Coolier - 新生・東方創想話

Black New Year

2010/01/01 00:13:18
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この作品は、ぷちにあるWhite Christmasの続きとなっております。
一応見なくても分かるようにはなっていると思います、が!できればご一読をお願します。



















夜の帳が降りてから暫く経つ頃、紅魔館では年越しを祝うパーティでにぎわっている所だった。

「今年も無事平和に終わりそうですね」

人間の血が入ったワインをテーブルに置きながら、咲夜が静かに言う。

「えぇ……無事に、ね」

そのワインを一口飲み、レミリアがぼそりと答える。

「……お嬢様、今年は妹様も」

「駄目よ」

咲夜が言い終える前に、レミリアが止める。

「咲夜も知っているでしょ?フランは、何時暴れるかわからない性格だという事を」

気が触れている、情緒不安定、それに兇悪な能力。
どれだけ純粋で優しく、どれだけ素敵な笑顔を持つフランドールでも、地下室から出れないのはそういう理由からだった。

「でも……」

「とにかく駄目よ」

再びワインを口にし、今度は一気に飲み込む。

「この館の主として、館の者達を危険な目に合わせる事は避けねばならないの」

空になったグラスを机に置き、レミリアは一気に言い切った。
同時に、咲夜の青い瞳を睨みながら言う。
これ以上、無駄な口を叩くなという意味だった。

「……無用な口出し、すみませんでしたお嬢様」

「……」

一礼をすると共に、咲夜は哀しげな表情でそう言ってから姿を消した。
時を止めて何処かへと行ったのだろう、レミリアは浅いため息をついて会場を見渡した。
どこもかしこも、楽しげに騒いでいる幸せな光景が目に映った。

「フラン……」

どうして、私の妹は、大切な妹は悲しい運命を背負ってしまったのだろうか。
どうして、姉である私はその大切な妹の悲しい運命を、無くす事はできないのだろうか。

「ごめんなさい、フラン」

届かない謝罪。
届いたとしても、無意味で寧ろ姉を慕う純粋で優しい妹の心を締め付けるだけの言葉。
それでも、レミリアは言わないでおくことが出来なかった。

「愚かな私を、運命を視ることが出来てもどうしようも出来ない姉を持ったことを……」

そろそろ年が明ける頃合か。
一段と騒がしくなり、まだ明けていないのに歓声が上がっている会場の一角で、レミリアは深いため息をついた。

――どうすれば、大切な妹をこの会場に入れる事が出来るのだろうか。

しかし、今のレミリアにはその答えを探し出すことは出来なかった。
そう願う一方で、フランドールを閉じ込めたという罪悪感を持つレミリアには。

***

「……お嬢様」

哀しげな主の姿を見て、咲夜は自然と口に出していた。

「どうしたんですか?咲夜さん」

主が信頼してくれるほどの従者なのに、何も出来ない事に嘆いていた咲夜の肩を、ぽんっと手を置きながら美鈴が言う。

「美鈴……」

門番はどうしたのかしら?と言ってナイフを刺す冗談など、今はする気にはならなかった。

「はい?」

ナイフが飛んでこなくて驚いたのか、それとも何時も瀟洒な彼女が哀しげな表情をしている事に驚いたのか。
美鈴は驚いた表情で咲夜の顔を見て、咲夜の言葉を待つ。

「どうすれば、お嬢様を喜ばせる事が出来るのかしら……?」

「あぁ……」

レミリアと咲夜が、この楽しげな会場では似合わない雰囲気を出していたのはそのせいか、と悟った美鈴は咲夜の目を見ながら、答える。

「簡単ですよ、妹様を此処に連れ出せばいいんですよ」

屈託の無い笑顔と共に、ニカっと笑いながら美鈴は言った。

「……それは、駄目よ。お嬢様が許してくれないわ」

しかし、そんな当然の事を咲夜が考えていなかったわけが無い。
先ほどレミリアに相談して、一蹴されてしまった考えだ。

「そこは大丈夫です」

「え?」

しかしその言葉に美鈴は首を横に振り、それからまた咲夜の顔を見て、

「お嬢様に黙って、気づかれないようにこっそりと連れ出してくればいいんですよ」

そう、美鈴は微笑んで答えた。

***


「……こあー」

「どうしたの?間抜け面して」

「酷いですよ、パチュリー様ぁ……」

もう酒が回ったのかと思いながら、パチュリーは小悪魔を見た。
しかし、別に酔っているという訳でもなさそうである。

「はいはい。で、どうしたの?」

非難の視線を浴びせる小悪魔の目を軽く受け流しながら、パチュリーは再び聞いた。

「あ、えっとですね」

促されて慌てて答えようとした小悪魔の視線が、パチュリーの後方に向かう。
何かあったのだろうか?とパチュリーもその方向に目を動かし、

「……なるほどね」

小悪魔が答える前にパチュリーは口に出していた。

「妹様救出作戦とでも言うのかしら?」

会場から出て行く咲夜と美鈴の事を見ながら言う。
その言葉に頷きながら、小悪魔は羽をピンっと立てた。

「私も向かっていいですか?」

最初から行くつもりだったのだろう。
尻尾をゆらゆらと揺らしながら、珍しく真面目な顔をして小悪魔はそう言う。

「勿論。あと、レミィやこの会場の事は任せておいて」

当然、それを断る理由はパチュリーには無い。
言った後に、パチュリーはレミリアの方をチラリと見た。
パチュリーにとっても、この会場で似合わない雰囲気を醸し出している友人をほうっておけるわけが無いのだ。

「……はい。では行って来ます!」

行く事を許してくれても、パチュリーが何か行動を起こすとは考えていなかったのだろう。
一瞬呆気に取られた表情をした小悪魔だが、すぐに言葉の意味を理解し明るい返答をして小悪魔も会場から去った。

「さて、と……」

数人の妖精達が会場から出て行く小悪魔を不振に見ているが、数分後には再び近くにいる妖精達とお喋りを再開する。

「とりあえず、大丈夫そうね」

会場から出て行った三人の事を、妖精達がレミリアにいう事は無いだろう。
そう思ったパチュリーは、部屋の角へと向かっていった。
会場の壁や床下、天井とにかく全ての耐久強度を魔法で上げてしまおうと思っていたからだ。

「まずは妖精達の口を封じなきゃ……あら?」

流石に魔法を使うとなれば、妖精達から怪しがられレミリアに気づかれてしまうだろう。
その為、近くにいた妖精達の口を封じようとしていたパチュリーだったが、

「しなくてもいいわね」

パチュリーの言葉に、妖精達がこくり、と頷いて答える。
不振な三人の行動も、パチュリーがこれからやろうとしている事も、全て理解しているというのだろうか。
意外と聡いのね、と思いながら妖精達の事をパチュリーが見ていると、妖精達は一度レミリアの方を見て、苦笑しながらパチュリーの周りに集まりだした。

「知らないのは当人だけ、って事かしらね」

魔法の詠唱をしながら、周りに視線を張り巡らせる。
レミリアから見られないように、見事なまでの位置でパチュリーを隠すように妖精達はお喋りをしていた。
これでパチュリーがレミリアに見つかる事は無くなった。

「さーて……久しぶりの大魔法ね」

床に小さな円陣を描き、術式を展開する。
妖精達も見方についてくれている以上、耐久強度を上げるだけにはいかないだろう。

「楽しみにしてなさい、レミィ」

あらゆる出来事を想定した魔法を、会場全体にかけてゆきながらパチュリーは微笑んだ。


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「……暗いよ、お姉さま」

吸血鬼にとって、地下室がどんなに暗くても見えなくなる事は無い。

「寂しいよ、お姉さま……」

しかし、心の暗さは吸血鬼にもある。
ましてや、それが幼い精神を持ったものなら尚更だ。

「みんな、今頃楽しく年越しパーティでもしてるのかな」

クリスマスの次の日に、レミリアはこっそりとやって来た。
全ての者達が寝静まった頃を見計らって、熊のぬいぐるみを携えて。

――ごめんね、フラン。

泣きそうな表情と一緒に。

「……」

じわり、と視界が歪むのを感じたが、フランはどうする気も無かった。

「ねぇ、お姉さま」

どうして、私を殺さないの?――

脅威の存在になってる私を、お姉さまの心を痛める原因になってる私を。
昔、一度だけ聞いた事がある言葉。

――……ごめんなさい。

だけど、お姉さまの返答はたったその一言だけ。
大量の人間を、強い妖怪達を返り討ちにしてきたお姉さまが言った、酷く弱い声調で言ったその一言だけ。

「……ねぇ」

それ以来、フランドールはその質問をする事は無かった。
大好きな姉を悲しませる言葉など、言う気になれるはずが無いのだから。

「……お姉さま」

そう言った瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。
誰だろう?と思いながらも、フランドールは入っていいよと答える。
もしや会場を離れて姉が来たのだろうか、と思いながら音を立てて開くドアを見ていた。

「お待たせしました、妹様」

「妹様も会場へ行きましょうよ」

「ね、一緒に行きましょうよ!」

そして、ドアが開いた場所に立っていたのは咲夜、美鈴、小悪魔の三人。
その事にも少し驚いたが、さらにその三人から願ってもいない事を言われた事にさらに驚いた。
まさかお姉さまがそう言って来たの?とも一瞬思ったが、まさか自分のような危険な存在をパーティに招くわけがないだろう。

「なんで?」

しかし、呼んでいないのに咲夜が来るだろうか?
あれだけ姉に従順な咲夜が、まさか姉に相談も無しにくるわけないだろう。
美鈴ならその場の勢いで来そうなものだが。

「なんでもへちまも無いですよ、妹様。会場の皆が妹様が来てくれるのを願っているんですよ」

そこに、小悪魔が手を差し伸べながら言ってきた。
会場にいる者達全員に聞いてきたわけではないが、小悪魔の言葉は嘘ではなかった。
小悪魔が会場から出るとき、こちらを見ていた妖精達はウィンクをして見送ってくれたのだから。

――自分たちの事は大丈夫、だから妹様を連れてきてね――

言葉には出していなければ、ましてや一瞬の出来事だったが、妖精達は確かに目でそう語っていた。

「……嘘」

姉のレミリアと従者の咲夜、時折姉の目線を掻い潜っては花を持ってきてくれる美鈴に、話し相手になってくれるパチュリーに小悪魔なら、自分の境遇を見てそう思ってくれるかもしれない。
だが、どうして会場の妖精達が?一回も会った事の無い危険な自分を?

「嘘じゃありません、妹様」

いつの間にか背後に回っていた美鈴が、フランドールの背を押しながら言う。
常に笑っている美鈴だが、この時は一段と嬉しそうな顔だった。
地下室に監禁されているフランを、ようやく地下室から出す事が出来る事を心の底から喜んでいる顔だった。

「だって……お姉さまが私を、みんながいる場所に連れて行くなんて許すわけがないよ」

「えぇ、確かにお嬢様は反対しましたわ」

フランドールの言葉に、咲夜はすぐに答えた。
しかし、その表情は悪戯をした子どもの顔にそっくりだ。

なら、何で連れて行こうとするの?――

その事も不思議に思いながら、フランドールは今も押し続ける美鈴や、右腕をぐるぐると振り回し行っきますよー!と声を高らかにする小悪魔、そして口を開いた咲夜を見た。

「妹様がいなくて寂しげなお嬢様と、お嬢様にあえなくて寂しげな妹様を会わせる為ですわ」

にこり、と微笑んで咲夜は言う。

あの従順な咲夜が、姉の命令を無視して?――

嘘?――

「ね、一緒に行こうフランちゃん」

そう思うフランドールの目の前で、笑顔で言った小悪魔にバシッと叩く咲夜がいた。

「妹様に、馴れ馴れしい言葉を使わないの」

「こあぁ……」

姉への従順な気持ちからか、フランドールとの距離を無くそうと考え、喜ばせようと思って言ったのであろう言葉にも容赦無く突っ込む咲夜。

嘘、じゃないの?――

だったら、先ほどの咲夜の言葉は嘘じゃないのだろうか。
姉への従順な気持ちがあるなら、咲夜の言葉は嘘じゃない筈だから。

「あはは、咲夜さん今くらいは勘弁しましょうよ」

こぁぁ、と痛がる小悪魔を見て、幾らか和んだ雰囲気の中で笑いながら美鈴が言った。

「むぅ……、美鈴が言うなら」

主の事を思っての行動だったが、フランドールを迎えるのに誘った美鈴の言葉には従うしかない。
幾らか拗ねた返事をした咲夜を見て、何かがおかしくなったのか。

「あは、あははっ」

嘘じゃない、嘘じゃないんだよね?――

信じてもいいんだよね?――

「あはははっ!」

あの姉の隣で瀟洒に畏まっていた咲夜が、場の雰囲気を破壊するように小悪魔を引っ叩いて、美鈴に怒られている。
そんな楽しげな雰囲気が、届く位置に、目の前にある。
今まで遠くにいたものが、突然近くに来た気がして心の底から、嬉しくて、楽しくて、可笑しくて。
無表情だったフランドールがいきなり笑い出したのを見て、呆気にとられた咲夜と小悪魔の顔を見ながら、フランドールは笑った。

「あはは、じゃあ行きましょうかフランちゃん」

唯一、呆然とすることもなく一緒に笑っていた美鈴が、先程よりも強い力でフランドールの肩を押す。
フランドールも、先程までは拒んでいたのに今度はゆっくりと、しかし確実に歩き出した。

「……」

フランちゃんと言った美鈴を、咲夜は一瞬だけ睨む。
しかし、ちゃん付けされてフランドールが喜んだのなら、怒れるはずが無いだろう。

「一緒にいきましょう、フラン……ちゃ、ん」

それどころか、手を差し伸ばし、少し戸惑いながら咲夜もフランちゃんと言った。
咲夜にとっては、フランドールを喜ばせる為とは言え、そうする事にも戸惑いを覚えるのだろう。
変に忠義心が高いんだなぁ、と思いながらフランドールは咲夜の手を握った。

「じゃあ行くよー、フランちゃん!ゴーゴー!」

これで地下室からフランドールを出す事が出来る、その事が嬉しかったのだろう。
手招きをしながら、嬉しそうに小悪魔は叫んだ。
その小悪魔の後ろを、咲夜がフランドールの手を引っ張り、美鈴が肩を押しながら、フランドールは初めて地下室から出た。

***

どんちゃん騒ぎを起こしている妖精達を見て、一人沈み込んでいるのもあれだろう。
ワインを飲んで、この暗い気分を晴らそうと思いグラスを手に持ったが、ワインが無かった事に気づく。

「咲夜」

ワインを注いで貰おうと思い、従者の名前を呼んだレミリアだったが、

「……咲夜?」

何時もなら呼べばすぐに来る従者が来ない事に、胸騒ぎがした。

「……はぁ」

――不甲斐無い主に、愛想尽きたか。

何時までも妹の身を案じて、それでいて何も出来ない主。
そんな情けない主に、誰が付いて来てくれるというのだろうか。
再び哀しくなってきて、泣きたくなるのを堪える為にレミリアは目を閉じた。

「なに眠ってるのよ、レミィ」

空のグラスにワインが注がれる音と共に、パチュリーの声がレミリアを起こす。

「どうやら、私は咲夜に愛想付かれたみたいでね……」

自嘲の声と共に、パチュリーの呆れた目を見ながらレミリアが答えた。

「ふ~ん」

そのレミリアの言葉に、パチュリーはどうでも言いとばかりに返事をする。
さらに、ワインを注いだグラスを飲めとばかりに、レミリアに突きつけてくる。

「……あれ?」

本当は無視して眠りにつきたかったレミリアだが、友人に飲めといわれて断るわけにもいかない。
仕方なくグラスに手を出したレミリアだったが、そこであることに気づいた。

「小悪魔はどうしたの?」

いつも一緒にいる小悪魔がいない事に、首を傾げながらレミリアが聞くと、

「同じよ、レミィ。私も小悪魔に愛想疲れたみたいでね」

差し出していた筈のワインを一口飲み、苦笑しながらパチュリーは答えた。

――どういう事?

そう言おうとした矢先に、扉が勢いよく開く音。

「こああああああああああああっ!」

続いて、小悪魔の長い悲鳴と床を転がる音。

「……何やってるのよ、小悪魔」

はぁ、とため息を付いているパチュリーの隣で、レミリアは呆然と扉が開いた先を見た。
扉を勢いよく開けすぎて、あり余った力と共に床を転がり回り、目を回している小悪魔の後ろで、

「お姉さ、ま……」

フランドールの小さな声が、辺りに響いた。

「嘘……、フラン?」

同時に、レミリアの驚きの声も響く。
騒いでいた妖精達は、いつの間にか口を閉じて、さらに微笑を浮かべながらレミリアとフランを見ていた。

「お嬢様、妹様をお連れしました」

そんな静かな空気の中、咲夜がはっきりとした声で答える。
消えていた咲夜と、微笑んでいる美鈴がフランの両隣に立っていた。

「……どういう、事?」

「そういう事よ」

此処に来れないようにしていた妹に、突然いなくなった咲夜。
さらに今もフランドールの肩に手を置いて、ニコニコ笑っている美鈴に、未だに目を回している小悪魔。
そういう事、と言われてもレミリアには、何がなんだか分からない。

「みんな、貴女と妹様を思っての事よ」

何時もは無愛想なパチュリーが、この時ばかりは優しげな眼差しでそう付け足してくれる。

「……」

予想外の返事に、レミリアは会場中を見回す。
会場中にいる妖精達は、レミリアと目が合うとにっこりと微笑んで、頷いて返した。

「お嬢様」

時を止めて移動したのだろう、咲夜がレミリアの隣に突然現れた。

「咲夜……?」

「えぇ、咲夜です。此処まできてくれた妹様に、なにか一言を是非」

いつもは微笑を浮かべる程度の咲夜が、柔らかく微笑んだ。
まるで、母親に内緒でプレゼントを準備した子どもの様に。

「……ありがとう、咲夜」

何時もなら何故連れてきた、と怒りの声を一つや二つは上げただろう。
しかし、今はそんな気は無い。
それどころか、嬉しくて、嬉しくてたまらない気持ちだけだ。

「フラン、よく来てくれたわね……」

此処にいるみんなが、みんなが大切な妹を、フランドールの事を思って連れてきてくれた。
咲夜に関しては、駄目だと言ったのに、それでも連れてきてくれたのだ。

「……お姉さま」

怒られるかもしれない、哀しまれるかもしれない、と思っていたフランドールには予想外の事だったのだろう。

「おいで、フラン。一緒に楽しもうね、パーティ」

「おね……お姉さまぁぁぁっ!」

手をさし伸ばし、そう言ったレミリアにフランドールは涙を流しながら駆け出した。
嬉しくて、嬉しくて仕方の無い涙を流しながら。

「こあぁっ!」

その時、突然小悪魔の短い悲鳴が聞こえ、さらに付近にいた妖精達の悲鳴も聞こえた。
喜んで全速力で駆け出したフランドールに、突き飛ばされてしまったのだ。
このままでは、壁や床にぶつかって大怪我を負ってしまうことだろう。

「こあぁあんっ!」

だが、小悪魔や妖精たちが壁にぶつかった瞬間、ぼよよんっという音が聞こえ、小悪魔や妖精は無傷で床に落ちた。
こうなってもいいようにと、あらかじめパチュリーが魔法を使って壁や床を定反発性のクッションにしていたからだ。

「さすがね、パチュリー」

「魔女だもの、これくらい当然よ」

レミリアの感嘆の声に、パチュリーは素っ気無く返す。
これくらい、とは言っているがこれだけ大掛かりの魔法なのだ。
魔力も大量に消費するだろうし、かなり疲れた事だろう。

――歓喜のフランドールが取りそうな行動を予測して、か。

さすが私の友人ねと思いながら、レミリアは近寄ってくるフランドールを見て、両手を広げた。

「下がってなさい、咲夜、パチュリー」

そして、隣にいる従者と友人にそう呼びかける。

「分かりましたわ、お嬢様」

「気をつけてね、レミィ」

そう二人が言った瞬間には、もう二人の姿は無かった。
咲夜が時を止めて移動したのだろう。

――ほんと、私は良い部下と友人を持ったものね。

喜び駆け寄るフランドールを抱き止めるとなると、幾ら怪力を持つ吸血鬼の自分でもどうなるか分からない。
そもそも、妹も同じ吸血鬼である上に破壊の力を持っているのだから、自分以上の怪力だ。
だからこそ、地下室に閉じ込めざるを得なかったわけだが。

「お姉さまっ!」

床下を壊して跳躍し、姉のレミリアに飛び掛るフランドール。
その表情は、本当にそんな恐ろしいまでの力を持っているとは思え無い程の、無邪気な子どもの笑顔だった。

「おいで、フラン!」

「うん!」

そうレミリアが言い、フランドールが答えた瞬間、フランドールがレミリアに抱きついた。
同時に、小悪魔や妖精を軽く吹き飛ばす程の力が、レミリアを襲う。

「お姉さまっ!?」

バキィッと骨が折れる音が聞こえて、フランドールは我に返った。
自分が物凄い力で姉に飛びついてしまっていた事に。

「なぁに、フラン?」

だが、呼ばれた姉は笑顔で妹の呼びかけに答えた。
何も心配することは無いと、安心させるような笑顔で。

「お姉さま、その……大丈夫?」

「もちろん大丈夫よ、フラン。心配しなくて良いのよ」

心配そうな表情を見せるフランドールに、レミリアはにっこりと微笑んで返した。
とは言っても、全身が悲鳴を上げている状態では、すぐに嘘とばれるかもしれない。

「妹様、椅子をお持ちしました。お嬢様も、どうぞ御掛けになってくださいませ」

すると、突然咲夜が椅子を持って現れフランドールの背後に置いてから、レミリアの背中にそっと手を回して椅子に座らせる。
その一連の動作が余りにも自然すぎて、フランドールは姉の身体がボロボロで、座るのですら億劫になっているとは思ってもいないだろう。

「ありがとう、咲夜。ほら、久しぶりに歩いて疲れたでしょ?フランも座りなさいよ」

咲夜にお礼を言いながら、レミリアは妹へと微笑を浮かべて言う。

「うん!ありがとう、咲夜、お姉さま!」

フランドールも、笑顔で答えてながら椅子に座り、会場にいる妖精達に目を向けた。
すると、何かに気づいたような表情をしてから、少し躊躇いがちに手を振った。
きっと妖精の誰かが手を振っていたのだろう。

「あはは、さすが妹様ですね!」

そこに、小走りに近づいてきた美鈴がそう言いながら、レミリアの肩に手を置く。
見事なまでのランニングフォームでしたよ、いやぁ素晴らしいですね、とフランドールに言いながら置いた手で気を操り、レミリアの自然治癒能力を高める。
フランドールは喋りかけてくる美鈴を見ているから、治療しているという事に気づかないだろう。

「お疲れ様、レミィ」

「料理お持ちしましたよー」

今度はパチュリーが、レミリアの頭に手を置きながら治癒魔法を唱える。
その隣で、フランドールの目の前に色鮮やかな料理を小悪魔が差し出し、テーブルを持ってやって来た妖精達がテキパキと立派な食卓を準備をする。

「ありがとう、みんな……」

姉と、自分の為だけに、みんながこうして準備をしてくれる。
その事が、今まで地下室で寂しい思いをしていたフランドールの心を癒し、自然とその言葉をフランドールの口から紡ぎだしていた。

『どういたしまして、お嬢様』

そのフランドールの言葉に、会場中の皆が微笑んで返す。
中には手を振って返すものもいた。

「良かったわね、フラン」

「うん!」

自分の大切な妹が、みんなに受け入れて貰っているのを改めて実感しながら、レミリアがフランドールに言った。
フランドールは、地下室では一回も見た事が無かった程の笑顔で答えた。

「あーっ!」

その和やかな時間が流れてる場所で、小悪魔が突然声を上げた。

「どうしたの、小悪魔?」

その隣で、五月蝿そうに目を細めながらパチュリーが問う。

「あと一分で来年なんですよパチュリー様!」

「あら、ほんとね」

小悪魔の言葉に、会場の皆が柱時計を見た。
確かに、柱時計は11時59分を指していた。

「今年は無事に過ごせそうですね、お嬢様」

「えぇ、本当に」

ふふっ、と微笑みながら咲夜が言い、レミリアは苦笑を浮かべながら答えた。

――本当に、今年は無事に過ごせた。

会場中の皆が盛り上がる一方、レミリアは静かに目を瞑った。

――いや、無事と言うよりは

クリスマスの次の日、真夜中にフランドールに行った時の光景が目の裏に浮かぶ。

――幸せに、か。

しかし、再び目を開けたときには、その光景は微塵にも残っていなかった。


カチッ。


今か今かと年明けを待つみんなの前で、年明けを知らせる鐘が鳴り響く。

「a Happy new year……」

年が明け、大歓声に包まれる会場の中。
隣にいる小悪魔や美鈴のようにはしゃぐフランドールを見ながら、レミリアが静かに呟いた。
紅魔館の奥深くにある地下室。
そこには、涙を流しながらWhite Christmasを過ごした少女の姿は無かった。
Black New Year、誰もいない真っ暗な地下室は、静かに年を明けた。

明けましておめでとうございます、本当ならこの作品は続きである以上ぷちに投稿したかったのですが……
紅魔館組を暖かく書こうとしているうちに長くなっていしまいこちらへとなってしまいました。
そして本当は00時00分を目指し、カウントダウンを待っていたわけですが……
最後の最後でパスワードを入れ忘れるという事をし、この時間へとなりました。
なので今年の抱負は、些細なミスをしないという事と文力を上げるという事を目標に頑張っていきたいと思います!
今年もヨロシクお願します!
shirufen
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コメント



0.950簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
良い話をありがとう………なんというか、やさしい紅魔館って凄く好きだ
5.100名前が無い程度の能力削除
やっぱり、みんながそろって幸せでいてこその紅魔館ですもの。
今の幸せには、誰も欠かすことができないんです
レミリアもフランも咲夜もパチュリーも美鈴も小悪魔も妖精メイドたちさえも、ね
10.100煉獄削除
皆が優しくて、笑いあっている紅魔館って素敵ですよね……。
読んでいると、自然と頬が緩んでくる良いお話でした。
13.100名前が無い程度の能力削除
やはり紅魔館はこんなやさしいイメージ。
いい。凄くいい
23.100ずわいがに削除
これがハートフル魔館か