Coolier - 新生・東方創想話

ニンゲンマン

2012/11/23 20:30:59
最終更新
サイズ
30.76KB
ページ数
1
閲覧数
3711
評価数
12/39
POINT
2070
Rate
10.48

分類タグ



 鬱蒼とした森の中で、一人の闇妖が嘆息した。
「お腹が空いたなぁ」
 彼女は、一本の大木に体を預けながら、茂る枝葉によって塞がれた空を虚ろな目で見つめている。もう随分と長いこと、彼女は人間を食べていなかった。
 少し前であれば、狩りに出れば三日と経たず、獲物を見つける事が出来た。だが、今では狩りをはじめて一週間、全く獲物に出会わないことも珍しくない。そして、今回の狩りは本当に何もかもが上手く行っていなかった。
 幾度か外から迷い込んだ人間を見つけても、それは身重だったり、子供だったりと取って食うには(人道的観点からではなく、狩人としての視点から)気の引ける人間ばかりだったのだ。
 だから、闇妖はすきっ腹を抱えて、夜を待つ。
 昼でも闇を張れば身動きが取れるけれど、それでは視界もきかなくなる。視界がきかなければ、獲物を探す事もままならない。だから、彼女は夜に狩りをする。太陽の光はだいっ嫌いだけど、月の光は嫌いではない。
 だから、昼は暗い場所で寝て過ごすのが常であるのだけれど、闇妖はまんじりともできずにした。空腹が彼女を寝かせてくれないのだ。
 腹の虫が、ぐぅと唸る。
 仕方無しに闇妖は、ポケットから小石を取り出した。川原で拾ったつるつるした石で、味は全くしないけど、舐めていれば唾液が出て、少しは空腹が紛れる。本当ならば、飴玉だとかニッキだとか、そんな味の付いた物が欲しい所だけれど、そんな気の効いた物は持ち合わせていない。そもそも闇妖はさして裕福な妖怪ではないのだ。手に職もなければ、物持ちでもないし、資産もなければ、銭とはとんとご縁が無い。
 だから、二束三文の駄菓子でも、滅多に持っていなかった。最も、食べ物があればつい食べてしまう性質なので、仮に持っていたとしても、狩りの初日に全部食べてしまっただろうが。
「……ひもじい」
 石ころを舐めながら、その闇妖――ルーミアは切なそうに呟いた。
 ルーミアは幻想郷において、それなりに古株の妖怪である。昔から幻想郷で生活をしていて、食べてもいい人間を見つけては、それを取っては食っていた。
 そうして、長いこと幻想郷で狩猟採集生活を送ってきたルーミアだったが、どうにも最近は勝手が違うようだ。狩りに出ても、なかなか獲物にめぐり合えず、見つけても子持ちだったり、子供だったりと、いわゆる釣りで言うところの外道であることが多いのだ。
 獲物の数が減っている。
 最も、幻想郷に流入する人間の数は腹ばいであるらしい。八雲紫が発行する『幻想入り白書』によれば、紙や型落ちのコンピューター、羽の付いた扇風機、あるいはブラウン管のテレビ等が増加傾向にあるのに対し、人間の幻想入りの件数には変化が無い。
 なのに、ルーミアは飢える事が多くなっていた。つまり、供給量が低下していないにも関わらず、食糧不足が起きているという事は、消費者側に問題が発生しているという事だ。そして、その問題は既に判明している。
 人食い妖怪が増えているのだ。
 切っ掛けは地下との交流再開だった。地下から吹き出る間欠泉と一緒に、地下に封じられたはずの妖怪達が再び地上に出てくるようになった。それだけならば、さして問題はないのだけれど、これらの妖怪には、一つの問題が存在した。多くが人間を食料とする妖怪だったのだ。
 それまでは、地下は独自の方法で物資を調達していたらしい。だが、交流再開をしてからは、彼女らは地上でも人間を好んで食べるようになった。供給量に変化は無いのに、消費者が増大してしまえば、その価値が高騰するのは必然である。
 食べてもいい人類の欠乏は、必然だった。外から迷い込む天然モノの人類は、今や希少資源となり、人食い妖怪の間では、獲物の取り合いまで起きてしまっている。
 そうなれば、力の弱いものが割りを食うのは歴史の必然。そして、ルーミアは、決して力の強い妖怪ではない。
 だから、ルーミアは飢えている。
「スペアリブが食べたい……」
 味のしない石ころを舐めながら、闇妖は切なそうに呟いた。脳裏に浮かぶのは、美味しいものを食べていたときの記憶だ。少し前に食べた人間は美味しかったなぁとか、あのおじさんはいい肉つきをしていたなぁとか、そんな記憶。そして、そういう事を考えていると、余計にお腹が減ってくる。
 また、お腹がぐぅと鳴った。
 そんな折、森の奥から、バキッという音がする。
 ルーミアは跳ね起きた。
 それは何かが小枝を踏み拉いた音だった。何者かが近くに居る。
 獣か、妖怪か、あるいは人間か。
 舐めていた小石を吐き出して、ルーミアは狩りの態勢を取る。最も、即座に襲い掛かる事はしない。否、幻想郷の人食い妖怪には許されていない。
 相手が人間であったとしても、ちゃんと捕食の許可が出ている人間――食べても良い人類であるかどうかを確かめる必要がある。
 人間の里に住む幻想郷に定住している人間や、新たに幻想郷に定住しそうな人間、幻想となった民族、あるいは妖怪の賢者によって保護されている人間などは『食べてはいけない人間』とされていて、それを食べた妖怪は、幻想郷では生きていけない。
 だから、人間を見つけたらルーミアは最初にこう聞くようにしている。
「貴方は、食べても良い人類?」
 最も、それで頷く馬鹿など居ないので、そうして問いかけをしながら、その人間が幻想郷の住人であるのか、保護対象なのかとじっくりと観察を――
「お腹がすいているのかい?」
 だが、その人間は、ルーミアに観察する隙さえ与えず、逆に質問を返してきた。
 その返し方に闇妖は戸惑う。戸惑うけれど、ルーミアという妖怪は、かなり素直な妖怪である。だから、戸惑いながらも彼女は人間に首肯してみせる。
 すると、
「そうか、君はお腹がすいていて、しかも、ボクを食べたいのか。だったら――」
 そう語ると人間は着ていた服を脱ぎ捨てた。
 へんたいだ。
 そうルーミアは叫ぼうとする。
 しかも、その手には山刀を構えていた。分厚い刃の、作業用にも格闘戦にも使える万能刀だ。その刃には赤錆が浮いていて、使い込んだ形跡がある。これは色々な意味で危険だ。
 危険な変態さんと遭遇してしまった。
 ルーミアが身の危険を感じ、慌てて身構えようとすると、その人間は持っていた山刀を自分の腹に突き立てた。
「え」
 間の抜けた声がルーミアの口から突いて出る。
 しかし、人間は呆然としている闇妖には構わず、腹に突き立てた山刀を横へと動かした。

 鮮血が飛び散る。

 血飛沫がルーミアの顔を濡らす。
 何が起こっているのかルーミアは認識できなかった。人間に声をかけた途端、その人間が自らの腹を裂いたのだ。そんな光景、妖怪としての自我に目覚めてから、今まで一度も見た事が無い。
 人間が割腹をする場面ならば、幾度か見た記憶があった。かつて、この国の戦士階級の間では、自死に際して腹を切るという文化が根付いていた。ずっと前に空から武家屋敷にお邪魔した時に、そういう光景を見た事がある。けれど、声をかけた途端、獲物が自分で腹を裂いたのは初めての経験だった。
 こういう時に人間は、逃げるか、素っ頓狂な受け答えをするか、あるいは抵抗するかの三択だ。いきなり腹を掻っ捌くなんて、あり得ない。
「うぐ、ぐぐぐぐぅっ、ああああああああああ!」
 だが、実際に人間は腹を裂いている。切れ味の鈍そうな錆の浮き出た山刀で、腹にもう一つの口でも作るかのように、真一文字の傷を作っている。しかも、痛いらしく、脂汗を垂らしながら、悲鳴を上げている。
 なら、やめれば良いのに。
 呆然としながらも、ルーミアはそんな月並みな感想を抱いた。既に人間は腹を半ば切り裂いている。腹に出来た口からは、胃や腸、その他の内臓が垂れ下がり、血液だけではなく胃液やリンパ液、内容物まで噴出し、地面にびちゃびちゃと汚い音を立てながら、悪臭の水溜りを形成していた。
「さ、さあ、ボクをお食べ」
 そんな悪夢のような悪臭の中で、その人間は腹に手を突っ込むと胆を引きずり出して、それをルーミアに差し出した。
 意味が分からない。
 けれど、お腹の虫が鳴るほどに腹を空かせているのも事実である。だから、ルーミアはおずおずと、差し出された人間の生き胆を手に取って、食べた。
「……おいしい!」
 それは、とっても美味しいレバーだった。
 空腹は最高の調味料というが、それを差っ引いてもかなりの上物。ルーミアは、それまで感じていた薄気味悪さを忘れて、生き胆にがっついた。
「それは、良かった……」
 そう呟くと、人間は倒れた。
 生きたまま腹を裂き、肝を抜けば人は死ぬ。至極、当然の帰結として、その人間は死んだ。


 以上が、幻想郷に現れた『ニンゲンマン』の最初の目撃例である。






















 最近、天狗の新聞に『ニンゲンマン』なる怪人についての記事が後を絶たない。
 文々。新聞や花果子念報を初めとした各紙には『ニンゲンマン』についての目撃報告(だいたいが似たような内容)、識者や記者自身の見解(小難しい事を言っているけれど、大した事は書いていない)、目撃された場所の写真(普通の風景写真)で紙面が埋め尽くされ、ニンゲンマンという奇怪な人物について、扇情的に書きたてて、読者の興味を煽っている。
 お陰で、元々ニンゲンマンに興味を持っていた妖怪達(大抵は人食い妖怪)だけではなく、そうでない妖怪までがニンゲンマンに興味を持たざる得なくなった。
 そうして、一つのムーブメントとなりつつあるニンゲンマンだが、その正体の殆どは、謎に包まれている。しかし、僅かに判明している事だけでも、ニンゲンマンはかなり奇妙な人物である事が見て取れた。
 ニンゲンマンが幻想郷に認識され始めた頃の文々。新聞によると――


     ○


 ≪幻想郷に出没する謎の怪人 ニンゲンマンに迫る≫


 貴方はこんな話を聞いたことが無いだろうか、人食い妖怪がお腹をすかせていると、ある人間がやってきて、自身の体を食べさせてくれるという。いつの頃からか、その怪人物は、外の世界に居る類似した行為を行う英雄(確かナントカパンマンという名前だった)に習って、ニンゲンマンと呼ばれるようになった。
 だが、多くの妖怪はニンゲンマンについて懐疑的だ。
 鴨が葱を背負ってやってきたとか、まな板の上の鯉どころではなく、自分で自分を捌いてしまうという謎の怪人物『ニンゲンマン』は、妖怪の常識からかけ離れた存在である。自分の命が何よりも大切である人間が、自分の命を妖怪に差し出すわけがないだろうと、多くの妖怪は確信しているのだ。
 だが、常識に囚われた妖怪諸兄は幻想郷で常識など通用しない事を思い出すべきだろう。雀が海に入って蛤となり、サザエが鬼となる幻想郷において、妖怪に自ら身を差し出す人間が居ても、何の不思議もありはしない。
 その上、本紙はニンゲンマンと遭遇したという話を独自の情報網でキャッチした。
 ニンゲンマンが真実であると語るのは、宵闇の妖怪ルーミア氏である。同氏は、ニンゲンマンと出会い、実際にそれを食べたのだという。
 ルーミア氏、曰く。
「会った早々、お腹を自分で切り裂いたんだよ。すっごい吃驚した。それで生き胆を差し出されて、食べろって言うのよ。で、ちょっと気味が悪かったけど、そのままにしてると鮮度がドンドン落ちちゃうじゃない? だから、ああ、これは食べないと勿体無いって思って、食べたら美味しかったから、残りも食べたよ。うん? その人は生き残ったのかって? やだな、私は食べ物を残すような勿体無い事はしないもん」
 他にニンゲンマンを目撃し、それを食べた妖怪は居る。地下から出てきた土蜘蛛の黒谷ヤマメ氏だ。
「その時は、お腹が空いていたのよ。そこにニンゲンマンが現れて、あれよあれよと言う間に、お腹を切り開いて死んじゃったの。いやぁ、本当なら病気に感染させてから食べたかったんだけどさ。本当にあっという間だったからね。死んでから『ああ、これがニンゲンマンだ』ってようやく気がついて、で、食べたよ。うん、無駄な肉が付いてなくて、食べ応えは無かったけど、さっぱりしてて美味しかった。え? 死んでたかって? まあ、骨だけになっても生きていられるなら生きてたかもしれないけど、普通に考えたら死んだんじゃないの」
 他にも、人食い妖怪の何人かがニンゲンマンと遭遇し、美味しく食べたと証言をしている。これは最早、ニンゲンマンの真偽を語る段ではない。ニンゲンマンがどのような生き物なのかを語る段階に来ているのだ。
 なので、一つ本紙が疑問を呈しておこう。
 ルーミア氏に食べられて死んだはずのニンゲンマンが、どうして黒谷ヤマメ氏を初めとする、他の人食い妖怪にも食べられているのかという話だ。
 妖怪である我々は忘れがちであるが、人間は食べられると死んで霊魂となり、閻魔様の元へ行く事になっている。幻想郷であると、四季様のところに行って裁かれ、転生する。人間は、妖精や妖怪のように、時が経てば元の形で復活できるという物ではないのだ。それなのにニンゲンマンは、何度も人食い妖怪に食べられながらも、新しいニンゲンマンが現れている。
 これはどういう事なのか。
 考え方は二通りできるだろう。一つは、ニンゲンマンはそれぞれ別人であるという考え方だ。この場合、カタツムリに寄生するロイコクロリディウムのように、人間を中間宿主とする妖怪に寄生する寄生虫が発生し、それが人間に突飛な行動を取らせているとか、あるいは妖怪に食べられると極楽に行けるみたいな宗教が発生したとか、そんなところだろう。
 そして、もう一つが、ニンゲンマンは死んでも復活する人間だという考え方だ。つまり、ニンゲンマンは死んでも死なない人間という事である。
 これについて、死なない人間として有名な藤原妹紅氏に話を聞いてみた。もしかしたら、同氏がニンゲンマンではないかと、一部で言われている事もあって、筆者が詳しい話を聞きたかったからだ。
 なので、単刀直入に「貴方がニンゲンマンじゃないんですか、妹紅さん!」とインタビューを試みてみると、
「なんだ、そのニンゲンマンってのは………………成程。なんというか、ひたすらにおぞましい話だな。何度も自分を食べさせるとか、正気とは思えん。ああ? 違うよ、期待に添えなくて残念だが、私はニンゲンマンなんかじゃない。そんな事をする理由も動機も無いからな。しかし、自分を他人に食べさせて、再生するって、そのニンゲンマンとやらは随分と悪趣味な事をするもんだねぇ」
 どうやら、藤原妹紅氏はニンゲンマンではないらしい(本人談)。
 そして、ニンゲンマンは尋常ではない精神の持ち主であるという。確かに、冷静に考えてみればそうだろう。他人に自分を食べさせるなんて、普通の考えでは到底たどり着かない発想だ。だからこそ、寄生虫説等がまことしやかに囁かれているワケである。
 果たして、ニンゲンマンとは何者なのか。何を目的として、己を食べさせようという奇行を繰り返すのか。
 次回は、虫の専門家リグル・ナイトバグ氏にニンゲンマン寄生虫説について詳しい話を窺っていく。
 


     ○



 その後もニンゲンマンの正体についての様々な推測がなされた。
 当人が否定をしても、未だに藤原妹紅説が有力であるが、他にも不死の噂がある八意永琳説や蓬莱山輝夜説、あるいは人魚を食べて不死となった八百比丘尼説、寄生虫説、はたまたそもそもニンゲンマンは不死者ではなく、同じ規格の人間が外の世界から入ってきてるのだというニンゲンマン外来説、更には妖怪たちの集合無意識が生み出した新妖怪説や地球外生命体説等、様々な可能性が論じられた。
 だが、それらのどれもが『何故、ニンゲンマンは自らを妖怪に食べさせるのか』に対する完璧な説明は出来なかった。
「今日も新聞はニンゲンマン一色だよ。ご主人」
「みんな、良く飽きませんねぇ」
 そうして人々がニンゲンマンについて興味を募らせる中、命蓮寺でもニンゲンマンの話が話題に上る。
 命蓮寺の妖怪たちはニンゲンマンに、さして興味を示していなかった。
 元々、人間を食べる妖怪は少なく、その上、そうして人間を食べていた妖怪も現在では仏法に帰依している事から、妖怪に人肉を給するニンゲンマンに対する関心は薄い。故にニンゲンマンブームに沸く幻想郷においても、ニンゲンマンが話題になる事は少なかったのだが、こうも毎日新聞に載れば、嫌でも目に入るという物である。
 だから、『毎日飽きないね』という調子で、それが話題となったのだ。
「……そのニンゲンマンとは何ですか?」
 すると、それまでニンゲンマンについて全く知らなかった聖白蓮が食いついた。
 この住職は日々の修行に精進している為、流行り物にうとい性質だ。自分の寺の小坊主が、妖怪バンドで人気者になっていても気が付かないほど、そういう方面は苦手なのだ。
 そんな流行に鈍感な白蓮に、毘沙門天代理の寅丸星が説明をする。
「なんかこう、ナイスな感じの変な人です」
「ええと、その説明では、ちょっと良く分かりません」
 寅丸星のファジーな説明に白蓮は困った顔をしていると、主人の言葉を継いでナズーリンが説明を始めた。
「最近、幻想郷に現れた怪人物で、腹が減っている人食い妖怪に自分を食べさせる奇特な人だよ」
「自分を、食べさせるとは?」
「そのままの意味だ。人食い妖怪を見つけると、自分の身を差し出して食べさせるのさ」
 ナズーリンは、幻想郷で語られているニンゲンマンについての基本的な話をした。すると、どうした事か、白蓮は目を輝かせると、感極まったように叫ぶ。

「それは、とても素晴らしい事です!」

 斜め上の反応だった。
「……は?」
 説明していたナズーリンは、呆気に取られて白蓮を見る。我が身を妖怪に食べさせる謎の怪人のどこに素晴らしい要素があるのだろうかと、訝しげな顔で命蓮寺住職を見た。一方寅丸星は、不思議そうな顔をして小首を傾げている。多分、よく分かっていないのだろう。
 分からないから、星は白蓮に尋ねる。
「あの、聖。素晴らしいとは、何がです?」
「いえ、だって考えてもみてください。他者の為に我が身を犠牲にするなんて、とても素晴らしい自己犠牲精神ではないですか」
「そ、そうかな」
 ナズーリンは、引きつった笑顔で同意を見送った。
 確かに、洋の東西を問わず宗教という物は自己犠牲を尊ぶ物である。多くの宗教では、喜捨などで自身の財産を他人に分け与えることを是としたり、自分を捨てて他人の為に尽くす事は尊いと教えている。例えばイスラム教では、喜捨は義務であるし、キリスト教でも貧しい人に施しをする事を良しとしている。勿論、仏教においてもその傾向は強く、利他行という自身が救われる事よりも、他者を救うために行動すべしという考え方がある。
 その点から見た場合、『ニンゲンマン』の己を人食い妖怪に食べさせるという行為は、確かに究極の自己犠牲と捉えることが出来るのかもしれない。
「でも聖。これはちょっと行き過ぎではないですか」
 なんとなく納得できない星が、白蓮に異議を唱えた。
 ニンゲンマンの行為は、宗教的視点から見た場合、究極の自己犠牲と取れなくも無いが、出会いがしらに割腹する様は、あまりにもショッキングすぎる。
「そうかもしれません。けれど、博愛とは時に苛烈な物なのです」
「ごめん。わけがわからないよ」
「そういう物です。それに、この話を聞いていて何か思い出す事はありませんか?」
「思い出すこと?」
「お釈迦様の前世を描いた本生経に書かれている捨身飼虎ですよ」
 それは仏教の開祖である釈迦の前世の物語だ。
 飢えた虎の親子を救うために、釈迦尊の前世である王子が我が身を犠牲にし、これによって虎の親子に我が身を食べさせるという話で、これは日本では法隆寺が所蔵している玉虫厨子の図案として良く知られ、自己犠牲精神の尊さを多くの人々に伝えたという。
「あったね。そういう話は」
 その話はナズーリンも良く知っている。
 しかし、幻想郷に出没する謎の怪人ニンゲンマンと、釈迦尊の前世における逸話を関連付ける事ができなかった。否、関連付ける聖白蓮が少しおかしいのかもしれない。
「成程。そう考えたら確かに偉い人のように思えてきますね」
 そうして呆れるナズーリンとは対照的に、毘沙門天代行は白蓮に同意し始める。
 そんな星に対して、白蓮はとても嬉しそうな調子でこう続けた。
「そうでしょう。ですからこそ、そのニンゲンマンさんを是非とも命蓮寺にお迎えしたいのです!」
 再び、斜め上の発言が飛び出してきた。
「ええと、その、聖」
「なんです?」
「その、お迎えしたいとはどういう意味かな?」
「そのままの意味ですよ。この命蓮寺に在籍して欲しいという意味です」
「本気で?」
「私はいつでも本気ですよ」
 どうにも、面倒臭い話になってきたと、ナズーリンは嘆息した。
 この聖白蓮という魔法使い兼住職は、極めて善良な人間であるし、人間妖怪の分け隔てもなく接するという、大変立派な人物なのであるけれど、幾つかの致命的な欠点がある。
 その一つが、これだ。
 思い込みが激しい人なのだ。
 例えば、そこらをフラフラしているだけの覚を見かけては「彼女こそ、妖怪にあって大悟に最も近しい存在です」などと入れ込んで、命蓮寺の在家にしてしまったり、山から転がり出る繭型の石を見つけては「これはとても尊い形をしています。きっと、仏性が宿った石に違いありません」等と言っては、地権者に頼み込んで譲ってもらったり、朝食のパンの焼き加減を見ては「見てください。お釈迦様が映ってます」と焼き方の加減で釈迦如来に見えなくも無いパンを仏壇に入れては放置をし、カビを生やして涙目になったりする。そういう人なのだ。
 だから、その琴線に『ティンときた』ら、もういけない。
「間違いなくそのニンゲンマンさんは、利他行の精神を体現した人に違いありません。なので、是非とも手本として……」
 こうなってしまったら、もう駄目だ。
 聖白蓮は、全力を尽くして『ニンゲンマン』を探すことだろう。
 流石に勤行そっちのけでニンゲンマンの探索をしたりはしないだろうが、命蓮寺のトップが都市伝説の怪人探しに掛り切りになるのは、あまり良い事ではない。
 ナズーリンは再び溜め息を吐いて、白蓮にこう提案した。
「ならば、聖。私が探してこようじゃないか」
「え、ですが、これは私が言い出したことで」
「そう言うけれど、ニンゲンマンを探すとなればかなりの時間を捜索に当てなくてはいけない。けれど、聖には暇な時なんて無いだろう」
「そ、それは……」
 それはナズーリンの言うとおりだった。
 聖白蓮は命蓮寺の住職だ。それは寺としての命蓮寺と妖怪のたまり場としての命蓮寺、その二つを総括しなければならないという事である。毎日の勤行は過密であり、その合間を縫って白蓮は妖怪たちの世話も焼いている。
 そこにニンゲンマンを捜索する時間など無いに等しい。
「私はみんなと違って修行をしているわけではないから、時間だけはたっぷりあるからね。ご主人や聖の代わりに私が動く。それは当然の事だろう。それに、失せ物探しは私の十八番だよ」
 そういう事になった。


 かくしてナズーリンはニンゲンマンを探す事になった。
 失せ物探しを得意とする彼女は、あらゆる手段を行使してニンゲンマンの行方を捜し求める。しかし、それはとても骨の折れる作業だった。
 まず、ナズーリンの得意としているマウスダウジングは、ダウジングと本人は強く主張しているものの、実際には子分のネズミを使った調査である。だから、彼女が探しだせるのはネズミの認識できる物に限り、それ以外の捜索には向かない。
 それでもダウザーの小さな大将は前向きだ。
「所詮、追うのは人間だからね。私のネズミは人間の個体識別は不得意だけど、人間を見つけるだけなら、そう難しい事ではない。人間ほど体が大きいと残す痕跡も大きくなる。そして、それらであればネズミたちはよくよく見つける事が出来るのだよ」
 例えば、一匹の熊が居るとする。
 それは生きていく上で餌を食べなければならない。餌を食べるには食料を求めて移動しなければならず、安全に餌を得る為に自身の縄張りを主張しなければならず、餌を食べれば排泄もしなければならない。その上、食べカスは其処に放置するし、大きな体で藪を進めば獣道も出来るし、匂いも残る。安全に休む為には寝床も必要で、それを形成するためには、色々と環境に手を加えなければいけない。
 生きていると言う事は、目立つ事なのだ。
 まして、相手は人間だ。
 獣に比べても、痕跡は残り易い。かなり容易く見つける事が出来るだろう。

 そう考えていた。

 だが、ナズーリンは気が付くべきだったのだ。
 彼女の他に多くの妖怪達がニンゲンマンを探しているというのに、未だに捕獲報告は一つも無く、ただ、遭遇例が稀に現れるだけという現状を認識するべきだった。
 ニンゲンマンは全く見つからなかった。
 食べられた痕跡は残っている。
 そこから、足跡を遡ることが出来る。
 けれど、それ以上先は全く駄目だ。足跡と食べ残し程度しか、ニンゲンマンは痕跡を残してくれない。
 その上、残された足跡はとても奇妙なのだ。
 別にサイズがおかしいわけではない。足跡は一般成人男性の大きさで、いたって普通の足跡だ。形も普通。重さはやや軽めと言ったところか。
 ならば、何が奇妙かと問われれば――
「休んでいる形跡が、ない?」
 足跡を見つけたのは急勾配の山中ばかりだ。その傾斜はかなりきつくて、まともな道も無く、山歩きに慣れた人でもかなりの苦労を強いるであろう、そんな場所だった。
 それなのに、足跡は絶え間なく続いており、座れそうな岩だとか、岩清水の湧き出している場所とかでも、全く休んでいる形跡が無い。
 よほどの健脚なのだろうか。
 あるいは、山伏などの山の達人か。
「いや、そうした人たちなら、余計に休憩はしっかりと取る筈だ」
 山歩きにおいてペース配分は極めて重要な要素である。だから、山に慣れている人であればあるほど、休める場所ではしっかり休んでいるはずだ。こんな急勾配では尚更である。
 まるで、何かに急かされているような、そんな調子で足跡はずっと続いている。
 そんな調子であるから、足跡以外の痕跡は全く見つからない。
 ならばと、実際に目撃者兼捕食者と接触し、詳しい話を聞いてみる。
 しかし、大した収穫は無かった。
 唯一、手がかりになりそうな情報は、ニンゲンマンの外見についてである。
 性別は男性。
 肌の色はやや濃く黄褐色で、髪は少し縮れている。背は中背だが、肉はあまり付いておらず、簡素な貫頭衣とサンダル、それに山刀という質素な見た目をしていたという事だ。幻想郷では、それなりに目立つ姿をしている。そうした情報が新聞に出ていなかったのは、ブン屋がスクープを独占したい為だろうか。
 そして、外見情報が一部で知られているにも関わらず、未だにニンゲンマン捕獲の報が入っていないという事は、里にニンゲンマンは現れていないという事である。
 ニンゲンマンが目撃され、捕食されたのが全て人里離れた山中であることを考えると、やはり捜索すべきは山中で間違いない。
「……しかし、参ったね。これは」
 そこでナズーリンは頭を抱える。
 情報は、それなりに揃っている。
 だが、足取りを辿る事は極めて難しく、痕跡はとても微かなものだ。
 現時点で多くの妖怪がニンゲンマンを探しているが、これでは容易に見つける事は出来ないだろう。ニンゲンマンを探している妖怪の多くが、人食い妖怪と呼ばれる部類である。つまり、日常的に幻想郷に迷い込んだ人間を探し出して、狩って食っている人間狩りのスペシャリスト達だ。
 それが、どうして、たった一人のニンゲンも捕まえることが出来ないのか。
 それは先に述べたニンゲンマンの異常なまでの痕跡の薄さに起因している。
「ニンゲンマンって、何者なんだろう」
 ナズーリンは、自問する。
 なぜ、幻想郷に現れたのか。
 どうして、自ら妖怪に食べられるのか。
 そもそも、実在するのか。
 分からない。
 もしかしたら、本当に釈迦尊の化身だったりするのだろうか。
「……そういえば、今昔物語には帝釈天様が関わる似た話があったね」
 それは月の兎という話だ。
 ある老人が腹を空かせているところに、猿、狐、兎が通りかかった。彼らは非常に心優しい動物達だったので、どうにか老人を助けてやろうと考えた。猿は木から木の実を、狐は川から魚を取ってきたが、兎は何も取ることができなかった。それでも老人を助けたかった兎は、猿と狐に頼んで火を起こしてもらい、自らを老人に捧げた。
 そこで老人は自らが帝釈天である事を明かし、兎の献身を称えて、その身を月へと上らせた。それが月に兎が居る理由であるという。
 これも徹底的な利他行の物語である。
「もしかしたら、今回の騒動は帝釈天様が関わっているという事はないだろうか?」
 ナズーリンは、今回のニンゲンマン騒動について、単なる薄気味悪い事件だとしか思っていなかった。白蓮が『素晴らしいです!』などと言い出しても『ああ、またか』程度にしか考えて居なかった。
 けれど、首を突っ込んでみるとこのニンゲンマン騒動は、常識を超えている部分が幾つもある。得体の知れない何かを感じるのだ。
 まるで、神仏の類でも関わっているかのような、そんな空気をナズーリンは感じ取っていた。
 そして、これが神仏の類が関わっている事件であるとすると、たかが妖怪が推理を重ねても、真相に辿りつく事は不可能なのではないか。
 こうして探索をする事が無駄ではないか。
「ちゅう!」
 そんな事を考えていると、ネズミの一匹がナズーリンに報告をしにきた。
 人里はなれた山奥で、熊よりも小さく、他の四足よりは大きい、二対からなる足跡を発見したのだという。
 その場所を地図で確認してみると、人里からは離れていて、他のニンゲンマン目撃箇所とも重ならない。
 そんな場所だった。
「考えていても仕方がない、か」
 脳が役に立たないなら、足で調べるしかないだろう。
 ナズーリンは足跡があるという場所に飛んだ。
 すると、その足跡はただひたすらに続いている。
 ふと、ナズーリンが息を呑む。
 休憩も挟まぬ、まるで何かに急かされる様な足跡、これは間違いなくニンゲンマンが残す足跡だ。
「これは、間違いないな」
 ナズーリンは足跡を辿った。
 歩きでは疲れるので、地面すれすれを飛んで追跡をする。幻想郷の山々は木々が深く、飛ぶには辛いものがあるけど、足を棒にするよりは遥かにマシだ。
 足跡は、どこかに向かうというわけでもなく、山間を縫うように続いている。
 まるで、移動をするのが目的だと言わんばかりに、謎の足跡はひたすらに続く。
 徒歩にすると優に一昼夜は歩き続けるだけの距離を、ニンゲンマンは移動していた。
 異様だ。
 本当に自分が追っているのは、ニンゲンなのか。
 僅かに、ナズーリンは怖くなってくる。普段は尊大な態度を取っているものの、そんなに肝は太くない。怖がりだ。
「こ、こんな事ならご主人から宝塔を借りて来れば良かったな」
 そんな事を呟きながらも、速度を落とさずに追跡を続けていると――
「あ、あれはっ」



 ナズーリンは幻想郷の山中にて、謎の怪人ニンゲンマンに遭遇した。








































     ○

 そして、ナズーリンは命蓮寺に帰還する。
 すると白蓮が彼女を迎えてくれた。
「見つかりましたかっ、ニンゲンマンさんは!」
 白蓮は興奮を隠し切れずに、ナズーリンに迫った。
「ああ、見つかった。最も、聖のご期待には添えないかもしれないけどね」
「私の期待に添えない?」
「ニンゲンマンは……いや、アハスエルスさんは一所に留まる事が出来ない。そういう呪いをかけられている。だから、彼を命蓮寺に迎える事は出来ない。連れて来る事も難しい」
「呪い、ですか」
「そうだよ。二千年前、彼は神に呪いをかけられたんだ」
 さまえるユダヤ人という伝説がある。
 それは、基督教に伝わる伝説で、かの宗教における『神の子』が人々の罪を購う為に十字架に架けられる事となった時、背負った十字架が重くて、靴屋の店先で休もうとしたところ、その靴屋の主人に罵声を浴びせられ、靴屋は神の呪いを受けたという話の事だ。
 そのユダヤ人の靴屋がアハスエルスという名前で、彼は最後の審判が起きるまで、延々と地上を彷徨わなくてはならないという呪いを受けた。
 それが、幻想郷を騒がせたニンゲンマンの正体だった。
「き、基督教関係の人だったんですか。でも、その人がどうして、幻想郷で利他行を?」
「まあ、呪いを受けたのが二千年前だからね。彼も色々とあったんだよ」
 さまえるユダヤ人は、深い後悔と共にあった。
 当時の彼にとって『神の子』は単なる罪人に過ぎず、贔屓目に見ても新興宗教の教祖以外の何者でもなかった。だから、罪人に対して店先で休まれては堪らないから、早く行けと言っただけなのだ。
 その一言さえなければ、彼は二千年も苦しむ事は無かった。その後悔たるや想像を絶するに余りある。
 そうして後悔をする中、彼は最後の審判を熱望した。
 それが来れば、彼は地獄に投げ落とされるだろう。だが、少なくとも地上を彷徨う事は無くなる。故に、それは救いだった。
 しかし、直ぐに来るといわれていた最後の審判は、百年経っても、五百年経っても、千年紀が終わっても来なかった。
 その頃になると、彼は考え方を変えた。
 救いを待つのではなく、自ら救われようと。
 その為に、ただひたすらに善行を繰り返すようになった。神の歓心を買い、呪いを解いて貰う為である。そうして、善行を積めば、罪が許されるかもしれない。
 そう思ったのだと、彼は言った。
 それからのさまえるユダヤ人は、ひたすらに良き行いを繰り返した。
 彷徨う呪いがある所為で、一箇所に留まる事は出来ないけれど、金を手に入れては他人に施し、食事を貰っては飢えた人に与え、乱暴を働く人がいれば、代わりに鞭を打たれる。
 悪行を積まないようにも努力をした。
 一切の食を断ち、生き物を害さないようにし、言葉を慎み、感情を表さず、欲を殺し、他人を羨まず、神に対して敬虔であろうとした。
 そうした事を千年もずっと続けてきた。
「でも、呪いは解けなかった。どんな方法を持っても死ぬ事は出来ず、一箇所に留まる事は許されず、常に『早く行け』と追い立てられる。いやはや、基督教の神は本当に怖いね。私も、呪われない為に基督教に入りたくなってくるぐらいだ。ま、そういうわけで、さまえるユダヤ人の善行は、多くの人の救いにはなったけれど、本人の救いにはならなかった」
「そう、でしょうね。本人がまだ生きて、地上を彷徨っている以上は」
「そんな折、彼は釈迦尊の善行を知った。そして、それを――究極の善行を行う事にしたんだよ」
「それが、捨身飼虎の実践だったのですね」
 さまえるユダヤ人を痛むように白蓮は悲しい顔で呟く。
「そう。誰かの為に自身を犠牲にするなんて、それは正に自分が罵倒した『神の子』の姿そのものではないか。そうアハスエルスさんは考えた。誰かの罪を背負って十字架に架かる事は難しいけれど、我が身を差し出すことなら、幻想郷においてなら可能だ。だから、それを実践した。自分を食べたいというモノに我が身を与え、神が最も尊ぶ自己犠牲を繰り返す事で自分が罵倒した『神聖なモノ』になろうとした。そうして、神の呪いを解こうとしたんだね」
 けれど、未だに神の呪いが解ける事は無く、彼は地上を彷徨っている。
 休む事は許されず、歩みを止める事も許されず、昼も夜も無く、眠る事も無く、ただ死だけを求めて彷徨い歩き、我が身を他人に与えている。
「ねぇ、聖」
「はい」
「なんでアハスエルスさんは許されないのかな」
 ナズーリンは白蓮に問う。
 その目には、彼があまりに理不尽な罰を受けている事に対する義憤が渦巻いている。
「それは……」
「確かに彼は神の子を罵倒したのかもしれない。だが、それは二千年も苦しむような罰だったのか。我が身を誰かに食べさせても、許されない事だったのか」
「異教の神がどう考えているのかなんて、未だに修行中の身である私には分かりません。けれど……」
「けど?」
「その方がそれまで善行を積んでも許されなかった以上、我が身を捧げても、許されないでしょう」
「それは、何故だい」
「捨身飼虎の境地とは、善行を積むという事に本質は無く、ただ哀れな虎の親子を救いたいという願いにこそ、本質があるからです。自己救済の為の自己犠牲では――酷な言い方になりますが、結局のところ自己愛の延長線上の考え方でしかありません。その方は、自分が救われることしか考えていない」
「それは、当たり前のことだろう!」
「はい、当たり前です。苦しい時に救われたいと考える、何処にでもいる人間そのものです。ですが、それでは救われないという事は、その方がこの千年で証明しているのでしょう?」
「それは……」
「捨身飼虎の際、お釈迦様の心にあったのは、ただ苛烈なまでの博愛の心です。だから、きっとアハスエルスさんが、妖怪を慈しむ心から我が身を差し出したのなら……」
「其処に救いがあるかもしれない、か」
「あくまで、私の見解、ですが」
 ナズーリンは溜め息を吐いた。
 そして、さまえるユダヤ人と出逢った山の方を見る。
 きっと、彼はまだ山の中を一心不乱に歩いているのだろう。そして、人食い妖怪と出逢ったなら、我が身を食べさせようとするのだろう。
 その時にユダヤ人は何を思うのだろうか。

 我が身の救済か、あるいは――








 それからしばらくして、幻想郷でのニンゲンマンに関する目撃報告は途絶えた。
 それはさまえるユダヤ人がついに救われたのか、あるいはただ単に幻想郷を去っただけか、それを知る者は誰一人として居ない。












 アンパンマンと自転車修理マンを幻想郷で混ぜてみようと思ったのです。
maruta
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1050簡易評価
3.70名前が無い程度の能力削除
導入部分が実に上手い。ニンゲンマン、いったい何者なんだ・・・と先が気になってしょうがなかった。
それだけに、正体が明かされたところで熱がさめた。
ユダヤの人がニンゲンマンでした!って言われても、へえそうなんだ、でおわってしまうというか、なんだか唐突に感じてしまう。多分、動機は伏線が張られてたのに対して、正体についてはそれまで一切匂いを残してなかったから(もし、なにか伏線があったらごめんなさい。見逃してました)だと思う。
だけど先述したとおり、あらすじとか冒頭は読む人の興味をぐいぐい引っ張ってくれたので、読んでいて楽しかったです。
5.70名前が無い程度の能力削除
ルーミアパートが非常にテンポ良く、知的好奇心をぐいぐいと刺激され、引きこまれたのですが、命蓮寺、ネタばらしとすとんすとんとトーンダウンしてしまった印象を受けました。
作者さんはこの題材でもっと面白い話を書けたはずだと思うので、すみませんが点数は控えめにつけさせていただきます。
これからも楽しみにしています。
11.無評価名前が無い程度の能力削除
聖が完全に狂人だな
13.90名前が無い程度の能力削除
うまいね
14.100名前が無い程度の能力削除
ギャグだと思ってたら重い展開だった。よいお話でした
15.80奇声を発する程度の能力削除
重いけど面白いお話でした
18.80名前が無い程度の能力削除
いやはや、まさかさまよえるユダヤ人だとは思わなんだ
19.90名前が無い程度の能力削除
自分は楽しめました。
途中、「あ、これしょうもないオチになりそう」と思ったんですが、割合ちゃんとした正体が書かれていて、満足しました。
20.80名前が無い程度の能力削除
最初はよかったけれど、後半でもたついたように感じました。
面白かったのでそこだけが残念。
21.100oblivion削除
ニンゲンマンというワケのわからないネーミングにすっかり惹かれてます。もはや何語なのかもわかりませんがこのSSもギャグなのかホラーなのかシリアスなのかわからないしああこれ見事に内容を表していてタイトルとしても物凄くいい名前だなあとか思ったり思わなかったりで、いやはや。
23.80名前が無い程度の能力削除
ニンゲンマン!
24.80名前が無い程度の能力削除
話としては面白いですが、ニンゲンマン当人の登場と来歴が唐突な気がしたので、
関連エピソードを序盤で語ったりするなりの工夫がほしかったかなと
36.100名前が無い程度の能力削除
うーん、不気味で悲しいお話ですね。