博麗霊夢は考えていた。
なぜこの神社にはお布施――いわゆるお賽銭が入らないのかと。
今更だが霊夢はもともと貧乏だったわけではない。
あの吸血鬼や亡霊たちとドンパチやっていたころは裕福とは言えずとも、生活費プラスアルファ程度には収入が入っていた。
まあ参拝者からのお布施よりも妖怪退治で得た収入の方が大きかったのは明らかだが。
ではなぜ、今の博麗神社はこれほどまでに火の車なのだろうか。
完全にしまい時を見誤り、片づけられずじまいになっている炬燵。
冬においては絶対的安らぎ空間を提供するはずそれが、今となっては微妙に暑苦しいだけの存在になっている。
が、もう夏も半ばだ。
もう少しすれば秋になり冬が来る。
今更しまい直すのも……そんな思考を巡らせつづけていたからこそ、この始末である。
霊夢はエアコンの設定温度をひたすら下げに下げ、微妙に暑い炬燵布団の中に足を突っ込むと、息をついた。
やはりあの事件だろう、霊夢は炬燵の上の湯呑を手に取って冷たいお茶をすする。
遥か空高くに住まう天人の一派、比那名居家の総領娘・比那名居天子。
彼女の起こした異変により博麗神社は二度も倒壊の憂き目にあった。
神社直下型地震とはなかなか罰当たりなことをしてくれたものだが、なんとか建て直すことはできたのだ。
だがそれによって大きな出費を強いられたのは事実。
そして神社が倒壊したためにもともと少なかった参拝客がさらに減少し、元来の怠け癖から妖怪退治に精を出すこともなく、今に至る。
「そりゃお金も無くなるわね」
ぽつり。
誰に言うでもなくそう呟いて、霊夢は大きなため息をついた。
それから糸が切れた人形のように、炬燵の上に体を投げ出す。
両手はだらんと前に伸ばし、顎を硬い天板に乗せて、半開きの目はどこを見るでもなく、一直線に目前を睨み付けている。
節約、となると削るべきは食費か、あるいは電気代か。
いや電気代はだめだ。
こういうのは一度体験したら逃れがたいもので、自分の性格上長続きしないのは目に見えている。
ならば早苗かあの地獄烏を言い包めてこの神社だけに電力を無償提供してもらうとか。
これはいい考えだ、実現不可能という点を除けばだが。
それよりももっと妖怪退治を優先するべきか?
しかしここ最近妖怪が暴れてお呼びがかかった試しはない。
平和なのはいいことだが、この平穏な日々そのものが巫女の財布を重点的に爆撃していくのだからいただけない。
平和は大好きだが大嫌いだ。
いっそのことどこかの妖怪や妖精を焚き付けて異変を起こさせてはどうだろうか。
人里の守護者が持て余した妖怪を、満を持して登場した私が鮮やかな手際で返り討ち――いやだめだ、あのワーハクタクが持て余すほどの妖怪を自由にできるとは思っていない。
湖の氷精あたりならあるいは。だがやはり力不足感は否めないだろう。
「ていうかなんでこの私が悪巧みしなきゃなんないのよ……」
本末転倒もいいところである。
真実がもし露呈しようものなら、この神社の信仰は最後の一滴までを失うことになるだろう。
博麗の巫女すら名前を覚えていない神を祀っているこの神社にそもそも信仰など残っているのかいささか疑問が残るところではあるが、これ以上信仰を失うと霖之助が危惧していた神の名の乗っ取りが本当に起こりかねない。
「やっぱ精力的に妖怪退治するしかないんじゃないかー?」
「……どこに潜んでんのよアンタ」
「細かいことは言いっこなしだぜ……あーもうあっつ! 暑い! あでも涼しい!」
突如として炬燵の中から顔を出した魔理沙が言う。
ちょうど霊夢の座っているところから炬燵を挟んで向こう側、汗びっしょりになった体を芋虫のようにぐでっと伸ばし、部屋の隅に取り付けられたエアコンにきらきらとした視線を向ける。
それから彼女のトレードマークでもある白黒とんがり帽子をかぶり直すと、霊夢に向かってにやりと笑って見せた。
「そもそも神社に妖怪が入り浸ってる時点でお賽銭なんて入るわけないじゃない」
「その一端には少なからずアンタも絡んでんだけどね」
空になった湯呑を手の中で遊ばしながら、霊夢はじとっとした目で魔理沙を見る。
魔理沙の言う通り、博麗神社には鬼の萃香を始めとして様々な妖怪が入り浸っている。
妖怪退治を生業とする博麗の巫女のおひざ元に妖怪や妖精が集うというのもおかしな話だが、霊夢も特に拒絶する意味もない――というか面倒くさいのでそのまま捨て置いている。
だがそれが災いして妖怪の蔓延る神社として人里からの参拝者は減る一方なのだ。
今からでも神社に集う妖怪たちを一掃し、巫女の存在を明確にするという手もある。
しかし、それは、どこか違う気がした。
だからやっていないし、やる気もない。
「もともと先代の時から参拝客なんてほとんどいなかったからね。
わざわざ命がけでこんな神社までくる意味もないし……いまさら何かして変わるとは思えないけれど」
空になった湯呑に急須からお茶を注ぎ、口をつけた時、
「そんなことありませんっ! 信仰なくして神社なしっ! ですよっ!」
「……この炬燵、もしかしてスキマにでもつながっ――」
「ああああ涼しい! 暑さで死ぬかと思いました、もう!」
赤い炬燵布団の下からもう一人、見慣れた顔がにゅっと現れる。
東風谷早苗――つい最近、外の世界から祀っている神と神社ごと幻想郷に避難してきた人間、もとい現人神だ。
どんな体勢でこたつの中にいたかは知らないが、ご自慢の長髪も乱れに乱れて常日頃の姿は見る影もない。
もしこの炬燵が――まあ季節上ありえないにせよ――完全冬仕様かつ火が入っていたなら、さらに悲惨なことになっていただろう。
「やはり神社の巫女たる者、信仰を守らずしてどう――って、何してるんですか!?」
「見て分からない? とりあえず不法侵入者を拘束しようとしてるだけよ……髪の毛で」
「そんなっ!? 魔理沙さんだってさっきまでっいたたたた! 結ばないでー!」
霊夢は極めて無表情のまま、器用に炬燵布団を持ち上げると早苗の髪の端を炬燵の脚に結び付けていく。
当然引っ張られる早苗としてはたまらないわけで、二人がもみ合いになったために炬燵が持ち上がり、上に置かれていた湯呑とお茶入りの急須が激しく躍る。
ついでに炬燵の上に無防備に転がっていた魔理沙の頭もぐらぐら揺れた。
「れいむうう揺らすなーあああ」
「うるさい! もうちょっとだから我慢なさい!」
「や―めーてー!」
可愛らしい少女たちによるくんずほぐれつは傍から見ていて非常に微笑ましいものではあるけれども、本気で早苗が悲鳴を上げ始めたので、魔理沙は渋々重い腰を上げた。
「霊夢もそれくらいにしといてあげたら? えあこん? があるったって、あんまり暴れると暑くなるばっかだぜ」
「……ちっ、命拾いしたわね」
「え、ちょっ、ち、中途半端にやめないでくださいよ! 今どうなってるんですか!? なんでこんなにこんがらがってるんですか!?」
霊夢は再び自らの定位置に戻り、魔理沙もまた顎を炬燵の天板において蕩けた氷菓子のように伸びてしまう。
その下では早苗が半分涙目になりながら、四方八方で炬燵の脚と結ばれた自分の長い髪の毛と格闘していた。
もとからトチ狂ったレベルに季節はずれなものの中に潜んでいたのもあり、そのあとでかなり派手に暴れまわったのもあり、頬は紅潮して玉のような汗が白い肌に浮いている。
涼しげな顔をしているのは上の二人だけだ。
「あ、あれ……髪飾りがない……」
やっと炬燵の上に顔を出した早苗だったが、自分の頭を両手で触ってからぽつりと口の中でつぶやくと、また炬燵布団を持ち上げてその中を漁りだす。
ごそごそ、ごそごそ、ごそごそ。
「あ、霊夢さんちょっと足どけてくれませんか?」
「はーい」
「痛っ! ちょ、霊夢さん!? 痛いですぅ!」
げしげし、ごそごそ、がたがた、ごそごそ。
小悪魔的な笑みを浮かべた霊夢と、やはりこの猛暑の中で炬燵の中に潜んでいたのが堪えたのか、ぐてーっと炬燵の上に伸びたままの魔理沙。
そして炬燵の中で霊夢に蹴られながら、体を丸くして涙目になる早苗。
「なんだかんだ言って、こういうのもいいんじゃない?」
魔理沙がにこりと微笑んで言った。
「……ま、そうかもね」
「何がいいんですか何が!? あ、それ私の髪飾り! ずっと踏んでたんですね!?」
「信じたくないけどね、お金じゃ買えないものがあるってことよ」
霊夢は右手の指先で炬燵からはみ出していた早苗のお尻をつつき、それからやれやれといわんばかりに肩をすくめて苦笑した。
「あー! ちょ、誰ですか今おしり触ったの……って、あ、も、だめぇ……」
「れいむー早苗が暑さで死んだぞー。ていうかえあこん? の温度、これお前……」
「ほんとに面倒な子ね。あ、魔理沙、間違っても上げないでよ? 死ぬから」
相変わらず博麗神社に参拝客は訪れない。
夏が過ぎ去ろうとする今も、季節が変わりゆく明日も、それはきっと変わらないだろう。
それでいいわけじゃあないけれど、それもいいのかもしれない。
霊夢はまた小さく笑った。
お帰りなさいってところかな。
炬燵の席数的にもう一人来てもよかったかも?
でもまあ想像するだけで暑苦しくて良かったです
お金はいつの間にか消えているもの。
「宝くじとか当たらないかな~」とか思ってしまいますよね?
ほのぼの目指してるっぽいけど、たんなる早苗虐めだし、
中途半端過ぎる。
このメンバーだとまじめに考えていそうで結局ぐだぐだしていそうですね
友人ってそういうものですよね。
肩の力を抜いて楽しめました。