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霊夢推理劇場 紅魔館の犯罪~誰がレミリアを殺したか?~《解決編》

2007/11/22 09:29:28
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《注 これは同シリーズの《事件編》《推理編》を受けての真相解明です。まだ読んでいない方、内容を忘れた方は、是非ご一読のほどをよろしくお願いします。しかし、いきなりこれから読む読み方も、有りと言えば有りです》

 紅魔館の応接間。全員がテーブルを囲むようにソファに腰を下ろし、室内は妙な沈黙に包まれていた。
「事件の解明って……」
 最初に口を開いたのはアリス・マーガトロイドだった。
「犯人が解ったの?」
「勿論」
 ただ一人、ソファには座らず両手に腰を当てて仁王立ちしている博麗霊夢は、軽い調子で応じる。
「レミリア刺した奴も私を気絶させた奴も咲夜を閉じ込めた奴も、皆解ったのか?」
「くどいわよ、魔理沙」
「…何の話してんの?」
 唯一状況をまるで理解していないチルノだけが唇を尖らせてぱたぱた足を振って不満そうにしている。…が、今この場で彼女に構う者は誰も居ない。
「ふぅん、面白そうじゃない…」
 八雲紫が口元を扇で隠しながら、うっすらと目を細めた。
「聞かせてもらいましょう…霊夢の推理…」
「ちょっと!勝手に話を進めないでよ!」
「レミィ、今は黙って聞きましょう」
 自分が被害者にも係わらず、何やら完全に話題の外に追いやられているレミリア・スカーレットが手を振って怒るのを、パチュリー・ノーレッジがやんわりと制する。
「まず最初に…」霊夢はゆっくりと考えながら喋り始める。
「この事件の最大の謎は、どういう訳か容疑者全員に鉄壁の不在証明がある…という点よね」
「まぁ全員と言ってもパチュリーには無いってことになったけどな」
 頭の後ろに手を回し、浅くソファに腰掛けながら、魔理沙はからかう様に言う。
「ですが、やっぱりパチュリー様も犯行は不可能だったという結論になったはずですわ」
 咲夜の言葉に霊夢が頷いた。
「そう。これはどういうことを意味しているのかしら?外部犯の可能性?…いいえ、外部からの侵入もこれまでの考察から無理だと解った筈よね。つまりこれは私達を欺いている奴が居るという可能性を示しているわ」
「そんなの解りきってるぜ。大袈裟に言うことじゃない」
「じゃあ問題は誰が嘘を吐いているのか?…それはこれまで散々検討してきたから見破るのは難しいことも解っているわよね」
「遠回しな物言いは止めなさいよ。あなた本当に犯人解っているの?」
 不機嫌そうなレミリアの言葉を受けて、霊夢は一枚の紙を机の上に置いた。

 一、レミリア 寝室へ行く。(この様子をメイド達が目撃)
 二、咲夜 パーティーを抜けてワイン庫へ。(ここで誰かに閉じ込められる)
 三、嵐が起こる。
 四、レミリア 心臓を刺される。
 五、レミリア 寝室からゲストルームへ運ばれる。
 六、魔理沙とアリス ゲストルームへ。(メイド達が目撃。尚、これ以降は誰も見かけない)
 七、魔理沙とアリス ゲストルームでレミリアの死体を発見。(死体ではない!)
 八、魔理沙とアリス 何者かに気絶させられる。(相当に素早い?)
 九、魔理沙とアリス 気が付くと死体消失。(死体ではない!)
 十、魔理沙とアリス レミリアの寝室に死体が移動。(いい加減にしろ!)

「これは私達がまとめた事件の概略じゃない」咲夜が言う。
「これを作って考えたけど結局誰かは解らなかったわよ?」
「あの時はね」霊夢は笑う。
「実はこの紙が、ある事件の不在証明の無い奴の存在を示しているのよ」
「え?」
 その言葉に全員が(チルノを除く…)が紙に視線を落とした。
「あ…言われてみればそうね」
 パチュリーが最初にそう言った。
「先の咲夜の事件…これに関してだけは、アリバイの無い奴が居るわね」
 パチュリーがその人物を見つめる。
 視線の先に居たのは……
「紫か」
 魔理沙がパチンと指を鳴らす。
「よくよく思い出せば自分で霊夢のところに行く以前を証言してくれる奴は居ないって言っていたな…」
「そう、私のところに紫が来るのと、咲夜が閉じ込められる時間の前後関係は実は不明なのよ。今のところ唯一の時間の目安は嵐以前か以降のみだから。レミリアの事件には不在証明があるからと言って、紫は犯人じゃないという先入観を植え付けられていたのね。でもこうして一つの出来事を切り出してみれば紫にはアリバイが無いわ」
 これまでやり取りを黙って聞いていた紫は「ふっ」と息を吐いた。呼吸を整えたようにも聞こえるし、嘲笑したようにも聞こえる…そんな微妙な吐息だった。
「ようやく気付いた……って、感じだけれど、それはあくまで可能性の話でしょう?『咲夜を閉じ込めたかもしれない』というだけで全ての犯人には出来ないわよ?」
「その態度と台詞…かなり犯人だぜ?」
 魔理沙の言葉に紫は人事のように笑う。
「これまでずっと犯人の可能性すら掴めない状態だったけれど、これでようやく事件の切れ目を見つけられたわ。あとはそこに手を突っ込んで開いていけば事件の全容が見えてくる…」
「あなたが割っているのはマトリョーシカという可能性もあるわよ、霊夢…」
 紫の横槍を無視して霊夢はさながらエセ宣教師のように講釈を続ける。
「ここで紫を犯人として事件を考えてみましょう。紫がレミリアを刺せないと判断されているのは私と一晩中一緒にいたからで…」
 霊夢は、そこでにやりと笑った。

「じゃあ、私と一緒に居たのが紫じゃなければ良いのよね」

「………え?」
 いきなり霊夢の言った言葉は、あまりに突飛すぎて全員(チルノを除く)が一瞬言葉を失ってしまった。
 一緒に居たのが紫でなければ良い…
 それはあまりにも当たり前すぎて…
「いや…!いやいやいや!それはそうですが…そうじゃないからこそ皆頭を悩ませていたんですよ!?」
「そうよ霊夢…あなたが一瞬も紫から目を離さなかったと言ったからこそ、私達は紫が犯人である可能性を排除し続けてきたのよ?」
 文とパチュリーが食いついてくる。しかしそれは言いがかりでもなんでもなく、当然の意見だった。
「確かに私は紫がずっと一緒に居たと思っていたし、今でも思っているわ。だからこれは仮定の話だって言ったでしょう?紫を犯人に据えて考えた時の可能性の話…」
 言葉自体は控えめだが、霊夢の眼は完全に狩りに掛かっている者の色をしていた。
「例えば…私とずっと一緒に居たのは紫に変装した藍だった…というのはどうかしら?」
「何それ」
 レミリアは呆れたような顔をするが…何しろ実際に会っているのは霊夢自身なのだ。否定も肯定もしようがない。
「そうすれば紫はいくらでも自由に動けるわよね。麻雀も終わり、私が寝たあたりで藍と交代すればまるで前の晩からずっと一緒に居た様に思わせることが出来るわ」
「いや、そりゃそうだけど……」
 魔理沙も何と言ったものか迷っている。これはもう魔理沙達が口出し出来ることではなく、あの夜に一緒にいた霊夢と紫の問題になってくる。
「よくよく考えてみれば私、麻雀中は紫の手元に殆ど注意してたから顔とかはぼんやりとしか見てないのよねー…」
「っくふ……」
 霊夢の冗談だか本気だか解らない理論展開に、紫が堪え切れないように小さく笑いを漏らした。
「昨日の私が藍だったかもしれない…ねぇ…ふふっ……そう。香霖堂に行かせた時はてっきり……なるほどねぇ…」
 楽しそうに笑っていた紫は一度笑いを潜め、霊夢を見て言った。
「反論してもいいかしら?」
「良いわよ」
 もはや場は完全に霊夢と紫の二人の対決になっている。残されたメンバーはポカンとそのやりとりを見守るしかなかった。
「まず…そうね。藍を変わり身に立てるなら、咲夜監禁のずっと前から霊夢の処に現れてしっかりとしたアリバイを作っておくのが自然じゃないか、とかそもそも咲夜を閉じ込めるというだけならパチュリーにもアリバイはないんじゃないか、とか細かい指摘ならそれこそいくらでもあるけれど…あえて一つだけにするわね」
「前置きが長いわよ」
「証拠はあるの?」
 紫の言葉はあまりにも的確だった。
 霊夢の言葉があまりに胡散臭いのは明らかだったし、とても証拠があるようには思えない話だった。
 全員が息を呑む。
「………」
「………」
「………」
「……反論がないわね。まさかそんな当たり前の用意もしてなかったのかしら?」
 嘲る様な、どこかがっかりしたような口調で言う紫。
 やはり今のは完全に霊夢のハッタリだったのだろうと全員が思った、その時…
「………要するに…」
 霊夢が呟くように言った。
「藍が私のところに居た証拠や、紫が居なかった証拠じゃなくて…紫があの夜紅魔館に居たっていう証拠があれば良いのよね?」
「…あれば、ね」
 紫の言葉に、霊夢はにやりと笑みを浮かべた。全員が見守る中、ツカツカと紫に歩み寄ると…
「えい!」
「!!??」
 いきなり紫の服の中に手を突っ込んだ。
「「「「ええ~~!?」」」」」
 騒然とする一同を他所に、霊夢は「ムッ!」と呟くと突っ込んでいた手を引っ張り出した。その手には何か青いものが握られている。
「ああ~~!!」
 この状況の中、その霊夢の手にしている物に反応できたのは一人だった。
「それはあたいのリボン!!」
 これまで退屈そうに足をぶらぶらさせていたチルノはリボンを目にするなりソファから飛び上がりリボンを霊夢からひったくった。
「ご覧の通りよ」
 特別リボンをひったくられたことを気にするでもなく、にやりとした笑みで軽く言う。
「え?あの…それはこの妖精が昨日の夜にこの周辺で無くしたって言う…?」
 文の言葉に霊夢は頷く。
「その通り。間違いないわよね、チルノ」
「うん、これは絶対にあたいのリボンだよ!」
 ようやくお求めのリボンが見つかって、チルノはほくほく顔でそう応えた。
「なんでそれが紫の服の中から出てくるんだ?」
 呟く魔理沙。
「チルノは言っていたでしょう?昨日の夜、リボンを飛ばされてレミリアらしき誰かに引っ掛かったって」
「確かに…」
「ここで注目するべきはリボンが『引っ掛かった』というところよ。妙な言い回しだとは思っていたの。誰かが持っていったでもなければ誰かが拾ったでもない…誰かに『引っ掛かった』…それは引っ掛かった本人が意図していないのにリボンを回収してしまっていたことを表していたのよ。それが紫、あんたよ」
 霊夢はここで初めて紫をびしりと指差した。
「昨日の夜、嵐の中紅魔館の近くにいたあんたは自分の服の中にリボンが入り込んでしまったことに気付かなかった…そう、あんたは昨日の嵐以降の晩に、私のところじゃなくて紅魔館の周辺に確実にいたのよ!!その証拠がチルノのリボンだわ!!」
「………」
「馬鹿は間違いは言っても嘘は言わない…あんたが自分で言った言葉よね。まさにその通り。チルノはレミリアとあんたを見間違えていたのよ。さぁ、あんたの不在証明が崩れればあとはどうにでもなるでしょう?メイドたちの目を掻い潜り咲夜のナイフを盗むなんて芸当、あんたにしか出来ないし、魔理沙に姿を見られずに気絶させる…なんていうのもあんたにしか出来ないわ」
「………」
 全員が紫の反応を待っていた。
「……ぅふ……」
 紫は薄く息を漏らす。
「ふふふ………あははははははっ!」
 口元に扇ではなく手の甲をあて、紫は大笑いを始める。
 それが、何を意味した笑いなのか、周囲からは判断することが出来ない。
「あー…なるほどねぇ…ふふっ…」
 ひとしきり笑った紫は、それでもまだ可笑しそうに目じりを指でぬぐう。
「まさかまさか…こんな方法で一足飛びに私を示してくるなんて…あ~面白い…これはとんだ方法でやられたわ~……」
「緻密の計画は、いつだって馬鹿に崩されるものよ」
 霊夢は勝者の笑みを浮かべながら、胸を張って言う。
「…え…?これって……?」
 文がまさかと言った口調で呟く。
 いまのやり取りでは、まるで紫が犯行を認めているようにしか聞こえないが…
「ふ~」と息を吐くと、紫は降参のポーズで両手を挙げた。
「今回は私の負けよ。ぜ~んぶ、認めましょう」
「えーー!?本当ですか!?」
 もっと激しい論争を期待していた文はメモ帳を片手に一体何を書けば良いのか固まってしまっている。
「もうちょっと反論してもいいところだけど、今回はこういう状況にまで運んだ霊夢の手腕と幸運に敬意を表して…ってやつね」
 紫は扇をパチンと閉じると、それをスゥと横に引いた。その動作に合わせていくら見ても見慣れない、不気味なスキマが生じる。
「レミリア」
 紫がレミリアを見る。
「何よ」
「…本来ならあなたが刺されたことに対してなんて私は一切感知しないところなんだけど…仕方ないからお詫びとして上物のワインでも贈らせていただくわ。今回ばっかりは、それがスジだから…」
「謝る気があるならちゃんと謝りなさいよ」
 テーブルに片手で頬杖を付きながら、レミリアはどうでもよさそうに言う。
「それじゃあね」
 紫はいつもの妖艶な笑みを残し、生じたスキマに消えていった。
「………」
「………」
「……終わった……の?」
 アリスが呆けたように呟いた。
 呆気無いと言えばあまりにも呆気ない幕切れ…
「…さて、それじゃ今日の仕事を始めますか」
 さすがは咲夜である。早くも気持ちを切り替え、全員の前に配った紅茶のカップを盆に回収し始めた。
「…んじゃ、私も帰るか…」
 魔理沙も立ち上がってうんと伸びをした。
「あたいもかえろーっと」
 チルノもぴょんとソファから飛び上がるようにして立つ。
「咲夜…私はここでもう一杯紅茶呑んでから図書館に戻るわ……だから新しいお茶淹れてきて頂戴…」
 パチュリーも本を取り出して読み始める。
 皆、一気に日常へと戻り……
 こうして、紅魔館で起こった事件は収束を迎えた。

「……あんたも、レミリアに一言ぐらい謝っておきなさいよ…」

 そんな中で、霊夢のこの呟きを耳にしたのは、一人だけだった。


 事件から二ヶ月ほど経った。
 事件に係わった者の殆どが、レミリアが刺されたなどという些細な事件のことなどは忘れてしまっていた、そんなある日…
 今日は年末の隠し芸大会が博麗神社の境内で行われていた。
 隠し芸とは言うものの…殆どの妖怪達は自分の持つ能力を適当に応用したりしてそれっぽく見せるだけの、いつもの宴会とそう変わらないものだった。
「…えーっと……魂魄妖夢…紙吹雪をやらせて頂きます…」
 簡易に設置された辛うじて舞台と判る程度のステージに立ち、妖夢は刀と一枚の紙を持って立っていた。
「それ前にも見たぞー!」「他のやれー!」
 当然のように飛んでくる野次に、妖夢はおろおろとうろたえる。
「どうも、呑んでますか?」
 そんなステージのやり取りを尻目に、霊夢に声を掛けてきたのは射命丸文だった。
「呑んでるわよ。何か美味しいツマミでも持ってきてくれたのかしら?」
「はい、黒枝豆などいかがですか?」
 文は枝豆がてんこ盛りに盛られた器を差し出す。
「本当に持ってきてくれてたの?あら、しかも結構良いものね」
 言いながら霊夢はひょいひょいと枝豆を口の中に放り込む。
「ところでですね!」
 文は霊夢の隣に腰を下ろした。
「この二ヶ月、私例のレミリアさんが刺された事件について考えていたのですが…やっぱりあの紫さんが犯人という結論には納得がいかないのです」
「そんなことまだ考えていたの?呆れたと言うか何と言うか…」
「…いや、別に記事のネタが尽きて来たところ、不意にあの事件のことを思い出したとかそんなことは全然ないのですよ?」
「なに勝手に語って落ちてるのよ…」
「ですから、改めてあの事件について質問したいと思っているのです」
「そうきたか…」
 苦笑しながらお酒の入った盃を霊夢は空けた。
「まぁ別に真相隠してる訳じゃないし、話してもいいんだけどね。美味しいおツマミも貰ったわけだし……で、何を知りたいのかしら?」
「率直に申しまして、犯人が知りたいですね」
 メモを片手に霊夢ににじり寄る文。
「犯人は紫だって言ってるでしょう?」
「ですからそれがおかしいと言っているのです。よくよく考えれば紫さんが犯人なら別にあのメイド長を閉じ込めたり、魔法使い達を気絶させてまでレミリアさんの死体を何度も移動させる必要は無いですよね。そして何より、あのリボンの件…紫さんなら嵐の中外を飛ぶ必要なんて全くないじゃないですか」
「…遠回しな表現をしていたらあんたには永遠に解りそうにないわね…」
 霊夢はやれやれと首を振った。そして、言う。

「レミリアを刺した犯人はアリスよ」

「アリスさん!!やはり!」
 ばちーんと膝を叩く文。
「まぁ言われてからやはりと言えば間違いないわよね」
「なんと!私がそんな後出しでいい加減なことを言っているとでも!?」
「そう。犯人解っていたなら説明しなくていいわね」
「見栄張りましたすみません」
 速攻で頭を下げる文。
「そうですかアリスさんが~……って!それは無理だって結論になりましたよね?」
 下げた頭をがばりと上げて、文は迫るように言う。
「あのねぇ…二ヶ月も経って、まだそんなこと本気で言ってるの?」
「本気も何も…だって、あの日アリスさんは事件が起きるまで魔理沙さんと一緒だったという鉄壁のアリバイがあるじゃないですか」
 霊夢はもう一つ枝豆を口に放り込むと、再度首を振った。
「ずっと…じゃないでしょう?魔理沙にアリスの行動を証言出来ない瞬間があったじゃない」
「え…?ありましたか…?だって、あの日は二人で紅魔館のパーティー会場に着いて、二人でずっとパーティーに参加して…二人でレミリアさんを発見して…やっぱりレミリアさんを刺している暇なんてないですよ!それに、仮に魔理沙さんの目を盗んでホールから抜け出せたとしても、廊下の途中にはメイドたちがいましたよね?もしレミリアさんのところに行ったのなら目撃証言があるはずですよ」
「よく喋るわねぇ。私が言っている一人になれた瞬間っていうのは、魔理沙が気絶した時のことを言っているのよ」
 文はペンを動かしていた手をぴたりと止めた。それから複雑そうな表情で、霊夢の様子を伺うように慎重に言う。
「…あの~……どこからつっこめばいいのか解らないのですが…アリスさんは魔理沙さんより先に気絶させられていますよね?それに、そもそも二人が気絶したのはレミリアさんを発見した直後です。つまり、明らかに事件後ですよ?」
「妖怪のくせに、そんな常識の壁に阻まれているなんて情け無いと言うか人間臭いというか……結局、この事件の問題はそこだけなのよ。『いつ、何処でレミリアは刺されたか?』…この一点に尽きるわ。…え~と、あの時確か事件の順番の表を作ったわよね?」
「これですね。写しですが」
 文はポケットから紙を取り出して広げる。

 一、レミリア 寝室へ行く。(この様子をメイド達が目撃)
 二、咲夜 パーティーを抜けてワイン庫へ。(ここで誰かに閉じ込められる)
 三、嵐が起こる。
 四、レミリア 心臓を刺される。
 五、レミリア 寝室からゲストルームへ運ばれる。
 六、魔理沙とアリス ゲストルームへ。(メイド達が目撃。尚、これ以降は誰も見かけない)
 七、魔理沙とアリス ゲストルームでレミリアの死体を発見。(死体ではない!)
 八、魔理沙とアリス 何者かに気絶させられる。(相当に素早い?)
 九、魔理沙とアリス 気が付くと死体消失。(死体ではない!)
 十、魔理沙とアリス レミリアの寝室に死体が移動。(いい加減にしろ!)

「この順番を変えれば問題は解消出来るわよね」
 霊夢は文からペンをひったくると、数字に×を入れ、上に新しい数字を書き加えた。
「え?…えっと…整理するとどうなるんでしょうか…?」

 一、レミリア 寝室へ行く。
 二、咲夜 パーティーを抜けてワイン庫へ。
 三、嵐が起こる。
 四、魔理沙とアリス ゲストルームへ。
 五、魔理沙とアリス ゲストルームでレミリアの死体を発見。
 六、魔理沙とアリス 何者かに気絶させられる。
 七、レミリア 心臓を刺される。
 八、魔理沙とアリス 気が付くと死体消失。
 九、魔理沙とアリス レミリアの寝室に死体が移動。

「…あの~…何か一つ工程が消滅しているのですが~…えっと、消えたのは『レミリア 寝室からゲストルームへ運ばれる』…ですか」
「だって、それはもういらないでしょう?」
 霊夢は手酌で自分の盃にお酒を注ぐと、それをぐいと一口呑んだ。
「でもこれじゃ色々と矛盾が生じてますよね…?レミリアさんは寝室に向かったのに刺されている姿をゲストルームで発見される…しかも刺されるのはそれから…これはどうしてなんですか?」
「他の奴ならともかく、あなたは香霖堂へ実際に行って話を聞いているんでしょう?」
「香霖堂さんで…?そう言えば紫さんが犯人だと推理したときは私が折角急いで聞いてきた情報を一切使いませんでしたよね!!あれは一体どういう了見ですか?」
「言いたいのはそこじゃないっ!」と、霊夢は突っ込む。
「あれは私が自分の確認のために頼んだことだったの。私は他にやらなくちゃならないことがあったから」
 文はメモを持ったまま腕を組んで二ヶ月前の記憶を呼び起こす。
「…えぇと、確かあの時は外の世界の服装店で服を着せている人形…何ていいましたっけ?招き人形?とか言うのが売れてたんですよね?」
「人形の名前は違うけど、そう。アリスはあの時外のマネキン人形っていうのを持っていたのよ。その人形って、人間が実際に着る服を着せるために、人間と同じ大きさがあるらしいわ…というか、実際あったわ」
 文はちょっとボケッとしたような顔を見せたが、いきなり火がついたように叫んだ。
「あああ~~~!解ったーーー!!最初に魔理沙さんたちが見たのは、人形だったんですね!?」
「その通り。そう考えれば後は簡単でしょう?例えば魔理沙が気絶させられた件…」
 霊夢の言葉を文が引き受ける。
「アリスさんが人形を操って魔理沙さんを気絶させたんですね?」
「正解。そもそも、アリスが倒れている瞬間に振り返っているのに殴った奴の姿を目に出来ないなんていくらなんでもおかしいわよね。そして、誰も居ないはずの部屋に背を向けている魔理沙が殴られるなんて更におかしい…」
「つまり、アリスさんはそもそも誰にも殴られてなんていなかったし、魔理沙さんはアリスさんを殴った誰かに立て続けに殴られたのではなく…室内にいた人形に殴られたんですね…」
 はー、と文は気の抜けたような息を漏らす。
「魔理沙を気絶させたアリスは急いでレミリアの寝室へ行き…人形に刺さっていたナイフを本物のレミリアの心臓に突き立てた。それから急いでゲストルームへ戻ると人形を窓から外に逃がしたのよ。…まぁ、この二つの行動の前後関係は解らないけどね」
「…なるほど…部屋の窓の鍵は閉まっていたから誰も使用してないのかと思っていましたが、しっかりと使われていたんですね。あの時霊夢さんが窓の近くがちょっと湿っていると言ったのは、外に人形を逃がしている間に雨が吹き込んだからだったんですか…アリスさんは室内に残っているわけですから、鍵はまた閉めれますもんね」
「そう。窓際が濡れていたのは嵐の中、アリスが開けたから。……で、人形を外に出したあとは最初と同じ状態で魔理沙の近くに倒れていればOK。魔理沙より後に気が付いたように見せれば、ずっと気絶していたという印象を与えられるわよね」
 文は「う~ん」と腕を組んだ。
「それにしても、それが真相だったとしたら魔理沙さんは人形を本物のレミリアさんだと勘違いしたんでしょう?その勘違いがこの事件の混迷させた原因になるわけですが…そんなに間違うでしょうか?」
「あんたみたいに目の良い奴ならすぐに気付くでしょうね。…私も実際にその人形見てみたけど体格はともかく、顔なんかは全然レミリアじゃなかったわよ。肌の色とかはアリスが弄ってるからか知らないけど意外と似ていたけれどね。髪も鬘だったし。魔理沙の早とちりだと言えばそうなんだけど、魔理沙が見た場所からは肝心の顔も見えなかったって言うし、間違えるのも無理ないかもね」
 ちょっと納得いかないようだった文だったが、結局うんと頷いた。
「なるほど!これで不可能の壁は突破できました!!いやー、スッキリしましたよ。真相も解ったことだし、私はこれで!」
「ええ」
 文は満足そうに何処かへ歩いていた。
 ……と、思ったらそのまま巻き戻しのような動作で戻ってくると、霊夢にぐいと顔を近づけた。
「ってまだです!まだ半分ですよ!」
「これ以上何?」
 霊夢は枝豆をむぐむぐと食べながら文から顔を引く。
「確かにその方法ならアリスさんに犯行が可能です。しかし最初の一歩目が不可能です」
「一歩目?」
「はい。その方法だと事前に人形を部屋に仕掛けなければならないはずですが…アリスさんにはその時間は無かったじゃないですか」
 霊夢は盃を口に当てながら「ん~…」と唸る。
「そこら辺を説明するためには、そもそもアリスがどうしてレミリアを刺したのか、ということを説明する必要があるのよね」
「説明してください」
「澄まして言うな。全く…何かすごく面倒ね…」
 霊夢が説明を渋っている…と、その時いきなり周囲の妖怪達が沸いた。
「うん?何でしょうか?」
 ステージに目をやると、いつの間にか妖夢の変な踊りは終わっており…代わりにアリスと、アリスほどの大きさの人形が並んでお辞儀をしていた。
「今問題のアリスさんのステージですか…何だかすごい盛況ですね。見ればよかった…」
 文は残念そうに唇を尖らせる。
「強いて動機を挙げるとするなら、今の喝采ってところかしら…」
 ぽつりと、霊夢が呟くように言った。
「え?喝采が動機?」
「今アリスの隣に居た人形…あれはレミリアの人形と同じモノね。例のマネキン人形っていうのを球体関節にしたり、色々と改造して動くようにしてるみたいだけど」
「はぁ、そうなんですか…」
 ぼんやりと答える文に、霊夢は言う。
「この日のために、等身大の人形を動かす練習から何から試行錯誤していたんじゃない?」
「えぇと…先ほどから話が一向に見えないのですが…一体何のことを言っているんですか?」
「そんなんでよく記者が務まるわね」
 霊夢は文の鈍さに呆れたようにため息を吐く。
「アリスがレミリアを刺したのは、あの人形の存在を隠すためなのよ…まぁ本人から聞いたわけじゃないから恐らくだけど」
 文はその言葉を噛み締めるように考える。
「人形の存在を隠すためですか?はぁ……って、え?それはあまりにも本末転倒というか…人形の存在を知られたくないなら、最初からこんな妙な事件を起こさなければよいだけのことでしょう?」
「当然そういう考え方になってしまうわよね……でも、あんた自分で言っていたでしょう?アリスには最初に人形をゲストルームに置いておくことは不可能だったのよ?」
 文は少し目を大きく開く。
「誰かが先に人形だけ置いておいた…!」
「何でそこで誰かなんて暈すのよ。そんなこと出来る奴…というかする奴は一人しか居ないわよね?」
「八雲紫……」
「そ。そこがこの事件をちょっと複雑にしているところだったのかもね。最初のきっかけを作ったのは紫…事件そのものを起こしたのはアリス…と、そういうことなのよ。最初のきっかけだからこそ私は紫を犯人だって言ったんだけど……ここまで解ったところでさっきの事件の順番を書いた紙にまとめると……」

 《事件概要真相編》
 一、アリス パーティーに出掛ける。
 二、紫 アリス邸に忍び込み人形を盗む。
 三、紅魔館でパーティーが始まる。
 四、紫 紅魔館に忍び込む。(この際、咲夜のナイフ、レミリアの今日着ているものと同じような服を盗む)
 五、紫 ゲストルームにナイフを刺した人形を放置。
 六、レミリア 寝室へ。
 七、紫 咲夜をワイン庫に閉じ込める。
 八、紫 博麗神社へ行く。
 九、嵐が来る。
 十、魔理沙とアリス ゲストルームでレミリア人形を見つける。
 十一、アリス 魔理沙を気絶させる。
 十二、アリス 寝室のレミリアを刺す。
 十三、アリス 人形を外へ。
 十四、チルノ リボンを失くす。
 十五、アリス 気絶した振りをする。

「…とまぁこんなところね。これ以降はもういいでしょう?」
 新たに書き加えられた事件の真相を、文はまじまじと見つめる。
「なるほど。最初からこうしてくれれば解りやすかったんですよ……あ、咲夜さんを閉じ込めたのはやっぱり紫さんなんですね」
「最初からこうしてても結局は説明しなくちゃならないんだから一緒でしょうに」
「えーっと、アリスさんがレミリアさんを刺した動機は結局…魔理沙さんに人形を本物のレミリアさんだったと思い込ませるため、ということになるんですね?」
「要するにそういうことね。人形の再現をするためにはレミリアを刺すしかなかった…レミリアにははた迷惑な話だけど」
「あれ?それならアリスさんは刺したレミリアさんをゲストルームまで運ぶべきだったんじゃなんですか?その方が勘違いさせられますよね?」
「それは単純に時間の問題じゃないかしら。魔理沙とレミリア…どっちもすぐにでも目を覚ます可能性があるからあまり悠長なことをしている余裕は無かったのよ。」
 ふむふむと頷きながら何事かメモ帳に走り書きをした文は、改めて言う。
「…それじゃあ最後に残った謎はただ一つですね…」
「今度は何?」
「どうして八雲紫はこんなことをしたのか…」
「これはもうあんまりにも単純な話よ?」
「レミリアさんに恨みを抱いていてそれを間接的にアリスさんに晴らさせた?」
「そんな理由ならよっぽど良いわ。理由は…言うなれば、あんたよ」
 霊夢に顎でしゃくられ、文は驚いたように自分を指差す。
「私ですか?…もしかして私の新聞のネタのために…?」
「それはちょっと妄想入りすぎ。あんたがだいぶ前に私に妙な自作のミステリの謎解きを挑んできたことがあったでしょう?」
「あぁ、あの素晴らしい名作の…」
「そう、欠陥だらけの迷作の」
「ヒドイ!!」
 仰け反る文。
「あれがどうもきっかけだったみたいね…私があの欠陥だらけの謎を解決したことを紫も知っていたじゃない?」
「あぁ、そう言えば知っている風なことも言っていましたね…」
「つまり、あれが解けたなら今度は私が出題する謎も解いて見なさいと、そういう動機だったのよ。だからあの事件はそもそも私の事件だったの」
 文は驚くというよりは、呆れたような顔をした。
「紫があんたと違ったところは、話だけじゃなくて実際に事件を『起こさせた』ところね。下地だけは用意して、あとは勝手に事件が起こるのを待つ。その間ずっと私と一緒に居て、自分だけは容疑の圏外に居る…そういう話だったのよ。あ、因みに私への紅魔館のパーティーの招待状を握りつぶしたのも紫よ。私がパーティーに出たら私の傍で事件の容疑の圏外に居ることが不可能になるから」
「へぇ…あ、でもそれじゃ咲夜さんを閉じ込めたのはどういう意図だったんですか?」
「直接紫から聞いたわけじゃないから想像だけど…この事件はあくまで自分を含めた紫の『作品』なのよ。現実で起こさせた虚構のミステリ……もし咲夜が自由なら『アリスが犯人だけど咲夜も犯人に出来るよね?』ということになるでしょう?それは作品としてあまりにもフェアじゃないし、二流だわ。だからその可能性は排除した。……あとはまぁ単純に咲夜が自由だったら咲夜犯人説で事件が完結して、私のところまで話が届かないって心配もあったんじゃない?」
「なるほど~………」
「さ、これで本当に事件の説明は全部終わったわ。そろそろゆっくりさせてよ」
 霊夢は片手をひらひらと振った。
「いえ、まだありますよ!ここまでの話を聞くと、あの紅魔館でのあなたの推理は全部が全部出鱈目だったってことじゃないですか!」
「自白は取れたじゃない」
 霊夢の言葉に、文はペンをビシッと突きつけた。
「そう!それがおかしいじゃないですか。全然真相と違うのにどうして自白を…!?というか、今の話じゃ紫さんは本当に嵐以降は紅魔館に近づいていないじゃないですか!それなのにどうしてあのリボンが服から出てくるんですか?」
「何言ってんの?」
「え!?」
 霊夢のいきなりの冷めた口調に文は面食らう。
「ここまで話を聞いていて、どうして本当に紫の服からリボンが出てくると思っちゃうのよ…そんなはず無いでしょう?」
「や…は…えぇ!?」
 文は目を白黒させる。
「あれは、私が最初からこの袖の中にリボンを忍ばせていたのよ。で、紫の服の中に手を突っ込んだ時に袖から取り出しただけ」
 霊夢はその一見邪魔にしか見えない袖を振って見せた。
「えーーーー!?インチキ!!」
「インチキじゃないわよ。だって自白取れたじゃない」
「そうなんですけど……えぇ!?」
 文は頭を抱える。
「け…結局本当はそのリボンはどこにあったんですか…?」
「紅魔館の周辺の湖の中。チルノが言ってたでしょう?リボンはレミリアに絡まったんだって…馬鹿は間違いは言っても『嘘は吐かない』から。本当にチルノはあの夜レミリアと見ていたのよ。まぁ、人形っていうのは間違いだったけど」
「つまりはアリスさんが外に逃がしたレミリア人形……?」
「そういうことね。人形を見られたくないアリスとしては紅魔館の庭先に人形を落とすだけじゃ駄目だった…湖まで人形を飛ばしているところをチルノが目撃したのね。その人形に偶然にもリボンが絡まってしまった…それが紫の最大の計算外だったでしょうね」
「はぁ…それにしても湖の何処に落ちたかもしれない人形を、よく見つけられましたね…」
 霊夢は澄まして言う。
「私、勘はいいから」
「そ…そうですか…」
 勘と言われるとどうしようもない。ペンの尻でこりこりをこめかみを掻くと、文は話を切り替えた。
「でも紫さんの最大の計算外って言っても…先にも私が言ったとおり、服からリボンが出てきたことぐらいいくらでも言い逃れは出来ますよね?言い逃れというか、嵐の中紅魔館の周辺に居なかったのは真実なんですから。それなのにどうして…」
「どうして紫が咲夜のナイフを人形に使ったのか解る?」
「…え?…いやぁ…都合が良かったから?」
 いきなりの質問返しに、文は首を傾げながら曖昧に答える。
「都合が良いって…そりゃ都合は良いわよ。どう都合が良いか聞いてるの。…って、もう言うわ。あれは紫が事件に介入していることのヒントなのよ」
「介入のヒントですか?」
「あれはアリスが人形を使ってレミリアの身代わりを使ったという方法に気付いた時に紫まで辿り着くようにしているための一つのヒントなのよ。アリスに咲夜のナイフは盗めない…じゃあ、誰が盗んだのか?それの連動で人形を運んだ紫にも気付けるようになっているの」
「はぁ……で、結局私の質問の答えは…?」
「……う~ん、すごく説明し辛いわ……紫のヒントの残し方からして紫は自分が黒幕として摘発されることは解っていたはずよね。あの事件が私に対しての『作品』である以上、そうでなければフェアじゃなくなってしまうから当然と言えば当然なんだけど。…で、『作品』としての完結を私がさせられるかどうかを紫は挑んでいた…」
 解っているのかいないのか…文は何とも言えない神妙な顔で話を聞いている。
「アリスの犯行を摘発して…その上で紫を摘発する。これが紫の想像していた『作品』の完結……でも私はそれにそのまま乗るのがすごく癪だったのよ。普通に解明したんじゃそれは紫の想定内…黒幕のくせにあいつは全然痛くないでしょう?」
「…ですね。実行犯は結局アリスさんなんですから…」
「だから私は嘘の証拠でも、強引にでもいいから紫を黒幕じゃなくて『犯人』に仕立て上げてやったのよ」
「また過激な……」
「本来紫は犯人じゃないし…そこのところ抜かりが無いから、紫は自分が犯人になるであろう可能性すら残さなかったわ。でもチルノの存在だけは紫の計算外だったし、事件の性質上紫にチルノの存在を知ることは出来なかった」
「その時紫さんは不在証明作り中ですからね」
「だから私はそこを突いたの。チルノのリボンという紫の想定外の要素を使って、紫が犯人であるという可能性を無理矢理に作り出して摘発した…アリスという過程を飛ばしてね」
「ですから私はその段階で紫は弁明が出来るのにどうして……」
 言葉の途中に霊夢が割り込む。
「チルノのリボンが紫から出てきたことで、私の紫がうちに居たという証言の信憑性は揺らぎ、もう事件の本来の形は崩れたわ。それはもう紫にとっての敗北を意味していたのよ。だから紫はこの事件の始末を全部引き受けた。潔いというより、まぁ当然よね。…どう?解る?」
「…解るような、全く解らないような…」
「どっちでもいいわよ。まぁ紫のことだからもっと単純な理由…私の答えが面白かったから、とかそんな下らない理由って可能性もあるわね」
 霊夢はそう言ってちょっと笑うと、盃に残っていた酒を煽った。
「そう言えばワインをレミリアさん達に贈ると言っていましたが?」
「自分が容疑を認めさせられた以上は、事実はともかく何らかの詫びをしなくちゃならないと思ったんじゃない?」
「なるほど……それにしてもこうして事件の全貌を聞くと…どうも逆に納得の出来ないところも出てきますよね」
 尽きる様子のない文の質問に、霊夢はいい加減うんざりしたように渋面をつくる。
「今度は何?」
「いえ、真相は十分に理解しているんですよ?…なんですが……今回の事件、紫さんを黒幕とするなら、あんまりにも偶然に頼り過ぎてやいませんか?」
「どういう意味?」
「ですから、そもそもアリスさんが人形を隠そうと思わなかったらレミリアさんを刺すことも無かったんですよね?そうしたらそもそも事件も起こらないわけで……」
「そうね。その通りだけど、別にアリスがレミリアを刺さなかったって、紫に痛いことなんて全然無いじゃない。ただ、これまでのアリバイ作りが無駄になるだけでしょう?だから紫としては事件が起ころうが起こるまいがどっちでも良かったのよ。『起きれば良い』ぐらいの気持ちだったんじゃない?」
「…なるほど。つまり今回の事件、レミリアさんがパーティー途中で眠くなったのも、魔理沙さんがレミリア人形のある部屋を選んだのも、アリスさんがレミリアさんを刺したのも、咲夜がワイン庫へ行ったのも、すべては偶然の産物ということですね?」
 霊夢は笑う。
「さすがにそこまで偶然に頼らなきゃならないのなら紫だってしないわよ。そんなのサイコロ三つ振ってピンゾロを狙って出そうってのと同じだわ。せめて、賽の目の合計が十以上になるって確率ぐらいは成功率がなくちゃね」
「はぁ、そうは言いますが…」
「アリスがあの人形を今日まで隠そうとしていたことを紫は知っていたし、魔理沙がゲストルームの中でも一番良いあの部屋を使うことも予想が付いていた。…咲夜がワインの補充に行く可能性なんてそれこそ最初から高いし、レミリアが眠くなったのは多分紫が直接手出ししてるわ」
「手出しですか?」
「…手出しと言うか……う~ん、さっきのサイコロの例に倣うなら、サイコロを四五六賽に代える努力とでも言うべきかしら…?」
「非常に解りにくいですね…というか、四五六なら絶対に十以上になります」
「う…うるさいわね。とにかく、レミリアは睡眠薬的なものを呑まされたんだと思うわ。そうじゃなきゃ吸血鬼が夜中に眠くなるなんておかしいじゃない」
「なんと、そんな直接的な……でもパーティー会場に混じるのはいくら紫さんでも危ないんじゃないですか?」
 霊夢は頷く。
「それはちょっと危険が高い…だから、紫もそこは幽々子に頼んだのよ」
「幽々子さん?……あぁ、そういえば最初の方に不自然に話に絡んでいましたね。あれはレミリアさんに睡眠薬を飲ませに来ていたんですか?」
「まぁ紫のことだからそんなストレートに協力を煽ったりはしないと思うけど…何にしろ、今回の事件中で一番フェアじゃないのが、この点かもね」
「はぁ…なるほど」
「でも偶然に頼っている…というのは確かにあるわよ。そもそも魔理沙たちが嵐前に帰っちゃったら成立しないしね」
「そうですね。それにアリスさんと魔理沙さんが同じ部屋になるとも限りませんし…それにもっと多くの妖怪達が残っていても状況は全然違っていました」
「…まぁそこら辺の手も紫のことだから何か打っていたのかもしれないけど……何にしろ私が言えるのはこれぐらいのことね」
 霊夢はお酒を煽ると、大きくため息を吐いた。
「で、もう解らない事は無いでしょう?本当、枝豆だけでこんなに喋らされたんじゃ割に合わないわよ」
「ん~…そうですね、パッと思いつく限りの疑問はもうありません」
「もう思いついても意味無いわよ。今日のお酒で全部忘れるから」
 そう言ってちょっと笑うと霊夢はもう一杯お酒を注ぎ、ぐいと飲み干した。
「それは残念です」
 文は冗談か本気か、肩を竦めながらそんなことを言う。それから「ふむ」と呟くと、本当にメモを取っていたのか怪しい手帳をパタンと閉じる。
「あんまりにも話が長くなりすぎて記事には不向きですね」
「…あんたね…これだけ話させて…まぁいいけど…」
 ふと目をやると、ステージの上では魔理沙が何かきらきら光る弾幕のようなものをばら撒いていた。あまりにも普段から見慣れたもので隠し芸でも何でもないが、十分に酒も入って熱くなったギャラリーたちは大いに盛り上がっている。
 彼女は、こんな事件のことなどもう完全に忘れてしまっているのではないだろうか。
「そうだ、解らないといえば…」
 ふと、今度は霊夢のほうが思いついたように言った。
「一つだけ気になることがあるのよね。どうして事件を紅魔館で起こしたのか…そりゃ、色々条件が合ったっていうのもあるんでしょうけど…別にあそこに拘る必要は無かったと思うんだけど…」
 すると、今度は文が呆れたように言った。
「そんなの、考えるまでもないでしょう?」
「え?」
「ミステリの舞台は館…そんなの基本じゃないですか」
 つまりは、そういうことだった。


                    《完!》
このあとがきには事件の真相に触れる箇所があります。まだ本文を読んでいない方は先にそちらを読んでください。
 大丈夫ですね?
 さて《解決編》。いかがだったでしょうか。長さに見合うだけの謎…そして真相だったと納得していただけたでしょうか?舌っ足らずな説明ですが、一応スジは通したつもりです。少しでも真相解明のカタルシスを感じさせられたなら、書いた者としてそれ以上の喜びはありません。

 心の解答用紙にはどれぐらい丸が入りましたでしょうか?
 レミリアを刺した犯人…レミリアが移動した理由…チルノが目撃したレミリアの正体…レミリアが刺された理由まで的中したなら、文句無くパチュリー様から96点が進呈されることでしょう。
 本文を読んだ皆様ならご存知でしょうが、チルノと黒幕にレティという共犯関係は少々難易度が高かったかもしれませんね。

  淡々と事件を続けたこの作品。やはり最後も淡々と終わらせました。強烈なオチも無く、人情話も無い。心理描写すらなければ、完全にミステリだけの話です。こんな話も一つくらい存在しても良いでしょう?
 こぼれ話ですが、最初は魔理沙をワトソン役にしようと思っていたのですが、全くワトソンとして機能しませんでしたので、急遽文とチェンジになりました。文はワトソン役としては優秀だと思います。

 最後になりますが、読んでいただきまして、本当にありがとうございました。
 霊夢推理劇場、今後は一切の未定です。
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コメント



0.220簡易評価
2.30名前が無い程度の能力削除
事件がおきてもおきなくてよかったってのは流石に推理モノとして問題があります
魔理沙をぶん殴って気絶させてマネキンを隠せば寝ぼけたなりなんなり言い訳できるわけで、死なないとはいえ知り合いの胸にナイフを刺す動機としては弱すぎる気がします
推理モノとして破綻してるわけではありませんが「そんなのわかるわけねーだろ」な火曜サスペンス劇場を見終えたときと同じ感想が残りました
3.70名前が無い程度の能力削除
犯人と手口のひとつはわかったけど黒幕や動機とかなど分からなかったことが多かった。
5.60中尉の娘削除
事件の真相には少し不満もありますが、全体としてはとても楽しく読めました。
キャラをしっかり捉えていて文章も読みやすかったですし
事件編~解決編までの全体通しての流れ・区切り・気の持たせ方・解決編upまでの間の取り方なんかは秀逸でワクワクしました。

ただ、事件を少し複雑にしすぎた感があります。
犯人は個人または意思統一の取れた複数犯でないと、推理が極端に難しくなる上に偶発的要因が絡みすぎます。
レミリアの死体人形を見たアリスが瞬時にそれを自分のマネキンだと認識し、かつマネキン隠蔽のために殺人未遂計画を考えさらに実行に移すのは少し無理があるかな、と。
色々と物理法則を無視してる連中だらけだから犯人を一人に特定できるシチュエーションを作るのが容易でない上に、細かいことは気にしない奴ばっかりなせいで自然で切実な動機を作るのも難しいところだとは思いますが・・・
でも読み手の意見としては、動機は多少しょうもなくて構いませんから、もうちょい事件を単純にして推理力の難易度を下げて欲しいかな、と(あたしが⑨なだけかも知れませんが;)。
書き手の心理としては「なかなか解けないような難解な事件を」と思うところでしょうが、読み手の心理としては「なんだ、ちょっと頭を使えば簡単にわかったじゃん。解けなくてくやしい~」位の事件の方が好ましかったりします。

「ミステリーの肝は事件の真相。だけどそれが全てじゃない」が持論の身(今考えたけど)としては全般的に楽しませてもらいました。
レミリアが生きてた辺りではばっちり吹きましたw
事件を複雑にした張本人とは言え、気まぐれで傷害事件の下準備を行ってしまう紫様は個人的には大好きですしw
それだけに事件の真相に問題を感じたのは少し残念です。
でも文章の雰囲気も好きなので、もしまたミステリをお書きになる機会があるのなら、リベンジに期待です!
7.無評価名前が無い程度の能力削除
全体的に違和感を感じました。
中でも一番はアリスの行動。アリスは弾幕はブレインの都会派魔法使いですから、自分のマネキンと見抜いて瞬時に犯行を組み立てたとしても不思議ではありません。ですが彼女が、レミリア、引いては紅魔館に敵対するような行為を、思い付いたとしても取るでしょうか?
ましてや彼女の力では敵わない相手。それは、宴会芸がオジャンになるよりも遥かに厄介な状況のような気がします。まさに後が無い状態に。

反面、紫の行動には彼女らしさを感じました。自分の目的のために人を利用したり、パッと思いついたものなのに取る行動が緻密だったり。最後にヒントを残しておくあたりは特にそう感じました。

と、まぁ色々書き連ねましたが、結局は一個人の意見。もうひとつ付け加えるならば、こういう試みは面白いです。今度推理小説を書く機会があったら、推理小説そのものとして楽しめるようなものを期待してます。
8.20名前が無い程度の能力削除
↓点数入れ忘れです↓
9.80名前が無い程度の能力削除
難解ですね。レミリアが部屋を移動したように見えたことと、リボンが「ひっかかった」という不自然な表現がポイントだったのですね。
11.70名前が無い程度の能力削除
全て読ませていただきました。
東方という世界では書きづらいせいか、あまりミステリは見かけませんね。ミステリが地味に好きな自分としては嬉しい作品でした。
しかし、やはり前にも出ているようにアリスはレミリアを刺さなければいけなかったのか?という疑問が。
お酒が入っていましたし、判断がおかしくなった可能性もありますが。
それ以外は、推理小説ってのは有り得ない偶然がやたらと起こるのであまり気になりませんでしたよ。しかも場所が場所だし・・・。
読者を満足させるのが難しいジャンルですが、また挑戦して欲しいです。
12.無評価aba削除
 普段は返信はしないのですが…今回は長文でのご意見ご感想をいただいていますので、初の返信をさせていただきます。…初すぎて一度投稿エラー食らっちまった…

 書き手として一番の予想外は、動機に対して不満が集中した事でしょうか。この作品は動機を当てるのではなく、トリックありきのハウダニット(…少しはフーダニット要素もありますが、それは薄いので…)のつもりで書いていました。動機は犯人から連鎖的に推測するおまけ感覚だったので、その辺りの作りこみは確かに甘かったかもしれません。…世のミステリには、案外動機とかかなりどうでもよい作品も多いので、あまり気にしていなかったのですが…東方の世界で作る以上はキャラの動機は重要な要素でしたね…いやはや精進します。
 更に予想外と言えば、動機に不満が集中するにしてもそれは紫様の方だろうと思っていたのですが…紫様に関しては『有り』だと判断している方が多いようで…何という人徳!何でも有りかよ畜生。

 難易度に関して言えば、やはり書き手としてはそれほど高いようには思いません。しかし、そこは書き手と読み手の温度差というか、書き手は書いている時点で真相を知っていますので、どうしても簡単に思えるものなのかもしれません。そこら辺も今回良い経験になりました。

 折角改善のご意見や励ましのご感想をいただいたのだし、まぁまたいつかミステリ書ければ良いなと思います。今回よりもっと軽い、血が出ないような話で。次があるとすればきっと白玉楼の話になるでしょう。
 では改めまして、読んでいただけたことに精一杯の感謝を…
13.10名前が無い程度の能力削除
今回のこれはレミリアと咲夜がグルの自演乙!!な推理ごっこつーのでも筋は通ってしまうわけでして・・・。
読み手に推理させるのであれば結末はこれ以外考えられないって物にしてもらいたかったです。
14.無評価aba削除
 ↓の指摘については否と解答させていただきます。

 よく考えてください。仮にレミリアと咲夜が協力しての自演だったとして、では咲夜を閉じ込めたのは誰になるのでしょうか?外からの鍵というのはいくら時間を操れようと出来ないものである…というスタンスは作中で示したと思います。レミリアが外から閉めたものとすると、メイド達の目撃証言の壁とぶつかります。…もし、紅魔館ぐるみの犯行だったという意味なのならば、確かにその可能性は残りますが…わざわざレミリアが痛い役を買って出る…というのはアリス犯人説以上に妙では…?
 …と、保身の力説をしてみました。失敬。
16.30名前が無い程度の能力削除
まぁ解決のさまざまな要点での霊夢の博麗ぱぅわぁぁは好きな訳で
17.無評価名前が無い程度の能力削除
コメントにわざわざ解説していただいたのでこちらも返答させていただきます。つっても単純に一つだけ。
痛いというのはレミリアの自己申告です。本当は痛くないかもよ、てな理由付けも出来るわけです。幻想卿の住人ならある程度のトリックなら可能にしてしまうと思われるので、犯人を特定させるなら動機のほうが重要です。そこをぼかしてしまうのは良くないと述べたいわけです。
長々と駄文を失礼いたしました。
28.90名前が無い程度の能力削除
むう。幽々子が怪しいのは気づいたので、そこから「お供で来ていた妖夢が神速で動いた」という共謀説を想像していたのですが……
よく考えたら香淋堂の伏線を完全に無視してましたな。未熟未熟。