必要があるな)

もう一つは【頭が弱い】と言われたこと。
妖精の言うこととだし、妖精からどう思われようと大して気にはならないが、【頭が弱い】とは初めて言われた気がする。
自分の知力が傑出しているわけではないことは分かっている。
寅丸星のため、【賢将】を演じる努力をしてきたに過ぎない。
それなりに結果を出してきた自分の頭は弱くはないと思っている。
だが、実際はどうだったのだろうか。



心配顔で『寺まで送るぜ』と言う魔理沙の申し出を固辞し、一人歩きしながら考え続ける。

(頭の弱いナズーリン、か……)

これまで判断を迫られた数々の状況を思い起こす。
そのときは最善と信じた判断も今にして思えば最善手ではなかったこともある。
いまだに悔やまれるのは何と言ってもあの時。
聖たちと行かせてやった方が良かったのかも知れない。
いや、聖たちを救う方策もあったはずだ。

結果的には万々歳になった。
それは、星をはじめ、聖たちの頑張りと、霊夢、魔理沙たちという偶然の因子、間接的には八坂の神の力。
これらが奇跡的に組み合わさったに過ぎない。

【なにかの縁で】【見えない力に導かれて】
そう考えるのは容易いが、それなら自分は何のために苦労するのか。
その苦労も【賢将】と呼ばれるにはあまりにお粗末な備えだったし、出たとこ勝負の仕事だった。

(いやはや、まいったな。こんなに考えが浅くて頭の弱いものが賢将とは、実に片腹痛い)

若干、自虐的な気分に浸り始めたナズーリン。

寺に到着した。
入り口のだいぶ手前に寅丸星が立っていた。
まるで従者の帰りを待ちわびていたかのように。



「ナズーリン? どうしたんですか?」

珍しく上の空な従者に寅丸星が声をかける。

「まぁ、いろいろあってね。少々自信が揺らいでいる」

「どうしちゃったんですか? 
呆れるほど傲岸不遜で、憎らしいほど自信満々なナズーリンが」

「ご主人が私をどう見ているかよーく分かったよ」

「うふふ、冗談ですよ」

ニコニコしている寅丸星。

このヒトに仕えるよう命じられて長い年月が過ぎていた。
自分は本当にこのヒトの役に立てているのだろうか。
全力を尽くしてきたつもりだが、そもそも力不足だったのではないか。
このヒトの従者として自分はふさわしいのだろうか。

反省が行き過ぎ、マイナススパイラルに陥り始めている。

「どうやら私は頭が弱いらしい」

「はあ?」

「これまでを振り返ると確かに頭の悪いことをたくさんしてきたさ。
それもここ一番の大事な時にね。
うん、頭が弱いね、間違いなく」

寅丸はきょとんとしている。

その顔を見て、ナズーリンも詮無いことを言ってしまったと後悔する。
まったく、いまさらこんなこと言って何になるのか。
ホント、頭が弱い。

「私が知っている限り、この世で一番賢いのはナズーリンですけど?」

(まぁ、ご主人ならそう言ってくれるだろうとは思ったけど)

「でも、たまに頭が弱いのかなーって思うときはありますね」

(え!? そ、そうなの!?)

「えっちなことを考えて、なにかしようとするときは『このヒト、なんだかなー』って思いますけど」

(あ、ああ、そういうことか。むむむぅ、少し冷静に攻めなければならないと言うことか……)

「ねぇ、ナズ? 元気を出してくださいな。
アナタはこの世で一番賢く、強く、優しく、素敵なヒトですよ。
私が保証いたします!
私の太鼓判じゃ心もとないと思いますけど」

そう言って慈笑を満面に浮かべる。

その笑顔にナズーリンの心の錆が溶けていく。

(まいったね、私の懊悩などホントちっぽけだなぁ)

外見の美しさ、そんなものを超越した美しく気高く、強い心。
いつでも優しい主人であり、素敵な恋人。
やっぱり力の限りこのヒトを支えていこう。

(ふふふ、やっぱりこのヒトには敵わないな、大好き)

あれほど悩んでいたナズーリンだが、あっと言う間に普段のテンションに戻ってしまった。



「たまには頼ってください」

「ならば力を、元気を、充填して欲しいな」

「私にできることなら」

「では【タイガーダイレクトミルクチャージ】を希望する」

「は? なんです? それ?」

「呼称が内容を的確に表していると思うけど?」

さすがにすぐ分かった寅丸がその豊満な胸を両手で隠しながら、

「で、出やしませんよ!」

「なーに、出るまでしゃぶって吸い続けるまでさ!」

「だから出ませんて!」

「やってみなければ分からないよ! 
いーからまずはボロッと、プリっと出したまえよ! うひひひー」

両手をわきわきといやらしく開閉させながら近寄ってくる変態従者。


「あー、頭の弱いナズーリンだー」

数体の妖精がきゃいきゃい言いながら近づいてきた。

『あったまのよわーいナズーーリン♪ もーっとべんきょーしなくちゃねー♪』

妖精たちが歌いながら通り過ぎていった。

ナズーリンはバカっぽい姿勢のままカタマっている。
そのいささか憐れを誘うカッコに主人が少し悲しそうに話しかける。

「ねえ、ナズ? 今のアナタ、ホントに頭が弱そうですよ?」

「……むぅ」





今日は命蓮寺の縁日。

ナズーリンプロデュースのアイスキャンディー。
去年の冬、今年の春、収穫した蜜柑と苺を氷室に蓄えておいた。
なるべく原形をとどめるよう注意しながら四角い型に入れ、氷精に凍らさせる。

ミカンバーとイチゴバーは試食係にも大好評だったが、醤油味のタケノコバー、塩味のキューカンバー、味噌味のナスバー、はダメだった。
試食係の小傘、響子、ぬえは一口目で【アウト】を宣告した。

『まぁ、これらは洒落だったがね』しれっと言ったナズーリンに文句が殺到した。

うんと甘くした麦茶を凍らせたものには合格点がついた。



紅魔館の一行が命蓮寺の参道入り口に到着した。

【氷菓子】【アイスキャンディー】【ミカンバー】【イチゴバー】のノボリ旗に目をとめるフランドール。
赤や橙色の四角い塊に柄がついている。
里の子供たちが群がって、美味しそうに食べている。

「お姉さま、あれなにかしら?」

レミリア・スカーレットが見たところ、果物を型にはめ、凍らせた菓子のようだった。
妹に教える。

「へー、おいしそう」

「食べてみる?」

「うん!」


出店の売り子は藤原妹紅だった。
紅魔館の当主姉妹、おつきのメイド長と門番、そして居候魔女を認めると声をかけた。

「紅魔館の娘さん方だね? 先生からあんた方にはこれを食べてもらうように申しつかっている」

別の包みから取り出したのは子供達が食べているものとは異なった氷菓子。

藤原妹紅、よほど気を許した相手でないとぶっきらぼうな物言いが常だ。
ずっと気を張って隙を見せないように生きてきたから。

レミリアが問う。

「先生って?」

「ナズーリン先生のことだ。紅魔館のお嬢さんがきたら渡せとね。
なんでも特別製だそうだ」

そう言って差し出した氷菓子は焦げ茶色、黄土色が各三本ずつ計六本。
見た目はあまりよろしくない。
だが、あのナズーリンが用意していたのなら、おかしなモノではないはず。

レミリアはナズーリンが自分たちのために【特別に用意しておいてくれた】そこに惹かれた。
通常、毒見はいろいろ頑丈な美鈴が行うが、今回は当主自ら真っ先に口にした。

焦げ茶色の氷菓子は、うんと甘くしたレモンティーを冷やし固めたアイスキャンディーだった。
なかなか美味しい。

食べてよし、の合図を家族に送る。

「お姉さま! これ! とってもおいしい!」

フランが食べているのは黄土色、おそらく中身はミルクティーなのだろう。

「咲夜の作ってくれるアイスクリームみたいに冷たくて甘いけど、シャリシャリ、キンキンで、おいしーい!」

フランドールはそこまで言ってから、はっと気づき、咲夜に向き直る。

「あ、あの、咲夜のアイスクリームもおいしいよ? 
でも、そう、あれは外で食べるのには向かないと思うの。
あれは、しっとりじんわり甘いから、お部屋でゆっくり食べるべきだと思うの。
だから、これは別の食べ物だと思うの」

自分の発言が忠実な従者を傷つけたのではないか。
フォローを入れようと頑張る優しいフランドール。

フランの気持ちを察した聡明なメイド。

「フランドール様、お気遣いをいただき恐悦でございます。
ですが、どうぞお気になさらぬようお願いします。
私もこの【アイスキャンディー】が気に入りましたよ」

そう言って微笑んだ。

「そう!? そうよね! おいしいよね!」

妹が他人に気を遣っている。
レミリアは鼻の奥が熱くなり、視界が滲んできてしまった。
アイスキャンディーを持っていなかったら抱きしめていただろう。
まだ不安定な時もあるが、フランは確実に成長している。


レミリアは半分食べたレモンティー味をフランのミルクティー味と交換した。
快く交換に応じる妹、こんな楽しい日がくるなんて。
去年までは考えられなかった。

こちらもとても美味しい。
何と言ってもあのナズーリンが自分たちのために【特別】に用意してくれていたということが大きなポイント。
【特別扱い】が大好きなレミリアの自尊心をくすぐりまくり、いたく刺激した。

いいなー、いいなーと子供たちの羨望の眼差し。
だが、これはちょっと大人向けの味だ。
幼きものたちの羨望、実に他愛がない。
それでも、いつでもどこでも特別扱いされたい自分。
こんなことで気分が良くなっている自分が少しおかしかった。

フランのことは偶然にせよ、こんないい気分を演出してくれたのはネズミの小妖。
先の【レミリア・スカーレットのバラ】の件といい、大事にしている深層をとても上手に飾り上げてくれる。

ホントにいい気分。
様子をうかがっている妹紅に優しく語りかける。

「さすがはネズミの騎士どの、気が利くわね。 
よろしく伝えてちょうだい。
紅魔館当主、レミリア・スカレーットとその妹フランドール・スカーレットは『とても満足していた』と」

妹紅はその偉そうな物言いが面白くなかったが、ここで余計なことを言って悶着を起こしては【先生】に迷惑をかけてしまうかもしれない。
そう考えて、ぐっと堪えた。

フランはもっと食べたそうだったが、姉に『今日は食べるものがいっぱいあるのよ』と言われ、我慢した。

この姉妹は目を惹く。
その存在感、一人でも桁外れだが、二人並ぶとその偉容は単純に倍ではなく数倍に膨れ上がる。
小柄で愛らしい少女の風体だが、まとっている空気は不可侵であり、別格。
バンパイアと言う強大な種族の中、徒花のように生まれた歪で愛らしく美しく恐ろしい二つの大輪。
魔物の姉妹、完全にいがみ合うか、爛れた劣情を以てもたれ合うか、それが普通だ。
なのにこの二人は悪魔とは思えぬほど健全に惹かれ合っている。



紅魔館一行が立ち去った後もぶすっとしていたもんぺ娘に声がかかる。
上白沢慧音。

「妹紅頑張っているね」

「何で私がこんなことしなけりゃならないのさ」

「しばらく見ていたが、堂に入ったもんだ」

誰に対しても丁寧な言葉遣いの慧音、以前は妹紅に対しても敬語だったが身も心も許す仲になってからはざっくばらんに話す。

「声をかけてくれればいいのに、ヒトが悪いなぁ。
だって、寺子屋の子供たちもくるんだもん、あのコたちにはお愛想くらい言わないとね」

「ナズーリンどのが妹紅が適任だと言っていた理由が分かるよ。
とても優しい表情だったから見とれてしまっていた。
声をかけることを忘れたんだよ」

実は子供好きの妹紅、里の子供たちの間では一番の人気者だ。
一緒に遊び、一緒にイタズラし、一緒に慧音先生に怒られる。 
気取らず、楽しく、優しいお姉さん。
この出店に子供たちが群がっているのも当たり前だった。


「調子のいいことばっかり」

一瞬だけ、ぷっと頬を膨らませる。
こんな表情は慧音の前でだけ。
他人が見ることはないだろう。

「少したったら誰かに店番を代わってもらおう、今宵は妹紅と踊りたい」

「踊るって、盆踊りだよ?」

「どんな踊りでもかまわない、私にとっては妹紅と一緒に踊ることに意味があるんだ。
疲れて倒れるまで全てを忘れて踊りたい。
そして何もかも出し尽くしてクタクタになった私が倒れるのはオマエの腕の中だ。
いいだろ? 今夜はずっと一緒にいたいんだ」

そう言って腰に手をかけ強く抱き寄せる。

「い、いつでも一緒じゃない、ばか……」

「こんな非日常、【ハレ】の日、オマエはきっと途轍もない乱れ方をするのだろう。
とても興味がある。
だが、どんな淫らになっても大丈夫だ、私はすべて受け止めてみせる」

少し声をおとし、ちょっと甘めに言う

「けーね!? おかしいよ!? 
なんで私が【乱れる】こと前提なの!?
私、そんなことにならないよ! 変なことしないよ!」

「ふーん、自信があるようだな。
だが、私にも自信がある。
オマエを徹底的に乱れさせる自信がね。
今夜はどちらの【自信】が勝るかな?
ふふふ、とても楽しみだな?」

ぐぐいっと顔を寄せる絶倫教師。

「け、けーね、あの、み、みんなが見てるよ? ダメだよぉ」

「おっと、そうだな、これは教育上よろしくない」

そう言いながらも、腰に回していた手がするりと下がって、もんぺの上から引き締まったお尻をぐにぐにと揉み始める。

妹紅が文句を言おうと口を開いた瞬間、慧音のしなやかな中指が大事なところをきゅきゅっとこすり上げた。

「はあうん!」

思わす声が出てしまった。

「では、また後で」

「ふあぁ・・・・・・? ば、ばか! ばかーーぁ!」

片手を上げながら去っていくスケベ教師の後ろ姿に甘ったるい罵声を浴びせるスイートもんぺ娘。





氷菓子を堪能した紅魔館一行が縁日の様子を見ている。

これからどうやって楽しもうか。
当主とその妹はあちこち指さしながら楽しそうに言葉を交わしている。

これまでずっと無口なパチュリー、きょろきょろと落ち着きがない。
だが、誰も『どうしたのか』と聞かない。
聞かなくとも分かる。
引きこもり魔女が唯一自分から積極的に関わろうとする相手、姫海棠はたてを探しているのだ。

命蓮寺の縁日、寺に縁の深いはたてがいないはずはない。
先週来館したときも『楽しみですねー』と言っていたのだから。
どこかにいるはず。

このようなヒト混みに好んで出向くはずもない日陰少女だが、今夜に限っては、ある計画を胸に秘め、断固たる決意を持って望んでいた。

今宵は念のため出発前に入浴している。
外出着も少しばかり気合いを入れている。
いつもと変わらないおネグリワンピに見えるが、外出着なのである。
おしゃれ着なのである。
勝負服、のようなものなのである。

終夏の夜を意識し、ほんの少し青が入った白いワンピース、ややフリル多め。
かの中国、清代の小説【紅楼夢】でも紹介された【月白色】、別名ムーンライトブルー。
一番好きな色。

外側はこれでOK、だが、パチュリーさん、勝負モノの下着なんぞは持っていなかった。
そもそもそんなモンが必要な場面、想定したことがなかったんだから。
いや、そもそも今夜、出番があるかどうか、甚だ疑わしい、多分100パー無いだろう、ああ残念!
要らぬ心配とはこのことだが、恋する乙女のこだわりなのだ、備えなのだ、覚悟なのだ、分かってやって欲しい。

しかし、手持ちの下着はどれもこれも野暮ったい。
カバー率重視、つまりは総じてデカくて安心できる仕様、実用面では文句無しだったが、【見せる】となれば話は別。
結局のところ、これだ! と言う決定打を放てるスマッシュブルな下着はありゃーせんのだった。
お出かけ直前まで決まらなかった。

『ならばいっそ、なにもつけずに臨む!? バカには見えないセクシー下着ってことで!』

テンパったパチュリーの明らかに脱線、転覆した決断に、着替えを手伝っていた使い魔が慌てる。

『パ、パチュリーさま! 落ち着いてください! 
とりあえず今日のところは穿いていきましょう!
なにも穿かないってのは、どんな展開においてもドン引きバッドエンドになります!
こ、この薄緑色の上下にしましょう! ね!? ね!?
ショーツの股がみの深さは丸っきりお子様仕様ですが、上はクオーターカップですから、ちったぁアッピールできますし、淡い白青のワンピースと併せると、万が一剥かれて『いやーん、あんまり見ないでー』の時に全体的に涼しげでなんとなくボンヤリいい感じに見えますよ!
素敵に見えます! セクシーです! 美人さんです!
きっと、おおよそ、たぶん、だいたい、だいじょーぶです!!』

『そ、そうかしら?』

『そうです! パチュリーさまは、痩せているのに胸だけは無駄にたっぷりありますし、色白ですし、お顔も標準よりはほんの少しはましな部類です!
ひねくれてるうえに面倒くさい難儀でジコチューな性格を差し引いても、総合的にはギリッギリ中の上です! 
自信を持ってください!
あ、でも、頭に乗っちゃダメですよ? 
もともとはホント大したモンじゃないんですから。
中身は誰もが後悔するほどロクでもないんですから。
勘違いしていい気になったら一生モノの恥をかきますからね!
いいですか!? ほどほどが肝心ですよ!

結局何が言いたいかつーと、つまり、外見をあまり飾りたてなくともOKだと言うことです!
つか、飾りにくいんです! 手が付けにくいんです! 素材的にクセが強すぎるんです!
一か八か素のまんま、病的不思議ちゃん系を全面に押し出して【だが、それがいい】それが良いんだ、って言う激レア奇特な変わりモノを捕まえるしかないんです! 
チャンスは少ないんですから、もたもたしてちゃダメですよ!!』


『……ねえ、随分な言い方じゃない?』

『なーにを仰います!! パチュリーさまに奇跡的に巡ってきた、恋のチャンス! 
おそらく最初で最後のチャーンス!
私は全力で応援しているのです!』

『そ、そうなの? 応援してくれるの?』

『もっちろんです!!』

『アナタを言うこと、信じていいの?』

『Exactly!!!!!!』

スタンド使いの某イカサマ師の弟のように最敬礼で応える使い魔。

いつも自分のために励んでくれているし、助言もしてくれる。
慇懃で忠実なのだが、たまにスんゴいバカにされているように感じるのは気のせいなのだろうか?


パチュリーはこれまで身なりを気にしなかった。

埃っぽいとか、カビ臭いとか言われても気にならなかった。
実は風呂に入るのも、気が向いたときだけだったりする。
だって、新陳代謝も抑制できるから垢も出ないし、外出しないから汚れないし、なにより時間が惜しかったし。

気がついたのはいつだったか。
はたてはいつも身ぎれいだった。
外を飛び回って汚れるはずなのに、何故いつも小ざっぱりしているのだろう?
空を飛ぶと結構汚れがつくものだ。
でも、図書館を訪れるはたてはいつも小ぎれいにしていた。

本人に聞くのは何となく気が引けたので、別の日、通りがかった門番に聞いてみた。

『こちらに来るときには必ず身を清めているんでしょうね。
私も妖怪ですから匂いで分かりますよ。
湯浴みをして、洗いたての服に着替えているはずです。
パチュリー様にお目にかかるときはそれなりに身支度をしていますね。
まー、好きなヒト、尊敬するヒトに会うことが分かっているならできる限りキレイにしますよねー、女ですから当たり前ですけど』

(えええー!? そ、そうなのー!?)

愕然となったパチュリー。
自分はこれまで全く気にしていなかった。

急に自分の身なりが気になり始めた。
今も三日、同じ服を着ている。
袖口の臭いをかいでみる。
お世辞にも良い香りとは言えない。
あせった。
今までこんなナリではたてに接していたのか。
【好きなヒトに会うことが分かっている】のになんてザマだ。

恋物語もたくさん読んできたはずだが、完全に他人事だった。
しかし、今は当事者、気持ちの上ではヒロイン真っ最中、なのにこれじゃダメすぎる。

(言われるまで気が付かないなんて、ワタシ、どうなっての?
こ、こんなの女じゃない、いえ、それ以前にヒトとしてアウトなんだわ)

それから毎日入浴するようになった、ガッツ入れて体中洗った。
こまめに着替えるようになった。
今までより増えた洗濯物、なのに冥途蝶は文句を言うどころか、なんだか嬉しそうだった。

『問題ございません、むしろこれで宜しいのですよ』

なんで嬉しそうなのか不思議。
ともかく大進歩、大躍進だ。


数日後、来館したはたてを迎える。
お茶をしながら他愛のないおしゃべり。

女性がつける香料の話になった時、意を決して、匂いの話題を振ってみた。

『私にはどんな香料が合うかしら?』

『パチュリー館長は香料をつける必要はないと思いますよ?
独特で不思議な匂いですから』

がっ・・・・・・が、が、がちょーーーーん!!

『そ、それって、く、臭いってこと?』

泣きそうになった。

『いえいえ、ちょっとお待ちください。
匂いを言葉にするのは難しいですよねー』

表現力には定評のある新聞記者が少し考え込む。

『んー、最初に飛び込んでくるのは書物の匂いです。
様々なインクと糊の匂い、それから少しホコリの匂い。
そして、その奥にあるパチュリー館長ご自身のなんだか気になる匂いは・・・・・・』

(や、やっぱり臭いんだ・・・・・・)

もう泣くしかない。
この数十年、泣いたことはなかったが、今なら泣ける、間違いなく。

『パチュリー館長の匂いは私の嗅覚を持ってしてもホンのわずかにしか感じ取れません。
表面の匂いに隠されていますが、もともととても繊細で微かなんですよね。
ですが、清涼で優しくて心が落ち着く香りです。
んー、例えるなら……
この図書館くらい広い空間、他に何も無い中、隅にあるテーブルの上にほんの少しの薄荷と砂糖菓子が小皿に乗っている。
香るのはそれだけ。
そんな微細な感じです。
でも、飽きが来なくてつまでも嗅いでいたいような香りです』

(香水の類は何も付けていないんだけど、わ、私自身の匂いってことなのよね?)

すん、と鼻を動かしたはたてにたまらなく恥ずかしくなったパチュリー。

『あ、申し訳ありません、大変不躾でした。
どうも獣上がりの妖怪は匂いに敏感なんですよねー。
失礼いたしました、お許しください』

暴れ出したいほど恥ずかしいが、全力で平静を装う。

『べ、別にかまわないけど』

『そうですか? ではお言葉に甘えてもう少しいいですか?』

『ど、どうぞ』

首筋のあたりに顔を近づけ、すん、すん、すん。

ドキドキドキドキドッキドキィィィ! 

(ち! 近いわ! ぬおおーーー!! 爆発しちゃいそうよーー!!)


『えへへへ、パチュリー館長の匂い、完全に覚えちゃいました。
もう、一生忘れません!』

恥ずかしそうに肩をすくめて微笑む元引きこもりの鴉天狗。

(え、じゃあ、これで、どこに逃げてもはたてが追ってきてくれるのかな……
『危険だから来てはいけない』と言っても、私の匂いを頼りに地の果てまでも探してくれるのかな……
はたてに捕まって、抱きしめられて『この匂い、忘れたことはありません、もう逃がしませんよ』って言われちゃうのかな……)

パチュリーの妄想劇場はナズーリンのそれよりも直接表現においては淡くソフトだが、跳躍距離(ぶっ飛び具合)と絶対糖度(デロ甘具合)は遙かに勝っていた。

(私、ちょっとおかしくなっているかも)←はい、かなり



そして今、縁日当日。

パチュリーの表情がぱぁっと輝いた。
気に聡い美鈴がその視線の先に姫海棠はたてを見つける。
あちらはまだこちらには気づいていないようだ。
室内魔女はとても嬉しそう。
実際には口角と瞼が2mm上がっただけなのだが、これが彼女の超嬉しそうな顔なのだ。
素人には違いが分からないだろう。

だが、すぐにいつもの無表情に戻り、正面を向いてしまった。

居るのが分かれば安心なのか、
はたてが自分を見つけてくれるのを待つのか、
自分から声をかけるのが恥ずかしいのか、

むずむず、ぐるぐる、じれったくて甘酸っぱい。

美鈴には恋愛初心者の心の内が手に取るようにわかる。
冷徹で他者への関心が薄い学者魔女が面白いほど動揺している。
なんだか可愛い。
応援してあげよう。

門さんは、はたてに軽く【気】を放ってやる。
振り返る鴉天狗。
相好をくずしながら走り寄ってくる。

「パチュリー館長ー! みなさーん! こんばんわー」

手を振りながら近付いてくるはたて。

紅魔館の面々が順番に挨拶する。
そして真打ち、七曜の魔女(Love overflows Ver.)。

「あら、アナタも来ていたの?」

「私も行くって言ったじゃないですかー」

「そうだったかしら?」

「そーですよ」

不器用魔女のバレバレなオトボケ、見ていてちょっと小痛い。
がんばってパチュリーさん。

「それにしても大変な賑わいね。
こういったことには慣れていないから勝手が分からないわ」

今宵の目的のための第一歩、まずは二人きりになること。
早速釣り竿を振ってみた。

「館の皆さんについていけば大丈夫ですよ」

とりあえず第一投は空振りだった。

(……っかしいわね? 
なんで『私がご案内しますよ』と返ってこないのかしら? 
釣り餌が悪かったのかな?)

脳内パチュリー(以下【脳パチ】)は腕組みをして首をひねる。
だが、

「そ、そうね。そうよ、ねへぇ……」

実際のパチュリーの口から出たのはなんとも歯切れの悪いセリフ。

(ううーん、このままでは挨拶だけでお別れになっちゃうわ、えと、えと、えと次は……)

のっけからけっつまづいた【脳パチ】はオロオロし始める。


パチュリーとはたての少しずれた、こそばゆいやり取りを見ていた紅魔館の面々は目線を交わしあう。
こういった場合、アイコンタクトの司令塔は意外なことに紅美鈴だったりする。

(皆さん、ここはパチュリーさまをバックアップです! 
二人っきりにしてあげましょう!)

(そうね、仕方ないわね)

(UN! オーエンしよう!)

(合点承知ノ介でござんすわ)

不器用カップルに対し、援護射撃の敢行を確認する。

パチュリーも気づいた。
頼りになる身内が、自分のためになにやらお膳立てをしてくれるようだと。

(みんな……ありがとう)

レミリアとは昔から阿吽の呼吸だし、フランも実は察しがよい。
気の良い美鈴はいつでも【家族】のために陰働きをする。
その心根は咲夜にも引けを取らない。
この三人は期待して大丈夫。
そして十六夜咲夜、百のうち九十九は期待通り、場合によっては期待以上の素敵な結果を示してくれる。
が、残る一つ、微妙にとんでもなく、予想外のファンタスティックな反応をしてくれる。
控えめで、素敵で優しく賢く、文句無しなのだが、たまに全世界をズッコケさせるほどのエクサトン級のボケをかましてくれる。
パチュリーは今回がその残る一つでないことを祈った。


「パチェの歩くペースにあわせていたら回りきれないわ。
悪いけど置いていくわよ」

(Good よ! レミィ! さすが親友!)

「そうですねー、仕方ありませんよねー、パチュリーさまー、もーし訳ございませーん。
失礼いたしまーす」

(Gooder ね! 美鈴! アナタここ一番ではホント頼りになるわ!)

「パチュリー、また後でねー」

(Goodest だわ! フラン! イイコね、申し分のないフォローだわ!)

戦艦【紅魔】の兵装が次々に火を噴き、ぶきっちょ魔女のもたもたした進軍を援護する。

そして、満を持して最大の破壊力を誇る十六連装対艦ミサイルランチャーが発射された。

「パチュリー様、具合が悪くなったらこの【緊急警報機:むっきゅんバズーカサイレン】のスイッチを入れてください」

咲夜がパチュリーの手に握らせたのは七曜の魔女の顔を思い切りデフォルメした饅頭ほどの物体。
そのほとんどを占める口の部分はどうやらスピーカーであり、どろんとした目のパチュリーが真ん丸く大口を開けたなんともマヌケなデザインだった。

「河童の工房で特別に作らせたパチュリー様専用の品でございます」

自信に満ちた顔で凛々しく説明する幻想郷最高のパーペキメイドさん。

「やる気のなさそうな、どろんとした目は【バッテリー】の残量です。
減っていくとだんだんと眠そうな目になっていき、完全に閉じるとゼロです。
今は満タンの状態です。
すでに眠そうですが、これが標準、正常な状態ですからご安心ください。

そして、この、あるかないかハッキリしないちんまい鼻のあたりにスイッチがございます。
ここをメリメリっと押し込めば『むっきゅん! むっきゅん!』と一体何が言いたいのか理解不能の得体の知れない号声が一里四方に轟き渡ります。
そうしましたら、どこにおいでであろうとも私が即座に駆けつけます!
ですからどうぞご心配なく、ゆっくりとお楽しみくださいね」

そう言ってとびきりの笑顔を見せた。

(咲夜……アナタってば、ホントここ一番で微妙よね)

どうにもいちいち含みがありそうで、引っかかるが、とりあえず致命的なボケではなかった。
パチュリーは【むっきゅんバズーカサイレン】と咲夜を交互に見ながら思う。

(私のことを気遣ってくれる優しさにはいつも感謝しているわ。
素直に言えないけど。
でも、その気遣いのベクトルがホンの少しだけずれているのよね。
おおよその向きは間違ってはいないのだけど、少しずれたところでもの凄いエネルギーを使ってしまっているから、なんとももったいないというか、残念なのよね。
でも私、アナタが大好きなのよ? あ、家族としてよ? ごめんなさい。
いつかアナタが本当に困ったとき、本当に苦しいときがきたら、必ず助けてあげるから。
私の力のすべてをかけてでも必ず助けてあげるから)

咲夜への感謝の気持ちはとりあえず横に置いておいて、せっかくの好意ではあるが、例え死ぬほど具合が悪くなってもスイッチは入れまいと誓うパチュリーだった。



さっさと移動してしまった紅魔館一行を見送る恋人未未未未満の二人。

【脳パチユウギ】はブルっと武者震い。

(さあて、ついに来たわね! ここからは、ずぅーーーっと私のターンよ!)

室内魔女はこの日のために練習した勇気の出る呪文を心の中で唱え始める。

アノクタラサンミャクサンボダイ
アノクタラサンミャクサンボダイ
アノクタラサンミャクサンボダァーーイ!

【脳パチヤマトタケシ】は呪文を唱えながら、広げた両手をゆっくりと頭上へ上げ、人差し指を残してがっしりと組む。

レインボオオオーーーダアァッシュッ、セブーーーン!!
トオオォォーーー!!

【七曜】の魔女、ゆえに会得できた変身、いや化身の呪文。

今のパチュリーは【愛の戦士 虹○】だった。

外見は何も変わったようには見えないが、違うのである。
どろーんとした目で、ぼやーんとしているいつものパチュリーに見えるが、中身が違った。
違っているはず、違っていなきゃ困る。

「ふう、勝手な連中ね。
仕方ないわ、せっかくだし、はたて、私と一緒に回らない?」

ほれ見ろ、違うでしょ? 勇気にあふれた【愛の戦士】だ。
普段のパチュリーはこんなこと言えないんだから。

「いいですねー、私もパチュリー館長と縁日を楽しみたかったんです! 一緒に参りましょう!」

にっこり笑うはたて。

期待以上の返しに、一瞬だけ【ぽあっ】となったパチュリーだが、気を抜いている場合ではないのだ。
構想二ヶ月、練りに練った大計画を発動させるのは今なのだ。

(素直じゃないワタシ、今日でサヨナラよ。
行くのよ七曜の魔法使い! 
アナタの輝ける伝説はここから始まるのよ!
この戦いに勝利して!!
はたて! アナタにパチュリーファイトを申し込むわ!!
ガンパチェファイトォ! レディーーーゴオォーー!!)

【脳パチドモン】はビシッとはたてを指さし叫ぶ。
だが、あくまで見た目は、いつものように気だるげな日陰の少女。

「こういう人混みの中では、はぐれないための予防措置が必要だと思うの」

「そうですね」

「魔法を使っても良いのだけど、もっと低コストで確度の高い方法があるわ」

「それは?」

「……手」

「て?」

「手をつなぐの……」

「なるほど、そうですね!」

ぽんっと手を打つはたて。

抱きしめられたことも、抱きついたこともあるが、これまで手をつないだことはなかった。
図書館内ではもちろん、外出先でもそのシチュエーションがなかった。

手は脊椎動物の前肢末端部にある器官。
主に人間の腕の末端にある器官を指し、生物的には前足にあたる。
掴み、握るという特殊な作業が可能な発達したその部分を他の個体のそれとつなぎあわせる。
たったそれだけのこと、難しいことでも特別なことでもない。
知識としては理解しているし、その光景は目にする機会も多い。

他の個体と直に接触するとは言っても、なにも交尾をするわけではない。
皮膚表面が触れ合うだけ。
ホントなんでもないことだ。

だが、【はたてと手をつなぐ、姫海棠はたてと手をつなぎたい】、ただそれだけを望んだ。
この二ヶ月、この目的を達成するために数々のしちゅえーしょんをしみゅれーとした。
いかに自然に実行するか、そのための策を多数携えて臨んだのが今回の縁日だった。

なのに一発目であっさり色良い返事がもらえちゃった。
あんなに悩んだのに。

(は、はたて、ア、アナタ、今、『そうですね』と言ったわね!? 
それは【肯定】ととらえるわよ?
アナタもワタシと手をつなぐことに吝かではない、と言うことね!?
そう解釈するわよ!?
言質をとったわよ!?
もう後戻りできないのよ!? いえ、させないわよ! オラァ!!)

【脳パチ】がパチュリー脳内在住のはたてをグイグイ絞めあげる。

状況は整った。
あとはこの右手を差し出すタイミングだけ。

(さあ、勇気をだしてワタシ! 
あと一息で勝利をこの手にできるのよ!
この右手を! さあ! 今こそ! さあ!!)

よっ、はっ、ほっ、

【脳パチ】は盛んに右手を上げ下げしているが、肝心の本体はほんのすこーし上げたっきり動かない。

(ワタシ! どーしたの!? 動きなさい! 
うごけったら、うごけー!! 今動かなくちゃダメなのよーー!!)

【脳パチシンジ】が泣きながら操縦桿をがちゃがちゃと動かす。
本体がようやくピクっと反応した。

(よ、よおーっし! このままいくわよぉー!)

なんだか右手が熱くなってきた。
【脳パチドモン】の右手が【ボッ!】とフレイムオン。

(手、手がっ! 手が熱いわ!!
うおおおお、ワタシの右手が真っ赤に燃えるぅ! 勝利をつかめととどろき叫ぶぅー!!
はああああああああああーーー! 
ぶあくねっつぅ! ぐおぉぉっど! ふぃん)

きゅっ

へ?

パチュリーの手を取ったはたて。
にっこり笑っている。

(え? あ? ああ!? なに!? あああああー!!!   
……勝ったの!? 勝ったのね!! 
あああ、今、ワタシはこの世の全てに勝ったのね!! 
堂々の優勝だわ!! アイムウイナーよ! 
チェストオーー! どっすこおおーい!!)

薩摩示現流の打ち込みを決め、豪快な四股を踏む【脳パチ双葉山】。

「さぁ参りましょう、全部のお店を回りましょう、盆踊りもやっちゃいましょう! 
私がいろいろ教えてさしあげますよ、こんな機会滅多にありませんし。
大丈夫、今夜は私がずっとおそばにいますからね」

ふわっと微笑むパチュリーさんの宝物(所有格で言うにはちと早すぎるが)。

『ずっとおそばにいますから』
『ずっとおそばにいますから』
『ずっとおそばにいますから』
『ずっとおそばにいますから』

【脳パチ】はボロボロと涙を流す。

(シアワセがやってきたのね……はたて、はたて、はたてぇ……ふぇぇん、私、アナタが……)

手を優しく引かれる。
くらくらふわふわ、膝に力が入らない。

少し顔を赤らめている姫海棠はたて。

「あの、館長と手をつなぐのって初めてですよね?」

「そうだったかしら?」

まだ素直になりきれない本体は全力でオトボケ。

「そうです、初めてです、間違いありません。
あ、あの、パチュリー館長、私、心臓が少しドキドキしています」

恥ずかしそうに告げるツインテ天狗。

(か、かわいいいいいーー、あの、あの、ワタシもスゴいドキドキしてるのよ!)

だが、本体はなぜか、

「ふふふ、嬉しいことだわ、私もよ」

強がり選手権があったら優勝だ。

「あー、やっぱり、パチュリー館長は余裕なんですね、私ばっかり緊張してちょっと悔しいですよー」

口を尖らせ、握っている手に少し力が加わる。

【ドスッ ドスッ ドスッ ドオン ドオン ドオオオン!!】

パチュリーの鼓動。
メッチャクチャ緊張して心臓が太鼓祭り。

【ドガドガドゴドゴ ゴギギギギギィィ】

なんだかマズい音になってきた。

(い、いけない、このままではマジで死に至るわ!)

パ式健康呼吸法だ。
3秒吸って、5秒止めて、10秒吐き出す。
4回目で多少ましになってきた。

(おっしゃ、落ち着いたわ)

はたてが心配そうにのぞき込んでいる。

(し、しっかりしなくちゃ!
さ、さあ歩くわよ、難しいことでもなんでもないわ。
まずは右足を前に、次は右足を出して、そして右足、さらに残った右足を前に。
あら? バ、バランスが! た、倒れるー!)

「パチュリー館長!? どうなさったんですか?」
 
はたてに抱き止められていた。 
状況をようやく理解する。
大股を開いてひっくり返りかけていた。

(顔、近いわ! ねぇ、息がかかってる! はたての目ってキレイ、あ、睫、長いんだ、眉毛の形、しゅっとしててかっこいい……
おっとと、まてまて、今はそれどころではないのよ)

「踊りと聞いて、先日読んだ暗黒舞踏の解説書にあったステップを思い出してしまったの。 
気にしないで」

「はあ、でも、突然だとビックリしちゃいますよ、お股がはずれちゃいますよ?」

「大丈夫よ、旅は股ずれ世は情け、というくらいだから。
さぁ、行きましょうか(私たちの輝ける未来へ!)」

「あ、あのー、ホントに大丈夫ですか? いろいろと」

表向きは相変わらずぼんやり室内魔女だが、【脳パチ】は流れる涙を拭おうともしないウイニングラン。
完全なる勝利に酔いしれていた。





霧雨魔理沙がアリス・マーガトロイドを伴って歩いている。
恋色魔法使いが誰と一緒なのか、密かに注目されていたりする。
【色男】な魔砲使い、最近は人形遣いオンリーだった。
アリスも十分に目を惹く容姿であるから、煌めきをまとった魔理沙と並んでも引けを取らない。
この二人は道行く人妖を当たり前のように振り返らせる。

輪投げの出店に足を止める。
壮年の男性が口上をまくし立てながら客を呼び込んで輪っかを投げさせている。

屋台の半分は里の人間が店頭に立っている。
これは最初からの取り決め、人妖共同の運営を希望した聖白蓮の発案。

可愛らしいぬいぐるみ、ちょっと安っぽいアクセサリーの類、おもちゃの短剣、ビー玉・ベーゴマの詰め合わせ。
子供が欲しがる品々が丸い台座の上で手招きしている。

次々と輪が放られる。
子供自身が投げることがほとんどだが、せがまれた親が放ることもある。

フィールドの真ん中あたりに鎮座し【特賞】に相当するらしいのは際だって精巧にできた愛らしい人形。
三体あった。
縁日の景品にしては場違いなほど豪華すぎた。
本当によくできている。
当たり前だ。
アリス・マーガトロイドが、今回の縁日に供出した手製の人形なのだから。

娘たちがなけなしの小遣いをはたいて必死に輪を放る。
あの人形、欲しい! 絶対欲しい!
でも取れない。
店番の男性に煽られ、子供たちはさらに小遣いをつぎ込む。

あ、惜しい。台座の円筒に引っかかって落ちてこない。
あああーー、少女の悲鳴のような無念の声。

「なあ、アリス、あの台座、輪っかより大きいんじゃないか?
あれじゃ、絶対取れないぜ?」

不審げな魔理沙の指摘に子供たちが持っている輪と台座を見比べるアリス。
アリスの目には台座と輪の内径がほとんど同じと見て取れる。
対象物との距離、大きさの比率、幻想郷最高のスナイパーが見誤るはずがない。
これは無理だ。
命蓮寺の縁日、営利目的ではないはずだから、この男性のちょっとした意地悪なのだろう。
だが、ちょっとやりすぎだ、可哀想だ。

義憤にかられ、文句を言おうとした魔理沙を片手で制す。

「おじさん、私にもやらせてくれる?」

アリスの申し出に壮年男性がニヤっと答える。

「おや、アリスさん、構わないが、魔法は無しにしてくださいよ」

「こんなもの、魔法を使うまでもないわね」

「アリスさん? 分かっているとは思うが、輪っかが少しでも引っかかっていたらダメだからね」

この言葉で確信できた。
ぴったり同じ位なのだろう。
そして文句を付けても実際に輪をくぐらせて【不可能ではない】と言うつもりだろう。


小銭と投げ輪を交換し、魔理沙に問いかける。

「魔理沙、どれが欲しい?」

「別に欲しいって訳じゃ・・・・・・あ、まぁ、うん、あの真ん中のかな」

作った本人に向かって『欲しくない』とは言いにくい。


輪の作りはしっかりしているようだ。
輪っかの一つを人差し指にかけ、くるくるくるくると回す。 

魔理沙はアリスが余計な格好付けをしない質だと知っているので、この所作の意味が分からなかった。
まだ回している。
人差し指と輪っかの動きが目で追えなくなってきた。
【シィーー】と、小さな高速回転音。

そして【チャクラム】のように、ぷんっと放った。

ふわーっと浮き上がり、その高速回転を維持したまま、ゆっくり降りてくる。

そして真ん中にいた人形の台座に【スポッ】とはまった。

「そんな! そんなバカな!」

店番の驚愕。

あの回転は、遠心力を使ってほんの少し投げ輪の【径】を広げるためだったのか。
でも、こんな精巧なコントロール、ありえない。
でも、演者はアリス・マーガトロイドだった、不可能を可能にする【器用さ】を身に着けた魔法使い。
超微細制御を難なくこなす【奇跡の紡ぎ手】だった。

「そうね、バカなことだわ。
これは洒落で結構よ、人形はいらないわ。
ただ、台座を取り替えてくれればいいわ、もっと小さい台座にしてあげてね」

叫びだしそうな観客の機先を制してアリスが言う。

「は!? へ!? あああ、お、お、恐れ入りましたー!!」

店番が平伏すと共に子供達の大歓声。


「スゴイぜ! アリス! スゴイぜ! あーもう! なんてヤツだ! カッコ良すぎだ!」

帽子を取って思い切り抱きついてきた魔理沙。

やんやの大喝采。
しかし、アリスにとっては数多の喝采より魔理沙の賞賛が心地よい。
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるいい匂いの物体に圧倒されていた。

照れ隠しに、残ったもう一つの投げ輪を無造作に放る、オモチャの指輪、二個組をゲット。

「それはいただいていくわ、かまわないでしょ?」

安っぽい金色のメッキの指輪本体にそれぞれ黒いガラス玉と青いガラス玉がはめ込まれている。

抱擁をといた魔理沙が手に取る。

「二つあるから半分個にしようぜ。 
金色に黒はワタシみたいだなー、そんで金色に青はアリスだなー」

二つの指輪をしげしげと見つめる魔理沙。

「なあ、アリス、指、出して」

「はめてくれるの?」

アリスはちょっと緊張しながら左手を出す。
そして薬指をほんの少し浮かせていたのは自分の意思とは別の力だと思いたい。
指先をつかまれて少しドキドキ。

「お、ちょうどいいな、アリスの指は細いなぁ」

薬指には金に黒の指輪。

「こ、こっちはアナタのじゃなかったの?」

「だからこそアリスに持っていて欲しいんだ、私は金に青の方を持っていたいぜ」

そう言ってニッと笑う。
ちくしょう、ちくしょう、素敵。
こんなオモチャの指輪なのに、なんだか運命を感じちゃう。

「べ、別にどちらでも構わないわ、今夜だけのお遊びだしね」

そう言いながらも、後にアリスの宝箱に大事に、大事にしまわれることになる。





射命丸文は少し焦っていた。

最近、姫海棠はたてに遅れをとっているような気がする。
記事の数とバリエーションは、機動力と経験に勝る自分に分があると思うが【花果子念報】の記事は内容に深みが出てきているように見える。
学術的な裏付けには整合性があり、解説記事はとても分かりやすい。

文ははたてが羨ましい。
植物、自然に関しては風見幽香が、
歴史絡みは上白沢慧音が、
生物、薬学に関することは八意永琳が、
そしてパチュリー・ノーレッジがあらゆる分野のセカンドオピニオンとして助言する。
これだけのネットワークがあれば仕入れた知識をひけらかしたくなるところだが、常に抑え気味の筆致で蘊蓄ものに偏らぬよう、配慮されている。
そのことが逆に奥行きというか、まだ何かありそう感、次回を期待させる雰囲気を演出している場合も多い。
このあたりのバランスはナズーリンデスクが知恵を授けているはずだ。

本人の頑張り、工夫もあるが、望みうる最高級の後ろ盾を擁して面白い新聞を作っている。
今あげた有力者たちは自分を明らかに煙たがっている。
なにかと優遇されている、と感じてしまう。

実のところは、個性の方向が違ってきているだけなのだが、そこに気付く余裕が今の文にはなかった。


上空から縁日の様子を眺め、ネタになりそうなことを探す。
予告記事ははたての独壇場だった。
命蓮寺の広報係と呼ばれるほど馴染んでいるから事前情報は取り放題だった。
せめて当日の様子くらい面白おかしく記事にしなければ話にならない。
さきほど引きこもり魔女と手をつないで歩くはたてを見かけた。
引きこもり同士お似合いかしら? などと意地の悪いことを考えてしまう。
いけない、思考が暗黒池に落ちかかっている。


その焦りを正直に話せるのは犬走椛だけ。
自分のすべてを受け止めてくれる最愛の連れ合い。

椛は『文さまとはたてさま、どちらもとても面白いですよ。面白さの向きが違いますから単純に比べることはできませんね』
そう言ってくれるが、単純な慰めに聞こえてしまう。

あ、椛……

うっかり忘れていた。

『命蓮寺の縁日、一緒に行きませんか?』

しまった、本当に忘れていた。

これほどの人手があると、さすがに椛の気だけを探すことはできない。

あちこち飛び回ってようやく見つけた。
寺の入り口にあるイチョウの木の下にいた。

白い生地の浴衣には薄桃色の花の文様。 
すらりとした体躯に似合っていた。
白い短髪には鬼灯を模った髪飾り。
切れ長の目はそのままだが、頬にほんのり紅をさしていた。

(も、もみ、じ? あれって、もみじ、よ、ね? きれい…… )

目の前に射命丸文が降りてきても犬走椛は何も言わなかった。
それが文にとってはとてつもないプレッシャーだった。

(どうしてそんなに悲しそうなの? 寂しそうなの?
怒っているんでしょ?
どうしてなにも言わないの?)

ややあって、椛が口を開く。
 
「文さまの浴衣もありますよ」

「え……」

「寺の社務所で着替えられます。
船幽霊さんに了承を得てありますから」

「も、椛、怒ってるんでしょ?」

滅多なことでは取り乱さない胆の据わった鴉天狗の腰が引けている。

「文さまは輝ける光です。私はその影でいいのです。
おそばにいられるだけで満足です」

「そんな、そんなのイヤよ! 椛は影なんかじゃないわ!」

「私は文さまのために在りたいと思っています。
本日の私の装束はいかがですか?」

いきなり振られた話に混乱する幻想郷最速の風神少女。

「は? え? う、うん、とってもキレイよ、ホントスゴいキレイ!」

「ご満足いただけましたか?」

「もちろんよ、大満足よ! 心が満たされるわ」

「それこそが私の望みです、それだけで十分です」

すいっと笑う白狼。
文は慌てる。

「待って! 怒っているんでしょ!? ねぇ、すぐ着替えてくるから!」

「怒っていませんよ?」

「うそ! 怒ってるんでしょ!? 約束すっぽかしちゃったんだから、怒ってるんでしょ!?」
 
「怒ってるって言ったほうがいいんですか?」

「いっそその方がいいわよ」

「ならば『怒っています』これで良いんですか?」

「う、うん、ごめんねー、もみじー」

やっといつもの展開にこぎつけた、と安心する鴉天狗。
だが、

「許しません」

「へ?」

「謝ってもらっても気が済みません」

「あの?」

「なんせ『怒っています』からね」

にやーっと笑う白狼天狗。
文の中で警戒警報が鳴り始める。

「ど、どうすればいいの?」

自分からどんどんドツボにはまっていく文、椛が相手だといつもこんな感じになってしまう。
聡明で狡猾なはずなのに。


「羽根遊びを希望します。くすぐらせてください」

「はい?」

全身の感覚器官が鋭敏な文は極度のくすぐったがりだった。
椛が気まぐれで行う【くすぐりプレイ】の度にいろいろなものが崩壊してしまっている。
涙や鼻水や涎をまき散らしながら、喉がつぶれるほど絶叫して転げ回ってしまう。
自分が自分でなくなってしまうほど壊れる。

「ね、ねえ、もみじぃ、くすぐりは勘弁してくれない?
くすぐられている時の私って、とても不細工なんだもん、いやだよ」

一度、くすぐりプレイ中の姿を椛に撮られたことがある。
ぐしゃぐしゃになって、だらしなく口をあけた顔は酷いものだった。

「私はすべての飾りがとれた文さまのあの姿が大好きなのですが」

「でも、でも、スゴいぶすだもん、見てほしくないよ」

「声も嗄れ、疲れはて、いろいろな液体でくずくずになった文さまの顔を舐め回しているときが至福なんですが」

「も、もみじ、アナタ、ちょっと変よ!」

「変? 上等ですね、今夜は縛りますから逃げられませんよ」

やだ、椛ってば本気だ。

「もみじ、アナタ、やっぱり本気で怒っているんじゃない!」

「ええ『怒っています』よ、でも三刻(6時間)で勘弁してあげます」

「さ、三刻!? 私、壊れちゃうわよ!」

「大丈夫、休み休みさせていただきます、壊れる直前で休ませてあげます。
それを何十回か続けるだけですよ」

「も、もみじぃーーー!」 



薄い黄色の浴衣に身を包んだ清楚な鴉天狗が縁日の参道をゆっくりと歩く。
いつもと違ってしっとり落ち着いた雰囲気。
顔見知りが声をかけても柔らかく微笑むだけ。
今はプライベートタイム。
記者としての営業用の顔でも、山の天狗としての威圧的な顔でもない。
見た目通りの麗しい少女が好きなヒトと祭りを楽しんでいた。
それはそれは楽しそうに。





縁日修了まであと四半刻(30分)、そろそろ撤収の段取りを始めるかな、と思ったナズーリンの耳にけたたましい音が届いた。

「むっきゅん! むっきゅん! むっきゅん! むっきゅん!」

四方に放っていたネズミたちに念話を試みる。
発信源は盆踊りのやぐらの近い側にあるリンゴ飴の出店あたりのようだ。
ナズーリンは駆け出した。

到着した時には音は止んでいた。

十六夜咲夜がパチュリー・ノーレッジを抱きかかえ、姫海棠はたてが心配そうに覗き込んでいた。

「はたて君、どうした!?」

「パ、パチュリー館長が、リンゴ飴を食べたら倒れちゃったんです!」

毒など入っているはずはない。
事前に衛生面は自分で厳しくチェックしたのだから。
それにこの出店は命蓮寺通いの妖怪が担当しているからおかしな真似はしないはずだ。

「状況を説明したまえ!」

動転していたはたては、師匠の一喝でほぼ平常に戻った。

「二人で出店を回っていたんです。
たくさん食べました。
ここのリンゴ飴、館長は『大きすぎて食べきれない』と言っていたんです。
私が買って、少しリンゴ飴を食べてから『味見なさいますか? 食べかけですけど』ってお渡ししたんです。
館長はしばらくリンゴ飴を見ながらブツブツ言っておられたんですが、やがてそっと食べ始めたんです。
その時、私が『あっ、これって、間接キスですね』と言ったら倒れてしまったんです。
そしたら腰のあたりから『むっきゅん! むっきゅん!』ってモノスゴい音が」

状況を理解したナズーリンがやれやれと頭をかく。

「咲夜さん! パチュリー館長、大丈夫なんでしょうか?」

「ええ、大事には至りません、倒れた拍子に【むっきゅんバズーカサイレン】のスイッチが入ってしまったのでしょう。
大丈夫ですよ。
でも、今夜はこれで連れて帰りますね」

咲夜が振り返った先は、搬送係の美鈴が人垣を掻き分けながらやってくるところだった。

「え、今夜はずっとおそばにってお約束したのに……」

「とても、そう、とても楽しかったのだと思いますよ。
ご心配なら、明日にでもお見舞いにいらしてください」

そう言って微笑んだ。

その笑顔に、はたてだけでなく、周囲の人妖が皆、顔を赤らめた。


タイミングを計っていたナズーリンが周囲に声をかける。

「皆さん、おかげさまでこちらの娘さんは大事に至らなかったようです。
さて、楽しい縁日はそろそろお開きとなります! あちらの上空をご覧ください!」

『ドオオオーーーーン!!!』

それを合図にしたかのように花火が上がった。





「パチュリーさんは大丈夫だったんですか?」

「うん、少しばかり興奮しすぎただけだよ」

「それはようございました」

あらかた片付けの終った頃、寅丸がナズーリンに聞いた。

縁日は大盛況だった。
事前の宣伝、子供たちへの出店引換券の配布、店割り、有力者たちへの根回し、出店内容の確認から材料・部材の調達、若者たちへの協力要請、妖怪たちへの牽制、大人・老人も楽しめる催し物・アトラクションの準備、そして撤収、後片づけ、協力者へのご祝儀、

全てナズーリンの差配だった。

催し物や出店、所々で聖白蓮と寅丸星が顔を出すのもナズーリンの発案。
命蓮寺の二枚看板が驚くほど至近に現れるこの企画、あちこちで歓声が上がった。
そのタイムスケジュールもナズーリンが組んだ。

命蓮寺のイメージを上げる。 
楽しいことへ終始しながらも、精神的支柱としての存在感、期待感を印象付ける。
全体にわたり小さな小さな賢将が演出した。

驚くようなアイデアを捻り出すわけではない。
やらなければならない実務を実直にこなし、時間軸を整理し、細かい取り決めを行い、全体のバランスをとりながら着実にこなしていく。
壮大な計画、奇抜な企画をたてるわけではない。
むしろ実施するための段取り、ヒト・モノ・カネの調達、必要な訓練、場合によっては扇動・説得・恫喝等を規模に合わせてハンドリングする。
それでいて要所では『なるほど』と唸らされる妙手を繰り出してくる。
そして必ず期日に間に合わせる。
天才ではないが単なる秀才でもない。
多忙な神々や会社組織の経営者、【上】に立つモノがノドから手が出るほど欲しい冷静で頼りになる陰の調整者。

その最高峰の一人がナズーリンだった。


撤収完了。

「まぁ、こんなところかな」

【頭の弱いナズーリン】が涼しい顔で言った。

「ご主人、お疲れさま。今日も貴方は輝いていた」

「ナズーリンこそ本当にお疲れさまです」

「なに、このくらい大したことではないよ」

「皆さん、とても楽しそうでした、ナズーリンのおかげです」

「このくらいできなければ寅丸星のそばには居られないからね」

「ナズ! そんな言い方、止めてください!」

悲しそうな寅丸。

「私がどんなに誇らしいか、どんなに嬉しいか。
貴方はあれほどたくさんのヒトたちに幸せで楽しいひとときを与えたのですよ?
ナズーリンは素敵ですよ!」

寅丸星はナズーリンの実力を誰よりも知っている。
そしてこの従者がそれを外に向けて誇らないことも。

「私が幸せにしたいのはご主人、ただ一人だよ」

首を横に振る毘沙門天の代理。

(ねぇ、ナズ、私、とっても嬉しいのですけど、貴方はもっと、もっと認められるべきです。
ねぇ、私、私なんかが主人であるために貴方が認められないのはイヤですよー!)

「……ご主人、よもやつまらないことを考えてはいないだろうね?」

星に抱きつくナズーリン。

「私が仕える主は寅丸星だけ、私の恋人も寅丸星だけ。
頼むよ、これだけは忘れないで」

恋人の告白に思わず力を入れて抱き返す寅丸。

「ご、ご主人、ちょっと苦しいよ!」

「ナズ! ナズ! ナズ! 私のナズーリン!!!!」

「だから、苦しいってっ!!」





カップル模様でございました。勇パルはちょっと先までお待ちください。
パチュリー最大出力です。脳内はこんな感じということで。
紅川寅丸
http://benikawatoramaru.web.fc2.com/index.html
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コメント



0.1960簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
揃いも揃ってバカップルしやがってww
3.100奇声を発する程度の能力削除
このバカップル共め…w
5.100名前が無い程度の能力削除
バカップルしかいねぇ!!
椛さん歪みねぇな
6.100名前が無い程度の能力削除
>>冥途蝶

ちょw
10.100名前が無い程度の能力削除
紅川さんの東方キャラのヨイショっぷりはキャラ好きとしてほんと嬉しい
好きなキャラ達が作中の有力者や一般ピープル達に賛辞されたり驚かれたり注目されたりする描写が出る度に誇らしくなるんですよ、ドヤってなるんです、嬉しいんです

なのでぼくは氏の作品が大好きなんだと思いましたマル
13.100名前が正体不明である程度の能力削除
貴方はは少しバカップルの書き方がうますぎる!
15.100君の瞳にレモン汁削除
勇パルはもう少し待てとな……?
咲夜さんは誰かくっつく人がいるのだろうか。
26.100名前が無い程度の能力削除
結局、No.1バカップルの栄光は誰の手に?
27.100名前が無い程度の能力削除
バカップル最高です。椛がなんか変態でしたがグッドです
ちなみに妖精が歌っていたナズーリンの歌はなんとかマウスマーチの替え歌でしょうか?
28.90名前が無い程度の能力削除
セウトー!!

チクショウバカップルどもめ…
29.100名前が無い程度の能力削除
文椛の変態バカップルに1票!!
31.100名前が無い程度の能力削除
いいね
33.100名前が無い程度の能力削除
このリア充バカップル共め!!
脳パチにはげ萌えたw
34.100ぺ・四潤削除
やっぱり師匠の文椛は大好きだ。このあと嫌よ嫌よ言いながらも素直に椛に縛られて……
浴衣のまま縛られてくすぐりで肌蹴けまくっていろいろぐちょぐちょになった文ちゃんとか素敵。

今回の小悪魔好きだなー。的確すぎるアドバイスとかww
小悪魔にもそのうちいい相手が見つかってほしいな。
小悪魔は実は自分のときになるとパッチュさん以上にテンパってたりするとなんか可愛い。

ところでアリスがクールでカッコよくて惚れそう。
けーね先生は子供の情操教育によろしくないから往来では控えるんだww
35.100名前が無い程度の能力削除
「文様。いけませんね。浴衣に下着は不粋ですよ。お仕置きです」
後ろ手に縛られ、はだけた浴衣姿の.....

脳内妄想暴走中
37.無評価紅川寅丸削除
2番様:
 ありがとうございます。
 細かいところの設定は力入れたつもりなんですが、やっぱバカップルに押し流されますよね。
奇声様:
 毎度ありがとうございます。
 れーせーに考えるとバカップルってムカッとしますよね。
 自分で書いていてなんですけど……
5番様:
 「調教師 犬走椛」執筆中です(ウソ)。
 ありがとうございます。
6番様:
 スイマセン、またお遊びです。ありがとうございます。
10番様:
 ヨイショのご指摘、恐縮です。
 登場キャラを際立たせようと四苦八苦しておる身としては、最大級の賛辞をいただきました。
 ありがとうございます。
正体不明様:
 略称で失礼いたします。
 バカップル書きの頂点を目指します!
 ありがとうございます!
レモン汁様:
 想像するだに転げまわりそうなお名前ですね。
 勇パルは3作後の地底大作戦編でたっぷりと。
 (⇒こうやって自分の首を絞めるわけですが)
 咲夜さん、彼女はシアワセにします、必ず!
 紅川お気に入りのキャラですから。
 ちょっとお待ちいただければ幸いです。
26番様:
 ありがとうございます。タイトル詐称が当たり前になってきてしまっています。
 ゴメンナサイ。
 最終的なバカップル度は今後しだいと言うことで。
 ちなみに肉体的なバカ度は……
 けねもこ>あやもみ>ゆうぱる>……なずしょう>まりあり>ぱちゅはた
 ってところでしょうか? どーでもいい勝手設定ですね。
27番様:
 椛は変態ではありません!
 ただ、性嗜好の一部が極端に突出しているだけです!(ww)
 妖精の歌、ビックリです! ちょうど合いますね!
 いや、ビックリ! そう言う事にしましょう! ありがとうございます!
28番様:
 「セウト」調べました。ありがとうございます。
 勉強になりましたー。
 これからもギリギリヒンシュク路線を進みます!
29番様:
 文はいたってノーマルですが、躾けられている途中、でしょうか? ありがとうございます。
31番様:
 ごっつあんです!!
33番様:
 「はげ萌え」調べました。ありがとうございます。
 いや、ホント、勉強になります!
ペ・四潤師兄:
 浴衣のままって……そこまでは考えていなかったですよ。
 エッチすぎますな! でも、それがいい!!
 はいはい、今回の助演女優賞(?)は小悪魔です。
 ここだけで10日間かかりましたなぁ……それでこんくらいですが。
 マリアリは先達が多く、ハードルがむっちゃ高いですよね。
 自分なりの設定をゆっくり織り込んでまいります。
 エッチな慧音先生、幻想郷No.1スケベを独走します。
35番様:
 おっと、またもや浴衣ネタ、うーん、そうか……
 これがデフォなんですね、背筋の伸びる思いです!(w)
 ありがとうございます! 次に活かします!(w)
40.100お嬢様・冥途蝶・超門番削除
いや、もう何ていうか(苦笑だよ)。ほんとコメントに一番苦労したお話だったなあ・・ww
先生の爆走っぷりで押し流されそうだったよw ただ「パ式健康呼吸法」はよかった・かなぁww     お嬢様
>>冥途蝶

ちょーーーw                                            冥途蝶
う~ん…濃いかったです。
「合点承知ノ介でござんすわ」は日本語として正しいんでしょうかwww                超門番
42.100名前が無い程度の能力削除
むっきゅん!むっきゅん!
相変わらずこの咲夜さんは良い仕事しますなぁ。
皆がらぶらぶでニヤニヤしましたけど、やっぱりパチュはた最高です!
これからもパチュはたをオーエンします。
44.無評価紅川寅丸削除
お嬢様様:
 ありがとうございます。今回はあまりシモに流れないように抑制を効かせて仕上げました(w)
 分かりにくいネタが多くて恐縮ですが、ノリノリで書かせていただきました。
 これからはもう少し真面目に書きますね。
冥途蝶様:
 スイマセン、なんかすでにデフォルトで一回は入れることになっちゃってます。
 許してください。咲夜はうんと可愛く描きますんで(多分)。
超門番様:
 合点……正しいのです! ウソだと思うなら国語の先生に聞いてみてください!
 『きっと、おおよそ、たぶん、だいたい、だいじょーぶです!!』

42番様:
 ありがとうございます。バズーカサイレンの製作依頼をする咲夜を想像すると笑えます。
 なんと説明して作らせたのでしょうね?
 パチュはた、これからもちょこちょこ登場します、ゆっくりまったり二人の仲を進展させたいです。
50.無評価名前が無い程度の能力削除
椛と射命丸さんが最高すぎて。 業績で負けそうで焦る文様かわいい。
テンパって行き詰まってる文様かわいい。
恋人にイニシアチブとられてオロオロする文様かわいい。
分泌液でぐっちゃぐっちゃのぬちゃぬちゃな文様かわいい。

そして、すべてを総括して愛して受け入れる椛最高だ。
62.無評価名前が無い程度の能力削除
もこたんの「途轍もない乱れ方」についてもっと詳しく…!
63.無評価紅川寅丸削除
50番さま
 はいはい、どーも、サイトの記念先品、文椛のバカンスをぜひご覧くださーい!
62番さま
 今年の秋にアップ予定の【ナズーリン! 地底大作戦】をご期待下さい!
 もこたん、ちょっと活躍します。